銀では腹は膨らまない ~ゴメス暴走記録~   作:ヒツジ(ラム肉

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第十八話 後編 羊一頭の値段

航海日誌

帝国暦一七三年 雨季 第十三週 一日目 夕刻

 

羊は捕まった。

 

めでたしめでたし。

 

そう思った。

 

港はそう甘くなかった。

 

次は値段の話が始まった。

 

羊一頭で大人が何人怒鳴れるのか。

 

今日初めて知った。

 

かなりの人数だった。

 

――ゴメス

 

「高すぎる!」

 

怒鳴り声。

 

市場の向こう。

 

羊商人達の輪。

 

皆真剣だった。

 

非常に。

 

昼飯の後。

 

羊肉の煮込みを食べたばかりだというのに。

 

元気だった。

 

主に怒鳴る方向で。

 

「高くない!」

 

別の商人。

 

「去年の倍だぞ!」

 

「去年は去年だ!」

 

周囲が笑う。

 

本人達は笑わない。

 

理由は簡単。

 

金だからだ。

 

港では飯の次に真面目な話題だった。

 

俺達も近付く。

 

興味があった。

 

当然だ。

 

羊飼いマヌエルもいる。

 

逃げた羊を捕まえた本人だ。

 

疲れている。

 

かなり。

 

だが。

 

商売は別らしい。

 

「何があった」

 

俺。

 

近くの荷役人夫が肩を竦める。

 

「羊が少ない」

 

最近よく聞く話だった。

 

非常に。

 

魚が少ない。

 

塩が少ない。

 

水が少ない。

 

今度は羊。

 

港とは不足する場所らしい。

 

「病気か」

 

「違う」

 

「盗賊か」

 

「違う」

 

「狼か」

 

「少し当たり」

 

なるほど。

 

少しだけ狼も頑張ったらしい。

 

だが。

 

本当の理由は別だった。

 

「冬が長かった」

 

マヌエル。

 

短かった。

 

だが。

 

周囲が頷く。

 

餌が減る。

 

羊が痩せる。

 

子も減る。

 

結果。

 

市場へ来る数も減る。

 

なるほど。

 

分かりやすい。

 

魚と同じだった。

 

自然は容赦しない。

 

その時。

 

老羊飼いロレンソが現れる。

 

杖。

 

帽子。

 

そして余裕。

 

何故か余裕。

 

毎回余裕。

 

不思議だった。

 

「騒ぐな」

 

第一声だった。

 

商人達が黙る。

 

少しだけ。

 

完全には黙らない。

 

商人だからだ。

 

「羊は増える」

 

ロレンソ。

 

「いつだ」

 

商人。

 

「春だ」

 

「今は夏だ!」

 

周囲爆笑。

 

ロレンソも笑う。

 

本人も分かっているらしい。

 

だが。

 

続ける。

 

「だから保存しろ」

 

少し静かになる。

 

「肉をか」

 

「毛をだ」

 

なるほど。

 

羊は肉だけではない。

 

毛もある。

 

乳もある。

 

皮もある。

 

以前聞いた話だ。

 

港は何でも使う。

 

本当に。

 

その時。

 

毛織物商人が頷く。

 

「毛は足りん」

 

こちらも不足らしい。

 

驚かなくなってきた。

 

最近。

 

港とは。

 

常に何かが足りない場所なのかもしれない。

 

そして。

 

誰かが補う。

 

そうやって回る。

 

面白い。

 

本当に。

 

夕方。

 

羊達は市場横の囲いへ移される。

 

静かになった。

 

逃げた大羊もいる。

 

今は大人しい。

 

キャベツを食べている。

 

幸せそうだった。

 

何も知らない顔で。

 

「お前は気楽だな」

 

俺。

 

羊は答えない。

 

当然だった。

 

代わりに。

 

もしゃもしゃ。

 

キャベツを食う。

 

平和だった。

 

その時。

 

ペペが羊を見る。

 

真剣だった。

 

嫌な予感。

 

非常に。

 

「何だ」

 

ディエゴ。

 

「旨そうだな」

 

全員頷く。

 

羊もたぶん頷いた。

 

気のせいかもしれない。

 

日が沈む。

 

市場も閉じる。

 

仕事も終わる。

 

そして当然。

 

飯だった。

 

今日は羊の日。

 

市場全体がそうだった。

 

屋台から香りが流れる。

 

炭火。

 

羊肉。

 

香草。

 

胡椒。

 

にんにく。

 

危険だった。

 

非常に。

 

串焼きを買う。

 

肉はこんがり。

 

脂が滴る。

 

炭へ落ちる。

 

煙が上がる。

 

香りが広がる。

 

反則だった。

 

一口。

 

熱い。

 

旨い。

 

羊の香り。

 

脂。

 

塩。

 

香草。

 

全部来る。

 

葡萄酒を流し込む。

 

最高だった。

 

今日一日走り回った疲れが消える。

 

本当に。

 

港を見る。

 

魚。

 

塩。

 

縄。

 

樽。

 

水。

 

川。

 

羊。

 

全部繋がっていた。

 

どれか一つ欠けても困る。

 

最近そればかり学んでいる。

 

だが。

 

悪くなかった。

 

むしろ面白かった。

 

港は。

 

思ったより大きな生き物だった。

 

他人物視点

羊商人 マヌエル

 

港へ来ると毎回思う。

 

皆肉を見る。

 

だが。

 

羊は草を食べて育つ。

 

草は雨で育つ。

 

雨は空から来る。

 

結局。

 

商売は天気に勝てない。

 

後世の経済史研究より

 

骨樽勢力では後年、肉・乳製品・毛織物を一体で扱う畜産政策が実施された。

 

単なる食料ではなく、物流・衣料・交易資源として家畜を管理した点に特徴がある。

 

研究者の間では、この羊市場での経験がゴメスの「一つの資源を複数回使う」という発想へ影響を与えた可能性が指摘されている。

 

なおペペの記録には、

 

「羊は旨かった」

 

とだけ残されている。

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