銀では腹は膨らまない ~ゴメス暴走記録~ 作:ヒツジ(ラム肉
航海日誌
帝国暦一七三年 雨季 第十三週 三日目
港には魚が来る。
羊も来る。
木材も来る。
手紙も来る。
今日知った。
手紙は食えない。
だが届かないと怒る人間は多い。
不思議な物だった。
――ゴメス
朝。
曇りだった。
海は灰色。
空も灰色。
風は穏やか。
雨が降りそうで降らない。
そんな日だった。
港も少し静かだ。
魚市場も落ち着いている。
河岸も平和。
羊も逃げていない。
良い事だった。
「腹減った」
そして平和ではない男がいた。
ペペだった。
いつも通り。
「お前は本当に安定しているな」
ディエゴ。
「才能だ」
「二回目だぞそれ」
周囲が笑う。
本人だけ真面目だった。
朝飯。
今日は焼き魚。
黒パン。
玉葱。
薄いスープ。
港らしい献立。
豪華ではない。
だが。
旨い。
魚の皮は香ばしい。
脂も乗っている。
パンへ乗せる。
かぶりつく。
塩気。
脂。
小麦。
最高だった。
食後。
岸壁を歩く。
暇だった。
少しだけ。
その時。
鐘が鳴る。
港の鐘。
短く。
三回。
人々が振り向く。
だが。
慌ててはいない。
珍しい。
「何だ」
俺。
近くの魚屋マルコが答える。
「郵便船だ」
聞き慣れない言葉だった。
「郵便船?」
「手紙を運ぶ船だ」
なるほど。
分からなかった。
少しだけ。
手紙だけ運ぶのか。
魚も積まない。
酒も積まない。
羊も積まない。
妙な商売だった。
岸壁へ向かう。
船が来る。
小さい。
速そうだ。
細長い船体。
帆も大きい。
武装は少ない。
荷も少ない。
確かに郵便船らしい。
船が接岸する。
係員が飛び降りる。
箱を抱える。
木箱。
革袋。
束ねられた書類。
大量だった。
想像以上に。
「そんなにあるのか」
俺。
マルコが笑う。
「港だからな」
最近よく聞く。
非常に。
商人が集まる。
船員も集まる。
役人も来る。
皆待っている。
手紙を。
少し不思議だった。
魚なら分かる。
塩も分かる。
飯になる。
だが手紙は違う。
紙だ。
食えない。
その時。
名前が呼ばれる。
商人。
船長。
役人。
次々受け取る。
表情が変わる。
笑う者。
眉をひそめる者。
青くなる者。
本当に色々だ。
紙一枚なのに。
面白かった。
非常に。
「そんなに大事か」
俺。
マルコが肩を竦める。
「注文書かもしれん」
なるほど。
「借金の催促かもしれん」
なるほど。
「嫁からかもしれん」
周囲爆笑。
本人は真面目だった。
たぶん経験者だった。
その時。
一人の老人が現れる。
地味な服。
帽子。
革鞄。
そして大量の手紙。
背負っていた。
本当に大量だった。
「誰だ」
俺。
「配達人だ」
マルコ。
なるほど。
手紙を運ぶ人間までいるらしい。
魚を運ぶ人間。
水を運ぶ人間。
羊を運ぶ人間。
そして手紙を運ぶ人間。
港は本当に何でも運ぶ。
老人は歩き出す。
手紙の山と共に。
その時だった。
突然。
強い風。
海から吹く。
革紐がほどける。
一束の手紙が舞う。
空へ。
大量に。
本当に大量に。
沈黙。
配達人の顔が固まる。
周囲も固まる。
俺も固まる。
そして次の瞬間。
「捕まえろぉぉぉ!」
港中が動き出した。
どうやら。
今日の面倒事は紙らしかった。
第十九話 前編
港へ届く手紙 続く
他人物視点
郵便配達人 ドミンゴ
魚を落としても怒られる。
酒を落としても怒られる。
だが。
手紙を落とすともっと怒られる。
なぜなら。
誰の物か分からなくなるからだ。
今日は嫌な日になりそうだった。
後世の港湾史研究より
骨樽勢力は後年、独自の港湾郵便網を整備したことで知られる。
物流だけでなく情報伝達も重視したためである。
研究者の間では、この郵便船との出会いがゴメスの「情報もまた荷物である」という認識の始まりだったと考えられている。