銀では腹は膨らまない ~ゴメス暴走記録~   作:ヒツジ(ラム肉

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第十九話 中編 情報は風に乗る

航海日誌

帝国暦一七三年 雨季 第十三週 三日目 昼

 

手紙が飛んだ。

 

魚なら拾える。

 

樽も拾える。

 

羊も追い掛けられる。

 

手紙は難しい。

 

軽いからだ。

 

情報というものは軽い。

 

だが失くすと面倒らしい。

 

非常に。

 

――ゴメス

 

「捕まえろぉぉぉ!」

 

配達人ドミンゴの叫び。

 

港へ響く。

 

非常に響く。

 

そして。

 

手紙は飛んだ。

 

見事に。

 

本当に見事に。

 

白い紙。

 

何十枚も。

 

海風に乗る。

 

舞う。

 

回る。

 

落ちる。

 

また舞う。

 

鳥みたいだった。

 

迷惑な鳥だが。

 

「右だ!」

 

「左だ!」

 

「上だ!」

 

「それは見れば分かる!」

 

周囲が叫ぶ。

 

誰も役に立たない。

 

実に港だった。

 

俺も走る。

 

ペペも走る。

 

ディエゴも走る。

 

市場の人間も。

 

魚屋も。

 

荷役人夫も。

 

全員だ。

 

理由は簡単。

 

暇だからではない。

 

知っているからだ。

 

手紙を失くすと面倒だと。

 

その時。

 

一枚が魚市場へ落ちる。

 

鰯の樽。

 

真ん中へ。

 

魚屋マルコが飛び込む。

 

迷いなく。

 

樽へ。

 

魚まみれ。

 

だが。

 

手紙を救出する。

 

英雄だった。

 

少なくとも本人はそう思っていた。

 

「やったぞ!」

 

「魚臭いぞ!」

 

周囲爆笑。

 

本人も笑う。

 

少しだけ。

 

別の一枚。

 

屋根へ。

 

かなり高い。

 

子供達が騒ぐ。

 

梯子が運ばれる。

 

誰かが登る。

 

途中で怒られる。

 

理由は知らない。

 

港だからだろう。

 

たぶん。

 

さらに一枚。

 

海へ向かう。

 

嫌な方向だった。

 

非常に。

 

「まずい!」

 

ドミンゴ。

 

顔色が変わる。

 

当然だ。

 

海へ落ちれば終わる。

 

拾えるかもしれない。

 

だが。

 

読めなくなる可能性が高い。

 

その時。

 

ペペが飛ぶ。

 

本当に飛んだ。

 

樽の上。

 

荷車。

 

縄束。

 

踏み台にする。

 

そして手紙を掴む。

 

見事だった。

 

拍手。

 

歓声。

 

本人は胸を張る。

 

当然だった。

 

「どうだ」

 

「何でそこまで必死なんだ」

 

俺。

 

「昼飯の借りがある」

 

なるほど。

 

魚屋マルコから朝飯を貰っていた。

 

律儀だった。

 

意外と。

 

やがて。

 

手紙は集まる。

 

一枚。

 

二枚。

 

三枚。

 

少しずつ。

 

人々が持って来る。

 

魚臭い物。

 

泥だらけの物。

 

少し折れた物。

 

色々だった。

 

だが。

 

揃っていく。

 

ドミンゴの顔色も戻る。

 

少しずつ。

 

「助かった……」

 

本音だった。

 

非常に。

 

その時。

 

一通だけ残る。

 

足りない。

 

皆が探す。

 

市場。

 

河岸。

 

酒場。

 

倉庫。

 

どこにも無い。

 

嫌な沈黙。

 

漂う。

 

「誰宛だ」

 

俺。

 

ドミンゴが封を見る。

 

少し眉をひそめる。

 

「灯台守エンリケ」

 

聞いた事がある。

 

当然だ。

 

灯台の老人。

 

魚の煮込み。

 

美味かった。

 

非常に。

 

「大事なのか」

 

ドミンゴは肩を竦める。

 

「全部大事だ」

 

短かった。

 

だが。

 

妙に納得した。

 

魚も大事。

 

水も大事。

 

羊も大事。

 

手紙も大事。

 

港とはそういう場所らしい。

 

その時だった。

 

市場の向こう。

 

鳩が飛び立つ。

 

白い紙を咥えて。

 

沈黙。

 

全員見る。

 

鳩を見る。

 

紙を見る。

 

そして。

 

ドミンゴが呟く。

 

「待て」

 

嫌な予感しかしなかった。

 

非常に。

 

他人物視点

郵便配達人 ドミンゴ

 

魚屋は信用できる。

 

荷役人夫も信用できる。

 

船員もまあ信用できる。

 

だが。

 

鳩は信用できない。

 

本当に。

 

一度パンを盗まれた事がある。

 

後世の港湾史研究より

 

骨樽勢力では後年、郵便袋の封印規格や輸送手順が厳格に定められるようになる。

 

情報の紛失が交易や行政へ与える影響が大きかったためである。

 

この「飛散手紙事件」は、後の郵便制度改革を語る際によく引用される逸話の一つである。

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