銀では腹は膨らまない ~ゴメス暴走記録~ 作:ヒツジ(ラム肉
航海日誌
帝国暦一七三年 雨季 第八週 三日目
銀貨を数えた。
三枚だった。
何度数えても三枚だった。
不思議だ。
船長は毎日酒を飲んでいる。
俺は計算が苦手だが何かがおかしい。
――ゴメス
港の夜は明るい。
酒場。
市場。
鍛冶場。
船着き場。
どこかで誰かが働いている。
そして。
どこかで誰かが飲んでいる。
大体同じ人間だった。
《海猫亭》。
俺達はまた集まっていた。
昨日と同じ席。
昨日と同じ酒。
違うのは財布だけだ。
銀貨三枚。
そのうち一枚は消えた。
酒になった。
「投資だ」
ペペが真顔で言う。
「何への」
「未来への」
「酔っ払いの未来か」
「楽しい未来だ」
否定できなかった。
店主が笑う。
「また来たのか」
「金持ちだからな」
ペペ。
「銀貨二枚でか?」
店主。
「それもそうだ」
全員笑う。
港は不思議だった。
海の上では笑うのも疲れる。
だが陸では違う。
飯がある。
水がある。
風呂がある。
それだけで人は機嫌が良くなる。
「船はいつ出る」
俺が聞く。
ディエゴが肩を竦める。
「積荷次第」
「つまり」
「船長次第」
全員嫌な顔をした。
船長。
この港へ着いてから。
一度も働いていない。
酒。
昼寝。
酒。
酒。
たまに酒。
以上。
「すげぇな」
ペペ。
「何が」
「才能だ」
「何の」
「働かない才能」
それは認める。
かなり高レベルだった。
その時。
酒場の扉が開く。
数人の男達。
海の男だ。
だが水兵ではない。
服が違う。
武器も違う。
腰に短剣。
拳銃。
派手な帽子。
「海賊か?」
新入りが小声で聞く。
店主が鼻で笑った。
「違う」
「違うのか」
「商人だ」
「どこが」
全員同じ感想だった。
男達は笑いながら席へ着く。
金を出す。
銀貨。
何枚も。
何十枚も。
酒場が少し静かになる。
金持ちだからだ。
単純な理由だった。
「儲かるのか」
俺は聞く。
店主は頷く。
「船を持てばな」
「船か」
「そうだ」
店主は酒を注ぐ。
「船は魚を運ぶ」
一杯。
「塩を運ぶ」
一杯。
「木材を運ぶ」
一杯。
「人を運ぶ」
一杯。
「そして金を運ぶ」
酒瓶が空になった。
「つまり船は財布だ」
俺は黙る。
なるほど。
船長が太る訳だ。
俺達が漕ぐ。
俺達が積む。
俺達が死にそうになる。
そして船長が太る。
素晴らしい仕組みだった。
殴りたくなるほど。
外へ出る。
夜風。
涼しい。
港の灯りが海へ映る。
綺麗だった。
船が揺れている。
小舟。
漁船。
商船。
そして遠く。
少し立派な船。
「欲しいな」
思わず呟く。
「何が」
後ろ。
ペペだった。
いつの間にかいる。
幽霊みたいな男だ。
「船」
「分かる」
ペペが頷く。
珍しく真面目だった。
「自分の船があればな」
「飯食える」
俺。
「好きな場所行ける」
ペペ。
「魚獲れる」
俺。
「酒も運べる」
ペペ。
「お前そればっかだな」
「重要だ」
否定できなかった。
二人で海を見る。
波。
灯り。
船。
しばらく黙る。
その後。
ペペが言った。
「なあ」
「何だ」
「俺達」
少し考えて。
続けた。
「いつまで水兵なんだろうな」
俺は答えなかった。
答えられなかった。
分からないからだ。
十年後か。
二十年後か。
明日か。
海へ落ちて終わるか。
誰にも分からない。
だが。
一つだけ分かる。
俺はあの腐ったスープを。
もう飲みたくなかった。
それだけは確かだった。
その時。
港の奥。
倉庫街の方から怒鳴り声が聞こえた。
喧嘩らしい。
珍しくない。
港だからだ。
だが。
次の瞬間。
火が上がった。
赤い炎。
夜空を染める。
人々が騒ぎ始める。
鐘が鳴る。
衛兵が走る。
「火事だ!!」
誰かが叫ぶ。
港全体が動き出す。
俺達も走った。
まだ知らない。
この火事が。
後のゴメス暴走記録最初の一歩になる事を。