銀では腹は膨らまない ~ゴメス暴走記録~   作:ヒツジ(ラム肉

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第三話 中編 銀貨は腹を満たさない

航海日誌

帝国暦一七三年 雨季 第八週 三日目 深夜

 

銀貨を拾った。

 

一枚だった。

 

ペペは二枚拾った。

 

自慢してきた。

 

腹が立った。

 

――ゴメス

 

火事の後。

 

港は寝なかった。

 

誰も寝る気がなかった。

 

銀が埋まっているからだ。

 

人間とはそういう生き物である。

 

俺も含めて。

 

「出たぁぁ!!」

 

誰かが叫ぶ。

 

銀貨一枚。

 

歓声。

 

拍手。

 

大騒ぎ。

 

周囲が群がる。

 

まるで魚の群れだった。

 

「どけ!」

 

「俺が先だ!」

 

「それ俺の場所だ!」

 

「知らん!」

 

さっきまで協力して消火していた連中である。

 

人間とは実に面白い。

 

「銀だぞ」

 

ペペが笑う。

 

「見れば分かる」

 

「飯になる」

 

「ならん」

 

俺は即答した。

 

ペペが首を傾げる。

 

「買えるだろ」

 

「飯があればな」

 

「あるだろ」

 

「今日はな」

 

そこでペペは黙った。

 

少し考える。

 

珍しい。

 

脳みそが動いている。

 

奇跡かもしれない。

 

「……確かに」

 

「だろ」

 

俺達は瓦礫を退かす。

 

木材。

 

炭。

 

灰。

 

焼けた樽。

 

そして時々。

 

銀貨。

 

本当に燃えていなかった。

 

煤だらけだったが。

 

ちゃんと銀貨だった。

 

「銀は強いな」

 

新入りが言う。

 

「銀貨だからな」

 

ディエゴ。

 

「鉄より高い」

 

「食えるか?」

 

「食えない」

 

「じゃあ魚の方が偉い」

 

それは本当にそうだった。

 

俺達の船では。

 

魚は飯になる。

 

銀貨は飯にならない。

 

港なら話は別だが。

 

海の上ではただの重りだ。

 

その時。

 

怒鳴り声。

 

また揉めていた。

 

今度は銀貨だ。

 

「俺が見付けた!」

 

「俺が掘った!」

 

「知らん!」

 

殴り合いが始まる。

 

周囲も止めない。

 

面倒だからだ。

 

衛兵だけが来る。

 

いつも通り。

 

槍。

 

怒声。

 

そして終了。

 

便利だった。

 

「衛兵欲しいな」

 

ペペ。

 

「どこに」

 

「俺の近く」

 

「何で」

 

「殴られたくない」

 

「お前が原因だろ」

 

全員頷いた。

 

その後も発掘は続く。

 

夜明け前。

 

ついに銀貨箱が出た。

 

歓声。

 

大歓声。

 

港中が沸く。

 

倉庫主は泣いていた。

 

本当に泣いていた。

 

嬉し泣きらしい。

 

まあ分かる。

 

俺でも泣く。

 

箱を開く。

 

銀貨。

 

大量。

 

本当に大量。

 

月明かりを反射する。

 

綺麗だった。

 

非常に綺麗だった。

 

「すげぇ……」

 

新入り。

 

「これ全部金か」

 

「銀だ」

 

ディエゴ。

 

「細かい事はいい」

 

確かに。

 

金でも銀でも。

 

俺達より金持ちなのは間違いない。

 

その時。

 

倉庫主が立ち上がる。

 

皆を見る。

 

そして叫んだ。

 

「手伝ってくれた奴に酒を出すぞ!」

 

歓声。

 

今夜最大の歓声だった。

 

銀貨箱より大きかった。

 

人間とは分かりやすい。

 

本当に。

 

酒場。

 

再び《海猫亭》。

 

今度は倉庫主の奢りだった。

 

酒。

 

パン。

 

煮込み。

 

肉。

 

皆笑っている。

 

喧嘩した奴もいる。

 

銀貨で揉めた奴もいる。

 

だが今は同じ鍋を食っている。

 

不思議なものだ。

 

ペペがパンを齧る。

 

そして言った。

 

「結局よ」

 

「何だ」

 

「銀より肉だな」

 

俺は頷く。

 

ディエゴも頷く。

 

店主も頷く。

 

何なら倉庫主も頷いた。

 

銀貨を山ほど持っていても。

 

腹が減れば終わりだ。

 

当たり前の話だった。

 

だが。

 

誰もそれを忘れる。

 

銀貨を見ると。

 

皆忘れる。

 

だから面白い。

 

そして。

 

少しだけ怖い。

 

港の窓から海を見る。

 

静かだった。

 

灯りが揺れている。

 

船が並んでいる。

 

その中に。

 

昼間見た綺麗な船もあった。

 

新しい帆。

 

新しい縄。

 

傷の少ない船体。

 

良い船だ。

 

本当に。

 

欲しくなるくらい。

 

俺は酒を飲む。

 

そして思った。

 

銀貨箱一つで。

 

港中が動く。

 

なら。

 

船一隻あれば。

 

どれだけ動かせるのだろう。

 

その考えは。

 

まだ小さい。

 

だが確実に。

 

ゴメスの頭の中へ根を張り始めていた。

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