銀では腹は膨らまない ~ゴメス暴走記録~ 作:ヒツジ(ラム肉
航海日誌
帝国暦一七三年 雨季 第八週 四日目
昨日は奢りだった。
今日は通常営業だった。
人生は厳しい。
――ゴメス
翌朝。
頭が痛い。
喉も痛い。
飲み過ぎた。
港に来ると毎回こうなる。
反省している。
たぶん。
「起きろぉぉ!!」
ペペ。
元気だった。
本当に元気だった。
何故だ。
「静かにしろ」
「朝だぞ!」
「だからだ」
「働くぞ!」
全員が怪訝な顔をした。
ペペが働く。
珍しい。
海鳥より珍しい。
「どうした」
ディエゴが聞く。
「金だ」
納得した。
人間とは単純だ。
俺達は市場へ向かった。
船はまだ出ない。
積荷待ち。
つまり暇だった。
暇なら働く。
酒代が必要だからだ。
市場は昨日より騒がしい。
火事の話。
銀貨の話。
奢り酒の話。
皆同じ話をしている。
港とはそういう場所だ。
面白い話は風より早く広がる。
「おう」
声。
振り向く。
倉庫主だった。
昨日泣いていた男だ。
今日は元気だった。
非常に元気だった。
金の力は偉大らしい。
「助かったぞ」
男は笑う。
「銀貨見付かったからな」
「良かったな」
「良かった」
本当に良かった顔だった。
男は周囲を指差す。
市場。
倉庫。
荷車。
船。
全部動いている。
「止まらずに済んだ」
男は言った。
俺は少し考える。
止まる。
確かに。
銀貨箱が見付からなければ。
給料が払えない。
船が出ない。
荷物が動かない。
商人が困る。
市場が困る。
皆困る。
金は流れる。
川みたいなものだった。
流れが止まると。
周囲が困る。
「難しい顔してるな」
ペペ。
「考えてた」
「腹減ったか?」
「違う」
「じゃあ大丈夫だ」
雑だった。
だが妙に納得した。
その時。
市場の奥。
漁師達が騒いでいた。
魚だ。
大量。
本当に大量。
荷車一杯。
銀色の魚。
新鮮。
跳ねている。
周囲が群がる。
主婦。
商人。
料理人。
皆欲しがる。
理由は簡単。
食えるからだ。
魚は腹を満たす。
銀貨は腹を満たさない。
だが。
魚を買うには銀貨がいる。
妙な話だった。
「なあ」
ペペ。
「何だ」
「魚獲れば儲かるんじゃね?」
俺は魚を見る。
荷車一杯。
確かに。
売れている。
飛ぶように。
「儲かるな」
「だろ?」
「船があれば」
沈黙。
二人とも魚を見る。
そして船を見る。
そして財布を見る。
銀貨数枚。
現実は厳しかった。
「足りねぇな」
「足りんな」
全く足りない。
船は高い。
非常に高い。
だが。
欲しい。
その気持ちは変わらない。
夕方。
船へ戻る。
そして現実を見る。
船長。
酒。
昼寝。
以上。
「働け」
思わず言った。
船長が片目を開く。
「積荷は?」
「明日」
「そうか」
そして寝た。
働かない。
実に働かない。
だが。
船はある。
船長の船だ。
俺達は乗っている。
金も入る。
少ないが。
それでも入る。
つまり。
船を持った奴が強い。
当たり前の結論だった。
夜。
港の灯りを見る。
船を見る。
市場を見る。
倉庫を見る。
全部繋がっていた。
船。
倉庫。
市場。
飯。
酒。
金。
全部だ。
一つ止まれば。
全部止まる。
逆に。
全部回れば。
皆食える。
俺は海を見る。
静かだった。
だが。
どこかで誰かが魚を獲っている。
どこかで誰かが荷を運んでいる。
どこかで誰かが飯を作っている。
そうやって世界は回る。
ゴメスはまだ知らない。
数年後。
自分が港を作り。
船を増やし。
市場を作り。
世界を回す側へ回る事を。
今はただ。
羨ましそうに船を見ているだけだった。