いつか夢見たあの世界   作:Kataparuto

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終話 速水海都が見た夢

知性型のマモノ。

 

 牛を思わせる長い顔に、左右へ伸びた角。

 太い腕、蹄のある足。

 その巨体は二足で立ち上がり、二階建ての建物ほどはあるだろう大きさをしていた。

 

 だが、見た目に反して動きは鈍くない。

 

 「海都! ブロック! 隙を作って!」

 「了解だ……!」

 

 ステラの声に合わせ、突き出された知性型の拳を、海都は唯逸《ゆいいつ》で受けた。

 

 氷相《ひょうそう》。

 

 そう名付けられた形態では、左腕に氷で出来た盾が追随し、右手には短い両刃の片手剣となった唯逸《ゆいいつ》を握る。

 

 本命は盾。

 防御を重視した形態であり、相手の攻め手が読めない今の状況では、これほど頼れる形はなかった。

 

 氷の盾と拳がぶつかり合う。

 座標固定で浮いている盾から、衝撃が海都へ直接伝わることはない。

 それでも圧力までは殺しきれず、海都は踏ん張りを利かせて、吹き飛ばされないように足を沈めた。

 

 「ナイスブロック! もらったぁ!!」

 

 拳を突き出し、隙をさらした知性型へ、ステラが駆け込む。

 勢いを乗せた炎を纏う右ストレートが、伸びきった肘へ叩き込まれた。

 

 生身で受ければ、確実に関節が逆へ曲がる一撃。

 

 だが、知性型の腕は砕けなかった。

 海都の盾へ押し付けられていた拳が、ようやく引き剥がされる。

 その程度にしか、見えなかった。

 

 「無傷ってわけじゃないんだろうけど……!」

 「致命打がなかなか取れないな……!」

 

 吹き飛ばされた腕が、即座に振り戻される。

 ステラを掴もうとするその動きを読んで、二人は同時にバックステップで距離を取った。

 

 クオンを背に庇うように、海都とステラが並び立つ。

 

 先ほどから、ずっとこの調子だった。

 

 相手が硬すぎるのか。

 知性型ゆえに、構成する魔力の濃度が違うのか。

 

 一撃を入れても、効いた様子が見えない。

 

 それでも、無傷ではない。

 ところどころ輪郭は剥がれ、黒い霧が湧いては消えている。

 

 「ダメージがないわけではありません……!」

 

 背後から、クオンの声が飛んだ。

 

 クオンは氷壁から目を離さないまま、口にくわえたアンプルの中身を一息に流し込んだ。

 空になった容器を、吐き捨てるように足元へ落とす。

 乾いた音を立てて空になったアンプルが地面に転がった。

 

 一本ではない。

 すでに、同じ容器がもう一つ落ちていた。

 

 緊急アンプル。

 

 それは魔力を都合よく回復させる薬ではない。

 代謝を強制的に跳ね上げ、第一種魔力を無理やり生み出させるための劇薬だ。

 

 マモノとの接触。

 あるいは、限界を超えた術式運用。

 

 命を落とすよりは、寿命を削ってでも生き残る。

 そのために支給されている、最後の保険。

 

 本来なら、一本使っただけでも医療班に即時申告すべき代物だった。

 だが今、クオンはそれを二本使っている。

 

 「表層は削れています。ですが、内部の魔力流までは乱せていません。このままでは、こちらが先に消耗します」

 

 声は冷静だった。

 だが、いつものようなきれいな所作を見せる余裕は、今のクオンにはない。

 

 そんなクオンの足元に転がる、赤と黒の警告表示がびっしりと印字されたアンプル。

 それを見たステラが、ほとんど悲鳴のような声を上げた。

 

 「クオン、二本も飲んだの!?」

 「まだ、あと一本あります。持たせてみせます……!」

 

 見れば、先ほどよりもマモノが集まってきているのだろう。

 氷壁が受ける衝撃は、明らかに大きくなっていた。

 

 クオンは、ただ後ろで氷壁を維持しているだけではない。

 命を張って、二人が戦える場所を守ってくれている。

 

 「海都、もうだめ! 手加減も温存も、全部なしっ!! このままじゃクオンが死んじゃう……!!」

 「わかった……!」

 

 その全力を叩き込むべく、ステラが大地を蹴った。

 

 左右に分かれる。

 先に仕掛けたのはステラだった。

 

 壁すら利用し、立体的な動きで知性型の周囲を駆ける。

 拳。

 蹴り。

 爆ぜる炎。

 一撃離脱を繰り返し、知性型へ次々と攻撃を叩き込んでいく。

 

 攻撃の起点で動きが読みやすくなる場所には、海都が割り込んだ。

 氷相の盾で反撃を受け、ステラが潰される前に道を作る。

 

 徐々に、知性型の輪郭が崩れ始めていた。

 手応えはある。

 先ほどより確実に、ダメージは蓄積している。

 

 「いい加減、倒れろぉぉぉ!!!」

 

 ステラが跳んだ。

 

 先ほど中型を仕留めた時と同じ。

 足一点に爆発的な炎を集めた、渾身の飛び蹴り。

 それは正確に、知性型の頭部を捉えた。

 

 ……かに見えた。

 

 衝撃波。

 

 飛び込んできたステラを、知性型はまるで飛んでいる虫を叩き落とすように、両手で挟み込んだ。

 直線的な動きが、読まれていたのだ。

 

 「が……っ!」

 

 ローブに仕込まれていた防護術式が、粉々に砕け散る。

 

 防護術式がなければ、ステラの身体はそこで潰れていた。

 だが、守れたのは命だけだった。

 

 力なく、ステラの身体が空中へ放り出される。

 

 その姿を見た時、海都の視界から音が消えた。

 

 赤い髪。

 血。

 瓦礫から伸ばされた手。

 届かなかった距離。

 十年前の、あの黒い影。

 

 一瞬で押し寄せる過去の記憶が、鎖となって海都の身体を縛り付ける。

 

 呆然とする海都をよそに、知性型は空中に放り出されたステラを掴んだ。

 そして、そのままクオンへ向けて投げつける。

 

 だが、クオンはその場を動けない。

 彼女が術式の構築を止めれば、氷壁が崩れる。

 

 「……海都さん!! ステラを助けて!!」

 

 音のない世界に、クオンの叫びだけが広がった。

 その声に反応するように水元素が励起し青い輝きを纏った唯逸《ゆいいつ》の刃が、海都を縛り付けていた記憶の鎖を切り裂いたように思えた。

 

 その瞬間、海都はすでに動いていた。

 

 クオンとステラの間に割り込む。

 吹き飛んできたステラを受け止める。

 そのままクオンへ向かっていた勢いを、自分の身体ごと逸らした。

 ステラを胸の内に抱き込み、海都は地面を転がる。

 

 一度。

 二度。

 三度。

 

 岩の床が背を打ち、肩を削り、息を奪う。

 それでも海都はステラを離さなかった。

 

 ようやく勢いが死んだ時、二人はクオンの足元まで転がり込んでいた。

 

 「ステラっ……!!」

 

 海都の腕の中の少女は軽かった。

 いつもの騒がしさも、軽口の一つもない。

 

 知性型が、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。

 

 勝利を確信しているのだろう。

 もはや放っておいても、背後の氷壁は崩れる。

 そうなれば、小型のマモノの波に呑まれて終わりだ。

 

 海都の手が、唯逸《ゆいいつ》の柄に添えられる。

 

 ――守る。

 ――何が何でも。

 

 もう二度と、失わない。

 そのためなら、自分の命すら投げ出すつもりだった。

 

 その時だった。

 

 かすれた、それでも海都を気遣うような声がした。

 

 「……海都」

 

 いつもの元気な声ではない。

 けれど、間違いなくステラの声だった。

 彼女は、海都の腕の中で目を開けていた。

 

 「なに、その顔……」

 

 血の混じった息を吐きながら、ステラは笑おうとした。

 

 「生きてるよ……。海都のおかげ……」

 

 ステラの手が、唯逸の柄に添えられた海都の手へ重なる。

 

 暖かな火元素が励起する。

 赤い光が、彼女の手から海都の手へ。

 そして、唯逸へと注ぎ込まれていく。

 

 「行って……」

 

 炎が、白い刃を包む。

 

 「そして、帰ってきて……」

 

 唯逸《ゆいいつ》が形を変える。

 氷の盾は消え、炎を纏う長剣が、海都の手の中に現れる。

 唯逸《ゆいいつ》の形態の一つ、炎相《えんそう》。

 

 「どうせなら……病室のベッドで、ちゃんと海都の顔を見たいから……」

 「ステラ、お前……」

 

 ステラは、苦しげに息を吐きながら、それでも小さく笑った。

 

 「最初から、けっこう好きだったんだから……死なないで」

 

 海都は、何も言えなかった。

 ただ、頷いた。

 

 ステラをクオンへ託し、海都は立ち上がる。

 

 ――復讐でもない。

 ――死ぬためでもない。

 

 帰るんだ。

 

 ステラも。

 クオンも。

 自分も。

 

 ――三人で、この場所から帰るために。

 

 海都の背後で、圧力注射器と空のアンプルが転がる音がした。

 

 「……いいですか。今から、私の言う通りに動いてください」

 

 肩で息をしながら、クオンが言った。

 地面に座り込み、膝の上にステラを預けたまま、それでも目だけは知性型から離していない。

 

 「相手の動きには癖があります。数手だけなら読めます」

 

 だが、クオンの声に余裕はなかった。

 

 「ただし、通じるのは数回だけです。それまでに、絶対に倒して……!」

 

 海都は頷いた。

 

 そして、炎を纏う唯逸《ゆいいつ》を手に、知性型へ向かって駆け出す。

 

 

 

 「右腕、直線!」

 

 知性型が動く。

 だが、クオンの声の方が速かった。

 

 海都はわずかに身体を逸らす。

 直後、知性型の右腕が、海都の真横を通り過ぎて地面へ突き刺さった。

 

 海都は止まらない。

 前へ駆けていた力を、転がるような踏み込みへ変える。

 低く潜り、全身の遠心力を乗せて、知性型の右前腕を切り上げた。

 

 炎の軌跡が走る。

 

 刃が食い込む。

 その瞬間、唯逸が膨大な炎を吐き出した。

 

 知性型の前腕が、焼き切れる。

 

 切り離された腕が地面へ落ち、黒い霧を噴きながら崩れていった。

 

 「左、薙ぎ払い!」

 

 残った左腕が、横殴りに振るわれる。

 海都はそれを正面から受けなかった。

 

 刀身を斜めに当て、衝撃を滑らせる。

 それでも身体が浮く。

 海都はその勢いに逆らわず、後方へ飛んで衝撃を逃がした。

 

 足が地面を噛む。

 次の瞬間、再び前へ出る。

 

 「上、振り下ろし!」

 

 左腕が頭上から落ちてくる。

 

 海都は攻撃せず、その線だけを読んだ。

 

 炎相の刃を引き、紙一重で内側へ潜る。

 岩床を砕く轟音が背後で弾けた時には、海都はすでに知性型の懐へ入り込んでいた。

 

 ここまでの応酬で、海都の身体も悲鳴を上げていた。

 痛いどころではない。

 骨にはひびが入り、筋肉のどこかは切れている。

 肺は焼けるように熱く、握る手の感覚も薄い。

 

 それでも、止まらない。

 止まるわけにはいかない。

 

 海都は知性型の両脚へ、立て続けに刃を叩き込んだ。

 炎が走るたび、知性型の輪郭が崩れる。

 巨体が、初めて大きく揺らいだ。

 だが、まだ届かない。

 

 芯へ刃が届く直前に、見えない壁のようなものが残っている。

 それを剥がさなければ、あの巨体の芯には届かない。

 

 「……しまらないなぁ」

 

 クオンの膝の上で、ステラがかすれた声を漏らした。

 

 クオンがステラに身体活性剤の注射器を押し当て、ステラはアンプルの中身を飲み干した。

 体内の第一種魔力が、無理やり引きずり出される感覚があった。

 立ち上がれるわけではない、拳を握って前へ出る力も残っていない。

 それでも、火はまだ灯せる。

 

 ステラは震える手を海都の方へ伸ばした。

 その衝動に呼応するように、火元素の赤い輝きが彼女の手へ集まっていく。

 

 「あんな、可愛らしいこと言っておいてさ……」

 

 ステラは、血の混じった息を吐きながら笑った。

 

 「まだ一発、入れられるんだよね……!!」

 

 やけくそ気味に叫び、ステラは手を握り締める。

 途端、海都と知性型の足元に、赤い輝きを帯びた術式陣が生まれた。

 

 「海都!!」

 

 あらんかぎり、最後の力を振り絞って名を叫ぶ。

 それだけで、意図は伝わった。

 海都が横へ跳ぶ。

 

 次の瞬間、ステラ渾身の超高温の炎が、知性型を包み込んだ。

 

 赤い光が坑道を満たす。

 知性型の表層が焼け、剥がれ、黒い霧となって吹き散らされる。

 

 そして、ステラの手が落ちた。

 意識を失ったのだ。

 だが、彼女の一撃は確実に状況を変えていた。

 

 肌で分かった。

 先ほどまで刃を拒んでいた何かが、消えている。

 それが、今の炎で焼き切られていた。

 

 「動きを止めますっ……! 三秒……!!」

 

 もはや意識も朦朧としているクオンが、杖槍を地面へ突き立てた。

 

 先ほどのステラと同じように、知性型の足元に蒼く輝く術式陣が生まれる。

 

 冷気が走った。

 水元素が知性型の脚へ絡みつき、次の瞬間、氷となって蹄を縫い止める。

 前へ踏み出そうとしていた瞬間だった。

 体勢を崩した知性型の巨体が、わずかに前へ傾く。

 

 ――やれる。

 

 その瞬間、海都の持つ唯逸《ゆいいつ》から炎が消えた。

 

 同時に、海都の周囲に残っていたステラの火元素の赤い輝きが、さらに白く燃え上がった。

 

 火ではない。

 熱でもない。

 その奥にある、放出と励起の根源へ近づいていくような白。

 

 一方で、クオンが生み出した水元素の青い輝きは、深海の底を思わせる紫の鈍光へと沈んでいく。

 

 水ではない。

 氷でもない。

 その奥にある、吸収と安定の根源へ近づいていくような闇。

 

 

 音が消える。

 刀へ戻っていた唯逸《ゆいいつ》の刀身へ、白い光が集まった。

 その輝きに寄り添うように、紫の鈍い光が刃の縁をなぞっていく。

 海都は輝きが導く衝動のままに刀を納め、抜刀術の構えを取る。

 

 頭の中に、一つの文字が浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『幻走《げんそう》』

 

 

 

 

 

 

 

 

 刹那。

 

 

 

 

 

 

 

 瞬きする暇もなく、海都は知性型の横を抜けていた。

 

 知性型の頭部が宙を舞う。

 

 切断面から炎は噴き出さない。

 氷も広がらない。

 

 ただ、首と胴を繋いでいた何かが、ほどけるように消えていく。

 宙を舞った頭部は、地に落ちる前に黒い霧となって崩れた。

 

 黒い霧の奥に、まだマモノの視線だけが残っているように見えた。

 

 それを睨みつけ、最後のひとかけらが消え去るまで、海都は刃を納めなかった。

 そして、すべてが霧散した時。

 海都は、膝をついた。

 見れば、ステラは意識を失っている。

 クオンも彼女へ覆いかぶさるようにして、荒く息をついていた。

 

 「ダメだ……」

 

 氷壁が崩れようとしている。

 あの先にいるマモノから、彼女たちを守らなければならない。

 持ち主と違って、ひとかけらも欠けていない唯逸《ゆいいつ》を握り、海都は立ち上がった。

 一歩進むたびに、氷壁が崩れる。

 罅が走り、青い光が薄れていく。

 そして、ステラとクオンの近くまで戻った時、氷壁は完全に崩れ去った。

 だが、そこにマモノの姿はなかった。

 統率するものを失ったのか。

 あれほど氷壁を叩いていた気配は、もうどこにもない。

 

 「ハァッ……ハァッ……。海都さん、もう……大丈夫です……。マモノは、もういません」

 「……そうか」

 

 クオンの言葉に、海都もとうとう地面へ座り込んだ。

 それでも唯逸《ゆいいつ》を鞘へ戻したのは、剣士としての習性だったのかもしれない。

 鯉口が小さく鳴る。

 その音を聞いて、ようやく海都の身体から力が抜けた。

 クオンは震える手で端末を操作し、現在位置と討伐完了の信号を司令部へ送った。

 

 「第三戦闘小隊〈シリトン〉……知性型、討伐……。全員、負傷……救援を……」

 

 そこまで言うのが限界だった。

 通信が繋がったことを確認した瞬間、安堵が最後の支えを奪っていく。

 海都も、クオンも。

 ステラと同じように、その場で意識を手放した。

 

 

 

 

 遠くで、路面電車の音がする。

 

 

 

 斜陽が差し込む病室で、海都は目を覚ました。

 身体を起こそうとした瞬間、全身のあらゆる場所が悲鳴を上げる。

 それでも気合で上体を起こした海都の隣のベッドには、ステラがこちらを見ていた。

 

 「ん? おはよう!」

 「……」

 

 ステラも相当な重傷なのだろう。

 身体を起こすことはせず、顔だけをこちらへ向けている。

 だが、その声色はいつもの調子に戻っていた。

 

 「……希望には添えたか?」

 「半分かな。どうせなら、もうちょっと近くがよかったかも」

 「冗談言ってろ……」

 

 いたずらっぽく笑うステラに、海都はうんざりした表情で返した。

 だが、こうして軽口を言い合えるなら、生きている証拠だった。

 

 「そうだ、クオンは?」

 「分かんない。私が起きた時、この部屋にはいなかったから」

 

 緊急アンプルを最後の一本まで使い切り、さらに身体活性剤まで使ったクオンの身体に、何が起こっているのかは分からない。

 重篤な後遺症が残ってもおかしくない。

 海都は、そんなことを考えてしまった。

 

 「海都が考えてることは、私も同じ」

 

 ステラが、天井を見上げたまま言った。

 

 「正直、情けないよ。大事な親友が命懸けで状況作ってくれたのに、倒せもせず地面で寝っ転がってたなんて」

 「……俺も一緒だ。もう少し早く攻めに移っていれば」

 

 沈黙。

 空調の音だけが、病室に響く。

 そこへ、病室のドアが開いた。

 

 「早めに攻めていれば、最後の攻撃が読まれていた可能性が高いですね」

 

 入ってきたのは、車いすに乗ったクオンだった。

 

 「あのタイミングで海都さんが攻勢に転じ、ステラが表層を焼き、私が拘束し、最後に居合切りで仕留める。あの流れでなければ、倒せなかったと思います」

 「クオン!」

 

 ステラの声が、わずかに跳ねた。

 

 「お二人と違って、身体的な怪我はほとんどありません。ただ、衰弱が著しいので、体力が戻るまでは車いす生活です。宇宙飛行士みたいですね」

 「……クオンが冗談」

 「やっぱり後遺症が……」

 「……元気づけようと思ったんですけど、やめた方がよさそうですね。いいですよ。私は真面目な方がらしいですからね」

 

 ため息をついたクオンは車いすを進め、海都の横へと移動した。

 

 「とりあえず、第三戦闘小隊〈シリトン〉は全員戦闘不能という扱いで、当面任務から外されます。動けるようになってからも、私はアンプルを三本使用した影響について医療的な経過観察がありますし、ステラもリハビリが必要です。向こう一か月は、休暇扱いになるそうです」

 

 ハンブルゲンに来て、わずか数週間。

 それだけで一か月の休暇をもらうことになるとは、海都も想像していなかった。

 だが、それ以上に驚いたのは、まだ数週間しか経っていないという事実だった。

 列車でステラと出会い、唯逸《ゆいいつ》を手にして、第三戦闘小隊〈シリトン〉へ配属され、地下道を巡り、試掘坑道へ入り、知性型と戦った。

 あまりにも濃密すぎる日々だった。

 

 「名誉の負傷だ。気にせず休め」

 

 クオンの言葉に続けるように、落ち着いた男性の声が病室に響いた。

 入ってきたのは、オスカー・ラインと夜桜黒羽だった。

 オスカーは病室へ入ると、三人の前に立った。

 そして、軍人らしい均整の取れた、見事な敬礼をする。

 

 「第三戦闘小隊〈シリトン〉。この度の知性型討伐、およびハンブルゲン市街地への被害拡大阻止。その功績は、見事なものだった」

 

 その声に、余計な感情はない。

 だが、それだけに言葉の重みがあった。

 

 「私は元々、軍からの出向組としてこの支部に来た人間だ。今は魔力管理機関ハンブルゲン支部の実戦課課長として諸君の上官を務めているが、軍との連絡窓口でもある」

 

 オスカーは、そこで一度だけ言葉を切った。

 

 「その立場から伝える。今回、君たちが知性型を試掘坑道内で討伐したことで、軍は市街地封鎖、住民避難、地下区画防衛、場合によっては中心市街への部隊展開を行わずに済んだ」

 

 オスカーは小さなケースを開いた。

 中には、銀色を基調にした小さな記章が三つ収められていた。

 

 「これは軍籍上の叙勲ではない。君たちは軍人ではなく、魔力管理機関の戦闘員だ。階級にも、命令系統にも、待遇にも関わらない」

 

 そこで、オスカーはわずかに口元を緩めた。

 

 「要するに、名誉だけのものだ」

 「おまけみたいなものですか?」

 

 ステラがベッドの上から、いつもの調子で口を挟む。

 

 「そうだ。だが、その辺の菓子のおまけよりは価値がある」

 

 オスカーは冗談を交えながら即座に答えた。

 

 「被害は、出てから抑え込むより、出る前に止める方が遥かに難しい。君たちはそれを成し遂げた。よって軍は、都市防衛への協力と功績に対し、第三戦闘小隊〈シリトン〉へハンブルゲン防衛協力章を贈る」

 

 病室が静かになる。

 

 「受け取れ。これは、君たちがこの街を守った証だ」

 

 その言葉に、海都は返す言葉を失った。

 ステラも、クオンも、軽口を挟まなかった。

ベッドと車いすの上で、まともに敬礼を返すことすらできない。

 それでもクオンが、わずかに背筋を伸ばした。

 ステラも、動かせる方の手を少しだけ持ち上げた。

 海都は痛む身体を押して、深く頭を下げた。

 

 「第三戦闘小隊〈シリトン〉を代表して、拝受します」

 

 クオンの声は、まだ弱かった。

 だが、確かに小隊長の声だった。

 オスカーは頷き、三つの記章をそれぞれのベッドサイドへ置いた。

 

 「よく帰った」

 

 その一言だけは、軍人としてではなく、彼らの上官としての声に聞こえた。

 

 入れ替わるように、夜桜黒羽が前に出た。

 

 「……おかえりなさい。約束を守ってくれて、ありがとう」

総裁という立場は関係なく、夜桜は三人へ頭を下げた。

 

 「これで、ハンブルゲンの街は落ち着きを取り戻すでしょう。ただし、魔力管理機関としては、各制御プレートの確認、および試掘坑道の調査と、まだ仕事は続きます。休暇が終わったら、存分に三人の力を貸してください」

 

 そう言って頭を上げた夜桜へ、海都が声を上げた。

 

 「総裁」

 

 短い言葉だった。

 だが、その声には、鋭く切り込むような響きがあった。

 

 「なんでしょうか」

 「……知性型は、あれで終わりですか?」

 「……残念ながら、そうではありません。マモノである以上、条件が整えば、新しい個体は何度でも生み出されます」

 「そうですか……」

 

 海都は一度だけ息を呑んだ。

 

 「ただ、あれは神代市を襲ったやつと同じでしたか?」

 

 夜桜は、すぐには答えなかった。

 

 「……はい。クオンの端末が戦闘中記録していた魔力波形が一致しました。あれは、十年前に私が取り逃がした知性型のマモノです」

 

 病室の空気が、静かに沈む。

 

 「なら……俺は、仇を取れたってことでいいんですよね?」

 

 そこまで言って、海都の声が震えていることに、部屋にいた全員が気づいた。

 夜桜は、ゆっくりと、そして深く頷いた。

 

 「はい」

 

 その瞬間、海都は顔を伏せた。

 肩が震える。

 それは、勝利の涙ではなかった。

 十年間、胸の奥で固まり続けていたものが、ようやく崩れたのだ。

 誰も、すぐには声をかけなかった。

 その沈黙を、オスカーがわざと事務的な声で破った。

 

 「三人とも、体が動くようになったら、ハンブルゲンで一番高い店でプライベートの祝賀会を開いてやる。しっかり治しておけ」

 「りょうかーい!」

 「ありがとうございます」

 

 意図を察したステラとクオンも、それに乗った。

 わざと軽い調子で返す。

 そして夜桜も、静かに微笑んだ。

 

 「では、私も同席させてもらいます」

 「ふむ。では、東の国から良い酒も仕入れねばなりませんな」

 「期待していますね」

 「では、三人とも、今はゆっくり休め。以上だ」

 

 そうして、オスカーと夜桜は退室した。

 静かになった病室では、海都の押し殺した声が、わずかに聞こえていた。

 横にいたクオンが、そっと海都の背中をさすった。

 その手は暖かく、その温度が家族を思い出させ余計に涙を誘う。

 だが、嫌ではなかった。

 

 

 

 

 再び遠くで、ハンブルゲンの路面電車の音が聞こえた。

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