満身創痍とはこのことか。
ハンブルゲン中央にあるセントラルステーションにはボロボロになった山岳列車が突っ込むようにして停車していた。
海都とステラが戦っていた車両以外も外からの攻撃を受けていたようだった。
事前に敷設していた防御術式によって走行不能にはならなかったものの動力車から客車とすべての車両が等しく損傷していた。
とはいえ、最も破壊されているのは二人のいた車両なのだが。
そんなボロボロの車両を見て海都は10年前の自分の目の前で起こった惨劇を思い出していた。
マモノというものはああいう風にすべてを破壊する。
だからこそ力を求めてハンブルゲンに来たのだ。
ハンブルゲンに到着するや否や魔力管(魔力管理機関)や地元警察、それこそ軍の連絡要員まで姿を見せ、駅構内は大騒ぎになっていた。
「救護班!接触者はいないようだが簡易検査を実施してくれ!」
「警備班はホームの規制線を継続!野次馬を入れるなよ!」
あちらこちらから指示などの怒号が飛び交う中、海都は特にできることもないので、ホームの隅にあるベンチに座っていた。
ただし、その手には、先ほどの戦闘で使った刀、唯逸《ゆいいつ》があった。
柄は砕け、布で応急的に巻かれている。
刀身は残っていた鞘へ納められていたが、それでも手に持っているだけで妙な緊張感があった。
ステラからは、何があっても手放すな、と強く言われている。
理由を聞く余裕はなかった。
ただ、彼女の顔が笑っていなかったので、海都も黙って従っていた。
少しすると黒いスーツを着た男性が三人、海都を取り囲むようにして立っていた。
「速水海都ですね?」
正面に立っていた男が海都へと話しかける。
声は穏やかだった。
逃げ道を塞ぐ立ち位置をとっていることに海都としては気に入らない部分もあったが、今この場に部外者がいるということはないだろう。
男からの言葉に、素直にうなづいておいた。
「……えぇ」
「私たちは魔力管理機関の者です。第三小隊のステラから話は聞いています。そちらの刀の件もありますので、こちらにご同行願えますか?」
「拒否権は?」
「形式上はあります。ただし、この件はすでに保護拘束案件です。拒否された場合、こちらは実力行使に移行します」
ほとんど意味のない権利だなと海都は心の中で笑う。
しかしここで抵抗したところで何の意味もないので素直に従うことにする。
と、そこへ慌ててステラが走ってくる。
「ちょちょちょ、海都は市民を守ってくれたんだけど!」
「えぇ承知しています。ただ、彼の使用した武器は機密指定されている武器であり、さらには、総裁承認を伴う登録が行われています。本人の善悪や功績は関係のない状況です」
「そうだけどさぁ……」
「それに、お言葉ですがステラ。君も機密指定の武器の護送という状況で中型のマモノが発生するような状況とはいえ護衛対象を一般人へ預けたというのは報告書が必要でしょう。ちょうどいいので私たちと一緒に支部へ行きましょうか」
「げっ……」
「それはそうだな、あきらめろ」
これから書類に忙殺されることを想像してうなだれたステラの肩を叩き、海都は男たちに連れられて駅を出る。
ステラもどうせ戻る必要があるので便乗しハンブルゲン支部へと戻ってきた。
戻ったところで唯逸《ゆいいつ》は支部の装備兵站課のスタッフが回収していった。
ただ、回収時も専用らしいケースに厳重に収められていった。
やはりただの武器、ということでもないのだろう。
唯逸《ゆいいつ》を渡したあと海都は外側から鍵をかけられる部屋へと案内されたが、内装はいたって普通の部屋だった。
牢屋、というわけでもない。
本当に保護なのだろう。
確認をとって備え付けのシャワーを浴び、後から入ってきた看護師に手の治療をしてもらった。
その後、海都は先ほど迎えに来たスーツの男と面談することになった。
面談、と言っても、聞かれたのは海都自身の事情ではなかった。
十年前のことも、なぜハンブルゲンへ来たのかも、男はほとんど尋ねなかった。
おそらく、すでに把握しているのだろう。
聞かれたのは、あくまで唯逸《ゆいいつ》の件だった。
ステラからケースを預かった時の状況。
鳥型のマモノの攻撃を防いだ時、ケースに何が起きたか。
表示された文章。
夜桜黒羽という名前。
緊急解放、臨時登録、正規登録という文言。
そして、刀を抜いた瞬間、自分の身体に何が起きたか。
男が特に何度も確認してきたのは、承認プロセスのやり取りだった。
「表示された文章を、覚えている範囲で構いません。もう一度お願いします」
「夜桜黒羽より緊急解放が承認。使用者を臨時登録、固有魔力波形、速水海都と確認。登録修正、正規登録へ。防御術式を解除、ケースを解放します……だったと思う」
何度か口にしているうちに暗唱できるようになっていたそれを、海都はスラスラと答えた。
内容に間違いはないはずだ、特にその名前が妙に記憶に引っかかっている。
男は無言で端末を操作した。
しばらくして、外部と短いやり取りをする。
「……間違いありません。記録とも一致しています」
「記録?」
「こちらの話です」
そう言って、男はそれ以上を説明しなかった。
海都も深くは聞かなかった。
聞いたところで、今の自分に答えが返ってくるとは思えなかったからだ。
こうして一時間ほどの確認が終わると、男は端末を閉じた。
「今日のところは、この部屋で休んでください。監視は継続しますが、拘束段階は一つ下がりました。備え付けの設備も使用できます」
そう言われると、先ほどまで電源の入らなかったテレビや室内端末が使えるようになっていた。
どうやら、完全な隔離扱いから、監視付きの保護扱いへ切り替わったらしい。
退出間際、男は一枚の書類を海都へ差し出した。
「これは?」
「本来、君が今日ここへ来て受け取る予定だった書類です」
海都は表題へ視線を落とした。
『魔力管理機関ハンブルゲン支部、外部協力者契約書』
「本来なら、面談、適性確認、装備説明、誓約手続きを順に行う予定でした」
男は淡々と言った。
「ですが、到着前に中型マモノとの実戦、機密指定装備の緊急使用、総裁承認を伴う登録処理が発生しました、段取りは完全に意味がなくなりましたけどね」
「……それでも契約はするのか?」
「します。むしろ、しない理由が減りました」
男は書類のサイン欄を指で示した。
「ようこそ、ハンブルゲンへ。速水海都さん」
こうして速水海都は受け取った書類を上から下まで慎重に目を通し、即座にサインした。
そもそもの目的がここに来ることだった、面倒な面接や試験を飛ばせたのも結果だけ見れば悪くない。
サインしない理由がなかったのだ。
サインを終え、スーツの男が部屋から出るのを見送った後、備え付けの端末を使い “ルームサービス”を頼んでみることにした。
どうやら今日の注文は給与からの天引きはないらしい。
つまり、機関持ちである。
海都は少しだけ考えた。
列車ではマモノに襲われた。
機密指定の刀を勝手に使ったことになった。
ハンブルゲンに着いた途端、保護拘束された。
そして今、外側から鍵のかかる部屋にいる。
思うところがないわけではない。
「……一番高いやつだな」
そう呟いて、海都はメニューの中で最も値段の高い肉料理と、同じく値段の高いハンブルゲン産の鉱泉水を注文した。
せめて食事代ぐらいは、きっちり持ってもらっても罰は当たるまい。
料理が届いたのはサインを終えてから20分ほどたった頃だった。
厚切り肉の煮込み。
山岳地方らしい黒パン。
小さな鍋に入ったスープ。
そしてやたら高い値段のついたハンブルゲン産の鉱泉水。
持ってきたスタッフからしてもなかなかいいお値段だったのだろう。
若干顔が引きつっていたが、海都は気にしないようにした。
そして海都がスプーンを手に取り煮込みへ取り掛かろうとしたところで部屋の扉が開いた。
「海都―、生きてるー?」
入ってきたのはステラだった。
先ほどまで書類に忙殺されていたのだろうげんなりとした空気が漂っている。
その後ろには見慣れない女性が一人立っていた。
ステラがテーブルの上を見た瞬間目を丸くした。
「何食べてんの!?」
「一番高いやつだ」
「人が報告書でひーこら言ってる間に、保護拘束中の人間がこんないいもの食べるってあり!? ってか一切れ頂戴!」
「やだ。 それに拘束されたから頼んだんだよ」
「子供かお前は!だから一切れ頂戴よ!ってかその水めっちゃ高いやつじゃん!」
「お前のが子供か……」
子供のようなやり取りをする二人をよそに、ステラの後ろに居た青みがかった長髪の眼鏡の女性が、控えめに咳払いをする。
「ステラ、紹介が先です」
「あ、そうだった……!」
ステラは雑に手を向けた。
「こっちはクオン。第三戦闘小隊〈シリトン〉の一人。水元素の魔術師で、支部の受付もやってる人だよ」
「どうも海都さん、クオンといいます。本当なら受付で普通にお会いする予定だったんですけど」
クオンは眼鏡の位置を直しながら、海都を見た。
「到着前に中型のマモノを撃破、機密武器を壊して、さらにはいろいろすっ飛ばして総裁の承認まで出した外部協力者候補。なかなか派手な初日ですね」
散々な物言いに海都は言い返したくなった。
「壊したのは柄だけだ。それも保管のための白鞘だ。壊れて当然だろ」
「そこ、反論するんですかあなたは……」
あきれた様子のクオンをよそに、鉱泉水の瓶を開けて、わざわざグラスへと注ぐ。
洗い物を増やすのも今日の仕事だと言わんばかりだ。
ステラは苦笑しながら海都の向かい側の椅子を引いて座る。
「まぁ、そういうわけで」
彼女は列車で見せたときと同じ、明るい顔で言った。
「ようこそ、第三戦闘小隊〈シリトン〉へ」
その言葉を聞いて、海都はようやく理解した。
ハンブルゲンへ来た。
契約書にサインもした。
だが、本当の意味でこの街に足を踏み入れるのは、おそらくここからなのだ。