「おっはよー!海都!」
「……うるさっ」
外からしか鍵のかからない部屋、それも同い年ぐらいの男の部屋に無遠慮に入ってくるステラという少女。
列車での印象通り、むやみやたらに距離を詰めてくるという評価は当たっていたようだ。
まぁ人が来たからには寝ているわけにもいかない、しぶしぶ海都はベッドから起き上がりステラを出迎える。
「よく寝られた?」
「外からしか鍵がかからないからな」
「根に持つねぇ」
「今ので終わりだ。それで?」
ステラが入室ついでに持ってきていた朝食を乗せたトレーをテーブルへと置いた。
海都は短く礼を言うと、さっさと食べ始める。
「第三戦闘小隊は哨戒任務かな、日中だからほぼ危険はないけど。海都は、いわゆる研修だから、私たちに同行して」
「ほぼ?」
「そりゃマモノ相手だからね、ゼロにはならないしその緊張感はいるでしょ」
「了解」
海都はカップに入った水を一口飲むと眉をひそめた。
「……この水、昨日のやつと味が変わらなくないか?」
「そりゃ水源一緒だもん」
「ご商売だな……」
そうしてステラが退出してから海都も身支度を整える。
明日以降は通常の宿所が割り当てられるらしいので、この部屋とも今日でお別れだ。
ステラから渡された支部支給のスマートフォンには集合場所や本日の予定、支部内の簡易地図まで入っていた。
おかげで海都は迷わず集合地点である支部の車両保管区画までたどり着けた。
そこには私服に赤いラインが入った腕章をつけたステラと、青いラインの腕章をつけたクオンがすでに集まっていた。
「では、速水海都さんが来ましたので移動しながら説明します。ステラ、運転お願いします」
「了解~」
クオンに促されるまま海都は用意されていた車両の後部座席へと乗った。
ステラは運転席、クオンは助手席だった。
「本日の任務を説明します。第二戦闘小隊の郊外哨戒任務の一部をこちらで請け負うことになりました」
クオンは端末を操作し淡々と説明を続ける。
「担当区域は、西部の鉱山区域から市街地へ伸びる西方導水橋です。導水橋上を徒歩で移動し、防護術式、浄化術式、観測杭、魔力計の状態を確認します」
「水道の点検まで戦闘小隊がやるのか?」
海都が後部座席から問いかけると、クオンは端末から目を離さずに答えた。
「ただの水道なら施設課か水道局の仕事です。ですが、西方導水橋は魔力場の上を通る都市防衛設備でもあります。加えて、私たち〈シリトン〉は次世代運用モデルの試験小隊ですから、運用データを取るために、こうした任務も回されます」
「……なるほど」
海都が納得して頷いたところにステラが相槌を飛ばす。
「つまり便利屋ってこと」
「試験小隊です、ステラ」
「細かいなぁ……」
クオンが小さく咳払いをして続けた。
「ただ、戦闘小隊を派遣する意味はあります。途中でマモノの出現が確認された場合は、事前承認により戦闘行動が許可されています。発見次第、現場判断で排除します」
いつの間にか、車は走り出していた。
車両保管区域を出て、支部の敷地内を抜けていく。
途中、魔力管理機関の職員たちが、昨日の事後処理もまだ残っているのだろう、せわしなく行き交っているのが見えた。
事務員、医療スタッフ、作業員。
腕章をつけた戦闘員だけではない。
魔術師だけが戦っているわけではない。
事務員も、医療スタッフも、作業員も、それぞれの場所でマモノ災害の後始末を支えている。
改めて、自分なりの理由があるにせよ、この組織に身を置くのだということを、海都は実感した。
敷地を出た車は、ハンブルゲンの市街地へと入っていく。
市街地へ入ると、車道は石畳に変わった。
ゴトゴトと規則正しい振動を感じながら、車は大きな通りへ出る。
「ここが盤道《ばんどう》。街の西にある鉱山区画へ続く道だよ」
運転席に座るステラが、前を見ながら軽く言った。
窓の外へ目を向ければ、道沿いには石材店や工具店、金属加工の看板が並んでいる。
観光客向けの華やかさは薄い。
だが、街の骨を支えているのは、こういう場所なのだろう。
その大通りの中央には、レトロな雰囲気の路面電車が走っていた。
この街へ来る前、ちらりと見た観光案内では、現役で動いている立派な市民の足だと紹介されていた。
路面電車は街をぐるりと回る環状線となっており、途中、昨日なんとかたどり着いた都市の中心、セントラルステーションへもつながっている。
そんな路面電車と別れ、車は郊外の方へ進んでいった。
古い建物は少しずつ姿を減らし、比較的新しい建物が増えていく。
中心から栄えた街だからこそ、外へ行くほど新しい区画になるのだろう。
工房街を抜けた頃、前方に巨大な石造りのアーチが見えた。
山肌から伸びるそれは、橋というより、街へ向かって水を運ぶ石の列だった。
太い橋脚が谷筋をまたぎ、連なるアーチの上には、点検用の細い通路と水路が走っている。
やがて、一つの橋脚のたもとで車が止まった。
そこには、上の点検通路まで伸びる金属製の梯子が取り付けられていた。
「これが西方導水橋です。今日はここから市街地外縁の外環接続部までを点検します」
クオンが端末を閉じ、車を降りた。
後に続いてステラと海都も車を降りる。
侵入防止用の扉の簡易錠を外し、梯子を上ろうとしたクオンだったが、ふと足をかけたところで止まった。
「海都さん、先にお願いします」
「ん? あぁわかった」
その提案に海都は何も思わずさっさと上り始める。
半ばほどまで登ったところで下を見た時になぜ先に回されたかわかった。
クオンはロングスカートだ。
――クールに見えてそういうのは気にするのか。
そうして一番上までたどり着いた海都は、そこからの景色に息をのんだ。
西方導水橋は、一本の橋ではなかった。
市街地の外縁へ差しかかったところで緩やかに弧を描き、建物の屋根の向こうへと続いている。
遠く北側にも、南側にも、同じような石造りの高架水路と水門塔が見えた。
それらはばらばらに建っているのではない。
街をぐるりと囲む、一つの輪のように見えた。
橋脚には等間隔で刻印板が埋め込まれ、水路の縁には細い金属線が走っている。
流れる水が陽光を返すたび、その線がかすかに光った。
ただ水を運ぶだけの設備には、海都には見えなかった。
「……街を囲んでいるのか」
海都が呟くと、下から上ってきたクオンが答えた。
「はい。西方導水橋は、ハンブルゲン外環導水路の一部です」
「外環導水路?」
「市街地を囲む水利設備です。平時は導水、浄化、観測。非常時には封鎖と防護に使います。簡単に言えば、この街を囲む巨大な術式装置ですね」
クオンは足場へ上がり、端末を起動した。
「では作業を始めます、セオリー通りステラは前方、私が検査を行います。海都さんは後方警戒ですが、武器はこちらを使ってください」
クオンから投げ渡された刀を海都は受け取る。
唯逸《ゆいいつ》ではなかったが、刀を扱う海都としても十分満足できる一品だった。
「貸出装備ですが武器は壊れるものですので遠慮なく使ってください。私の第二種魔力と水元素が付与してありますので、マモノと十分に戦えます。ただし、交戦許可を待って行動してください、あくまで研修ですので」
「……了解した」
くぎを刺すような言い方をされてしまい海都は従うしかなかった。
どうやらこの小隊のまとめ役はクオンがやっているようだ。
そうして西方導水橋を外環接続部に向かい歩いていく。
幸い天気も良い、吹き抜ける風は爽やかで気持ちがよいぐらいだ。
一定間隔で存在する観測杭と呼ばれる装置にクオンが持つ端末がかざされていく。
そして機械ではわからない防護術式などの魔術由来の部分は直接手で触れて確認しているようだ。
そうして順調に検査を続けて、西方導水橋の半ばまで来たところだった、クオンの手が止まる。
「水量に異常なし……、ただ、魔力が停滞している……?」
「どうしたのクオン」
端末を閉じ、あたりを見回すクオンにステラが話しかけた。
「ここの橋脚だけ魔力が停滞しているように思えます。ステラはどうですか?」
「んー……、ほんとだ、ちょっと濃度が濃い気がする」
サァッと風が通り抜ける。
不気味なほど風の音しか聞こえない。
だが、風が吹き抜けたその瞬間クオンの眼鏡の下にある目が鋭く細くなる。
「全員交戦許可!」
短い指示にステラは一瞬で反応しその両手に炎を纏わせる。
そして海都も持ち前の勘の良さですでに抜刀していた。
そこへ、間髪入れずに鳥型のマモノが飛び込んでくる。
死角からの一撃を海都は何とか刃で受け弾き返した。
とっさのことだったため刃を立てる暇がなかったのだ。
だが、弾き飛ばされた鳥型のマモノに鋭い氷柱が突き刺さり、そのまま霧散した。
見ればクオンがその場から動かずに手をかざしていた。
「索敵に増援無し、出ている分を片付けてください」
「了解!」
「くれぐれも設備に被害を出さないように」
「っとと」
突っ込んできた鳥型を持ち前の炎で吹き飛ばそうとしたステラが慌てて出力を絞り倒すのに必要な火力へと調整し殴り飛ばす。
しかし足場がとにかく悪い。
手すりや水路の縁が邪魔で、体重を乗せ切れないのか消失せずに跳ね飛ばされるのが何匹かいた。
これは海都も同じだ、刀を自在に振るには少々窮屈であり、攻め手が限られる。
だがそこをクオンが冷静に氷柱を飛ばして処理していく。
自在に空中を飛び回る鳥型のマモノだが攻撃をするときは必ず突撃してくる。
そこをうまく迎え撃てば敵ではなかった。
一体が水路側から低く滑り込む。
海都は大きく振らず、刃を立てたまま半歩だけ踏み込んだ。
狭い足場で必要なのは力ではなく、線を合わせることだった。
すれ違いざま、支給された刀が鳥型の胴を斜めに裂く。
黒い影は、声もなく霧となって消えた。
それが最後の一匹だった。
「しかし、なんだってこんな所に」
飛んでいたマモノをすべて倒した後、海都は警戒しながらも刀を鞘へと戻す。
どこかで読んだ資料では、マモノは魔力が集まる場所に発生しやすい。
人の多い場所、古い術式の残る場所、魔力場の濃い場所。
そうした条件が重なったところほど危険だとされていた。
だが、ここは少なくとも人影はない。
「多分これですね」
クオンがしゃがみこみ観測杭の横のレンガにはめ込まれていた金属製の板を取り出す。
「魔力の流動性を調整する術式に傷がついています。先ほど感じた魔力が濃い感触はこれがうまく作動していなかったせいでしょう」
「だからマモノもここで生まれたと?」
「えぇ、ただ、ここの魔力の大半は導水橋の防護術式に消費されてしまいます。だからあの程度の数しかマモノが生まれなかったのでしょう」
そこまで言ってクオンは傷がついた金属板をしまい、新品を取り出す。
「自然劣化か?」
「その可能性が高いです。しかし、補修記録と照合はしておきます」
クオンは細い針のような金属製の工具を取り出し、金属板へ細かな術式線を刻み込んでいく。
「一度破損したものは信用できないので、新品に入れ替えます。少しかかりますので景色でも楽しんでいてください」
作業に集中してしまったクオン。
仕方ないので海都は言われたように周囲へと目を向けた。
雄大な自然、その中に現れるハンブルゲンという都市。
古臭い水道橋に取り囲まれた古い街だが、その姿は美しいものだった。
だが、同時に、あの街はこうやって古くからマモノと戦ってきた街なのだろう。
世界有数の魔力場を内包した山岳都市、故に魔術が街に溶け込んでいる。
その溶け込んだものの中にきっといるはずだ。
10年前、家族と街を消し去った仇が。