いつか夢見たあの世界   作:Kataparuto

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第4話 光あれば影あり

速水海都がハンブルゲンにきてから一週間たった。

 海都はいまだ見習だが、第三戦闘小隊〈シリトン〉における業務は順調にこなしていた。

 体を動かしての戦闘や哨戒、各種書類仕事など、慣れないこともあったが概ね生来の真面目さからきっちりとこなし、おおむね評価が高い。

 そうして過ごしているうちに海都は戦闘小隊をまとめる実戦課の課長から呼び出されることとなる。

 

 「来たか」

 

 呼び出されたのは装備兵站課の管理する区画の部屋の一つだった。

 部屋へ入った海都を出迎えたのは、40代ぐらいの男性であった。

 割と服装規定が緩めの魔力管理機関の中でピシリと着こなされた軍服に整えられた頭髪、厳格そうな雰囲気をたたえている。

 その人こそがオスカー・ライン、ハンブルゲン支部の実戦課の課長である。

 つまり、第三小隊内で日々の指示を出すのはクオンだが、配属や装備運用の責任を持つのは、この実戦課課長であるラインということだ。

 

 「まずは遅れての挨拶となったことを謝罪する。 なにぶん君のデビュー戦はなかなか派手だったからな、正式加入前にあれだけ暴れられると手続きが混乱してね」

 

 そう言いながらラインは〈シリトン〉の部隊エンブレムが描かれたカードキーと海都の情報が刻まれたドッグタグをテーブルの上に置いた。

 そこに添えるようにステラたちが装着している、戦闘員であることと使用する元素を示す腕章が置かれる。

 ただし、海都の物は銀灰色の二本線だった。

 

 「その後の〈シリトン〉での活躍は把握させてもらっている。私が提唱した次世代型の小隊モデルとして良いデータも提出してもらっているな」

 「ありがとうございます」

 

 海都は道場で上下関係というものを叩き込まれているので直立不動で答える。

 

 「楽にしてくれ、ここは軍隊じゃないからな。まぁ制服を見てもらうとわかるが私は出向組でな、威圧してしまったかもしれないが……すまないな」

 「いえ、大丈夫です。それでご用件は何でしょうか?」

 「あぁ。そのカードキーと腕章でわかったと思うが、今日から君は第三戦闘小隊〈シリトン〉へ正式配備となる。扱いは特例だが、戦闘員としての権限は発行済みだ。 それに伴い腕章の銀灰の二本線は、非術式戦闘員用の識別だ。君のような例はまだ少ないが、今後増える可能性がある。悪いが、君にはその運用例第一号の一人になってもらう。 宿舎も一般職員用から戦闘員用の上級宿舎へ変更される。同時に権限も広がったからカードキーの紛失には十分に注意すること」

 

 淡々と説明される中、海都には実感がなかった。

 1週間目の前で与えられる課題をただこなし続けてきただけであり、専門的な訓練はまだ受けていない。

 その状況であっさりと正規職員となる状況に混乱も覚えていた。

 

 「特例ではある。だが、君へ渡さなければならないものの都合で外部協力員かつ研修の立場では、体裁が整わないものでね。 専門の教練に関しては後追いで実施するため、小隊任務を一時的に免除される時もある。ただ、基本は〈シリトン〉として仕事をしてくれ」

 「わかりました」

 

 そう言いながら海都はカードキーとドッグタグ、腕章を受け取る。

 そして空いたテーブルの上に今度は見覚えのある黒いケースが置かれた。

 

 「これは……」

 「あれから整備と本拵へ仕立て直してようやく使えるようになった。正直一般人の君に渡すようなものではないんだがな」

 

 海都は誘われるようにケースを開ける。

 そこには黒く締まった柄巻。

 無駄のない鍔。

 腰に佩くことを前提に整えられた鞘。

 保管される刀ではなく、戦うための刀になっていた唯逸《ゆいいつ》がいた。

 

 「総裁からだ、君が使えとのことだ」

 

 ラインは、わずかに眉間へ皺を寄せた。

 

 「正直に言えば、君へ渡すには過ぎた装備だ。だが、元所有者である総裁本人の承認が下りている以上、我々にこれを覆す権限はない。これは、貸与ではない。唯逸《ゆいいつ》は、正式に君の所有装備として登録された」

 「……」

 

 ケースから出して握る。

 昨日まで使っていた支給品の刀など比べ物にならない。

 握っただけでその異様さが伝わってくる。

 

 「日々の手入れは君なら大丈夫だろう、破損や修復の際は頼ってくれ」

 「わかりました……」

 「正規配備となったため本日は初の夜間任務となる、後でクオンからブリーフィングがあるだろうが時間までは宿舎の移動と掃除を行いたまえ、以上だ」

 「了解です」

 

 こうして海都は昨日まで世話になった一般宿舎から、少ない手荷物を引き上げ上級宿舎へと移動する。

 戦闘員用の上級宿舎は、一般職員用の宿舎とはまるで造りが違っていた。

 扉には、第三戦闘小隊〈シリトン〉のエンブレムが小さく刻まれている。

 カードキーをかざすと、静かな音を立てて扉が開いた。

 最初に目に入ったのは、広めのリビングだった。

 ソファ、共用テーブル、壁面端末、簡易キッチン。

 壁際には小隊員ごとの装備ロッカーが並び、奥にはいくつかの個室へ続く扉があった。

 

 「お、海都いらっしゃーい。 〈シリトン〉の秘密基地へようこそー」

 

 リビングにはステラがソファでくつろいでいた。

 ショートパンツ姿のままフットレストに足を預け、片膝を立てて端末を操作している。

 本人は完全に普段通りなのだろうが、その姿勢では素足が妙に目に入る。

 海都は一瞬だけそれを見て、すぐに視線を外した。

 

 「……先に部屋を確認してくる」

 「んー、了解。場所わかんなかったら呼んでー」

 

 こちらの気まずさなどまるで伝わっていないらしい。

 海都は返事をせず、荷物を持って奥の個室へ向かった。

 個室に関しては一般職員用と大差はなく、寝具や机、シャワーなど一般的なビジネスホテルと似たようなものだ。

 だが、二回りほど広く、ウォークインクローゼットを備えるなど細かい違いはあるようだ。

 持ってきた私物をしまい込んでいると、部屋のインターフォンに見知った顔が映る。

 

「海都さん、リビングへ来てください、今日の夜間任務のブリーフィングを行います」

「了解」

 

 海都は短く返事をして、リビングへ移動した。

 

 相変わらずソファにはステラが座っていたが、クオンに小言でも言われたのか、先ほどよりは姿勢を正している。

 その前に置かれた電動昇降テーブルには、天井のプロジェクターから地下区画の地図が投影されていた。

 

 「来ましたね」

 

 ステラの向かい側の椅子に座っていたクオンが、いつも通りきれいな姿勢で海都を迎える。

 海都は流れでステラと同じソファに腰を下ろしたが、自然と少し距離を置いた。

 

 「本日の任務を説明します」

 

 クオンが端末を操作すると、地図の一部が拡大された。

 

 「海都さんが正式配備となったため、これまで研修扱いで外していた夜間任務にも参加してもらいます。内容は、地下第一層商業区画の巡回補助です」

 「地下街か」

 「はい。第一戦闘小隊〈アゲート〉の分隊と同一任務枠ですが、同行はしません。あちらは東側、私たちは中央駅地下連絡路から西側を担当します」

 

 投影された地図上に、中央駅から西へ伸びる地下道が光る。

 

 「通常の巡回範囲は商業区画までです。ただし今回は、二十四時間営業店舗を除く各商店の閉店後、鉱山区画方面へ続く非常避難ゲートの先を確認します」

 「非常避難ゲート?」

 「地上封鎖時に、地下から鉱山方面へ人員を逃がすための特殊避難経路です。普段は閉鎖されています」

 

 クオンはそこで一度言葉を切り、地図のさらに奥を指した。

 

 「連日対応している〈アゲート〉から、非常ゲート周辺の魔力濃度が平時より高いという報告が上がっています。現時点では小型マモノ発生の可能性がある、という程度ですが、戦闘を想定して準備してください」

 「わかった」

 「りょうかーい」

 

 ステラが軽く返事をする。

 その気楽な声とは違い、テーブルに映る地下道の奥は、地図上でも妙に暗く見えた。

 

 「地下任務での注意点は三つです」

 

 クオンは指を一本ずつ立てた。

 

 「一つ、火力を上げすぎないこと。地下では熱と煙が逃げません」

 「それ私に言ってる?」

 「火元素を使うのは貴女だけですからね」

 

 ステラが不満げに口を尖らせる。

 

 「二つ、民間人の動線を常に意識すること。夜間の地下街には、仕事帰りの市民も、夜勤者も、観光客もいます」

 

 クオンは最後に、海都を見た。

 

 「三つ。海都さんは、地下の地形をまだ覚えていません。単独で追わないでください」

 「……了解」

 

 そして山影に太陽が隠れ、空に星が昇るころ、海都たちは地下街へと下りていた。

 そこは、海都が想像していた地下通路とはまるで違っていた。

 

 行き交う市民。

 仕事帰りらしい作業着の男たち。

 買い物袋を下げた親子連れ。

 湯気を上げる料理屋に、焼きたてのパンを並べる店。

 さらに、本来なら地上の通りにありそうな雑貨店や薬局、スーパーまで開いている。

 

 海都の故郷、東の国にも地下街はある。

 だが、これほど生活そのものが地下へ入り込んでいる場所は見たことがなかった。

 巡回のため人の流れに沿って歩きながら、クオンが海都へ説明する。

 

 「ハンブルゲンの地下街は、ほかの都市と比べてもかなり発展しています」

 「地下というより、もう一つの街だな」

 「えぇ。その理由は、夜間の地上活動にあります。ハンブルゲン周辺では、夜になるとマモノの発生および活性化リスクが上がります。市街中心部は防護されていますが、それでも地上活動は最低限に抑えるのが基本です」

 

 クオンは足を止めず、通路の端に設置された避難案内板へ視線を向けた。

 

 「一方で、地下は管理しやすい。封鎖もしやすく、魔力濃度の監視もしやすい。適切な防護術式と観測設備を入れれば、地上より安全に夜間活動を維持できます」

 「だから、夜の店が地下に集まったのか」

 「はい。今の時代に、夜間の仕事や物流を完全に止めるわけにはいきませんからね。地下街は商業区画であると同時に、避難所でもあります」

 

 海都は、通路の天井へ目を向けた。

 規則的に並ぶ照明の隙間に、細い術式線のようなものが走っている。

 ただの地下商店街ではない。

 ここもまた、ハンブルゲンという街を守る仕組みの一部なのだろう。

 

 その後の巡回は、拍子抜けするほど順調に進んだ。

 ハンブルゲンでは、腕章を着けた魔力管理機関の戦闘員が武器を携帯して歩いていても、特別珍しい光景ではない。

 ただ、刀を腰に佩いた東の国出身の青年となると話は別らしい。

 通りすがりの観光客が、何度かこちらへ端末を向けてきた。

 勝手に撮られているわけではない。

 軽く会釈をしてから撮っていくあたり、悪気はないのだろう。

 だが、写真を撮られることに慣れていない海都としては、どう反応すればいいのかわからなかった。

 

 「笑顔を向けなくていいけど、愛想は大事にね。前線に出る私たちは、組織の顔でもあるから」

 

隣を歩くステラが、軽く肘でつついてくる。

 

 「……努力する」

 「その顔、全然努力してないけど」

 「してる」

 「じゃあ、もうちょっと人を斬りそうな目をやめようか」

 

 からかったせいで、海都は余計に仏頂面になった。

 それを見たステラがさらに面白がり、横から余計なことを言ってくる。

 

 そうこうしているうちに、地下街から市民の姿は少しずつ減っていった。

 店先の明かりが一つ、また一つと落とされ、通路を行き交う人の流れも細くなっていく。

 時計の針が午前0時を指すころには、中央駅に近い24時間営業の小売店と、夜勤者向けの飲食店を除き、ほとんどの商店が閉店していた。

 

 「こちら第三戦闘小隊〈シリトン〉のクオンです。第一戦闘小隊〈アゲート〉第二分隊へ。これより、こちらは西側非常ゲートの調査へ入ります」

 

 クオンが、同一任務枠で動いている〈アゲート〉側へ連絡を入れる。

 短いやり取りの後、クオンは端末を閉じた。

 

 「では、手筈通り進みます」

 

 西側非常ゲートは、商業区画の端にあった。

 普段は壁の一部にしか見えない厚い扉だったが、クオンがカードキーをかざすと、低い駆動音を立ててロックが外れる。

 華やかだった地下街とは違い、その先はあくまで非常通路だった。

 打ちっぱなしのコンクリート。

 等間隔に並ぶ白い照明。

 壁際を走る配管と、床に引かれた避難誘導線。

 途中には、物資保管庫らしい頑丈な扉もいくつか並んでいる。

 特徴的なのは、その幅だった。

 一般的な乗用車なら三台は横に並べられそうなほど広い。

 天井も高く、バス程度の車両なら問題なく通れるだろう。

 

 「……避難通路というより、地下道路だな」

 

 海都が呟くと、クオンが頷いた。

 

 「実際、その認識で間違いありません。地上封鎖時には、ここへ車両を入れて人員を鉱山区画方面へ逃がします。負傷者の後送や物資搬送にも使いますから、徒歩だけを前提にした通路ではありません」

 「なるほどな」

 

 海都は腰の唯逸に軽く手を添えながら、通路の奥へ視線を向けた。

 人の気配が消えただけで、同じ地下とは思えないほど空気が変わっている。

 先ほどまであった店の明かりや食べ物の匂いは、もう届かない。

 あるのは、照明の低い唸りと、三人分の足音だけだった。

 

 しばらく進んだところで、クオンの足が止まった。

 

 「……おかしいですね」

 「どうしたの?」

 

 ステラが前方を警戒したまま問い返す。

 

 クオンは通路脇にはめ込まれていた、導水橋で見ていたあの金属プレートと同じものに触れる。

 

 「この区画だけ、魔力の流れが鈍っています」

 「前の導水橋みたいな?」

 

 ステラの声が、少しだけ低くなった。

 

 クオンは返事をせず、はめ込まれていた金属プレートを外した。

 魔力が円滑に流れるようにする術式が刻まれたものだ。

 その一部に、細い傷が入っていた。

 

 「……またですか」

 

 クオンの声がわずかに硬くなる。

 

 「自然劣化か?」

 

 海都が訊くと、クオンは即答しなかった。

 

 「断定はできません。ただ、前回の導水橋で見つけた損傷と、壊れている箇所が似ています」

 

 その言葉が終わるより早く、非常通路の奥で照明が一つ、音もなく消えた。

 次に、二つ目が消える。

 暗がりの向こうで、何かが床を擦る音がした。

 

 「ステラ、前方」

 「了解」

 「海都さんはエンチャント待機。ステラ、時間を稼いでください」

 「いや、小型相手ならこいつはそのまま斬れる。大丈夫だ」

 

 クオンは一瞬だけ海都の腰の唯逸《ゆいいつ》へ視線を向けたが、すぐに判断を切り替え、頷く。

 ステラの両拳に、抑えた炎が灯る。

 地下では出力を上げすぎれば、熱も煙も逃げない。

 だから炎は、拳の周囲に薄くまとわりつく程度だった。

 クオンは背後のゲート側へ数歩下がり、海都もクオンの前に出て唯逸の鯉口を切る。

 

 暗がりから這い出してきたのは、犬型のマモノだった。

 床を低く走る影が、左右の壁際に分かれて広がっていく。

 

 「小型、数は六。左右に散ります」

 「正面は私が止める。海都、抜けたやつお願い」

 「あぁ」

 

 海都は短く答え、唯逸を抜いた。

 本拵となった刃は、非常灯の光を受けて静かに白く光る。

 

 最初の一体が、壁を蹴って跳んだ。

 だが、ステラは冷静にタイミングを合わせ、抑えた炎をまとった拳でそれを迎撃した。

 跳ね上げるようなアッパー。

 続けて飛び込んできたもう一体も、踏み込みからのワンツーで叩き落とす。

 海都も、ステラの脇をすり抜けてきた一体を唯逸で両断した。

 返す刀で、壁際を走っていた影を斬り伏せる。

 そして、クオンの氷柱が二本同時に走った。

 残っていた二匹の小型マモノは、壁際へ縫い止められるように貫かれ、そのまま黒い霧となって消える。

 一週間。

 それだけの時間でも、〈シリトン〉におけるそれぞれの位置取りは、少しずつ形になり始めていた。

 

 「二人は警戒継続。導水橋と違って、ここの魔力は消費先が少ない。まだ潜伏している可能性があります。私はプレートを交換します」

 「了解」

 「わかった」

 

 クオンは二人に周囲の警戒を任せ、予備の術式プレートを取り出した。

 古いプレートを保護ケースへ収め、新しいものへ細かな術式線を刻み込んでいく。

 その横顔を見ながら、海都が問いかける。

 

 「クオン。前と同じなのか?」

 

 「断定は避けます。ですが、酷似しているという言い方にはなりますね」

 

 クオンの声は冷静だった。

 ただし、普段よりわずかに硬い。

 

 「完全に停止させるのではなく、徐々に魔力の流れが滞るような箇所に傷が入っています。発覚が遅れる場所を選んでいるようにも見えます」

 

 「人為的と見ていいのか?」

 「いいえ、と言いたいところです」

 

 クオンはそこで一度、手を止めた。

 

 「ですが、自然劣化として処理するには、気持ちが悪いです」

 

 海都は、マモノが消えたあとの黒い霧が漂っていた場所を見つめた。

 前回も、今回も。

 人がいない場所。

 都市機能を支える設備。

 そこにある、魔力の流れを整えるための術式プレート。

 

 偶然と言うには、少し出来すぎていた。

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