いつか夢見たあの世界   作:Kataparuto

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第5話 10年前の影

あくる日、実戦課に割り当てられている会議室の一つに、第三戦闘小隊〈シリトン〉の面々が集められていた。

 

 「非番のところ、ご苦労。昨日クオンから報告のあった制御プレートの不審な損傷について、検査結果が出た」

 

 実戦課課長、オスカー・ラインが、検査結果をまとめたファイルをテーブルの上に広げた。

 集まっていた〈シリトン〉の面々が、その資料に目を通す。

 

 「結果は極めて黒に近い。クオンが懸念していた通り、この損傷はメンテナンス時期と合わない。明らかに人為的につけられた傷であり、その効果も魔力の流動性を阻害するものだ。ただし、完全に止めるのではない。わずかずつ乱れを累積させていく」

 

 「やはり……」

 

 クオンが小さく息を呑んだ。

 

 「この報告を受けて、現在、設備課を総動員してハンブルゲン中の制御プレートを確認している。だが、相手は世界有数の魔力場を擁する街だ。調査だけでも一か月はかかる。そこから修復と再調整まで含めれば……長期戦になるだろう」

 

 オスカーは一度言葉を切った。

 

 「ただし、やらないわけにはいかない」

 

 会議室内が重々しい雰囲気に包まれる。

 

 つまり、〈シリトン〉が対応した二件のマモノ発生、導水橋と地下道の出来事は、少なくとも自然発生ではなかった。

 誰かが制御プレートに傷をつけ、魔力の流れを乱した。

 その乱れは、すぐに爆発するわけではない。

 じわじわと溜まり、ある日突然、マモノの発生という形で表に出る。

 

 時限爆弾のようなものだ。

 

 それが一か所ならまだいい。

 だが、万年人手不足の魔力管理機関にとって、対応しきれない数の爆弾が街中に仕掛けられている可能性がある。

 そう考えれば、背筋が冷えるには十分だった。

 

 「ただ、これがただの懸念であればいいんだが、この手口に覚えがある」

 

 資料を置いたラインが端末を操作し始める。

 

 「覚えって……。昔同じようなことがハンブルゲンであったんですか?」

 「いや、私がここへ来てからは一切ない。別の場所の話だ」

 

 ステラの問いに視線を外さずラインは答えた。

 

 「今回同様に都市インフラシステムへの介入、発覚が遅延する手口、マモノ対処案件の急増……」

 

 パチンとエンターキーが押される。

 会議室の大型モニターに文字が浮かび上がる。

 

 『神代市におけるマモノ氾濫災害』

 

 「っ……」

 

 神代市の名前が出た瞬間、海都の指が動く。

 

 「これだ。この時は事後調査によるものだったが、今回と同様に魔力場の危険性を下げるための魔力の流動性制御プレートの意図的な損壊が多数発見されている。そして氾濫災害が発生までに小さいマモノ発生が急激に増えた」

 「確かにこの一か月、海都さんが来るまでに対処案件が増加傾向にありますね……」

 「この類似性を無視するわけにはいかないと私は判断しているが、諸君の意見を聞きたい。クオン、君はどうだ?」

 「そうですね、実際に現場を見ましたが、こちらの急所となる場所のプレートを意図的に狙っています。導水橋は水という都市インフラに直接影響がありますし、避難路に関しても、退避するルートが完全に断たれる可能性があります、明らかに悪意があります」

 「いい目線だ。 ステラはどうだ?」

 「私は直感ですけどこの街全体がちょっと嫌な感じはします。 なんというかマモノの戦い方がねちっこいんです。 いつもなら突っ込んでくるだけなのが死角へ回り込んだり囮を使ったり、戦法に変化が出ている気がします」

 「貴重な意見だ、他の戦闘小隊とも共有して確認してみよう。そして海都、君はどうだ?」

 

 ラインから声をかけられた海都の肩が跳ねる。

 

 「……俺は、わかりません」

 

 海都は低く答えた。

 

 「十年前の神代市で何が起きたのか、俺は詳しく知らない。ただ、あの日も同じだった。最初は、小さいマモノが増えたって話だった」

 「……そうか。無理に答える必要はない」

 

 ラインはそう言って、海都から視線を外した。

 だが、海都は膝の上で拳を握ったまま、画面に表示された神代市の文字を見つめていた。

 

 「ただ」

 

 海都が口を開いた。

 

 「十年前も、最初から大きな災害だったわけじゃない」

 「海都?」

 

 ステラが思わず名を呼ぶ。

 

 「俺が覚えている範囲でしかない。大人たちが話していた。最近、小さいマモノが増えた。夜に出歩くな。避難経路を確認しておけ。そんな話ばかりだった」

 

 会議室の空気が、さらに重くなる。

 

 「それがある日、一気に変わった」

 「……氾濫災害の発生当日か」

 「はい」

 

 海都の声は平坦だった。

 平坦すぎて、逆に感情が見えなかった。

 

 「だから、今の話を聞いても偶然だとは思えません。ただ、俺は当時十歳です。何が原因だったのかは知らない」

 

 ラインは頷いた。

 

 「十分だ。現場の記憶としては、むしろ貴重な証言だ。 ……つまり、この記録に残っている情報を整理すれば、今ハンブルゲンに起ころうとしていることを先回りして対処が可能になる可能性がある」

 

 端末の操作を続けるオスカー・ラインだったが、画面が一度暗転した。

 数秒後、無機質な警告文が表示される。

 

 『当該記録は総裁権限により閲覧制限中です』

 『制限理由:災害再現危険情報を含むため』

 『閲覧には総裁承認、またはEコード権限を要します』

会議室の空気が止まった。

 

 「……夜桜総裁の制限ですか」

 

 クオンが低く呟いた。

 その言葉に、海都だけが反応した。

 

 「夜桜?」

 

 ステラが海都を見る。

 

 「そうだよ。魔力管理機関の総裁。夜桜黒羽」

 

 その名前を聞いた瞬間、海都の脳裏に、列車の中で見た文字が蘇った。

 

 夜桜黒羽より緊急解放が承認。

 使用者を臨時登録。

 固有魔力波形、速水海都と確認。

 登録修正、正規登録へ。

 

 唯逸《ゆいいつ》を開いた名前。

 そして、十年前の神代市の記録を閉じている名前。

 同じだった。

 

 「……あの名前が、総裁だったのか」

 

 海都の声は、ひどく低かった。

 

 「そうだ。魔力管理機関総裁、夜桜黒羽」

 

 ラインが視線を向ける。

 

 「そして、唯逸《ゆいいつ》の元所有者でもある」

 

 海都は画面から目を離さなかった。

 

 神代市。

 夜桜黒羽。

 マモノ氾濫災害。

 そして、ハンブルゲンで起きている予兆。

 ばらばらだったはずの言葉が、見えない糸で結ばれていく。

 だが、その糸の先に何があるのかまでは分からない。

 夜桜黒羽が何者なのか。

 なぜ唯逸《ゆいいつ》を海都に使わせたのか。

 十年前の神代市で何を見たのか。

 

 今の海都には、何一つ分からなかった。

 ただ一つだけ、分かったことがある。

 

 夜桜黒羽という名は、十年前の真相に近い場所にある。

 

 

 「神代市の記録については、こちらで正式に閲覧申請を出す。だが、総裁権限が絡む以上、すぐに返答が来るとは思うな」

 

 ラインは端末を閉じた。

 

 「だから、今はハンブルゲンで起きていることを潰す」

 

 そう言って、ラインは別の地図をモニターに映した。

 

 「昨日調査してもらった西避難路の出口側だ。本来は第二戦闘小隊〈ベリル〉の担当区域だが、現在あちらも郊外の制御プレート調査で手一杯になっている。範囲が広大すぎるため穴が空いた」

 

 ステラが肩をすくめる。

 

 「便利屋〈シリトン〉の出番ですね」

 「あまり卑下するな、君らは立派な仕事をしている。それはそれとして、軽く見るな。何者かが意図的にハンブルゲンの急所を狙っている状況だ、出口側にも当然何か仕掛けがあると見ていいだろう、注意して行動するんだ。ただし任務は明日だ、今日はこのままゆっくり休んでくれ、明日から長いぞ」

 

 オスカー・ラインの号令で会議はそこで終わった。

 

 

 そして次の日、地下道から西避難ゲート、そこから続く避難路へと〈シリトン〉の面々が再び足を踏み入れる。 

 避難路もそれなりに距離があるため電動小型4輪バギーが別のスタッフにより搬入されていた。

 

 「ステラ、運転をお願いします。海都さんは後部座席で後方警戒」

 「はいはーい」

 「了解」

 

 手早く乗り込みバギーが走り出す。

 今日はステラもクオンも、魔力管理機関の制式装備である厚手のローブを羽織っていた。

 その服装をしていると普段は思わないがだいぶ魔術師っぽく見える。

 海都にはクオンから、非戦闘員向けの防護術式が編み込まれた補助腕章が渡されていた。

 通常の腕章に連なるように装着するもので、マモノからの攻撃を防いでくれる代物だ。

 今までももっと簡易的なものを使用していたが、より強力なものが支給された形となる。

 

 「えらく重装備だな今回は」

 「……ライン課長から通常権限で装備できる最高の状態で挑んだほうがいいと指示がありました。それだけ警戒されているのでしょう」

 「まぁ、取り越し苦労なら良いんだけど……」

 

 順調に進んでいく車両、先日マモノと遭遇した地点も通り過ぎる。

 

 「だいぶ長いな」

「鉱山区画まで伸びていますからね。西側市街地から山側へ抜ける大規模避難路です」

 

 クオンは端末で避難路の簡易図を表示する。

 

 「西避難ゲートから鉱山区画側の出口まで、およそ4.8キロ。徒歩なら一時間弱。混雑時や負傷者を抱えた状態なら、さらに時間がかかります」

 「避難路にしては長いな」

 「近場へ逃げるだけなら地下道で十分です。これは市街地そのものが危険になった時、住民を街の外側へ逃がすための通路ですから」

 

 ステラがハンドルを握ったまま、肩をすくめた。

 

 「だから出口側を潰されると最悪なんだよね。逃げた先にマモノがいました、なんて笑えないし」

 「それだけではありません」

 

 クオンの声が、少し硬くなる。

 

 「避難路は安全であることが前提です。その前提を崩されれば、ここは逃げ道ではなく、長い袋小路になります」

 「脇道は作らないのか?」

 「一度検討はされたそうです。ただ、出口を増やせば、それだけ外から侵入される余地も増えます。ならば、避難路そのものを一本の強固な通路として管理し、出口側を守り切る。もしくは、別方角の避難路へ誘導する。そういう方針でまとまったと聞いています」

 「なるほどな……」

 「まもなく中間地点です。ここからは下車して、制御プレートや観測杭を確認しながら出口側へ向かいます」

 

 脇に寄せてバギーを停め、三人は徒歩で避難路を進んでいく。

 途中の制御プレートを確認しながらの移動なので、その歩みはかなり遅い。

 100メートル進むだけで、10分以上かかるほどだった。

 

 「ひえー、大変だこりゃ」

 「仕方ありません。昨日までのように一つでも放置すれば、マモノが生まれかねません」

 「まぁねぇ……クオン、さすがに時間かかるから、私も制御プレートの術式見るよ」

 「それは……」

 

 ステラからの提案に、クオンが言いよどむ。

 確かに、術式を読める魔術師であるステラが確認に回れば、単純に作業速度は上がる。

 だが、その分、警戒を行う役割が海都一人になってしまう。

 それは、あまり良い状況ではない。

 

 「いえ、時間はかかりますが安全策を取ります。二人とも警戒を継続。役割に変更はありません」

 「了解。疲れたら代わるからね」

 「ええ。その時はお願いします」

 

 クオンは手にしていたプレートを戻し、次のプレートへと移動する。

 だが、そこで違和感を覚えたのは海都だった。

 空気の中身が入れ替わったような、ほんのわずかな違和感。

 

 「クオン、警戒状況は?」

 「探査術式に反応は……」

 

 その言葉が終わる前に、照明が落ちた。

 完全な暗闇が、避難路を包み込む。

 残った明かりは、クオンが起動していた端末のモニターだけだった。

 

 「……!」

 

 誰よりも早く動いたのは海都だった。

 暗闇の中から、緑色の輝きが飛来する。

 励起した風元素をまとった、真空の刃。

 それは真っすぐに、クオンの頭部を狙っていた。

 海都は反射的に踏み込み、唯逸《ゆいいつ》を振るう。

 刃と刃がぶつかったような硬い音が、暗闇の中で弾けた。

 真空の刃が、海都の横へ逸れて壁面を削る。

 

 「ステラ!!」

 

 我に返ったクオンの声で、ステラが即座に動いた。

 空間に術式を描き、火元素を励起させる。

 赤い輝きを帯びた炎の塊が、真空の刃が飛来した方向へ射出された。

 炎の塊は、何かにぶつかって飛散する。

 だが、消えない。

 術式として空間に留まった炎が、揺れる赤い光で周囲を照らし出す。

 

 「中型個体、出現! 二人とも交戦許可、排除します!」

 

 揺れる炎の光に照らされ、輪郭の定まらないマモノの姿が浮かび上がる。

 見覚えがあった。

 狼型のマモノ。

 海都が以前、正面から斬り伏せた相手。

 だが、それが纏う雰囲気は前回のものよりどこか違っている。

 

 「クオンを優先して狙ってきたね……!」

 

 狼型のマモノの後方から、犬型のマモノが次から次へと湧いて出てくる。

 クオンとの間にステラがゆっくりと警戒を維持して歩きながら立った。

 海都もカバーできる位置取りで警戒を緩めない。

 若干の動揺があったクオンも立ち直っており、戦闘態勢へと入っていた。

 

 予兆なしで犬型のマモノが一斉に襲い掛かってくる。

 だが、ここは冷静にクオンが大量の氷柱をマシンガンのごとく撃ち出し犬型のマモノを打ち倒していく。

 すり抜けてきた相手はステラと海都が処理するが、そこへ狼型のマモノが割り込んできた。

 

 「こいつっ!?」

 

 振り降ろされた右前脚の爪を海都が刃で受け流す。

 火花が散りながらもその爪をいなした勢いを使い返す刀で切り返し。

 振り降ろされて無防備な右前脚に刃が食い込むが途中で止まる。

 明らかに密度が列車の頃切り結んだ時より上がっていた。

 動きを止めた海都に対して、右前腕部を振り裏拳が入る。

 

 「ぐっ……!?」

 

 無防備なところへ殴り飛ばされるが、何とか姿勢を維持し、勢いを利用して距離を取る。

 だが、海都の補助腕章が腕から外れる、防護術式が一撃で破壊されていた。

 

 「あっぐぁ……」

 「ステラ……! 海都さん、カバー!」

 

 うめき声と、いつも冷静なクオンの焦った声が重なる。

 見れば、ステラの喉元、正確にはローブの襟元に、犬型のマモノが牙を立てていた。

 肉までは届いていない。

 だが、ローブに編み込まれた防護術式が、黒く濁りながら削れている。

 クオンが即座に氷の槍を生成し、接近しながら正確に突き刺し食いついていたマモノを消し飛ばす。

 続けて腰のポーチから応急用の身体活性剤を抜き取り、ステラの大腿部へ突き刺した。

 その間も、相手は容赦しない。

 海都は二人へ近づこうとする犬型だけを斬り伏せる。

 斬る。

 払う。

 踏み込ませない。

 だが、それ以上はできなかった。

 狼型が一歩動くたびに、こちらの間合いが崩される。

 

 「ふっ……! ぷはぁぁぁぁっ!! マジで死ぬかと思った……!」

 「海都さんの防護術式は破損。ステラも前衛継続は危険」

 

 クオンの声は冷静だった。

 だが、その目だけは明らかに焦っていた。

 

 「どうする!?」

 

 海都が飛び込んできた犬型を切り伏せる。

 クオンは一瞬だけ狼型を見た。

 次に、海都の外れた補助腕章。

 そして、ステラの首元で黒く濁った防護層を見る。

 判断は早かった。

 

 「討伐を中止します。目的変更。全員生存を最優先、出口側へ撤退」

 「了解!」

 

 ステラが即座に返す。

 だが、その返答より早く、狼型が動いた。

 緑の残光が走る。

 真空の刃が、出口側へ向かう通路を斜めに裂いた。

 壁面が削れ、床に深い傷が刻まれる。

 

 「退路を……!」

 

 海都が歯を食いしばる。

 狼型は、こちらの撤退先を理解していた。

 中型以上のマモノは明らかに狙うべきところを分かって攻撃してくる。

 最初のクオンへの一撃も、その後も連携を取れないような割り込みをしてきた。

 ハンブルゲンの都市での出来事と、今の確実に倒せる状況を作るやり口が似ている。

 これが、マモノのやり方なのだ。

 だから……10年前、神代市も少しずつ取り返しのつかない状況になるまで気づけなかった。

 

 消耗しているステラ。

 指揮を崩せないクオン。

 そして、防護術式もないまま前に立つ自分。

 このままなら、誰かが置いていかれる。

 最悪、自分が道連れになってでも穴を開けるしかない。

 だが、自分だってここで死ぬわけにはいかなかった。

 

 湧き上がるマモノ。

 追い込みを確信したように、こちらへ間合いを詰めてくる狼型。

 その瞬間、ただでさえ暗い通路がさらに明度を落としたように感じた。

 ステラの炎も残っている、何も変わらないはずなのに。

 

 マモノの増援か?

 狼型の向こう、避難路の出口側。

 暗がりの輪郭が、人の形をしているように見えた。

 

 唯逸《ゆいいつ》の刀身が、かすかに震えた。

 白い刃の奥に、紫の鈍い光が滲む。

 炎でもない。

 氷でもない。

 風の緑でも、土の橙でもない。

 暗がりそのものが、刃へ吸い寄せられていくようだった。

 

 「海都さん……!」

 

 クオンの声が聞こえた。

 だが、海都にも何が起きているのか分からなかった。

 しかし、やるべきことはわかる。

 

 海都は前へ出た。

 狼型が風の刃を海都へ向かって放つ。

 だがそれを軽く切り払う。

 唯逸《ゆいいつ》が残した紫の軌跡は、風の刃をはじき返すのではなく、まるで霧散するように消し去る。

 そこから動作をつなげて上段からの袈裟切り。

 爪で受けようとした中型、しかし唯逸《ゆいいつ》はその爪を両断する。

 両断した箇所から噴き出るように黒い霧が溢れ、中型の輪郭がわずかに崩れる。

 

 「今だ、撤退します!ステラ!!」

 「どりゃぁ!!」

 

 瓦礫で塞がれていた退路がステラの起こした爆発で取り除かれる。

 海都もすぐに後退、刀身に宿っていた紫の輝きは消え失せていた。

 そして後退に伴いクオンが全力で氷でできた壁を生成した。

 それは道幅全てをふさぐほどのもので、マモノからの追撃を防ぐことに成功する。

 

 氷壁の向こう側で、鈍い衝撃音が響いた。

 

 一度。

 二度。

 三度。

 

 狼型のマモノが、こちらへ追ってこようとしている。

 だが、クオンの張った氷壁は崩れない。

 

 「ステラ、運転は!」

 「行ける!海都は助手席!クオン、後方警戒お願い!」

 「分かっています!」

 

 停めてあったバギーに飛び乗るように三人が乗り込む。

 制限速度は無視してバギーは全速力で西側ゲートへと走り出した。

 

 「非常閉鎖手順実行します!ステラ、止まらないで!」

 「がってんっ!」

 

 一定間隔で設置されている非常用ゲートが閉まっていく。

 警告灯の黄色い回転ランプが暗闇のトンネルを照らす。

 そこに非常灯の赤い光が混じり始める。

 ライフラインが生きているところまで戻ってこれたのだ。

 そして最後、西側ゲートをバギーごと潜り抜け、西側ゲートも封鎖した。

 

 「実戦課司令部へ、西側避難路を緊急閉鎖、中規模のマモノ氾濫が発生中、第三戦闘小隊〈シリトン〉は撤退、防護術式の破損、隊員1名は直接打撃を受けており身体活性剤を使用しています」

 

 ゲートにいた設備課のスタッフが封鎖手順を実行している中、クオンが本部へと連

絡をする。

 淡々としたいつもの調子に見えるが、その指先はわずかに震えていた。

 

 海都は封鎖したゲートの向こうを見る。

 先ほど、狼型の向こう側に見えた人物。

 鉱山出口側に立っていた、暗がりの輪郭。

 あれは一体何だったのか。

 

 神代市。

 夜桜黒羽。

 マモノ氾濫災害。

 そして、ハンブルゲンで起きている予兆。

 ばらばらだったはずの言葉が、さらに強く結びついていく。

 その糸は、もう過去だけに伸びているわけではない。

 ハンブルゲンの足元で、十年前と同じ何かが動き始めている。

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