「警備班は警察と連携して非常線を維持しろ。市民を絶対に近づけるな。医療班はステラと海都の検査と治療だ。第一戦闘小隊〈アゲート〉は小隊全員で地下道側から制圧を行う。準備出来次第、突入せよ」
地下道、西非常ゲート前は即席の司令部となっていた。
実戦課課長、オスカー・ラインが陣頭指揮を執り、中規模のマモノ氾濫災害が発生していると思われる西避難路の浄化作戦が進められている。
先ほど撤退してきた〈シリトン〉の面々は、即席司令部に隣接した治療区画へ放り込まれ、おとなしく治療を受けていた。
特に一撃をもらった海都とステラは、念入りな検査と治療を受けている。
無傷だったクオンだけは簡易検査を終えると、そのままオスカーの補佐へ入っていた。
「オスカー課長、総裁から連絡です」
「総裁から? こちらへ回せ」
クオンが受けていた通信を、オスカーへと回す。
『こちら夜桜黒羽です。手短に状況を報告します。鉱山区画側出口の閉鎖は完了。出口側へ漏れかけた小型個体も処理済みです。市民への接触はありません』
「総裁自らの対処、恐れ入ります」
『礼は必要ありません。防護術式は私の魔法で強化し起動済み。損傷した制御プレート周辺の魔力流動も、こちらで一時的に安定させています。そちらの現在の作戦状況を教えてください』
「こちらは第一戦闘小隊〈アゲート〉を中心に、西避難路内部の浄化作戦へ移行します、封鎖は手順通り完了しています」
『了解しました。……オスカーさん、こちらは閉鎖維持を優先します。それに伴い、出口側スタッフの指揮は私が取ります』
「承知しました」
『それと、これは重要事項ですが中型個体は討伐していません。市街地への流出防止と閉鎖手順を優先したため、避難路側へ押し戻すに留めています』
「分かりました、〈アゲート〉には気を付けるよう伝えておきます」
『お願いします。 あぁ、それと〈シリトン〉は無事に撤退出来ましたか?』
「はい。海都、ステラの両名が治療中です。防護術式が間に合っていたため、致命的な損傷はありません」
『そうですか……』
ほんの一瞬だけ、通信の向こうの声が柔らかくなった。
だが、それもすぐに消える。
『オスカーさん。これは避難路内だけで終わるとは思えません』
「承知しています」
『ならば、街を守りましょう』
「了解。まずは、西避難路内部の制圧を開始します」
夜桜との通信を終えたラインはそのまま〈アゲート〉へ突入の指示を出す。
フル装備の第一戦闘小隊〈アゲート〉の面々が西避難路へと突入していく。
その後方、いくばくかの間隔をあけて設備課のスタッフも〈アゲート〉に続いていく。
制圧と同時に設備チェックと復旧を行うのだろう。
『こちら〈アゲート〉、司令部へ報告、小型と接触、行動パターン、及び耐久度に通常時と差異無し、大規模氾濫への拡大は認められず』
〈アゲート〉からの通信を受けたクオンは観測班が得たデータと手早く照合し、専門の分析部門も同じように大規模氾濫への拡大がないことを確認した。
「確認しました。 そのまま警戒を続けながら前進してください、〈シリトン〉が中型に接触したのは中ほどを過ぎてから、総裁が押し返していますのでその間で停滞していると予想されます」
『了解』
〈アゲート〉とのやり取りをクオンに任せ、ラインはほかの部署への指示を飛ばしていく。
「警備班は警察側へ市民への対応を委託しろ、これより司令部への襲撃に対して警戒。 設備課は復旧を急げ。 医療班は戦闘が本格化するにあたり、治療体制の確認。 第三戦闘小隊〈シリトン〉にも追加の指示だ、クオンはこのまま司令部補佐を継続。 海都とステラは問題なければ警備班と合流して司令部の防衛及びゲート監視任務へ入れ」
すべてを把握しているかのように、ラインは指示を切り替えていく。
そのたびに、各部署は迷わず動いた。
実戦課課長という肩書きが、ただの職名ではないことを、その場にいる誰もが理解していた。
しばらくして、〈アゲート〉は〈シリトン〉が取り逃がしていた中型の狼型のマモノと交戦に入ったようだ。
トンネルの奥からも爆発音など大きな音が聞こえる。
そしてそれがピタリと収まった時、〈アゲート〉から中型討伐の報が司令部へと届いた。
司令部は歓喜に包まれることはなく、皆一様に安堵の様子を見せる。
大規模氾濫ともなれば都市そのものが危ない、中規模氾濫でその中核となっていたであろうマモノを撃退できたのであれば一安心といったところだ。
だが、その報告の後に続いた言葉に、オスカー・ラインはこの戦いがいまだ始まったばかりだと認識する。
『こちら〈アゲート〉追加で報告します。中型を撃破しましたが、戦闘の余波で崩落が発生。避難路の側面が崩壊したのですが……その先に洞窟があります』
「位置を送れ。〈アゲート〉はその場で待機」
クオンは報告にあった位置と、避難路の図面、工事計画書を即座に照合した。
だが、どの資料にも側道や洞窟の存在は記されていなかった。
「オスカー課長。確認できる範囲では、該当位置に空洞の記録はありません」
「……現行図面には、か」
オスカーは短く呟いた。
「〈アゲート〉はその地点で待機。内部へ入るな。設備課は仮封鎖を実行。観測と調査用のアクセスだけ残せ。警備班は監視ローテーションを作成し、封鎖後の警戒任務に入れ」
実際に見てはいない。
それでもオスカーには、電灯のない洞窟が、避難路の壁の向こうで暗く口を開けている光景が想像できた。
まるで、ハンブルゲンを内側から飲み込み始めているように。
そして翌朝。
ハンブルゲン支部の会議室には、実戦課、設備課、観測課、実戦課所属の警備班・医療班の班長、そして各戦闘小隊の代表者が集められていた。
その席には、魔力管理機関の総裁、夜桜黒羽の姿もあった。
前夜、鉱山区画側出口の封鎖を自ら行い、マモノが外へ流出するのを防いだ人物だ。
議題は、西避難路で発生した中規模氾濫相当事案について。
現在の封鎖状況について。
そして、避難路の側面から発見された未記録空洞についてだった。
「これより、昨夜の西避難路での中規模氾濫について進めていきたいと思う。クオン、現在までの状況を報告してくれ」
「はい、第三戦闘小隊〈シリトン〉のクオンです。現在の西避難路の状況を報告いたします」
ラインに促されたクオンは現在の状況を報告していく。
まず、中規模氾濫は鎮圧、制御プレートの全点検も終了し現在は正常可動中。インフラ周りも復旧しており問題なく使用可能となっている。
ただし、中型のマモノを処理したさいに側面が崩壊、その先に未記録の空洞が開いており、その先の状況が不明、よって西避難路は現在も使用不可という状況である。
「――となっています」
「諸君、聞いてもらった通り、現在このハンブルゲンにおける避難路の一つが封鎖状態となっている。由々しき状態だが、その原因が記録にない空洞なのは明らかだ。この洞窟の危険性については観測課から報告してもらう」
「どうも、観測課課長です。この空洞についてですが、どうやら大昔、ハンブルゲンが現在の地下街が整備される以前に試掘のために開けられた試験鉱山跡らしいというのが分かりました。記録上は存在していますが埋め立てて封鎖したとありますので、現行記録では記載がなかったわけです。ただ、実際のところ封鎖は出入り口のみ、それがあの場所だったということですね。責任の所在は後で精査します、今問題にするべきはそこではありませんので。 問題はこの内部は魔力の流動性に関する管理が一切行われていないということです」
観測課課長の言葉に会議室がざわめく。
ただでさえ空間中の魔力量が世界有数の魔力場であるハンブルゲン。
そこにおいて未管理の閉鎖空間が存在しているというのは、いつ爆発するかもわからない強力な爆弾が眠っているのと同義だ。
「現在観測課を総動員して、滞留魔力量を推定していますが……どうやらこの魔力、第三種魔力の一部が、第一種魔力に近い波形へ置換されつつあります。つまり汎用術式による消費、または拡散が不可能ということです」
ざわめきが強くなる。
海都もまた、この会議に〈シリトン〉として参加していたが、少し専門性の高い内容になってきていたので思い切って手を上げて質問をした。
「〈シリトン〉の速水海都です、第一種魔力への置換とはどういうことでしょうか?」
そんな初歩的な質問を、という雰囲気が一瞬流れたが、海都の立場と外部協力員という状況を思い出したのか観測課の課長が短く頷き、表示資料を切り替えた。
「良い機会なので、他の非術者の職員にも改めて説明します。魔力には大きく三つの扱いがあります。生命そのものを支える第一種、術者が外へ展開して術式に使う第二種。そして、空間や地脈を流れる第三種です」
画面上に、三つの層が簡略化されて表示される。
「本来、魔力場に滞留するのは第三種です。第三種魔力であれば汎用術式で移動、消費することで濃度をコントロールできます」
ですが、と観測課課長は付け加えて資料が切り替わった。
「第一種魔力は意識がある生命体が生み出せる魔力であり、本人に帰属します。すなわち外から勝手に使えない状態になる。そしてあの空洞に滞留していた魔力の比率が第三種から第一種魔力に近い波形へ置換されつつある。これが示すことは……」
冷房もつけていないはずの会議室の温度が下がったように感じる。
その寒気に乗るように観測課課長の言葉が流れる。
「あの空洞内では、第三種魔力がただ滞留しているのではない、すでに何らかの意識のある存在によって置換が進んでいる可能性があります。そしてそんな魔力の置換行為が可能なのはただ一つ、知性型のマモノです」
「人間ではない……のですか?」
警備班の誰かが手も上げずにつぶやいた。
それはある種の希望的な、せめてマモノとは違ってくれというものだった。
だが、その言葉に観測課の課長は頭を振った。
「残念ながら人間の仕業ではないでしょう。人間は第一種魔力を持ちます。ですが、それは自分の内側で生成し、自分に帰属するものです。環境中の第三種魔力を、周囲ごと第一種に近い性質へ置換することは通常ありません。 そしてほとんどの意識ある生命体も同様です。このような置換行為が行われるのは知性型と呼ばれる、マモノの中でも最上位個体が生み出されたときのみ、過去の記録からも観測されている事実です」
とうとう会議室の空気が凍り付く。
誰も言葉を発せず、端末や照明、空調の低い音が空間を流れるのみだ。
だが、その沈黙を破るように声を発したのは、夜桜黒羽だった。
「皆さん、落ち着いてください」
強い声ではなかった。
澄んだ、柔らかく落ち着いた声。
それなのに、不思議と会議室にいる全員の耳へ届いた。
「皆さんの不安はもっともです。知性型といえば、近年では10年前、神代市の大規模氾濫を引き起こした存在です。ただ、恐れていたとしても、手を止めることはできません」
神代市。
故郷の名前が出るとは思っていなかった。
海都の心臓が、強く跳ねる。
十年前の大規模氾濫。
その中心にいたのは、知性型と呼ばれるマモノだった。
夜桜が立ち上がる。
つややかな黒い長髪が、その動きに合わせて静かに流れた。
大げさなパフォーマンスではない。
だが、その一挙動が、会議室にいる全員の目を引きつける。
集まった視線に、夜桜は一つ残らず時間をかけて視線を返した。
「昨夜、〈シリトン〉は生きて帰りました。〈アゲート〉は中型個体を人的被害なしに討伐しました。設備課、警備班、医療班、そして非術者の職員の皆さんも、それぞれの仕事を果たしました」
その言葉が、会議室に落ちていく。
凍りついていた空気が、少しずつほどけていった。
「私たちは、何もできなかったわけではありません。確かに街を守りました。ですが、まだ終わっていない。それだけです」
言葉は柔らかいままだった。
しかし、その奥にある意思は揺らがない。
「私たちがすることは、変わりません。この街を守ること。市民を守ること。ハンブルゲンを守ることです」
夜桜黒羽は、静かに告げた。
「この私、夜桜黒羽もこの街を守ります。皆さん、どうか力を貸してください」
総裁という立場があるのに、夜桜黒羽は丁寧な姿勢で頭を下げた。
その言葉を聞きながら海都は膝の上でこぶしを握った。
神代市。
十年前の大規模氾濫。
知性型のマモノ。
そして、ハンブルゲンの地下に開いた、記録にない空洞。
偶然ではない。
胸の奥で、長く眠っていたはずの記憶が、ゆっくりと熱を持ち始める。
十年前に奪われたもの。
追い続けてきた影。
それが今、この街の地下で形を持とうとしている。
――ようやく。
――ようやく、近づいてきた。