いつか夢見たあの世界   作:Kataparuto

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第8話 迷宮の奥へ

 作戦名〈アリアドネ〉という名前に込められた思いは、無事に脱出すること。

 誰も犠牲にならず、全員で戻れというラインからの願いだ。

 そのため、〈シリトン〉は徹底していた。

 

 未確認空洞改め、試掘坑道内は、過去に資源状況を確認するため掘られたものらしく、無秩序に枝分かれしていた。

 掘削規格も統一されていない。

 人が並んで歩けるほどの広さもあれば、一人ずつ身体を横にしなければ通れないような狭路もある。

 

 そのため、分岐点ごとに化学発光マーカーを配置し、クオンが端末上で丁寧にマッピングしていく。

 

 「マーカー設置完了。仮称B〇一の四とします。ステラ、前方は?」

 「異常なーし。目視でも大丈夫そうかな」

 

 ステラは火の玉を生み出し、天井、曲がり角、横穴の奥を照らし出していた。

 目視だけではない。

 探査術式も併用し、死角を一つずつ潰していく。

 

 その明かりの中で、海都はクオンより少し前に位置取りしていた。

 唯逸《ゆいいつ》の柄に手を添え、いつでも抜ける姿勢を保つ。

 前にも後ろにも対応できる位置。

 クオンから指示された配置だった。

 

 この作戦〈アリアドネ〉において、第一目的は探索である。

 ここで構造を把握しておけば、増援も、救出も、撤退も容易になる。

 逆に言えば、地図を失えば終わりだ。

 この暗闇の迷宮を、マモノに追われながら脱出する。

 そんな状況になれば、生還は極めて難しいだろう。

 

 その途中、小型のマモノによる奇襲は何度か発生した。

 見慣れてしまった犬型。

 天井の裂け目から滑り込む鳥型。

 だが、統率されていない個体群であれば、今の〈シリトン〉にとって脅威ではなかった。

 横穴から飛び出した犬型の脚に、海都の放った打鉄が突き刺さる。

 魔力の流れを乱された個体が、その場で不自然に体勢を崩した。

 

 「ステラ!」

 「任せて!」

 

 踏み込んだステラの拳が、抑えた炎をまとって犬型を撃ち抜く。

 背後から滑り込んできた鳥型には、クオンが反応した。

 青い光が彼女の指先に集まり、氷柱が鋭く放たれる。

 鳥型は壁面へ縫い止められ、そのまま霧散した。

 

 「索敵範囲内にマモノはいません。各自、目視確認を報告」

 「前方良し!」

 「左右、上方よし」

 「後方も……。問題ありませんね。では小隊前進、次の分岐まで進みます」

 

 その後も探索は順調だった。

 

 定期的に司令部へ連絡を入れながら、クオンのマッピングも進んでいく。

 小型のマモノによる奇襲は数度あったが、いずれも短時間で処理できた。

 順調だった。

 順調すぎるほどに。

 

 「入り組んでるって言う割に、スムーズだね」

 

 角から顔を出して先の様子をうかがったステラが、ぽつりと呟いた。

 

 「あくまで試掘だからだろうな。少し掘って目星がなかったら、別の場所へ伸ばす。だからこういうふうに、ごちゃごちゃした道になるんだろう」

 「あー、そういうものなのかな」

 

 海都の推察に、ステラは素直に頷く。

 だが、後方から続いていたクオンが足を止めた。

 

 「停止。警戒待機」

 

 短い指示に、ステラと海都が即座に反応する。

 ステラは前方へ火の玉を送る。

 海都は半身になり、前後どちらにも動ける位置で唯逸《ゆいいつ》に手を添えた。

 クオンは端末を素早く操作し始める。

 

 「坑道内へ入ってからの経過時間、分岐選択の回数、判断に要した時間、戦闘発生地点、移動方向……」

 

 呟きながら、クオンの視線が端末上の地図を追う。

 端末の光が、彼女の眼鏡に白く反射した。

 そして、結論だけを静かに告げる。

 

 「順調すぎます」

 「というと?」

 

 ステラが問い返す。

 

 「私たちは、ここまで一度も行き止まりに出会っていません」

 

 クオンは端末上のマッピングデータを、二人にも見えるように表示した。

 これまで進んできた道は、右へ左へと曲がりながら、確かに奥へ伸び続けている。

 分岐はいくつもあった。

 だが、一度たりとも、行き止まりにはぶつかっていない。

 

 「ありえません。少なくとも、このような試掘坑道では」

 

 クオンは地図上の分岐をいくつか指で示す。

 

 「試掘なら、先ほど海都さんが言ったように、目星が外れた時点で掘削を止めるはずです。つまり、短い枝道や行き止まりがもっと多くなければおかしい。分岐の先が再び本線へ繋がっている場所ばかり、というのは不自然です」

 

 ステラの表情から、いつもの軽さが消えた。

 

 「つまり、私たち……当たりの道ばっかり引いてるってこと?」

 「違います」

 

 クオンは即答した。

 

 「当たりを引いているのではありません」

 

 そこで一度、坑道の奥へ視線を向ける。

 

 「外れの道を選ばないように、誘導されています」

 

 その言葉をクオンが発した瞬間、今まで無機質だった岩や土の塊しかなかった坑道に生暖かい風が吹いたように感じる。

 無機質のはずの壁面が胎動し、温度を持ったようにも見える。

 ステラの火の玉による明かりの揺らめきがそう見せるのか……。

 何かの口の中のような、喉の奥のような……。

 この先にあるのは……。

 

 「クオン、撤退するか?」

 「……え?」

 

 クオンは海都のその言葉に少し驚いた。

 この先には確実に海都の仇に関係がある知性型のマモノがいるはずだ。

 それを差し置いて彼から撤退の提案が出るとは思っていなかったからだ。

 それほどまでにこの状況が危険であると彼も感じているのだろう。

 

 「俺たちは誘導されているのは間違いない。それは相手に有利な場所へ引きずり込まれているってことだ」

 

 坑道の奥へ視線を移し海都はその闇を睨みつける。

 

 「仇がいるかもしれない。だから進みたい気持ちはある。でも、それで全員を巻き込むなら違う」

 

 その言葉に、ステラが少しだけ目を見開いた。

 クオンは一度だけ息を整え、すぐに小隊指揮官としての顔へ戻る。

 

 「分かりました。状況を整理します。側道のないポイントまで後退し、司令部に状況を報告します」

 「了解」

 「おっけー!」

 

 そうして〈シリトン〉全員が後退をしようとした時だった。

 パキンと何かが折れる音。

 三人がその音に振り返れば、今まで通ってきた道に設置していた発光マーカーの一つが消えた。

 そこから音がするたびに今まで来た道が暗闇へ戻っていく。

 まるで何かがこちらへ近づいてきているかのような消え方だ。

 

 「マーカーは勝手に壊れるものか?」

 

 海都が唯逸《ゆいいつ》を抜きながらクオンの前に立つ。

 

 「軍用規格です。壊そうとしない限りは自然現象ではそうそう壊れません。……探査術式に反応、小型多数」

 「突破する?」

 

 ステラもクオンの前に立ち構えを取った。

 クオンは再び考える。

 突破は可能だろう。

 この先に広い空間があることは、探査術式と反響で分かっている。

 ゆえに、もしここで小型を相手にして突破を図った場合、相手がこちらを誘導したかった場所にいる何かが、後ろから迫ってくる。

 さらに言えば突破先は発光マーカーを破壊されているため視界が悪い。

 ステラがまともに戦闘に入ってしまえば光源の確保は限定的になる。

 その状況で挟撃の危険性は言わずもがな。

 

 「……小隊、戦闘準備。前進します」

 

 クオンは折り畳み式の杖を、地面へと突き立てた。

 彼女の周りに水元素が励起した青い光が集まる。

 

 「後退ではないんだな?」

 

 海都は迫りくるマモノから背を向けた。

 

 「えぇ前進です」

 

 クオンが力強く答える。

 

 「この狭路で挟撃されるより、前方の空洞で陣形を組みます。誘導先である可能性は高いですが、ここで立ち止まる方が危険です」

 「虎穴に入らずんば虎子を得ずってことね!」

 

 ステラも海都に続くように向きを変えた。

 

 「突入!!」

 

 クオンは避難路で見せた氷の壁を再度作り出す。

 しかし今度はより分厚く強固なものだ。

 これでしばらくはこちらへの小型種の到達を防ぐことができる。

 

 それを合図にステラと海都が先にある広場へと突入した。

 突入した二人を出迎えたのは無数の空気で出来た刃。

 

 「どっせぇい!!」

 

 ステラが爆風を生み出し、正面から飛来した刃をまとめて散らした。

 開けた空間に出たことでこれまで絞っていた出力を上げることができたのだ。

 これまで押さえ込んでいたものを解放したように、ステラの口元がわずかに上がる。

 

 しかし空気の刃を散らしたその爆風は狼型にはさほど効果がなかったのか、爆風の残滓を割るように狼型の中型マモノがこちらへ飛び込んできた。

 

 「クオン!〈氷相〉《ひょうそう》を頼む!」

 「はい!」

 

 後方の氷壁を維持したまま、クオンが水元素を唯逸《ゆいいつ》へ流し込む。

 白い刃が青い光を帯び、形を変えた。

 右手には小ぶりな剣。

 左腕には、腕の動きに追随する氷の盾。

 

 飛び込んできた狼型の爪が、海都へ振り下ろされる。

 海都は逃げなかった。

 半歩踏み込み、氷の盾でその爪を受け止める。

 重い。

 腕ごと持っていかれそうな衝撃が走る。

 だが、クオンの魔力を帯びた氷盾は砕けない。

 爪を受け止め、狼型の動きをその場に縫い止める。

 

 「ダンスのお相手をお探しかなっと!!」

 

 そこをステラが横から炎を纏った飛び蹴りを叩き込んだ。

 

 鈍い音が広場に響く。

 狼型の身体が弾き飛ばされ、岩床を削りながら後退した。

 だが、倒れない。

 四肢を無理やり地面へ突き立て、崩れた姿勢を力ずくで立て直す。

 直後、狼型の周囲に緑の光が走った。

 

 「しゃらくさい……!」

 

 避けられる刃は避ける。

 避ける必要のない刃は無視する。

 自分へ向かう刃だけを、氷盾で弾き飛ばす。

 防御しながらの突貫。

 狼型の反応が、わずかに遅れた。

 広場に出た直後の奇襲。

 後方の小型による挟撃。

 それらをまとめて押し付けるはずだった相手に、逆に真正面から距離を潰されたのだ。

 

 「っらぁ!!」

 

 氷の盾を、狼型の頭部へ殴るように叩き込んだ。

 鈍い音と共に、狼型の重心が揺らぐ。

 そのまま海都は二刀流の動きで身体を回し、右手の剣を走らせる。

 刃が狼型の首筋を裂いた。

 浅くはない。

 だが、仕留めるにはまだ足りない。

 その一瞬を、ステラは見逃さなかった。

 

 「もらった!!」

 

 上空から落ちるように、ステラのかかとが狼型の頭部へ突き刺さる。

 炎を纏った踵が、黒い輪郭へ深くめり込んだ。

 狼型が咆哮しようとする。

 だが、その声は出なかった。

 ステラはそのまま、かかとを起点に火元素を叩き込む。

 爆発。

 外側を焼く炎ではない。

 打撃で開いた一点から、内部へ押し込む炎だった。

 狼型の輪郭が内側から赤く裂ける。

 次の瞬間、黒い身体は炎に呑まれ、霧のように崩れた。

 

 「いよっし!中型撃破!」

 

 爆風に乗って飛び上がっていたステラが着地する。

 だが、クオンは狼型を撃破したことにまだ油断をしていなかった。

 

 「よし……、二人とも後方の対応へ……!」

 

 クオンが次の指示を出そうとしたその時、

 広場の奥で、巨大な影が動く。

 中型のマモノよりずっと巨大な影。

 ステラの生み出した照明に照らされ、影が壁へ落ちる。その輪郭が揺れ、未だその姿をはっきりととらえられない。

 脚らしきものが一歩踏み出される。

 音は遅れて聞こえた。

 その前に、衝撃だけが地面を走った。

 ステラは踏ん張り、遅れて広場の入口まで出ていたクオンの身体が、衝撃に押される。

 海都は咄嗟に彼女を腰から抱き留め、氷盾を前へ出した。

 

 「っ!」

 

 クオンは手早くその損傷を補修する、だが、一度入った亀裂、そのほころびを氷壁の向こうにいるマモノたちが執拗に攻撃し、広げようとしてくる。

 

 「クオンっ!」

 

 ステラの声にクオンは額に汗をにじませながら答える。

 

 「何とか抑えます……!でも……長くはもちません……!」

 

 広場の奥で、もう一度、重い足音が響く。

 

 ようやくその姿が浮かび上がった。

 牛の頭。

 人に似た五指を備えた、太い腕。

 岩盤を踏み砕くような蹄のある脚。

 

 速水海都は、直感で理解した。

 

 これが知性型だ……!

 

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