背中合わせの正義―交わらない最適解   作:深見

10 / 13
第八話 捨てられないもの

 

 

 アクア・ラグナを前に、街はすでに息を潜めていた。

 

 水路沿いの店は戸を閉め、窓には板が打たれている。

 人の声は遠く、代わりに、強まる風が屋根板を鳴らしていた。

 

 湿った潮の匂いが、低く街を這う。

 まだ波は届いていない。

 だが、夜の空気だけが先に荒れ始めている。

 

 その風に逆らうように、いくつもの黒い影が街の上を駆けていた。

 屋根を蹴る音が短く連なる。

 だが、風音に紛れてすぐに消えた。

 

 影は地上の静けさを見下ろしながら、裏町の方角へ進んでいた。

 

「ブルーノ、フランキーはお前の酒場にいたのか」

 

 先頭を行くルッチが問う。

 

「あァ だが麦わらを探しに飛び出した」

 

「成程 じっとしていてはくれねェか」

 

 ルッチの声に苛立ちはない。

 ただ、余計な手間が増えたことだけを確認する声だった。

 

 カクが屋根を蹴りながら、小さく息を吐く。

 

「間の悪い奴とは実際いるもんじゃ」

 

「ん?」

 

 その時、彼の視線がふと下へ落ちた。

 

「見ろ」

 

 指し示した先、店の軒が並ぶ通りの一角に、数人の男達が集まって騒いでいる。

 

 フランキー一家の子分達だ。

 彼らは何やら真剣な顔で、口上の練習をしているようだった。

 

「長っパナを預かった!」

 

「ウニをスシ詰めにされたくなかったら――」

 

「バカ!!!違うだろ」

「何回言わせるんだ "海に沈められたくなかったら" だ!!」

 

「ウニみ!!」

 

「海に!!」

 

 屋根の上で、リバーは目を瞬かせた。

 

「……ウニだと?」

 

「そこを拾うのか」

 

 カクが呆れたように言う。

 

「情報伝達に難がありすぎる」

 

「全くね」

 

 カリファが頷いた。

 

「ウニを詰めたら潰れるわ」

 

「お前まで何を言っとるんじゃ」

 

 ブルーノは無言だったが、下のやり取りを見て、わずかに眉間を寄せていた。

 

 ルッチだけが、どうでもよさそうに通りを見下ろしている。

 

 だが、一人が聞き逃がせない言葉を言った。

 

「"海に沈められたくなかったら橋の下倉庫へ来い!!"」

 

「"フランキーより!!" こうだ!!」

 

 ルッチの視線が、わずかに鋭くなった。

 

「橋の下倉庫、か」

「もう少し喋らせよう」

 

 ルッチが通りへ降りようとしたところで、リバーが懐から白い仮面を投げた。

 

「顔を隠せ」

 

 目元に赤いラインが引かれた、口元まで覆う簡素なものだ。

 

 ルッチが受け取る。

 

「お前さん、さっき捨てとらんかったか?」

 

「二枚入りだったんだよ。奴らはこいつの顔を知ってる」

 

 ルッチは何も言わず、仮面を顔にかけた。

 

 下ではまだ、子分達が口上の修正を続けていた。

 

「だからスシ詰めじゃねェって言ってんだろ!」

「でもよ、ウニって海にいるしよ……」

「そういう話じゃねェ!!」

 

 その笑い混じりの空気は、仮面の男が一歩前へ出た瞬間、一拍静かになった。

 

「誰が誰をどこで待っているといった?」

 

「死にたくなければ、三秒で答えろ」

 

 低い声だった。

 

 しかし、荒くれ者で恐れ知らずの彼らは動じた様子がない。

 

「は?」

 

「オォ やっちまおうぜ。ふざけた奴だ」

 

 武器を構え、ルッチに向かって一斉に襲いかかった。

 

 結果は、ほとんど戦闘と呼べるものではなかった。

 

 最初の一人がルッチの前で崩れるより早く、カクが横から回り込む。

 カリファの蹴りが武器を弾き、ブルーノの腕が退路を塞いだ。

 

 リバーは屋根から降りる途中、路地の奥へ退避しようとした一人の前に落ちる。

 

「おいおい。逃げるなよ」

 

 首筋を指先で叩く。

 男は声を上げる前に膝から崩れた。

 

 叫び声は、風の音に紛れるほど短かった。

 

 数呼吸のあと、立っている者はほとんどいなかった。

 

「アニキ、助け――」

 

 フランキーに助けを求め、逃げようとしていた男の背に、ルッチの指が差し込まれた。

 

 男は声もなく崩れる。

 

「アニキには、おれからよろしく言っておく」

 

 他の子分達は既に地面に転がっていた。

 

 カクは大柄な男の背に腰を下ろし、帽子の位置を直している。

 カリファとブルーノは何事もなかったように周囲を見ていた。

 

「場所は割れた。行くぞ」

 

 彼らは再び屋根へ戻った。

 風は、さっきよりも強くなっていた。

 

 *****

 

 フランキーの隠れ家は、6番ドックの入口脇に架かる橋の下にあった。

 

 ひび割れた窓と、苔の這った扉。

 外から見れば、使われなくなった古い倉庫にしか見えない。

 

 橋脚にぶつかる波の音が、壁板の隙間から湿った潮の匂いを押し込んでくる。

 

 だが、中には灯りがあった。

 

 声も聞こえる。

 

 モズ。

 キウイ。

 フランキー。

 そして、長鼻の男がいた。

 

 リバーは扉の外で足を止め、かすかに漏れる声を拾った。

 

「もうメリーがダメだってのも知ってんだ!!!!」

「おれは本当は……知ってんだ……!!!」

 

 長鼻の声だった。

 

 切羽詰まっている。

 泣いているのか、鼻をすする音も混じる。

 

 フランキーが何か返しかける。

 

 会話が途切れたところで、ルッチがドアベルを鳴らした。

 

 中の気配が止まる。

 

 ドアは開かない。

 少し待って、もう一度、ベルを鳴らす。

 

 近づいてくる気配が二つ。

 

 扉が開き、モズとキウイが顔を出した。

 

 その表情が、すぐに変わる。

 

 黒づくめの五人。

 

 ガレーラの秘書、職人、酒場の店主。

 見覚えのある顔が混ざっている。

 

 だが、今この場所にいるには、どれもおかしい顔ぶれだった。

 

「何だい、あんた達――」

 

 言い終える前に、カリファが一歩踏み込んだ。

 

 細い脚が、迷いなく跳ね上がる。

 

 次の呼吸で、モズとキウイは反応する暇もなく吹き飛ばされていた。

 

 奥で、フランキーが立ち上がった。

 ウソップも反射的に身構える。

 

「誰だァ〜〜〜!!!!」

 

 フランキーの怒号が倉庫に響いた。

 

 カリファが先に中へ入る。

 ブルーノ、カク、ルッチが続き、リバーも一歩遅れて足を踏み入れた。

 

「お取り込み中失礼……」

「お嬢さん二人が中へ入れてくれなかったもので」

 

 カリファが涼しい顔で言う。

 

「ガレーラの秘書……!!」

「ここで何やってんだてめェらァ!!!」

 

 フランキーがカリファへ襲いかかる。

 

 その腕を、ブルーノが受け止めた。

 

「ブルーノ〜〜〜!!?」

「てめェまで似合わねェ格好で何しに来やがった!!!」

 

 声には、明らかな驚きが混じっていた。

 フランキーの中で、ブルーノはただの酒場の店主のはずだった。鉄を埋め込んだ拳を、片手で受け止められる男ではない。

 

 互いの腕が絡み、次の瞬間には両者が互いの顔を掴んでいた。

 

 力で押したのはフランキーだった。

 鉄を仕込んだ腕が、ブルーノの巨体を持ち上げる。

 

 ブルーノの表情が、わずかに強張った。

 

「何だか雰囲気違うじゃねェか」

「トロい酒場の店主がよ……!」

 

 顔を掴まれたまま、ブルーノの指が構えに入る。

 その人差し指は、殺せる角度に向いていた。

 

「やめろブルーノ」

 

 ルッチが低く制し、次の瞬間にはフランキーを蹴り飛ばしていた。

 

「今あいつを殺してどうする、バカ野郎」

 

「……悪い」

 

 ブルーノが短く返す。

 

 長鼻の男は、倒れたフランキーと黒づくめの一団を交互に見ていた。

 

 事態を受け止めきれていない顔だった。

 

 無理もない。

 つい先ほどまで自分の船の話をしていたはずの場所に、得体のしれない人間が襲撃に現れたのだから。

 

 フランキーが身を起こす。

 

「ずいぶんスーパーな真似してくれるじゃねェか……」

「まだ嫁入り前のウチの妹分達を傷物にしてくれやがって」

「お前ら何でこの場所の存在を知ってる!!!」

「ここはおれの秘密基地だ!!!」

 

 怒ってはいる。

 だが、目はもう油断していない。

 

 ルッチが一歩前へ出た。

 

「そんなことはどうでもいい」

「簡潔に話そう。よく聞け」

 

 その声に、倉庫の空気が少し冷える。

 

「おれ達の都市での暮らしは仮の姿」

「本職は、世界政府の諜報員だ」

 

 フランキーの表情が険しくなる。

 

「政府の……」

「お前らが……?」

 

「お前にはこの意味がわかるはずだ。おれ達がここへ来た理由もな」

 

 緊張が、フランキーの顔に走った。

 

「フランキー。我々はもう全て知っている」

「ここへ来てとぼけてくれるなよ。苛立ちが募るだけだ」

 

 ルッチは、淡々と続ける。

 

「お前の本当の名は、カティ・フラム」

「八年前に死んだと言われていた、トムのもう一人の弟子だ」

 

 フランキーは目を逸らさなかった。

 

「……どうやって調べたかは知らねェが、見事なもんだな」

「同時に、妙な胸騒ぎがしてきたが……」

 

 そこで、フランキーの声が少し低くなる。

 

「あの……バカは」

「……アイスバーグは、元気か」

 

 ルッチは間を置かなかった。

 

「殺した」

 

 その一言で、倉庫の空気がひとつ沈む。

 

 フランキーの顔から、余計な表情が消えた。

 

 ルッチは続ける。

 

「さァ、世界最悪の戦艦」

「古代兵器プルトンの設計図をこっちへよこせ、フランキー」

 

 フランキーは答えない。

 

 アイスバーグが死んだ。

 そう告げられたばかりだ。

 

 動揺しているのは明らかだった。

 

「聞こえてるのか?」

「渡せと言っているんだ、カティ・フラム」

 

 フランキーの拳が飛んだ。

 

 その顔は、何かを堪えるような顔をしていた。

 

「てめェらに渡すもんはねェよ!!!!」

 

 ルッチは紙のようにひらりと躱し、顎へ掌底を叩き込む。

 その口元は、わずかに弧を描いていた。

 

 フランキーの身体が吹き飛び、壁を突き破る。

 

 その奥にあったのは、埃を被った部屋だった。

 

 古い机。

 工具。

 図面台。

 

 ただの倉庫ではない。

 製図室の名残があった。

 

「設計図を隠すにはいい場所だ」

「探せ」

 

 ルッチの一声で、各々が部屋へ足を踏み入れる。

 

 ブルーノが、壁に残された名札に目を止めた。

 

 カティ・フラム。

 アイスバーグ。

 トム。

 

 フランキーは起き上がり、低く呻いた。

 

「……さわんじゃねェ」

「人の思い出に、土足で踏み込むもんじゃねェぞ」

 

 かつての造船会社トムズワーカーズ。

 

 世界一の造船技師がいた場所。

 フランキー達が育った思い出の場所。

 

 フランキーはそう言った。

 

 リバーは室内を見渡した。

 

 空気は湿っていて、長く閉じられていた木の匂いがする。

 机も棚も古く、窓辺には薄く埃が積もっていた。

 

 だが、完全に放置された部屋ではない。

 

 床の埃には、いくつか新しい足跡が残っている。

 製図台の上だけは、指でなぞったように埃が薄い。

 工具箱の蓋も、最近開けられた跡があった。

 

 製図台には、古い図面が置かれたままだった。

 端は丸まり、紙は黄ばんでいる。

 それでも、上に積もった埃は厚くない。

 

 テーブルの上には、茶器がいくつか残されていた。

 誰かが使い終えたあと、そのまま席を立ったように。

 

 そして、棚の端に写真立てがあった。

 

 硝子は少し曇っていた。

 それでも、中の輪郭は分かる。

 

 中央で、若いアイスバーグとまだ少年であったフランキーが掴み合っている。喧嘩をしているようにも、じゃれているようにも見える距離だった。

 

 その二人の肩に、大きな魚人の手が置かれている。

 トムは真正面を見ていたが、口元は上がっていた。

 

 後ろでは、今より若いココロが笑い、巨大なカエルが口を開けている。

 

 過去が、そのまま置いてある部屋だった。

 

 けれど、死んだ場所ではない。

 誰かが時々ここへ来て、埃を払い、倒れたものを戻している。

 

 捨てられないものを、捨てないままにしている。

 

 思い出の場所というには、まだ息が残っていた。

 

「成程…このウス汚い倉庫はかつての造船会社トムズワーカーズの本社か」

 

「3人で造船に勤しんだ思い出の場所というわけだな」

「それを秘密基地と呼ぶとは、随分可愛げのある事をするんだな」

 

 ルッチは写真立てを見ながら呟いた。

 

「黙れ…さっさとここから出ろ…!!!」

 

 フランキーの目に、静かな怒りが宿っていた。

 

 ルッチは淡々と告げる。

 

「貰うべきものを貰ってからだ」

「船大工、カティ・フラム」

 

「設計図はここにはねェよ!!!」

 

 フランキーが吐き捨てる。

 

「……まあ、当然と言えば当然の答えだな」

「カリファ」

 

 返事と共に、カリファのムチがフランキーを縛り上げた。

 

「別に今すぐ答える必要もないさ」

「我々には切り札がある」

 

 ルッチの声は変わらない。

 

「八年も昔の話だが……カティ・フラム」

「君は犯罪を犯しているらしいな」

 

 わずかに間を置いて、さらに刺す。

 

「トムと同じように」

 

 フランキーの目の色が変わった。

 

「フザけんな!!!」

「トムさんは犯罪者じゃねェ!!!」

 

 縛られたまま、なおも暴れようとする。

 

「てめェなんかが、わかった風な口を聞くな!!!」

 

 ルッチは有無を言わせず、フランキーの顔面を蹴り飛ばした。

 

「犯罪者ならば、自分がどういう道を辿るか……分かるはずだ」

 

 フランキーは床に歯を食いしばりながら、それでも叫ぶ。

 

「てめェらがどれほど……!!」

「このウォーターセブンを知ってるってんだよ!!!」

 

 ルッチは答えなかった。

 

 答える必要もない、という顔だった。

 

 リバーも口を挟まなかった。

 ただ、フランキーの反応だけは見ていた。

 

 トムの名が出た瞬間、怒りの質が変わった。

 

 記録の上では罪人であったが、この街の人間は、その名をただの罪人として扱わない。

 

 惜しみ、濁し、怒り、誇り。

 

 どれも、書類には残らない反応だった。

 任務の本質ではない。けれど、リバーはずっとそれが引っかかっていた。

 

「我々の聞いているトムという男は、腕は確かだが凶暴で手に負えない怪力の魚人」

「町の人間に聞いても口をにごすばかりだ」

 

 リバーも、この街で何度もトムの名を聞いた。

 

 海列車の話をすれば、必ずその名が出る。

 だが、誰も最後までは語らない。

 

 誇らしげに口を開きかけて、途中で沈む。

 惜しむように、怒るように、そして恐れるように。

 

 記録の上では、トムは罪人だった。

 

 海賊王ゴールド・ロジャーの船を造った男。

 その罪で、八年前に裁かれた男。

 

 記録の日付が妙だった。

 

 二十年以上前の造船の罪が、なぜあの時になって裁かれたのか。同じ日に残る司法船の損害記録は、事故として処理されている。だが、内容は薄すぎた。

 

 何かが隠されている。

 

 少なくとも、記録通りではない。

 

 ただし、フランキーについては別だった。

 

 裁判の場で暴れ、政府関係者へ手を出し、海列車へ飛び込んで死亡扱いになった男。これは紛れもない事実だった。生きていたなら、連行する理由は作れる。

 

 記録はおかしい。

 だが、今夜それを正す任務ではない。

 

 必要なのは、カティ・フラムを連れていく理由が紙の上に残っているかどうかだった。

 

 ブルーノが懐からでんでん虫を取り出した。

 

「長官へ繋ぐ」

 

 短く言って、受話器を上げる。

 

 数秒の沈黙のあと、向こう側で耳障りな声が弾けた。

 

 その声を聞いた瞬間、リバーは内心で息を吐いた。

 

 声は、相変わらず無駄に大きい。

 得意げで、軽く、こちらの空気をまるで読んでいない。

 

 結局、内容はほとんどフランキーへの自己紹介だった。心底どうでもいい。移送後にやってくれ。

 

 通話はすぐに切れた。

 

 ブルーノは淡々とフランキーを簀巻きにしていく。

 

「畜生、放せこの……!!」

 

 フランキーはなおもルッチを睨みつけていた。

 

 怒りの奥に、焦りがある。

 

 リバーはそれを確認して、視線を外した。

 

 あとは時間の問題だろう。

 

「おい待てお前らァ!!! そいつを放せェ!!!」

 

 長鼻が動いた。

 

 手には大きなパチンコを構えている。

 

 ルッチが視線を向けた。

 

「あ…ごめんなさい」

 

 ただそれだけで、長鼻は流れるような速さで謝罪した。

 構えの姿勢からお辞儀までの繋ぎが滑らかで、リバーは思わず感心してしまった。

 

 その一瞬で、カクが間合いを詰めた。

 

「…ぐあぁ…!」

 

 腹に拳が入り、ウソップは床に沈む。

 

「まだ海賊はやめておらんのじゃな……」

「海賊ならば連れて行く」

 

 カリファがムチでウソップを拘束した。

 

 カクは倉庫の奥へ目を向ける。

 

 そこには、ボロボロの船があった。

 

 羊を模した船首飾り。

 修繕の跡が残るマスト。

 左舷側には、衝撃を受けたような破損が見られる。

 

 カクは船に向かって歩き出した。

 

 ウソップが、何かを察したように顔を上げた。

 

「おいてめェ……!!!そいつに触るなよ!!?」

 

「おい!!聞いてんのかっ!!!」

 

 カクはその叫びを無視して船の留め具を外し、門を開ける。

 

 夜風が一気に吹き込んだ。

 

 荒れる黒い海面が覗く。

 アクア・ラグナを前にした水は重く、暗く、船を呑み込むには十分だった。

 

 メリー号が、静かに落ちていく。

 

 長鼻の叫びが、倉庫の梁にぶつかって返ってきた。

 腹の底から絞り出したような声だった。

 

 その下で、海は何も答えず、黒く口を開けている。

 

 リバーは、落ちていく船を一度だけ見送った。

 

 容赦ないな。

 

 基本的には気のいい奴だが、たまにこういうことをする。

 

 止めはしない。

 止める理由もない。

 

 ただ、こういうものは残る。

 

 人の中に残って、あとで予測しにくい形で噴き出す。

 

 今は切る。

 

 それだけだ。

 

 フランキーとウソップは拘束され、連れ出される。

 

 モズとキウイは倒れたまま動かない。

 灯りの残る古い倉庫から、海風だけが吹き抜けていた。

 

 外へ出ると、海列車の灯りが遠くに見えた。

 

 ロビンはもう、じきに駅へ着く頃だろう。

 

 少し遅れて、自分達がフランキーを運び込む。

 

 手順の上では、ここから先は移送するだけだ。

 

 潜伏は終わった。

 

 五年かけて街に紛れた顔も、配達先で交わした挨拶も、受領印の癖も、今夜で意味を失う。

 

「ここまでは順調だな。順調なわりに、面倒な気配しかしないが」

 

 リバーが呟く。

 

「最初から分かっていただろう」

 

 ルッチが返す。

 

 予測はできた。

 ただ、面倒の種類が増えた。

 

 フランキーだけではない。

 麦わらの一味も、あの船も、ニコ・ロビンも。

 

 どれも、切れば簡単に終わる線ではなかった。

 

 リバーは海原の向こうへ視線を投げた。

 

 波は高く、アクア・ラグナの気配を孕んで低く唸っている。

 

 エニエス・ロビーへ帰還する。

 

 任務は、ようやく閉じていく。

 

 一行は夜の中を進んでいった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。