背中合わせの正義―交わらない最適解 作:深見
エニエス・ロビーに到着すると、またしても政府職員が出迎えに並んでいた。
「長期任務ご苦労様でした!!」
駅の出口だけではない。
正門前にも、正門へ続く階段にも、政府職員や海兵達が一糸の乱れもなく整列している。
数が多い分、ブルーステーションの時よりも仰々しい。
夜の来ない青空。
巨大な門。
政府の旗。
“司法の島”に帰ってきたのだと、嫌でも分かる。
フランキーは、海兵の一人に文字通り噛みついて騒いでいた。
周囲の海兵達は慌てて押さえようとしているが、あの体格と気性だ。少々の人数では、荷物のようには扱えない。
ロビンに対しても、周囲はざわついている。
ただ、そのほとんどは危険人物を前にした緊張というより、容姿への驚きに近い。
ずいぶん呑気なことだ。
全世界規模の火種を見て、まず顔の造りに目が行くのだから。
「正門を開け──っ!!!」
号令が響き、巨大な門が開いていく。
重い音を立てて、扉が左右へ動いた。
その向こうには、エニエス・ロビー本島へ続く道が伸びている。
フランキーが突然、身を乗り出すように叫んだ。
「海に穴が空いてんじゃねェか!!! どうなってんだ!? この島は!!!」
初めて見れば、そういう反応にもなる。
空に浮いたような島を囲うように、海が落ち続けている。周囲には、底の見えない大穴が開いている。
水がある。
地面がある。
だが、その下がない。
理屈より先に、見た目の理不尽さが来る。
「黙って歩け」
ルッチが低く言う。
「うるさいのう」
カクも呆れたように続けた。
リバーは、轟音を立てて滝のように流れ落ちる海を一度だけ見た。
「まあ、分からんでもない」
小さく言うと、カクが横目で見る。
「お前さん、変なところで甘いのう」
「初見であれを見て黙ってる方が変だろ」
「奴は仮にも罪人じゃぞ?」
「だから小声で言ったんだよ」
カクは少しだけ笑った。
「そういう問題かのう」
フランキーはなおも、下へ流れていく海を覗きながら騒いでいる。
「これほどスーパーな所とは思わなかったぜ……。しかし、スパンダの野郎、随分歩かせるじゃねェの!!」
「正門をくぐれば終わりだと思ったか」
リバーが返す。
「駅から正門。本島を抜けて、裁判所の奥へ回る。そこから跳ね橋を渡って、ようやく司法の塔だ」
「長ェよ!!!」
「そういう造りなんだよ。ここは、来た者を簡単に帰すための島じゃない」
「面倒くせェ島だな!!!」
「それについては同感だ」
「同調するな」
カクが呆れたように言った。
本島へ続く道は、大穴の上を長く伸びていた。
海は絶えず落ち続けている。
その音が、足元の石まで震わせていた。
ここを歩かされる者は、嫌でも理解する。
正門を越えた先は、もう外ではない。
裁かれるための島。
戻る道を考える場所ではなく、戻れないことを思い知る場所だった。
本島前門を抜けると、政府職員のための住居や、司法施設らしき無機質な建物が並んでいた。
生活の気配はある。
だが、どの窓も整いすぎていて、島全体が役所の延長のように見える。
道の先には裁判所があり、そのさらに奥には、司法の塔が見えていた。
ロビンは黙って歩いていた。
不意に、彼女が一度だけ背後を振り返る。
駅の方角。
何かを見たわけではない。
それでも、彼女の視線は、確かにそちらへ向いていた。
「立ち止まるな」
ルッチが低く言った。
ロビンは何も答えなかった。
ただ、ほんのわずかに睫毛を伏せて、再び前を向く。
リバーはその横顔を見た。
迷っている、というほど単純な顔ではない。
だが、切ったはずのものを、完全に置いてきた顔でもなかった。
一行は裁判所へと向かって歩き続ける。
この島では、道はすべて奥へ向かっている。
戻るためではなく、裁かれる場所へ進むために。
裁判所を抜け、跳ね橋を渡る頃には、フランキーの声もいくらか低くなっていた。
司法の塔は、近づくほどに大きく、白く、冷たい。
外から見えていた塔とは違う。
内側へ入れば、そこはもうスパンダムの領分だった。
扉の前で、職員が慌ただしく姿勢を正す。
ロビンとフランキーは一度そこで止められ、別の者に引き渡された。
ルッチ達だけが、先に執務室へ通される。
*****
ルッチが一歩前へ出る。
「お久しぶりで、長官」
「よく帰った!!!」
スパンダムは、分かりやすく上機嫌だった。
待ち望んだ成果と、その先の栄転への期待に胸を膨らませているようだ。
「ルッチ」
「カク」
「ブルーノ」
「カリファ」
「セクハラです」
「名前呼んだだけで!?」
いつもの調子でカリファが刺す。
スパンダムの反応も、五年前から特に進歩がない。
「そして、リバー」
ルッチ達を順に見て、スパンダムは満足そうに鼻を鳴らした。
二人を連れ帰ったことで、機嫌が良いのだろう。
機嫌が良いスパンダムは、声が大きい。
「カティ・フラム、ニコ・ロビン、滞りなく連行完了いたしました。現在、扉の向こうに」
ルッチが淡々と告げる。
「懐かしいなァ、ルッチ〜〜〜。ふてぶてしさは一段と増したようだ」
そこで、ジャブラがすぐにルッチへ噛みついた。
「貴様のバカ面も、ジャブラ」
ルッチもこういう時は無視しない。
ガキの頃から、そこは変わらない。
「よさんか二人とも。帰って早々なんじゃ……!!」
カクが止めに入る。
「よよいっ!! そうさァやめなァ二人共ォ〜〜〜〜っ!!!」
「五年ぶりのォ〜〜〜再会じゃあ〜〜あねェ〜かァ〜〜っ!!!」
クマドリの声が部屋に響いた。
五年ぶりに聞いてもうるさい。
横では、フクロウが口のチャックを閉じている。
黙っている。非常に分かりやすく静かにしている。
そういう時は、大抵何かをしたくてウズウズしている時の前兆だ。
次の瞬間、フクロウは目をつむり、腹の前で手を組んだ。
ああ、やるな。
カリファの蹴りが入る。
続いてブルーノの拳。
カクの肘。
ルッチの蹴り。
リバーも距離を詰めて、拳を入れた。
「さっそくやってくると思ったわ、フクロウ」
カリファが眼鏡を上げながら言う。
「六式遊戯、“手合”」
「武器を持った一人の衛兵の強さを10道力として……お前たちは……」
フクロウは楽しそうに数字を読み上げていく。
「カリファ……630道力!!」
「ブルーノ……820道力!!」
「リバー……1760道力!!」
悪くない数字だとは思う。
ただ、道力は体技の目安であって、仕事の出来を測るものではない。
そこまで数字にしてくれるなら楽なのに、とリバーは思わなくもなかった。
「嬉しくなさそうじゃのう」
カクが横から言う。
「嬉しくないわけじゃない。けど、殴り合いの点数だろ。俺の仕事、そこだけじゃないし」
「可愛げがないのう。ちっとは素直にせんか」
「それはそれでイジるだろ」
カクは肩を揺らして笑った。
フクロウはさらに続ける。
「カク、2200道力!!」
「ルッチ……ムムッ」
一拍置く。
「4000道力!!!」
「4000だと!!? オイ真面目に測ったのか!? そんな道力聞いた事ねェぞっ!!!」
ジャブラはやっぱり噛みついた。
そろそろ落ち着きを覚えてもいい歳だと思う。
だが、落ち着いたジャブラは、それはそれで腹が立ちそうだった。
「ホントーだー!! みんな強くなったーチャパパパパ」
「ジャブラもクマドリも測ってあるから、誰が強いかわかったぞー!!」
フクロウが数字を並べる。
ルッチ 4000道力
カク 2200道力
ジャブラ 2180道力
リバー 1760道力
ブルーノ 820道力
クマドリ 810道力
フクロウ 800道力
カリファ 630道力
「おォい異議ありだフクロウ!! ルッチはともかく、おれがカクにまで負けてるとはどういうことだ!!」
「チャパパ、カクも強くなってしまったー!!」
「おう!! いい気になってんじゃねェぞカク!! “手合”はあくまでも体技のレベルを測る技だ!!」
「おれは実戦では悪魔の実の能力が加わるんだ。おめェにゃ負けんということを忘れるな!!」
「好きに思え。わしはそんなものに興味はないわい」
カクがさらりと流す。
「そうさ、野良犬の話などに耳を貸すな」
ルッチが横から刺した。
「何が野良犬だルッチ〜〜……」
「この化け猫がァ!!!」
二人が変身して睨み合う。
これを見ると、少しだけ帰ってきたという感じがする。
「ちょっとおやめなさい二人共っ!!」
カリファが止めに入る。
「やけに突っかかるのう、ジャブラの奴」
カクが呆れたように言った。
「今、島の衛兵達の間ではジャブラが昨日給仕のギャサリンにフラレたという話で持ち切りだー」
フクロウが、待っていましたとばかりに言った。
「……それでか」
ブルーノが納得したように言う。
「ちょ!! ちょっと待て!! その話をなぜ皆が知ってるんだ!!」
ジャブラが吠えた。
「おれが本島で喋ってしまったーチャパパパ」
「てめェか──!!!!」
ジャブラがフクロウの頬を掴んで、チャックを閉めようとする。
「道力に出ない弱点だな」
リバーが言うと、ジャブラの矛先がこちらへ向いた。
「てめェまで乗るなリバー!!」
「乗ってない。戦闘評価の一環だ」
「余計悪ィわ!!」
カクがとうとう声に出して笑った。
「まったく、会った途端にくだらねェ番付なんぞ始めるからだ」
スパンダムが咳払いをして、偉そうに言う。
「お前ら全員、六式を極めた時点で常人の域を遥かに超えているんだ!! 道力500もあれば十分超人だろう」
たまに正しいことを言うから困る。
もっとも、本人がその域にいないことは別問題だ。
「長官の道力は9だー」
フクロウが即座に暴露した。
「言うな!! いいんだ、おれは司令長官なんだから!! それにおれにはとっておきの剣があるだろうが!!」
「長官の弱さは昔から存じていますので」
カリファが涼しい顔で言う。
「おお〜〜〜お前、少しは歯に衣着せたらどうだカリファ」
「セクハラです」
「え!!? 受け答えしたから!?」
「長官……」
「な……何だ」
「セクハラです」
「存在がァ!?」
カリファが満足そうに眼鏡を押し上げた。
「よよいっ!! カリファ〜〜おめェ何て無礼ェなァ〜〜〜!」
クマドリが叫ぶ。
声量だけなら道力4000でいい。
「長官……こかァ〜ひとつ!! おいらァ腹ァ切って責任を〜〜っ!!!」
来た。
これも相変わらずだ。
「切腹!!! 鉄塊」
刃は通らない。
「無念っ!! 死ねぬーっ!! もしや!! 今おいらを生かしたのァ〜〜天国のおっかさん」
「さっさと死ねっつってんだろてめェは!!!」
ジャブラのツッコミまでがセットである。
クマドリのおっかさんはご存命だったはずだが、もう誰も訂正しない。
訂正したところで、次も同じことをやる。
スパンダムは騒ぎを強引に断ち切るように、手を叩いた。
「ともあれ、お前達……五年の任務、実にご苦労だった……」
ようやく話が戻った。
戻るまでが長い。
五年ぶりだからといって、再会の作法まで長くする必要はない。
スパンダムは、にやりと笑った。
「後で渡してェ物があるんだが……とりあえず会わせてくれ……!!」
その目が、扉の向こうへ向く。
「全世界の希望に!!」
騒がしかった空気が、そこでわずかに任務の形へ戻った。
扉の向こうには、ニコ・ロビンとカティ・フラムがいる。
世界政府が長年追っていた女と、古代兵器の設計図へ繋がる男。
五年ぶりの再会は、これで終わりだ。
ここから先は、また仕事になる。