背中合わせの正義―交わらない最適解 作:深見
苦手な方はご注意ください。
配慮が至らず申し訳ありません。
ニコ・ロビンとフランキーが、執務室に通された。
フランキーは鎖で縛られたまま、不貞腐れたように顎を上げていた。目をつむり、わざと相手にしない態度を取っているようにも見えた。
一方で、ロビンは前を向き、まっすぐに立っていた。
二十年間、政府から逃れ続けた女の最後にしては、落ち着きすぎているくらいだ。
諦めなのか、覚悟なのか。
リバーには、まだ判別がつかなかった。
「最高の気分だ……!!!」
静かな部屋に、スパンダムの笑い声が響く。
上機嫌なのは見れば分かる。
ペラペラと喋る口が止まらない。
全人類の平和。
大きな平和のための犠牲。
世界政府に逆らう者は、正義への謀反者。
並べられる言葉は大きい。
その分、空っぽに聞こえる。
「おれ達がよこせと言う物すら大人しくよこさねェ魚人も、正義への謀反者として殺されて当然だァ!!!!」
フランキーが目を開いた。
その瞳に、激しい怒りが浮かぶ。
「トムさんが命を懸けて設計図を守ったのは、てめェみたいなバカがいるからだろうがァ!!!!!」
やはり、と思った。
トムの事件は、記録だけ見ても筋が悪かった。
司法船の事故は、その材料に使われた可能性が高い。
その薄さに、今ようやく名前がついた。
この男の名だ。
火の置き方が雑すぎる。
あれほどの技術を持つ男を潰して、得をした者がどれだけいたのか。
少なくとも、政府全体で見れば損失の方が大きい。
フランキーが、スパンダムの頭に噛み付いた。
拘束されていても、足なら動かせそうに見える。
だが、そうしない気持ちも何となく分かる。
足では少し、物足りないのだろう。
「た……!!! 助けろお前らァー!!!!」
「よよいっ!!! 了解!!!」
スパンダムの喚きに、唯一クマドリが大仰に反応した。
今度こそ、フランキーは鎖で雁字搦めにされる。
床に転がされ、身動きが取れないフランキーの頭を、スパンダムは踏みつけた。
そこから先も、スパンダムの口は止まらなかった。
アイスバーグがいかに厄介だったか。
青キジからニコ・ロビンの情報が届いたこと。
バスターコールの許可を含む、すべての状況を作戦に組み込んだこと。
そして今、古代兵器復活の引き金が二つとも自分の手元にあること。
「分かるか!!? 世界中の風は今おれに向かって吹いているんだ!!」
「望めばどんな大国も支配できるほどの力が、今おれの手中にあるんだ!!!」
悦に浸るスパンダムへ、ロビンが静かに問いを投げた。
「青キジは、なぜあなたにバスターコールの権限を……?」
スパンダムは一瞬、間の抜けた顔をした。
次の瞬間、ロビンを力いっぱい殴りつける。
「このおれに質問をするなァ!!!! 無礼者めがァ!!!」
ロビンの顔が横へ弾かれる。
それでも、彼女は声を上げなかった。
そこから先は、言葉というより、踏みつけるための音だった。
彼女の存在そのものを否定し、価値を踏みにじり、自分が利用してやるのだから感謝しろと喚く。
「覚悟しておけ……痛めつけて……!! 利用して……!! 海へ捨ててやる!!!!」
「お前の存在はそれ程罪深い!!!」
スパンダムは、拘束された相手を前にしている時だけよく喋る。
殴り返されない相手にだけ強い人間は、声が大きくなる。
リバーは表情を変えなかった。
ロビンはまだ、まっすぐ立っている。
フランキーは床に押さえつけられたまま、怒りで歯を食いしばっている。
「ワハハハ……ああそういえば、さっきそんなくだらねェお前を取り返しに来たバカがいたなァ」
ロビンの表情が、そこで初めてはっきり変わった。
「まァどうせ監獄への船を出すとこだ。手土産にちょうどいい」
「このままインペルダウンへ連行するつもりだ」
ロビンが、弾かれたように叫ぶ。
「待って……約束が違うじゃない!!!!」
「私があなた達に協力する条件は、彼らを無事に逃がすことだった筈よ!!!!」
「何を必死にイキリ立ちやがって……」
「ルッチ、我々が出した条件を正しく言ってみろ」
ルッチが淡々と答える。
「ニコ・ロビンを除く麦わらの一味の六名が、無事ウォーターセブンを出航する事」
「ああ……そうだな」
「あいつらはウォーターセブンを無事に出航して、ここへ来たんじゃねェのか!?」
ロビンの顔色が、見る間に青ざめていく。
「なんですって……!!? まさか、そんなこじつけで協定を破る気じゃ……!!」
「……どうしようもねェクソだなこいつら」
「仁義の欠片も持っちゃいねェ」
床に押さえつけられたフランキーが、思わずといった調子で吐き捨てた。
「黙れコノクズ共ォ!!! そもそもてめェら罪人との約束なんざ守る必要すらねェんだ!!!!」
「海賊をダマしてとっ捕まえる事くらい、海軍ですら公然とやっていることだ!!!!」
スパンダムは、フランキーとロビンを何度も踏みつけた。
協定の件は、引っかかった。
麦わら達はもう、ここまで来ている。
この先で捕らえるなら、記録にも処理にも筋が要る。
だが、スパンダムはそれを屁理屈で踏み抜いた。
破るつもりがあるなら、最初から協定などと呼ぶな。
約束を文言で壊すなら、その文言を後で誰かが繕うことになる。
火をつける奴は、いつも燃えた後の帳尻を考えない。
*****
「麦わら達が現れたのか?」
ブルーノが、フクロウに耳打ちしていた。
「ああ、さっき通信が入ってしまったチャパパパ」
「でも被害はさっきの時点で五人だった」
ブルーノは、でんでん虫を見る。
受話器は外れていた。
リバーも一度だけ、そちらへ視線を向けた。
麦わらの一味。
もうここまで来ている。
スパンダムがそれを正しく把握している様子はない。
あるいは、把握する気がない。
「では衛兵!! そこの二人を鎖で繋いでおけ!」
「護送船の準備が出来次第、“正義の門”をくぐり出航する!!」
スパンダムが指示を飛ばす。
「CP9は各々の部屋へ一旦戻り、一息入れておけ」
それから、くるりとこちらを向いた。
「この一件で我々CP9に与えられる地位がとんでもねェものになる事を祝して、船で一杯やろうじゃねェか!!」
酒の前に処理することがあるだろ。
リバーは立ち上がりながら、そう思った。
口には出さない。
「祝杯という気分でもないですね。地位や権力に興味がないので……」
ルッチは興味なさげに切った。
「我々の正義は政府に既存する。政府があなたをCP9の司令官と認める限り、その任務を完璧に全うするまで!!」
「何もあなたの思想に賛同する必要もない」
珍しく、そこまでは同意できた。
政府が命じる。
だから遂行する。
スパンダム個人への敬意など、必要ない。
スパンダムは眉をひくつかせた。
「正論だが……じゃあお前らの求めるものは何だ!!?」
ルッチは、わずかに口元を歪める。
「“血”ですかね」
「ここにいると……“殺し”さえ正当化される」
その次で、すぐに外れた。
やはり合わない。
リバーが欲しいのは、血ではない。
少なくとも、血そのものではない。
スパンダムは、まだ何か言いたげだった。
だがルッチは、もう聞いていない。
彼らは皆執務室を出ていった。
背後では、ロビンとフランキーを繋ぐ鎖の音がした。
スパンダムの浮ついた声も、まだ続いている。
祝杯は断った。
だが、処理すべきものはもういくつも転がっている。
麦わらの一味。ロビンとの協定。フランキーの設計図。スパンダムの不用意な言葉。
スパンダムには、それが成果に見えているらしい。
リバーには、後始末の山にしか見えなかった。