背中合わせの正義―交わらない最適解   作:深見

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第十二話 二つの果実

 

 

「ああ、待てお前ら。忘れていた……これを持っていけ」

 

 執務室を出ようとしたところで、スパンダムが思い出したように声を上げた。

 

 差し出されたのは、二つの奇妙な果実だった。

 

 ただの果物ではない。

 色も形も歪で、表面には特徴的な渦巻き模様が浮かんでいる。妙な重さと、不気味な存在感があった。

 

「うおおおおお!! おいおい!! 待て、そりゃ……!!!」

 

 真っ先に反応したのはジャブラだった。

 

「“悪魔の実”じゃねェかっ!!!」

 

 クマドリも横で大仰に叫ぶ。

 耳元でやられると、顔をしかめたくなる。声量だけなら、やっぱりこいつは道力4000でいい。

 

「チャパパ、おれ初めて見てしまったー」

「おいらァもォ〜〜だ〜〜ぜ〜〜〜」

 

 フクロウとクマドリが騒ぐ中、ジャブラだけが妙に焦った顔をした。

 

「やべェっ!!! 近づけんなそれをこっちに!!!」

 

「何をそんなに騒ぐんじゃ、ジャブラ」

 

 カクが迷惑そうに横を見る。

 

「バカ!! 知らねェのか!!! “能力者”ってのはな!! 身体の中に一匹悪魔を宿してるって事なんだ!!」

 

 ジャブラは、かなり本気の顔で言った。

 

 能力者に悪魔の実を近づけると、その身に宿った悪魔が実に反応し、能力者の身体が爆散する。

 そういう理屈らしい。

 

 本気で信じている顔だった。

 

 リバーは少しだけジャブラを見た。

 

 五年ぶりに会っても、こういうところは変わっていない。

 妙な話を拾ってきて、妙なまま信じる。

 しかも声が大きいので、話が無駄に確からしく聞こえる。

 

「バカな事を……諜報部員が巷の噂に惑わされちゃあ締まらんな……」

 

 ブルーノが呆れたように言う。

 

「欲深いバカは身を滅ぼす。実一つで背負うリスクを考えれば、二つ目でどれ程の“呪い”が及ぶか想定できそうなもんだが……」

 

 ルッチも続けた。

 

 全くその通りなので、リバーは黙って頷いた。

 ジャブラはまだ不服そうだったが、これ以上言っても通じないと判断したのか、実から距離を取った。

 

 悪魔の実は、スパンダムのコネで手に入れたものらしい。

 貴重品であることに違いはない。見つかっても法外な値がつくような代物を二つも用意したあたり、そこだけは褒めていいのかもしれない。

 

 そこだけは。

 

 *****

 

 廊下で食べるには、ジャブラがうるさすぎた。

 スパンダムの前で騒ぎ続けられるのも面倒だったのだろう。

 二人の実食は、流れでルッチの部屋で行うことになった。

 

 カクとカリファは二人掛けのソファにつき、ルッチは奥の一人用ソファに腰を下ろす。

 リバーはカク側のソファの背に軽くもたれた。

 

 ジャブラ達はなぜか入口のあたりで固まっている。

 爆発しないのだから入ればいいだろうに、と思ったが、ジャブラの顔を見る限り、まだ完全には疑いを捨てていないらしい。

 

 二人の前にあるローテーブルには皿が置かれ、その上にそれぞれ実が乗せられている。

 カリファの方には、ナイフとフォークまで添えられていた。

 

「とてもこの世の果実には思えん……何か“引力”のような不思議な力を感じるのう。図鑑にも載っておらん」

 

 カクは興味深そうに実を覗き込んだ。

 

「それが普通らしいわ」

 

 カリファは落ち着いているように見えるが、すぐに手を伸ばすわけではない。

 

 スパンダム曰く、能力は不明。

 食べれば何かは分かる。だが、それまでは賭けだ。外れれば一生カナヅチという、最悪のおまけ付きである。

 

「どんな能力も使い方次第だ。十中八九弱くはならん。カナヅチに不自由もないしな」

 

 ルッチがブランデーを片手に言った。

 いつもより、少しだけ機嫌が良さそうに見える。

 

「その“悪魔の実”たった一つ探し求めて死んでいく船乗りはごまんといるんだぞ。食ってみろよ、面白い」

 

「カク! カリファ! やめとけって、いい事ねェぞ!! クソみてェな味するぞ! クソだぞ!」

 

 ジャブラは懲りもせず、二人の強化を妨害しようとしている。

 

「ジャブラはカクにパワーアップされたくないのだーチャパパ!!」

 

「ねたみそねみはァ男の名前に傷〜〜〜つくぜ〜〜〜よよい!!」

 

 フクロウとクマドリが茶々を入れる。

 ジャブラはなおも何か言っているが、もう半分ほど聞き流していい声量だった。

 

 リバーはカクの肩を軽く叩いた。

 

「お前、こういう未知のもの好きだろ。食ってみろよ」

 

 カクがちらりとこちらを見る。

 

「他人事じゃと思って気楽に言うのう」

 

「他人事だからな」

 

「少しは隠せ」

 

「隠す理由がない」

 

 カクは口元を少しだけ上げた。

 

 リバーは続けて、カリファの方を見る。

 

「カリファもだ。食えば、少なくともジャブラが少し静かになる」

 

「理由が最低ね」

 

「効果があるなら理由は何でもいい。それとも気遣ってほしかったか?」

 

「セクハラです」

 

「俺か?」

 

「当然」

 

「範囲が広いな」

 

 カリファは眼鏡を押し上げ、実へ視線を戻した。

 

「……当たりなら大歓迎」

 

「うむ……面白そうじゃ」

 

 二人が、ほとんど同時に実を口へ運んだ。

 

「うお──ーっ!!! 食いやがったァ、畜生ォ──!!!」

 

 ジャブラの叫びが響く。

 

 直後、カクとカリファの表情が固まった。

 

 カリファは口元に手を当て、カクは眉間に深く皺を寄せている。

 能力がどうこうという顔ではない。

 

 単純に、味がひどい顔だった。

 

「どうかしたのか──ーっ!!!」

 

「よよいっ!!! 体にィ異変はァ〜〜〜ア、あるかァ〜〜〜!?」

 

 フクロウとクマドリが身を乗り出す。

 

「……まずい……!!!!」

 

「ひどい味っ……!!」

 

 噂通りらしい。

 

 リバーは近くにあった水を取り、二人へ渡した。

 カクもカリファも、素直に受け取った。

 

「お……おい!! 何かやってみろ!! どんな能力がついたんだ!?」

 

 いつの間にか、ジャブラが部屋の中に入っていた。

 爆発の心配はどこへ行ったのか。

 

「さっきまで近づくなと言ってなかったか」

 

 リバーが言うと、ジャブラは露骨に顔をしかめた。

 

「うるせェ!! 確認は必要だろうが!!」

 

「好奇心をそれらしく言い換えるな」

 

「てめェはいちいち一言多いんだよ!!」

 

 カクが咳き込み、カリファも水を飲みながら息を整えている。

 

「ケホ……」

 

「ハァ……ハァ……何も変わった気はしないけど……」

 

 そこに、ルッチが声をかけた。

 

「直に変化の大きさに気づくさ……新しい“能力者”の誕生だな」

「楽しみだな……今のうちにてめェの能力くらい把握しておけよ……!! 長官殿の司令次第で、直ぐに実戦で試せるかもしれん」

 

 ルッチはそこで、部屋の中を一度見た。

 

「ブルーノの奴は、待ちきれず先に祭に参加しているようだが……」

 

 その言葉で、リバーはさっきから引っかかっていた空白に名前をつけた。

 

 ブルーノがいない。

 

 さっき外れていた受話器。

 フクロウが拾っていた通信。

 麦わら達が門を突破しているという報告。

 

 そこから先は、あの男が勝手に読んだのだろう。

 

 ブルーノは静かに動く。

 派手な合図を好む男ではない。

 

 入口と出口を作れる男は、初手の迎撃に向いている。

 

 リバーはまだ、ルフィの気配を見ていない。

 

 遠くで、兵士達の怒号が重なる。

 止めた、という声がない。

 押し返した、という気配もない。

 

 だが、騒ぎの進み方だけで分かる。

 

 真っ直ぐすぎる。

 

 こういう相手は、導線を読むより、導線ごと壊して進んでくる。

 

 リバーは窓の外へ視線を向けた。

 司法の島の空気が、少しずつ騒がしくなっている。

 

 新しい能力者が二人。

 先に出たブルーノ。

 正面から来る麦わら。

 

 戦場が、動き始めていた。

 

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