背中合わせの正義―交わらない最適解 作:深見
「ああ、待てお前ら。忘れていた……これを持っていけ」
執務室を出ようとしたところで、スパンダムが思い出したように声を上げた。
差し出されたのは、二つの奇妙な果実だった。
ただの果物ではない。
色も形も歪で、表面には特徴的な渦巻き模様が浮かんでいる。妙な重さと、不気味な存在感があった。
「うおおおおお!! おいおい!! 待て、そりゃ……!!!」
真っ先に反応したのはジャブラだった。
「“悪魔の実”じゃねェかっ!!!」
クマドリも横で大仰に叫ぶ。
耳元でやられると、顔をしかめたくなる。声量だけなら、やっぱりこいつは道力4000でいい。
「チャパパ、おれ初めて見てしまったー」
「おいらァもォ〜〜だ〜〜ぜ〜〜〜」
フクロウとクマドリが騒ぐ中、ジャブラだけが妙に焦った顔をした。
「やべェっ!!! 近づけんなそれをこっちに!!!」
「何をそんなに騒ぐんじゃ、ジャブラ」
カクが迷惑そうに横を見る。
「バカ!! 知らねェのか!!! “能力者”ってのはな!! 身体の中に一匹悪魔を宿してるって事なんだ!!」
ジャブラは、かなり本気の顔で言った。
能力者に悪魔の実を近づけると、その身に宿った悪魔が実に反応し、能力者の身体が爆散する。
そういう理屈らしい。
本気で信じている顔だった。
リバーは少しだけジャブラを見た。
五年ぶりに会っても、こういうところは変わっていない。
妙な話を拾ってきて、妙なまま信じる。
しかも声が大きいので、話が無駄に確からしく聞こえる。
「バカな事を……諜報部員が巷の噂に惑わされちゃあ締まらんな……」
ブルーノが呆れたように言う。
「欲深いバカは身を滅ぼす。実一つで背負うリスクを考えれば、二つ目でどれ程の“呪い”が及ぶか想定できそうなもんだが……」
ルッチも続けた。
全くその通りなので、リバーは黙って頷いた。
ジャブラはまだ不服そうだったが、これ以上言っても通じないと判断したのか、実から距離を取った。
悪魔の実は、スパンダムのコネで手に入れたものらしい。
貴重品であることに違いはない。見つかっても法外な値がつくような代物を二つも用意したあたり、そこだけは褒めていいのかもしれない。
そこだけは。
*****
廊下で食べるには、ジャブラがうるさすぎた。
スパンダムの前で騒ぎ続けられるのも面倒だったのだろう。
二人の実食は、流れでルッチの部屋で行うことになった。
カクとカリファは二人掛けのソファにつき、ルッチは奥の一人用ソファに腰を下ろす。
リバーはカク側のソファの背に軽くもたれた。
ジャブラ達はなぜか入口のあたりで固まっている。
爆発しないのだから入ればいいだろうに、と思ったが、ジャブラの顔を見る限り、まだ完全には疑いを捨てていないらしい。
二人の前にあるローテーブルには皿が置かれ、その上にそれぞれ実が乗せられている。
カリファの方には、ナイフとフォークまで添えられていた。
「とてもこの世の果実には思えん……何か“引力”のような不思議な力を感じるのう。図鑑にも載っておらん」
カクは興味深そうに実を覗き込んだ。
「それが普通らしいわ」
カリファは落ち着いているように見えるが、すぐに手を伸ばすわけではない。
スパンダム曰く、能力は不明。
食べれば何かは分かる。だが、それまでは賭けだ。外れれば一生カナヅチという、最悪のおまけ付きである。
「どんな能力も使い方次第だ。十中八九弱くはならん。カナヅチに不自由もないしな」
ルッチがブランデーを片手に言った。
いつもより、少しだけ機嫌が良さそうに見える。
「その“悪魔の実”たった一つ探し求めて死んでいく船乗りはごまんといるんだぞ。食ってみろよ、面白い」
「カク! カリファ! やめとけって、いい事ねェぞ!! クソみてェな味するぞ! クソだぞ!」
ジャブラは懲りもせず、二人の強化を妨害しようとしている。
「ジャブラはカクにパワーアップされたくないのだーチャパパ!!」
「ねたみそねみはァ男の名前に傷〜〜〜つくぜ〜〜〜よよい!!」
フクロウとクマドリが茶々を入れる。
ジャブラはなおも何か言っているが、もう半分ほど聞き流していい声量だった。
リバーはカクの肩を軽く叩いた。
「お前、こういう未知のもの好きだろ。食ってみろよ」
カクがちらりとこちらを見る。
「他人事じゃと思って気楽に言うのう」
「他人事だからな」
「少しは隠せ」
「隠す理由がない」
カクは口元を少しだけ上げた。
リバーは続けて、カリファの方を見る。
「カリファもだ。食えば、少なくともジャブラが少し静かになる」
「理由が最低ね」
「効果があるなら理由は何でもいい。それとも気遣ってほしかったか?」
「セクハラです」
「俺か?」
「当然」
「範囲が広いな」
カリファは眼鏡を押し上げ、実へ視線を戻した。
「……当たりなら大歓迎」
「うむ……面白そうじゃ」
二人が、ほとんど同時に実を口へ運んだ。
「うお──ーっ!!! 食いやがったァ、畜生ォ──!!!」
ジャブラの叫びが響く。
直後、カクとカリファの表情が固まった。
カリファは口元に手を当て、カクは眉間に深く皺を寄せている。
能力がどうこうという顔ではない。
単純に、味がひどい顔だった。
「どうかしたのか──ーっ!!!」
「よよいっ!!! 体にィ異変はァ〜〜〜ア、あるかァ〜〜〜!?」
フクロウとクマドリが身を乗り出す。
「……まずい……!!!!」
「ひどい味っ……!!」
噂通りらしい。
リバーは近くにあった水を取り、二人へ渡した。
カクもカリファも、素直に受け取った。
「お……おい!! 何かやってみろ!! どんな能力がついたんだ!?」
いつの間にか、ジャブラが部屋の中に入っていた。
爆発の心配はどこへ行ったのか。
「さっきまで近づくなと言ってなかったか」
リバーが言うと、ジャブラは露骨に顔をしかめた。
「うるせェ!! 確認は必要だろうが!!」
「好奇心をそれらしく言い換えるな」
「てめェはいちいち一言多いんだよ!!」
カクが咳き込み、カリファも水を飲みながら息を整えている。
「ケホ……」
「ハァ……ハァ……何も変わった気はしないけど……」
そこに、ルッチが声をかけた。
「直に変化の大きさに気づくさ……新しい“能力者”の誕生だな」
「楽しみだな……今のうちにてめェの能力くらい把握しておけよ……!! 長官殿の司令次第で、直ぐに実戦で試せるかもしれん」
ルッチはそこで、部屋の中を一度見た。
「ブルーノの奴は、待ちきれず先に祭に参加しているようだが……」
その言葉で、リバーはさっきから引っかかっていた空白に名前をつけた。
ブルーノがいない。
さっき外れていた受話器。
フクロウが拾っていた通信。
麦わら達が門を突破しているという報告。
そこから先は、あの男が勝手に読んだのだろう。
ブルーノは静かに動く。
派手な合図を好む男ではない。
入口と出口を作れる男は、初手の迎撃に向いている。
リバーはまだ、ルフィの気配を見ていない。
遠くで、兵士達の怒号が重なる。
止めた、という声がない。
押し返した、という気配もない。
だが、騒ぎの進み方だけで分かる。
真っ直ぐすぎる。
こういう相手は、導線を読むより、導線ごと壊して進んでくる。
リバーは窓の外へ視線を向けた。
司法の島の空気が、少しずつ騒がしくなっている。
新しい能力者が二人。
先に出たブルーノ。
正面から来る麦わら。
戦場が、動き始めていた。