背中合わせの正義―交わらない最適解   作:深見

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ここから、原作改変を入れます。
これに伴い、【原作沿い】タグを【原作改変あり】に変更します。


第十三話 見えない糸を踏み越えて

 

 ブルーノが戻らない。

 

 それは明確な違和感だった。

 

 扉を作れる男は、退路を失わない。

 正面から潰すこともできるが、どこにでも扉を作り、逃げ道を断つ。相手を別の角度から急襲できるのがあの男の持ち味だ。

 

 そのブルーノが、戻らない。

 

 リバーは窓の外へ視線を向けた。

 

 司法の塔の外壁から、裁判所側を見下ろす。

 

 遠くで、何かが砕ける音がした。

 兵士達の怒号。

 続いて、壁を割るような衝撃音。

 

 裁判所の屋上近く、崩れた壁のそばに、二つの人影が見えた。

 

「……様子を見てくる」

 

 リバーが言うと、カクがちらりとこちらを見た。

 

「珍しく気が早いのう」

 

「入口と出口を作れる奴が戻らない方が変だろ」

 

「それもそうじゃな」

 

 ルッチは何も言わなかった。

 ただ、目だけで行けと告げる。

 

 リバーは軽く肩を回し、窓枠へ足をかけた。

 

「面倒なことになってなければいいが」

 

「そういう時ほど、なっておるもんじゃ」

 

「言うな」

 

 次の瞬間、リバーは窓の外へ身を投げた。

 

 月歩。

 

 空気を踏み、塔の外壁に沿って斜めに落ちる。

 風が頬を叩く。

 

 下へ近づくほど、戦闘音ははっきりしていった。

 

 崩れた壁。

 割れた床。

 その中央で、ブルーノが膝をついている。

 

 まだ倒れてはいない。

 だが、次を受ければ落ちる。

 

 向かいに立っていたのは、麦わらのルフィだった。

 

 全身から湯気のようなものが立っている。

 呼吸が浅く、速い。

 肌が熱を帯び、血の巡りまで変わっているように見えた。

 

 速くなった、というだけではない。

呼吸の拍も、体温の上がり方も、さっきまでと違う。

 

 身体の内側から、無理やり動きを変えているように見えた。

 

 ウォーターセブンで見ていた動きとはまるで違う。

 

 リバーは、着地と同時に床を蹴った。

 

 ルフィの拳が、ブルーノへ伸びる。

 

 その踏み込みの前へ、リバーが滑り込んだ。

 

 嵐脚。

 

 至近から放った斬撃が床を裂き、ルフィの足元を一歩ずらす。

 拳はブルーノの頬をかすめ、壁へ突き刺さった。

 

 ブルーノがリバーを見る。

 

「……リバー」

 

「行け、ブルーノ。状況を伝えろ」

 

「まだ──」

 

「行け」

 

 リバーはルフィから目を離さずに言った。

 

 ブルーノは一瞬だけ黙った。

 それから、空気へ手をかける。

 

 扉が開く。

 

「任せた」

 

 短く残し、傷ついた巨体が扉の向こうへ消えた。

 

「逃がすか!」

 

 ルフィが踏み込む。

 

 速い。

 

 リバーは紙絵で拳を流し、身体を薄く傾けた。

 風圧が肩をかすめる。

 

 避けたはずの拳が、伸びて戻る。

 戻る軌道で、また殴りに来る。

 

「面倒だな」

 

 リバーは剃で懐へ入った。

 

 指銃。

 

 狙いは肋の下。

 普通の人間なら、呼吸が止まる場所だ。

 

 だが、指先に返ってきた感触は、予想よりも深く沈み、弾んだ。

 

 効いていないわけではない。

 けれど、止まらない。

 

「邪魔すんな!」

 

 ルフィの膝が上がる。

 リバーは腕で受けず、身を沈めた。

 

 紙絵。

 

 続けて剃。

 背後へ回り、踵を跳ね上げる。

 

 打撃は入った。

 面で叩き、体勢を崩す。

 

 だが、麦わらは倒れなかった。

 ゴムの身体が衝撃を逃がし、反動で前へ戻ってくる。

 

 なら、戻る前に向きを変える。

 

 リバーは指を引いた。

 

 刺して止まらないなら、叩く。

 叩いて倒れないなら、弾む方向をずらす。

 

 剃。

 

 ルフィの視界から一瞬消え、膝の外側へ入る。

 足裏で押し込むように蹴った。

 

 関節を壊すためではない。

 体重の向きを変えるための蹴りだ。

 

「おっ……!」

 

 ルフィの身体が横へ流れる。

 

 流れた先へ、リバーはもう入っていた。

 

 肘。

 掌底。

 膝。

 

 点ではなく、面で打つ。

 沈んで弾む身体を、弾む前に別の方向へ押し込む。

 

 ルフィの足が、初めて床を滑った。

 

「こいつ……!」

 

 ルフィの目が鋭くなる。

 

 伸びる拳。

 リバーは紙絵で肩一枚分だけ外し、拳の戻る軌道へ足を置いた。

 

 嵐脚。

 

 戻ってくる腕の通り道へ、斬撃を差し込む。

 

「うおっ!」

 

 ルフィが腕を引いた。

 

 避けた。

 

 リバーは目を細める。

 

 ただ突っ込むだけじゃない。

 危ないものは、ちゃんと避ける。

 

 なら、押せる。

 

 読める。

 

 向かってくる場所も、狙いも、直線的だ。

 だが、身体の戻り方が読めない。

 

 関節の止まり方が違う。

 痛みに対する戻り方が違う。

 普通なら止まる角度で、止まらない。

 

 リバーは床を蹴る。

 

 普段なら、ここまで深く踏み込まない。

 相手の呼吸を奪い、足を削り、選択肢を減らす。

 

 だが、麦わらは削っている間に前へ出る。

 

 なら、今だけは押し返す。

 

 剃。

 

 距離を潰し、踏み込みの勢いを、そのまま脚へ乗せる。

 

 至近の嵐脚。

 

 普段のように、足場や進路を切るための細い斬撃ではない。剃の加速を乗せ、面で叩きつける。

 

 リバーにしては珍しい、正面から押し通すための嵐脚だった。

 

 ルフィは腕を交差させて受ける。

 

 床が割れ、壁が鳴った。

 

「いってェな!」

 

「それで済むのかよ」

 

 リバーは舌打ちした。

 

 速度はぎりぎり対応できる。

 

 リバーはルフィの右へ抜けた。

 拳は正面へ流れている。

 背後を取った。

 

 そのはずだった。

 

 伸びた腕が、壁に突き刺さる。

 ゴムの反動で、ルフィの身体が無理やり向きを変えた。

 

 振り返るより早く、次の拳が来る。

 

「っ……!」

 

 紙絵で流す。

 流したはずの拳が、伸びきった先でしなり、鞭のように戻ってくる。

 

 攻撃が終わらない。

 

 普通なら一撃ごとに切れるはずの拍が、繋がっている。

 拳も、膝も、腕の戻りも、全部が次の攻撃になっていた。

 

 リバーは息を吐いた。

 

 測るだけでは足りない。

 

 このままでは、押し切られる。

 

 なら、一度止める。

 

 リバーの足音が消えた。

 

 剃。

 紙絵。

 指銃。

 

 一つではない。

 

 ルフィの肩、肘、脇腹、膝、足首。

 動き出すために必要な点だけを、続けざまに撃ち抜く。

 

 同時に、嵐脚が床に細い裂け目を刻んだ。

 

 踏み込む場所を奪う。

 伸びる腕の戻り道をずらす。

 呼吸の拍を外す。

 

 床に刻まれた細い裂け目が、光を拾って白く走る。

 その線の内側へ、ルフィの足が閉じ込められた。

 

 細い線が、見えない糸のようにルフィの周囲を縫う。

 

 六式複合技──蜘蛛糸。

 

 ルフィの身体が止まった。

 

 ほんの一瞬。

 だが、止まった。

 

「……っ!」

 

 ルフィの目が見開かれる。

 

 リバーは次の一撃へ移った。

 

 普通なら、それで終わる。

 動けない一瞬を作れれば、あとは首でも喉でも心臓でもいい。

 

 だが、ルフィの腕が弾けた。

 

 止めたはずの肩が、ゴムの反動で跳ねる。

 縫い止めたはずの線が、伸びて戻る。

 

 拳が来た。

 

「っ……!」

 

 リバーは紙絵で逃がした。

 

 完全には避けきれない。

 拳が頬をかすめ、皮膚の表面に熱が走る。

 

 止めた。

 

 確かに止めた。

 

 なのに、まだ前へ出る。

 

 ルフィは一度、足を止めた。

 

 止められたからではない。

 見直すために。

 

「お前、強ェな……」

 

 その目はリバーを見ている。

 だが、目的はリバーではない。

 

「でもそこをどけ! ロビンのとこに行くんだ!」

 

 腹立たしいほど、まっすぐな目だ。

 

 その時、司法の塔の上階に黒い影が並んだ。

 

 ジャブラが真っ先に笑う。

 

「ぎゃははは。何だァ? 押されてんのか、リバー」

 

「チャパパパ、リバーのやつ苛々してる」

 

「あの野郎、手間取っているな……」

 

「珍しく手こずっとるのう」

 

「よよい、追い込まれるほど敵が強ェってェことだろォ」

 

「相性も悪そうね」

 

 全部がはっきり聞こえたわけではない。

 だが、好き勝手言われていることだけは分かった。

 

「うるせェぞ!! 聞こえてんだよ!! 好き勝手言いやがって!!」

 

 リバーが怒鳴る。

 

 ルフィの拳が伸びる。

 リバーは紙絵で流し、壁を蹴った。

 

 月歩。

 

 空気を踏み、上階へ跳ぶ。

 着地した瞬間、カクが横から覗き込んできた。

 

「出したのう、蜘蛛糸」

 

「出させられたんだよ」

 

「お前さんの巣にかかって、まだ前に出る奴は珍しいのう」

 

「かかってるのに止まらないから面倒なんだよ」

 

 リバーは頬を拭った。

 指先に薄く血がつく。

 

 ルッチが一歩前へ出た。

 

「鈍ったか」

 

「バカ言うな。屋敷で見たのとは別人だと思え」

 

 リバーは乱れた息を一度だけ整え、口元だけで笑った。

 

「あれはお前用だ」

 

 ルッチは眼下のルフィを見た。

 

「分かっている」

 

 その一言で、場の重心が変わった。

 

 リバーはルフィから目を離さなかった。

 だが、麦わらの視線はルッチではなく、その奥──ロビンへ向いている。ロビンのそばでは、フランキーがいつの間にか拘束を解き、ルフィ達の方を見ている。

 

 CP9が揃った。

 ブルーノを退け、自分の奥の手まで食った。

 それでも、あいつの目的は一度も変わっていない。

 

「おーーーーっ!!! ロビーーーン!!」

「よかった!! まだそこにいたのかァ!!」

 

 ルフィの声が、塔の上へ突き抜けた。

 

 ロビンの肩が、わずかに揺れる。

 

 スパンダムが何か喚いた。

 だが、その声はもう場を支配していなかった。

 

 ルフィの声だけが、まっすぐロビンへ届いている。

 

 上へ来ようとするルフィを、彼女は拒絶の言葉で突き放した。続けて、叫ぶように言う。

 

「……私は、もう死にたいのよ!!!!」

 

 その言葉は、諦めの色を帯びていた。

 

 だが、リバーには本心には聞こえなかった。

 

 自分を選ばせないための言葉。

 ここまで来た者達を、これ以上進ませないための刃。

 

 自分が拒めば、彼らは諦めるかもしれない。

 自分を切れば、彼らだけはまだ戻れるかもしれない。

 

 そんな、願いにも似た切り離しだった。

 

 彼女はまだ、自分を勘定から外そうとしている。

 

 リバーには、そう見えた。

 少なくとも、ただ死を望む者の声ではなかった。

 

 

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