背中合わせの正義―交わらない最適解 作:深見
午前の光は、ウォーターセブンの水路をまだ白く照らしていた。
夜の静けさは、もうどこにもない。
水路には荷を運ぶ舟が行き交い、橋の上では職人が怒鳴り、荷揚げ場では木箱が軋んでいる。
昼の喧騒には少し早い。
それでも港寄りの水路は、朝の仕事に追われる声で十分賑やかだった。
リバーは細長い包みを片手に、水路沿いの石畳を歩いていた。
朝の配達は、急ぎの書類と細かい荷が多い。
昼を回れば工房間の部材が増えるが、この時間はまだ、人の流れの方がよく見える。
橋のたもとで荷を一つ渡し、受け取りの印を待つ。
「ここに一つ」
「おう、いつものやつか」
「いつものやつだ。中身は知らん」
「運び屋がそれでいいのかよ」
「知ってたら高く取るさ」
職人が笑いながら印を押そうとして、ふと手を止めた。
視線が、リバーではなく水路の向こうへ流れる。
それだけで十分だった。
人の流れが、少しだけ変わる。
怒鳴り声の向きが変わり、荷を抱えた若い職人が足を止める。
水上の店から身を乗り出す者がいる。
目立つ一団だった。
場に馴染まないという意味で、まず先に目に入る。
海賊だ。
リバーは受領印の乾きを確認し、荷札を畳みながら、水路の向こうを見た。
手配書の顔と、目の前の騒がしさが重なるまでに時間はかからない。
麦わらのルフィ。
海賊狩りのゾロ。
そして、ニコ・ロビン。
青キジ経由で落ちていた話は本当だったらしい。
ニコ・ロビンがウォーターセブンへ流れる可能性がある。
その場合、先にこの一味が街へ入ることもあるだろうと、頭の片隅には置いていた。
実際に目に入ると、想定よりずっと騒がしい。
隠れる気がない。
警戒がないわけではないのだろうが、潜む気配が薄い。
長く潜っている側の目からすると、街の表側をそのまま踏んでくるだけで少し眩しいくらいだった。
水上で釣りをしていた男が、のんびりした声で呼びかける。
「おーい、君たち! 海賊が堂々と正面にいちゃまずいぞ」
「向こうの裏町に回りなさい!」
排斥というほどの強さはない。
怒っているというより、慣れた調子で教えているだけだ。
さらに少し先、水上の店のテラス席にいた男が身を乗り出す。
「おめェら、ここはだめだぞ、海賊船は!」
「何しに来た? 略奪か?」
言いながらも、本気で追い払う気配はない。
若い海賊に、少しお節介を焼いているような温度だった。
ルフィたちが何やら言い返す。
男は少し呆れたように笑って、岬の方を指した。
「それならこの先に岬がある」
「とりあえずそこに停めるといい」
ウォーターセブンにとって、海賊は脅威であると同時に客でもある。
職人も、水夫も、荷も、噂も、良いものも悪いものも流れ込む。
この街はそういう場所だ。
その中でも、あの一団はよく目立った。
まず、船長。
麦わらのルフィ。
一番声が大きい。
一番前にいる。
一番、考えていなさそうに見える。
リバーは少しだけ目を細めた。
考えていないように見える人間ほど、たまに面倒だ。
読めないからだ。
次に、海賊狩りのゾロ。
立ち方だけで、鍛えた剣士だと分かる。
正面から相手をしたい類ではない。
ただ、今回の任務の芯ではない。
そして、ニコ・ロビン。
甲板に出ている黒髪の女。
手配書の面影がある。
二十年、政府の手をすり抜け続けた女。
あれが一番重要だ。
リバーは、そこで一度だけ視線を切った。
見すぎれば、見る側の意図も残る。
残りは一味のクルーと見ていい。
金髪の男。
オレンジの髪の女。
鼻の長い男。
その足元のあたりで、小さな影がぴょこぴょこと動いた。
「……何だ、あれ」
思わず声が漏れた。
動物みたいに見える。
だが、ただの動物にしては妙に人間の輪へ混ざっている。
気にはなった。
かなり気にはなった。
だが、今はそこに引っかかっている場合でもない。
遠くで、ルフィが何か大きな声を上げる。
その声が水路を渡って、朝の街に妙に響いた。
人の流れが、また少し変わる。
荷を抱えた男が振り返り、橋の上の職人が笑い、誰かがもう別の誰かへその話を運んでいく。
噂になるのは早い。
この街では、水より先に話が流れる。
リバーは小さく息を吐いた。
「……ようやく、何かが動くか」
手の中の荷を持ち直す。
配達はまだ残っていた。
報せるなら、そのあとでいい。
どうせ急がなくても、街の方が勝手に騒ぎ始める。
そういう連中だった。
リバーは気にしていない顔で踵を返す。
その背後で、麦わらの一味の声が、もう一度、水路を渡って跳ねた。