背中合わせの正義―交わらない最適解   作:深見

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第三話 標的の到着

 

 

 午前の光は、ウォーターセブンの水路をまだ白く照らしていた。

 

 夜の静けさは、もうどこにもない。

 水路には荷を運ぶ舟が行き交い、橋の上では職人が怒鳴り、荷揚げ場では木箱が軋んでいる。

 

 昼の喧騒には少し早い。

 それでも港寄りの水路は、朝の仕事に追われる声で十分賑やかだった。

 

 リバーは細長い包みを片手に、水路沿いの石畳を歩いていた。

 

 朝の配達は、急ぎの書類と細かい荷が多い。

 昼を回れば工房間の部材が増えるが、この時間はまだ、人の流れの方がよく見える。

 

 橋のたもとで荷を一つ渡し、受け取りの印を待つ。

 

「ここに一つ」

 

「おう、いつものやつか」

 

「いつものやつだ。中身は知らん」

 

「運び屋がそれでいいのかよ」

 

「知ってたら高く取るさ」

 

 職人が笑いながら印を押そうとして、ふと手を止めた。

 

 視線が、リバーではなく水路の向こうへ流れる。

 

 それだけで十分だった。

 

 人の流れが、少しだけ変わる。

 怒鳴り声の向きが変わり、荷を抱えた若い職人が足を止める。

 水上の店から身を乗り出す者がいる。

 

 目立つ一団だった。

 

 場に馴染まないという意味で、まず先に目に入る。

 

 海賊だ。

 

 リバーは受領印の乾きを確認し、荷札を畳みながら、水路の向こうを見た。

 

 手配書の顔と、目の前の騒がしさが重なるまでに時間はかからない。

 

 麦わらのルフィ。

 海賊狩りのゾロ。

 そして、ニコ・ロビン。

 

 青キジ経由で落ちていた話は本当だったらしい。

 

 ニコ・ロビンがウォーターセブンへ流れる可能性がある。

 その場合、先にこの一味が街へ入ることもあるだろうと、頭の片隅には置いていた。

 

 実際に目に入ると、想定よりずっと騒がしい。

 

 隠れる気がない。

 警戒がないわけではないのだろうが、潜む気配が薄い。

 

 長く潜っている側の目からすると、街の表側をそのまま踏んでくるだけで少し眩しいくらいだった。

 

 水上で釣りをしていた男が、のんびりした声で呼びかける。

 

「おーい、君たち! 海賊が堂々と正面にいちゃまずいぞ」

「向こうの裏町に回りなさい!」

 

 排斥というほどの強さはない。

 怒っているというより、慣れた調子で教えているだけだ。

 

 さらに少し先、水上の店のテラス席にいた男が身を乗り出す。

 

「おめェら、ここはだめだぞ、海賊船は!」

「何しに来た? 略奪か?」

 

 言いながらも、本気で追い払う気配はない。

 

 若い海賊に、少しお節介を焼いているような温度だった。

 

 ルフィたちが何やら言い返す。

 男は少し呆れたように笑って、岬の方を指した。

 

「それならこの先に岬がある」

「とりあえずそこに停めるといい」

 

 ウォーターセブンにとって、海賊は脅威であると同時に客でもある。

 

 職人も、水夫も、荷も、噂も、良いものも悪いものも流れ込む。

 この街はそういう場所だ。

 

 その中でも、あの一団はよく目立った。

 

 まず、船長。

 

 麦わらのルフィ。

 

 一番声が大きい。

 一番前にいる。

 一番、考えていなさそうに見える。

 

 リバーは少しだけ目を細めた。

 

 考えていないように見える人間ほど、たまに面倒だ。

 読めないからだ。

 

 次に、海賊狩りのゾロ。

 

 立ち方だけで、鍛えた剣士だと分かる。

 正面から相手をしたい類ではない。

 ただ、今回の任務の芯ではない。

 

 そして、ニコ・ロビン。

 

 甲板に出ている黒髪の女。

 手配書の面影がある。

 

 二十年、政府の手をすり抜け続けた女。

 

 あれが一番重要だ。

 

 リバーは、そこで一度だけ視線を切った。

 

 見すぎれば、見る側の意図も残る。

 

 残りは一味のクルーと見ていい。

 

 金髪の男。

 オレンジの髪の女。

 鼻の長い男。

 

 その足元のあたりで、小さな影がぴょこぴょこと動いた。

 

「……何だ、あれ」

 

 思わず声が漏れた。

 

 動物みたいに見える。

 だが、ただの動物にしては妙に人間の輪へ混ざっている。

 

 気にはなった。

 

 かなり気にはなった。

 

 だが、今はそこに引っかかっている場合でもない。

 

 遠くで、ルフィが何か大きな声を上げる。

 その声が水路を渡って、朝の街に妙に響いた。

 

 人の流れが、また少し変わる。

 

 荷を抱えた男が振り返り、橋の上の職人が笑い、誰かがもう別の誰かへその話を運んでいく。

 

 噂になるのは早い。

 

 この街では、水より先に話が流れる。

 

 リバーは小さく息を吐いた。

 

「……ようやく、何かが動くか」

 

 手の中の荷を持ち直す。

 

 配達はまだ残っていた。

 

 報せるなら、そのあとでいい。

 

 どうせ急がなくても、街の方が勝手に騒ぎ始める。

 

 そういう連中だった。

 

 リバーは気にしていない顔で踵を返す。

 

 その背後で、麦わらの一味の声が、もう一度、水路を渡って跳ねた。

 

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