背中合わせの正義―交わらない最適解   作:深見

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第六話 不穏な指令

 

 

 翌朝、ガレーラ方面は朝から騒がしかった。

 

 リバーは荷車を押しながら、職人達が一斉に同じ方向へ走っていくのを横目で見た。

 道の向こうから、怒号に近い声がいくつも流れてくる。

 

「麦わら」

「フランキー」

「市長」

 

 拾えた単語はそれだけだった。

 だが、それだけで街の空気がどちらへ傾いているかは分かる。

 

 職人達は殺気立っていた。

 店先に出ていた住民達も落ち着かず、誰もが少しずつガレーラの方へ流れていく。

 

 水の都の朝は、本来もっと騒がしい。

 だが、今日の騒がしさは商売や仕事のそれではなかった。

 

 普段の騒がしさは、街を前へ進める音だ。

 今日の騒がしさは、どこか一点へ吸い寄せられていく音だった。

 

 リバーは足を止めなかった。

 

 あそこにはルッチ達がいる。

 中心は、彼らが押さえる。

 

 自分が見るべきなのは、騒ぎの中心ではない。

 騒ぎの端で、いつもと違う動きをしたものだ。

 

 人の流れに逆らうように進み、やがて港のある区画へ出る。

 

 ウォーターセブンで最も大きい港だ。

 何本ものクレーンが腕を伸ばし、倉庫が列を作り、大型船が船材や食料、工具、日用品を吐き出している。

 

 普段なら、積み荷を降ろす作業員、荷主の使い、倉庫番、運送屋でごった返している場所だった。

 

 だが今日は、少し薄い。

 

 人がいないわけではない。

 むしろ、荷は動いている。

 

 ただ、声が少ない。

 皆、手だけを動かして、耳は街の方へ向けている。

 

 リバーは荷車を倉庫脇に寄せ、いつもの調子で受付に顔を出した。

 

「お疲れさん。北三番の小口、取りに来た」

 

 受付の男が顔を上げる。

 

「あぁ、君か。今日は早いな」

 

「ガレーラ方面が詰まりそうなんでね。先に港を回ってる」

 

「聞いたか。アイスバーグさんが撃たれたって」

 

「そこら中、その話であふれている」

 

 リバーは困ったような笑顔を浮かべた。

 運送屋の兄ちゃんとしては、それくらいの反応でいい。

 

「途中でガレーラの職人と何人もすれ違った。あれじゃ今日は納品もまともに通らないな」

 

「まったくだ。こっちまで煽りを食う」

 

 男は愚痴をこぼしながら、奥から書類束と小包を持ってきた。

 

 小口貨物の受領控え。

 商会宛ての封書。

 船便で届いた伝票類。

 

 いつもの雑多な束だ。

 

 表の仕事なら、これを仕分けて各所へ運ぶ。

 本業でも、似たようなことをする。

 

 命令は、いかにも命令らしい顔では来ない。

 

 荷に紛れる。

 伝票に紛れる。

 商会宛ての封書に紛れる。

 

 誰かがうっかり踏んでも不自然ではない紙束の中に、必要なものだけが混ざる。

 

 リバーは受領印をもらい、倉庫の外へ出た。

 

 人目の切れる柱の陰で、紙束を一度だけ繰る。

 

 三枚目の伝票。

 

 ありふれた商会名。

 だが紙の厚みが違う。

 封の折り目も、通常の船便文書とは半寸だけずれている。

 

 それを抜いた。

 

 封を開ける。

 

 中身は、ロビンの移送に関する追加指示だった。

 

 一読して、リバーは眉を動かさなかった。

 

 ただ、紙の端を指先で押さえ直す。

 

 日付が合わない。

 

 命令書の日付と、倉庫側に残る受領予定の順が噛み合っていない。

 緊急対応の名目で処理した痕跡はある。

 

 だが、その場合に使うはずの経路ではない。

 

 押印の位置も妙だった。

 急ぎで通したにしては、必要な控えが抜けている。

 逆に、残さない方がいい控えだけが残っている。

 

 リバーはもう一度だけ紙面を見た。

 

「……雑だな」

 

 口元だけで笑う。

 

 封書の端はわずかに変色していた。

 飲み物でもこぼしたのか、紙がふやけ、乾いた後の波が残っている。

 

 現場で慌てて処理したのだろう。

 

 誰がやったかは、まだ断定できない。

 

 だが、だいたい見当はつく。

 

 こういう綻びは、すぐには燃えない。

 だから始末が悪い。

 

 その場では通る。

 

 急ぎだから。

 緊急だから。

 後で整えるから。

 

 そう言って、誰かが雑に積んだ紙が、後になって別の照会に引っかかる。

 

 そうして燃えた時、火をつけた本人は大抵、煙の向こうで喚いているだけだ。

 

 尻拭いをするのは、いつも別の誰かになる。

 

 リバーは封書を畳み、懐に滑り込ませた。

 

「……後で燃えなきゃいいんだがな」

 

 呟きは港の音に紛れた。

 

 遠く、ガレーラ方面でまた大きな声が上がる。

 人の流れは相変わらず、街の中心へ吸い寄せられていた。

 

 リバーはそちらを見なかった。

 

 荷車の取っ手を握り直し、次の配達先へ向かう。

 

 情報は拾った。

 違和感も残った。

 

 だが今、あの騒ぎの中心へ行く理由はない。

 

 あそこにはルッチ達がいる。

 

 自分が見るのは、中心ではない。

 中心が動いたせいで、端に生じたズレだ。

 

 ただ、胸の奥に残ったざらつきだけは、配達の足取りにしばらくついて回った。

 

 任務そのものではなく、任務の後ろ側が焦げる匂いだった。

 




1番ドックにクレーンがあるのは確認したので、港にもきっとクレーンはあります。
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