背中合わせの正義―交わらない最適解 作:深見
翌朝、ガレーラ方面は朝から騒がしかった。
リバーは荷車を押しながら、職人達が一斉に同じ方向へ走っていくのを横目で見た。
道の向こうから、怒号に近い声がいくつも流れてくる。
「麦わら」
「フランキー」
「市長」
拾えた単語はそれだけだった。
だが、それだけで街の空気がどちらへ傾いているかは分かる。
職人達は殺気立っていた。
店先に出ていた住民達も落ち着かず、誰もが少しずつガレーラの方へ流れていく。
水の都の朝は、本来もっと騒がしい。
だが、今日の騒がしさは商売や仕事のそれではなかった。
普段の騒がしさは、街を前へ進める音だ。
今日の騒がしさは、どこか一点へ吸い寄せられていく音だった。
リバーは足を止めなかった。
あそこにはルッチ達がいる。
中心は、彼らが押さえる。
自分が見るべきなのは、騒ぎの中心ではない。
騒ぎの端で、いつもと違う動きをしたものだ。
人の流れに逆らうように進み、やがて港のある区画へ出る。
ウォーターセブンで最も大きい港だ。
何本ものクレーンが腕を伸ばし、倉庫が列を作り、大型船が船材や食料、工具、日用品を吐き出している。
普段なら、積み荷を降ろす作業員、荷主の使い、倉庫番、運送屋でごった返している場所だった。
だが今日は、少し薄い。
人がいないわけではない。
むしろ、荷は動いている。
ただ、声が少ない。
皆、手だけを動かして、耳は街の方へ向けている。
リバーは荷車を倉庫脇に寄せ、いつもの調子で受付に顔を出した。
「お疲れさん。北三番の小口、取りに来た」
受付の男が顔を上げる。
「あぁ、君か。今日は早いな」
「ガレーラ方面が詰まりそうなんでね。先に港を回ってる」
「聞いたか。アイスバーグさんが撃たれたって」
「そこら中、その話であふれている」
リバーは困ったような笑顔を浮かべた。
運送屋の兄ちゃんとしては、それくらいの反応でいい。
「途中でガレーラの職人と何人もすれ違った。あれじゃ今日は納品もまともに通らないな」
「まったくだ。こっちまで煽りを食う」
男は愚痴をこぼしながら、奥から書類束と小包を持ってきた。
小口貨物の受領控え。
商会宛ての封書。
船便で届いた伝票類。
いつもの雑多な束だ。
表の仕事なら、これを仕分けて各所へ運ぶ。
本業でも、似たようなことをする。
命令は、いかにも命令らしい顔では来ない。
荷に紛れる。
伝票に紛れる。
商会宛ての封書に紛れる。
誰かがうっかり踏んでも不自然ではない紙束の中に、必要なものだけが混ざる。
リバーは受領印をもらい、倉庫の外へ出た。
人目の切れる柱の陰で、紙束を一度だけ繰る。
三枚目の伝票。
ありふれた商会名。
だが紙の厚みが違う。
封の折り目も、通常の船便文書とは半寸だけずれている。
それを抜いた。
封を開ける。
中身は、ロビンの移送に関する追加指示だった。
一読して、リバーは眉を動かさなかった。
ただ、紙の端を指先で押さえ直す。
日付が合わない。
命令書の日付と、倉庫側に残る受領予定の順が噛み合っていない。
緊急対応の名目で処理した痕跡はある。
だが、その場合に使うはずの経路ではない。
押印の位置も妙だった。
急ぎで通したにしては、必要な控えが抜けている。
逆に、残さない方がいい控えだけが残っている。
リバーはもう一度だけ紙面を見た。
「……雑だな」
口元だけで笑う。
封書の端はわずかに変色していた。
飲み物でもこぼしたのか、紙がふやけ、乾いた後の波が残っている。
現場で慌てて処理したのだろう。
誰がやったかは、まだ断定できない。
だが、だいたい見当はつく。
こういう綻びは、すぐには燃えない。
だから始末が悪い。
その場では通る。
急ぎだから。
緊急だから。
後で整えるから。
そう言って、誰かが雑に積んだ紙が、後になって別の照会に引っかかる。
そうして燃えた時、火をつけた本人は大抵、煙の向こうで喚いているだけだ。
尻拭いをするのは、いつも別の誰かになる。
リバーは封書を畳み、懐に滑り込ませた。
「……後で燃えなきゃいいんだがな」
呟きは港の音に紛れた。
遠く、ガレーラ方面でまた大きな声が上がる。
人の流れは相変わらず、街の中心へ吸い寄せられていた。
リバーはそちらを見なかった。
荷車の取っ手を握り直し、次の配達先へ向かう。
情報は拾った。
違和感も残った。
だが今、あの騒ぎの中心へ行く理由はない。
あそこにはルッチ達がいる。
自分が見るのは、中心ではない。
中心が動いたせいで、端に生じたズレだ。
ただ、胸の奥に残ったざらつきだけは、配達の足取りにしばらくついて回った。
任務そのものではなく、任務の後ろ側が焦げる匂いだった。
1番ドックにクレーンがあるのは確認したので、港にもきっとクレーンはあります。