『TOGⅡで戦車道を……?』   作:きのこ大三元

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※本話は、戦車道の白旗判定について独自解釈を含みます。
※TOGⅡの基本設定は既存資料準拠です。


第7.5話「白旗判定と長すぎる弱点」

 その日の夜。

 戸郷灯里は、自宅の机に向かっていた。

 机の上には、戦車道の教習資料、車両登録関係の書類、大洗女子学園の戦車道授業予定表。

 そして、灯里が自分で作ったノートが開かれている。

 表紙には、手書きでこう書かれていた。

『TOGⅡ運用覚え書き』

 その下に、小さく。

『長いことは良いことです』

 灯里はペンを持ったまま、じっと資料を見つめていた。

「……明日、いよいよ教習なんですよね」

 戦車道が始まる。

 戦車に乗る。

 TOGⅡに乗る。

 それはもちろん、とても嬉しい。

 嬉しいのだが、ふと灯里は疑問に思った。

「……戦車道って、どうやって白旗が出るんでしょう」

 灯里は首を傾げた。

 戦車道では、砲弾を受けても中の人間は基本的に安全。

 特殊な安全装置があり、車内は守られている。

 カーボンのおかげで大丈夫。

 そんな説明は受けた。

 それは分かる。

 いや、分かると言っていいのかは微妙だが、ガルパン世界ではそういうものだ。

 だが、問題はその先だった。

「弾は……貫通していないんでしょうか」

 灯里はノートに書く。

『疑問:白旗判定の仕組み』

 その下に、箇条書きで続けた。

・砲弾は戦車道用の特殊弾

・車内はカーボンで保護

・乗員は安全

・でも撃破判定は出る

・白旗が上がる

・つまり、どこかでダメージ判定をしている?

 灯里はペン先で、こつこつとノートを叩いた。

「ゲームなら、分かりやすいんですけどね」

 HPがある。

 装甲厚がある。

 貫通力がある。

 貫通したらダメージ。

 非貫通ならノーダメージ、もしくは履帯切り。

 弱点に入れば大ダメージ。

 弾薬庫が飛べば一撃爆散。

 エンジンに入れば炎上。

 見えないところから自走砲。

 許されない。

 そこまで考えて、灯里は一度ペンを止めた。

「……自走砲の話はやめましょう」

 心に良くない。

 特にTOGⅡ乗りには。

 灯里は深呼吸してから、改めてノートに向かった。

「戦車道では、実際に車内を破壊しているわけではない。けれど、撃破判定は必要。ということは……」

 灯里は、ノートの中央に大きく書いた。

『仮説:見えないHP制』

 書いてから、少しだけ満足したように頷く。

「たぶん、こうです」

 誰もいない部屋で、灯里は一人で説明を始めた。

「戦車道用の砲弾は、実際に内部を破壊するのではなく、着弾位置、角度、砲の威力、車両の装甲厚、内部構造のデータを安全装置が読み取って、ダメージを計算している」

 ノートに書く。

・着弾位置

・入射角

・砲弾の種類

・砲の威力

・車両ごとの装甲厚

・内部重要部位との距離

・累積ダメージ

「それで、一定以上のダメージを受けたら白旗」

 灯里は、さらに書く。

『白旗=HPがゼロになった合図』

 そして、少し悩んでから追記した。

『ただし可視化されない』

 ゲームのように、画面左下にHPバーが出るわけではない。

 誰かが「残り三割です」と教えてくれるわけでもない。

 外から見れば、まだ動けそうに見える車両が突然白旗を上げることもある。

 逆に、煙を上げていそうな雰囲気でも、判定上はまだ生きていることもあるかもしれない。

「つまり、感覚で覚えるしかない」

 灯里は呟いた。

 戦車道の怖いところはそこだ。

 ゲームなら数字が見える。

 だが、現実の戦車道では見えない。

 だからこそ、経験者は分かるのだろう。

 この角度なら危ない。

 この距離なら抜かれる。

 この相手の砲なら、ここに当たると終わる。

 それを、数字ではなく肌で覚えている。

「西住さんが強いわけです」

 灯里は小さく息を吐いた。

 西住みほ。

 あの子は、きっとそれを感覚として持っている。

 戦車の位置。

 敵の砲。

 味方の耐久。

 撃たれた時にどうなるか。

 どこまで無理をしていいか。

 それを、数字ではなく戦場の流れとして読んでいる。

 灯里はそこまで考えて、ノートに一行足した。

『西住さんの判断は、HPバーが見えているわけではない。経験で見ている』

 書いたあと、少しだけ苦笑する。

「……私はゲーム脳ですね」

 でも、悪くはない。

 ゲーム脳にはゲーム脳の強みがある。

 数字を仮定する。

 仕組みを想像する。

 曖昧なものを、自分なりのルールに落とし込む。

 そうすれば、TOGⅡの運用も見えてくる。

 灯里は、新しいページを開いた。

『TOGⅡの場合』

 大きく書く。

 そして、その下に。

『HPは多いはず』

 これは、かなり大事な点だった。

 TOGⅡは大きい。

 重い。

 超重戦車である。

 少なくとも、軽戦車のように一発で消し飛ぶタイプではない。

 車体の大きさ、重量、構造を考えれば、判定上の耐久値は高く設定されている可能性がある。

 灯里は頷いた。

「TOGⅡのHPは多い。これは信じたいです」

 信じたい。

 信じる。

 信じるしかない。

 しかし、すぐに表情が真面目になる。

「ただし、問題は装甲です」

 TOGⅡは大きい。

 しかし、装甲が何でも弾くわけではない。

 見た目は立派でも、ゲームでよくあるような重装甲無敵車両ではない。

 大きいということは、それだけ当たりやすい。

 長いということは、それだけ側面を晒しやすい。

 そして装甲が薄い場所に当たれば、たぶんダメージが大きい。

 灯里はノートに書く。

・HPは多い可能性あり

・ただし装甲は万能ではない

・被弾面積が大きい

・側面が長すぎる

・弱点に当たりやすい

・一撃で大ダメージの可能性あり

 さらに、赤ペンで囲む。

『エンジン周り注意』

 もう一つ。

『弾薬庫周り注意』

 さらに。

『履帯切り注意』

 灯里はそこで、うっと顔をしかめた。

「履帯切り……」

 TOGⅡで履帯を切られる。

 それはかなりまずい。

 ただでさえ遅い。

 もともと遅いのに、止まったらどうなるか。

 ただの長い壁である。

 いや、長い壁としての仕事はできる。

 できるが、撃たれ続ける。

 白旗判定がHP制に近いなら、足を止められて弱点を撃たれ続けるのは最悪だ。

「TOGⅡは、止まっても強い。でも、止められると弱い」

 灯里は、自分で言って少し考え込んだ。

 矛盾しているようで、矛盾していない。

 自分で止まるならいい。

 場所を選んで、角度を作って、味方を守るために壁になるなら、それは戦術だ。

 しかし、敵に止められるのは駄目だ。

 場所も角度も選べない。

 長い側面を晒したまま履帯を切られれば、ただの的になる。

 灯里は大きく書いた。

『自分で止まるのは可。敵に止められるのは不可』

 その下に、少し迷ってから書き足す。

『TOGⅡは戦車ではなく、移動する陣地として扱う』

 書いてから、灯里は満足そうに頷いた。

「いいですね」

* * *

 その時、携帯端末が震えた。

 画面を見ると、いぬさんチームの連絡用グループに新着が来ていた。

 送り主は、呼子かなえ。

『明日の教習、持ち物って筆記用具と運動着で合ってます?』

 すぐに小走すずが返す。

『あと酔い止めいる? 戦車って揺れる?』

 米倉ちとせ。

『砲弾って本物くらい重いんでしょうか?』

 早見りん。

『装填って、厨房でいうと提供スピード勝負?』

 火野まどか。

『戸郷さん、明日の予習で何か見ておくものありますか?』

 灯里は画面を見つめた。

 しばらく考えてから、返信を打つ。

『まず、白旗が出たら負けです』

 少し間が空く。

 小走すずから返事。

『それは分かる』

 灯里は続ける。

『ですが、白旗が出るまでの過程は、おそらく見えないダメージ計算です』

 呼子かなえ。

『見えないダメージ計算?』

 早見りん。

『ゲームみたいな?』

 灯里は少し驚いた。

 思ったより通じる。

『そうです。ゲームでいうHPに近いと考えると分かりやすいです。ただし、画面には表示されません』

 米倉ちとせ。

『じゃあ、どれくらい食らったか分からないんですね』

『はい』

 火野まどか。

『当たりどころによって、ダメージが違う?』

 灯里は少し微笑んだ。

 さすが砲手予定。

 見るところが鋭い。

『そのはずです。エンジンや弾薬庫など、致命的な部分に近い場所は危険です。最悪、一撃で白旗もあり得ます』

 グループの空気が、少しだけ静かになった気がした。

 やがて、すずから返信が来る。

『TOGⅡって大きいよね』

 灯里は打つ。

『はい』

 かなえ。

『長いよね』

『はい』

 りん。

『当たりやすい?』

 灯里は少しだけ迷った。

 しかし、ここは正直に言うべきだ。

『とても』

 ちとせ。

『じゃあ、弱いんですか?』

 灯里は画面を見つめた。

 弱い。

 その言葉に、少しだけ胸が反応する。

 TOGⅡを弱いと言われるのは、正直、悔しい。

 だが、嘘はつけない。

 TOGⅡは万能ではない。

 むしろ欠点だらけだ。

 灯里は、ゆっくり入力した。

『弱点は多いです』

 そこで一度、指を止める。

 そして続けた。

『でも、弱点があることと、役に立たないことは違います』

 送信。

 少し間が空く。

 灯里は、ノートに目を落とした。

 TOGⅡ。

 長い。

 遅い。

 重い。

 目立つ。

 装甲は万能ではない。

 履帯を切られると苦しい。

 側面が長い。

 エンジン周りに気をつけなければならない。

 弾薬庫も怖い。

 でも。

 HPが多いなら、受けられる。

 大きいなら、味方を隠せる。

 長いなら、道を塞げる。

 遅いなら、最初から動かない戦い方をすればいい。

 見られやすいなら、あえて視線を集めればいい。

 撃たれやすいなら、撃たれてもいい場所と角度を選べばいい。

 灯里はノートに大きく書いた。

『TOGⅡは、撃たれない戦車ではない』

 その下に。

『撃たれる場所を選ぶ戦車』

 画面が震えた。

 火野まどかからだった。

『明日、それをみんなに説明してください』

 灯里は、少し笑った。

『分かりました』

 すず。

『あと、ひっくり返ったら白旗ってどう出るの?』

 灯里は固まった。

 盲点だった。

 いや、映像としては見たことがある。

 横転。

 転覆。

 崖落ち。

 普通ならそれだけで自走不能。

 戦車道なら白旗が上がる。

 しかし、車体が逆さまになった場合。

 白旗はどこから出るのか。

 砲塔。

 車体上部。

 いや、上部が地面についていたら。

 では、底面から。

 灯里は真顔でノートに書いた。

『転覆時:底から旗?』

 数秒見つめる。

 想像する。

 ひっくり返ったTOGⅡ。

 長い車体。

 亀のように動けない。

 その底面から、ぴょこんと白旗が出る。

 灯里は、ゆっくり目を閉じた。

「……少し可愛いですね」

 すぐに首を振る。

「いえ、ひっくり返ってはいけません」

 TOGⅡがひっくり返る。

 それは大惨事である。

 見た目も大惨事。

 引き起こすのも大惨事。

 たぶん自動車部が泣く。

 灯里はグループに返信した。

『転覆した場合は、底から出る可能性があります』

 すず。

『底から』

 りん。

『白旗が』

 かなえ。

『長い底から?』

 ちとせ。

『かわいいかも』

 灯里は慌てて打つ。

『かわいくても転覆は禁止です』

 まどか。

『当然です』

 その一言で、グループは少し落ち着いた。

 灯里は端末を置く。

 そして、ノートの最後に明日の目標を書いた。

『明日の教習目標』

・白旗判定の感覚を知る

・安全装置の説明を聞く

・TOGⅡの弱点位置を確認する

・履帯を守る

・エンジン周りを晒さない

・側面を不用意に見せない

・撃たれる角度を選ぶ

・転覆しない

・底から白旗を出さない

 最後の一行だけ、妙に切実だった。

 灯里はペンを置いた。

 窓の外は暗い。

 大洗の夜は、転生前の街とは違う静けさがある。

 遠くで、船の低い音が聞こえた気がした。

 明日になれば、いよいよ教習が始まる。

 座学ではなく、実際に戦車に触れる。

 安全装置。

 砲撃判定。

 白旗。

 履帯。

 エンジン。

 弱点。

 TOGⅡ。

 灯里はノートを閉じ、表紙を軽く撫でた。

「大丈夫です」

 誰に言うでもなく、静かに言う。

「TOGⅡは、撃たれる戦車です」

 けれど。

「撃たれ方を選べば、きっと戦えます」

 その言葉は、言い聞かせるようでもあり、誓うようでもあった。

* * *

 机の上で、携帯端末がまた震えた。

 今度は秋山優花里からだった。

『戸郷殿! 明日の教習、とても楽しみです! 白旗判定についても、ぜひ一緒に考察させてください!』

 灯里は少し笑って、短く返した。

『ぜひ。TOGⅡの弱点も一緒に見てください』

 すぐに返事が来る。

『もちろんです! 全力で確認します!』

 頼もしい。

 とても頼もしい。

 だが、次の一文で灯里は固まった。

『特に長い側面は観察しがいがありますね!』

 灯里は、しばらく画面を見つめた。

 そして、静かに呟いた。

「秋山さん」

 間を置いて。

「そこは、少し手加減してください」

 TOGⅡの長さは誇りである。

 同時に、弱点でもある。

 その事実を、灯里は明日、実車の前で改めて思い知ることになる。

* * *

 翌日。

 教習場に並んだ戦車たちの前で、西住みほが静かに言った。

「まずは、白旗判定と安全装置の説明から始めます」

 灯里は、ノートを握りしめた。

 来た。

 見えないHPの答え合わせが、始まろうとしていた。

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