『TOGⅡで戦車道を……?』   作:きのこ大三元

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2026年6月3日 更新です
再度になりますが、本文の見やすさを変更して、全体で調整しました。
少しでも読みやすいようになっていれば幸いです。

2026/06/04 19:00
すみません、Aチームの配置が間違ってたので修正しました…


第9話「初めての模擬戦」

TOGⅡは、森の中の指定位置にようやく辿り着いた。

 

 ようやく、である。

 

 他の車両より早く発進したはずだった。にもかかわらず、Ⅳ号に抜かれ、八九式に抜かれ、38(t)に抜かれ、M3リーにまで先へ行かれた。

 最後の方では、III号突撃砲にもじわじわ追いつかれかけていた。

 

 遅く、重く、長い。

 

 けれど、TOGⅡは止まらなかった。確かに前へ進み、指定された場所まで辿り着いた。

 

「指定位置、到着……でいいんですよね?」

 

 操縦手席の小走すずが、少し疲れた声で言った。

 戸郷灯里は車長席から外を確認し、地図と見比べる。

 

「はい。到着です」

「長かった……」

「TOGⅡですので」

「理由になっているようで、なってますね」

 

 すずは小さく息を吐いた。

 車内は思った以上にうるさい。エンジン音、履帯の音、金属の軋み、通信機の雑音。

 普通に声を出しても、聞き取りづらい場面が多かった。

 

 灯里は、操縦手席のすずへ足を伸ばした。

 

「小走さん」

「はい?」

「戦闘中は声だけだと遅れます。なので、肩への合図も使います」

「肩への合図?」

「右肩を押したら右。左肩を押したら左。両肩を軽く押したら停止準備。背中側を押したら前進維持です」

「足でですか?」

「足でです」

「配膳ワゴンで肩を足で押されたことはないです」

「TOGⅡは配膳ワゴンより長いので」

「それは分かります」

 

 すずは妙に納得したように頷いた。

 砲手席では、火野まどかが照準器を確認している。

 

「厨房でも、声が通らない時は手元の合図があります。そういうものだと思えば理解できます」

 

 無線手席の呼子かなえも頷いた。

 

「注文が重なってる時も、目線と手振りで回しますしね」

 

 装填手位置では、米倉ちとせと早見りんが砲弾の受け渡し動線を確認していた。

 

「足元、思ったより狭いですね」

「でも、流れを決めればいけそうです」

 

 灯里は車内を見回す。

 まだ仮搭乗。まだ全員がぎこちない。

 それでも、昨日よりは少しだけ空気がまとまっている。

 

 TOGⅡの中に、自分以外の呼吸がある。

 

 それだけで、灯里には少し不思議だった。

 

『各車、指定位置につきましたね!』

 

 通信機から、蝶野亜美教官の明るい声が響いた。

 監視塔の上から、全車両を確認しているらしい。

 

『では、ルールを説明します!』

 

 車内の全員が通信に耳を向ける。

 

『ルールは簡単です。相手チームを車両から動けなくすれば勝ちです!』

 

 かなえが小さく呟いた。

 

「簡単……なんでしょうか」

 

 蝶野教官はさらに続ける。

 

『ガンガン前進して、ガンガン撃てば大丈夫!』

 

 まどかが静かに言った。

 

「かなり大雑把ですね」

「注文内容が“全部おまかせ”みたいな雑さです」

「もう少し細かい手順書が欲しいです」

 

 かなえが困ったように言い、りんも手順表を見ながら呟いた。

 灯里は真面目に頷く。

 

「あの人は感覚派のようです」

「つまり、動けなくすればいいんですね」

 

 ちとせが砲弾の置き場を確認しながら言う。

 

「はい。ですが、まずは自分たちが動けなくならないことを優先します」

「TOGⅡが動けなくなると、大きい障害物になりますね」

「それはそれで役に立つ可能性があります」

「前向きですね」

「TOGⅡは前向きに進む戦車です」

 

 そこへ、蝶野教官の声がまた響いた。

 

『それと、戦車道は礼に始まり、礼に終わります! 試合前に、まずは挨拶です!』

 

 各車両の通信から、少しざわめきが聞こえた。

 灯里は背筋を伸ばす。

 

「Fチーム、礼をします」

 

 給食部専攻の五人も、少し戸惑いながら姿勢を正した。

 通信機越しに、全チームの声が揃う。

 

『よろしくお願いします!』

 

 灯里も、車内で頭を下げた。

 

「よろしくお願いします」

 

 TOGⅡの車内にも、五人の声が重なった。

 

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

「お願いします」

「よろしくお願いします」

 

 その一瞬だけ、車内の音が少し遠くなった気がした。

 

 そして。

 

『それでは――試合開始!』

 

* * *

 

 Aチーム、Ⅳ号戦車D型。

 

 車長席には、武部沙織。

 操縦手席には、五十鈴華。

 砲手席には、秋山優花里。

 装填手位置には、西住みほ。

 

 初めての搭乗、初めての配置。

 戦車経験者のみほが車長ではないという時点で、かなり無理のある仮配置だった。

 

 沙織は車長席から外を覗き、通信機と地図を交互に見ている。

 

「えっと……私が車長で、本当に大丈夫?」

「沙織さんは周りを見るのが上手いから」

「みほ、それ褒めてる?」

「うん。すごく大事な役割だよ」

「じゃあ、がんばる!」

 

 操縦手席の華は、操縦桿の前で静かに息を整えていた。

 

「足元と手元が、思っていたよりも繊細ですね」

「華さん、大丈夫?」

「はい。お花を活ける時とは、まったく違いますが……丁寧に動かします」

 

 砲手席の優花里は、目を輝かせながら照準器を覗いていた。

 

「砲手であります……! この秋山優花里、全力を尽くします!」

「秋山さん、まだ撃たないでね」

「もちろんであります、西住殿!」

 

 装填手位置のみほは、砲弾の位置と車内の動線を確認している。

 戦術を考えるには少し不自由な場所だが、今のAチームでは、みほが全員を支えるしかなかった。

 

 沙織が地図を覗き込みながら言った。

 

「ねえ、みほ」

「なに、沙織さん」

「生徒会チームって、こっち側にいるんだよね?」

「うん。Eチームの38(t)だと思う」

「じゃあ、先に生徒会を攻撃しようよ」

 

 みほが少し困った顔をする。

 

「え?」

「だって、いろいろあったし!」

「私怨が混ざっていませんか?」

「ちょっとだけ!」

 

 華が操縦席から静かに言った。

 優花里が照準器から顔を離し、地図を見る。

 

「Eチームへ向かうルートはありますが、途中で他チームと接触する可能性も高いであります」

 

 みほは装填手位置から身を乗り出し、地図を見つめた。

 

「……まずは移動しよう。真正面から行くと挟まれるかもしれないから、森を抜けるルートで」

「了解! 車長だけど、指示はみほに聞くね!」

「うん。私もできるだけ見るから」

 

 沙織が通信機に向かう。

 

「Aチーム、発進します!」

 

 Ⅳ号が動き出した。

 

 しかし、森の中を抜けようとした直後。

 左右の木々の向こうから、別の履帯音が聞こえた。

 

「みほ!」

 

 沙織が叫ぶ。

 

「右と左から何か来る!」

 

 優花里が照準器越しに確認する。

 

「右からBチーム、八九式! 左からCチーム、III号突撃砲であります!」

 

 バレー部と歴女チーム。

 まるで結託したように、Aチームへ迫っていた。

 

 八九式からは、気合いの入った声が響く。

 

「根性で挟む!」

「根性で撃つ!」

 

 一方、III号突撃砲からは、どこか芝居がかった声が聞こえた。

 

「包囲殲滅戦である!」

「今こそ歴史の再現を!」

 

 沙織が悲鳴を上げる。

 

「ちょっと! いきなり狙われてるんだけど!」

 

 みほはすぐに判断した。

 

「一度下がって! 森を抜けます!」

「華、お願い!」

「はい……!」

「右に少し曲がって、そのまま前!」

 

 Ⅳ号は木々の間を抜けるように走り始めた。

 八九式の砲撃が近くの地面を叩く。III号突撃砲の砲身が追ってくる。

 

 華は操縦に集中しようとしていたが、顔色が少し悪い。

 

「西住さん、揺れが……」

「五十鈴さん、大丈夫?」

「はい……たぶん……」

 

 その時、森の抜け道の先に、大きな木が見えた。

 その根元。

 

 涼しげな木陰の中で、ひとりの少女が座り込むようにして眠っていた。

 

 冷泉麻子だった。

 

 背中を木に預け、膝を少し抱えるようにしている。

 目は閉じられている。

 戦車の履帯音が近づいても、まだ完全には起きていない。

 

 沙織が叫ぶ。

 

「麻子!?」

 

 麻子は、ようやく薄く目を開けた。

 眠そうな目で、走ってくるⅣ号を見上げる。

 

「……何をしている」

「戦車道!」

「見れば分かる」

 

 八九式の砲弾が近くに着弾した。

 沙織が青ざめる。

 

「説明してる場合じゃない! 麻子、乗って!」

「なぜ私が」

 

 みほが身を乗り出す。

 

「冷泉さん、お願い! 手伝って!」

 

 麻子は一瞬だけみほを見た。

 それから、小さく息を吐く。

 

「……借りは返すと言った」

 

 麻子は素早くⅣ号へ乗り込んだ。

 そして、操縦席へ入る。

 

「操縦は?」

 

 みほが驚く。

 

「分かるの?」

「見ればだいたい分かる」

「麻子、すごっ!」

 

 沙織が目を丸くする。

 華は操縦席を譲り、車内の空いた位置で息を整えた。

 

「お願いします、冷泉さん……」

「任された」

 

 次の瞬間、Ⅳ号の動きが変わった。

 ぎこちなかった挙動が、すっと滑らかになる。森の中の道を、まるで線を引くように進む。

 

 華が小さく息を吐いた。

 

「すごいです……」

「冷泉殿、天才であります!」

「眠い」

「今は寝ないで!」

 

 優花里が感動し、麻子は眠そうに返す。

 沙織が叫んだ。

 

* * *

 

 Fチーム、TOGⅡ。

 

 試合開始直後から、TOGⅡはゆっくりと動いていた。

 

 かなえが無線機で状況を拾う。

 

「Aチーム、BチームおよびCチームと接触。DチームとEチームは橋方面へ移動中。Fチーム……現在、ゆっくり移動中です」

「自分たちのことを言われると、ちょっと刺さりますね」

「事実です」

 

 すずが操縦席で言い、灯里は車長席で地図を見る。

 

「ですが、TOGⅡは遅れてからが本番です」

「冷めないうちに出す料理ではなく、煮込む料理ですね」

「良い例えです」

「じっくり系ですね」

「提供まで時間がかかるタイプ」

「ただし、出てきた時の存在感はあります」

 

 まどか、ちとせ、りんが順に言い、灯里は前方を見る。

 目指すのは橋の出口付近。

 

 森から出た車両が通りやすい道。

 TOGⅡの長さなら、そこを塞げる。

 

 灯里はすずの左肩を足で軽く押した。

 

「少し左です」

「了解です」

 

 TOGⅡがゆっくり左へ向きを変える。

 だが、曲がるにも時間がかかる。

 

「曲がり始めてから、曲がり終わるまでが長いです」

「TOGⅡですので」

「慣れてきました」

 

 かなえが無線を拾う。

 

「Aチーム、橋方面へ移動中。後方からB、Cチーム。前方にD、Eチームの反応あり」

 

 灯里は地図を見た。

 

「予想より早いですね」

「射撃位置に入れますか?」

「入れます。TOGⅡの長さで道を塞ぎます」

 

 まどかが照準器を確認する。

 すずが冷静に言った。

 

「塞ぐというより、私たちが曲がりきれないだけでは?」

「結果的に塞げています」

「前向きですね」

「TOGⅡは前向きです」

 

 TOGⅡは森の出口付近へ、ようやく姿を現した。

 

* * *

 

 AチームのⅣ号は、大きな橋へ差しかかっていた。

 

 後方からは八九式とIII号突撃砲。

 前方には、38(t)とM3リーの気配。

 

 逃げ場が少ない。

 

 華は操縦席を麻子に譲ったものの、さっきまでの揺れと緊張で少し青ざめていた。

 

「五十鈴さん、大丈夫?」

「はい……申し訳ありません。少し、目が回って……」

 

 みほが心配する。

 その直後、華は一瞬ふらりとした。

 

「華!?」

 

 沙織が叫ぶ。

 みほが動こうとするより早く、麻子が操縦桿を握り直した。

 

「……任せろ」

 

 Ⅳ号が橋の上で安定する。

 麻子の操縦は、初めてとは思えないほど滑らかだった。

 

「麻子、本当に初めて!?」

「眠い時よりは簡単だ」

「比べる対象がおかしいよ!」

 

 沙織が驚く。

 

 橋を抜けた先。

 森の出口に、巨大な影が立ちはだかった。

 

 あまりにも長い。

 

「出た! 長いの!」

「TOGⅡであります!」

「……長いな」

 

 沙織が叫び、優花里が目を輝かせ、麻子が呟いた。

 みほはすぐに表情を引き締める。

 

「Fチーム……戸郷さんたち」

 

 TOGⅡは道を塞ぐように横気味に構えている。

 正面から抜けるには危険。橋の出口で止まれば、後方のB、Cチームに追いつかれる。

 

 みほは瞬時に考えた。

 

「正面から撃ち合うのは危ない……横へ回り込んで、足回りを狙います」

「TOGⅡは旋回が遅いです! 側面へ回れば!」

 

 砲手席の優花里が頷く。

 沙織が通信機を握る。

 

「みほ、後ろも来てる!」

「分かってる。冷泉さん、右へ!」

「了解」

 

 Ⅳ号が動いた。

 

* * *

 

 TOGⅡ車内。

 

 かなえが叫ぶ。

 

「Aチーム、正面に確認! 右へ回り込もうとしています!」

 

 灯里はすずの右肩を足で押した。

 

「右へ。ゆっくりでいいです」

「ゆっくりしか無理です!」

「正しいです」

 

 まどかが照準器を覗く。

 

「射界に入ります。ですが、追いきれません」

「焦らず。初砲撃です」

 

 ちとせが砲弾を持ち上げる。

 

「重さ、問題ありません」

 

 りんが受け取る。

 

「はい、次……じゃなくて、装填」

 

 砲弾が装填される。

 

「装填、完了……でいいんですよね?」

「撃てます」

 

 灯里はⅣ号の動きを見る。

 みほは正面から来ない。

 

 やはり、分かっている。

 

 TOGⅡの正面に付き合わず、足を狙いに来る。

 

「西住さん、やはり見ていますね」

「撃ちますか?」

 

 まどかが聞く。

 

「撃ってください」

 

 TOGⅡの主砲が火を噴いた。

 

 轟音。

 

 車内が大きく震える。

 砲弾は、Ⅳ号のすぐ近くの地面を叩いた。

 

 有効打にはならない。

 だが、土煙が上がり、Ⅳ号の進路を一瞬だけ鈍らせた。

 

 Aチーム側から、沙織の声が聞こえる。

 

「撃ってきたー!」

「TOGⅡの主砲、やはり迫力があります!」

「感心している場合か」

 

 優花里の声も混ざり、麻子が淡々と言った。

 みほの声が鋭くなる。

 

「冷泉さん、このまま右へ。足回りを狙える位置に!」

「了解」

 

 TOGⅡは砲塔を追わせようとする。

 まどかが冷静に照準を合わせ直す。

 

「追います」

 

 すずは必死に車体を動かす。

 

「長い! 曲がるのが遅い!」

「TOGⅡですので」

「分かってきました!」

 

 かなえが通信を整理する。

 

「後方よりB、Cチーム接近。Aチームは右側面へ移動。D、Eチームも橋方面に近づいています」

 

 情報が多い。

 初戦にしては、多すぎる。

 

 灯里は一瞬で判断する。

 

「Aチームを止めます。もう一発、撃てるなら」

 

 ちとせとりんが動く。

 

「砲弾、渡します」

「装填、急ぎます」

 

 だが、Ⅳ号の方が早かった。

 麻子の操縦で、Ⅳ号がTOGⅡの側面に入り込む。

 

 みほの声。

 

「秋山さん、起動輪付近を!」

「了解であります!」

 

 みほが装填位置で動き、優花里が照準を合わせる。

 華は揺れる車内で砲弾の位置を押さえ、沙織は車長席から叫んだ。

 

「優花里、いける!」

「撃ちます!」

 

 Ⅳ号が発砲した。

 

 砲弾はTOGⅡの足回り、履帯基部に近い弱点へ命中した。

 車内が大きく揺れる。

 

 りんが壁に手をついた。

 

「っ……!」

「大丈夫?」

「大丈夫です」

 

 ちとせが支える。

 直後、判定装置が作動した。

 

 TOGⅡの上に、白旗が上がる。

 

 監視塔から蝶野教官の声が響いた。

 

『有効! Fチーム、戦闘継続不能判定! 白旗!』

 

 灯里は、静かに息を吐いた。

 

「……やられました」

 

 すずが操縦桿から手を離す。

 

「もう終わりですか?」

「はい。撃破判定です」

 

 まどかが照準器から目を離した。

 

「初砲撃、当たりませんでした」

「ですが、Aチームを一瞬止めました」

 

 かなえが無線を見つめる。

 

「情報、追いきれませんでした」

「初戦です。十分です」

 

 ちとせが砲弾の置き場を確認しながら言う。

 

「受け渡しは、もう少し短くできます」

「次は、詰まらせません」

 

 りんも頷く。

 灯里は五人を見る。

 

「……次、ですか」

 

 まどかが静かに言った。

 

「次は、もう少し早く照準を合わせます」

「次は、もう少し早く曲げます。たぶん」

「次は、無線をもっと早く拾います」

「次は、もっと流れよく渡します」

「次は、手順を詰めます」

 

 すず、かなえ、ちとせ、りんも続く。

 灯里は、少しだけ笑った。

 

 TOGⅡは負けた。

 

 けれど、Fチームは、今ほんの少しだけ形になった気がした。

 

* * *

 

 TOGⅡを突破したAチームは、そのまま戦場の中心へ抜けた。

 

 後方から追ってきたCチーム、III号突撃砲。

 歴女チームは勢いよく追撃してくる。

 

「逃がすな!」

「今こそ我らが砲撃を!」

 

 しかし、みほはすでに次の位置を見ていた。

 

「冷泉さん、右の木立を使って一度姿を隠して。秋山さん、相手が出てきたところを狙って」

「了解」

「任せてくださいであります!」

 

 麻子の操縦でⅣ号が木立の陰へ滑り込む。

 Cチームがその後を追う。

 

 出てきた瞬間。

 

「今です!」

 

 優花里が発砲した。

 砲弾がIII号突撃砲へ命中する。

 

『有効! Cチーム、行動不能!』

 

 歴女チームが悔しそうな声を上げる。

 

「無念!」

「ここで討ち死にとは!」

 

 沙織が驚いた声を出した。

 

「当たった!」

「秋山さん、お見事です」

「秋山殿……ではなく、私でありますね! 当たりました!」

 

 優花里が興奮し、華は穏やかに頷いた。

 みほは装填位置から小さく息を吐く。

 

「うん。すごく良かった」

 

 続いて、Bチームの八九式が突っ込んでくる。

 

「根性ー!」

「根性で前進!」

 

 沙織が叫ぶ。

 

「来た来た来た!」

 

 みほは落ち着いていた。

 

「冷泉さん、少し下がってから左へ。八九式の進路をずらします」

「分かった」

 

 Ⅳ号は後退し、八九式の突撃をかわす。

 八九式が曲がりきれず、少し姿勢を崩した瞬間。

 

「秋山さん!」

「はい!」

 

 砲撃。

 

『有効! Bチーム、行動不能!』

 

 バレー部の声が響く。

 

「根性が足りなかったー!」

「次はもっと根性!」

 

 沙織は息を吐いた。

 

「なんか、すごいことになってる……」

 

 前方では、Eチームの38(t)が姿を現した。

 杏がハッチから顔を出している。

 

「おー、来たねー」

「会長、顔を出さないでください!」

 

 桃の声が響く。

 みほは地図を確認する。

 

「Eチームは軽いから速い。でも、装甲は薄いはず」

「38(t)は機動性がありますが、正面からの撃ち合いではⅣ号に分があります!」

 

 優花里が頷く。

 

「冷泉さん、少し誘い込んで」

「了解」

 

 麻子の操縦で、Ⅳ号がわざと逃げるように動く。

 38(t)が追ってくる。

 

 桃の声がする。

 

「追撃だ!」

「いけいけー」

 

 杏の声。

 その瞬間、Ⅳ号が向きを変えた。

 

 優花里が照準する。

 

「撃ちます!」

 

 砲撃。

 

『有効! Eチーム、行動不能!』

 

 38(t)に白旗が上がる。

 柚子の声が通信に入った。

 

「撃たれましたー!」

「西住め……!」

「あちゃー」

 

 桃が悔しそうに叫び、杏は軽く笑っていた。

 

 残るはDチーム、M3リー。

 

 一年生チームは、慌てて移動しようとしていた。

 

「どうしようどうしよう!」

「こっちでいいの!?」

「前! 前!」

「泥!」

 

 次の瞬間、M3リーはぬかるみに突っ込んだ。

 履帯が空回りする。

 

「動かない!」

「はまった!」

「どうしよう!」

 

 蝶野教官の声が響く。

 

『Dチーム、自走不能!』

 

 そして。

 

『そこまで! 試合終了です!』

 

* * *

 

 倉庫前に戻ると、全員がどこか放心したような顔をしていた。

 

 初めての模擬戦。

 何が何だか分からないまま始まり、何が何だか分からないまま終わったチームも多い。

 

 その中で、Aチームは勝った。

 

 みほは少し疲れた顔をしていたが、戦車から降りる動きは落ち着いていた。

 沙織は興奮気味だ。

 

「すごかった! みほ、すごかったよ!」

「武部さんも、車長として周りをよく見ていました」

「え、ほんと?」

「はい。とても頼もしかったです」

 

 華が穏やかに頷く。

 優花里は感動していた。

 

「西住殿の判断、冷泉殿の操縦、武部殿の車長、五十鈴殿の初期操縦、そしてこの秋山優花里の砲撃……全員で勝ち取った勝利であります!」

「帰っていいか」

「まだ講評あるから!」

 

 麻子は眠そうだった。

 

 一方、FチームのTOGⅡは白旗を上げたまま停止していた。

 判定は戦闘継続不能。

 実際に壊れたわけではないが、試合としては撃破扱いである。

 

 灯里はTOGⅡの足回りを確認し、そっと装甲を撫でた。

 

「TOGⅡ、初戦お疲れ様です」

「本当に遅かったですね」

「でも、ちゃんと戦場にいました」

 

 すずが降りてきて言う。

 まどかも頷いた。

 

「撃てました」

「無線も、少し分かりました」

「重さと流れは覚えました」

「次は、もう少し早くできます」

 

 かなえ、ちとせ、りんも続く。

 灯里は五人を見た。

 

「次がある前提なのが、嬉しいです」

 

 まどかは少しだけ笑った。

 

「仮搭乗でしたが、途中で終わると少し悔しいです」

「曲がりきれなかったの、悔しいですね」

「注文がさばききれなかった感じです」

 

 すずとかなえも続く。

 ちとせとりんも、顔を見合わせて頷いた。

 

 灯里は、それを見て胸の奥が温かくなった。

 

* * *

 

 全員が整列すると、蝶野教官が前に立った。

 相変わらず明るい笑顔だった。

 

「皆さん、お疲れ様でした!」

「お疲れ様でした!」

 

 声は少しばらばらだったが、全員が返事をする。

 蝶野教官は満足そうに頷いた。

 

「初戦でこれだけ動ければ大丈夫です! あとは訓練あるのみですね!」

 

 生徒たちの間に、少しだけ安堵が広がる。

 蝶野教官はまずAチームを見た。

 

「特にAチームは良かったです。最初の配置は少し大変そうでしたが、途中から役割が噛み合っていきました」

 

 みほは少し恐縮したように頭を下げる。

 

「ありがとうございます」

「武部さんは車長として周囲をよく見ていました。冷泉さんの操縦、秋山さんの砲撃、西住さんの判断と装填補助も良かったです。五十鈴さんも、最初の操縦でよく踏ん張りましたね」

 

 華は静かに頭を下げた。

 

「ありがとうございます」

 

 蝶野教官はみほを見る。

 

「西住さん、やはり経験者ですね」

 

 その言葉に、みほは少しだけ表情を固くした。

 けれど、沙織が横で小さく笑う。

 

「すごかったよ、みほ」

「はい。とても頼もしかったです」

「西住殿はやはりすごいであります!」

「指示は分かりやすかった」

 

 華、優花里、麻子も続く。

 みほは、少しだけ目を伏せた。

 

「……ありがとう」

 

 蝶野教官は次にFチームを見る。

 

「Fチームも良かったですよ」

 

 灯里は少し驚いて顔を上げた。

 

「撃破されましたが」

「初搭乗のメンバーで、TOGⅡを戦場の要所まで動かし、Aチームの進路を一度止めました。それだけでも十分です」

 

 蝶野教官は続ける。

 

「ただし、TOGⅡは遅い分、位置取りと先読みがとても大切です。次は“そこにいるだけ”で終わらないようにしましょう」

 

 灯里は頭を下げた。

 

「はい。TOGⅡは、次はもっと長く戦場にいます」

「長くって、そういう意味?」

「両方です」

 

 沙織が小さく突っ込む。

 灯里は真顔で答えた。

 

 蝶野教官は楽しそうに笑う。

 

「いいですね。その意気です」

 

 その後も、各チームに短い講評が続いた。

 

 Bチームは勢いは良いが周囲を見ること。

 Cチームは位置取りを考えること。

 Eチームは連携を整えること。

 Dチームは落ち着くこと。

 

 それぞれに課題があり、それぞれに可能性がある。

 講評が終わる頃には、夕方の光が戦車たちを照らしていた。

 

 初めての模擬戦。

 

 勝ったのはAチームだった。

 

 武部沙織の車長としての声。

 五十鈴華の初動。

 秋山優花里の砲撃。

 西住みほの判断。

 冷泉麻子の操縦。

 

 その力は、確かに大洗の戦車道を動かし始めていた。

 

 そして、行動不能判定を受けたTOGⅡの隣で。

 

 火野まどかが、ぽつりと言った。

 

「次は、もう少し早く撃てます」

 

 小走すずが続ける。

 

「次は、もう少し早く曲げます」

 

 呼子かなえが、無線機を見ながら言った。

 

「次は、もっと早く拾います」

 

 米倉ちとせと早見りんも頷く。

 

「次は、もっと流れよく渡します」

「次は、詰まらせません」

 

 灯里は、少しだけ笑った。

 

「……次、ですか」

 

 その言葉だけで、十分だった。

 

 TOGⅡは負けた。

 

 けれど、Fチームは、確かに一歩進んでいた。

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