再度になりますが、本文の見やすさを変更して、全体で調整しました。
少しでも読みやすいようになっていれば幸いです。
2026/06/04 19:00
すみません、Aチームの配置が間違ってたので修正しました…
TOGⅡは、森の中の指定位置にようやく辿り着いた。
ようやく、である。
他の車両より早く発進したはずだった。にもかかわらず、Ⅳ号に抜かれ、八九式に抜かれ、38(t)に抜かれ、M3リーにまで先へ行かれた。
最後の方では、III号突撃砲にもじわじわ追いつかれかけていた。
遅く、重く、長い。
けれど、TOGⅡは止まらなかった。確かに前へ進み、指定された場所まで辿り着いた。
「指定位置、到着……でいいんですよね?」
操縦手席の小走すずが、少し疲れた声で言った。
戸郷灯里は車長席から外を確認し、地図と見比べる。
「はい。到着です」
「長かった……」
「TOGⅡですので」
「理由になっているようで、なってますね」
すずは小さく息を吐いた。
車内は思った以上にうるさい。エンジン音、履帯の音、金属の軋み、通信機の雑音。
普通に声を出しても、聞き取りづらい場面が多かった。
灯里は、操縦手席のすずへ足を伸ばした。
「小走さん」
「はい?」
「戦闘中は声だけだと遅れます。なので、肩への合図も使います」
「肩への合図?」
「右肩を押したら右。左肩を押したら左。両肩を軽く押したら停止準備。背中側を押したら前進維持です」
「足でですか?」
「足でです」
「配膳ワゴンで肩を足で押されたことはないです」
「TOGⅡは配膳ワゴンより長いので」
「それは分かります」
すずは妙に納得したように頷いた。
砲手席では、火野まどかが照準器を確認している。
「厨房でも、声が通らない時は手元の合図があります。そういうものだと思えば理解できます」
無線手席の呼子かなえも頷いた。
「注文が重なってる時も、目線と手振りで回しますしね」
装填手位置では、米倉ちとせと早見りんが砲弾の受け渡し動線を確認していた。
「足元、思ったより狭いですね」
「でも、流れを決めればいけそうです」
灯里は車内を見回す。
まだ仮搭乗。まだ全員がぎこちない。
それでも、昨日よりは少しだけ空気がまとまっている。
TOGⅡの中に、自分以外の呼吸がある。
それだけで、灯里には少し不思議だった。
『各車、指定位置につきましたね!』
通信機から、蝶野亜美教官の明るい声が響いた。
監視塔の上から、全車両を確認しているらしい。
『では、ルールを説明します!』
車内の全員が通信に耳を向ける。
『ルールは簡単です。相手チームを車両から動けなくすれば勝ちです!』
かなえが小さく呟いた。
「簡単……なんでしょうか」
蝶野教官はさらに続ける。
『ガンガン前進して、ガンガン撃てば大丈夫!』
まどかが静かに言った。
「かなり大雑把ですね」
「注文内容が“全部おまかせ”みたいな雑さです」
「もう少し細かい手順書が欲しいです」
かなえが困ったように言い、りんも手順表を見ながら呟いた。
灯里は真面目に頷く。
「あの人は感覚派のようです」
「つまり、動けなくすればいいんですね」
ちとせが砲弾の置き場を確認しながら言う。
「はい。ですが、まずは自分たちが動けなくならないことを優先します」
「TOGⅡが動けなくなると、大きい障害物になりますね」
「それはそれで役に立つ可能性があります」
「前向きですね」
「TOGⅡは前向きに進む戦車です」
そこへ、蝶野教官の声がまた響いた。
『それと、戦車道は礼に始まり、礼に終わります! 試合前に、まずは挨拶です!』
各車両の通信から、少しざわめきが聞こえた。
灯里は背筋を伸ばす。
「Fチーム、礼をします」
給食部専攻の五人も、少し戸惑いながら姿勢を正した。
通信機越しに、全チームの声が揃う。
『よろしくお願いします!』
灯里も、車内で頭を下げた。
「よろしくお願いします」
TOGⅡの車内にも、五人の声が重なった。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「お願いします」
「よろしくお願いします」
その一瞬だけ、車内の音が少し遠くなった気がした。
そして。
『それでは――試合開始!』
* * *
Aチーム、Ⅳ号戦車D型。
車長席には、武部沙織。
操縦手席には、五十鈴華。
砲手席には、秋山優花里。
装填手位置には、西住みほ。
初めての搭乗、初めての配置。
戦車経験者のみほが車長ではないという時点で、かなり無理のある仮配置だった。
沙織は車長席から外を覗き、通信機と地図を交互に見ている。
「えっと……私が車長で、本当に大丈夫?」
「沙織さんは周りを見るのが上手いから」
「みほ、それ褒めてる?」
「うん。すごく大事な役割だよ」
「じゃあ、がんばる!」
操縦手席の華は、操縦桿の前で静かに息を整えていた。
「足元と手元が、思っていたよりも繊細ですね」
「華さん、大丈夫?」
「はい。お花を活ける時とは、まったく違いますが……丁寧に動かします」
砲手席の優花里は、目を輝かせながら照準器を覗いていた。
「砲手であります……! この秋山優花里、全力を尽くします!」
「秋山さん、まだ撃たないでね」
「もちろんであります、西住殿!」
装填手位置のみほは、砲弾の位置と車内の動線を確認している。
戦術を考えるには少し不自由な場所だが、今のAチームでは、みほが全員を支えるしかなかった。
沙織が地図を覗き込みながら言った。
「ねえ、みほ」
「なに、沙織さん」
「生徒会チームって、こっち側にいるんだよね?」
「うん。Eチームの38(t)だと思う」
「じゃあ、先に生徒会を攻撃しようよ」
みほが少し困った顔をする。
「え?」
「だって、いろいろあったし!」
「私怨が混ざっていませんか?」
「ちょっとだけ!」
華が操縦席から静かに言った。
優花里が照準器から顔を離し、地図を見る。
「Eチームへ向かうルートはありますが、途中で他チームと接触する可能性も高いであります」
みほは装填手位置から身を乗り出し、地図を見つめた。
「……まずは移動しよう。真正面から行くと挟まれるかもしれないから、森を抜けるルートで」
「了解! 車長だけど、指示はみほに聞くね!」
「うん。私もできるだけ見るから」
沙織が通信機に向かう。
「Aチーム、発進します!」
Ⅳ号が動き出した。
しかし、森の中を抜けようとした直後。
左右の木々の向こうから、別の履帯音が聞こえた。
「みほ!」
沙織が叫ぶ。
「右と左から何か来る!」
優花里が照準器越しに確認する。
「右からBチーム、八九式! 左からCチーム、III号突撃砲であります!」
バレー部と歴女チーム。
まるで結託したように、Aチームへ迫っていた。
八九式からは、気合いの入った声が響く。
「根性で挟む!」
「根性で撃つ!」
一方、III号突撃砲からは、どこか芝居がかった声が聞こえた。
「包囲殲滅戦である!」
「今こそ歴史の再現を!」
沙織が悲鳴を上げる。
「ちょっと! いきなり狙われてるんだけど!」
みほはすぐに判断した。
「一度下がって! 森を抜けます!」
「華、お願い!」
「はい……!」
「右に少し曲がって、そのまま前!」
Ⅳ号は木々の間を抜けるように走り始めた。
八九式の砲撃が近くの地面を叩く。III号突撃砲の砲身が追ってくる。
華は操縦に集中しようとしていたが、顔色が少し悪い。
「西住さん、揺れが……」
「五十鈴さん、大丈夫?」
「はい……たぶん……」
その時、森の抜け道の先に、大きな木が見えた。
その根元。
涼しげな木陰の中で、ひとりの少女が座り込むようにして眠っていた。
冷泉麻子だった。
背中を木に預け、膝を少し抱えるようにしている。
目は閉じられている。
戦車の履帯音が近づいても、まだ完全には起きていない。
沙織が叫ぶ。
「麻子!?」
麻子は、ようやく薄く目を開けた。
眠そうな目で、走ってくるⅣ号を見上げる。
「……何をしている」
「戦車道!」
「見れば分かる」
八九式の砲弾が近くに着弾した。
沙織が青ざめる。
「説明してる場合じゃない! 麻子、乗って!」
「なぜ私が」
みほが身を乗り出す。
「冷泉さん、お願い! 手伝って!」
麻子は一瞬だけみほを見た。
それから、小さく息を吐く。
「……借りは返すと言った」
麻子は素早くⅣ号へ乗り込んだ。
そして、操縦席へ入る。
「操縦は?」
みほが驚く。
「分かるの?」
「見ればだいたい分かる」
「麻子、すごっ!」
沙織が目を丸くする。
華は操縦席を譲り、車内の空いた位置で息を整えた。
「お願いします、冷泉さん……」
「任された」
次の瞬間、Ⅳ号の動きが変わった。
ぎこちなかった挙動が、すっと滑らかになる。森の中の道を、まるで線を引くように進む。
華が小さく息を吐いた。
「すごいです……」
「冷泉殿、天才であります!」
「眠い」
「今は寝ないで!」
優花里が感動し、麻子は眠そうに返す。
沙織が叫んだ。
* * *
Fチーム、TOGⅡ。
試合開始直後から、TOGⅡはゆっくりと動いていた。
かなえが無線機で状況を拾う。
「Aチーム、BチームおよびCチームと接触。DチームとEチームは橋方面へ移動中。Fチーム……現在、ゆっくり移動中です」
「自分たちのことを言われると、ちょっと刺さりますね」
「事実です」
すずが操縦席で言い、灯里は車長席で地図を見る。
「ですが、TOGⅡは遅れてからが本番です」
「冷めないうちに出す料理ではなく、煮込む料理ですね」
「良い例えです」
「じっくり系ですね」
「提供まで時間がかかるタイプ」
「ただし、出てきた時の存在感はあります」
まどか、ちとせ、りんが順に言い、灯里は前方を見る。
目指すのは橋の出口付近。
森から出た車両が通りやすい道。
TOGⅡの長さなら、そこを塞げる。
灯里はすずの左肩を足で軽く押した。
「少し左です」
「了解です」
TOGⅡがゆっくり左へ向きを変える。
だが、曲がるにも時間がかかる。
「曲がり始めてから、曲がり終わるまでが長いです」
「TOGⅡですので」
「慣れてきました」
かなえが無線を拾う。
「Aチーム、橋方面へ移動中。後方からB、Cチーム。前方にD、Eチームの反応あり」
灯里は地図を見た。
「予想より早いですね」
「射撃位置に入れますか?」
「入れます。TOGⅡの長さで道を塞ぎます」
まどかが照準器を確認する。
すずが冷静に言った。
「塞ぐというより、私たちが曲がりきれないだけでは?」
「結果的に塞げています」
「前向きですね」
「TOGⅡは前向きです」
TOGⅡは森の出口付近へ、ようやく姿を現した。
* * *
AチームのⅣ号は、大きな橋へ差しかかっていた。
後方からは八九式とIII号突撃砲。
前方には、38(t)とM3リーの気配。
逃げ場が少ない。
華は操縦席を麻子に譲ったものの、さっきまでの揺れと緊張で少し青ざめていた。
「五十鈴さん、大丈夫?」
「はい……申し訳ありません。少し、目が回って……」
みほが心配する。
その直後、華は一瞬ふらりとした。
「華!?」
沙織が叫ぶ。
みほが動こうとするより早く、麻子が操縦桿を握り直した。
「……任せろ」
Ⅳ号が橋の上で安定する。
麻子の操縦は、初めてとは思えないほど滑らかだった。
「麻子、本当に初めて!?」
「眠い時よりは簡単だ」
「比べる対象がおかしいよ!」
沙織が驚く。
橋を抜けた先。
森の出口に、巨大な影が立ちはだかった。
あまりにも長い。
「出た! 長いの!」
「TOGⅡであります!」
「……長いな」
沙織が叫び、優花里が目を輝かせ、麻子が呟いた。
みほはすぐに表情を引き締める。
「Fチーム……戸郷さんたち」
TOGⅡは道を塞ぐように横気味に構えている。
正面から抜けるには危険。橋の出口で止まれば、後方のB、Cチームに追いつかれる。
みほは瞬時に考えた。
「正面から撃ち合うのは危ない……横へ回り込んで、足回りを狙います」
「TOGⅡは旋回が遅いです! 側面へ回れば!」
砲手席の優花里が頷く。
沙織が通信機を握る。
「みほ、後ろも来てる!」
「分かってる。冷泉さん、右へ!」
「了解」
Ⅳ号が動いた。
* * *
TOGⅡ車内。
かなえが叫ぶ。
「Aチーム、正面に確認! 右へ回り込もうとしています!」
灯里はすずの右肩を足で押した。
「右へ。ゆっくりでいいです」
「ゆっくりしか無理です!」
「正しいです」
まどかが照準器を覗く。
「射界に入ります。ですが、追いきれません」
「焦らず。初砲撃です」
ちとせが砲弾を持ち上げる。
「重さ、問題ありません」
りんが受け取る。
「はい、次……じゃなくて、装填」
砲弾が装填される。
「装填、完了……でいいんですよね?」
「撃てます」
灯里はⅣ号の動きを見る。
みほは正面から来ない。
やはり、分かっている。
TOGⅡの正面に付き合わず、足を狙いに来る。
「西住さん、やはり見ていますね」
「撃ちますか?」
まどかが聞く。
「撃ってください」
TOGⅡの主砲が火を噴いた。
轟音。
車内が大きく震える。
砲弾は、Ⅳ号のすぐ近くの地面を叩いた。
有効打にはならない。
だが、土煙が上がり、Ⅳ号の進路を一瞬だけ鈍らせた。
Aチーム側から、沙織の声が聞こえる。
「撃ってきたー!」
「TOGⅡの主砲、やはり迫力があります!」
「感心している場合か」
優花里の声も混ざり、麻子が淡々と言った。
みほの声が鋭くなる。
「冷泉さん、このまま右へ。足回りを狙える位置に!」
「了解」
TOGⅡは砲塔を追わせようとする。
まどかが冷静に照準を合わせ直す。
「追います」
すずは必死に車体を動かす。
「長い! 曲がるのが遅い!」
「TOGⅡですので」
「分かってきました!」
かなえが通信を整理する。
「後方よりB、Cチーム接近。Aチームは右側面へ移動。D、Eチームも橋方面に近づいています」
情報が多い。
初戦にしては、多すぎる。
灯里は一瞬で判断する。
「Aチームを止めます。もう一発、撃てるなら」
ちとせとりんが動く。
「砲弾、渡します」
「装填、急ぎます」
だが、Ⅳ号の方が早かった。
麻子の操縦で、Ⅳ号がTOGⅡの側面に入り込む。
みほの声。
「秋山さん、起動輪付近を!」
「了解であります!」
みほが装填位置で動き、優花里が照準を合わせる。
華は揺れる車内で砲弾の位置を押さえ、沙織は車長席から叫んだ。
「優花里、いける!」
「撃ちます!」
Ⅳ号が発砲した。
砲弾はTOGⅡの足回り、履帯基部に近い弱点へ命中した。
車内が大きく揺れる。
りんが壁に手をついた。
「っ……!」
「大丈夫?」
「大丈夫です」
ちとせが支える。
直後、判定装置が作動した。
TOGⅡの上に、白旗が上がる。
監視塔から蝶野教官の声が響いた。
『有効! Fチーム、戦闘継続不能判定! 白旗!』
灯里は、静かに息を吐いた。
「……やられました」
すずが操縦桿から手を離す。
「もう終わりですか?」
「はい。撃破判定です」
まどかが照準器から目を離した。
「初砲撃、当たりませんでした」
「ですが、Aチームを一瞬止めました」
かなえが無線を見つめる。
「情報、追いきれませんでした」
「初戦です。十分です」
ちとせが砲弾の置き場を確認しながら言う。
「受け渡しは、もう少し短くできます」
「次は、詰まらせません」
りんも頷く。
灯里は五人を見る。
「……次、ですか」
まどかが静かに言った。
「次は、もう少し早く照準を合わせます」
「次は、もう少し早く曲げます。たぶん」
「次は、無線をもっと早く拾います」
「次は、もっと流れよく渡します」
「次は、手順を詰めます」
すず、かなえ、ちとせ、りんも続く。
灯里は、少しだけ笑った。
TOGⅡは負けた。
けれど、Fチームは、今ほんの少しだけ形になった気がした。
* * *
TOGⅡを突破したAチームは、そのまま戦場の中心へ抜けた。
後方から追ってきたCチーム、III号突撃砲。
歴女チームは勢いよく追撃してくる。
「逃がすな!」
「今こそ我らが砲撃を!」
しかし、みほはすでに次の位置を見ていた。
「冷泉さん、右の木立を使って一度姿を隠して。秋山さん、相手が出てきたところを狙って」
「了解」
「任せてくださいであります!」
麻子の操縦でⅣ号が木立の陰へ滑り込む。
Cチームがその後を追う。
出てきた瞬間。
「今です!」
優花里が発砲した。
砲弾がIII号突撃砲へ命中する。
『有効! Cチーム、行動不能!』
歴女チームが悔しそうな声を上げる。
「無念!」
「ここで討ち死にとは!」
沙織が驚いた声を出した。
「当たった!」
「秋山さん、お見事です」
「秋山殿……ではなく、私でありますね! 当たりました!」
優花里が興奮し、華は穏やかに頷いた。
みほは装填位置から小さく息を吐く。
「うん。すごく良かった」
続いて、Bチームの八九式が突っ込んでくる。
「根性ー!」
「根性で前進!」
沙織が叫ぶ。
「来た来た来た!」
みほは落ち着いていた。
「冷泉さん、少し下がってから左へ。八九式の進路をずらします」
「分かった」
Ⅳ号は後退し、八九式の突撃をかわす。
八九式が曲がりきれず、少し姿勢を崩した瞬間。
「秋山さん!」
「はい!」
砲撃。
『有効! Bチーム、行動不能!』
バレー部の声が響く。
「根性が足りなかったー!」
「次はもっと根性!」
沙織は息を吐いた。
「なんか、すごいことになってる……」
前方では、Eチームの38(t)が姿を現した。
杏がハッチから顔を出している。
「おー、来たねー」
「会長、顔を出さないでください!」
桃の声が響く。
みほは地図を確認する。
「Eチームは軽いから速い。でも、装甲は薄いはず」
「38(t)は機動性がありますが、正面からの撃ち合いではⅣ号に分があります!」
優花里が頷く。
「冷泉さん、少し誘い込んで」
「了解」
麻子の操縦で、Ⅳ号がわざと逃げるように動く。
38(t)が追ってくる。
桃の声がする。
「追撃だ!」
「いけいけー」
杏の声。
その瞬間、Ⅳ号が向きを変えた。
優花里が照準する。
「撃ちます!」
砲撃。
『有効! Eチーム、行動不能!』
38(t)に白旗が上がる。
柚子の声が通信に入った。
「撃たれましたー!」
「西住め……!」
「あちゃー」
桃が悔しそうに叫び、杏は軽く笑っていた。
残るはDチーム、M3リー。
一年生チームは、慌てて移動しようとしていた。
「どうしようどうしよう!」
「こっちでいいの!?」
「前! 前!」
「泥!」
次の瞬間、M3リーはぬかるみに突っ込んだ。
履帯が空回りする。
「動かない!」
「はまった!」
「どうしよう!」
蝶野教官の声が響く。
『Dチーム、自走不能!』
そして。
『そこまで! 試合終了です!』
* * *
倉庫前に戻ると、全員がどこか放心したような顔をしていた。
初めての模擬戦。
何が何だか分からないまま始まり、何が何だか分からないまま終わったチームも多い。
その中で、Aチームは勝った。
みほは少し疲れた顔をしていたが、戦車から降りる動きは落ち着いていた。
沙織は興奮気味だ。
「すごかった! みほ、すごかったよ!」
「武部さんも、車長として周りをよく見ていました」
「え、ほんと?」
「はい。とても頼もしかったです」
華が穏やかに頷く。
優花里は感動していた。
「西住殿の判断、冷泉殿の操縦、武部殿の車長、五十鈴殿の初期操縦、そしてこの秋山優花里の砲撃……全員で勝ち取った勝利であります!」
「帰っていいか」
「まだ講評あるから!」
麻子は眠そうだった。
一方、FチームのTOGⅡは白旗を上げたまま停止していた。
判定は戦闘継続不能。
実際に壊れたわけではないが、試合としては撃破扱いである。
灯里はTOGⅡの足回りを確認し、そっと装甲を撫でた。
「TOGⅡ、初戦お疲れ様です」
「本当に遅かったですね」
「でも、ちゃんと戦場にいました」
すずが降りてきて言う。
まどかも頷いた。
「撃てました」
「無線も、少し分かりました」
「重さと流れは覚えました」
「次は、もう少し早くできます」
かなえ、ちとせ、りんも続く。
灯里は五人を見た。
「次がある前提なのが、嬉しいです」
まどかは少しだけ笑った。
「仮搭乗でしたが、途中で終わると少し悔しいです」
「曲がりきれなかったの、悔しいですね」
「注文がさばききれなかった感じです」
すずとかなえも続く。
ちとせとりんも、顔を見合わせて頷いた。
灯里は、それを見て胸の奥が温かくなった。
* * *
全員が整列すると、蝶野教官が前に立った。
相変わらず明るい笑顔だった。
「皆さん、お疲れ様でした!」
「お疲れ様でした!」
声は少しばらばらだったが、全員が返事をする。
蝶野教官は満足そうに頷いた。
「初戦でこれだけ動ければ大丈夫です! あとは訓練あるのみですね!」
生徒たちの間に、少しだけ安堵が広がる。
蝶野教官はまずAチームを見た。
「特にAチームは良かったです。最初の配置は少し大変そうでしたが、途中から役割が噛み合っていきました」
みほは少し恐縮したように頭を下げる。
「ありがとうございます」
「武部さんは車長として周囲をよく見ていました。冷泉さんの操縦、秋山さんの砲撃、西住さんの判断と装填補助も良かったです。五十鈴さんも、最初の操縦でよく踏ん張りましたね」
華は静かに頭を下げた。
「ありがとうございます」
蝶野教官はみほを見る。
「西住さん、やはり経験者ですね」
その言葉に、みほは少しだけ表情を固くした。
けれど、沙織が横で小さく笑う。
「すごかったよ、みほ」
「はい。とても頼もしかったです」
「西住殿はやはりすごいであります!」
「指示は分かりやすかった」
華、優花里、麻子も続く。
みほは、少しだけ目を伏せた。
「……ありがとう」
蝶野教官は次にFチームを見る。
「Fチームも良かったですよ」
灯里は少し驚いて顔を上げた。
「撃破されましたが」
「初搭乗のメンバーで、TOGⅡを戦場の要所まで動かし、Aチームの進路を一度止めました。それだけでも十分です」
蝶野教官は続ける。
「ただし、TOGⅡは遅い分、位置取りと先読みがとても大切です。次は“そこにいるだけ”で終わらないようにしましょう」
灯里は頭を下げた。
「はい。TOGⅡは、次はもっと長く戦場にいます」
「長くって、そういう意味?」
「両方です」
沙織が小さく突っ込む。
灯里は真顔で答えた。
蝶野教官は楽しそうに笑う。
「いいですね。その意気です」
その後も、各チームに短い講評が続いた。
Bチームは勢いは良いが周囲を見ること。
Cチームは位置取りを考えること。
Eチームは連携を整えること。
Dチームは落ち着くこと。
それぞれに課題があり、それぞれに可能性がある。
講評が終わる頃には、夕方の光が戦車たちを照らしていた。
初めての模擬戦。
勝ったのはAチームだった。
武部沙織の車長としての声。
五十鈴華の初動。
秋山優花里の砲撃。
西住みほの判断。
冷泉麻子の操縦。
その力は、確かに大洗の戦車道を動かし始めていた。
そして、行動不能判定を受けたTOGⅡの隣で。
火野まどかが、ぽつりと言った。
「次は、もう少し早く撃てます」
小走すずが続ける。
「次は、もう少し早く曲げます」
呼子かなえが、無線機を見ながら言った。
「次は、もっと早く拾います」
米倉ちとせと早見りんも頷く。
「次は、もっと流れよく渡します」
「次は、詰まらせません」
灯里は、少しだけ笑った。
「……次、ですか」
その言葉だけで、十分だった。
TOGⅡは負けた。
けれど、Fチームは、確かに一歩進んでいた。