『TOGⅡで戦車道を……?』   作:きのこ大三元

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第10話「それぞれの戦車色」

 翌日。

 

 倉庫前に集まった大洗女子学園の戦車道メンバーは、昨日とはまるで違う光景を目にしていた。

 

 並んでいる戦車は、同じだった。

 Ⅳ号戦車D型、八九式中戦車甲型、38(t)軽戦車、M3リー中戦車、III号突撃砲F型。

 

 そして、TOGⅡ。

 

 けれど、昨日とは色が違う。

 雰囲気が違う。

 

 昨日までは、ようやく泥を落とされ、埃を払われ、戦車としての形を取り戻したばかりだった。それが今日は、それぞれのチームの色をまとっていた。

 

「……大洗ですね」

 

 戸郷灯里は、静かにそう呟いた。

 

 まず目に入ったのは、Bチームの八九式中戦車甲型だった。

 車体には、大きな文字が描かれている。

 

 ――バレー部復活!

 

 力強い。

 とても力強い。

 

 さらに、バレーボールらしき丸や、気合いを表す線が勢いよく描き込まれている。戦車というより、動く横断幕に近い。

 

「やっぱり、戦車にも気合いが必要だからね!」

「バレー部復活のために!」

「根性!」

「根性!」

 

 磯辺典子たちが拳を握る。

 灯里は頷いた。

 

「目的が分かりやすいですね」

「褒めてる?」

 

 武部沙織が聞く。

 

「はい。非常に分かりやすいです」

「それ、褒めてるのかな……」

 

 次に目に入ったのは、CチームのIII号突撃砲F型だった。

 

 赤い。

 とても赤い。

 

 しかも、幟が立っている。

 新撰組、戦国、古代。いろいろ混ざっている。

 

「……移動式歴史展示ですね」

 

 灯里が真顔で言う。

 歴女チームは、むしろ誇らしげだった。

 

「我らが魂を表現した結果である!」

「時代を超えた浪漫!」

「突撃砲に幟、実に良い!」

 

 沙織が少し引いた顔をする。

 

「戦車に幟って、ありなの?」

「大洗なので」

「便利な言葉だね、大洗なので」

 

 華は楽しそうに見つめていた。

 

「皆さん、それぞれの好みが出ていますね」

「好みというより、もう主張です」

 

 秋山優花里は目を輝かせる。

 

「ですが、戦車に乗る者の個性が車両に表れるのは素晴らしいであります!」

「秋山さん、肯定力が高いですね」

「戦車ですので!」

 

 その次は、DチームのM3リーだった。

 

 可愛い。

 とても可愛い。

 

 ピンク系の塗装に、小さな星やハートのような飾りが描かれている。昨日までの泥だらけの中戦車とは別物だった。

 

 一年生チームが、少し照れながらも胸を張っている。

 

「かわいくしました!」

「怖いだけだと、乗るのも大変なので」

「これなら、ちょっと楽しいかなって」

 

 沙織がぱっと笑った。

 

「これ可愛い! いいじゃん!」

「武部殿、反応が早いであります」

「だって可愛いもん」

 

 みほも、M3リーを見て少しだけ表情を緩めた。

 

「うん。かわいいね」

 

 その声は、昨日よりも少し自然だった。

 灯里はそれを見て、少しだけ安心する。

 

 戦車道。

 その言葉はまだ、みほにとって軽くはない。けれど、大洗の戦車道は、黒森峰で見てきたものとは明らかに違う。

 

 強さだけではない。

 格式だけでもない。

 

 変で、自由で、少し騒がしい。

 

 それが、みほの肩の力を少しずつ抜いているように見えた。

 

* * *

 

 そして、生徒会のEチーム。

 

 38(t)軽戦車は、金色だった。

 

 灯里は一瞬、言葉を失った。

 金色。

 本当に金色。

 

 朝日に照らされて、妙にまぶしい。

 

「……金ですね」

「金だね」

 

 沙織も同じ感想だった。

 

 角谷杏は、38(t)の前で干し芋を持ちながら、にこにこしていた。

 

「目立つでしょー」

「会長、目立つことが目的だったんですか」

 

 小山柚子が困ったように言う。

 

「戦車道は注目も大事だからねー」

「被弾率も上がりそうです」

 

 灯里が静かに言うと、河嶋桃が胸を張った。

 

「撃たれる前に撃てばいい!」

「河嶋さんが?」

「何だその言い方は!」

「いえ。近づけば当たる方だと聞いています」

「誰から聞いた!?」

 

 杏が笑った。

 

「まあまあ、桃ちゃん。金色の方が強そうじゃん」

「そうです! 会長の仰る通りです!」

「柚子ちゃんはどう思う?」

「私は、もう少し落ち着いた色でもよかったかなって……」

 

 柚子は控えめに言った。

 沙織が苦笑する。

 

「柚子先輩、苦労してるなあ」

「生徒会の塗装にも役割が出ていますね」

 

 華が穏やかに言う。

 灯里は頷いた。

 

「会長の発想、河嶋さんの勢い、小山さんの胃痛が見えます」

「そこまで見えるんだ」

 

* * *

 

 AチームのⅣ号戦車D型は、外見だけなら比較的普通だった。

 

 泥を落とされ、整備され、落ち着いた色に戻っている。だが、内部は少しずつ変わっていた。

 

 沙織が車内から小さなクッションを取り出す。

 

「ほら、車内って硬いじゃん? 少しでも座り心地よくしようと思って」

「戦車の中にクッション……」

 

 灯里は少し考えた。

 

「ありです」

「ありなんだ」

「乗員の疲労軽減は大事です」

 

 華も小物を丁寧に並べていた。

 

「必要最低限ですが、整理しやすいようにしてみました」

「さすが華。車内まで上品」

 

 優花里は戦車道用の小さなメモ帳や資料を配置している。

 

「装填手位置からでも資料を確認できるようにしたであります!」

「装填しながら読む気か」

 

 麻子が眠そうに言う。

 

「もちろん、安全第一であります!」

「ならいい」

 

 みほは少し恥ずかしそうに、小さなボコのマスコットを手に持っていた。

 沙織がそれに気づく。

 

「あ、ボコ! みほ、それ置くの?」

「うん……邪魔にならないところに、少しだけ」

「いいじゃん! みほらしいよ」

 

 みほは照れたように笑った。

 

 灯里はⅣ号の中を見て思う。

 昨日までは、ただの戦車だった。けれど今は、Aチームの席になり始めている。

 

 車長席にみほ。

 通信手に沙織。

 砲手に華。

 装填手に優花里。

 操縦手に麻子。

 

 それぞれの居場所が、少しずつ戦車の中に形を作っていた。

 

「……良いですね」

 

 灯里が呟く。

 みほが振り返った。

 

「戸郷さん?」

「いえ。Aチームらしくなってきたと思いました」

「そうかな」

「はい。昨日より、ずっと」

 

 みほは少しだけ目を伏せた。

 

「……うん。私も、少しそう思う」

 

 その声は小さかったが、悪くない響きだった。

 

* * *

 

 最後に、TOGⅡ。

 

 Fチームの車両。

 いや、まだ正式にはFチームである。

 

 いぬさんチームという名前は、会長が雑に口にした候補名でしかない。

 少なくとも、建前上は。

 

 しかし、TOGⅡの側面には、すでに大きなエンブレムが描かれていた。

 

 長い胴のダックスフンド。

 その身体は、ホットドッグのようにパンに挟まっている。

 上には小さな白旗。

 砲塔風の飾り。

 

 長い。

 可愛い。

 そして、少し間が抜けている。

 

 灯里は満足そうに見上げた。

 

「良いですね」

 

 火野まどかが隣で腕を組む。

 

「戸郷さん、昨日から何度も言っています」

「良いものは何度見ても良いので」

「それは分かります」

 

 小走すずは、TOGⅡの長さとエンブレムの長さを見比べていた。

 

「長い戦車に長い犬。迷わないですね」

「そうでしょう」

「曲がる時は迷います」

「そこは練習しましょう」

 

 呼子かなえは、エンブレムを見ながら頷いた。

 

「呼び込みやすいです。いぬさんチーム」

「まだ仮名です」

「仮名にしては、完成度が高いです」

 

 米倉ちとせは、塗料の乾き具合を確認している。

 

「触っても大丈夫そうですね」

「はい。塗料は乾いています」

 

 早見りんは白旗部分を見て、少し笑った。

 

「この小さい白旗、可愛いです。でも昨日の白旗は悔しかったです」

「そこは分けて考えましょう」

「分けます」

 

 そこへ、沙織たちがやって来た。

 

「うわ、やっぱり大きい!」

「犬がパンに挟まってる?」

「可愛らしいですね」

「Fチームの……いぬさんチーム候補のエンブレムであります!」

「長い犬だな」

 

 華が微笑み、優花里は感動し、麻子は眠そうに言った。

 みほは少しだけ笑った。

 

 その笑顔は、戦車を怖がっているだけのものではなかった。

 

 大洗の戦車道は、黒森峰とも、聖グロリアーナとも、きっと違う。

 厳格で、整然として、勝つためだけの戦車道ではない。

 

 失敗して、白旗を上げて、笑って、悔しがって。

 それでも、次はと言える場所。

 

 みほは、ぽつりと呟いた。

 

「……少し、楽しそう」

 

 その声は小さかった。

 けれど、確かにそこにあった。

 

 灯里はその言葉を聞いて、胸の奥が少し温かくなる。

 

 西住さんが、戦車道を楽しいと言い切ったわけではない。

 それでも。

 

 少し、楽しそう。

 

 その一歩は、とても大きい。

 

* * *

 

 倉庫前のにぎやかさを少し離れた場所から見ていた生徒会は、別の話を進めていた。

 

 角谷杏は干し芋をかじりながら、並んだ戦車たちを見ている。

 

「いい感じになってきたねー」

「見た目だけは、かなり個性的になりました」

 

 柚子が書類を確認しながら言う。

 桃は腕を組んでいた。

 

「だが、見た目だけでは勝てない。実戦経験が必要だ」

「というわけで」

 

 杏がにこっと笑う。

 

「練習試合、申し込もっか」

「相手は、やはり……」

「うん」

 

 杏の視線が、一瞬だけ灯里の方へ向く。

 TOGⅡの前で、みほと話している戸郷灯里。その横には、ダックスフンドのエンブレム。

 

 そして、灯里の過去所属校。

 

 聖グロリアーナ女学院。

 

 桃は受話器を取った。

 

「では、連絡します」

 

 呼び出し音が鳴る。

 数回のあと、相手が出た。

 

『はい。聖グロリアーナ女学院です』

 

 桃は背筋を伸ばす。

 

「大洗女子学園生徒会の河嶋桃です。戦車道の練習試合について、ご相談がありまして」

 

 電話の向こうで、少し間があった。

 そして、穏やかな声が返ってくる。

 

『練習試合、ですか。大洗女子学園が戦車道を再開されたと伺っていましたわ』

 

 その声に、桃は少しだけ緊張する。

 

 ダージリン。

 

 聖グロリアーナ女学院の隊長。

 

 桃は言葉を選びながら続けた。

 

「はい。まだ再開したばかりではありますが、実戦経験を積みたいと考えております」

 

『よろしいですわ。こちらとしても、興味があります』

 

 桃はほっと息を吐きかけた。

 しかし、ダージリンは続けた。

 

『それと、ひとつ確認してもよろしいかしら』

「はい」

『大洗には、戸郷灯里さんがいらっしゃるのかしら』

 

 桃の手が止まった。

 

「戸郷を、ご存じなのですか?」

 

 電話の向こうで、ティーカップが置かれるような小さな音がした。

 

『ええ。少し懐かしい名前ですわ』

 

 ダージリンの声は、いつも通り優雅だった。

 けれど、その中には、ほんの少しだけ懐かしむような響きがあった。

 

『聖グロにいた頃は、ルイボスと呼ばれていました』

 

「ルイボス……?」

 

 桃は聞き慣れない単語を繰り返す。

 杏が横で、少しだけ目を細めた。柚子も書類から顔を上げる。

 

『TOGⅡに乗れないから、と言っていたそうですけれど』

 

 ダージリンは、少しだけ楽しそうに言う。

 

『……本気だったのでしょうか』

 

「本気、だと思います」

 

 桃は即答しかけて、少し詰まった。

 

 戸郷灯里。

 TOGⅡを見ている時の、あの真顔。

 長さへのこだわり。

 戦車道ショップでTOGⅡがないことを由々しき事態と言ったらしい話。

 そして、TOGⅡの側面に描かれた長いダックスフンド。

 

 おそらく、本気だ。

 かなり本気だ。

 

「……少なくとも、こちらでは本気です」

 

 電話の向こうで、ダージリンが小さく笑った気配がした。

 

『本気だったのでしょうね』

 

 その声には、呆れではなく、どこか納得するような響きがあった。

 

『もし大洗で本当にTOGⅡに乗っているのだとしたら』

 

 少し間が空く。

 

『あの子らしい、随分と遠回りな選択ですわ』

 

 桃は言葉に迷った。

 戸郷灯里は、大洗にとってはまだ新しい戦力だ。

 だが、聖グロにとっては、別の意味を持つ生徒らしい。

 

 ルイボス。

 

 その名を、桃は書類の端へ小さく書き留めた。

 

「では、練習試合の件は」

『ええ。お受けいたしますわ』

 

 桃は姿勢を正した。

 

「ありがとうございます」

 

『楽しみにしています。大洗の皆さんと……ルイボスに会えることを』

 

 電話は静かに切れた。

 

* * *

 

 受話器を置いた桃は、しばらくそれを見つめていた。

 

「……受けてくださいました」

「じゃ、決まりだね」

 

 杏は干し芋をかじりながら、にっと笑う。

 

「本当に、大丈夫でしょうか」

 

 柚子が不安そうに呟く。

 

「大丈夫にするんだよー」

 

 杏は軽く言う。

 けれど、その視線は窓の外を見ていた。

 

 倉庫前。

 それぞれの色をまとった戦車たち。

 

 赤。

 ピンク。

 金色。

 バレー部復活の文字。

 ボコのぬいぐるみが置かれたⅣ号。

 

 そして、長いダックスフンドを描いたTOGⅡ。

 

 まだ誰も知らない。

 

 その戦車たちが次に向かう相手が、全国大会準優勝経験を持つ聖グロリアーナ女学院だということを。

 

 そして。

 

 戸郷灯里がかつて置いてきた赤い制服の記憶が、もうすぐ彼女の前に戻ってくることを。

 

* * *

 

 その頃、灯里はTOGⅡの前で、エンブレムの端を軽く拭いていた。

 

 塗料はもう乾いている。

 ダックスフンドは、今日も長い。

 TOGⅡも、今日も長い。

 

「良いですね」

 

 灯里は満足そうに頷いた。

 そこへ、みほが近づいてきた。

 

「戸郷さん」

「はい、西住さん」

「このエンブレム、戸郷さんが描いたんだよね?」

「はい」

「すごく可愛いと思う」

 

 灯里は少しだけ目を見開いた。

 

「ありがとうございます」

 

 みほは、TOGⅡの側面を見上げた。

 

「昨日のボコの話じゃないけど……TOGⅡも、なんだか愛されてる感じがする」

 

 灯里は、少しだけ黙った。

 それから、静かに答える。

 

「はい。愛していますので」

 

 みほは小さく笑った。

 

「うん。分かる気がする」

 

 その笑顔を見て、灯里も少しだけ微笑んだ。

 

 大洗の戦車道は、まだ始まったばかり。

 自由で、派手で、少し変で、まだ未熟。

 

 けれど、それぞれの戦車は、それぞれの色をまとった。

 そしてその色は、少しずつ、乗る者たちの居場所になっていく。

 

 灯里は、TOGⅡの長い車体に手を置いた。

 

「次は、もっと良い動きをしましょう」

 

 TOGⅡは答えない。

 けれど、側面のダックスフンドが、少しだけ誇らしげに見えた。

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