『TOGⅡで戦車道を……?』   作:きのこ大三元

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第11話「一週間の練習」

 練習試合までの一週間は、思っていたよりもずっと短かった。

 いや、正確には一日一日が濃すぎた。

 

 朝から戦車。

 昼も戦車。

 放課後も戦車。

 

 発進、停止、旋回、後退。

 無線確認、砲塔旋回、装填手順、周囲確認。

 

 昨日まで「戦車を見つけた」「洗車した」と騒いでいた大洗女子学園の戦車道は、ようやく本当に戦車道らしくなり始めていた。

 

「Aチーム、発進します!」

 

 武部沙織の声が無線に乗る。

 少し緊張している。けれど、昨日よりずっと聞き取りやすい。

 

 Ⅳ号戦車D型が、ゆっくりと動き出した。

 

 車長席には、西住みほ。

 通信手に武部沙織。

 砲手に五十鈴華。

 装填手に秋山優花里。

 操縦手に冷泉麻子。

 

 昨日の模擬戦で、自然と決まった席。

 それぞれがまだ慣れてはいない。けれど、誰が何をするのかが決まっただけで、戦車の中の空気はかなり変わっていた。

 

「冷泉さん、次の角で少し右に」

「了解」

「五十鈴さん、正面の標的に照準を合わせて」

「はい」

「秋山さん、装填お願いします」

「了解であります!」

「沙織さん、Bチームの位置を確認して」

「了解、みほ!」

 

 灯里はTOGⅡの車長席から、そのやり取りを聞いていた。

 

 少しずつ、形になっている。

 

 みほの声は、まだ慎重だ。

 自信満々というわけではない。けれど、指示は分かりやすい。迷いながらでも、ちゃんと前を見ている。

 

 冷泉麻子の操縦は、相変わらず不思議なほど安定していた。眠そうなのに、操縦だけは妙に正確だ。

 

 沙織は無線で慌てることも多いが、声が明るい。チームの空気を沈ませない。

 

 華は照準に集中すると、驚くほど静かになる。砲手としての集中力がある。

 

 優花里は装填しながら、砲弾の種類や車両の特徴まで解説しようとして、時々沙織に止められていた。

 

 良いチームだと思う。

 

 そして、こちらも負けてはいられない。

 

「Fチーム……いえ、TOGⅡチーム、発進準備」

 それが、Fチーム――いずれ、いぬさんチームと呼ばれるかもしれない彼女たちの戦い方になる。  

 

 灯里が告げると、無線手席の呼子かなえがすぐに復唱した。

 

「Fチーム、発進準備」

 

 操縦席の小走すずが、操縦桿を握る。

 

「戸郷さん、最初の曲がり角はどこですか?」

「かなり手前です」

「かなり手前」

「TOGⅡは、曲がりたい場所で曲がり始めても間に合いません。曲がる前から曲がる準備をします」

「配膳ワゴンより早めの切り返しですね」

「規模が違いますが、考え方は近いです」

 

 すずは真剣に頷いた。

 

 砲手席では、火野まどかが照準器を覗いている。

 

「目標を直接狙うより、進路を塞ぐ位置へ撃つ方が良いのですね」

「はい。TOGⅡは一撃で全部を決めるより、相手の行きたい場所を潰す方が向いています」

「盛り付けで皿の余白を先に決めるようなものですね」

「……たぶん、そうです」

 

 給食部専攻のたとえは、時々独特だ。

 だが、本人たちにはよく伝わっているらしい。

 

 装填手の米倉ちとせと早見りんは、砲弾の受け渡しを何度も確認していた。

 

「ちとせ、今の少し遠い」

「じゃあ半歩こっち?」

「うん。私が受け取りやすい」

「分かった」

 

 ちとせが砲弾を持つ。

 りんが受け取る。

 装填位置へ入れる。

 

 昨日より、明らかに動きが短くなっている。

 

 かなえも無線を拾いながら、手元のメモに情報を整理していた。

 

「Aチーム、右回り練習中。Bチーム、停止位置を通過。Cチーム、根性で前進中。Dチーム、何か歴史っぽいことを叫びながら移動中。Eチーム、少し混乱中」

「最後二つが曖昧ですね」

「正確に言うと長くなります」

「では、そのままで」

 

 灯里は前方を見る。

 

 TOGⅡは今日も遅い。

 それは変わらない。

 

 けれど、昨日とは違う。

 

 すずが少しずつ曲がるタイミングを覚えている。

 かなえが無線で先に情報を拾う。

 まどかが砲撃で道を塞ぐ考え方を理解し始めている。

 ちとせとりんの装填動作も、少しずつ流れてきた。

 

 TOGⅡは速くならない。

 

 だから、速くなるのではなく、先にいる。

 

 それが、Fチームの戦い方になる。

 

「小走さん、次の目印で左です」

「了解です」

 

 灯里はすずの左肩を足で軽く押す。

 すずがそれに合わせて操作する。

 

 TOGⅡの長い車体が、ゆっくり、しかし昨日よりも少しだけ滑らかに向きを変えた。

 

「……良いです」

 

 灯里は思わず呟いた。

 

「良いんですか?」

「はい。今の曲がり方、とてもTOGⅡらしいです」

「褒め言葉が独特ですね」

「最高の褒め言葉です」

 

 車内に、少しだけ笑いが起きた。

 

* * *

 

 他のチームも、それぞれ苦戦していた。

 

 Bチームの八九式は、今日も根性だった。

 

「根性で前進!」

「根性で停止!」

「根性で旋回!」

 

 停止位置を少し過ぎてから止まる。

 それでも、昨日よりはましだった。

 

 CチームのIII号突撃砲は、なぜか練習中も作戦名が長い。

 

「これは包囲戦である!」

「いや、我々は突撃砲だ。正面からいくべきでは?」

「ならば迂回突撃である!」

 

 迂回なのか突撃なのか、灯里には分からない。

 

 DチームのM3リーは、今日もにぎやかだった。

 

「右ってどっち!?」

「砲が二つある!」

「前見えない!」

「止まった!」

 

 それでも、昨日よりは明らかに動いている。

 

 Eチームの38(t)は、軽快だった。

 ただし、中の生徒会は少し騒がしい。

 

「会長、真面目に指示してください!」

「してるしてるー。川島ー右ー」

「右とはどちらですか!」

「落ち着いて、桃ちゃん!」

 

 金色の38(t)が、きらきら光りながら進む。

 目立ちすぎる。

 

 隠密性は完全に捨てている。

 だが、大洗らしいと言えば大洗らしい。

 

* * *

 

 夕方。

 

 長い一日の練習が終わる頃には、全員がぐったりしていた。

 

 倉庫前の地面に座り込む者。

 戦車にもたれかかる者。

 水筒を抱える者。

 

 そして、まだ元気に戦車の話をしている優花里のような者。

 

 沙織はⅣ号の前で座り込んでいた。

 

「つ、疲れた……戦車って全身使うんだね……」

 

 華は手を軽く握ったり開いたりしている。

 

「腕が少し震えます」

「ですが、充実した一日でありました!」

「秋山さん、元気だね……」

 

 沙織が苦笑する。

 麻子は地面に座り、半分眠っていた。

 

「眠い」

「麻子、それはいつもでしょ」

「今日は特に眠い」

 

 みほは少し疲れた顔をしていたが、昨日よりも落ち着いていた。

 

「みんな、昨日より動けてたと思う」

「ほんと?」

「うん。沙織さんの通信、聞き取りやすかった」

「やった!」

「五十鈴さんも、照準が早くなってた」

「ありがとうございます、西住さん」

「秋山さんの装填も安定してたし、冷泉さんの操縦も……」

 

 麻子は目を閉じたまま言った。

 

「朝以外なら動ける」

「朝も動いてほしいな……」

 

 みほが苦笑する。

 

 灯里もTOGⅡの横で、少しだけ肩を回した。

 

 疲れた。

 

 TOGⅡの車長は、とにかく先を読む必要がある。

 遅いからこそ、考えることが多い。

 

 でも、手応えはあった。

 

 すずがTOGⅡから降りて、車体を見上げる。

 

「少し、曲がるタイミングが分かってきました」

「撃つ前に、車体の向きも見ないといけませんね。砲塔だけでは追えません」

「情報が来てから拾うんじゃ遅いですね。来そうな情報を先に待つ感じです」

「装填、少し流れました」

「詰まりが減りました。次はもっと短くできます」

 

 灯里は、五人を見た。

 胸の中に、じわっと嬉しさが広がる。

 

 みんな、TOGⅡの良さが分かってきたようです。

 

 もちろん、言葉にすると少し違うかもしれない。

 

 TOGⅡの良さというより、TOGⅡの癖。

 遅さ。

 長さ。

 曲がりにくさ。

 

 そして、それでも動かす面白さ。

 

 それを、五人は少しずつ理解し始めている。

 

 灯里はTOGⅡの側面に手を触れた。

 

「良かったですね、TOGⅡ」

「戦車に話しかけてる……」

 

 すずが呟く。

 まどかは冷静に言った。

 

「でも、なんとなく分かります」

「分かるんですか?」

「今日一日動かしたら、ただの長い鉄の塊ではなくなりました」

 

 灯里は目を細めた。

 

「最高です」

 

* * *

 

 夕方の倉庫前に、桃の声が響いた。

 

「全員、集合!」

 

 ぐったりしていた生徒たちが、ゆっくりと集まる。

 

 杏は干し芋を食べながら立っている。

 柚子は資料を抱えて、少し不安そうだ。

 

 桃は胸を張った。

 

「急だが、今度の日曜日、練習試合を行うことになった!」

 

 ざわめきが起きる。

 

「日曜日!?」

「もう試合!?」

「早くない!?」

 

 沙織も驚いた。

 

「練習試合って、他の学校と?」

「そうだ」

 

 桃は力強く言った。

 

「相手は、聖グロリアーナ女学院だ!」

 

 その名前に、灯里の胸が少しだけ揺れた。

 

 聖グロリアーナ。

 通称、聖グロ。

 

 自分が元いた場所。

 赤い制服。

 紅茶の香り。

 整った隊列。

 ダージリンの微笑み。

 

 そして、自分に向けられた呼び名。

 

 ルイボス。

 

 まだ記憶は完全には戻らない。

 けれど、名前を聞くだけで、胸の奥に何かが沈むような感覚があった。

 

 周囲の生徒たちは、そこまで反応していない。

 

「聖グロ?」

「どんな学校?」

「強いの?」

 

 そこで優花里が勢いよく手を上げた。

 

「聖グロリアーナ女学院は、全国大会でも準優勝経験のある強豪校であります!」

 

 空気が変わった。

 

「準優勝!?」

「そんな学校と!?」

「無理じゃない!?」

 

 沙織も目を丸くする。

 

「え、そんな強いの!?」

 

 みほが静かに頷いた。

 

「うん。とても強い学校だよ。英国戦車を中心にした、堅実で落ち着いた戦い方をするの」

「隊長のダージリン殿は、冷静沈着で優雅な指揮をされることで有名であります!」

「そのような方々と、練習試合を……」

 

 華が少し緊張したように言う。

 杏は軽く笑った。

 

「まあ、胸を借りる感じでねー」

「胸を借りる相手としては大きすぎる気もするけど……」

 

 柚子が小さく言う。

 桃は続けた。

 

「日曜日は、朝六時に学校へ集合!」

 

 その瞬間。

 

 麻子の目が、少しだけ開いた。

 

「……六時?」

「そうだ。朝六時だ」

 

 麻子は静かに言った。

 

「やめる」

 

 沙織が振り向く。

 

「え?」

「やっぱり戦車道を辞める」

「ちょっと麻子!?」

 

 麻子は真顔だった。

 

「朝六時は、人間の活動時間ではない」

 

 灯里は心の中で思った。

 

 気持ちは分からなくもありません。

 

 しかし、言っている場合ではない。

 

 優花里が焦ったように前へ出る。

 

「冷泉殿がいなければ、あんこうチームの操縦手が……!」

「冷泉さん……」

「朝は来なくていい」

「来るんだよ!」

 

 沙織が叫んだ。

 桃は眉をひそめる。

 

「冷泉麻子、これは授業の一環だぞ!」

「朝六時は授業ではない。夜だ」

「朝だ!」

「私にとっては夜だ」

 

 沙織が麻子の肩を掴む。

 

「麻子、ちゃんと卒業しないと、おばあにも怒られるよ!」

 

 その言葉に、麻子が少し反応した。

 

「……祖母」

「そうだよ! 戦車道やれば単位も出るんだから! 遅刻のことだって、少しは何とかなるかもしれないし!」

 

 麻子は考える。

 

「単位」

「そう、単位!」

「遅刻見逃し」

「そう、それも!」

「だが朝六時は、何ともならない」

「そこは私たちが迎えに行くから!」

 

 沙織は勢いで言った。

 みほが目を瞬かせる。

 

「迎えに?」

「うん! ね、みほ、華、秋山さん!」

「お迎えに行く、ということですね」

「冷泉殿起床作戦であります!」

 

 麻子は遠い目をした。

 

「作戦にされるのか」

 

 灯里も少し考えた。

 

 朝六時。

 つまり、かなり早い。

 

 麻子を起こすには、ただ声をかけるだけでは足りないかもしれない。

 

 朝ごはん。

 匂い。

 栄養。

 食べやすさ。

 

「朝ごはんを用意するのも手かもしれません」

 

 灯里が言うと、沙織がぱっと顔を上げた。

 

「それいいかも!」

 

 麻子が灯里を見る。

 

「内容による」

「レバニラTOGドッグは」

「朝からは重い」

 

 即答だった。

 

「では、別案を考えます」

「頼む」

 

 頼まれてしまった。

 

 灯里は真剣に考える。

 

 朝用TOGドッグ。

 軽め。

 温かい。

 食べやすい。

 鉄分も少し欲しい。

 

 さつまいもミルクTOGドッグ。

 卵とほうれん草のTOGドッグ。

 あるいは、味噌汁とセット。

 

 給食部専攻に相談する価値はある。

 

 まどかがすでに聞いていたようで、静かに言った。

 

「朝食用なら、重すぎない方が良いですね」

「呼び込みじゃなくて、起こし込みですね」

「起こし込み」

 

 灯里はその言葉を繰り返した。

 

 使えるかもしれない。

 

* * *

 

 練習終了後。

 

 あんこうチームと灯里は、倉庫前の端で小さな相談をしていた。

 

 議題は二つ。

 

 聖グロリアーナ対策。

 そして、冷泉麻子を日曜日の朝六時にどう起こすか。

 

 沙織が腕を組む。

 

「とりあえず、日曜日はみんなで麻子の家に迎えに行こう」

「うん。それが一番確実かも」

「冷泉さん、起きてくださるでしょうか」

 

 華は少し心配そうに麻子を見る。

 麻子は少し離れた場所で座っていた。

 

「起きない自信はある」

「自信を持たないでください!」

「目覚まし、声かけ、朝食、複数方向からの作戦が必要であります!」

「作戦名が必要なら、考えます」

「作戦名は……なくてもいいかな」

「そうですか」

 

 少し残念だった。

 

 沙織は麻子に向かって言った。

 

「麻子、ちゃんと来ないと本当に困るんだからね!」

「朝はなぜ来るのだろう……」

「またそれ!」

 

 笑いが起きる。

 

 しかし、笑ってばかりもいられない。

 

 聖グロリアーナ女学院。

 

 全国大会準優勝経験のある強豪校。

 大洗女子学園の初めての練習試合の相手としては、あまりにも大きい。

 

 それでも、試合は決まった。

 

 みほは、少し不安そうに空を見上げる。

 

 灯里は、その横顔を見た。

 

 西住さんは、聖グロを知っている。

 強さも、戦い方も、おそらく分かっている。

 

 そして灯里自身も、聖グロを知っているはずだった。

 

 けれど、まだはっきり思い出せない。

 

 ルイボス。

 

 その名前だけが、胸の奥で静かに揺れている。

 

 灯里はTOGⅡの方を見た。

 

 長い車体。

 ダックスフンドホットドッグのエンブレム。

 

 その横で、給食部専攻の五人が朝食案について話し始めている。

 

 聖グロ対策。

 麻子起床作戦。

 いぬさんチームの練習。

 TOGⅡの位置取り。

 

 やることは山ほどある。

 

 けれど、昨日よりも少しだけ、前に進んでいる気がした。

 

 夕暮れの倉庫前に、戦車たちの影が伸びている。

 

 そしてその夜。

 

 大洗の小さな作戦会議が、静かに始まろうとしていた。

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