『TOGⅡで戦車道を……?』   作:きのこ大三元

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第11話「一週間の練習」

 練習試合までの一週間は、思っていたよりもずっと短かった。

 

 いや、正確には、一日一日が濃すぎた。

 

 朝から戦車。

 昼も戦車。

 放課後も戦車。

 

 発進、停止、旋回、後退。

 無線確認、砲塔旋回、装填手順、周囲確認。

 

 昨日まで「戦車を見つけた」「洗車した」と騒いでいた大洗女子学園の戦車道は、ようやく本当に戦車道らしくなり始めていた。

 

「Aチーム、発進します!」

 

 武部沙織の声が無線に乗る。

 少し緊張している。けれど、昨日よりずっと聞き取りやすい。

 

 Ⅳ号戦車D型が、ゆっくりと動き出した。

 

 車長席には、西住みほ。

 通信手に、武部沙織。

 砲手に、五十鈴華。

 装填手に、秋山優花里。

 操縦手に、冷泉麻子。

 

 昨日の模擬戦で、自然と決まった席。

 それぞれがまだ慣れてはいない。けれど、誰が何をするのかが決まっただけで、戦車の中の空気はかなり変わっていた。

 

「冷泉さん、次の角で少し右に」

「了解」

「五十鈴さん、正面の標的に照準を合わせて」

「はい」

「秋山さん、装填お願いします」

「了解であります!」

「沙織さん、Bチームの位置を確認して」

「了解、みほ!」

 

 戸郷灯里は、TOGⅡの車長席からそのやり取りを聞いていた。

 

 少しずつ、形になっている。

 

 みほの声は、まだ慎重だ。

 自信満々というわけではない。けれど、指示は分かりやすい。迷いながらでも、ちゃんと前を見ている。

 

 冷泉麻子の操縦は、相変わらず不思議なほど安定していた。

 沙織は無線に苦戦しながらも、声が明るい。

 華は砲手席で静かに集中し、優花里は装填しながらも必要な情報を差し込んでいる。

 

 昨日の即席チームではない。

 

 あんこうチームは、あんこうチームになり始めていた。

 

「西住さん、前より声が通っていますね」

 

 灯里が無線の外で呟くと、無線手席の呼子かなえが頷いた。

 

「はい。Aチームの無線、昨日より整理しやすいです」

「沙織さんの声は聞き取りやすいですね」

「明るいので、緊張していても拾いやすいです」

 

 かなえは手元のメモに、各チームの位置を書き込んでいる。

 その字は綺麗だった。注文表のように整理されていて、灯里にはかなり見やすい。

 

「呼子さん、無線整理に慣れてきましたね」

「注文整理より難しいですが、整理できると気持ちいいです」

「その感覚は、とても大事です」

「あと、河嶋さんの声は分かりやすいです」

「大きいからですか」

「はい」

 

 灯里は少しだけ納得した。

 大きい声は、戦場でも便利である。

 

* * *

 

 Fチーム。

 

 昨日までは、そう呼ぶのが正しかった。

 

 けれど、TOGⅡの側面には、もうダックスフンドのエンブレムが描かれている。

 パンに挟まった長い犬。

 小さな白旗。

 そして、どこか間の抜けた愛嬌。

 

 生徒会長が雑に言った名前。

 

 いぬさんチーム。

 

 まだ仮名だと思っていた。

 少なくとも、灯里はそう思おうとしていた。

 

 だが、その日の朝、杏が書類をひらひらと振った。

 

「はい、これねー」

「何ですか?」

「チーム登録」

 

 灯里は受け取った紙を見た。

 そこには、はっきり書かれていた。

 

『Fチーム 通称:いぬさんチーム』

 

 灯里はしばらく紙を見つめた。

 

「会長」

「なにー?」

「通称、と書いてあります」

「うん。正式名称はFチーム。呼び名はいぬさんチーム。大洗っぽくていいでしょ」

「いつの間に」

「昨日のうちに」

「早いですね」

「勢いは大事だからねー」

 

 灯里は無言で紙を見る。

 隣で、火野まどかが静かに言った。

 

「戸郷さん」

「はい」

「もう、ほぼ正式では」

「……そうですね」

 

 小走すずがTOGⅡを見上げる。

 

「長い犬、描いてありますし」

「呼び込みやすいですし」

 

 かなえも頷く。

 米倉ちとせは書類を覗き込んだ。

 

「私たちの名前も入っていますね」

「入っています」

 

 早見りんが少し笑った。

 

「出店手伝いから、戦車道になりましたね」

 

 灯里は五人を見た。

 

 本当にいいのか。

 

 その言葉が、喉まで出かかった。

 けれど、先にまどかが口を開いた。

 

「戸郷さん。念のため確認ですが」

「はい」

「私たち、正式に乗るということでいいんですよね」

 

 灯里は、少しだけ目を見開いた。

 

「本当に、乗ってくれるんですか?」

 

 問い返す声が、思ったより小さくなった。

 まどかは少し考えるように目を伏せ、それから答えた。

 

「出店手伝いのつもりでした。でも、途中で白旗が上がったのが少し悔しかったです」

 

 すずが続ける。

 

「あの長いの、もう少し上手く曲げたいです」

 

 かなえは無線機を手に取った。

 

「無線、注文整理より難しいですが、整理できたら気持ちよさそうです」

 

 ちとせは砲弾模型の置き場を見る。

 

「砲弾の受け渡し、改善できます」

 

 りんも頷いた。

 

「流れが詰まったのが悔しいです。厨房なら、あそこは直します」

 

 灯里は、五人の言葉を聞いて、しばらく何も言えなかった。

 

 TOGⅡは一人では動かない。

 

 地下ガレージでそう思った日から、ずっと空席だった五つの席。

 その席に、今、名前が入っている。

 

 砲手、火野まどか。

 操縦手、小走すず。

 無線手、呼子かなえ。

 装填手、米倉ちとせ。

 装填手、早見りん。

 

 そして車長、戸郷灯里。

 

 六人。

 

 ようやく、TOGⅡが戦車になった。

 

「……ありがとうございます」

 

 灯里は、深く頭を下げた。

 まどかが少しだけ慌てる。

 

「そこまでされると、こちらも困ります」

「感謝は大事です」

「それは分かりますが」

 

 すずが小さく笑う。

 

「じゃあ、今日から正式にいぬさんチームですね」

「正式名称はFチームです」

「通称、いぬさんチーム」

「……はい」

 

 灯里は少しだけ観念したように頷いた。

 

「いぬさんチーム、練習を始めます」

 

 五人が、それぞれ返事をした。

 

「はい」

「了解です」

「無線、準備します」

「砲弾位置、確認します」

「流れ、作ります」

 

 TOGⅡの車内に、初めて正式な六人分の声が揃った。

 

* * *

 

 TOGⅡの練習課題は、はっきりしていた。

 

 速くなることではない。

 

 それは無理だ。

 

 無理なものは無理である。

 

「TOGⅡは速くなりません」

 

 灯里は、車内で真顔で言った。

 

「はい」

 

 五人はもう驚かなかった。

 

「だから、先にいる必要があります」

 

 まどかが照準器を覗きながら頷く。

 

「来る場所で待つ、ということですね」

「はい」

 

 すずが操縦席から地図を見る。

 

「先に動く。先に曲がる。先に止まる」

「その通りです」

「遅いから、早めに全部やるんですね」

「完璧です」

 

 かなえがメモを取る。

 

「Fチーム方針。速くなるのではなく、先にいる」

「良いまとめです」

 

 ちとせが砲弾の受け渡し位置を確認する。

 

「装填も、先に準備ですね」

「はい。ただし安全確認は省略しません」

 

 りんが手順表を見ながら頷いた。

 

「流れ作業ですが、雑にはしません」

 

 練習が始まる。

 

 TOGⅡは、今日も遅い。

 それは変わらない。

 

 けれど、昨日とは違う。

 

 すずが、曲がる前にすでに減速と角度を作り始める。

 かなえが無線で先に情報を拾う。

 まどかが砲撃で道を塞ぐ考え方を理解し始める。

 ちとせとりんの装填動作も、少しずつ流れてきた。

 

「小走さん、次の目印で左です」

「了解です」

 

 灯里は、すずの左肩を足で軽く押す。

 すずがそれに合わせて操作する。

 

 TOGⅡの長い車体が、ゆっくり、しかし昨日よりも少しだけ滑らかに向きを変えた。

 

「……良いです」

 

 灯里は思わず呟いた。

 

「良いんですか?」

「はい。今の曲がり方、とてもTOGⅡらしいです」

「褒め言葉が独特ですね」

「最高の褒め言葉です」

 

 車内に、少しだけ笑いが起きた。

 

 まどかが照準を合わせる。

 

「目標、前方の停止標識」

「撃ってください」

「発射」

 

 砲声。

 

 砲弾は標的のすぐ手前に着弾し、土煙を上げた。

 命中ではない。

 だが、標的周辺を通る想定車両なら、動きを止めざるを得ない位置だった。

 

「命中ではありません」

 

 まどかが静かに言う。

 

「でも、相手を止めるには十分です」

 

 灯里は頷いた。

 

「TOGⅡの砲撃は、当てるためだけではありません。相手を止めるためにも撃ちます」

「料理でいうと、火を通すというより、足を止める匂いですね」

 

 りんが言う。

 

「例えが急にお腹に来ますね」

 

 かなえが笑った。

 ちとせは次弾を準備する。

 

「次、渡します」

「受けます」

 

 ちとせが力で支え、りんが手際で流す。

 昨日より、明らかに動きが短くなっている。

 

「装填完了」

 

 りんの声も、昨日より早い。

 

 灯里は、TOGⅡの車内に流れ始めたリズムを感じていた。

 

 厨房の手際が、少しずつ戦車の手順へ変わっていく。

 

 それは、灯里が想像していたよりずっと自然だった。

 

* * *

 

 他のチームも、それぞれ苦戦していた。

 

 Bチームの八九式は、今日も根性だった。

 

「根性で前進!」

「根性で停止!」

「根性で旋回!」

 

 停止位置を少し過ぎてから止まる。

 それでも、昨日よりはましだった。

 

「昨日より止まれていますね」

 

 灯里が言うと、かなえが無線を拾った。

 

「Bチーム、根性の成果あり、だそうです」

「それは公式報告ですか」

「磯辺さんの発言です」

「では、記録しておきましょう」

 

 CチームのIII号突撃砲は、なぜか練習中も作戦名が長い。

 

「これは包囲戦である!」

「いや、ここは一撃離脱の構え!」

「突撃砲に必要なのは、静と動!」

 

 まどかが静かに言う。

 

「動きより言葉が多いですね」

「でも、位置取りは少し良くなっています」

 

 灯里は地図を見ながら答える。

 

 DチームのM3リーは、一年生たちが慌てながらも、少しずつ役割を覚えていた。

 

「砲がいっぱいある!」

「どっち向けばいいの!?」

「まず前!」

「前ってどっち!?」

 

 かなえが無線を聞いて、少しだけ目を細める。

 

「Dチーム、混乱中。ただし昨日より声は出ています」

「声が出るのは良いことです」

 

 Eチームの38(t)は、生徒会の色が強かった。

 

「桃ちゃん、そこ右ー」

「会長、今は私が指揮を!」

「でも右だよー」

「右です、桃ちゃん!」

「分かっている!」

 

 杏の軽い声、柚子の必死な補佐、桃の大きな声。

 あのチームも、あのチームで成立していた。

 

 大洗らしい。

 

 灯里は、改めて思う。

 

 どのチームも、まだ弱い。

 まだ危なっかしい。

 けれど、昨日より動いている。

 

 そして、昨日より自分たちの戦車に馴染んでいる。

 

* * *

 

 昼休みを挟んで、午後は合同練習になった。

 

 みほが全体の前に立つ。

 まだ少し緊張している。けれど、逃げるような目ではなかった。

 

「今日は、各車の間隔と、合図の確認をします」

 

 沙織が横で無線機を持つ。

 

「えっと、各チーム聞こえますかー?」

 

『Bチーム、聞こえます!』

『Cチーム、受信した!』

『Dチーム、聞こえます!』

『Eチーム、聞こえてるよー』

『Fチーム、聞こえています』

 

 かなえがFチームの無線で答える。

 みほは少しだけ息を吸った。

 

「最初は、Aチームを基準に一列で進みます。そのあと、私の合図で左右に展開してください」

「みほ、展開って言葉かっこいいね」

「沙織さん」

「ごめん、ちゃんとやる」

 

 少しだけ笑いが起きた。

 それで、みほの肩の力も少し抜ける。

 

 各車が動き始めた。

 AチームのⅣ号を先頭に、八九式、III号突撃砲、M3リー、38(t)、TOGⅡが続く。

 

 当然、TOGⅡは最後尾だ。

 というより、最後尾にしかいられない。

 

「Fチーム、距離が開いています」

 

 かなえが報告する。

 

「想定内です」

 

 灯里は答える。

 

「TOGⅡは、隊列の最後尾で圧を出します」

「圧、出ています」

「見た目は強いです」

 

 すずとまどかが言い、灯里は少し満足した。

 

 だが、隊列が曲がり角に差しかかった瞬間、問題が出た。

 

「Fチーム、曲がります」

「前のEチームとの距離、詰まっています」

「止まりますか?」

「止まります」

 

 TOGⅡが停止する。

 後ろにいた自動車部の見学組が、少しざわついた。

 

「長いなー」

「曲がるだけでイベントだね」

 

 灯里は聞こえないふりをした。

 

「小走さん、もう少し大きく取ります」

「了解です」

 

 すずが慎重に操作する。

 TOGⅡはゆっくりと角度を変え、少し遅れて隊列に戻った。

 

 みほの無線が入る。

 

『Fチーム、大丈夫ですか?』

「大丈夫です。TOGⅡは、少し大きく曲がっただけです」

『分かりました。次の展開では、Fチームは先に移動してください』

 

 灯里は一瞬、目を細めた。

 

 みほがTOGⅡの遅さを計算に入れた。

 

 それだけで、かなり大きい。

 

「了解しました。Fチーム、先行します」

 

 すずが驚く。

 

「先行するんですか?」

「はい。TOGⅡは速くなりません。だから、先にいる必要があります」

「今日の合言葉ですね」

「はい」

 

 TOGⅡは、隊列より少し早めに動き出した。

 それでも、最終的にはちょうどよかった。

 

 Aチームが展開する頃には、Fチームはすでに指定位置へ入っていた。

 長い車体が、道を塞ぐ。

 

 灯里は車長席で小さく頷いた。

 

「これです」

 

 速く走るのではない。

 

 先にいて、待つ。

 

 TOGⅡの戦い方が、少しだけ見え始めていた。

 

* * *

 

 一週間は、そうやって過ぎていった。

 

 毎日、どこかで誰かが失敗した。

 

 八九式は止まりきれずに停止線を越えた。

 III号突撃砲は待ち伏せ位置を間違えた。

 M3リーは砲塔と車体砲の向きで混乱した。

 38(t)は生徒会の声が三方向から飛んで迷った。

 Ⅳ号は、みほが迷いすぎて一瞬指示が遅れた。

 

 TOGⅡは、曲がり角で詰まった。

 

 何度も。

 

 しかし、そのたびに少しずつ直した。

 

 Bチームは根性に、周囲確認を足した。

 Cチームは作戦名に、実際の位置取りを足した。

 Dチームは混乱に、声かけを足した。

 Eチームは勢いに、柚子の確認を足した。

 Aチームは迷いに、沙織の明るい無線を足した。

 

 そして、いぬさんチームは。

 

 遅さに、先読みを足した。

 

 長さに、役割を足した。

 

 撃たれる弱点に、止まる位置を足した。

 

「Fチーム、指定位置到着」

 

 かなえの声が、無線に乗る。

 少し落ち着いた声だった。

 

「まどかさん、前方標的」

「照準、合わせています」

「ちとせさん、りんさん、装填」

「準備できています」

「装填完了」

「小走さん、停止位置そのまま」

「了解です」

 

 灯里は、前方を見る。

 

 TOGⅡは、狭い道の奥で止まっていた。

 長い車体が、通路の選択肢を減らしている。

 

 逃げられない場所ではない。

 

 逃げなくていい場所を、選んでいる。

 

「撃ってください」

 

 まどかが引き金を引く。

 

 砲声。

 

 標的の横に土煙が上がる。

 当たってはいない。

 

 けれど、標的の前進を想定するなら、その一発は十分に足を止める。

 

「命中ではありません」

「でも、止めました」

 

 まどかは、少しだけ口元を緩めた。

 

「はい」

 

 灯里は頷いた。

 

「良い砲撃です」

 

 車内に、小さな達成感が広がった。

 

* * *

 

 夕方。

 

 一週間の最終日、全員が倉庫前に集められた。

 

 戦車たちは、最初に見つかった時とは見違えるようになっていた。

 まだ粗い。

 まだ未熟。

 けれど、動いている。

 

 みほは、全員の前で少しだけ緊張した顔をしていた。

 その横に、灯里が立つ。

 

 総隊長は、みほ。

 灯里は、その隣で支える補佐。

 

 そこは間違えてはいけない。

 

 桃が前に出た。

 

「諸君。一週間の訓練、ご苦労だった」

 

 杏が横で干し芋をかじっている。

 

「みんな、だいぶ動けるようになったねー」

 

 柚子も資料を見ながら微笑んだ。

 

「最初に比べると、本当に良くなったと思います」

 

 沙織が小声で言う。

 

「褒められてる?」

「たぶん」

 

 麻子は眠そうに答える。

 優花里は胸を張った。

 

「大洗戦車道、前進であります!」

 

 その言葉に、少しだけ笑いが起きる。

 桃が咳払いをした。

 

「そして、急ではあるが、今度の日曜日に練習試合を行う」

 

 空気が変わった。

 ざわめきが広がる。

 

「練習試合?」

「もう?」

「相手、どこ?」

 

 優花里が目を輝かせた。

 

「練習試合でありますか!」

 

 桃は大きく頷く。

 

「そうだ。相手は――聖グロリアーナ女学院」

 

 その名前に、灯里の胸が少しだけ揺れた。

 

 聖グロリアーナ。

 

 通称、聖グロ。

 自分が元いた場所。

 

 赤い制服。

 紅茶の香り。

 整った隊列。

 ダージリンの微笑み。

 

 そして、自分に向けられた呼び名。

 

 ルイボス。

 

 まだ記憶は完全には戻らない。

 けれど、名前を聞くだけで、胸の奥に何かが沈むような感覚があった。

 

 周囲の生徒たちは、そこまで反応していない。

 

「聖グロ?」

「どんな学校?」

「強いの?」

 

 そこで優花里が勢いよく手を上げた。

 

「聖グロリアーナ女学院は、全国大会でも準優勝経験のある強豪校であります! 英国戦車を中心にした優雅で堅実な戦い方、統率の取れた隊列、そして隊長のダージリン殿は、冷静沈着で優雅な指揮をされることで有名で――」

「ゆかりん、ちょっと待って。つまり、すごく強いってこと?」

「はい! とても強いであります!」

 

 沙織の顔が引きつった。

 

「え、そんな強いところといきなりやるの?」

 

 華も少し緊張したように言う。

 

「胸をお借りするにしても、大きな相手ですね」

 

 杏は軽く笑った。

 

「まあ、せっかくなら強いところとやった方が勉強になるでしょ」

「勉強がいきなり難しすぎませんか」

 

 かなえが小声で言い、まどかも頷いた。

 

 みほは、聖グロリアーナの名前を聞いて、静かに表情を引き締めていた。

 

 知っている。

 

 みほは聖グロを知っている。

 強さも、隊列も、ダージリンの戦い方も、きっと分かっている。

 

 そして灯里自身も、知っているはずだった。

 

 けれど、まだ霧の向こうだ。

 

 桃はさらに続けた。

 

「日曜日は、朝六時に学校へ集合!」

 

 その瞬間。

 

 麻子の目が、少しだけ開いた。

 

「……六時?」

「そうだ。朝六時だ」

 

 麻子は静かに言った。

 

「やめる」

 

 沙織が振り向く。

 

「え?」

「やっぱり戦車道を辞める」

「ちょっと麻子!」

 

 麻子は真顔だった。

 

「朝六時は、人間の活動時間ではない」

 

 灯里は心の中で思った。

 

 気持ちは分からなくもありません。

 

 しかし、言っている場合ではない。

 

 優花里が焦ったように前へ出る。

 

「冷泉殿がいなければ、あんこうチームの操縦手が……!」

「冷泉さん……」

「朝は来なくていい」

「来るんだよ!」

 

 沙織が叫んだ。

 桃は眉をひそめる。

 

「冷泉麻子、これは授業の一環だぞ!」

「朝六時は授業ではない。夜だ」

「朝だ!」

「私にとっては夜だ」

 

 沙織が麻子の肩を掴む。

 

「麻子、ちゃんと卒業しないと、おばあにも怒られるよ!」

 

 その言葉に、麻子が少し反応した。

 

「……祖母」

「そうだよ! 戦車道やれば単位も出るんだから! 遅刻のことだって、少しは何とかなるかもしれないし!」

 

 麻子は考える。

 

「単位」

「そう、単位!」

「遅刻見逃し」

「それはまだ確定じゃないけど!」

「……朝食」

「え?」

「朝食があるなら、少し考える」

 

 沙織は一瞬固まった。

 それから、力強く頷いた。

 

「分かった。朝ごはん作る!」

「沙織さんが?」

 

 みほが驚く。

 

「うん。私たちで迎えに行って、朝ごはんも持っていけばいいんだよ」

「そこまでしないと来ないのか」

 

 桃が呆れたように言う。

 麻子は真顔で答えた。

 

「朝六時だからな」

「理由になっているようで、なっていない!」

 

 杏が楽しそうに笑った。

 

「いいじゃん。あんこうチーム、朝からチームワークだねー」

「朝から大変です……」

 

 柚子は苦笑していた。

 みほは少し困ったように笑い、それから沙織を見る。

 

「じゃあ、日曜日はみんなで冷泉さんを迎えに行こう」

「うん!」

「起床作戦でありますね!」

「朝は敵だ」

「麻子が言うと説得力があるような、ないような……」

 

 沙織が頭を抱えた。

 

* * *

 

 解散後、倉庫前には少しだけ生徒が残っていた。

 

 空は夕焼けに染まり始めている。

 戦車たちの影が、長く伸びていた。

 

 灯里は、TOGⅡの前に立っていた。

 長い車体。

 ダックスフンドホットドッグのエンブレム。

 

 その横で、いぬさんチームの五人が朝食案について話し始めている。

 

「聖グロ戦の日、朝食どうします?」

「朝六時集合なら、準備は前日ですね」

「軽く食べられるものがいいです」

「TOGドッグは朝には重いですか?」

「小さめならいけます」

 

 戦車道の話なのに、いつの間にか朝食の話になる。

 

 大洗らしい。

 

 灯里は少しだけ笑った。

 そこへ、みほが近づいてくる。

 

「戸郷さん」

「はい」

「聖グロリアーナ……戸郷さんのいた学校、だよね」

 

 灯里は少しだけ黙った。

 完全には思い出せない。

 けれど、否定はできない。

 

「はい。たぶん、そうです」

「たぶん?」

「記憶が、少し曖昧で」

 

 みほは驚いたように目を丸くする。

 灯里は、TOGⅡの側面に触れた。

 

「でも、名前を聞くと、胸の奥が少しざわつきます。聖グロリアーナ。ダージリンさん。ルイボス。全部、知っている気がします」

 

 みほは静かに聞いていた。

 

「怖い?」

 

 その問いに、灯里はすぐには答えなかった。

 

 怖い。

 

 たぶん、少し。

 でも、それだけではない。

 

「分かりません。ただ……会ってみたいとは思います」

 

 灯里は、みほを見る。

 

「西住さんは、聖グロリアーナを知っていますよね」

「うん。強い学校だよ」

 

 みほの声は落ち着いていた。

 

「とても整っていて、落ち着いていて、隙が少ない。ダージリンさんは、相手の動きをよく見てくる人」

「やはり、強敵ですね」

「うん」

 

 みほは少しだけ目を伏せる。

 

「でも、今の大洗なら、きっと何かできると思う」

 

 灯里は、その言葉を聞いて少し驚いた。

 昨日までなら、みほはそこまで言わなかったかもしれない。

 

 今の大洗なら。

 

 その言葉が、灯里には嬉しかった。

 

「私も、補佐します」

「ありがとう」

「ただし、TOGⅡは遅いので、早めに配置してください」

 

 みほは小さく笑った。

 

「うん。そこは覚えた」

「重要です」

「すごく重要だね」

 

 二人は、少しだけ並んでTOGⅡを見上げた。

 

 聖グロ対策。

 麻子起床作戦。

 いぬさんチームの練習。

 TOGⅡの位置取り。

 

 やることは山ほどある。

 けれど、昨日よりも少しだけ、前に進んでいる気がした。

 

 夕暮れの倉庫前に、戦車たちの影が伸びている。

 

 そしてその夜。

 

 大洗の小さな作戦会議が、静かに始まろうとしていた。

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