投稿する側になるとこんなに心強いものだとは思いませんでした…
引き続きより楽しめる作品に出来るように頑張ります、よろしくお願いします。
放課後の生徒会室には、いつもより少しだけ重い空気が漂っていた。
机の上には、何枚もの資料が並べられている。
地図、戦車の簡易スペック表、聖グロリアーナ女学院の過去成績、想定される車両編成、そして大洗女子学園の現有戦力一覧。
集められたのは、各チームの代表と生徒会だった。
Aチームから、西住みほ。
Bチームから、磯辺典子。
Cチームから、エルヴィン。
Dチームから、澤梓。
Fチーム、通称いぬさんチームから、戸郷灯里。
Eチームは生徒会なので、角谷杏、小山柚子、河嶋桃がそのまま主催側に回っている。さらに、資料補助という名目で秋山優花里も同席していた。
「これより、聖グロリアーナ女学院との練習試合に向けた作戦会議を始める!」
桃が、いつも以上に張り切った声で宣言した。
杏は机の端で干し芋を食べている。柚子は全員に資料を配りながら、不安そうに苦笑していた。
「急な話でごめんね。でも、相手が相手だから、ちゃんと確認しておかないと」
灯里は配られた資料を受け取った。
表紙には、大きくこう書かれている。
――聖グロリアーナ女学院。
その文字を見た瞬間、胸の奥がかすかにざわめいた。
赤い制服。
紅茶の香り。
きちんと整った隊列。
優雅な言葉遣い。
そして、誰かが自分を呼ぶ声。
ルイボス。
灯里は、資料の端を少しだけ強く握った。
まだ、はっきりとは思い出せない。
けれど、この学校の名前は、確かに自分の中に何かを残している。
「相手は聖グロリアーナ女学院。全国大会準優勝経験もある、戦車道の強豪校だ」
桃が資料を指し示しながら説明を始める。
「英国戦車を中心とした編成で、堅実な隊列運用と、強固な装甲を活かした前進を得意としている」
優花里が小さく頷いた。
「特にチャーチル歩兵戦車とマチルダⅡ歩兵戦車は、正面装甲が非常に厚いことで知られております。大洗の現有戦力で正面から撃ち抜くのは、かなり難しいであります」
磯辺が腕を組む。
「つまり、根性で撃っても駄目ってこと?」
「根性は大事ですが、装甲厚には限界があります」
優花里が真面目に答える。
磯辺は悔しそうに唸った。
「根性にも限界が……」
「そこは受け入れましょう」
灯里が静かに言うと、磯辺は少しだけ肩を落とした。
エルヴィンは資料を見ながら目を輝かせている。
「英国戦車か……重厚な進軍、堅牢な装甲、優雅なる隊列。実に歴史を感じる相手だ」
「歴史を感じている場合ではない。撃破方法を考えろ」
桃がすぐに突っ込む。
澤は資料を両手で持ちながら、不安そうにみほを見た。
「あの、私たちのM3リーで戦えるんでしょうか」
みほは少し考えてから答える。
「正面から無理に撃ち合うと厳しいと思う。でも、側面を取れれば可能性はあるよ」
「側面……」
「ただ、聖グロは隊列が崩れにくいから、簡単には横を取らせてくれないと思う」
その声は静かだった。
けれど、全員が自然と耳を傾けた。
みほはまだ、自分が全体を率いることに慣れていない。それでも、戦車の話になると、言葉の中に確かな重みがある。
灯里はそれを見て、少しだけ安心した。
やはり、この場で中心になるべきなのは西住さんだ。
* * *
桃が地図を広げた。
「試合会場は、郊外から市街地へ繋がる練習場を使用する予定だ。開けた場所もあるが、後半は街並みに入る」
「市街地があるんですね」
みほが地図を覗き込む。
「はい。建物の間を使えば、大洗側にもチャンスはあります」
「むしろ、そこまでどうやって持ち込むかが問題ですね」
灯里が言うと、みほは頷いた。
「うん。開けた場所で正面からぶつかると、たぶん押し切られる」
優花里が資料をめくる。
「聖グロリアーナは、隊列を崩さずにじわじわ押してくるのが得意であります。特に隊長のダージリン殿は、相手の焦りを誘うのが上手い方かと」
灯里の胸がまた少しざわめいた。
ダージリン。
その名を聞くと、紅茶の湯気の向こうで微笑む誰かの姿が浮かぶ。
でも、輪郭はまだぼやけている。
「戸郷」
桃の声に、灯里は顔を上げた。
「お前は元聖グロリアーナだったな。何か分かることはないのか?」
部屋の視線が、一斉に灯里へ向いた。
みほも、少し心配そうにこちらを見る。
灯里は、資料を見下ろした。
「……すみません。まだ、全部は思い出せません」
部屋が少し静かになる。
「ただ」
灯里は続けた。
「聖グロの隊列は、たぶん崩れません。こちらが少し当てたくらいでは、慌てない。追い詰められても、無理に走らない。むしろ、こちらが焦って撃ち急ぐのを待つと思います」
優花里が真剣な顔で頷く。
「確かに、聖グロらしい戦い方であります」
「そして、紅茶を飲みます」
灯里が言うと、磯辺が首を傾げた。
「紅茶?」
「はい。紅茶です」
「それは作戦に関係あるの?」
「士気に関係します」
桃が眉を寄せる。
「今は真面目な会議だぞ」
「真面目です」
「本当か?」
「英国戦車と紅茶は切り離せません」
優花里も力強く頷いた。
「その通りであります!」
「秋山まで……」
杏が楽しそうに笑う。
「まあまあ。聖グロは優雅ってことだよね」
「はい。優雅で、落ち着いていて、崩れにくいです」
灯里は、少しだけ表情を引き締める。
「だから、大洗は相手と同じ土俵で戦わない方がいいと思います」
みほが灯里を見る。
「同じ土俵で戦わない」
「はい。聖グロは整った隊列で前に出るのが強い。なら、こちらはその隊列を乱す。視界を切る。誘導する。地形を使う。無理に正面から倒そうとしない」
「……うん」
みほは地図に目を落とした。
「市街地まで引き込めれば、建物を使って分散できるかも」
「はい。TOGⅡは市街地の入口か、退路の最後尾で使えます」
「戸郷さんのTOGⅡは、逃げる時は大変じゃない?」
「大変です」
灯里は即答した。
「だから、最初から逃げる場所に置いてください」
澤が目を丸くする。
「最初から逃げる場所に?」
「はい。TOGⅡは速くなりません。だから、先にいる必要があります」
まどかたちがいたら頷いていただろう。
ここにはいないが、灯里の中ではもう、いぬさんチームの合言葉になっている。
「先にいて、道を塞ぐ。味方が抜ける時間を作る。撃破を狙うより、敵の足を止める。TOGⅡはそういう使い方が向いています」
桃が腕を組む。
「つまり、お前は盾役か」
「はい」
「長い盾だな」
「最高の表現です」
「褒めてはいない」
「長いので」
桃は少し頭を抱えた。
杏は笑っている。
* * *
会議が進むにつれて、作戦の骨組みが見えてきた。
正面決戦は避ける。
聖グロの隊列をそのまま受け止めない。
市街地へ誘導する。
建物、路地、曲がり角を使って、相手の重装甲と隊列を分断する。
大洗の戦車は弱い。
数も少ない。
練度も低い。
だが、それぞれできることはある。
みほは地図上に駒を置いていく。
「Bチームは、動きながら相手の注意を引いてください」
「根性で引きつける!」
「ただし、真正面に長くいすぎないでください」
「根性で避ける!」
「避ける方を重視してください」
磯辺が真剣に頷く。
みほは次にエルヴィンを見る。
「Cチームは、待ち伏せ向きです。三突は車高が低いので、建物や地形を使って隠れられます」
「奇襲か。実に良い」
「ただ、撃ったあとの移動も考えてください」
「撤退戦もまた歴史の一幕……」
「ちゃんと逃げてください」
灯里が補足すると、エルヴィンは少しだけ気まずそうに頷いた。
みほは澤を見る。
「Dチームは、無理に前に出すぎないで。M3リーは砲が多い分、混乱しやすいけど、正面を向ければ圧はあります」
「は、はい!」
「困ったら止まって、周囲確認。焦って突っ込まないこと」
「分かりました!」
澤は緊張しながらも、しっかり返事をした。
桃が腕を組む。
「Eチームはどうする?」
みほは少し迷ってから答える。
「38(t)は軽いので、連絡役と誘導役ができると思います」
「つまり、我々が重要な役目ということだな!」
「はい。ただし、無理に撃破を狙わず、味方の位置を知らせてください」
「撃破を狙わないのか?」
「河嶋さん」
灯里が静かに言った。
「近づけば当たるかもしれませんが、近づく前に撃たれる可能性があります」
「またそれを言うか!」
「大事なことです」
杏が笑う。
「桃ちゃん、まずは連絡役ね」
「会長がそう仰るなら……」
柚子はほっとした顔をした。
最後に、みほは灯里を見る。
「Fチームは……」
「最後尾、または市街地入口の封鎖。撤退支援。牽制射撃。必要なら、道を塞ぎます」
灯里は、自分で言い切った。
「TOGⅡは追いつけません。なので、追う役ではなく、来る場所で待つ役です」
「うん。分かった」
みほは地図上の市街地入口に、長い駒を置いた。
実際には、普通の駒を横に倒しただけだった。
灯里は少し感動した。
「西住さん」
「なに?」
「TOGⅡの長さを表現してくれてありがとうございます」
「え、あ……うん」
みほは少し困ったように笑った。
桃が呆れたように言う。
「そこに感動するのか」
「大事です」
* * *
作戦の骨組みが固まりかけたところで、桃が満足そうに頷いた。
「よし。では作戦名は――」
全員が桃を見る。
「聖グロ撃滅作戦だ!」
沈黙。
杏が干し芋をかじる。
「却下」
「会長!?」
柚子も苦笑する。
「ちょっと強すぎるかな……」
みほが困ったように言った。
「あの、まずは偵察して、相手の動きを見てから誘導する形にしたいので……」
「では、西住、作戦名を言え」
「え?」
桃が急に振った。
みほは明らかに困った。
「えっと……こっそり近づいて、相手を誘導するので……」
少し考える。
「こそこそ作戦、でしょうか」
また沈黙。
今度は、杏がにこっと笑った。
「いいじゃん」
「いいのですか!?」
桃が叫ぶ。
「分かりやすいし」
「かわいいですね」
柚子も頷いた。
磯辺は拳を握る。
「こそこそにも根性!」
「こそこそと根性は相性が良いのでしょうか」
灯里は思わず呟いた。
エルヴィンはうむ、と頷く。
「隠密行動か。歴史にも通じるものがある」
澤は少しほっとしたように笑った。
「こそこそなら、私たちでもできるかも……」
灯里は地図を見た。
「良い作戦名だと思います」
みほが驚いたように灯里を見る。
「本当?」
「はい。大洗らしいです」
「大洗らしい……」
「はい。正面から堂々と、ではなく、まずはこそこそ。今の私たちには合っています」
桃はまだ納得しきれていない顔だった。
「もっと勇ましい名前でもいいと思うが……」
「では、TOGⅡ側では“長くこそこそ作戦”と呼びます」
「勝手に伸ばすな!」
「TOGⅡですので」
杏が机を叩いて笑った。
「それいいねー」
「会長!」
少しだけ、部屋の空気が軽くなった。
聖グロリアーナ。
強豪校。
準優勝経験。
マチルダⅡの厚い装甲。
ダージリンの冷静な指揮。
その重さは変わらない。
けれど、大洗は大洗のまま戦う。
そのことだけは、少し見えた気がした。
* * *
作戦会議が終盤に入った頃、杏がぽつりと言った。
「まあ、負けたらあんこう踊りだからねー」
部屋が凍った。
「……あんこう、踊り?」
磯辺が聞く。
桃がなぜか胸を張った。
「大洗女子学園伝統の罰ゲームだ」
「伝統なのですか」
灯里が静かに言う。
「そうだ。負けた場合は、あんこう踊りを踊ってもらう」
「えっ、私たちもですか!?」
澤が青ざめる。
エルヴィンは少し考え込んだ。
「あんこう踊り……どの時代の舞踏に分類されるのだろう」
「分類しなくていいです」
灯里はすぐに言った。
杏は軽く手を振る。
「みんな頑張ってねー」
「会長、軽いです!」
柚子が慌てる。
桃は資料を叩いた。
「つまり、この作戦会議は大洗の名誉と諸君の尊厳がかかった重要会議なのだ!」
「尊厳までかかっていたのですね」
灯里は真顔で言う。
みほは困ったように笑いながらも、少しだけ背筋を伸ばした。
「……勝てるかは分かりません。でも、最後までやってみます」
その声に、部屋が少し静かになった。
勝てる、と言い切ったわけではない。
けれど、逃げるとは言わなかった。
それで十分だった。
灯里は、みほの横で静かに頷く。
「私も補佐します」
「戸郷さん」
「過去より、今の試合を優先します」
みほは少し驚いたように目を開いた。
灯里は資料を持ち直す。
「ただ、聖グロは強いです。正面からぶつかると、こちらが先に崩れます」
「うん。分かってる」
「だから、西住さんが気づいたことは、言ってください。私も気づいたことは言います」
「うん。お願い」
みほは少しだけ背筋を伸ばした。
隊長。
その言葉はまだ重い。
けれど、彼女は逃げなかった。
灯里は、その横顔を見て思った。
西住さんは、やはり車長だ。
自分は、その隣で支えればいい。
* * *
会議が終わる頃には、窓の外はすっかり暗くなっていた。
作戦は決まった。
隊長は西住みほ。
補佐は戸郷灯里。
聖グロリアーナ女学院を相手に、正面決戦は避ける。
まず偵察。
必要なら誘導。
市街地へ引き込む。
そして、各チームが地形を使って粘る。
作戦名は、こそこそ作戦。
桃は最後まで少し不満そうだったが、杏が採用したので決定となった。
参加者たちが資料を抱えて生徒会室を出ていく。
廊下には、夜の学園艦の静けさが広がっていた。
みほと灯里は、少しだけ遅れて廊下に出た。
「戸郷さん」
「はい」
「大丈夫?」
灯里は一瞬、何を聞かれたのか分からなかった。
みほは、少し遠慮がちに続ける。
「聖グロリアーナのこと。さっき、少しつらそうに見えたから」
灯里は、自分の胸元に手を当てる。
赤い制服。
紅茶。
整った隊列。
ルイボス。
霧の向こうにある記憶。
「はい。まだ全部は思い出せません。でも、今は西住さんの補佐です」
「私の……」
「過去より、今の試合を優先します」
みほは少し驚いたように目を開いた。
それから、静かに微笑む。
「ありがとう、戸郷さん」
「いえ」
灯里は少しだけ考えてから、付け加えた。
「ただ、もし試合中に私が何か思い出したら、その時は共有します」
「うん」
「TOGⅡの話が長くなったら止めてください」
「それは……沙織さんに頼んだ方がいいかも」
「確かに」
二人は少しだけ笑った。
重かった空気が、ほんの少しだけ和らぐ。
だが、やることはまだ残っている。
聖グロ対策。
TOGⅡの配置。
各チームの動き。
そして。
「……日曜日、朝六時ですね」
灯里が言うと、みほの表情が少し固まった。
「うん」
「冷泉さん」
「うん」
二人は、同時に沈黙した。
全国大会準優勝経験を持つ強豪校。
マチルダⅡの厚い装甲。
ダージリンの冷静な指揮。
灯里の中に眠る聖グロ時代の記憶。
考えなければならないことは山ほどある。
けれど、その前に。
もっと身近で、もっと切実な問題が残っていた。
日曜日、朝六時。
冷泉麻子を、どうやって起こすか。
それが、大洗女子学園最初の作戦だった。