『TOGⅡで戦車道を……?』   作:きのこ大三元

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最近モチベが高いので、連日の更新中です。
夕方にも12話の投稿を予定しています。
お気に入り、感想、評価もありがとうございます!!
投稿する側になるとこんなに心強いものだとは思いませんでした…
引き続きより楽しめる作品に出来るように頑張ります、よろしくお願いします。



第11.5話「聖グロリアーナ対策会議」

 放課後の生徒会室には、いつもより少しだけ重い空気が漂っていた。

 

 机の上には、何枚もの資料が並べられている。

 

 地図。

 戦車の簡易スペック表。

 聖グロリアーナ女学院の過去成績。

 想定される車両編成。

 

 そして、大洗女子学園の現有戦力一覧。

 集められたのは、各チームの車長と生徒会だった。

 

 Aチームからは、西住みほ。

 Bチームから、磯辺典子。

 Cチームから、エルヴィン。

 Dチームから、澤梓。

 Fチームから、戸郷灯里。

 

 生徒会側は、角谷杏、小山柚子、河嶋桃。

 

 そして、資料補助という名目で秋山優花里も同席していた。

 

「これより、聖グロリアーナ女学院との練習試合に向けた作戦会議を始める!」

 

 桃が、いつも以上に張り切った声で宣言した。

 杏は机の端で干し芋を食べている。柚子は全員に資料を配りながら、不安そうに苦笑していた。

 

「急な話でごめんね。でも、相手が相手だから、ちゃんと確認しておかないと」

 

 灯里は配られた資料を受け取った。

 

 表紙には、大きくこう書かれている。

 

 ――聖グロリアーナ女学院。

 

 その文字を見た瞬間、胸の奥がかすかにざわめいた。

 

 赤い制服。

 紅茶の香り。

 きちんと整った隊列。

 優雅な言葉遣い。

 

 そして、誰かが自分を呼ぶ声。

 

 ルイボス。

 

 灯里は、資料の端を少しだけ強く握った。

 

 まだ、はっきりとは思い出せない。

 けれど、この学校の名前は、確かに自分の中に何かを残している。

 

「相手は聖グロリアーナ女学院。全国大会準優勝経験もある、戦車道の強豪校だ」

 

 桃が資料を指し示しながら説明を始める。

 

「英国戦車を中心とした編成で、堅実な隊列運用と、強固な装甲を活かした前進を得意としている」

 

 優花里が小さく頷いた。

 

「聖グロリアーナは、派手な奇襲よりも、安定した連携と防御力を活かしてじわじわ戦線を押し上げる戦い方が特徴であります」

「特に主力となるマチルダII歩兵戦車は、非常に装甲が厚い」

 

 資料の一枚に、マチルダIIの簡易図が載っていた。

 

 丸みを帯びた車体。

 厚い装甲。

 歩兵戦車らしい重厚な姿。

 

 灯里はそれを見て、内心で頷いた。

 

 硬い。

 

 ゲームでも、あれは硬い。

 低いティア帯で出会うと、正面からではなかなか抜けない。足は速くないが、正面を向けられると非常に面倒な相手。

 

 桃が資料を叩く。

 

「我々の主砲では、このマチルダIIを正面から撃破するのは難しい。距離や角度にもよるが、基本的には百メートル以内でなければ有効打は期待できない」

 

 澤梓が不安そうに手を上げた。

 

「あの、百メートルって……近いんですか?」

「戦車戦では目の前であります!」

 

 優花里が即答する。

 磯辺典子が腕を組んだ。

 

「つまり、根性で近づくしかないってことですね!」

「根性だけで近づくな!」

 

 桃が即座に突っ込んだ。

 

 エルヴィンは資料を見ながら唸る。

 

「硬き敵陣をいかに突破するか……古今東西、戦の要であるな」

「今回は突破する前に撃破されないようにする話だ」

 

 桃は少し疲れたように言った。

 柚子が補足する。

 

「大洗の車両だと、Ⅳ号、八九式、38(t)、M3リー、やや三突も……どれも正面から安定して撃破するのは難しいみたい」

 

 桃はそこで言葉を区切った。

 

「ただし、一両だけ例外がいる」

 

 その場の視線が、灯里に集まった。

 

 灯里は静かに背筋を伸ばす。

 

「TOGⅡですから」

 

 少しだけ誇らしげに言った。

 杏が笑う。

 

「戸郷ちゃん、ちょっと嬉しそうだねー」

「はい。TOGⅡですので」

 

 桃は資料をめくる。

 

「戸郷灯里のTOGⅡは、主砲火力だけならマチルダII相手にも有効打を狙える可能性がある」

「長いだけではありません」

 

 灯里は真顔で言った。

 杏が干し芋をかじりながら言う。

 

「でも遅いよねー」

「遅いです。ですが、火力はあります」

「あと長い」

「はい。長いです」

 

 その言葉に、柚子が少しだけ笑った。

 桃は気を取り直すように咳払いをする。

 

「つまり、TOGⅡは聖グロ相手において重要な火力になる。だが、機動戦には向かない。よって、事前に配置して待ち伏せる運用が望ましい」

「TOGⅡは速くなりません。だから、先にいる必要があります」

「それは分かっている」

「でしたら安心です」

「なぜお前に安心されねばならんのだ」

 

 桃はむっとしたが、杏は楽しそうに笑っていた。

 

* * *

 

 桃は黒板に簡単な地形図を描いた。

 

 高低差のある道。

 曲がり角。

 狭い通路。

 

 そして、そこへ誘い込むためのルート。

 

「作戦はこうだ」

 

 桃はチョークで一点を丸く囲む。

 

「一両が囮となり、敵を誘導する。他の車両はこの地点で待機。敵をキルゾーンへ引き込み、高低差を利用して一斉に叩く」

「おお、待ち伏せですね!」

「伏兵。古来より有効な策だ」

 

 磯辺とエルヴィンが頷く。

 澤は少し不安そうに地図を見た。

 

「でも、うまく誘い込めるでしょうか……?」

「こちらは地形を活用する。相手の装甲が厚くとも、上や横からなら有効打を狙いやすい」

 

 桃は自信ありげに言った。

 

 灯里は地図を見つめた。

 

 TOGⅡを置くなら、どこがいいか。

 

 狭い道を塞げる位置。

 敵の進路を制限できる場所。

 砲塔を回す余裕がある場所。

 

 そして、撤退しなくても邪魔にならない場所。

 

 TOGⅡは遅い。

 逃げる戦車ではない。

 待つ戦車だ。

 

「TOGⅡは、この地点に先に置ければ使えます」

 

 灯里は地図の一角を指差した。

 

「曲がり角の奥です。聖グロが縦列で来るなら、正面を塞げます。撃破できなくても、進行を遅らせることはできます」

「確かに! TOGⅡの長大な車体なら、道を塞ぐだけでも効果があります!」

 

 優花里が身を乗り出す。

 桃は少しだけ頷いた。

 

「うむ。そこは採用してもいい」

「ありがとうございます」

「なぜ礼を言う」

「TOGⅡの使い道が認められたので」

 

 灯里は真面目だった。

 

 その時、みほが資料を見ながら、小さく口を開いた。

 

「あの……」

 

 全員の視線が、みほに向く。

 みほは少し緊張したように資料を握っていた。

 

「どうした、西住」

 

 桃が聞く。

 みほは一度、地図を見た。

 

「この作戦、相手も読むと思います」

 

 部屋の空気が、少し変わった。

 

「何?」

「聖グロリアーナは、連携が上手い学校です。囮に食いつくふりをして、こちらの待機地点を確認してから、逆に包囲してくる可能性があります」

 

 優花里が息を呑んだ。

 

 灯里も、心の中で頷いた。

 

 その通りだ。

 

 ダージリンなら、きっと誘い込まれたふりをする。

 紅茶を飲むように落ち着いて、こちらの焦りを待つ。そして、気づいた時にはこちらが包まれている。

 

 聖グロは、そういう戦い方ができる学校だ。

 

 みほは遠慮がちに続ける。

 

「だから、待ち伏せ地点を一つだけにするのは危ないかもしれません。囮役も、逃げ道を複数用意しておかないと……」

「そんなことを言うなら!」

 

 桃の声が大きくなった。

 みほがびくっと肩を揺らす。

 

「お前が隊長をやれ!」

 

 生徒会室が静まり返った。

 

 みほは慌てて頭を下げる。

 

「す、すみません……そういう意味では……」

 

 桃は少し言い過ぎたことに気づいたように口をつぐむ。

 けれど、空気は少し気まずい。

 

 その沈黙を破ったのは、杏だった。

 

「いいじゃん」

 

 干し芋を手にしたまま、杏は軽く言った。

 

「西住ちゃんが隊長で」

「会長!?」

「だって、一番分かってそうだし」

 

 杏はみほを見る。

 

「よろしくねー」

 

 みほは固まった。

 

「わ、私が……?」

「うん。隊長」

 

 あまりにも軽い決定だった。

 だが、その一言には逆らえない妙な重さがある。

 

 灯里は、自然と拍手した。

 

 ぱちぱち。

 

 それを見た優花里が、感極まったように拍手する。

 柚子も少し戸惑いながら手を叩く。

 やがて、磯辺、エルヴィン、澤も拍手し始めた。

 

 みほは困惑し、顔を赤くしながら縮こまる。

 

「え、えっと……」

 

 杏はさらに言った。

 

「で、補佐は戸郷ちゃんね」

 

 灯里の手が止まった。

 

「私ですか」

「元聖グロだし、TOGⅡいるし、ちょうどいいじゃん」

「会長、元聖グロといっても記憶がまだ曖昧です」

「でも、何か思い出すかもしれないでしょ?」

 

 杏はにこにこしている。

 

 灯里は一瞬、聖グロリアーナの文字を見た。

 

 赤い制服。

 紅茶。

 ダージリン。

 ルイボス。

 

 まだ霧は晴れない。

 

 けれど、補佐という立ち位置は、自分に合っている気がした。

 

 総隊長ではない。

 全体を引っ張る指揮官ではない。

 

 西住みほの判断を横で支える役。

 

 それなら、自分にもできるかもしれない。

 

 灯里は姿勢を正した。

 

「分かりました。西住さんの邪魔にならない範囲で補佐します」

 

 みほが灯里を見る。

 

「戸郷さん……」

 

 灯里は静かに頭を下げた。

 

「よろしくお願いします、西住隊長」

「た、隊長……」

 

 みほは少し恥ずかしそうに目を伏せた。

 

 桃は腕を組みながら、まだ納得しきっていない顔をしている。

 だが、杏が決めた以上、もう流れは変わらない。

 

 大洗女子学園戦車道チームの隊長は、西住みほ。

 

 補佐は、戸郷灯里。

 

 そうして、決まった。

 

* * *

 

「そうそう」

 

 杏が突然、軽い調子で言った。

 

「勝ったら、好きなもの三日分ね」

 

 部屋の空気が少し変わる。

 磯辺が身を乗り出した。

 

「好きなもの三日分ですか!?」

「本当ですか?」

「兵站の褒賞としては、士気高揚に有効だな」

 

 澤とエルヴィンも反応する。

 

 灯里も少し考えた。

 

 好きなもの三日分。

 

 TOGドッグの材料三日分。

 TOGⅡグッズ制作費三日分。

 あるいは、TOGⅡ用の塗料三日分。

 

 かなり魅力的かもしれない。

 

 しかし、杏は続けた。

 

「負けたら、お祭りであんこう踊りね」

 

 部屋が止まった。

 

 みほの顔色が変わる。

 優花里も何かを察したように固まる。

 柚子が気まずそうに目を逸らした。

 

 桃は何故か少し得意げだ。

 

 灯里は知らない。

 

 あんこう踊り。

 

 何かは知らない。

 だが、語感だけで危険だった。

 

 猛烈に嫌な予感がする。

 

「……あんこう踊りとは」

「私も……知らないです」

 

 みほも同じように困惑していた。

 

「そんなにですか」

「資料映像があるなら、後ほど確認した方が……いえ、確認しない方が精神衛生上よろしいかもしれません」

 

 優花里が青ざめる。

 

「絶対勝ちましょう!」

「勝たないと……!」

「これは退路を断たれた戦である」

 

 磯辺、澤、エルヴィンの表情が一気に真剣になった。

 灯里も深く頷く。

 

「理解しました。勝たなければいけない理由が増えました」

 

 杏は楽しそうに笑っている。

 

「じゃ、みんな頑張ってねー」

 

 軽い。

 とても軽い。

 

 だが、部屋の全員の士気は妙な方向に上がっていた。

 

* * *

 

 会議が終わり、各車長たちが少しずつ生徒会室を出ていく。

 

 みほは資料を抱えたまま、少し立ち止まっていた。

 灯里もその横に残る。

 

「西住さん」

「うん?」

「大丈夫ですか?」

 

 みほは少し困ったように笑った。

 

「急に隊長って言われても、まだ実感がなくて」

「私も急に補佐になりました」

「戸郷さんは、落ち着いてるね」

「内心では少し驚いています」

「少しなんだ」

 

 みほは小さく笑った。

 それから、少しだけ真面目な顔になる。

 

「戸郷さん、聖グロのこと……何か思い出せそう?」

 

 灯里は、廊下の窓の外を見た。

 

 夕方の光が学園艦を照らしている。

 その色が、少しだけ聖グロの赤い制服に見えた。

 

「少しだけです」

「どんなこと?」

「赤い制服と、紅茶と、ダージリンさんの声は浮かびます」

「ダージリンさんを知ってるの?」

「たぶん、知っています。向こうも、私を知っていると思います」

 

 みほは、少しだけ心配そうに灯里を見る。

 

「大丈夫?」

 

 灯里は頷いた。

 

「はい。まだ全部は思い出せません。でも、今は西住さんの補佐です」

「私の……」

「過去より、今の試合を優先します」

 

 みほは少し驚いたように目を開いた。

 それから、静かに微笑む。

 

「ありがとう、戸郷さん」

「いえ」

 

 灯里は資料を持ち直した。

 

「ただ、聖グロは強いです。正面からぶつかると、こちらが先に崩れます」

「うん。分かってる」

「だから、西住さんが気づいたことは、言ってください。私も気づいたことは言います」

「うん。お願い」

 

 みほは少しだけ背筋を伸ばした。

 

 隊長。

 

 その言葉はまだ重い。

 けれど、彼女は逃げなかった。

 

 灯里は、その横顔を見て思った。

 

 西住さんは、やはり車長だ。

 

 自分は、その隣で支えればいい。

 

* * *

 

 作戦は決まった。

 

 隊長は西住みほ。

 補佐は戸郷灯里。

 

 相手は聖グロリアーナ女学院。

 全国大会準優勝経験を持つ強豪校。

 

 大洗女子学園にとって、初めての対外試合としては、あまりにも大きな相手だった。

 

 マチルダIIの厚い装甲。

 聖グロの連携。

 ダージリンの冷静な指揮。

 

 そして、灯里の中に眠る聖グロ時代の記憶。

 

 考えなければならないことは山ほどある。

 

 けれど、その前に。

 

 もっと身近で、もっと切実な問題が残っていた。

 

 日曜日、朝六時。

 

 冷泉麻子を、どうやって起こすか。

 

 それが、大洗女子学園最初の作戦だった。

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