『TOGⅡで戦車道を……?』   作:きのこ大三元

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昔からガルパンとWOTが好きだったので投稿します。
WOTはがっつりやっていたのが昔なので、多少知識が古いかもしれません…ご了承ください…
気づいたらもう直ぐ、最終章5部が公開だったので、勢いで描きます…!
他の小説も執筆中ですが、一応、10/8日公開日には終わるように頑張ります(予定)
ガルパンはいいぞ…



第1部:大洗戦車道始動編
第1話「TOGⅡで戦車道を……?」


 その日も、戸郷灯里はTOGⅡに乗っていた。

 モニターの画面の中で、長すぎる車体がゆっくりと前へ進む。

 

 戦場は遭遇戦。

 味方の軽戦車は初動の偵察へ走り、中戦車は稜線へ、重戦車は前線の要所へ向かっていく。そして灯里のTOGⅡは――。

 

「……まだ出発地点の近くですね」

 

 遅い。

 驚くほど遅い。

 

 戦場の流れがもう始まっているのに、TOGⅡだけは堂々と、そしてのんびりと前進している。

 けれど、それがいい。

 

 出撃直後、チャット欄が流れた。

 

『Tooooooooog!!』

『Loooooooong!!』

『TOG train!!』

『長いの来た!』

 

 敵味方問わず、TOGⅡがいるだけで反応がある。強いとか、弱いとか、それ以前に、戦場へ現れるだけで妙な一体感を生む戦車。

 灯里はスマホを握りながら、少しだけ頬を緩めた。

 

「愛されていますね、TOGⅡ……」

 

 長く、でかく、遅く、目立つ。

 それでも人はTOGⅡを見ると、なぜか声をかけたくなる。それが灯里には、たまらなく嬉しかった。

 

 だが、愛されていることと、生き残れることは別問題である。

 

 前方の稜線から、敵の軽戦車が一瞬だけ顔を出した。次の瞬間、画面に発見通知が表示される。

 

「……あ」

 

 スポットされた。

 まだ前線に到着する前に。

 

 そして、空から弾が降ってきた。

 自走砲。

 

 TOGⅡは足が遅く、装甲は見た目ほど頼れない。車体は大きく、隠れられず、逃げられない。

 そしてHPだけは無駄に多い。

 

 つまり、自走砲から見れば、絶好のカモだった。

 

 着弾。

 履帯が切れる。

 修理。

 また着弾。

 

 画面が揺れ、HPがごっそり削られる。

 味方の支援が届く前に、灯里のTOGⅡは前線へ辿り着くこともできず、瀕死になっていた。

 

「かわいそう……」

 

 灯里は画面を見つめたまま、ぽつりと呟いた。

 けれど、その声には悲壮感だけではない。

 

 少しだけ間を置いて、続ける。

 

「でも可愛い……」

 

 TOGⅡは弱点だらけだ。遅く、長く、目立ち、撃たれ、燃え、履帯を切られる。

 前線に着く前に瀕死になることさえある。それでも、灯里にとっては可愛い。

 

 むしろ、そこまで不器用なのに戦場へ出てくるところが愛おしい。

 

「TOGⅡは遅いんじゃありません。戦場が早すぎるだけです」

 

 灯里は真顔でそう言って、もう一度前進ボタンを押した。

 画面の中のTOGⅡは、煙を吹きながら、それでもゆっくりと前へ進む。

 

 撃たれても、遅れても、履帯を切られても、前へ進む。

 その姿を見ていると、灯里は不思議と安心した。

 

 自分がなぜ、ここまでTOGⅡに惹かれるのか。それを言葉にするのは難しい。

 

 ただ、好きなのだ。

 

 でかくて、長くて、遅くて、不器用で。

 それでも、どこか堂々としている。

 

 気づけば灯里は、TOGⅡのキーホルダーを作り、ステッカーを作り、長すぎて置き場所に困るアクリルスタンドまで自作していた。

 推し戦車という言葉では、少し足りない。灯里にとってTOGⅡは、もう少し面倒で、もう少し重くて、もう少し人生に食い込んだ何かだった。

 

* * *

 

 ゲームを終えたあと、灯里はPCの電源を落とした。

 部屋には、戦車関連の本や小物がいくつも並んでいる。ガルパンのパンフレット、映画の半券を挟んだファイル、少しずつ集めてきたグッズ。そして、自作のTOGⅡグッズたち。

 

 明日。

 十月九日。

 

 カレンダーには、その日付に赤い印がついていた。

 ずっと待っていた日だった。

 

 灯里が『ガールズ&パンツァー』に出会ったのは、中学生の頃だ。最初はただ、戦車が出てくるアニメとして見た。

 けれど、気がつけば夢中になっていた。

 

 戦車が走る。

 砲弾が飛ぶ。

 鉄の塊が、ありえないほど軽やかに、時に無茶苦茶に、けれど楽しそうに駆け回る。

 

 そこにいた少女たちは、勝って、負けて、泣いて、笑って、それでも前へ進んでいった。

 

 映画館で劇場版を観た時のことも、今でも覚えている。上映が終わっても、しばらく席を立てなかった。

 すごいものを観た。そう思った。

 

 それから何年も追い続けた。新しい話を待ち、情報を追い、配信を見返し、戦車ゲームも続けた。

 そして明日、ようやく続きを観に行くはずだった。

 

 灯里はベッドに横になり、天井を見上げた。

 

「……終わってほしくないけど、見届けたいんですよね」

 

 好きな物語が終わりへ向かうのは寂しい。

 けれど、その結末を見届けたい。

 

 その気持ちは、ずっと胸の奥にあった。

 灯里は枕元に置いていたTOGⅡの小さなキーホルダーを指でつつく。

 

「明日、ちゃんと起きましょう」

 

 スマホのアラームを確認する。充電器に挿す。部屋の明かりを消す。

 暗くなった部屋の中で、灯里はもう一度だけ呟いた。

 

「映画館で、最後まで見るんです」

 

 目を閉じる。

 

 劇場の暗闇。

 スクリーンの光。

 砲撃音。

 履帯の軋む音。

 誰かの笑い声。

 

 それらを思い浮かべながら、灯里の意識はゆっくりと沈んでいった。

 

 そして――。

 

 次に目を覚ました時、灯里は映画館には行けなくなっていた。

 

* * *

 

「……ん」

 

 目を開けた瞬間、最初に見えたのは白い天井だった。

 灯里は数秒、ぼんやりとそれを見つめる。

 

 見慣れた天井のようで、少し違う。部屋の空気も違う。寝具の感触も、ほんの少しだけ違っていた。

 身体を起こそうとして、違和感に気づく。

 

 軽い。

 腕も、肩も、身体全体が妙に軽い。

 

「……?」

 

 灯里はゆっくり起き上がった。

 部屋は、自分の部屋に似ていた。けれど完全に同じではない。棚の位置も、机の形も、窓の外の景色も違う。

 

 そして、声も少し高かった。

 

「……風邪?」

 

 寝ぼけた頭でそう思いかけて、灯里は鏡を見た。

 そこに映っていたのは、二十代の自分ではなかった。

 

 高校生くらいの少女。

 顔立ちには確かに自分の面影がある。

 

 けれど明らかに若い。

 灯里は鏡の前で固まった。

 

 しばらくして、ようやく言葉が出る。

 

「……若返った?」

 

 最初の感想としては、だいぶズレていた。

 だが、混乱しすぎると人間は案外そんなものなのかもしれない。

 

 灯里は自分の頬をつまむ。

 

 痛い。

 夢ではない。

 

 そう思った瞬間、視界の端に服が映った。

 ハンガーに掛けられている制服。濃い色のセーラー服。

 

 何度も画面の中で見た制服。

 灯里は息を止めた。

 

「……大洗女子学園」

 

 その言葉を口にした瞬間、背筋に電気が走った。

 

 大洗女子学園。

 西住みほが転校してくる学校。

 戦車道が復活する学校。

 廃校の危機に立ち向かう学校。

 

 灯里は、ゆっくりと制服に近づいた。

 けれど、ハンガーに掛けられていたのは、それだけではなかった。

 

 大洗の制服の横に、もう一着。

 

 赤を基調とした、気品のある制服。

 華やかで、上品で、どこか格式を感じさせるデザイン。

 

 さらに、その近くにはパンツァージャケットも置かれていた。

 灯里は、それを見て眉を寄せる。

 

「……聖グロ?」

 

 名前はすぐに出た。

 

 聖グロリアーナ女学院。

 紅茶。

 優雅。

 英国戦車。

 格式ある戦車道。

 

 そして、頭の奥で、かすかな声が響いた。

 

『ルイボス』

 

「……ルイボス?」

 

 自分で口にして、灯里は首を傾げた。

 

 知っている。

 知っている気がする。

 

 でも、霧がかかったように思い出せない。

 

 自分は大洗に転校する。それは、机の上に置かれた書類にも書いてあった。

 だが、その前にどこにいたのか。なぜ聖グロの制服がここにあるのか。なぜ、ルイボスという呼び名に胸が少しだけざわつくのか。

 

 まだ、はっきりとは浮かばなかった。

 

 机の上には、転入関係書類が揃っていた。

 

 氏名、戸郷灯里。

 学年、大洗女子学園二年。

 

 その横に、一枚の紙が置かれている。

 妙に丁寧な字だった。

 

『戸郷灯里様へ。

 あなたは本日より、大洗女子学園二年生です。

 細かいことは気にしすぎないでください。

 気にしすぎると、たぶん頭が痛くなります。

 特典は三つあります。

 一つ。地下ガレージに、あなたへの贈り物があります。

 二つ。あなたと同じ戦車に乗る搭乗員は、習熟が少し早くなります。

 三つ。敵に見られた時、少しだけ分かるようになります。

 なお、贈り物にはおまけもあります。

 有効活用してください。

 戦車道を楽しんでください』

 

 灯里は一度読み終えた。もう一度読んだ。三度目を読みかけて、やめた。

 

「……細かいこと、気にするに決まってるでしょう」

 

 紙に向かって文句を言う。

 当然、返事はない。

 

 灯里は深呼吸した。

 

 状況を整理する。

 

 昨日まで、自分は現代日本にいた。今日は映画を観に行くはずだった。

 それなのに、目が覚めたら高校生の姿になっている。大洗女子学園の転入生になっている。しかも聖グロの制服まである。

 

 普通なら叫ぶ。

 泣く。

 混乱する。

 

 実際、灯里も混乱していた。

 けれど、その混乱の中で、どうしても見逃せない一文があった。

 

『地下ガレージに、あなたへの贈り物があります』

 

「……地下」

 

 大洗女子学園。

 戦車道。

 贈り物。

 地下ガレージ。

 

 ここまで揃って、何も期待するなという方が無理だった。

 

 灯里は大洗女子学園の制服に袖を通した。

 鏡の前に立つ。

 

 大洗の制服を着た自分が、そこにいる。

 隣には、赤い聖グロの制服。

 

 まだ思い出せない過去の証のように、静かに掛かっている。

 

「……似合っているかどうかは、あとで考えましょう」

 

 灯里はそう呟き、部屋を出た。

 

* * *

 

 地下へ続く階段は、妙に分かりやすい場所にあった。まるで、ここへ行けと言われているようだった。

 灯里は一段ずつ降りていく。足音が響く。胸が早鐘を打つ。

 

 何があるのかは、ほとんど分かっていた。

 分かっているつもりだった。

 

 けれど、実際に見るのと、想像するのは違う。

 

 重い扉の前に立つ。

 ポケットには、いつの間にかカードキーが入っていた。

 

 それを差し込むと、電子音が鳴る。

 扉が開いた。

 

 灯里は中へ入る。

 

 広いガレージだった。

 整備工具、照明、予備部品。床には綺麗に引かれたライン。

 

 そして、その中央に。

 

 いた。

 

 長い。

 とにかく、長い。

 

 無骨で、巨大で、どこか間の抜けた、けれど圧倒的な存在感を持つ戦車。

 

 TOGⅡ。

 

 灯里は息をするのも忘れた。

 

 ゲーム画面で何度も見た。資料写真でも見た。模型も見た。自作グッズまで作った。

 でも、目の前に実物大で存在しているTOGⅡは、そんなものではなかった。

 

 長い車体。

 どっしりとした履帯。

 砲塔。

 主砲。

 鉄の匂い。

 整備された油の匂い。

 

 灯里は、ゆっくりと近づいた。

 手を伸ばす。

 

 指先が装甲に触れた。

 

 冷たい。

 硬い。

 

 本物だ。

 

「……長い」

 

 それしか言えなかった。

 

 胸の奥が熱くなる。

 泣きそうだった。

 

 自分は映画館へ行けなくなった。楽しみにしていた続きを、スクリーンで見ることはできなくなった。

 けれど。

 

 目の前にはTOGⅡがいる。

 映画館の席は、もう取れない。

 

 でも、ここには車長席がある。

 

 灯里は、装甲に手を置いたまま小さく呟いた。

 

「……映画で見られないなら」

 

 言葉にした瞬間、胸の奥で何かが定まった。

 

「この世界で、最後まで見る」

 

 大洗がどこへ行くのか。西住みほが、どんな戦車道を選ぶのか。仲間たちが、どんな結末に辿り着くのか。

 スクリーン越しではなく。自分の目で。

 

 灯里はTOGⅡを見上げた。

 

「そのために、まずは……」

 

 車体を見て、砲塔を見て、車内へ続くハッチを見た。

 

「搭乗員、探さないと」

 

 TOGⅡは一人では動かない。

 夢のような光景の中で、現実的な問題だけがやけにはっきりしていた。

 

 車内を確認しようとした時、灯里は妙なものを見つけた。

 

 折りたたみ式の台、保冷ケース、調理器具、使い捨て容器。

 長いパン。

 長いソーセージ。

 マスタード。

 ケチャップ。

 

 そして、書類。

 

 灯里はそれを手に取る。

 

「……営業許可関係書類?」

 

 さらに別の紙があった。

 

『TOGドッグ販売セット一式。

 学園艦イベント、模擬店、資金調達等にご活用ください。

 おすすめ商品名:

 ・TOGドッグ

 ・TOGⅡロングドッグ

 ・鈍足マスタードドッグ

 ・履帯焼きソーセージ』

 

 灯里は無言になった。

 そして、天井を見上げる。

 

「神様、優しいのか雑なのか、どっちなんですか」

 

 答えはなかった。

 

 ただ、TOGⅡはそこにあった。

 長く、重く、堂々と。

 

* * *

 

 大洗女子学園への道は、思っていたより現実感があった。

 

 潮の匂い。

 登校する生徒たちの声。

 制服の感触。

 少し揺れる学園艦の空気。

 

 灯里は転入書類の入った鞄を抱えながら歩いた。

 頭の中では、状況整理が続いている。

 

 大洗女子学園。

 現在、戦車道部は廃れている。

 

 だが、もうすぐ戦車道が選択授業として復活するはずだ。

 そして、その先にあるもの。

 

 廃校。

 

 その言葉も浮かぶ。

 

 この学校は、やがて廃校の危機に巻き込まれる。そして、西住みほたちは大洗を守るために戦う。

 灯里は、その大まかな流れを知っている。

 

 ただし、細かい部分は曖昧だった。試合の順番、細かな作戦、誰がどこで何を言ったのか。全てを正確に覚えているわけではない。

 それに、もう原作通りではない。

 

 大洗にTOGⅡがある。

 戸郷灯里がいる。

 

 その時点で、物語は少し変わってしまっている。

 

「……責任重大ですね」

 

 独り言を呟く。

 誰も反応しない。

 

 それが少しありがたかった。

 

 校門をくぐる。

 

 新学期らしい空気があった。

 知らない生徒たち。

 張り出された案内。

 ざわつく廊下。

 

 灯里は職員室で転入手続きを済ませた。

 驚くほどスムーズだった。

 

 まるで、最初から全て準備されていたように。

 

 担任に案内され、教室の前に立つ。

 

「緊張してる?」

「はい。少し」

 

 嘘ではない。

 ただ、緊張の理由は普通の転校生とは少し違う。

 

 扉が開いた。

 教室の中の視線が、一斉にこちらへ向く。

 

 灯里は黒板の前に立った。

 

「今日からこのクラスに入る、戸郷灯里さんです」

 

 促され、一歩前へ出る。

 

「戸郷灯里です。よろしくお願いします」

 

 無難に頭を下げた。

 

 顔を上げた瞬間、灯里は見つける。

 

 窓際の席。

 少し困ったように、けれど優しそうにこちらを見ている少女。

 

 西住みほ。

 

 灯里の胸が、小さく鳴った。

 

 主人公だ。

 

 そう思ってしまい、すぐに心の中で首を振る。

 

 違う。

 彼女は物語の登場人物ではない。

 

 ここでは、生きている一人の女の子だ。黒森峰から来た、西住流の少女。そして、戦車道から逃げてきた子。

 

 教師に示された席は、みほからそう遠くない場所だった。

 

 灯里は席に座る。鞄を置く。教科書を出すふりをしながら、周囲を見る。

 みほの近くには、明るそうな生徒がいた。

 

 武部沙織。

 その隣に、落ち着いた雰囲気の五十鈴華。

 

 灯里は胸の中で名前を思い浮かべる。

 

 みほには、もう普通の友達ができ始めている。それを見て、灯里は少し安心した。

 同時に、少しだけ寂しくもあった。

 

 本当なら、自分も近づきたかった。

 同じ転校生として。同じ名門校から来た者として。

 

 黒森峰の西住みほ。

 聖グロリアーナの戸郷灯里。

 

 互いに一年生の頃から、名前くらいは知っていたのかもしれない。練習試合や記録で、存在を認識していたのかもしれない。

 実際、みほもこちらを見ていた。

 

 知らない相手を見る目ではない。

 思い出そうとしている目。

 

 けれど灯里は、視線を少しだけ外した。

 

 今は、踏み込みすぎない方がいい。

 

 みほは戦車道から逃げてきた。ここでは、戦車でも、流派でも、勝敗でもない時間が必要なのだ。

 普通に笑って、普通に昼食を食べて、普通に友達と話す時間。そこへ、自分が戦車の話を持ち込むべきではない。

 

* * *

 

 休み時間。

 

「戸郷さん、だよね?」

 

 最初に声をかけてきたのは、沙織だった。

 明るい声。距離の詰め方が自然で、少し眩しい。

 

「はい。戸郷灯里です」

「私、武部沙織。よろしくね。こっちは華」

「よろしくお願いします」

 

 華が丁寧に頭を下げる。

 そして、少し遅れて、みほが近づいてきた。

 

「あの……西住みほです。よろしくお願いします」

 

 その声を聞いた瞬間、灯里の胸の奥が少し痛くなった。

 

 西住みほ。

 画面の向こうで何度も見た少女。

 

 けれど今は、目の前で少し緊張しながら挨拶している同級生。

 

「戸郷灯里です。よろしくお願いします、西住さん」

 

 あえて、普通に言った。

 みほは少しだけ目を瞬かせた。

 

「戸郷さんって……もしかして、聖グロリアーナにいた?」

 

 灯里は一瞬、呼吸を止めた。

 

 やはり、知っている。

 完全な初対面ではない。互いに名門校にいた一年生として、どこかで名前を見たことがある。

 

 その程度の距離。

 

「……はい。少しだけ」

「やっぱり。名前、聞いたことがあったから」

 

 みほはそう言って、少しだけ笑った。

 けれど、その笑顔の奥に遠慮が見えた。

 

 自分も聞きたいのだろう。どうして聖グロから大洗へ来たのか。

 けれど、みほは聞かなかった。灯里も言わなかった。

 

 今はまだ、その時ではない。

 

「西住さんのことも、少しだけ知っています」

 

 灯里がそう言うと、みほの肩がわずかに強張った。

 しまった、と灯里は思った。

 

 だからすぐに続ける。

 

「有名でしたから。黒森峰の、西住さん」

「……そっか」

 

 みほは小さく笑った。

 その笑顔は、さっきより少しだけ弱かった。

 

 灯里は胸の中で、自分に言い聞かせる。

 

 踏み込まない。

 無理に戻さない。

 

 この子には、この子の時間がある。

 

 それでも、いつか。

 みほがもう一度戦車道を選ぶ時が来るなら。

 

 その時は、自分も隣に立てるように。

 

* * *

 

 放課後。

 

 灯里は一人で校内を歩いていた。

 新しい学校の構造を覚えるため、という名目だった。実際には、考え事をするためでもある。

 

 みほと同じクラス。

 あんこうチームの面々も同じクラス。

 戦車道復活は、おそらく近い。

 

 問題は、TOGⅡの搭乗員だ。

 

 TOGⅡは一人では動かせない。最低でも複数人必要になる。それも、ただ乗ればいいわけではない。

 あの長くて重い車体を扱うには、練習が必要だ。

 

「誰に乗ってもらうか……」

 

 灯里は廊下を歩きながら呟いた。

 その瞬間だった。

 

 掲示板の前で足が止まる。

 

 そこには、選択授業に関する案内が貼られていた。いくつもの授業名が並ぶ中に、まだ正式な募集開始前らしい一枚の紙がある。

 灯里は近づいた。

 

 見間違いではなかった。

 

『選択科目に関するお知らせ』

 

 その下に、小さく追記されている。

 

『戦車道選択授業については、後日説明会を実施予定』

 

 灯里は息を呑んだ。

 

 来る。

 分かっていた。

 

 それでも、実際に文字として見ると、全身がぞくりとした。

 

 大洗の戦車道が動き出す。

 西住みほが、再び戦車に向き合う時が来る。

 そして自分も、TOGⅡと共にその中へ入っていく。

 

「……始まるんだ」

 

 灯里は小さく呟いた。

 

 その時、ポケットの中の生徒用端末が震えた。

 画面を見る。

 

 学内システムからの通知だった。

 

『旧戦車道関連車両登録情報更新』

 

 灯里は眉をひそめる。

 指で画面を開いた。

 

 表示された一覧の中に、見慣れない登録項目がある。

 

『大洗女子学園・旧戦車道関連保管車両』

『追加登録車両:TOGⅡ』

『車長予定者:戸郷灯里』

 

 灯里は固まった。

 廊下の喧騒が、少し遠くなる。

 

 さらに、その下にもう一行。

 

『搭乗員:未定』

 

 現実的な問題が、容赦なく突きつけられていた。

 

 灯里は端末を握りしめ、天井を見上げる。

 

「……ですよね」

 

 TOGⅡはある。

 戦車道は始まる。

 車長予定者にもされている。

 

 だが、仲間はいない。

 

 映画館の席は、もうない。

 でも、TOGⅡの車長席はある。

 

 そして、その席から見る物語は、きっとスクリーンで見るより近い。近すぎて、怖いくらいに。

 

 灯里は端末を閉じた。

 廊下の向こうから、誰かの足音が聞こえる。

 

 まだ誰かは分からない。

 

 けれど、その足音が、これから始まる何かの合図のように思えた。

 

『戦車道選択授業、近日再開。

 追加登録車両、TOGⅡ。

 車長予定者、戸郷灯里。

 搭乗員、未定』

 

 そして――。

 

 戸郷灯里の戦車道は、まだ一人分の席しか埋まっていなかった。




ハーメルンにも先駆者様が居たのですね…
TOGⅡはいいぞ…!
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