『TOGⅡで戦車道を……?』   作:きのこ大三元

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このTOGⅡはWOTだとtier7になると思います…多分…


第1.5話「生徒会は長い戦車を知っている」

 大洗女子学園での初日は、想像していたよりも普通に終わろうとしていた。

 転校初日。

 知らない教室。

 知らない机。

 知っているはずなのに、初めて会う人たち。

 西住みほ。

 武部沙織。

 五十鈴華。

 冷泉麻子。

 画面の向こうにいたはずの少女たちは、当たり前のように同じ教室にいて、当たり前のように会話をして、当たり前のように笑っていた。

 灯里は、それを不思議な気持ちで見ていた。

 物語の中に入った、というより。

 誰かの生活の中へ、突然紛れ込んでしまったような感覚だった。

 放課後。

 教室のざわめきが少しずつ薄れていく中、灯里は鞄に教科書をしまっていた。

 今日はもう帰ろう。

 そして、地下ガレージのTOGⅡをもう一度確認しよう。

 整備記録。

 車内構造。

 屋台セット。

 そして、何より。

「搭乗員……」

 小さく呟く。

 TOGⅡは一人では動かない。

 動かすだけならともかく、戦車道で使うなら、砲手、操縦手、無線手、装填手が必要になる。

 しかも装填手は二人欲しい。

 つまり、自分以外に五人。

「五人……」

 灯里は、少し遠い目をした。

 友達作りより先に、戦車の搭乗員探しが必要になる高校生活。

 なかなか癖が強い。

 その時だった。

 教室のスピーカーから、短い呼び出し音が鳴った。

『二年、戸郷灯里さん』

 灯里は顔を上げた。

『放課後、生徒会室まで来てください』

 教室に残っていた数人が、ちらりと灯里を見る。

「生徒会?」

「転校初日なのに?」

「何したの?」

 何もしていない。

 少なくとも、学校ではまだ何もしていない。

 灯里は鞄の持ち手を握ったまま、静かに目を細めた。

 来ましたね。

 早いですね。

 そして、たぶん。

「……長い件ですね」

 誰にも聞こえない声で、灯里はそう呟いた。

     ◇

 生徒会室の前に立つと、灯里は一度だけ深呼吸した。

 中にいる相手は分かっている。

 角谷杏。

 小山柚子。

 河嶋桃。

 知っている。

 けれど、会うのは初めてだ。

 画面越しではない。

 配信でも、円盤でも、資料でもない。

 扉の向こうに、本物の生徒会がいる。

 灯里は軽くノックした。

「失礼します」

 扉を開ける。

 生徒会室には、三人がいた。

 机の上に座るような勢いでくつろいでいる小柄な少女。

 その横で書類を整理している柔らかい雰囲気の少女。

 そして、背筋を伸ばしてこちらを見ている凛々しい少女。

 灯里は胸の中で名前を確認する。

 角谷杏。

 小山柚子。

 河嶋桃。

「やー、戸郷ちゃん。転校初日から悪いねー」

 杏が、ひらひらと手を振った。

「いえ。戸郷灯里です」

 灯里は頭を下げる。

 柚子が申し訳なさそうに笑った。

「急に呼び出してごめんね。少し確認したいことがあって」

 桃は、机の上の書類を一枚持ち上げた。

「戸郷灯里。大洗女子学園二年、本日付で転入。旧聖グロリアーナ女学院在籍歴あり……」

 灯里の眉が、ほんの少しだけ動いた。

 聖グロ。

 やはり、書類上ではそうなっているらしい。

 自分の中の記憶は、まだ霧がかかっている。

 赤い制服。

 紅茶。

 優雅な空気。

 そして、誰かが呼ぶ。

 ルイボス。

 でも、詳細はまだ思い出せない。

 桃はさらに書類を見た。

「それと、旧戦車道関連車両登録情報に、追加車両がある」

 灯里は黙っていた。

 杏が、にこにこしたまま身を乗り出す。

「戸郷ちゃん」

「はい」

「戦車、持ってるよね?」

 灯里は固まった。

 かなり直球だった。

 もう少し段階を踏むかと思っていた。

 少なくとも、「君の自宅地下ガレージにある大型車両について」くらいの言い方を想像していた。

 だが、杏は一切遠回りしなかった。

 戦車、持ってるよね。

 灯里は数秒考えた。

「……持っている、という表現が適切かは分かりませんが」

 杏の目が、少しだけ楽しそうに細まる。

「じゃあ、あるんだ」

「……あります」

 桃が、やや驚いたように声を上げた。

「本当にあるのか!?」

「あります」

 灯里は素直に頷いた。

 否定しても仕方がない。

 自宅地下ガレージに、全長十メートル級の超重戦車が堂々と存在している。

 見間違いではない。

 夢でもない。

 しかも、整備済みだった。

 杏は満足そうに頷く。

「ほらねー」

「ほらね、ではありません会長。普通、転校生が戦車を持っているとは考えません」

 桃が真面目に突っ込む。

 柚子も困ったように笑った。

「でも、登録情報には出てるんだよね」

 桃が書類を灯里の方へ向けた。

 そこには、確かに記載があった。

『大洗女子学園・旧戦車道関連保管車両』

『追加登録車両:TOGⅡ』

『車長予定者:戸郷灯里』

『搭乗員:未定』

 灯里は、じっと書類を見つめた。

 正式な書類だった。

 しかも、なぜか行政処理まで済んでいるように見える。

 自分が今朝初めて見つけたはずのTOGⅡが、すでに学校側の情報に載っている。

 灯里は静かに思った。

 この世界、処理が早すぎる。

「確認します」

 桃が真剣な顔で言う。

「このTOGⅡという車両は、戦車道に使用可能な状態なのか?」

「整備記録を見る限り、走行可能です。安全装置や戦車道用の調整も入っているようでした」

「動かせるのか?」

「動かすだけなら、私が」

「一人でか?」

「走行だけなら。ただ、戦車道として運用するなら乗員が足りません」

 桃は頷く。

「乗員六名……だったか」

「はい。車長、砲手、操縦手、無線手、装填手、装填手。私は車長と通信手を兼任できますが、それでも五人足りません」

 そこまで言って、灯里は少しだけ目を伏せた。

 五人。

 簡単に集まる人数ではない。

 ましてや、TOGⅡである。

 長い。

 重い。

 遅い。

 目立つ。

 初見で「乗りたい」と言ってくれる人間がどれだけいるかは、正直分からない。

 杏は、そんな灯里を見ながら、ぽりぽりと干し芋をかじった。

「ふーん。でさ」

「はい」

「あのTOGⅡって、ホットドッグ売れるんだって?」

 灯里は、また固まった。

「……なぜそこまで」

「資料に書いてあったから」

 杏は机の上から別の紙を取り出した。

 灯里は嫌な予感を覚える。

 そこには、確かに見覚えのある文字が並んでいた。

『TOGドッグ販売セット一式』

『学園艦イベント、模擬店、資金調達等にご活用ください』

『おすすめ商品名:TOGドッグ、TOGⅡロングドッグ、鈍足マスタードドッグ、履帯焼きソーセージ』

 灯里は、ゆっくりと目を閉じた。

 神様。

 資料まで共有しないでください。

 桃は眉間にしわを寄せている。

「戦車に屋台セットとは何なのだ……」

 柚子は逆に、少し興味を持ったようだった。

「でも、学園艦のイベントでは使えそうだよね。戦車道の宣伝にもなるし」

 杏は、にんまり笑う。

「でしょ? 戦車道もさ、復活するなら目立たないと」

「会長」

 桃がたしなめるように言う。

 しかし杏は気にしない。

「それに、売れそうじゃん。長い戦車から長いホットドッグ。分かりやすいし」

 灯里は、静かに口を開いた。

「TOGⅡは戦車です。屋台ではありません」

 杏は即答した。

「でもホットドッグ出せるんでしょ?」

「出せます」

「じゃあ、屋台機能付き戦車だね」

「否定しきれないのが悔しいです」

 柚子が小さく吹き出した。

 桃も咳払いをしてごまかしている。

 灯里は真顔だった。

 TOGⅡは戦車である。

 それは絶対だ。

 だが、ホットドッグ屋台セットが存在するのもまた事実だった。

 しかもレシピつき。

 衛生関係の書類らしきものまであった。

 準備が良すぎる。

「まあまあ」

 杏は手をひらひらさせた。

「もちろん、戦車としても期待してるよ。でっかいし、目立つし、インパクトあるし」

「戦力としての評価がだいぶ雑に聞こえます」

「雑じゃないって。大洗に戦車道が戻ってきたって、みんなに分かりやすいでしょ?」

 灯里は、少し黙った。

 確かに、それはそうだった。

 TOGⅡが広場に出れば、誰でも見る。

 見ざるを得ない。

 長いから。

 圧倒的に長いから。

 戦車道に興味がない生徒でも、足を止めるだろう。

 しかも、そこにホットドッグがあれば、なおさら。

「……宣伝車両として使う気ですか」

「言い方」

 柚子が苦笑する。

 杏は悪びれない。

「大洗は使えるものは使うからねー」

 その言葉は軽い。

 けれど、灯里は知っている。

 この生徒会が、ただ面白がっているだけではないことを。

 大洗女子学園の廃校。

 その危機が、裏にある。

 だからこそ、生徒会は強引になる。

 だからこそ、使えるものを全部使おうとする。

 それが正しいかどうかは別として。

 灯里は杏を見た。

「戦車道の説明会があるんですよね」

 杏の目が、少しだけ細くなる。

「知ってるんだ?」

「選択授業の件は、掲示で見ました」

 全部知っているとは言わない。

 それはまだ、言ってはいけない気がした。

 杏はふうん、と笑った。

「近いうちに、全校生徒向けにやる予定。そこで戦車道復活を発表する」

「その後に、TOGⅡを出せと?」

「話が早いねー」

 桃が書類を指で叩いた。

「正式な確認も必要だ。実働可能な戦車なら、戦力として把握しておかなければならない」

「それと宣伝ですね」

「それもある」

 桃は否定しなかった。

 灯里は少しだけ考える。

 TOGⅡを出す。

 学園の広場へ。

 生徒たちの前へ。

 西住みほの前へ。

 秋山優花里の前へ。

 そこから、何かが動き出す。

 灯里には分かった。

 これは、ただの確認ではない。

 大洗の戦車道が動き出すための、ひとつの合図になる。

「分かりました」

 灯里は頷いた。

「TOGⅡが必要なら、出します」

 杏が笑う。

「お、頼もしい」

「ただし」

 灯里は続けた。

「一人では、周囲確認が不十分です。車体が長いので、上から確認してくれる人が必要です」

「上から?」

「仮車長のような役です。私は操縦できますが、あの車体は長いので、曲がる時に後方や側面の確認が必要です」

 桃は真剣に頷いた。

「確かに、校内で事故を起こされては困る」

「事故は起こしません」

 灯里は即答した。

 そこだけは譲れなかった。

「TOGⅡは長いですが、無謀ではありません」

「いや、長さの問題ではなく安全確認の話だ」

「長さは安全確認に関わる重要要素です」

「それはそうだが……」

 桃が言葉に詰まる。

 柚子が苦笑した。

「じゃあ、戦車に詳しい子を一人つけた方がいいかな」

 杏がぽんと手を打つ。

「そうだねー。説明会の後、戦車詳しそうな子、誰か探そっか」

 灯里は一瞬、ある少女の顔を思い浮かべた。

 秋山優花里。

 まだきちんと話したわけではない。

 だが、戦車に詳しい子と言われれば、真っ先に浮かぶ。

 ただ、今は名前を出さなかった。

 まだ、流れがそこまで来ていない。

「それと」

 杏は、机の上の紙に何かを書き込み始めた。

「ホットドッグの方も考えとこ」

「会長」

 桃が低い声を出す。

「何を書いているんですか」

 灯里も思わず聞いた。

 杏は紙を見せる。

『TOGⅡ:説明会後、広場へ』

『ホットドッグ試食会:要検討』

『給食部専攻へ相談』

 灯里は、しばらくそれを見つめた。

「……給食部専攻?」

「船舶経営科にいるでしょ。調理とか配膳に強い子たち」

 杏は楽しそうに言う。

「ホットドッグ作るなら、そういう子たちに手伝ってもらった方がいいじゃん」

「それは……確かに」

 悔しいが、正論だった。

 灯里一人でホットドッグを作るより、給食部専攻の生徒に任せた方が絶対に良い。

 屋台セットの導線も、提供の手順も、材料管理も、きっと彼女たちの方が分かっている。

 だが、灯里は何かを感じた。

 これは、ただの手伝いで終わらない。

 そんな予感がした。

「会長」

「ん?」

「まさかとは思いますが、給食部専攻の方々をそのままTOGⅡの搭乗員にしようとは考えていませんよね?」

 杏は、干し芋をかじった。

 にこにこと笑う。

「まだ考えてないよ」

「まだ」

「うん。まだ」

 灯里は、静かに視線を落とした。

 だいたい考えている人の返事だった。

 柚子が慌てて手を振る。

「だ、大丈夫。無理やりはしないから」

 桃も咳払いをした。

「戦車道参加は本人たちの意思確認が必要だ。当然だ」

 灯里は二人を見る。

 そして、最後に杏を見た。

 杏はにこにこしている。

 灯里は思った。

 この人、きっと必要なら全部巻き込む。

 でも、それは大洗を守るためでもある。

 厄介だ。

 とても厄介だ。

 そして、少しだけ頼もしい。

「分かりました」

 灯里は息を吐いた。

「説明会後、TOGⅡを広場へ出します。ただし、安全確認要員が必要です」

「了解了解。こっちでも考えとく」

「ホットドッグについては?」

「それも考えとく」

「不安です」

「大丈夫だって。材料費は生徒会で出すから」

「もう試食会をする前提ですね」

「やるなら早い方がいいでしょ?」

 灯里は、少しだけ遠い目をした。

 昨日まで、映画館で結末を見るつもりだった。

 今日、TOGⅡを見つけた。

 そして今、なぜか生徒会とホットドッグ試食会の相談をしている。

 人生は何が起こるか分からない。

 いや、転生した時点で今さらだった。

     ◇

 生徒会室を出る頃には、外の光が少し傾いていた。

 廊下を歩きながら、灯里は先ほどの会話を思い返す。

 TOGⅡは、すでに生徒会に把握されている。

 説明会後に広場へ出すことになった。

 ホットドッグ試食会も、ほぼ決まりかけている。

 給食部専攻という言葉も出た。

 まだ搭乗員は未定。

 けれど、何かが少しずつ形を取り始めている。

 灯里は窓の外を見た。

 学園艦の空。

 遠くに見える海。

 そのどこかに、自分の家があり、地下ガレージがあり、TOGⅡが眠っている。

 長くて、重くて、遅くて。

 でも、確かにそこにいる自分の戦車。

「……出番ですよ、TOGⅡ」

 小さく呟く。

 その時、灯里はまだ知らなかった。

 TOGⅡが戦車としてだけでなく。

 ホットドッグ屋台としても。

 そして、給食部専攻の少女たちを巻き込む中心としても。

 大洗女子学園に登録されようとしていたことを。

 ただ、ひとつだけ分かっていた。

 大洗の戦車道は、もう動き始めている。

 そして――その先頭に出されるのは、たぶん、とても長い戦車だった。

 

 

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