『TOGⅡで戦車道を……?』   作:きのこ大三元

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2026年6月9日更新です、2話連続投稿です。
文章構成も再度調整しています。



第14話「こそこそ作戦です!!」

 試合開始の合図が響くと、聖グロリアーナ女学院の戦車隊はゆっくりと動き始めた。チャーチルを中心に、マチルダIIが左右を固める。速くはない。派手でもない。けれど、崩れない。

 

 大洗女子学園の戦車たちが、それぞれ別々の色と音を持っているのに対して、聖グロの隊列は一つの形のまま前へ進んでくる。戸郷灯里は、TOGⅡの車長席からその動きを見ていた。

 

「……この動き、知っています」

 

 小さく呟いた声は、エンジン音に混ざった。赤い制服。紅茶の香り。整列した英国戦車。チャーチルの後ろを、落ち着いて進むマチルダII。分かる。けれど、全部は思い出せない。

 

「戸郷さん?」

 

 無線手席の呼子かなえが声をかけてくる。灯里は瞬きをした。

 

「大丈夫です。試合に集中します」

「本当に大丈夫ですか?」

「はい。思い出せないものは、今は思い出せません」

「割り切り方が急ですね」

「試合中なので」

 

 砲手席の火野まどかが、照準器を確認しながら言う。

 

「それは、わりと正しいと思います」

「ありがとうございます」

「ただし、無理はしないでください」

「はい」

 

 灯里は通信機へ手を伸ばす。すぐに、西住みほの声が入った。

 

『今回のルールは殲滅戦です。相手の戦車をすべて行動不能にするまで、試合は続きます』

『全部倒さなきゃいけないってこと?』

『うん。こちらも全車が撃破される可能性があるってこと』

 

 武部沙織の声には、明らかな緊張が混じっていた。五十鈴華も、いつもより少し声が硬い。灯里は、TOGⅡの長い車体を意識しながら言った。

 

「つまり、最後まで残れば勝ちです。……TOGⅡ向きですね」

「最後まで辿り着ければ、ですね」

「そこは努力します」

 

 まどかが冷静に返す。操縦手席の小走すずが、小さく笑った。

 

「努力で速くはなりませんけど」

「TOGⅡは速さ以外で勝負します」

「たとえば?」

「長さです」

「分かりやすいですね」

 

 通信の向こうで、みほが指示を出す。

 

『まず、私たちAチームが偵察に出ます。他のチームは百メートル先で待機してください』

 

 各車から返答が入る。

 

『Bチーム、了解!』

『Cチーム、心得た!』

『Dチーム、はーい!』

『Eチーム、了解だ!』

「Fチーム、了解しました」

 

 そこで、角谷杏ののんびりした声が入った。

 

『ねえ西住ちゃん、作戦名とかないの?』

『えっ? 作戦名ですか?』

 

 みほが困っているのが、通信越しにも分かった。少し沈黙があり、みほは控えめに言った。

 

『えっと……こそこそ作戦、です』

『こそこそ?』

『こそこそ相手の出方を見て、こちらの有利な場所に誘導します』

 

 灯里は即答した。

 

「良い作戦ですね。TOGⅡもこそこそします」

「TOGⅡでこそこそは無理じゃないですか?」

「気持ちの問題です」

 

 すずが操縦席で呟く。

 

「気持ちで隠れられる大きさじゃないです」

「気持ちで隠れます」

「それ、隠れてないと思います」

 

『姑息な作戦だな』

 

 河嶋桃の声が通信に入る。その後ろで、小山柚子が小さく言った。

 

『桃ちゃんが立てたんじゃない……』

 

 Fチームの車内に、少しだけ微妙な空気が流れた。

 

「……聞かなかったことにしましょう」

「了解です」

 

 かなえが真面目に頷いた。

 

 AチームのⅣ号は、静かに前へ出た。みほと秋山優花里が偵察し、沙織が無線で状況を共有する。

 

『見えました。チャーチルを中心に、マチルダIIがきれいに隊列を組んでいます』

 

 優花里の声は、興奮と緊張が混ざっていた。

 

『正面装甲はかなり厚いです。こちらの砲では、正面からの撃破は厳しいかと』

『隊列が崩れていない……やっぱり、練度が高い』

 

 みほの声が続く。灯里は、その報告だけで聖グロの姿が頭に浮かんだ。チャーチルを中心に、マチルダIIがゆっくり押し上げてくる。歩幅を合わせるように、砲塔の向きも揃っている。無理に追わない。焦らない。相手が崩れるのを待つ。

 

「……きれいですね」

 

 灯里は呟いた。

 

「整いすぎていて、嫌になるくらい」

「知っている動きなんですか?」

「たぶん、知っています」

「たぶん?」

「まだ、全部は思い出せません」

 

 かなえが通信を整理しながら聞き、まどかが静かに言った。

 

「でも、嫌になるくらいきれいということは、強いということですね」

「はい。かなり」

 

 灯里は地図を見る。

 

「小走さん、車体を出口側に向けておいてください」

「出口側?」

「TOGⅡは逃げ足がありません。撤退するなら、最初から逃げる姿勢で待ちます」

「逃げる準備が早いですね」

「違います。生き残る準備です」

 

 TOGⅡの長い車体が、ゆっくりと向きを変える。森の陰、細い道、岩の多い登坂路。聖グロを誘い込むための待ち伏せ地点に、大洗の戦車たちが潜んでいた。

 

 待機組の空気は、車両ごとにまるで違っていた。DチームのM3リーでは、一年生たちがなぜかトランプを広げている。

 

「革命!」

「えっ、今!?」

「待機時間だからいいかなって!」

 

 Bチームの八九式では、バレー部が車内で基礎練習をしていた。

 

「待機中も基礎練!」

「レシーブ!」

「トス!」

 

 CチームのIII号突撃砲では、歴女たちが真剣な顔で戦国風に待っている。

 

「伏兵とは古来より戦の華!」

「敵が来るまで動かぬ。それが兵法!」

 

 Eチームの38(t)では、桃が苛立っていた。

 

『遅い……まだか、西住!』

『まあまあ、干し芋でも食べて待とうよー』

『会長! 今は試合中です!』

 

 杏はのんびりしていた。

 

 そして、Fチーム。灯里は地図と周囲を確認しながら、静かに言った。

 

「火野さん、射界の確認を。正面は捨てます。狙うなら履帯か側面です」

「了解。正面は捨てます」

「米倉さん、早見さん、装填準備。ただし、焦らないでください」

「はい」

「焦ると詰まりますから」

「ホットドッグの時と同じですね」

「はい。急いで詰めると、見た目も崩れます」

「砲弾の話ですよね?」

「砲弾の話です」

 

 まどかが確認するように言い、灯里は真顔で頷いた。

 

「呼子さん、Aチームの位置を常に拾ってください」

「了解です。Aチーム、こちらへ接近中。三分後に到着予定」

 

 灯里は頷く。

 

「全員、見えたものをすぐ撃たないでください。最初に来るのは、西住さんたちです」

 

 その直後だった。遠くに、戦車の影が見えた。

 

『来たぞ! 撃て!』

 

 桃の声が通信に響く。灯里は即座に声を張った。

 

「待ってください!」

 

 TOGⅡの砲塔がわずかに動きかけたのを、まどかが止める。

 

「射撃中止」

 

 灯里は全車へ警告する。

 

「全車、射撃停止! 先頭はAチームです! 誘導役です!」

 

 だが、完全には止まらなかった。何発かの砲撃が、Ⅳ号の近くをかすめる。

 

『ちょっと! 今、味方に撃たれそうになったよね!?』

『うん……でも、まだ大丈夫』

 

 沙織の悲鳴に、みほの声が続く。緊張しながらも、落ち着いていた。そして、Ⅳ号の後ろから聖グロリアーナのマチルダIIが現れる。

 

 待ち伏せ地点へ、重い隊列が入ってきた。

 

 大洗側が一斉に撃つ。

 

 だが、射撃はばらばらだった。

 

 弾はマチルダIIの正面装甲に弾かれ、地面を叩き、木々を揺らす。

 

『正面ではなく履帯を狙ってください! 足を止めれば、撃破のチャンスがあります!』

 

 みほが通信で叫ぶ。灯里は地図を見た。正面下には、聖グロが進んでくる緩やかな坂道。その先に、今まさに聖グロを誘い込もうとしている待ち伏せ地点。左右には、岩の多い登坂路。

 

「中央で止められれば、側面を狙えます」

 

 かなえが地図を見ながら言った。

 

「止められなければ?」

「左右から来ます」

 

 灯里は短く答えた。

 

「それも、たぶん……岩を使って」

「遮蔽物ですか」

「はい。聖グロなら、ただ登ってきません」

 

 まどかが照準器の向こうを見ながら言う。大洗の砲撃は続いていた。

 

『見えるものはすべて撃て!』

 

 桃の声が通信に響いた瞬間、大洗側の射撃がさらに激しくなった。

 

 早かった。

 

 まだ、聖グロの先頭車両は完全には待ち伏せ地点へ入りきっていない。左右に配置された車両も、十分に側面を取れていない。それでも、見えた。見えたから、撃ってしまった。

 

 Bチームが撃つ。Cチームが撃つ。Dチームも慌てて砲塔を向ける。

 

 砲声が高地に響き、砲弾がマチルダIIの正面装甲や周囲の岩肌を叩いた。

 

 しかし、白旗は上がらない。

 

 むしろ、砲煙と土煙が視界を乱し、味方同士の位置関係まで分かりづらくしてしまった。

 

『まだ早いです! 引きつけてから、側面を――!』

 

 みほの声が通信に入る。だが、もう最初の一斉射は終わっていた。聖グロリアーナ女学院は、止まらない。

 

 チャーチルの中で、ダージリンは静かに前を見ていた。

 

「なるほど。悪くない場所ね」

 

 オレンジペコが前方を確認する。

 

「大洗は高地側に展開しています。坂路の入り口に誘導するつもりのようです」

「ええ。待ち伏せ地点としては悪くないわ」

 

 ダージリンは微笑んだ。

 

「けれど、待ち伏せは慌てた側から崩れるものよ」

 

 正面は切り立った斜面で、重戦車でも無理に登れる地形ではない。チャーチルとマチルダIIは左右の登坂路へ分かれ、岩陰を利用しながら高地への接近を始めていた。

 

 クルセイダー隊は、今回は控え。ローズヒップのような速度でかき回す戦いではなく、聖グロリアーナ本来の重厚な前進で、大洗の出方を測っている。

 

 大洗の砲弾は飛んでくる。だが、狙いが揃わない。足を狙う車両。正面を撃つ車両。焦って砲塔を振る車両。射線を遮ってしまう車両。本来なら一か所に集めるはずだった火力が、ばらばらに散っていた。

 

 ルクリリのマチルダIIが、砲弾を正面装甲で受け止める。

 

『うわっ、結構撃ってきますわね!』

 

 無線越しに、やや大きな声が響いた。オレンジペコが落ち着いて返す。

 

『ルクリリさん、隊列を崩さないでください』

『分かっていますわ! このくらい、聖グロの装甲なら平気ですもの!』

 

 ダージリンは小さく笑った。

 

「ええ。その通り。紅茶も隊列も、慌ててこぼしてはいけないわ」

 

 マチルダIIの装甲が、大洗の砲弾を受け止める。弾は弾かれ、岩肌を削り、木々を揺らす。

 

 聖グロリアーナは、まだ撃たなかった。

 

 受けている。見ている。大洗の撃つ位置を。砲声の間隔を。どの車両が、どこから撃っているのかを。

 

 灯里はTOGⅡの車長席で、思わず息を呑んだ。

 

「……撃ち返してこない」

 

 かなえが無線を拾いながら眉を寄せる。

 

「撃たないんですか?」

「違います」

 

 灯里は、聖グロの隊列を見つめた。

 

「撃つ前に、見ています」

 

 その直後、チャーチルの砲塔がゆっくり動いた。ダージリンの声が、聖グロ側の無線に静かに流れる。

 

「砲撃開始」

 

 その一言で、聖グロリアーナの戦車隊が動いた。

 

 チャーチルが前へ出る。マチルダIIが左右へ広がる。後続の車両が、射線を重ねない位置へ滑り込む。同時に、左右の登坂路へ向かう車両が、岩の陰を使い始めた。

 

 車体を全部さらさない。砲塔だけを出す。撃つ。下がる。また別の岩陰から、次の車両が顔を出す。

 

 大洗とは違う。

 

 一斉に撃って、ばらばらに散る砲撃ではない。順番に。間隔を置いて。味方の射線を邪魔しないように。

 

 チャーチルが撃つ。

 

 続いて、左のマチルダII。右のマチルダII。少し遅れて、後続の一両。

 

 砲声が、規則正しく高地に響いた。

 

 大洗側の岩陰が削られ、木々が揺れ、待ち伏せていた車両たちの近くに土煙が上がる。

 

『うわっ、撃ち返してきた!?』

『こっちの位置、ばれてる!』

『ばれてるというか、撃たせてから見ていたんだと思います!』

 

 Dチームの声が乱れる。かなえが無線を拾いながら声を上げた。

 

「左側、マチルダII前進! 右側、チャーチルも登坂路側へ動いています!」

「チャーチルも?」

 

 すずが驚いた声を出す。灯里は地図を見た。中央で受けるだけではない。左右に圧をかけてくる。岩を遮蔽物にして、大洗の撃ち下ろしをずらしながら登ってくる。

 

 大洗の砲撃は、見えたから撃った。

 

 聖グロの砲撃は、見てから撃った。

 

 その差が、はっきりと戦場に出ていた。

 

『左右に分かれた……!』

『えっ、どういうこと!?』

『待ち伏せ地点を抜けられました! このままだと左右の道から回り込まれます!』

 

 沙織の声が焦る。華が息を呑む。

 

『こちらが上にいるのに、ですか』

『うん。止められなかったから……』

『聖グロリアーナ、こちらの待ち伏せを受け流して、左右へ展開するつもりであります!』

 

 優花里が通信に割り込む。灯里も、TOGⅡの車長席から地図を見ていた。

 

 高地にいる大洗。正面から押してくるチャーチル。左右の登坂路へ向かうマチルダII。岩を使いながら、ゆっくり距離を詰めてくる聖グロの車両。

 

「誘導そのものは成功しています」

 

 灯里は静かに言った。

 

「ですが、止められませんでした」

 

 かなえが無線を拾いながら声を上げる。

 

「右側のマチルダII、岩陰を使って登坂路へ進入! 左側も向かっています!」

 

 すずが操縦席で息を呑む。

 

「囲まれるんですか?」

「はい」

 

 灯里は頷いた。

 

「待ち伏せ地点で止められなかった以上、次は回り込みです」

 

 まどかが照準器を覗く。

 

「TOGⅡみたいですね」

「とても不本意ですが、その通りです」

 

 灯里は前方を見据えた。ここで自分が指揮を取るわけではない。隊長は西住みほだ。灯里の役目は、見えているものを伝えること。それから、TOGⅡでできることをすること。

 

「西住さん、左右の登坂路を取られたら厳しいです。片側だけでも止める必要があります」

『分かっています。でも、正面のチャーチルも止まりません』

 

 みほの声には焦りが混じっていた。正面からの圧力。左右へ展開するマチルダII。岩陰を使って迫る聖グロの車両。そして、ばらけた味方の射撃。聖グロリアーナは強引に突っ込んでいるわけではない。大洗に撃たせ、位置を見て、岩を使いながら、少しずつ有利な場所へ上がってきている。

 

 だが、それが一番怖い。

 

 大洗側の砲撃は続く。しかし、マチルダIIの装甲がそれを受け止める。チャーチルも、岩と傾斜を使いながらゆっくり前進してくる。

 

 DチームのM3リーにも、聖グロの砲撃が迫っていた。

 

『無理無理無理!』

『当たってるのに止まらない!』

『岩に隠れた! あっ、また出てきた!』

『どうすればいいの!?』

 

 次の瞬間、近くの岩肌に砲弾が当たり、土煙と破片がM3リーの周囲に散った。直撃ではない。白旗も、まだ上がっていない。だが、一年生たちには十分すぎた。

 

『きゃああああっ!?』

『もう無理!』

『逃げよ逃げよ!』

『降りて! 早く!』

 

 ハッチが開き、Dチームの一年生たちが次々と外へ飛び出した。戦車はまだ動ける。判定装置も、まだ白旗を出していない。けれど、乗員がいなくなったM3リーは、その場で止まったままだった。

 

「Dチーム、全員降車しています!」

 

 かなえが無線と外の様子を拾って声を上げる。

 

「白旗は?」

「まだです。でも、乗員が……」

 

 灯里が言いかけたところで、M3リーの上に白旗が上がった。

 

『Dチーム、行動不能!』

 

 審判の無線が入る。かなえが、代わりに大洗側へ報告した。

 

『Fチームより全車へ。Dチーム、行動不能です。乗員は全員降車、無事のようです』

 

 通信の向こうで、沙織が息を呑む。

 

『Dチームまで!?』

 

 みほの声が、少しだけ硬くなった。

 

『分かりました。各車、無理に撃ち合わないでください。撤退できる車両は、Aチームについてきてください』

 

 一方、Eチームの38(t)では、急な移動で履帯が外れていた。

 

『会長、動きません!』

『あー、動かないねー』

『何をしている! 早く直せ!』

 

 桃の声が焦る。BチームとCチームは何とか踏みとどまっているが、左右から迫る聖グロの圧力に少しずつ押され始めていた。

 

 Fチームは、高地の出口側に近い位置で構えている。かなえが無線を拾った。

 

「マチルダII一両、右側の登坂路へ進入! 大洗側の退路へ向かっています!」

 

 灯里は地図を見た。そこを抜けられれば、高地から市街地へ下がる退路が塞がれる。そして、その進路にいるのはTOGⅡだった。

 

「……来ます」

 

 灯里は静かに言った。

 

「あの車両、こちらを抜ければ、大洗の退路を塞げます」

「止めますか?」

「止めます」

 

 すずが操縦席で息を呑む。灯里は前方を見据えた。

 

「火野さん、履帯。撃破ではなく、まず止めます」

「了解」

 

 まどかが照準器を覗く。ちとせが砲弾を持ち上げた。

 

「砲弾、渡します」

「受け取りました」

「装填、完了!」

 

 りんが素早く声を上げる。

 

 TOGⅡの28ポンド砲が火を噴いた。

 

 重い砲声が高地に響く。

 

 砲弾は、右側の登坂路へ向かっていたマチルダIIの履帯付近を捉えた。マチルダIIが止まる。白旗は上がらない。

 

 だが、足は止まった。

 

「止まりました!」

 

 かなえが声を上げる。灯里はすぐに次を指示した。

 

「次、側面下部」

「もう一発ですか?」

「焦らなくていいです。動けない相手なら、TOGⅡでも間に合います」

 

 すずが驚く。ちとせとりんがすぐに動いた。

 

「次、渡します!」

「装填、いけます!」

「装填完了!」

 

 まどかが照準を合わせる。

 

「側面下部、狙えます」

「撃ってください」

 

 二発目。

 

 今度は、マチルダIIの側面下部に命中した。

 

 判定装置が作動する。

 

 白旗。

 

『聖グロリアーナ、マチルダII一両、行動不能!』

 

 かなえが一瞬、声を詰まらせた。

 

「や……やりました!」

「TOGⅡ、倒しましたね!」

「装填、詰まりませんでした」

「流れました」

「一両、止めました」

 

 すず、ちとせ、りん、まどかの声が続く。灯里は、TOGⅡの車内で深く息を吐いた。

 

「TOGⅡは追いつけません」

 

 そして、少しだけ誇らしげに続ける。

 

「だから、来る場所で待ちます」

 

 聖グロ側のチャーチルから、ダージリンがその様子を見ていた。

 

「あら」

 

 彼女は紅茶のカップを持つような仕草で微笑む。

 

「思ったより厄介ね」

 

 オレンジペコが頷く。

 

「TOGⅡの火力、侮れません」

「ええ。長いだけではないようだわ」

 

 ルクリリの声も通信に入った。

 

『あの長い戦車、鈍いのに砲は重いですわね!』

「そうね」

 

 ダージリンは穏やかに返す。

 

「遅い相手ほど、待つ場所を間違えないものよ」

 

 だが、一両を撃破しても、戦況は変わらなかった。聖グロリアーナは崩れない。右のマチルダIIが止まっても、正面側のチャーチルは前進を続ける。左のマチルダIIは、すでに別の登坂路へ向かっていた。

 

 大洗の待ち伏せは、突破された。

 

 そして今度は、大洗自身が高地の上で追い詰められていた。

 

 みほは通信で叫んだ。

 

『各車、状況を教えてください!』

 

 沙織が必死に通信を拾う。

 

『Bチーム、まだ動けるって!』

『Cチームも、戦線維持中であります!』

 

 優花里が補足する。だが、沙織の声が焦る。

 

『Dチーム、乗員は無事だけど、行動不能!』

 

 桃の声が入る。

 

『こちらEチーム、履帯が外れている! すぐには動けん!』

『ダメっぽいねー』

 

 その後ろで杏がのんびり言った。かなえが、灯里の指示を受けて報告する。

 

『Fチーム、行動可能。撤退経路側に車体を向けています。いつでも下がれます』

 

 灯里は続けた。

 

「一両撃破しましたが、戦況は不利です。このまま撃ち合うと包囲されます」

 

 通信が、一瞬だけ重くなる。みほは、通信機の前で一度だけ息を吸ったようだった。桃の作戦を破棄することになる。でも、このままでは全滅する。

 

 沙織がそっと言った。

 

『みほ、みほが隊長なんだよ』

『西住さんが、一番良いと思う指示を出してください』

『早い方がいい』

 

 華と麻子も続く。少しだけ間が空いた。そして、みほの声が入る。

 

『全車、撤退します』

 

 通信が一瞬静まった。

 

『Aチームについてきてください』

 

 桃が反発する。

 

『撤退だと!?』

 

 みほは、はっきりと言った。

 

『このままでは包囲されます。市街地へ入って、地形を使って戦います』

 

 少し間を置いて、みほは続けた。

 

『もっとこそこそ作戦を開始します!』

『もっと!?』

 

 沙織が叫ぶ。灯里は通信で返した。

 

「Fチーム、了解。もっとこそこそします」

「だからTOGⅡでこそこそは無理ですって」

「気持ちです」

「気持ちなら仕方ないですね」

「分かってきましたね」

 

 まどかが、ほんの少しだけ笑った。

 

 大洗の戦車たちは、煙と砲声の中で動き出した。Ⅳ号を先頭に、市街地方面へ。BチームとCチームがそれに続く。DチームのM3リーは白旗を上げたまま高地に残り、一年生たちは安全な場所へ誘導されていく。Eチームは履帯の応急処置に必死だった。

 

 灯里はTOGⅡの車内で、みほへ通信を入れる。

 

「Fチームは最後尾につきます。追撃を受け止めます」

『でも、TOGⅡは遅いです』

 

 みほの声には迷いがあった。灯里は静かに答える。

 

「だからです」

『だから?』

「遅い車両を先に逃がすと、全員が詰まります。最後尾なら、壁になれます」

 

 少し沈黙。そして、みほが答えた。

 

『分かりました。お願いします、戸郷さん』

「了解しました、西住隊長」

 

 TOGⅡはゆっくりと後退し、長い車体を聖グロ側へ向ける。速くはない。追いつけない。逃げ切れない。それでも、退路を塞がせないために、長い車体を敵へ向ける。

 

 聖グロの砲弾が近くの地面を叩いた。車内が揺れる。

 

「追撃、来ます!」

 

 かなえが声を上げる。まどかが照準器を覗いた。

 

「牽制、撃てます」

「撃ってください。目的は撃破ではなく、時間を稼ぐことです」

 

 TOGⅡの砲声が響く。

 

 聖グロの前進が、ほんの少しだけ鈍る。

 

 その間に、大洗の戦車たちは市街地へ向かって走り出した。

 

「Fチーム、最後尾につきます」

 

 灯里はインカムに向かって告げた。

 

「ここから先は、もっとこそこそ作戦です」

 

 そして――。

 

 聖グロリアーナの砲声が、市街地の入口まで追ってきた。

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