『TOGⅡで戦車道を……?』   作:きのこ大三元

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第15話「もっとこそこそ作戦です!!」

 岩場を抜けた瞬間、砲撃音が後ろから追いかけてきた。目の前に広がるのは、大洗の町。海沿いの道、建物の影、細い路地、坂道、店先。見慣れているはずの町並みが、試合中にはまるで別の地形に見える。

 

 西住みほは、Ⅳ号戦車の車長席から前方を見据えた。

 

『全車、市街地に入ります』

 

 通信に、みほの声が入る。

 

『正面から撃ち合わないでください。建物の影、路地、高低差を使って、相手の側面を狙います』

『えっと、つまり……もっとこそこそ!』

『うん。もっとこそこそ作戦です』

 

 武部沙織がすぐに言い換え、みほが少しだけ困ったように認める。その声に、戸郷灯里はTOGⅡのキューポラから顔を出し、後方を確認した。

 

 聖グロリアーナの隊列は、まだ追ってきている。速くはない。だが、止まらない。岩場で一両を失ってなお、隊列に大きな乱れはなかった。

 

「……やっぱり、崩れませんね」

 

 灯里は呟いた。後ろから響く砲声は、さっきまでの岩場で聞いたものと同じだった。落ち着いていて、乱れがない。けれど、ここから先は市街地だ。大洗の町。みほたちの逃げ込む場所であり、反撃する場所でもある。

 

 その時、視界の端で何かが動いた。ビルの屋上。何人かの人がこちらへ向かって手を振っている。灯里は一瞬だけ迷い、それからキューポラから片手を上げて振り返した。

 

「戸郷さん、今、手を振ってました?」

「はい」

「試合中ですよ?」

「TOGⅡは、いかなる時も優雅なのです」

 

 操縦手席の小走すずが声を上げる。砲手席の火野まどかが、照準器を確認したまま静かに言った。

 

「聖グロ相手だからですか?」

「それもあります」

「大洗ですけど」

「今は、両方です」

 

 呼子かなえが通信を拾いながら、少し笑った。

 

「Fチーム、住宅街方面へ進入します」

「進入というか、詰まりそうです」

「まだ詰まっていません」

 

 すずが前方を見て言い、灯里は地図を見ながら指示する。

 

「細い道には入らず、大きめの路地を使います。TOGⅡは姿を消します」

「すぐバレそうです」

「気持ちの問題です」

「こそこそする気持ちですね」

「はい。とても大切です」

「車体が長いですけど」

「そこは、心で補います」

「補えるんですか?」

「補いたいです」

 

 早見りんと米倉ちとせの声に、灯里は真面目に答える。TOGⅡの長い車体は、住宅街の角をゆっくりと曲がっていった。どう見ても隠れきれてはいない。けれど、灯里は本気だった。

 

 TOGⅡは速く走れない。ならば、相手が来る場所に先にいるしかない。

 

 それが、Fチームの戦い方だ。

 

 * * *

 

 聖グロリアーナ側では、オレンジペコが周囲を確認していた。

 

「大洗側、各車両が市街地へ分散しました」

 

 チャーチルの車内で、ダージリンは静かに頷く。

 

「地の利を活かすつもりね」

「追撃しますか?」

「もちろん。でも、深追いは禁物よ」

 

 ダージリンは、カップを持つような仕草をした。

 

「紅茶も戦車道も、香りを見失ってはいけませんもの」

 

 聖グロの戦車隊は、市街地の入口で隊列を少し広げた。完全にばらけることはしない。けれど、大洗を探すために、マチルダIIがそれぞれ別方向へ進み始める。

 

 オレンジペコは、遠くのTOGⅡを一瞬だけ見た。

 

「ルイボスさん……いえ、戸郷さんは、後方で道を押さえるつもりでしょうか」

「ええ。あの子は昔から、動けないものの使い方を考えるのが上手だったわ」

 

 ダージリンは静かに微笑む。

 

「ただ、今のあの子は聖グロの生徒ではない。大洗のFチーム車長として、どう動くのか見せてもらいましょう」

 

 市街地の奥。控えとして待機しているクルセイダー隊の方から、遠く騒がしい声が聞こえた気がした。

 

『ルイボス先輩、あんなに長い車体で隠れるつもりですのー!?』

 

 灯里には届かない。けれど、その声の響きだけが、記憶の底で小さく跳ねた。

 

 * * *

 

 聖グロの一両を、建物の陰から見つめる影があった。CチームのIII号突撃砲。低い車体を利用し、建物の死角に潜んでいた。

 

「来たぞ」

 

 エルヴィンが小さく言う。

 

「伏兵、今こそ!」

「ここが戦の分かれ目!」

 

 マチルダIIが路地へ入る。側面が見えた。

 

「撃て!」

 

 III号突撃砲の砲声が響く。砲弾はマチルダIIの側面を捉えた。

 

 白旗。

 

『聖グロリアーナ、マチルダII一両、行動不能!』

 

 Cチームの車内に歓声が上がった。

 

「勝鬨を上げよ!」

「我ら、戦果を得たり!」

 

 その報告を聞いたダージリンの手元で、カップがわずかに揺れた。

 

「……おやりになるわね」

 

 オレンジペコが前方を確認する。

 

「Cチーム、建物の影を上手く使っています」

「ええ」

 

 ダージリンは微笑む。

 

「でも、ここまでよ」

 

 * * *

 

 別の通りでは、Bチームの八九式が、ルクリリのマチルダIIと向き合っていた。

 

「来るなら来い!」

「根性で受ける!」

 

 磯辺典子たちは、なぜか真正面から気合いで張り合っている。マチルダIIの車内で、ルクリリは眉をひそめた。

 

「な、何ですの、あの気合いだけの戦車は!」

 

 大洗の町並みは、広いようで意外と狭い。店先、看板、曲がり角、細い路地。八九式はそれらを利用し、マチルダIIを一瞬だけ誘い込んだ。

 

「今です!」

 

 八九式が撃つ。砲弾がマチルダIIの外部燃料タンク付近に命中した。

 

 炎が上がる。

 

「やった!?」

「撃破!?」

 

 Bチームが歓声を上げかけた。しかし、白旗は上がらない。

 

 ルクリリの怒った声が響く。

 

「やってくれましたわね!」

 

 マチルダIIが砲塔を向ける。次の瞬間、八九式に砲撃が命中した。

 

 白旗。

 

『Bチーム、行動不能!』

 

「根性が足りなかったー!」

「でも惜しかった!」

 

 磯辺たちの声が無線に入る。

 

 一方で、Cチームも逃げきれなかった。先ほど一両撃破したものの、車体に立てていた幟が市街地の中で目立ちすぎた。聖グロのマチルダIIが角を曲がりながら砲塔を向ける。

 

「旗が見えますわ」

 

 砲撃。

 

 III号突撃砲にも白旗が上がった。

 

『Cチーム、行動不能!』

 

「旗が……!」

「士気高揚の代償か……!」

 

 エルヴィンたちの声が消えていく。

 

 * * *

 

 AチームのⅣ号車内に、撃破報告が続く。

 

「Cチーム、行動不能!」

 

 沙織が通信を押さえながら叫ぶ。続けて、別の報告が入る。

 

「Bチームも、敵撃破失敗、行動不能!」

「残っている大洗側は、私たち、Fチーム、それからEチームの状況次第であります!」

「相手は……まだ四両です」

 

 優花里が状況を整理し、華が静かに言った。みほは息を呑んだ。聖グロリアーナは、まだチャーチルを含めて四両。大洗は、すでにかなり削られている。

 

 そこへ、灯里から通信が入った。

 

『Fチーム、行動可能。ただし、市街地での移動はかなり制限されています』

「戸郷さん、無理しないで」

『無理はしません。TOGⅡにできることをします』

 

 みほの声に、灯里はすぐに返した。

 

 灯里は、市街地の地図と聖グロの動きを照らし合わせた。チャーチルが押さえる。マチルダが逃げ道を塞ぐ。こちらの行き先を、一つずつ消していく。

 

 この動き、知っている。

 

 私は、かつてこの隊列の中にいた。でも、今は違う。今は、大洗のTOGⅡに乗っている。そう思った瞬間、胸の奥に別の記憶が滲んだ。

 

 聖グロの整備区画。並ぶチャーチルとマチルダII。クルセイダーの軽いエンジン音。そして、そこにはない長い影。

 

 TOGⅡは、そこにいなかった。

 

『ルイボス。あなたは、どうしてそこまでTOGⅡにこだわるの?』

 

 誰かの声。

 

 答えたのは、自分だった。

 

『あれに乗れない戦車道は――』

 

 そこで、記憶は途切れた。

 

 灯里は息を吸う。今は、試合中だ。

 

「Fチーム、路地を塞ぎます」

 

 灯里が言うと、すずが息を呑んだ。

 

「本当に塞いだら、私たちも動けませんよ」

「それでいいです」

「よくないです」

「西住さんたちが抜ける時間を作ります」

「足止めですか」

「分断です」

 

 まどかが照準器を覗きながら言う。TOGⅡの長い車体が、路地の入り口へ横たわるように動いた。

 

 長い。あまりにも長い。

 

 そこにいるだけで、道を塞ぐ。

 

 追撃してきたマチルダIIが進路を変えざるを得なくなる。かなえが無線で報告した。

 

「聖グロ車両一両、進路変更! もう一両も減速!」

「よし」

 

 灯里は頷いた。

 

「西住さん、今です。そちらの包囲が少し薄くなります」

『ありがとう、戸郷さん!』

 

 みほの声が返る。だが、聖グロも黙っていない。TOGⅡが道を塞いでいる以上、そこを排除すればよい。マチルダIIが側面へ回り、チャーチルからの指示で砲撃位置を整えていく。

 

 灯里の耳に、ダージリンの声が聞こえた気がした。

 

『また道を塞ぐのね、ルイボス』

 

 穏やかで、どこか懐かしい声。

 

『あなたらしいわ』

 

 灯里は静かに息を吐いた。

 

「ここまでです」

「撤退しないんですか?」

「撤退するより、ここに残った方が長く役に立ちます」

 

 かなえが振り返り、すずが操縦桿を握ったまま少しだけ悔しそうに言った。

 

「曲がれませんしね」

「はい。ですが、曲がれないことにも意味はあります」

 

 聖グロの砲撃がTOGⅡに命中した。車体が揺れる。まどかが踏ん張る。

 

「まだ撃てます」

「牽制を」

「了解」

 

 TOGⅡが砲撃する。だが、聖グロは止まらない。

 

 二発目。

 

 三発目。

 

 そして、判定装置が作動した。

 

 TOGⅡの上に白旗が上がる。

 

『Fチーム、行動不能!』

 

 かなえが小さく息を呑む。ちとせとりんも、装填位置で動きを止めた。灯里は、白旗の上がったTOGⅡの中で静かに言った。

 

「役目は果たしました」

 

 まどかが照準器から目を離す。

 

「次は、もう少し長く塞ぎます」

「次は、もう少し曲がれるようにします」

「次は、もっと早く伝えます」

 

 すずとかなえも続く。灯里は少しだけ微笑んだ。

 

「はい。次です」

 

 * * *

 

 TOGⅡが作ったわずかな隙を使い、Aチームは包囲を抜けた。だが、聖グロはすぐに追ってくる。逃げる途中、一両のマチルダIIが狭い通りで操作を誤り、店先に突っ込んだ。

 

 大きな音が響く。店の看板が揺れ、壁が崩れる。店主が顔を出した。

 

「おお、新築にできる!」

 

 白旗状態のTOGⅡからその様子を見ていた灯里は、思わず呟く。

 

「戦車道協会から補助金でも出るのでしょうか……」

「出るんじゃないですか?」

「出ないと困りますね」

 

 りんとちとせが小さく頷く。市街地戦は、町も巻き込む。それでも町の人たちが怒らないのが、この世界の不思議であり、戦車道の常識だった。

 

 * * *

 

 Aチームは、さらに路地を抜ける。麻子の操縦は鋭い。細い道を選び、角を抜け、追撃をかわしていく。しかし、逃げ込んだ先は工事中だった。

 

 前方に通行止めの看板。資材。行き止まり。

 

「行き止まり!?」

 

 沙織が叫ぶ。みほはすぐに後方を確認した。

 

 聖グロが迫っている。

 

 チャーチル。マチルダII三両。

 

 完全に追い込まれた。

 

 ダージリンの声が通信に入る。

 

『こんな格言を知ってる?』

 

 みほは息を呑む。

 

『イギリス人は、戦争と恋愛では手段を選ばない』

 

 白旗の上がったTOGⅡの車内で、灯里はその声を聞いて小さく反応した。

 

「出ました」

「出た?」

「ダージリンさんの口癖です」

「思い出したんですか?」

「少しだけ」

 

 かなえが首を傾げる。チャーチルが砲塔を向ける。みほたちは絶体絶命だった。

 

 その瞬間。

 

『ちょうど間に参上〜!』

 

 軽い声とともに、金色の38(t)が横から飛び出してきた。杏会長のEチーム。桃が砲手席で狙いをつける。

 

「今だ!」

 

 砲撃。

 

 外れた。

 

 目の前で、外れた。

 

「なぜだ!」

 

 桃の悲鳴。

 

「桃ちゃん、ここで外す!?」

 

 柚子が驚いた調子で言う。次の瞬間、聖グロの四両から集中砲火を受ける。38(t)に白旗が上がった。

 

『Eチーム、行動不能!』

 

「やられた〜」

 

 杏の声は、どこか軽かった。しかし、その一瞬で、Aチームは横の路地へ抜けることができた。

 

 みほはすぐに指示する。

 

「五十鈴さん、右のマチルダII!」

「はい!」

 

 華が砲撃する。狙いは甘くない。マチルダIIに命中し、白旗が上がる。

 

『聖グロリアーナ、マチルダII一両、行動不能!』

 

 沙織が叫ぶ。

 

「やった!」

 

 しかし、みほはすぐに次を見ていた。

 

「まだです。大通りに出ます」

「了解」

 

 麻子が頷く。Ⅳ号は路地を抜け、大通りへ出た。

 

 みほは周囲を見て判断する。

 

「相手が出てくる路地を、先に押さえます」

「なるほど! 先回りされる前に、こちらが出口を取るのでありますね!」

 

 優花里が声を上げる。聖グロのマチルダIIが路地から出てくる。

 

 その瞬間。

 

「撃ってください!」

 

 華が撃つ。

 

 白旗。

 

 さらにもう一両。

 

 建物の死角から出てきたところを、麻子の操縦で角度を取り、華が撃つ。

 

 白旗。

 

 市街地に、砲声と歓声が響いた。

 

 残るは、ダージリンのチャーチル。

 

 * * *

 

 Ⅳ号とチャーチルが向き合った。大通り。周囲には破損した看板、砲撃跡、戦車が通った跡。そして、両者の間には静かな緊張。

 

 みほは息を整える。

 

「五十鈴さん、チャーチルの側面砲塔を狙ってください」

「はい」

 

 華が照準する。

 

 砲撃。

 

 命中。

 

 だが、白旗は上がらない。

 

「装甲に阻まれました!」

「効いてないの!?」

 

 優花里が叫び、沙織が青ざめる。みほは短く息を吐いた。

 

「距離を取ります」

 

 Ⅳ号が後退する。チャーチルも向きを変える。ダージリンは、落ち着いたままⅣ号を見ていた。

 

 みほは覚悟を決めた。

 

「このまま、決着をつけます」

「どうする」

「突撃すると見せかけて、側面に回ります」

「難しいな」

「お願い」

「分かった」

 

 麻子が短く答える。Ⅳ号が加速した。チャーチルへ向かって、真っ直ぐ突っ込む。ダージリンのチャーチルが砲塔を向ける。

 

 ギリギリまで引きつける。

 

 そして。

 

「今!」

 

 麻子が車体を振った。Ⅳ号が滑るように角度を変える。まるでドリフトするように、チャーチルの側面へ回り込む。華が照準する。ダージリンも砲塔を合わせる。

 

 ほぼ同時に、二つの砲声が響いた。

 

 一瞬、静寂。

 

 そして白旗が上がった。

 

 上がったのは――Ⅳ号だった。

 

『試合終了! 聖グロリアーナ女学院の勝利!』

 

 会場に、審判の声が響いた。

 

 * * *

 

 大洗は負けた。

 

 Ⅳ号の上で、みほはしばらく動けなかった。悔しい。けれど、不思議と、ただ怖いだけではなかった。最後まで戦った。自分の判断で、仲間と一緒に、最後まで。

 

「負けちゃったね……」

「ですが、最後まで戦えました」

「西住殿……素晴らしい指揮でありました」

「悪くなかった」

 

 沙織、華、優花里、麻子の声が続く。みほは、少しだけ目を伏せた。

 

「うん……ありがとう」

 

 そこへ、チャーチルからダージリンが降りてきた。オレンジペコも後ろに続く。少し離れた控え車両のそばでは、クルセイダー隊の面々が試合後の空気を見守っていた。

 

 その中で、ひときわ落ち着きのない影が身を乗り出している。

 

「ルイボス先輩、本当にTOGⅡに乗ってましたのねー!」

 

 その声は遠くからで、試合後のざわめきに半分混ざった。灯里は、白旗の上がったTOGⅡのそばで少しだけ目を細める。

 

 聞き覚えがある。速くて、騒がしくて、紅茶より炭酸みたいな声。けれど、まだ名前までは霧の中だった。

 

 ダージリンはみほの前まで来ると、静かに微笑んだ。

 

「よい試合でしたわ」

「ありがとうございました」

 

 みほは頭を下げる。ダージリンは、少しだけ首を傾げた。

 

「ところで、あなたのお名前は?」

 

 みほは一瞬、言いづらそうにした。その名前は、今も少し重い。けれど、隠すものでもない。

 

「……西住、みほです」

 

 その名を聞いた瞬間、ダージリンの表情がほんの少し変わった。

 

「西住……」

 

 そして、確認するように言う。

 

「もしかして、西住流の?」

「はい」

 

 みほは小さく頷いた。ダージリンは少し驚いたように見つめ、それから穏やかに微笑んだ。

 

「そう。随分、まほさんとは違うのね」

 

 みほは、わずかに目を伏せる。だが、ダージリンの声には責める響きはなかった。

 

「でも、悪い意味ではありませんわ」

 

 みほが顔を上げる。ダージリンは続けた。

 

「あなたの戦車道は、まだ形になりきってはいない。けれど、今日の最後の一手には、確かにあなた自身がありました」

「私自身……」

「ええ。次にお会いする時が楽しみですわ」

 

 みほは、言葉を探すように少しだけ黙った。そして、静かに頭を下げた。

 

「ありがとうございます」

 

 ダージリンは微笑み、それから視線を少し遠くへ向けた。そこには、白旗を上げたTOGⅡがいた。長い車体。ダックスフンドホットドッグのエンブレム。Fチーム。まだ仮名の、いぬさんチーム候補。

 

「それに、今日は懐かしい茶葉にも会えましたし」

 

 オレンジペコが、静かにその視線を追う。

 

「ルイボスさん……いえ、戸郷さんも、最後まで大洗の一員として戦っていましたね」

「ええ」

 

 ダージリンは穏やかに頷いた。

 

「TOGⅡで道を塞ぐなんて、とてもあの子らしいわ」

 

 白旗の上がったTOGⅡのそばで、灯里はその言葉を聞いていた。

 

 赤い制服。紅茶の香り。ルイボスと呼ぶ声。そして、長い戦車の影。

 

 TOGⅡに乗れない。

 

 その言葉だけが、胸の奥で引っかかっている。

 

 けれど、その先はまだ見えない。

 

 試合は終わった。大洗は負けた。けれど、終わっていないものがあった。

 

 西住みほにとっての、戦車道。

 

 そして、戸郷灯里にとっての、聖グロリアーナ。

 

 ダージリンの紅茶の香りが、忘れていた名前の奥にある記憶を、静かに呼び覚まそうとしていた。

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