※本話のマジノ女学院、および戦術解釈には、史実のマジノ線を元にした独自解釈を含みます。
マジノ線――それは、かつてフランスが築いた巨大な防衛線である。
第一次世界大戦で、フランスは国土に大きな被害を受けた。
塹壕。
砲撃。
長期戦。
次にドイツと戦うことになった時、同じように国境を突破され、国内へ戦火を広げられるわけにはいかなかった。
そこでフランスは、ドイツ国境方面に大規模な防衛線を築いた。
厚いコンクリート。
地下に広がる施設。
砲台、機関銃陣地、弾薬庫、兵員通路。
敵を正面から受け止め、押し返し、味方が反撃準備を整える時間を稼ぐための、守りの象徴。
それが、マジノ線だった。
ただし、その名前が歴史に残った理由は、単に強固だったからだけではない。
正面から攻めれば、確かに厄介だった。
硬い。
抜きにくい。
真正面からぶつかれば、大きな損害が出る。
だからこそ、敵は別の道を選んだ。
真正面から破るのではなく、迂回する。
固定された防御線に付き合わず、動ける部隊で横を抜く。
守りのために作られた壁は、回り込まれた時、壁であるがゆえにすぐには動けない。
マジノ線は、弱い防御ではなかった。
むしろ、強固だった。
けれど、強固な守りは、それだけで勝利を保証するものではない。
どれほど硬くても、相手がそこに来なければ意味がない。
どれほど立派な壁でも、戦場そのものが動いてしまえば、置き去りにされることがある。
マジノ女学院。
その名を聞いた時、戸郷灯里の頭に浮かんだのは、まさにその言葉だった。
守りは堅い。
正面は危険。
撃ち合えば、こちらが削られる。
相手の得意な場所で戦えば、大洗はきっと苦しくなる。
ならば、どうするか。
灯里は、ノートの端に小さく書いた。
『正面から付き合わない』
真正面から押し込まない。
固い場所を無理に抜かない。
相手が守りたい場所ではなく、相手が動かざるを得ない場所を作る。
戦車道は、ただ強い場所に居座るだけでは勝てない。
動く。
誘う。
ずらす。
隠れる。
抜ける。
そして、必要な場所で受け止める。
戸郷灯里は、ペン先を止めた。
「……TOGⅡみたいですね」
長くて、重くて、遅い。
その場に構えれば、邪魔になるほど存在感がある。
けれど、動く戦場に置いていかれれば、ただの長い的になる。
灯里は少し考え、すぐに書き足した。
『TOGⅡは、置く場所を間違えるとマジノ線になる』
それは、あまりにも不名誉なようで。
けれど、あまりにも的確な自己分析だった。
大洗女子学園とマジノ女学院の練習試合。
その戦いは、硬い守りをどう壊すかではなく。
硬い守りを、どう動かすかの戦いになるはずだった。
* * *
マジノ女学院との練習試合が決まった。
その知らせが戦車道倉庫前で発表された時、大洗女子学園の戦車道チームは、少しだけざわついた。
「マジノ女学院?」
武部沙織が首を傾げる。
「どんなとこー?」
河嶋桃は腕を組み、胸を張った。
「フランス戦車を主力とする学校だ。伝統的に、防御を主体とした戦い方で知られている」
「防御……」
西住みほは、その言葉に少しだけ考え込むような顔をした。
隣では、秋山優花里が資料を抱えて目を輝かせている。
「マジノ女学院は、フランス戦車を中心に編成された学校であります! 過去の資料や確認されている情報では、ルノーR35、ルノーFT-17、ソミュアS35、Char B1 bisなどが運用されているようです!」
五十鈴華が穏やかに問いかける。
「フランス戦車というのは、どのような特徴があるのでしょう?」
「車両によってかなり違いますが、全体的には防御寄りの車両も多いであります。ただし、古い車両や火力不足の車両も含まれているため、運用がとても重要になります!」
戸郷灯里も、TOGⅡの車体に手を添えながら頷いた。
「フランス戦車は、硬いものは硬いですが、遅い車両も多いです」
沙織が灯里を見る。
「戸郷さん、詳しいね」
「ゲームで……いえ、資料で見ました」
「今、ゲームって言いかけたよね?」
「気のせいです」
冷泉麻子が眠そうに言う。
「いつものやつだ」
灯里は真面目な顔で資料を指差した。
「R35やFT-17は、速度や火力に弱点があります。特にFT-17はかなり古い戦車です。正面から無理に撃ち合うより、動き方で崩す方が良いと思います」
みほも続ける。
「ただ、油断はできません。相手も自分たちの弱点は分かっているはずだから」
「そして、注意すべきはソミュアS35であります!」
優花里が一枚の資料を出した。
「ソミュアS35は騎兵戦車で、他のフランス戦車と比べると足が速いです。四十七ミリ砲も搭載していますし、機動力を活かされるとかなり厄介であります!」
灯里も静かに頷く。
「ソミュアS35は油断できません。TOGⅡにとっても危険です」
小走すずが、Fチームの方から顔を出す。
「TOGⅡより速いからですか?」
「はい。大抵の戦車はTOGⅡより速いですが、S35は特に回り込まれると厳しいです」
「大抵の戦車は、の部分が悲しいですね」
「事実です」
灯里は真顔だった。
さらに優花里は、もう一枚の資料を広げる。
「それから、Char B1 bisも警戒すべき車両であります!」
「びーわん……びす?」
沙織が聞き返す。
「はい! フランスの重戦車で、車体砲と砲塔砲を備えた特徴的な車両です。装甲も厚く、正面から撃ち合うのは危険であります!」
灯里は少しだけ眉を寄せた。
「B1 bisは厄介です。TOGⅡでも正面から雑に撃ち合うのは避けたいです」
「TOGⅡでも?」
華が少し驚いたように言う。
「はい。TOGⅡの主砲は強いですが、こちらも撃たれれば無事では済みません。相手の向きと距離を選ぶ必要があります」
桃が大きく頷く。
「つまり、マジノ女学院は防御主体の学校として知られているが、車両によっては速いものや重いものもいる。油断は禁物ということだ」
杏が干し芋をかじりながら、軽くまとめた。
「まあ、要するに、ちゃんと練習しよーってことだね」
「そういうことです!」
桃がびしっと指を立てた。
灯里は資料に目を落とす。
確認できているのは、あくまで過去資料と一般的な情報。
実際に、今回の練習試合でマジノがどの車両を出してくるか。
どんな戦い方をしてくるか。
そこまでは、まだ分からない。
だからこそ、準備するしかなかった。
* * *
その日から、マジノ戦へ向けた練習が始まった。
まず、みほは各チームの特徴を確認しながら、それぞれに役割を与えていった。
「Cチームは、正面から出すぎないでください」
III号突撃砲F型の前で、みほは地図を広げる。
「三突は車高が低いので、物陰や地形を使った待ち伏せに向いています。相手の側面を取れる位置に先に入ってください」
「伏兵であるな!」
「はい。無理に追いかけるより、来る場所を読んで待つ方がいいと思います」
エルヴィンが力強く頷く。
カエサルも頷いた。
「なるほど。待ち伏せこそ勝機」
「影に潜むぜよ」
「奇襲は兵法の基本!」
おりょうが腕を組み、左衛門佐が真剣な顔で言った。
みほは少しだけ苦笑した。
「ただし、幟は控えめにしてください」
Cチームの全員が、一瞬だけ固まった。
聖グロ戦で、幟が位置を知らせる目印になってしまった記憶が蘇ったのだろう。
「……心得た」
エルヴィンが静かに頷いた。
次は、DチームのM3リー中戦車。
一年生たちは車内から顔を出し、真剣に説明を聞いていた。
「Dチームは、平地に不用意に出ないようにしてください」
「はい!」
澤梓が背筋を伸ばす。
「M3は大きくて目立ちます。だから、建物や地形を使って、相手に撃たれにくい場所から動くのが大事です」
「つまり、隠れる!」
「でも、隠れすぎて味方と離れないように」
「はい!」
他の一年生たちも声をそろえる。
「頑張ります!」
沙織がその様子を見て、こっそりみほに言った。
「みほ、隊長っぽくなってきたね」
「そ、そうかな」
「かっこいいです、西住殿!」
「そんな……まだまだだよ」
優花里は目を輝かせた。
華が微笑む。
「ですが、皆さん、西住さんの言葉を聞いて動こうとしています」
「板についてきた」
「冷泉さんまで……」
麻子も短く言った。
みほは照れたように笑った。
それでも、指示は止めない。
Bチームには、根性だけで飛び出さず、味方と歩調を合わせること。
Eチームには、38(t)の機動力を活かして、状況確認と連絡を意識すること。
Aチームには、自分たちだけで戦おうとせず、全体を動かす中心として振る舞うこと。
そして、Fチーム。
TOGⅡ。
* * *
Fチームは、TOGⅡの車内で装填練習をしていた。
灯里。
まどか。
すず。
かなえ。
ちとせ。
りん。
六人は、いつもより真剣な顔だった。
「TOGⅡの課題は、はっきりしています」
灯里は砲弾を見ながら言った。
「装填が遅いことです」
米倉ちとせが砲弾を抱える。
「重いです」
早見りんが受け取りながら頷く。
「長いです」
「九十五ミリ級の砲弾です。砲弾本体だけでも十キロ前後はあります。薬莢込みならさらに扱いづらいです」
火野まどかが照準器を確認しながら言う。
「装填手が二人いても、連射は苦手ですね」
「はい」
灯里は頷いた。
「だから、一発を大切にします」
かなえがメモを取る。
「一発を外すと、次弾まで時間がかかる」
「その間にS35が回り込んできます」
すずが操縦席で嫌そうな顔をした。
「速い相手に回り込まれるのは困ります」
「非常に困ります。TOGⅡは回り込まれると、すぐには砲塔も車体も追いつけません」
「つまり、回り込まれる前に止める」
「そうです」
灯里は地図を示す。
「TOGⅡは、待ち伏せ位置へ先に着く必要があります。後から追いかけても間に合いません」
すずが頷く。
「先に行く。早く決める。ゆっくり動く」
「完璧です」
「ゆっくり動くは褒め言葉なんですね」
「TOGⅡにとっては」
灯里は真剣だった。
装填練習が始まる。
「ちとせさん、砲弾」
「はい」
「りんさん、受け取り」
「はい、次」
重い砲弾を、二人で受け渡す。
厨房で大量の食材を運ぶ手際。
盛り付けの正確さ。
流れを止めない動き。
給食部専攻で培ったものが、少しずつ戦車内作業に変わっていく。
「装填完了」
まどかが時間を確認する。
「まだ遅いですね」
りんが息を整えながら言う。
「もう少し、受け渡しを短くできます」
「砲弾を置く位置を変えた方がいいです」
ちとせも頷く。
かなえがメモする。
「配置変更案、記録します」
「もう一度いきます」
灯里が言うと、ちとせが気合を入れた。
「はい!」
「次、焼き上がり……ではなく、装填です!」
りんも続ける。
すずが笑う。
「今、焼き上がりって言いましたね」
「癖で」
りんは少し照れた。
灯里は真面目に言う。
「悪くありません。TOGⅡの一発は、焼き上がりを待つ料理のようなものです」
まどかが即座に返す。
「その例えは、たぶん危険です」
「そうですか」
「はい。外すと焦げます」
「では、焦がさないようにしましょう」
Fチームの車内に、少しだけ笑いが生まれた。
* * *
練習は続いた。
Cチームは建物の陰からの狙撃位置を確認する。
Dチームは、不用意に平地へ出ない練習。
Bチームは根性で突撃しそうになるたびに、みほに止められる。
Eチームは周囲確認と連絡。
Aチームは全体を見る練習。
みほの指示は、少しずつ自然になっていた。
沙織が無線で情報を整理する。
「Bチーム、左の通路へ移動中。Cチーム、建物の陰で待機。Dチーム、ちょっと前に出すぎかも!」
みほがすぐに指示する。
「Dチーム、そこで止まってください。右側の建物に隠れられます」
『了解です!』
澤の声が返る。
「Cチーム、目標が見えたら正面ではなく側面を狙ってください」
『心得た!』
「Fチームは、そのまま待機。S35役のEチームが回り込んでくる想定です」
灯里が通信で返す。
『Fチーム、了解しました。TOGⅡは動かず、待ちます』
すずの小さな声も乗る。
『動いても遅いですしね』
『正解です』
みほは思わず笑いそうになった。
けれど、すぐに前を見る。
マジノは、聖グロとは違う。
聖グロは崩れない隊列で押してきた。
マジノは、防御主体の学校として知られている。
ならば、こちらから無理に崩しに行けば、逆に相手の得意な形に入ってしまうかもしれない。
みほは地図を見る。
守る学校を、どう動かすか。
それが、次の試合の課題だった。
* * *
一方その頃。
マジノ女学院の作戦室では、フォンデュが大洗女子学園の資料をまとめていた。
エクレールは机の前に座り、胃薬を手元に置きながら、その資料を受け取る。
「大洗女子学園のデータです」
フォンデュは一枚ずつ説明していく。
「車両は、Ⅳ号戦車D型、八九式中戦車甲型、III号突撃砲F型、M3リー中戦車、38(t)戦車。そして、TOGⅡ」
エクレールは資料の一枚を見て、目を細めた。
「TOGⅡ……本当にいるのですね」
「はい。聖グロリアーナ戦でも確認されています。主砲火力が高く、道を塞ぐ運用も行ったようです」
「厄介ですわね」
「さらに、乗員の練度も上がっている可能性があります」
エクレールはTOGⅡの写真を見た。
長い。
あまりにも長い。
「……長いですわね」
「長いです」
「本当に戦車ですの?」
「戦車です」
「そう……」
エクレールは胃薬に手を伸ばしかけて、耐えた。
フォンデュは次の資料を出す。
「それから、隊長についてです」
「大洗の隊長?」
「はい。西住みほ」
その名を聞いた瞬間、エクレールの手が止まった。
「……西住?」
「はい」
フォンデュは資料をめくる。
「昨年まで、黒森峰女学園で副隊長を務めていたようです。西住まほの妹でもあります」
エクレールは、ゆっくりと椅子に座り直した。
「西住流……」
戦車道に関わる者なら、その名を知らない者は少ない。
厳格で、強く、正面から相手を打ち破る戦車道。
その頂点にいる流派。
エクレールにとっても、西住流は特別だった。
幼い頃。
初めて見た西住しほの試合。
無駄のない指揮。
迷いのない前進。
相手を圧倒する強さ。
そして、戦車道家元としての凛とした佇まい。
その姿に、憧れた。
あれほど強く、美しい戦車道があるのだと、幼いエクレールは胸を打たれた。
フォンデュが、少しだけ含みのある声で言う。
「隊長が、昔から気にされていた流派ですね」
エクレールは小さく咳払いした。
「……その話は、今しなくてよろしいですわ」
「西住しほ様の、迷いのない戦い方と凛とした佇まいに心を打たれた、と以前おっしゃっていました」
「フォンデュ」
「はい。ここまでにしておきます」
しかし、エクレールの表情は真剣だった。
「西住まほは、西住流の素質を強く受け継いでいると聞いています」
「はい」
「そして、西住みほはその妹」
なぜ、そんな人物が大洗にいるのか。
なぜ、無名校で隊長をしているのか。
エクレールの胃が、きゅっと痛んだ。
今度は耐えきれず、胃薬を一包取り出す。
「……また胃が」
フォンデュは水を差し出した。
「どうぞ」
「ありがとう」
薬を飲みながら、エクレールは資料を見る。
大洗女子学園。
無名校。
戦車道復活直後。
だが、隊長は西住みほ。
補佐にはTOGⅡを操る戸郷灯里。
未完成で、読みにくい。
しかも、要所に厄介な駒がある。
「これは……想像以上に難しい相手ですわね」
フォンデュが頷く。
「油断はできません」
「当然です」
エクレールは資料を机に置いた。
「作戦会議を開きます」
* * *
マジノ女学院の作戦室に、主要メンバーが集められた。
フォンデュが大洗の車両データを読み上げる。
「Aチーム、Ⅳ号戦車D型。隊長は西住みほ。柔軟な指揮を行う可能性があります」
エクレールは頷く。
「最優先で警戒します」
「Bチーム、八九式中戦車甲型。火力は低めですが、積極的に動く傾向があります」
「軽視は禁物ですわ。油断したところを突かれる可能性があります」
「Cチーム、III号突撃砲F型。待ち伏せに注意」
「特に側面を見せないように」
「Dチーム、M3リー中戦車。火力は複数ありますが、練度に不安」
「だからこそ、予想外の動きをするかもしれません」
「Eチーム、38(t)戦車。軽快な動きに注意」
「追わせすぎないこと」
フォンデュは最後の資料を持ち上げた。
「そして、Fチーム。TOGⅡ」
作戦室の空気が少し変わる。
「主砲火力が高く、車体が長大。機動力は低いものの、進路封鎖や待ち伏せで大きな効果を発揮する可能性があります」
エクレールは静かに言った。
「あの車両は、動かなくても戦場を変えます」
ガレットが腕を組む。
「長いだけではなく?」
「ええ。長いからこそ、ですわ」
エクレールは地図に線を引く。
「TOGⅡが先に位置を取れば、こちらの動きは制限されます。特にS35の進路を塞がれると厄介です」
フォンデュが補足する。
「では、TOGⅡをどう避けるかが重要ですね」
「避けるだけでは不十分です」
エクレールは作戦図を見る。
「TOGⅡばかりを見れば、西住みほに崩されます。西住みほばかりを見れば、TOGⅡに道を塞がれます」
作戦室が静かになる。
「我々は、変わらなければなりません。けれど、焦って崩れては意味がない」
エクレールは、マジノの隊員たちを見渡した。
「変革したマジノ女学院が、どこまで通用するか」
その声には、胃痛を押し込めた覚悟があった。
「腕試しといきましょう」
* * *
その日の夕方。
大洗女子学園の戦車道倉庫では、まだ練習が続いていた。
TOGⅡの車内では、装填練習の掛け声が響く。
「砲弾、渡します!」
「受け取りました!」
「装填完了!」
まどかが時間を読み上げる。
「前回より少し短縮しました」
灯里は頷いた。
「良いです。焦らず、確実に」
すずが操縦席で言う。
「S35役、また来ます」
かなえが無線を拾う。
「Eチーム、右側から回り込み想定!」
灯里は地図を見る。
「Fチーム、動きません。ここで待ちます」
「動かないんですか?」
ちとせが驚く。
「来るなら、ここです」
「では、焼き上がりを待ちます」
「装填です」
「はい、装填です」
りんが砲弾を抱え直し、灯里は小さく頷いた。
外では、みほの声が響いていた。
「Cチーム、そこで待機してください。Dチームは前に出すぎないで。Bチームは一度下がってください」
その指示は、以前よりずっと自然だった。
沙織が通信で笑う。
『みほ、すっかり隊長だね』
『そ、そうかな』
『西住殿、かっこいいであります!』
『照れると指示が遅れるぞ』
『あ、ごめん』
優花里の声も弾み、麻子が短く言う。
華が静かに笑った。
大洗は、大洗なりに進んでいる。
マジノも、マジノなりに動き始めている。
防御を主体とする、伝統ある学校。
そして、戦車道を復活させたばかりの、未完成な大洗女子学園。
練習試合の日は、少しずつ近づいていた。
大洗はまだ知らない。
マジノ女学院が、ただ守るだけの学校ではなくなろうとしていることを。
そしてマジノもまた、まだ知らない。
未完成な大洗が、試合の中でどれだけ形を変えていくのかを。
その二つの戦車道が、まもなくぶつかろうとしていた。