『TOGⅡで戦車道を……?』   作:きのこ大三元

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第21話「マジノ戦、開幕前」

 大洗女子学園艦は、静岡の清水港へ向かっていた。

 

 今日の練習試合は、前回の聖グロリアーナ戦とは違う。

 

 大洗町ではない。

 相手側の演習場。

 

 つまり、アウェー戦だった。

 

 戸郷灯里は、甲板から遠くの景色を眺めながら、静かに息を吐いた。

 

 試合会場が相手の土地であるというだけで、戦い方は大きく変わる。

 

 道を知っているか。

 地形を知っているか。

 どこに隠れられるか。

 どこが危険か。

 

 それを最初から知っている相手と、これから確認するこちら。

 

 その差は、思った以上に大きい。

 

「地の利は、向こうにありますね」

 

 灯里が呟くと、隣にいた秋山優花里が大きく頷いた。

「はい! 事前情報は集めていますが、実際の地形は現地に行かなければ分からないであります!」

「なんか、もうそれだけで緊張するんだけど……」

 

 武部沙織が少し不安そうに海を見た。

 

 五十鈴華は穏やかに微笑む。

「ですが、知らない場所で戦うのも、よい経験になるのではないでしょうか」

「朝が早くなければな」

「麻子、それは毎回言ってるよ」

 

 冷泉麻子が眠そうに言い、沙織がすぐに返す。

 

 西住みほは、手元の地図を見ながら静かに頷いた。

「うん。今回は、相手の演習場での試合だから……無理に攻め込むより、まず相手の動きを見ながら戦うことになると思う」

 

 みほの声は、以前より少しだけ隊長らしくなっていた。

 

 まだ自信満々というわけではない。

 

 それでも、迷いながら前を見る声になっている。

 

 灯里は、その変化を少し頼もしく思った。

 

 やがて、清水港が見えてくる。

 

 そこには、大洗女子学園艦だけではなく、もう一隻の学園艦が停泊していた。

 

 マジノ女学院の学園艦。

 

 山梨県所属の学園艦。

 海なし県である山梨に所属しているため、港は静岡側を借りているらしい。

 

 その艦影は、大洗のものとはかなり違っていた。

 

 低く、重く、どこか潜水艦を思わせる形。

 

 派手ではない。

 

 けれど、簡単には沈まないと言わんばかりの存在感がある。

 

「なんか、マジノの学園艦って……潜水艦みたいだね」

「重厚であります! 要塞艦のような雰囲気もありますね!」

 

 沙織がぽつりと言い、優花里は目を輝かせる。

 

 灯里は静かに頷いた。

「TOGⅡよりは短いですが、大きいです」

「比較対象そこなんだ」

「学園艦と比べられる戦車も大変だな」

「TOGⅡですので」

「理由になってない」

 

 沙織が突っ込み、麻子がぼそりと言う。

 

 そんなやり取りをしている間にも、接岸作業は進んでいく。

 

 そして、大洗の戦車たちを陸へ下ろす時間になった。

 

 Ⅳ号戦車D型。

 八九式中戦車甲型。

 III号突撃砲F型。

 M3リー中戦車。

 38(t)戦車。

 

 それぞれが慎重に陸へ降ろされていく。

 

 そして最後。

 

 TOGⅡ。

 

 長い。

 

 とにかく長い。

 

 港の作業員と自動車部が、妙に真剣な顔で誘導している。

 

「もう少し右!」

「いや、長い! 思ったより後ろが残ってる!」

「前は出たけど後ろがまだ船の上!」

「これ、本当に戦車か!?」

 

 灯里は真剣な顔で見守っていた。

「慎重にお願いします。TOGⅡは長いので」

「見れば分かるよ!」

「ですが、大事なことです」

「大事だけど!」

 

 自動車部のひとりが叫ぶ。

 

 小走すずが隣で苦笑した。

「戸郷さん、すごく心配そうですね」

「TOGⅡの上陸です。重要行事です」

「確かに、失敗したら試合前に終わりますね」

「それは困ります」

 

 火野まどかが冷静に言う。

 

 米倉ちとせは、少し祈るように手を合わせていた。

「無事に降りますように……」

「長いホットドッグを折らずに運ぶ時みたいですね」

「その例え、分かりやすいです」

 

 早見りんが言い、呼子かなえが少し笑う。

 

 時間はかかった。

 

 かなりかかった。

 

 けれど、TOGⅡは無事に陸へ降りた。

 

 灯里は深く息を吐く。

「上陸成功です」

「なんかもう、これだけで一仕事って感じだね!」

「はい」

 

 遠くから沙織が手を振り、灯里は真顔で答えた。

「TOGⅡは、移動から戦いです」

 

* * *

 

 マジノ女学院の演習場は、大洗とはまったく違っていた。

 

 港から少し移動した先。

 

 そこには、のどかな高原と木々が広がっていた。

 

 緩やかな起伏。

 広い草地。

 ところどころにある林。

 白い柵。

 石造り風の建物。

 遠くに見える山並み。

 

 どこか、フランスの田園風景を思わせるような演習場だった。

 

「わあ……なんか、おしゃれ」

 

 沙織が周囲を見回す。

 

 華も目を細めた。

「大洗とは、空気が違いますね」

「開けた場所もありますが、林や起伏も多いであります! 見通しのよい場所で捕まると危険ですが、隠れる場所もあります!」

 

 優花里は双眼鏡を覗きながら、すでに地形を確認している。

 

 みほは地図と実際の地形を見比べていた。

「相手はここを知ってる。私たちは知らない。そこが一番大きいと思う」

「地の利は、完全に向こうですね」

 

 灯里も頷く。

 

 TOGⅡは、演習場の入り口付近でゆっくりと停止した。

 

 広い。

 

 たしかに広い。

 

 だが、広いということは、移動距離も長くなる。

 

 TOGⅡにとっては、それだけで課題だった。

 

「小走さん」

「はい」

「今日は早めに動きます」

「いつもよりですか?」

「はい。TOGⅡ基準で早めに」

「それ、普通の戦車基準だと遅いですよね」

「はい」

 

 すずは少しだけ笑った。

「了解です。TOGⅡ基準で早めに動きます」

 

 その時だった。

 

 角谷杏が、いつもの調子でやって来た。

「いやー、いい場所だねー」

 

 その横で、河嶋桃と小山柚子も周囲を確認している。

 

 杏は全員を見回して、にこにこ笑った。

「今回も負けたら、素敵な罰ゲームをプレゼントするよー」

 

 空気が凍った。

 

 特に、Aチームの面々が。

 

 沙織の顔から血の気が引く。

「素敵って言い方がもう怖い!」

「……あれ以上のものが、あるのでしょうか」

「あ、あんこう踊り以上は想像したくないであります……」

「ま、また踊るのは……」

「負けなければいい」

 

 華も微妙に青ざめ、優花里は肩を震わせる。

 

 みほも少しだけ顔を引きつらせ、麻子が短く言った。

 

 杏は嬉しそうに頷く。

「そうそう。勝てばいいんだよー」

 

 灯里は、あんこう踊りそのものをまだ完全には理解していない。

 

 だが、Aチームの反応で十分だった。

 

 これは、負けてはいけない。

 

 絶対に。

 

「罰ゲームというのは、戦術的士気向上策だったのですね」

「恐怖による士気向上ですね」

「効果はあります」

「問題もありそうです」

「はい」

 

 灯里が呟き、まどかが冷静に返す。

 

 それでも、大洗側の空気は少し引き締まった。

 

 罰ゲームが怖い。

 

 だが、試合も怖い。

 

 そして、負けるわけにはいかない。

 

* * *

 

 しばらくすると、マジノ側から一台の移動車がやって来た。

 

 演習場の草地をゆっくりと進み、大洗側の前で停まる。

 

 扉が開き、二人の少女が降りてきた。

 

 一人は黒髪で、柔らかい雰囲気をまとった少女。

 

 落ち着いた立ち振る舞い。

 丁寧な所作。

 

 だが、ただ優しいだけではない。

 

 その背筋には、隊長らしい芯があった。

 

 もう一人は、副官らしい雰囲気の少女。

 

 控えめだが、周囲を見る目は鋭い。

 

 黒髪の少女が、一歩前に出る。

「ごきげんよう。お初にお目にかかります」

 

 彼女は丁寧に一礼した。

「マジノ女学院隊長、エクレールと申します」

 

 大洗側からは、杏と桃が前に出た。

 

 桃は背筋を伸ばし、やや堅い声で挨拶する。

「大洗女子学園生徒会広報、河嶋桃だ。本日は練習試合をお受けいただき、感謝する」

「よろしくねー」

 

 杏はいつも通りだった。

 

 エクレールは穏やかに微笑む。

「こちらこそ。全国大会前の貴重な機会ですもの。喜んでお受けいたしました」

 

 沙織が小声で言った。

「なんだか普通そうだね」

「普通そうな人ほど、胃薬を持ってるかもしれない」

「なんで胃薬?」

「なんとなく」

 

 麻子が同じく小声で返す。

 

 そのやり取りを、灯里は聞いて少しだけ首を傾げた。

 

 なぜだろう。

 

 当たっていそうな気がした。

 

 エクレールは、大洗側を見渡す。

 

 そして、少しだけ姿勢を正した。

「ところで、大洗女子学園の隊長、西住さんはいらっしゃいますか?」

 

 みほが一歩前に出る。

「はい。隊長の西住みほです」

 

 その瞬間。

 

 エクレールが、ほんのわずかに止まった。

 

 間。

 

 短い沈黙。

 

 けれど、灯里にはそれが分かった。

 

 西住。

 

 その名前に反応したのだ。

 

 エクレールはすぐに表情を整え、静かに頭を下げる。

「光栄です」

 

 そして、まっすぐみほを見る。

「まさか、西住流の方と相まみえることになるとは」

 

 みほは少し困ったような顔をした。

「いえ、私は……」

 

 しかし、エクレールはそれ以上踏み込まなかった。

 

 ただ、真剣な声で言う。

「今日は全力でやらせていただきます」

 

 みほも、姿勢を正して頭を下げた。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 二人は握手を交わした。

 

 静かな握手だった。

 

 けれど、その間には、確かに緊張があった。

 

 西住流の名。

 無名校の隊長。

 そして、マジノ女学院の新しい隊長。

 

 それぞれの背負うものが、その短い握手の中にあった。

 

 その少し後ろで、フォンデュがTOGⅡを見ていた。

 

 灯里は、その視線に気づく。

「TOGⅡです」

 

 フォンデュは少しだけ目を瞬かせた。

「まだ何も聞いていませんが」

「見ていたので」

「確かに見ていました」

 

 フォンデュは改めてTOGⅡを見上げる。

「あれが、噂のTOGⅡですか」

「はい。TOGⅡです」

「本当に長いのですね」

「はい。長いです」

 

 フォンデュは少し考える。

「それは、強みなのですか?」

 

 灯里は即答しなかった。

 

 少しだけTOGⅡを見る。

 

 そして答える。

「はい。弱点でもあります」

 

 フォンデュの表情が、ほんの少しだけ変わった。

「なるほど」

 

 灯里は続ける。

「守るために作られたものは、動かし方が難しいです」

 

 フォンデュは静かに灯里を見た。

 

 少しだけ、意外そうに。

 

 そして、ふっと微笑む。

「……マジノの戦車にも、似たところがありますね」

「そうかもしれません」

「ただ、TOGⅡを可愛いと感じるには、もう少し時間がかかりそうです」

 

 灯里は真剣に頷いた。

「大丈夫です。いずれ分かります」

「努力します」

 

 フォンデュはそう言って、軽く一礼した。

 

 エクレールも挨拶を終え、移動車へ戻ろうとしている。

「では、ごきげんよう」

 

 彼女は最後にもう一度、大洗側へ微笑んだ。

「よい試合にいたしましょう」

 

 マジノ側の移動車は、静かに去っていく。

 

 華がその背を見送りながら言った。

「堂々とした方ですね」

「マジノ女学院の隊長……ただ者ではないであります」

 

 優花里も頷く。

 

 沙織は少しだけ安心したように言う。

「でも、優しそうだったよね」

「優しい人が弱いとは限らない」

 

 麻子が短く返した。

 

 杏はにんまり笑う。

「相手にとって不足なしだねー」

 

 桃が大きく声を上げた。

「各員、試合準備に入れ!」

 

* * *

 

 大洗側では、みほが地図を広げて作戦説明を始めた。

 

 各チームの車長と主なメンバーが集まる。

 

 灯里もFチーム代表として、TOGⅡのそばで地図を覗き込んだ。

 

「今回は、相手の演習場での試合です」

 

 みほは、地図上の地形を指差す。

「つまり、地の利は相手にあります」

 

 全員が真剣に聞いている。

 

 沙織も、罰ゲームの恐怖でいつもより真面目だった。

 

「マジノ女学院は、過去の試合を見る限り、防衛戦術に重きを置いています」

 

 みほは続ける。

「こちらから不用意に攻め込むと、待ち伏せや防御陣地に引き込まれる可能性があります」

 

 優花里が資料を開いた。

「R35やB1 bisの装甲に正面から挑むのは危険であります!」

 

 灯里も補足する。

「相手は装甲の厚い車両もいます。正面から撃つより、側面や弱点を狙うべきです」

 

 みほが頷いた。

「特に、側面やエンジンブロック周辺を狙ってください」

 

 Cチームの歴女たちが顔を見合わせる。

 

 エルヴィンが腕を組んだ。

「つまり、正面衝突を避け、側面を突く……桶狭間か」

「いや、敵を誘導して側面を突くなら、カンナエの戦いに近い」

「敵を油断させて斬り込むなら、池田屋ぜよ」

「袋の鼠にするなら、戦国の包囲戦!」

 

 カエサルが首を振り、おりょうが目を細め、左衛門佐が扇子を広げる。

 

 四人は一瞬黙った。

 

 そして、カエサルの方を見た。

「……カンナエだな」

「カンナエぜよ」

「カンナエである!」

「それだ!」

 

 みほは少し困ったように笑った。

「えっと……分かってもらえたなら、よかったです」

「今ので分かるの、すごいね……」

 

 沙織が小声で言う。

 

 灯里は真面目に頷いた。

「歴史は戦術の宝庫です」

 

 みほは地図に視線を戻す。

「今回大事なのは、単独で突っ込まないことです」

 

 その声に、Bチームのバレー部がぴくりと反応した。

「根性で突っ込むのは……」

「今回は、少し我慢してください」

「根性で我慢!」

「はい。根性で我慢してください」

 

 優花里が感動したように頷く。

「西住殿、扱いが上手くなっているであります」

「そ、そうかな」

 

 みほは少し顔を赤くした。

 

 華が微笑む。

「はい。とても自然です」

 

 みほは咳払いして、説明を続ける。

「常に動きながら、連絡を密にしてください。相手を一両ずつ孤立させて、こちらの包囲に入れていきます」

 

 杏が待ってましたと言わんばかりに口を挟んだ。

「で、作戦名は?」

「出た、作戦名」

 

 沙織が反応する。

 

 みほは少しだけ困った顔をした。

 

 けれど、以前ほど慌てない。

 

 少し考えてから、言った。

「えっと……アミアミ作戦です」

 

 一同が首を傾げる。

「アミアミ?」

 

 みほは地図に線を引いた。

「敵を包囲網で絡め取る作戦です。相手を一気に倒すんじゃなくて、少しずつ動ける場所を狭めて、こちらの有利な位置に誘導します」

 

 沙織が感心したように言う。

「みほ、作戦名も板についてきたね」

「そ、そうかな……」

 

 灯里は深く頷いた。

「良い名前です。TOGⅡも網の一部になります」

「TOGⅡは網というより、柵では?」

「長い網です」

「絡まったら、こちらも動けなさそうですね」

「TOGⅡもたぶん動けません」

「そこは否定しないんですね」

「事実ですので」

 

 すずが横から言い、まどかが冷静に続ける。

 

 少しだけ笑いが起きる。

 

 だが、すぐに桃が声を張った。

「ルールは殲滅戦だ!」

 

 空気が引き締まる。

「最後の一両まで気を抜くんじゃないぞ!」

 

 沙織が小さく震えた。

「殲滅戦って、また全部倒すやつだよね……」

「全部倒される可能性もある」

「言わないで!」

 

 麻子が淡々と言い、沙織が叫ぶ。

 

 みほは、全員を見渡した。

 

 Aチーム。

 Bチーム。

 Cチーム。

 Dチーム。

 Eチーム。

 Fチーム。

 

 まだ未完成。

 

 でも、聖グロ戦の時よりは少しだけ違う。

 

 みんなが、自分の役割を知り始めている。

 

 みほは、静かに息を吸った。

「みんな、乗り込みましょう」

 

 全員が返事をする。

「はい!」

 

 それぞれの車両へ向かって走り出す。

 

 Ⅳ号戦車D型。

 八九式中戦車甲型。

 III号突撃砲F型。

 M3リー中戦車。

 38(t)戦車。

 

 そして、TOGⅡ。

 

 灯里はTOGⅡの前で一度立ち止まり、長い車体を見上げた。

「行きましょう」

「TOGⅡ基準で早めに、ですね」

「はい」

 

 すずが操縦席へ向かう。

 

 まどかが砲手席へ入る。

「一発を大切にします」

「連絡、拾います」

 

 かなえが無線機を確認する。

 

 ちとせとりんが装填位置についた。

「砲弾、詰まらせません」

「焼き上がり……じゃなくて、装填します」

 

 灯里は頷いた。

「Fチーム、乗車します」

 

 TOGⅡの中に、六人の気配が収まっていく。

 

* * *

 

 清水の港から運ばれてきた戦車たちが、演習場の開始位置へ向かっていく。

 

 のどかな高原。

 木々の影。

 緩やかな起伏。

 

 そこは、大洗にとって知らない土地だった。

 

 けれど、知らない土地だからこそ、みほは地図を握りしめる。

 

 灯里はTOGⅡの長い車体を、ゆっくりと前へ進める。

 

 相手はマジノ女学院。

 

 防御を伝統とする、フランス戦車の学校。

 

 大洗はまだ知らない。

 

 そのマジノが、ただ守るだけではなくなろうとしていることを。

 

 そして――。

 

 高原の向こうで、新しいマジノが、静かに動き出していた。




本格的にマジノ戦が始まります!明日も更新予定です。
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