『TOGⅡで戦車道を……?』   作:きのこ大三元

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このTOGⅡはWOTだとtierⅦになると思います…多分…


第1.5話「生徒会は長い戦車を知っている」

 大洗女子学園での初日は、想像していたよりも普通に終わろうとしていた。

 

 転校初日。

 知らない教室、知らない机。そして、知っているはずなのに、初めて会う人たち。

 西住みほ、武部沙織、五十鈴華。

 画面の向こうにいたはずの少女たちは、当たり前のように同じ教室にいて、当たり前のように会話をして、当たり前のように笑っていた。

 

 灯里は、それを不思議な気持ちで見ていた。

 物語の中に入ったというより、誰かの生活の中へ突然紛れ込んでしまったような感覚だった。

 

 知っている。

 けれど、知らない。

 

 その距離感が、思っていたより難しい。

 

* * *

 

 放課後。

 

 教室のざわめきが少しずつ薄れていく中、灯里は鞄に教科書をしまっていた。

 今日はもう帰ろう。

 そして、地下ガレージのTOGⅡをもう一度確認しよう。

 

 整備記録、車内構造、屋台セット。

 そして、何より。

「搭乗員……」

 小さく呟く。

 TOGⅡは一人では動かない。動かすだけならともかく、戦車道で使うなら、砲手、操縦手、無線手、装填手が必要になる。

 しかも、装填手は二人欲しい。

 つまり、自分以外に五人。

「五人……」

 灯里は、少し遠い目をした。

 友達作りより先に、戦車の搭乗員探しが必要になる高校生活。

 なかなか癖が強い。

 

 その時だった。

 

 教室のスピーカーから、短い呼び出し音が鳴った。

『二年、戸郷灯里さん』

 灯里は顔を上げた。

『放課後、生徒会室まで来てください』

 

 教室に残っていた数人が、ちらりと灯里を見る。

「生徒会?」

「転校初日なのに?」

「何したの?」

 

 何もしていない。

 少なくとも、学校ではまだ何もしていない。

 

 地下ガレージにTOGⅡがあることを、何かしたに含めるなら話は別だが。

 

 灯里は鞄を持ち直した。

「……早いですね」

 この世界の展開は、思っていた以上に早い。

 

* * *

 

 生徒会室の前で、灯里は一度だけ深呼吸した。

 

 大洗女子学園の生徒会。

 角谷杏、小山柚子、河嶋桃。

 知っている名前だ。

 知っている顔だ。

 

 ただし、今から会うのは画面の中のキャラクターではない。

 この学校を動かしている、現実の先輩たちだった。

 

「失礼します」

 扉を開けると、三人がすでに待っていた。

 角谷杏は干し芋を手に、にこにこと笑っている。小山柚子は書類を揃え、河嶋桃は腕を組んで立っていた。

「やっほー、戸郷ちゃん」

「戸郷ちゃん……」

 灯里は一瞬だけ反応が遅れた。

「いえ。戸郷灯里です」

「うんうん、知ってる知ってる」

 杏は軽く手を振る。

 柚子が申し訳なさそうに笑った。

「急に呼び出してごめんね。少し確認したいことがあって」

「確認、ですか」

 桃が机の上の書類を一枚持ち上げた。

「戸郷灯里。大洗女子学園二年。本日付で転入。旧聖グロリアーナ女学院在籍歴あり……」

 

 聖グロ。

 

 灯里の眉が、ほんの少しだけ動いた。

 やはり、書類上ではそうなっているらしい。

 自分の中の記憶は、まだ霧がかかっている。赤い制服、紅茶、優雅な空気。そして、誰かが呼ぶ声。

 

 ルイボス。

 

 だが、詳細はまだ思い出せない。

 桃はさらに書類へ目を落とした。

「それと、旧戦車道関連車両登録情報に、追加車両がある」

 灯里は黙った。

 杏が、にこにこしたまま身を乗り出す。

「戸郷ちゃん」

「はい」

「戦車、持ってるよね?」

 

 灯里は固まった。

 

 かなり直球だった。

 もう少し段階を踏むかと思っていた。少なくとも、「君の自宅地下ガレージにある大型車両について」くらいの言い方を想像していた。

 

 だが、杏は一切遠回りしなかった。

 

 戦車、持ってるよね。

 

 灯里は数秒考えた。

「……持っている、という表現が適切かは分かりませんが」

 杏の目が、少しだけ楽しそうに細まる。

「じゃあ、あるんだ」

「……あります」

 桃が、やや驚いたように声を上げた。

「本当にあるのか!」

「あります」

 灯里は素直に頷いた。

 否定しても仕方がない。

 自宅地下ガレージに、全長十メートル級の超重戦車が堂々と存在している。見間違いではない。夢でもない。しかも、整備済みだった。

 杏は満足そうに頷く。

「ほらねー」

「ほらね、ではありません会長。普通、転校生が戦車を持っているとは考えません」

 桃が真面目に突っ込む。

 柚子も困ったように笑った。

「でも、登録情報には出てるんだよね」

 桃が書類を灯里の方へ向けた。

 

 そこには、確かに記載があった。

 

『大洗女子学園・旧戦車道関連保管車両』

『追加登録車両:TOGⅡ』

『車長予定者:戸郷灯里』

『搭乗員:未定』

 

 灯里は、じっと書類を見つめた。

 正式な書類だった。

 しかも、なぜか行政処理まで済んでいるように見える。

 

 自分が今朝初めて見つけたはずのTOGⅡが、すでに学校側の情報に載っている。

 

 灯里は静かに思った。

 この世界、処理が早すぎる。

 

「確認します」

 桃が真剣な顔で言う。

「このTOGⅡという車両は、戦車道に使用可能な状態なのか?」

「整備記録を見る限り、走行可能です。安全装置や戦車道用の調整も入っているようでした」

「動かせるのか?」

「動かすだけなら、私が」

「一人でか?」

「走行だけなら。ただ、戦車道として運用するなら乗員が足りません」

 桃は頷く。

「乗員六名……だったか」

「はい。車長、砲手、操縦手、無線手、装填手、装填手。私は車長と通信手を兼任できますが、それでも五人足りません」

 

 五人。

 

 簡単に集まる人数ではない。

 ましてや、TOGⅡである。

 長く、重く、遅く、目立つ。

 初見で「乗りたい」と言ってくれる人間がどれだけいるかは、正直分からない。

 

 杏は、そんな灯里を見ながら、ぽりぽりと干し芋をかじった。

「ふーん。でさ」

「はい」

「あのTOGⅡって、ホットドッグ売れるんだって?」

 

 灯里は、また固まった。

 

 そこまで把握されているのか。

 

「……正確には、TOGドッグ販売セット一式が車内にありました」

「やっぱり」

 杏の表情がさらに楽しそうになる。

 桃が頭を押さえた。

「会長、今はホットドッグの話ではありません」

「いやー、大事でしょ。戦車道ってお金かかるし、目立つし、お祭り感も大事だし」

「お祭り感で戦車道を語らないでください」

「でも、長い戦車から長いホットドッグ出てきたら、絶対みんな見るよ?」

 

 灯里は否定できなかった。

 

 TOGⅡは目立つ。

 長い。

 ホットドッグも長い。

 悔しいほど相性がいい。

 

「……確かに、注目は集められると思います」

「でしょー?」

 杏は満足そうに笑った。

 柚子が苦笑しながら書類を確認する。

「でも、まずは戦車道の選択授業の説明会だね。戸郷さんにも、参加してもらうことになると思う」

「戦車道、復活するんですね」

 灯里は静かに言った。

 桃が胸を張る。

「本年度より、大洗女子学園では選択科目として戦車道を復活させる予定だ」

「予定、ですか」

「正式発表はこれからだがな」

 

 来る。

 

 分かっていた。

 それでも、実際に言葉として聞くと、胸の奥が少しだけ揺れた。

 

 大洗の戦車道が動き出す。

 西住みほが、再び戦車に向き合う時が来る。

 そして自分も、TOGⅡと共にその中へ入っていく。

 

 杏が干し芋を揺らした。

「まあ、戸郷ちゃんのTOGⅡも、使えるなら使いたいよねー」

「戦力としては、扱いが難しいと思います」

 灯里は正直に言った。

「遅いですし、長いですし、目立ちます」

「そこまで自覚しているのか」

 桃が少し感心したように言う。

「はい。ですが、長いことは悪いことではありません」

「今、急に前向きになったな」

「TOGⅡなので」

「理由になっているのか?」

 柚子が小さく笑った。

 杏は灯里を見て、少しだけ目を細める。

「じゃあ、戸郷ちゃん」

「はい」

「搭乗員探し、頑張ってね」

 

 軽い言い方だった。

 けれど、内容は重かった。

 

 灯里は書類をもう一度見る。

 

『搭乗員:未定』

 

 未定。

 その二文字が、やけに現実的だった。

 

「……はい」

 灯里は頷いた。

「探します」

 

* * *

 

 生徒会室を出た後、灯里は廊下を歩きながら考えていた。

 

 戦車道が復活する。

 TOGⅡは登録されている。

 車長予定者は自分。

 けれど、搭乗員は未定。

 

 それも、ただ乗ればいいわけではない。

 あの長くて重い車体を扱うには、練習が必要だ。

「誰に乗ってもらうか……」

 灯里は小さく呟いた。

 

 その瞬間、掲示板の前で足が止まる。

 そこには、選択授業に関する案内が貼られていた。いくつもの授業名が並ぶ中に、まだ正式な募集開始前らしい一枚の紙がある。

 

 灯里は近づいた。

 見間違いではなかった。

 

『選択科目に関するお知らせ』

 

 その下に、小さく追記されている。

 

『戦車道選択授業については、後日説明会を実施予定』

 

 灯里は息を呑んだ。

 

 始まる。

 

 分かっていた。

 それでも、実際に文字として見ると、全身がぞくりとした。

 

 大洗の戦車道が動き出す。

 西住みほが、再び戦車に向き合う時が来る。

 そして自分も、TOGⅡと共にその中へ入っていく。

「……始まるんだ」

 

 その時、ポケットの中の生徒用端末が震えた。

 画面を見る。

 学内システムからの通知だった。

 

『旧戦車道関連車両登録情報更新』

 

 灯里は眉をひそめる。

 指で画面を開いた。

 

 表示された一覧の中に、先ほど生徒会室で見たものと同じ項目がある。

 

『大洗女子学園・旧戦車道関連保管車両』

『追加登録車両:TOGⅡ』

『車長予定者:戸郷灯里』

『搭乗員:未定』

 

 灯里は固まった。

 廊下の喧騒が、少し遠くなる。

 

 紙の上で見た時よりも、端末の画面で見る方が、妙に現実味があった。

 

 正式に登録された。

 正式に、自分の名前が載った。

 そして正式に、仲間はいない。

 

 灯里は端末を握りしめ、天井を見上げる。

「……ですよね」

 

 TOGⅡはある。

 戦車道は始まる。

 車長予定者にもされている。

 

 だが、仲間はいない。

 

 映画館の席は、もうない。

 でも、TOGⅡの車長席はある。

 そして、その席から見る物語は、きっとスクリーンで見るより近い。

 

 近すぎて、怖いくらいに。

 

 灯里は端末を閉じた。

 廊下の向こうから、誰かの足音が聞こえる。

 

 まだ誰かは分からない。

 けれど、その足音が、これから始まる何かの合図のように思えた。

 

『戦車道選択授業、近日再開』

『追加登録車両、TOGⅡ』

『車長予定者、戸郷灯里』

『搭乗員、未定』

 

 そして――。

 

 戸郷灯里の戦車道は、まだ一人分の席しか埋まっていなかった。

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