『TOGⅡで戦車道を……?』   作:きのこ大三元

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第22話「動くマジノ」

 高原を、六両の戦車が進んでいた。

 

 先頭はAチームのⅣ号戦車D型。

 

 その後ろに、Bチーム、Cチーム、Dチーム、Eチームが続く。

 

 そして、少し離れた後方では、FチームのTOGⅡがゆっくりと長い車体を揺らしていた。

 

 緩やかな丘。

 

 林。

 

 起伏の多い道。

 

 見通しは悪くない。

 

 けれど、撃たれる場所も、隠れられる場所も多い。

 

 マジノ女学院の演習場。

 

 そこは、防御の学校が相手を迎え撃つには、十分すぎる場所だった。

 

「TOGⅡ、やや遅れています」

 

 呼子かなえが無線を確認しながら言う。

 

 戸郷灯里は、車長席で落ち着いた声を返した。

 

「やや、ではありません。TOGⅡ基準では順調です」

「普通の戦車基準では?」

「遅れています」

 

 小走すずが操縦席で小さく笑う。

 

「認めるんですね」

「事実は認めます。ですが、TOGⅡは急ぎません」

「急げない、ではなく?」

 

 火野まどかが砲手席から言う。

 

 灯里は真顔で答えた。

 

「急がない、です」

 

 TOGⅡは急がない。

 

 急げない、とも言う。

 

 だが、灯里の中では違う。

 

 堂々と。

 

 ゆっくりと。

 

 長い車体を見せつけるように。

 

 TOGⅡは、高原を進んでいた。

 

* * *

 

 AチームのⅣ号車内では、秋山優花里が双眼鏡と資料を交互に見ていた。

 

「西住殿」

「うん?」

「今日の大洗とマジノの戦力ですが……大体、同じくらいに感じます」

 

 みほは少しだけ首を傾げた。

 

「戦力……?」

 

 大洗側は、マジノ女学院の過去の試合記録や保有車両については調べている。

 

 けれど、今日の練習試合でどの戦車が出てくるのか、完全な編成までは確認できていない。

 

 それなのに、優花里の言い方は妙に確信があった。

 

「ゆかりさん、もしかして……」

 

 沙織がじっと優花里を見る。

 

 優花里は少しだけ目を逸らした。

 

「実は、試合開始前に、マジノの編成をこっそり偵察してきまして……」

「ゆかりん、また何やってるの!?」

「情報収集であります!」

 

 沙織のツッコミに、優花里は胸を張った。

 

 華は穏やかに微笑む。

 

「ですが、助かる情報ではありますね」

「捕まらなくてよかったな」

 

 麻子が操縦席でぼそりと言う。

 

「はい! そこは全力で隠密行動を――」

「聞くと不安になるからそこまででいいよ!」

 

 沙織が止めると、優花里は慌てて資料を広げた。

 

「それで、確認できた範囲では、R35が二両。その砲身が、事前の資料と違っていました」

「砲身が?」

「はい。SA38の長砲身です」

 

 みほの表情が少し変わる。

 

 沙織が眉を寄せた。

 

「つまり、何が違うの?」

「主砲の威力が上がっている、ということだと思う」

「威力が?」

「うん。今までの短い砲身だと、距離があるとそこまで脅威じゃなかったけど、長砲身なら貫通力がかなり上がるの」

 

 優花里が続ける。

 

「資料によりますと、短砲身では五百メートルで十数ミリ程度の装甲貫通力でしたが、SA38なら同じ条件で四十ミリ以上を狙えるとも言われています!」

「三倍以上!?」

「はい。つまり、距離や角度次第では、AチームのⅣ号も油断できません」

 

 華が静かに頷く。

 

「それは、慎重に動く必要がありますね」

 

 みほは無線機へ視線を向ける。

 

「沙織さん、各チームへ伝えて。R35の主砲が強化されている可能性があるって」

「了解!」

 

 沙織はすぐに無線へ声を飛ばした。

 

「各チームへ! マジノのR35、砲身が事前データと違うみたい! 距離があっても油断しないで!」

 

 無線から、各チームの返答が続く。

 

『Bチーム、了解! 根性で避ける!』

『Cチーム、了解した! 敵の武装変更、戦ではよくあること!』

『Dチーム、了解です! えっと、つまり当たると危ない!』

『Eチーム、りょーかーい』

 

 最後に、少し遅れてFチームから返答が来た。

 

『Fチーム、了解しました』

 

* * *

 

 TOGⅡ車内。

 

 沙織の通信を聞いた灯里は、少しだけ顎に手を当てた。

 

「R35の主砲換装……やはり、相手も調整してきていますね」

 

 すずが操縦しながら聞く。

 

「TOGⅡは大丈夫なんですか?」

「TOGⅡの装甲は、砲塔や車体でおおむね八十五ミリから六十五ミリ程度。重戦車らしい装甲はあります」

 

 かなえがすぐにメモを取る。

 

「背面は?」

「約五十ミリ程度です」

 

 まどかが照準器を確認しながら言った。

 

「後ろを取られると危険ですね」

「非常に危険です。後方両側面には弾薬庫。後方中央にエンジン。その両側面に燃料タンクがあります」

 

 ちとせが砲弾を見ながら呟く。

 

「後ろは守らないといけませんね」

「ホットドッグでも、後ろから具がこぼれたら大変です」

「それは少し違いますが、気持ちは分かります」

 

 灯里は真剣に言った。

 

 すずが苦笑する。

 

「ゲームでは紙装甲って言われてたんですよね?」

「相手が悪いだけです。TOGⅡは悪くありません」

「そこは譲らないんですね」

「はい」

 

 灯里は前方を見る。

 

「問題は、S35に回り込まれることです。足が速い相手に後ろを取られると、TOGⅡは対応が遅れます」

「なら、回り込まれる前に撃つか、通る場所を塞ぐ」

 

 まどかが静かに返す。

 

 灯里は頷いた。

 

「その通りです。TOGⅡは、追いかけて勝つ戦車ではありません」

 

 長い車体が、高原の道をゆっくり進む。

 

「来る場所で待ちます」

 

* * *

 

 マジノ女学院は、すでに高地を押さえていた。

 

 緩やかな丘の上。

 

 林と起伏に守られた位置。

 

 そこに、五両のマジノ戦車が布陣している。

 

 ソミュアS35のハッチから身を乗り出したエクレールは、双眼鏡で大洗の戦車列を確認していた。

 

「大洗の六両、来ましたわね」

 

 通信手が報告する。

 

「各車、射撃準備は完了しています」

「よろしいですわ」

 

 エクレールは双眼鏡を下ろした。

 

 マジノは、防御の学校。

 

 相手を待つ。

 

 有利な場所で受け止める。

 

 焦れた相手を、射線の中で崩す。

 

 そのはずだった。

 

 けれど、今日のマジノは、ただ待っているだけではない。

 

「アラス作戦、開始!」

 

 その言葉に、車内の空気が引き締まる。

 

「まずは軽く射撃をして、反応を見ます。スペード・ブルー、クラブ・ブルー、射撃用意」

 

 丘の上で、マジノの戦車たちが一斉に砲塔を向ける。

 

 通信手が告げた。

 

「各車、照準」

 

 エクレールは微笑む。

 

「さあ」

 

 一拍。

 

「ダンスの始まりですわ」

 

 砲声が、高原に響いた。

 

* * *

 

 着弾。

 

 土煙が上がる。

 

 大洗の戦車列の周囲に、次々と砲弾が落ちた。

 

「撃ってきた!」

 

 Aチーム車内で、沙織の声が跳ねる。

 

 みほはすぐに周囲を見る。

 

「落ち着いてください。まだ距離があります。敵の威嚇射撃です」

 

 外では、CチームとDチームが反撃しようとしていた。

 

『敵発見! 撃つぞ!』

『やり返しちゃえー!』

 

 III号突撃砲とM3リーが走行しながら砲を向ける。

 

 だが、距離が遠く、車体も揺れている。

 

 砲撃。

 

 土煙。

 

 命中はしない。

 

 優花里が言う。

 

「移動しながらの遠距離射撃は、やはり精度が出にくいであります!」

 

 みほは無線へ声を出した。

 

「各車、反撃はまだ控えてください。このまま直進します」

「このまま!?」

「うん。ぎりぎりまで引きつけます」

 

 沙織が驚く。

 

 撃ってくる。

 

 けれど、押し切ろうとはしない。

 

 こちらを止めるためではなく、こちらの動きを見ている。

 

 みほは、丘の上の砲煙を見つめた。

 

「……さっきの射撃、少し変」

 

 次の砲声。

 

 また土煙。

 

 特に狙われているのは、後方のTOGⅡだった。

 

* * *

 

 TOGⅡ車内が揺れる。

 

 直撃ではない。

 

 だが、至近弾だけでも車体に響く。

 

「やはり、TOGⅡは撃たれますね」

 

 灯里は平静だった。

 

 すずは操縦席で叫ぶ。

 

「平静すぎませんか!?」

「この世界でも狙われやすいとは……」

「大きいからでは」

 

 まどかが冷静に返す。

 

「長いからです」

「同じでは?」

「違います」

 

 かなえが無線を確認する。

 

「Aチームより指示。このまま直進」

「了解しました。Fチーム、前進継続」

 

 灯里は前を見る。

 

 砲弾は当たっていない。

 

 だが、狙われている。

 

 TOGⅡは大きい。

 

 遅い。

 

 目立つ。

 

 それは弱点だ。

 

 けれど、同時に意味もある。

 

「こちらを見ているなら、他の車両への圧は少し減ります」

 

 まどかが照準器を覗いた。

 

「牽制しますか」

「まだです」

 

 灯里は地図を見た。

 

「もう少し、引きつけます」

 

* * *

 

 マジノの次弾が放たれる。

 

 その瞬間、みほが声を上げた。

 

「散開!」

 

 大洗の戦車列が二手に分かれる。

 

 左へ、Aチーム、Bチーム、Eチーム。

 

 右へ、Fチーム、Dチーム、Cチーム。

 

 それぞれが丘の高地を包むように進路を変えた。

 

 沙織が無線を飛ばす。

 

「各チーム、散開! アミアミ作戦開始!」

 

『Bチーム、了解!』

『Cチーム、了解した!』

『Dチーム、了解です!』

『Eチーム、りょーかーい』

『Fチーム、了解しました』

 

 みほは丘の上を見る。

 

 マジノは、防御主体の学校。

 

 過去の記録では、相手を有利な場所へ引き込み、陣形で受け止める戦い方が多かった。

 

 だが、先程の射撃には違和感がある。

 

 ただ守るだけではない。

 

 こちらの動きを試している。

 

「まだ分からない。でも、気をつけて」

 

 華が照準器を覗きながら静かに言う。

 

「距離、縮まってきました」

「反撃します」

 

 みほは無線に手を伸ばした。

 

「各車、無理に当てようとしなくていいです。相手を動かすつもりで撃ってください」

 

 大洗の反撃が始まった。

 

 Aチームを中心に、各車が散開しながら距離を詰めていく。

 

 左側では、Bチームの八九式とEチームの38(t)が、丘の側面へ回り込むように動いていた。

 

 右側では、DチームのM3リーが少し危なっかしく進路を取り、その後方をFチームのTOGⅡがゆっくりと追う。

 

 そして、CチームのIII号突撃砲は、林の影へ滑り込むように進んでいた。

 

「Cチーム、狙撃位置へ移動中!」

 

 沙織が無線の情報を拾う。

 

「BチームとEチームは左側から回り込み! DチームとFチームは右側!」

 

 みほは地図と実際の地形を見比べた。

 

 少しずつ。

 

 少しずつだが、マジノの布陣を包み込む形になっている。

 

「このまま、相手を高地から動かします」

 

 みほの声に、沙織が少しだけ明るくなった。

 

「これ、いけるかも……?」

「こちらの動きに、相手も少し迷っているように見えます」

 

 華も照準器を覗きながら頷く。

 

「Cチームが側面を取れれば、かなり有利であります!」

 

 優花里が双眼鏡を覗き込む。

 

* * *

 

 FチームのTOGⅡも、右側からじわじわと前進していた。

 

 速くはない。

 

 だが、その長い車体と大きな砲は、そこにあるだけで圧になる。

 

「TOGⅡ、牽制射撃を行います」

 

 灯里が言った。

 

 まどかは照準器を覗く。

 

「距離があります。命中は期待できません」

「当たらなくても、相手を動かします」

「了解しました」

 

 ちとせとりんが砲弾を受け渡す。

 

「砲弾、渡します」

「受け取りました」

「装填完了!」

 

 かなえが無線を確認する。

 

「周囲、味方射線に問題ありません」

「撃ってください」

 

 灯里は頷いた。

 

 TOGⅡの主砲が火を噴いた。

 

 重い砲声。

 

 高原の空気が震える。

 

 砲弾はマジノの陣地近くの地面を抉り、土煙を高く上げた。

 

 命中ではない。

 

 けれど、十分だった。

 

* * *

 

 丘の上で、マジノの隊員が息を呑んだ。

 

『あの距離で撃ってきますの!?』

『直撃ではありません! ですが、着弾近いです!』

『TOGⅡ、砲撃継続の可能性あり!』

 

 エクレールは双眼鏡越しに、長い車体を見た。

 

 遅い。

 

 だが、火力は無視できない。

 

 そして、大洗の他車両は左右へ散り、こちらを包囲するように動いている。

 

「……散々やられた戦法ですわね」

 

 エクレールは小さく呟いた。

 

 正面に注意を向けさせ、側面を取る。

 

 動きを制限し、少しずつ撃てる場所を減らしていく。

 

 マジノがこれまで、幾度も苦しめられてきた形。

 

 通信手が不安そうに声を出す。

 

「エクレール様、このままでは……」

「分かっています」

 

 エクレールは、胃の奥がきりりと痛むのを感じながらも、声を強くした。

 

「今は耐える時です。各車、焦らないでください。大洗はこちらを動かそうとしています」

 

『ですが、側面を取られます!』

「取らせたように見せるのです」

 

 エクレールは、地図の脇に引かれた一本の矢印を見る。

 

 まだ。

 

 まだ、切り札は見せていない。

 

「防御陣形を崩さず、射線を維持。わたくしたちは、まだ崩れていませんわ」

 

 隊員たちの返答が、少しだけ落ち着きを取り戻す。

 

 その間にも、大洗は距離を詰めていた。

 

 包囲の網が、少しずつ狭まっていく。

 

* * *

 

 CチームのIII号突撃砲が、林の影に潜り込む。

 

 エルヴィンが声を低くした。

 

「よし、ここなら敵側面を狙える」

「高地に布陣した敵を側面から突く。これはカンナエに通じる」

「林に隠れての奇襲、いい感じぜよ」

「今こそ伏兵の時!」

 

 カエサル、おりょう、左衛門佐がそれぞれ声を潜める。

 

 エルヴィンは照準を合わせた。

 

「Cチーム、狙撃位置についた。敵側面を――」

 

 その時だった。

 

 Aチーム車内で、沙織が無線と視界情報を照らし合わせていた。

 

「Aチームから見て、正面に二両! 右側に一両、左側に二両!」

 

 沙織は、そこで眉をひそめる。

 

「……あれ?」

「沙織さん?」

「みぽりん、相手……五両しかいない」

「え?」

「マジノって、六両だったよね? でも今、見えてるの五両だけだよ!」

 

 みほの表情が変わった。

 

「一両、見えていない……?」

 

 次の瞬間。

 

 遠くの林の奥から、重い砲声が響いた。

 

 CチームのIII号突撃砲が大きく揺れる。

 

 白旗。

 

『Cチーム、行動不能!』

 

「な、何が撃ったの!?」

 

 沙織の声が裏返る。

 

 優花里が双眼鏡を覗き込んだ。

 

 林の影。

 

 そこに、見慣れない重い車体があった。

 

「あの車両……ARL44!?」

 

 みほが目を見開く。

 

「資料には……」

「少なくとも、今回出てくる情報はありませんでした!」

 

 優花里の声には、驚きと悔しさが混じっていた。

 

 調べた。

 

 調べたつもりだった。

 

 けれど、相手の全てを知れていたわけではない。

 

 Cチームの無線から、エルヴィンの声が聞こえる。

 

『まさか、伏兵を受ける側になるとは……!』

『これは桶狭間か!?』

『いや、姿を隠した重砲なら伏兵ぜよ!』

『では何だ!?』

『……奇襲だ!』

『それだ!』

 

 通信はそこで途切れた。

 

 大洗は、一両を失った。

 

 そして同時に、マジノの隠し札を知ることになった。

 

* * *

 

 エクレールは、Cチーム撃破の報告を受けて目を細めた。

 

「ARL44、奇襲成功」

 

 通信手が告げる。

 

「敵一両、行動不能です」

「よろしい」

 

 エクレールは地図を見る。

 

 大洗は散開した。

 

 そして、Cチームを失った。

 

 今こそ、動く時だった。

 

「全車、前進」

 

 フォンデュの声が通信に乗る。

 

『防御陣地を放棄するのですか?』

「放棄ではありません」

 

 エクレールは静かに言った。

 

「ここから動かすのです」

 

 一部の隊員が、一瞬返答に詰まる。

 

 従来のマジノなら、高地を守る。

 

 有利な射線を保つ。

 

 相手を近づけさせない。

 

 だが、エクレールは違う。

 

「守るために、動きますわ」

 

 ソミュアS35が丘を下る。

 

 R35が続く。

 

 しかし、R35はやや遅れた。

 

 FT-17はさらに遅い。

 

 B1 bisは重く、小回りが利かない。

 

 ARL44は砲撃後の再装填と車体の反応が鈍い。

 

 完全には噛み合っていない。

 

 それでも、マジノは動き出した。

 

* * *

 

「来る!?」

 

 沙織が叫んだ。

 

 丘の上で守るはずだったマジノの戦車が、こちらへ向かって降りてくる。

 

 みほはすぐに無線へ声を出した。

 

「各車、注意してください! マジノが前進してきます!」

 

 桃の声が飛ぶ。

 

『聞いていた話と違うぞ!』

 

 Bチームからも声が上がる。

 

『根性で迎え撃つ!?』

「いえ、無理に受けないでください!」

 

 みほは地図を見る。

 

 相手の演習場。

 

 相手の地形。

 

 そして、想定外の前進。

 

 大洗の各車が、ばらばらに動き始める。

 

 Aチームは状況を見ながら後退。

 

 BチームとEチームは左側で合流しようとする。

 

 Dチームは右側で慌てて進路を変える。

 

 FチームのTOGⅡは、Dチームの後方で進路を塞がないように動く。

 

 だが、TOGⅡは遅い。

 

「Dチーム、こちらへ寄りすぎないでください」

 

 灯里が無線で言った。

 

『でも、追われてます!』

 

 澤梓の声が返る。

 

「固まると狙われます。怖い時こそ、距離を取ってください」

『は、はい!』

 

 すずが操縦席で息を吐く。

 

「こちらも追われています」

 

 後方から、ソミュアS35が回り込もうとしていた。

 

 速い。

 

 TOGⅡでは振り切れない。

 

「Fチーム、進路を少し右へ」

「右ですね」

「Dチームの逃げ道を作ります」

 

 TOGⅡが長い車体を使って、道を塞ぐように角度を変える。

 

 S35はそのまま直進できず、進路を変えた。

 

 灯里は静かに言う。

 

「TOGⅡは、逃げ足は遅いですが」

 

 まどかが砲塔を回す。

 

「道を塞ぐのは得意です」

「はい」

 

* * *

 

 混乱が広がる。

 

 各チームの声が、無線に重なる。

 

『Bチーム、追われてる!』

『Dチーム、どっち行けばいいですか!?』

『Eチーム、こっちも敵来てるよー』

『Fチーム、進路変更中』

 

 Aチーム車内で、沙織が必死に情報を拾う。

 

「みほ、みんなバラバラ!」

 

 みほは歯を食いしばった。

 

 このまま固まれば、狙われる。

 

 けれど、逃げるだけでは追い詰められる。

 

 その時、無線に杏の声が入った。

 

『うろたえるなー!』

 

 一瞬、全員の声が止まる。

 

 Eチームの38(t)から、杏の声が続いた。

 

『ここは向こうの庭だよ。固まったら、まとめて料理されるよー』

 

 妙に軽い声。

 

 だが、その言葉は正しい。

 

『ばらばらに逃げて、ばらばらに見せて、つなげればいいんだよ』

 

 みほは顔を上げた。

 

「会長の言う通りです」

「みほ?」

「今は固まらず、とにかく動き回ってください!」

 

 みほは地図を見る。

 

 ばらばらに見せる。

 

 でも、つなげる。

 

 追われているなら、追わせればいい。

 

「沙織さん、全体の位置を教えて」

「うん!」

 

 沙織は無線を整理する。

 

「Aチームから見て、前方にBチームとEチーム! 右からDチームとFチームが来てる!」

 

 みほの目が地図上を走った。

 

「このまま交差します」

「交差!?」

「はい」

 

 みほは無線に声を飛ばした。

 

「各車、そのまま直進してください!」

 

 桃が驚く。

 

『このままではぶつかるぞ!』

「ぶつかりません。すれ違います」

 

 みほは息を吸った。

 

「バトンタッチ作戦、開始です!」

 

* * *

 

 エクレールは、大洗の動きを見て眉をひそめた。

 

「合流するつもり……?」

 

 追われている大洗の車両が、互いに近づいていく。

 

 普通なら、合流して固まる。

 

 そして、そこをこちらが包囲する。

 

 だが、大洗は合流しなかった。

 

 すれ違った。

 

「……素通り?」

 

 エクレールの目が見開かれる。

 

 追っていたマジノ車両の前に、別の大洗車両が現れる。

 

 追う相手が入れ替わる。

 

 向きが変わる。

 

 射線がずれる。

 

「追撃対象を、入れ替えた……!?」

 

 通信が乱れる。

 

『目標が入れ替わりました!』

『正面に別の大洗車両!』

『こちら、射線が取れません!』

 

 エクレールの胃が、きりりと痛んだ。

 

「西住みほ……!」

 

* * *

 

 大洗の反撃が始まった。

 

 Aチームが向きを変える。

 

 Dチームが逃げながら砲を向ける。

 

 BチームとEチームが別方向から迫る。

 

 そして、Fチーム。

 

 TOGⅡは、混戦の中で一時停止した。

 

「止まります」

 

 灯里の声に、すずが驚く。

 

「今ですか?」

「今です」

 

 灯里は前を見た。

 

「TOGⅡは、止まった時が一番強いです」

 

 まどかが照準を合わせる。

 

「目標、ソミュアS35」

 

 長い砲身が、ゆっくりと敵を追う。

 

 ちとせとりんが装填を終える。

 

「装填完了!」

 

 かなえが通信を拾う。

 

「敵車両、前方を横切ります!」

「撃ちます」

 

 まどかが引き金を引いた。

 

 TOGⅡの砲声が、高原に響く。

 

 狙いはエクレールのS35。

 

 だが、その手前に、クローバーの印が描かれた別のソミュアが飛び込んだ。

 

 着弾。

 

 白旗。

 

『マジノ、ソミュア一両、行動不能!』

 

 TOGⅡ車内に、一瞬の沈黙が落ちる。

 

 灯里が静かに言った。

 

「目標とは違いましたが、撃破です」

 

 まどかも頷く。

 

「結果としては成功です」

 

 かなえが無線へ声を出す。

 

「Fチーム、敵一両撃破!」

 

 大洗側から歓声が上がった。

 

* * *

 

 左側では、BチームがR35を追っていた。

 

「根性で履帯を狙う!」

 

 八九式が揺れながら砲を向ける。

 

 砲撃。

 

 命中。

 

 R35の履帯が外れ、動きが鈍る。

 

『やった! 履帯切った!』

 

 そこへ、Eチームの38(t)が背後から接近していた。

 

 桃が砲手席で声を張る。

 

「今だ! 撃て!」

 

 砲撃。

 

 近距離。

 

 命中。

 

 白旗。

 

『マジノ、R35一両、行動不能!』

 

 通信を聞いた灯里は、思わず呟いた。

 

「河嶋さんは、近づけば当たるのですね」

 

 かなえが即座に言う。

 

「それ、無線に乗っています」

 

『聞こえているぞ、戸郷!』

 

 桃の声が飛んできた。

 

 灯里は真面目に返す。

 

「失礼しました。褒めています」

『本当か!?』

『河嶋ー、当たったんだからいいじゃん~』

 

 杏の声がのんびり割り込んだ。

 

 少しだけ、大洗の空気が軽くなる。

 

 だが、状況はまだ油断できない。

 

 大洗はCチームを失った。

 

 マジノは二両を失った。

 

 大洗、残り五両。

 

 マジノ、残り四両。

 

 数では、大洗が有利になった。

 

* * *

 

 エクレールは、状況報告を聞いて唇を噛んだ。

 

「ソミュア一両、R35一両、行動不能……」

 

 通信手が続ける。

 

「大洗は三突を失っていますが、残り五両です」

 

 奇襲は成功した。

 

 ARL44で一両を落とした。

 

 防御陣地から降りて、機動戦に持ち込んだ。

 

 だが、その機動戦で、大洗に切り返された。

 

「機動戦で……押し負ける……?」

 

 胃が痛む。

 

 強く。

 

 フォンデュの声が通信に入る。

 

『エクレール様、まだ崩れてはいません。ですが、このままでは各個撃破されます』

 

 エクレールは息を整えた。

 

 ここで崩れてはいけない。

 

 守るために、動く。

 

 ならば、動くために、一度引くことも必要だ。

 

「煙幕を展開。一度、距離を取ります」

『了解』

 

 マジノの残存車両が煙幕弾を放つ。

 

 白い煙が、高原に広がっていく。

 

* * *

 

「煙幕!?」

 

 沙織が叫ぶ。

 

 大洗の視界が白く染まる。

 

 桃の声が飛んだ。

 

『逃がすのか!? 追撃するべきだ!』

 

 みほは煙の向こうを見た。

 

 相手の演習場。

 

 相手の地形。

 

 そして、隠し車両まで使ってきたマジノ。

 

「追いません」

 

 みほははっきり言った。

 

「煙幕の中は危険です。無理に追えば、逆に待ち伏せされます」

「視界が悪すぎます」

 

 華も頷く。

 

 優花里が双眼鏡を下ろす。

 

「ARL44の位置も分からないであります」

「追ったら撃たれるな」

 

 麻子が静かに言った。

 

 みほは無線へ声を出す。

 

「各車、停止。煙幕が晴れるまで待機してください」

 

『Bチーム、了解!』

『Dチーム、了解です!』

『Eチーム、りょーかーい』

『Fチーム、了解しました』

 

 TOGⅡも止まる。

 

 灯里は白い煙を見つめた。

 

「今のは撤退です」

「敗走ではなく?」

 

 まどかが聞く。

 

「はい。敗走なら、もっと乱れます」

 

 かなえが無線の静けさを聞く。

 

「マジノ側、通信も落ち着いています」

「まだ来ます」

 

 灯里は頷いた。

 

 やがて、煙が少しずつ晴れていく。

 

 高原の向こうに、マジノ女学院の姿はなかった。

 

* * *

 

 大洗は二両を撃破した。

 

 数の上では、有利になった。

 

 けれど、みほは地図を握ったまま、森の奥を見つめていた。

 

 そこは、大洗が知らない場所。

 

 そして、マジノが知っている場所。

 

「マジノは、まだ崩れていません」

 

 みほの声は静かだった。

 

 灯里も通信越しに答える。

 

『はい。今のは撤退です。終わりではありません』

 

 沙織が小さく息を呑む。

 

「えぇ……まだ来るの?」

「来るだろうな」

 

 麻子が淡々と言った。

 

 優花里も表情を引き締める。

 

「しかも、まだARL44が残っているであります」

 

 みほは地図を見る。

 

 マジノ女学院は、まだ終わっていない。

 

 防御の学校は、守るために動き始めた。

 

 そしてその動きは、まだ止まっていなかった。

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