高原を、六両の戦車が進んでいた。
先頭はAチームのⅣ号戦車D型。
その後ろに、Bチーム、Cチーム、Dチーム、Eチームが続く。
そして、少し離れた後方では、FチームのTOGⅡがゆっくりと長い車体を揺らしていた。
緩やかな丘。
林。
起伏の多い道。
見通しは悪くない。
けれど、撃たれる場所も、隠れられる場所も多い。
マジノ女学院の演習場。
そこは、防御の学校が相手を迎え撃つには、十分すぎる場所だった。
「TOGⅡ、やや遅れています」
呼子かなえが無線を確認しながら言う。
戸郷灯里は、車長席で落ち着いた声を返した。
「やや、ではありません。TOGⅡ基準では順調です」
「普通の戦車基準では?」
「遅れています」
小走すずが操縦席で小さく笑う。
「認めるんですね」
「事実は認めます。ですが、TOGⅡは急ぎません」
「急げない、ではなく?」
火野まどかが砲手席から言う。
灯里は真顔で答えた。
「急がない、です」
TOGⅡは急がない。
急げない、とも言う。
だが、灯里の中では違う。
堂々と。
ゆっくりと。
長い車体を見せつけるように。
TOGⅡは、高原を進んでいた。
* * *
AチームのⅣ号車内では、秋山優花里が双眼鏡と資料を交互に見ていた。
「西住殿」
「うん?」
「今日の大洗とマジノの戦力ですが……大体、同じくらいに感じます」
みほは少しだけ首を傾げた。
「戦力……?」
大洗側は、マジノ女学院の過去の試合記録や保有車両については調べている。
けれど、今日の練習試合でどの戦車が出てくるのか、完全な編成までは確認できていない。
それなのに、優花里の言い方は妙に確信があった。
「ゆかりさん、もしかして……」
沙織がじっと優花里を見る。
優花里は少しだけ目を逸らした。
「実は、試合開始前に、マジノの編成をこっそり偵察してきまして……」
「ゆかりん、また何やってるの!?」
「情報収集であります!」
沙織のツッコミに、優花里は胸を張った。
華は穏やかに微笑む。
「ですが、助かる情報ではありますね」
「捕まらなくてよかったな」
麻子が操縦席でぼそりと言う。
「はい! そこは全力で隠密行動を――」
「聞くと不安になるからそこまででいいよ!」
沙織が止めると、優花里は慌てて資料を広げた。
「それで、確認できた範囲では、R35が二両。その砲身が、事前の資料と違っていました」
「砲身が?」
「はい。SA38の長砲身です」
みほの表情が少し変わる。
沙織が眉を寄せた。
「つまり、何が違うの?」
「主砲の威力が上がっている、ということだと思う」
「威力が?」
「うん。今までの短い砲身だと、距離があるとそこまで脅威じゃなかったけど、長砲身なら貫通力がかなり上がるの」
優花里が続ける。
「資料によりますと、短砲身では五百メートルで十数ミリ程度の装甲貫通力でしたが、SA38なら同じ条件で四十ミリ以上を狙えるとも言われています!」
「三倍以上!?」
「はい。つまり、距離や角度次第では、AチームのⅣ号も油断できません」
華が静かに頷く。
「それは、慎重に動く必要がありますね」
みほは無線機へ視線を向ける。
「沙織さん、各チームへ伝えて。R35の主砲が強化されている可能性があるって」
「了解!」
沙織はすぐに無線へ声を飛ばした。
「各チームへ! マジノのR35、砲身が事前データと違うみたい! 距離があっても油断しないで!」
無線から、各チームの返答が続く。
『Bチーム、了解! 根性で避ける!』
『Cチーム、了解した! 敵の武装変更、戦ではよくあること!』
『Dチーム、了解です! えっと、つまり当たると危ない!』
『Eチーム、りょーかーい』
最後に、少し遅れてFチームから返答が来た。
『Fチーム、了解しました』
* * *
TOGⅡ車内。
沙織の通信を聞いた灯里は、少しだけ顎に手を当てた。
「R35の主砲換装……やはり、相手も調整してきていますね」
すずが操縦しながら聞く。
「TOGⅡは大丈夫なんですか?」
「TOGⅡの装甲は、砲塔や車体でおおむね八十五ミリから六十五ミリ程度。重戦車らしい装甲はあります」
かなえがすぐにメモを取る。
「背面は?」
「約五十ミリ程度です」
まどかが照準器を確認しながら言った。
「後ろを取られると危険ですね」
「非常に危険です。後方両側面には弾薬庫。後方中央にエンジン。その両側面に燃料タンクがあります」
ちとせが砲弾を見ながら呟く。
「後ろは守らないといけませんね」
「ホットドッグでも、後ろから具がこぼれたら大変です」
「それは少し違いますが、気持ちは分かります」
灯里は真剣に言った。
すずが苦笑する。
「ゲームでは紙装甲って言われてたんですよね?」
「相手が悪いだけです。TOGⅡは悪くありません」
「そこは譲らないんですね」
「はい」
灯里は前方を見る。
「問題は、S35に回り込まれることです。足が速い相手に後ろを取られると、TOGⅡは対応が遅れます」
「なら、回り込まれる前に撃つか、通る場所を塞ぐ」
まどかが静かに返す。
灯里は頷いた。
「その通りです。TOGⅡは、追いかけて勝つ戦車ではありません」
長い車体が、高原の道をゆっくり進む。
「来る場所で待ちます」
* * *
マジノ女学院は、すでに高地を押さえていた。
緩やかな丘の上。
林と起伏に守られた位置。
そこに、五両のマジノ戦車が布陣している。
ソミュアS35のハッチから身を乗り出したエクレールは、双眼鏡で大洗の戦車列を確認していた。
「大洗の六両、来ましたわね」
通信手が報告する。
「各車、射撃準備は完了しています」
「よろしいですわ」
エクレールは双眼鏡を下ろした。
マジノは、防御の学校。
相手を待つ。
有利な場所で受け止める。
焦れた相手を、射線の中で崩す。
そのはずだった。
けれど、今日のマジノは、ただ待っているだけではない。
「アラス作戦、開始!」
その言葉に、車内の空気が引き締まる。
「まずは軽く射撃をして、反応を見ます。スペード・ブルー、クラブ・ブルー、射撃用意」
丘の上で、マジノの戦車たちが一斉に砲塔を向ける。
通信手が告げた。
「各車、照準」
エクレールは微笑む。
「さあ」
一拍。
「ダンスの始まりですわ」
砲声が、高原に響いた。
* * *
着弾。
土煙が上がる。
大洗の戦車列の周囲に、次々と砲弾が落ちた。
「撃ってきた!」
Aチーム車内で、沙織の声が跳ねる。
みほはすぐに周囲を見る。
「落ち着いてください。まだ距離があります。敵の威嚇射撃です」
外では、CチームとDチームが反撃しようとしていた。
『敵発見! 撃つぞ!』
『やり返しちゃえー!』
III号突撃砲とM3リーが走行しながら砲を向ける。
だが、距離が遠く、車体も揺れている。
砲撃。
土煙。
命中はしない。
優花里が言う。
「移動しながらの遠距離射撃は、やはり精度が出にくいであります!」
みほは無線へ声を出した。
「各車、反撃はまだ控えてください。このまま直進します」
「このまま!?」
「うん。ぎりぎりまで引きつけます」
沙織が驚く。
撃ってくる。
けれど、押し切ろうとはしない。
こちらを止めるためではなく、こちらの動きを見ている。
みほは、丘の上の砲煙を見つめた。
「……さっきの射撃、少し変」
次の砲声。
また土煙。
特に狙われているのは、後方のTOGⅡだった。
* * *
TOGⅡ車内が揺れる。
直撃ではない。
だが、至近弾だけでも車体に響く。
「やはり、TOGⅡは撃たれますね」
灯里は平静だった。
すずは操縦席で叫ぶ。
「平静すぎませんか!?」
「この世界でも狙われやすいとは……」
「大きいからでは」
まどかが冷静に返す。
「長いからです」
「同じでは?」
「違います」
かなえが無線を確認する。
「Aチームより指示。このまま直進」
「了解しました。Fチーム、前進継続」
灯里は前を見る。
砲弾は当たっていない。
だが、狙われている。
TOGⅡは大きい。
遅い。
目立つ。
それは弱点だ。
けれど、同時に意味もある。
「こちらを見ているなら、他の車両への圧は少し減ります」
まどかが照準器を覗いた。
「牽制しますか」
「まだです」
灯里は地図を見た。
「もう少し、引きつけます」
* * *
マジノの次弾が放たれる。
その瞬間、みほが声を上げた。
「散開!」
大洗の戦車列が二手に分かれる。
左へ、Aチーム、Bチーム、Eチーム。
右へ、Fチーム、Dチーム、Cチーム。
それぞれが丘の高地を包むように進路を変えた。
沙織が無線を飛ばす。
「各チーム、散開! アミアミ作戦開始!」
『Bチーム、了解!』
『Cチーム、了解した!』
『Dチーム、了解です!』
『Eチーム、りょーかーい』
『Fチーム、了解しました』
みほは丘の上を見る。
マジノは、防御主体の学校。
過去の記録では、相手を有利な場所へ引き込み、陣形で受け止める戦い方が多かった。
だが、先程の射撃には違和感がある。
ただ守るだけではない。
こちらの動きを試している。
「まだ分からない。でも、気をつけて」
華が照準器を覗きながら静かに言う。
「距離、縮まってきました」
「反撃します」
みほは無線に手を伸ばした。
「各車、無理に当てようとしなくていいです。相手を動かすつもりで撃ってください」
大洗の反撃が始まった。
Aチームを中心に、各車が散開しながら距離を詰めていく。
左側では、Bチームの八九式とEチームの38(t)が、丘の側面へ回り込むように動いていた。
右側では、DチームのM3リーが少し危なっかしく進路を取り、その後方をFチームのTOGⅡがゆっくりと追う。
そして、CチームのIII号突撃砲は、林の影へ滑り込むように進んでいた。
「Cチーム、狙撃位置へ移動中!」
沙織が無線の情報を拾う。
「BチームとEチームは左側から回り込み! DチームとFチームは右側!」
みほは地図と実際の地形を見比べた。
少しずつ。
少しずつだが、マジノの布陣を包み込む形になっている。
「このまま、相手を高地から動かします」
みほの声に、沙織が少しだけ明るくなった。
「これ、いけるかも……?」
「こちらの動きに、相手も少し迷っているように見えます」
華も照準器を覗きながら頷く。
「Cチームが側面を取れれば、かなり有利であります!」
優花里が双眼鏡を覗き込む。
* * *
FチームのTOGⅡも、右側からじわじわと前進していた。
速くはない。
だが、その長い車体と大きな砲は、そこにあるだけで圧になる。
「TOGⅡ、牽制射撃を行います」
灯里が言った。
まどかは照準器を覗く。
「距離があります。命中は期待できません」
「当たらなくても、相手を動かします」
「了解しました」
ちとせとりんが砲弾を受け渡す。
「砲弾、渡します」
「受け取りました」
「装填完了!」
かなえが無線を確認する。
「周囲、味方射線に問題ありません」
「撃ってください」
灯里は頷いた。
TOGⅡの主砲が火を噴いた。
重い砲声。
高原の空気が震える。
砲弾はマジノの陣地近くの地面を抉り、土煙を高く上げた。
命中ではない。
けれど、十分だった。
* * *
丘の上で、マジノの隊員が息を呑んだ。
『あの距離で撃ってきますの!?』
『直撃ではありません! ですが、着弾近いです!』
『TOGⅡ、砲撃継続の可能性あり!』
エクレールは双眼鏡越しに、長い車体を見た。
遅い。
だが、火力は無視できない。
そして、大洗の他車両は左右へ散り、こちらを包囲するように動いている。
「……散々やられた戦法ですわね」
エクレールは小さく呟いた。
正面に注意を向けさせ、側面を取る。
動きを制限し、少しずつ撃てる場所を減らしていく。
マジノがこれまで、幾度も苦しめられてきた形。
通信手が不安そうに声を出す。
「エクレール様、このままでは……」
「分かっています」
エクレールは、胃の奥がきりりと痛むのを感じながらも、声を強くした。
「今は耐える時です。各車、焦らないでください。大洗はこちらを動かそうとしています」
『ですが、側面を取られます!』
「取らせたように見せるのです」
エクレールは、地図の脇に引かれた一本の矢印を見る。
まだ。
まだ、切り札は見せていない。
「防御陣形を崩さず、射線を維持。わたくしたちは、まだ崩れていませんわ」
隊員たちの返答が、少しだけ落ち着きを取り戻す。
その間にも、大洗は距離を詰めていた。
包囲の網が、少しずつ狭まっていく。
* * *
CチームのIII号突撃砲が、林の影に潜り込む。
エルヴィンが声を低くした。
「よし、ここなら敵側面を狙える」
「高地に布陣した敵を側面から突く。これはカンナエに通じる」
「林に隠れての奇襲、いい感じぜよ」
「今こそ伏兵の時!」
カエサル、おりょう、左衛門佐がそれぞれ声を潜める。
エルヴィンは照準を合わせた。
「Cチーム、狙撃位置についた。敵側面を――」
その時だった。
Aチーム車内で、沙織が無線と視界情報を照らし合わせていた。
「Aチームから見て、正面に二両! 右側に一両、左側に二両!」
沙織は、そこで眉をひそめる。
「……あれ?」
「沙織さん?」
「みぽりん、相手……五両しかいない」
「え?」
「マジノって、六両だったよね? でも今、見えてるの五両だけだよ!」
みほの表情が変わった。
「一両、見えていない……?」
次の瞬間。
遠くの林の奥から、重い砲声が響いた。
CチームのIII号突撃砲が大きく揺れる。
白旗。
『Cチーム、行動不能!』
「な、何が撃ったの!?」
沙織の声が裏返る。
優花里が双眼鏡を覗き込んだ。
林の影。
そこに、見慣れない重い車体があった。
「あの車両……ARL44!?」
みほが目を見開く。
「資料には……」
「少なくとも、今回出てくる情報はありませんでした!」
優花里の声には、驚きと悔しさが混じっていた。
調べた。
調べたつもりだった。
けれど、相手の全てを知れていたわけではない。
Cチームの無線から、エルヴィンの声が聞こえる。
『まさか、伏兵を受ける側になるとは……!』
『これは桶狭間か!?』
『いや、姿を隠した重砲なら伏兵ぜよ!』
『では何だ!?』
『……奇襲だ!』
『それだ!』
通信はそこで途切れた。
大洗は、一両を失った。
そして同時に、マジノの隠し札を知ることになった。
* * *
エクレールは、Cチーム撃破の報告を受けて目を細めた。
「ARL44、奇襲成功」
通信手が告げる。
「敵一両、行動不能です」
「よろしい」
エクレールは地図を見る。
大洗は散開した。
そして、Cチームを失った。
今こそ、動く時だった。
「全車、前進」
フォンデュの声が通信に乗る。
『防御陣地を放棄するのですか?』
「放棄ではありません」
エクレールは静かに言った。
「ここから動かすのです」
一部の隊員が、一瞬返答に詰まる。
従来のマジノなら、高地を守る。
有利な射線を保つ。
相手を近づけさせない。
だが、エクレールは違う。
「守るために、動きますわ」
ソミュアS35が丘を下る。
R35が続く。
しかし、R35はやや遅れた。
FT-17はさらに遅い。
B1 bisは重く、小回りが利かない。
ARL44は砲撃後の再装填と車体の反応が鈍い。
完全には噛み合っていない。
それでも、マジノは動き出した。
* * *
「来る!?」
沙織が叫んだ。
丘の上で守るはずだったマジノの戦車が、こちらへ向かって降りてくる。
みほはすぐに無線へ声を出した。
「各車、注意してください! マジノが前進してきます!」
桃の声が飛ぶ。
『聞いていた話と違うぞ!』
Bチームからも声が上がる。
『根性で迎え撃つ!?』
「いえ、無理に受けないでください!」
みほは地図を見る。
相手の演習場。
相手の地形。
そして、想定外の前進。
大洗の各車が、ばらばらに動き始める。
Aチームは状況を見ながら後退。
BチームとEチームは左側で合流しようとする。
Dチームは右側で慌てて進路を変える。
FチームのTOGⅡは、Dチームの後方で進路を塞がないように動く。
だが、TOGⅡは遅い。
「Dチーム、こちらへ寄りすぎないでください」
灯里が無線で言った。
『でも、追われてます!』
澤梓の声が返る。
「固まると狙われます。怖い時こそ、距離を取ってください」
『は、はい!』
すずが操縦席で息を吐く。
「こちらも追われています」
後方から、ソミュアS35が回り込もうとしていた。
速い。
TOGⅡでは振り切れない。
「Fチーム、進路を少し右へ」
「右ですね」
「Dチームの逃げ道を作ります」
TOGⅡが長い車体を使って、道を塞ぐように角度を変える。
S35はそのまま直進できず、進路を変えた。
灯里は静かに言う。
「TOGⅡは、逃げ足は遅いですが」
まどかが砲塔を回す。
「道を塞ぐのは得意です」
「はい」
* * *
混乱が広がる。
各チームの声が、無線に重なる。
『Bチーム、追われてる!』
『Dチーム、どっち行けばいいですか!?』
『Eチーム、こっちも敵来てるよー』
『Fチーム、進路変更中』
Aチーム車内で、沙織が必死に情報を拾う。
「みほ、みんなバラバラ!」
みほは歯を食いしばった。
このまま固まれば、狙われる。
けれど、逃げるだけでは追い詰められる。
その時、無線に杏の声が入った。
『うろたえるなー!』
一瞬、全員の声が止まる。
Eチームの38(t)から、杏の声が続いた。
『ここは向こうの庭だよ。固まったら、まとめて料理されるよー』
妙に軽い声。
だが、その言葉は正しい。
『ばらばらに逃げて、ばらばらに見せて、つなげればいいんだよ』
みほは顔を上げた。
「会長の言う通りです」
「みほ?」
「今は固まらず、とにかく動き回ってください!」
みほは地図を見る。
ばらばらに見せる。
でも、つなげる。
追われているなら、追わせればいい。
「沙織さん、全体の位置を教えて」
「うん!」
沙織は無線を整理する。
「Aチームから見て、前方にBチームとEチーム! 右からDチームとFチームが来てる!」
みほの目が地図上を走った。
「このまま交差します」
「交差!?」
「はい」
みほは無線に声を飛ばした。
「各車、そのまま直進してください!」
桃が驚く。
『このままではぶつかるぞ!』
「ぶつかりません。すれ違います」
みほは息を吸った。
「バトンタッチ作戦、開始です!」
* * *
エクレールは、大洗の動きを見て眉をひそめた。
「合流するつもり……?」
追われている大洗の車両が、互いに近づいていく。
普通なら、合流して固まる。
そして、そこをこちらが包囲する。
だが、大洗は合流しなかった。
すれ違った。
「……素通り?」
エクレールの目が見開かれる。
追っていたマジノ車両の前に、別の大洗車両が現れる。
追う相手が入れ替わる。
向きが変わる。
射線がずれる。
「追撃対象を、入れ替えた……!?」
通信が乱れる。
『目標が入れ替わりました!』
『正面に別の大洗車両!』
『こちら、射線が取れません!』
エクレールの胃が、きりりと痛んだ。
「西住みほ……!」
* * *
大洗の反撃が始まった。
Aチームが向きを変える。
Dチームが逃げながら砲を向ける。
BチームとEチームが別方向から迫る。
そして、Fチーム。
TOGⅡは、混戦の中で一時停止した。
「止まります」
灯里の声に、すずが驚く。
「今ですか?」
「今です」
灯里は前を見た。
「TOGⅡは、止まった時が一番強いです」
まどかが照準を合わせる。
「目標、ソミュアS35」
長い砲身が、ゆっくりと敵を追う。
ちとせとりんが装填を終える。
「装填完了!」
かなえが通信を拾う。
「敵車両、前方を横切ります!」
「撃ちます」
まどかが引き金を引いた。
TOGⅡの砲声が、高原に響く。
狙いはエクレールのS35。
だが、その手前に、クローバーの印が描かれた別のソミュアが飛び込んだ。
着弾。
白旗。
『マジノ、ソミュア一両、行動不能!』
TOGⅡ車内に、一瞬の沈黙が落ちる。
灯里が静かに言った。
「目標とは違いましたが、撃破です」
まどかも頷く。
「結果としては成功です」
かなえが無線へ声を出す。
「Fチーム、敵一両撃破!」
大洗側から歓声が上がった。
* * *
左側では、BチームがR35を追っていた。
「根性で履帯を狙う!」
八九式が揺れながら砲を向ける。
砲撃。
命中。
R35の履帯が外れ、動きが鈍る。
『やった! 履帯切った!』
そこへ、Eチームの38(t)が背後から接近していた。
桃が砲手席で声を張る。
「今だ! 撃て!」
砲撃。
近距離。
命中。
白旗。
『マジノ、R35一両、行動不能!』
通信を聞いた灯里は、思わず呟いた。
「河嶋さんは、近づけば当たるのですね」
かなえが即座に言う。
「それ、無線に乗っています」
『聞こえているぞ、戸郷!』
桃の声が飛んできた。
灯里は真面目に返す。
「失礼しました。褒めています」
『本当か!?』
『河嶋ー、当たったんだからいいじゃん~』
杏の声がのんびり割り込んだ。
少しだけ、大洗の空気が軽くなる。
だが、状況はまだ油断できない。
大洗はCチームを失った。
マジノは二両を失った。
大洗、残り五両。
マジノ、残り四両。
数では、大洗が有利になった。
* * *
エクレールは、状況報告を聞いて唇を噛んだ。
「ソミュア一両、R35一両、行動不能……」
通信手が続ける。
「大洗は三突を失っていますが、残り五両です」
奇襲は成功した。
ARL44で一両を落とした。
防御陣地から降りて、機動戦に持ち込んだ。
だが、その機動戦で、大洗に切り返された。
「機動戦で……押し負ける……?」
胃が痛む。
強く。
フォンデュの声が通信に入る。
『エクレール様、まだ崩れてはいません。ですが、このままでは各個撃破されます』
エクレールは息を整えた。
ここで崩れてはいけない。
守るために、動く。
ならば、動くために、一度引くことも必要だ。
「煙幕を展開。一度、距離を取ります」
『了解』
マジノの残存車両が煙幕弾を放つ。
白い煙が、高原に広がっていく。
* * *
「煙幕!?」
沙織が叫ぶ。
大洗の視界が白く染まる。
桃の声が飛んだ。
『逃がすのか!? 追撃するべきだ!』
みほは煙の向こうを見た。
相手の演習場。
相手の地形。
そして、隠し車両まで使ってきたマジノ。
「追いません」
みほははっきり言った。
「煙幕の中は危険です。無理に追えば、逆に待ち伏せされます」
「視界が悪すぎます」
華も頷く。
優花里が双眼鏡を下ろす。
「ARL44の位置も分からないであります」
「追ったら撃たれるな」
麻子が静かに言った。
みほは無線へ声を出す。
「各車、停止。煙幕が晴れるまで待機してください」
『Bチーム、了解!』
『Dチーム、了解です!』
『Eチーム、りょーかーい』
『Fチーム、了解しました』
TOGⅡも止まる。
灯里は白い煙を見つめた。
「今のは撤退です」
「敗走ではなく?」
まどかが聞く。
「はい。敗走なら、もっと乱れます」
かなえが無線の静けさを聞く。
「マジノ側、通信も落ち着いています」
「まだ来ます」
灯里は頷いた。
やがて、煙が少しずつ晴れていく。
高原の向こうに、マジノ女学院の姿はなかった。
* * *
大洗は二両を撃破した。
数の上では、有利になった。
けれど、みほは地図を握ったまま、森の奥を見つめていた。
そこは、大洗が知らない場所。
そして、マジノが知っている場所。
「マジノは、まだ崩れていません」
みほの声は静かだった。
灯里も通信越しに答える。
『はい。今のは撤退です。終わりではありません』
沙織が小さく息を呑む。
「えぇ……まだ来るの?」
「来るだろうな」
麻子が淡々と言った。
優花里も表情を引き締める。
「しかも、まだARL44が残っているであります」
みほは地図を見る。
マジノ女学院は、まだ終わっていない。
防御の学校は、守るために動き始めた。
そしてその動きは、まだ止まっていなかった。