また本編に戻り、2章、全国大会編になります。
そして、投稿ペースも今後は調整させていただきます。
基本的には隔日or2日に1本の投稿ペースになると思います。
よろしくお願いします。
マジノ女学院との練習試合から、少し経った日の放課後。
大洗女子学園の戦車道倉庫前では、いつものように金属音が響いていた。
工具の音。
履帯を確認する音。
誰かが車体の下へ潜り込み、別の誰かが部品を受け渡す声。
その中心にあるのは、当然のようにTOGⅡだった。
長く、重く、遅い。
そして、整備するにも場所を取る。
戸郷灯里は、TOGⅡの横に立ち、自動車部の作業をじっと見ていた。
「こっち、履帯の張りもう少し見てー」
「変速機まわり、やっぱり負荷かかってるね」
「長いから、下に潜っても終わりが遠いんだけど」
「でもこれ、ちゃんと動くとちょっと感動するよね」
その言葉に、灯里の目が静かに輝いた。
「分かってくださいますか」
自動車部員の一人が顔を上げる。
「え?」
「TOGⅡは、動くだけで尊いんです」
「そこまでは言ってないかな」
即座に返された。
だが、灯里は深く頷いた。
「いえ。十分です」
TOGⅡは、聖グロリアーナ戦でも走った。
マジノ女学院戦でも走った。
ARL44と相打ちになるまで、最後まで踏みとどまった。
その裏には、当然、整備してくれる人たちがいる。
TOGⅡが走れているのは、灯里たちだけの力ではない。
灯里は、しばらく自動車部の作業を見つめていた。
そして、真顔で呟いた。
「これは……差し入れが必要です」
* * *
その日の夕方。
灯里は、いぬさんチームの五人を給食部専攻の調理スペースへ集めた。
小走すず。
火野まどか。
呼子かなえ。
米倉ちとせ。
早見りん。
五人は灯里の前に並び、少しだけ不思議そうな顔をしている。
「自動車部の皆さんへ、差し入れをしたいです」
灯里が言うと、まどかがすぐに頷いた。
「良いと思います」
かなえはメモ帳を取り出す。
「人数と作業時間を確認しましょう」
すずも腕を組む。
「整備中に食べやすいものがいいよね」
ちとせが頷いた。
「片手で食べられるものが良さそうです」
りんは少し考えてから言う。
「手が汚れていても直接触らなくていいように、包み紙を工夫しましょう」
灯里は感動していた。
「皆さん、補給担当として完璧です」
「給食部専攻ですから」
まどかが淡々と返す。
「整備中の人に出すなら、甘いものだけではなく、しょっぱいものと温かいものも必要です」
「では、ミニTOGドッグ、温かいスープ、甘さ控えめTOGエクレアでいきましょう」
灯里は即答した。
すずが首を傾げる。
「TOGエクレア?」
「長いエクレアです」
「でしょうね」
かなえがメモを取りながら確認する。
「ミニTOGドッグは、通常のTOGドッグより小さくするんですよね?」
「はい。整備中でも食べやすい、一口サイズです」
ちとせが少し安心したように言う。
「よかったです。普通のTOGドッグだと、整備班の手が止まります」
「TOGⅡを眺めながら食べる長いTOGドッグも魅力的ですが」
「感謝が主目的です」
まどかが灯里を見た。
「TOGⅡ布教が主目的ではありません」
灯里は一瞬だけ黙った。
「……分かっています」
「今、一瞬迷いましたね」
「感謝が八割、TOGⅡが二割です」
「二割残りました」
りんが笑いながら、包み紙を広げる。
「でも、少しなら良いと思います。TOGⅡっぽい形だと、きっと喜んでもらえます」
灯里は小さく頷いた。
「では、感謝八割、TOGⅡ二割でいきます」
「配合としては、ぎりぎり安全ですね」
まどかがそう言って、調理の準備に入った。
* * *
差し入れ作りは、思った以上に順調だった。
ミニTOGドッグは、短めのパンに小さなソーセージを挟み、食べやすいように紙で包む。
温かいスープは、作業の合間に飲めるよう、こぼれにくいカップへ。
甘さ控えめTOGエクレアは、長すぎないように調整しつつ、上に細いチョコの線を入れて履帯風にした。
「履帯エクレアですね」
灯里が言うと、すずが手を止めた。
「食欲、減りませんか?」
「履帯は素敵です」
「整備班向けなら、逆にありかも」
かなえが包み紙を整えながら言う。
ちとせが、厚紙で作った簡易の持ち運び箱を見せた。
「箱は工具箱風にしてみました」
工具箱のような形。
その中には、ミニTOGドッグとエクレアがきれいに並んでいる。
りんが最後に小さな札を付けた。
そこには、手書きでこう書かれていた。
『いつも整備ありがとうございます いぬさんチーム一同』
灯里は、その札を見て、少しだけ目を細めた。
「完璧です」
まどかが頷く。
「感謝が主目的になりましたね」
「はい」
灯里は真顔で言う。
「ただ、箱の横に小さくTOGⅡの絵を描いてもいいでしょうか」
「二割ですね」
「二割です」
まどかは少し考えたあと、ため息をついた。
「小さくなら」
灯里は、静かに拳を握った。
* * *
翌日。
いぬさんチームは、戦車道倉庫前へ差し入れを持っていった。
自動車部は、今日も作業中だった。
Ⅳ号。
八九式。
三突。
M3リー。
38(t)。
そして、TOGⅡ。
その長い車体の下では、何人もの自動車部員が工具を手に動き回っている。
灯里は箱を抱えたまま、一歩前に出た。
「自動車部の皆さん」
自動車部員たちが顔を上げる。
「いつもTOGⅡがお世話になっています」
灯里は、深々と頭を下げた。
後ろの五人も、同じように頭を下げる。
「差し入れを持ってきました」
「え、差し入れ?」
「うわ、ありがたい!」
「ちょうどお腹空いてたんだよね」
箱を開けると、ミニTOGドッグと温かいスープ、TOGエクレアが並んでいた。
自動車部員たちの表情が一気に明るくなる。
「なにこれ、かわいい」
「ホットドッグ、小さくて食べやすい」
「スープありがたい……」
「このエクレア、履帯みたいな模様ついてるんだけど」
灯里が静かに頷く。
「履帯エクレアです」
「本当にそういう名前なんだ」
すずが横から補足する。
「甘さ控えめなので、作業の合間でも食べやすいと思います」
かなえも箱を差し出す。
「包み紙ごと持てるので、手が汚れていても大丈夫です」
ちとせがスープのカップを並べる。
「熱いので気をつけてください」
りんは少し緊張しながら言った。
「おかわりもあります」
自動車部員の一人が、ミニTOGドッグを手に取る。
「うん、おいしい」
「このサイズ、作業中にちょうどいいね」
「TOGⅡは長いけど、差し入れは短いんだ」
灯里が真顔で答える。
「整備効率を考えました」
「すごくまともな理由だった」
自動車部員たちは笑いながら食べ始めた。
少し離れたところで、TOGⅡの足回りを見ていた一人が言う。
「でもさ、TOGⅡって大変だけど、整備しがいはあるよ」
灯里がすぐ反応する。
「本当ですか」
「うん。長いし重いし、癖が強いけど」
「はい」
「でも、動くとちょっと感動するんだよね」
灯里の目が、また静かに輝いた。
「やはり、分かってくださいますか。TOGⅡは、動くだけで尊いんです」
「だから、そこまでは言ってないって」
周囲に笑いが起きる。
灯里は、それでも満足そうだった。
* * *
差し入れを食べながら、自動車部員たちはTOGⅡの周りで休憩していた。
工具箱風の差し入れ箱は、思ったより評判がいい。
温かいスープも、夕方の冷えた空気にはちょうど良かった。
灯里たちも少し離れて、邪魔にならないように見守っている。
その時、自動車部員の一人がぽつりと言った。
「でもさ」
別の部員が振り向く。
「なに?」
「整備してるだけっていうのも、ちょっと悔しいよね」
その言葉に、周囲が少し静かになった。
「分かる」
別の部員が頷く。
「みんなが試合に出てるの見ると、ちょっと乗ってみたくなる」
「自分たちで整備した戦車が走ってるの見るとさ、やっぱりね」
「いつか、また戦車が見つかったら……私たちも乗ってみたいね」
灯里は、その言葉を聞いていた。
自動車部。
整備する側の人たち。
けれど、彼女たちも大洗女子学園の生徒で、戦車道に関わっている。
原作の記憶が、灯里の中で少しだけ揺れた。
だが、今ここで何かを言い切るわけにはいかない。
未来はまだ、そうなっていない。
だから灯里は、少しだけ間を置いて言った。
「……見つかるかもしれませんね」
自動車部員が振り返る。
「え?」
灯里は、TOGⅡの長い車体を見た。
そして、いつもの真面目な顔で言う。
「大洗ですから」
自動車部員たちは、一瞬きょとんとした。
それから、誰かが笑った。
「それ、理由になるの?」
すずが苦笑する。
「大洗だと、たぶんなります」
まどかも小さく頷いた。
「戦車が倉庫や池や山から出てきましたから」
かなえが指を折る。
「うさぎ小屋からも出ました」
ちとせが続ける。
「それなら、まだどこかにあるかもしれません」
りんが少し笑った。
「整備班用の戦車も、見つかるといいですね」
自動車部員たちは顔を見合わせた。
それは、冗談みたいな話だった。
でも、この学校では、冗談みたいなことが何度も起きている。
「もし見つかったらさ」
一人が言った。
「その時は、ちゃんと走れるようにしないとね」
「自分たちで?」
「もちろん」
「じゃあ、整備も操縦も全部やる?」
「それ、忙しすぎない?」
「でも、ちょっと楽しそう」
灯里は、その会話を静かに聞いていた。
まだ、名前もない。
まだ、チームですらない。
けれど、ほんの少しだけ。
未来のエンジン音が、聞こえた気がした。
* * *
休憩が終わり、自動車部はまた整備に戻っていった。
灯里たちも、空になった箱やカップを片付ける。
TOGⅡの横で、まどかが言った。
「良い差し入れになりましたね」
「はい」
灯里は頷く。
「TOGⅡが走れているのは、自動車部の皆さんのおかげです」
すずがTOGⅡを見上げる。
「私たちも、もっと丁寧に乗らないとですね」
「TOGⅡは丁寧に乗っています」
灯里は即答した。
かなえが少し笑う。
「でも、戦闘中はかなり無理をさせています」
「それは、戦車道なので」
ちとせが頷く。
「だから、整備してくれる人へのお礼は大事ですね」
りんが空の箱を持ち上げる。
「また作りましょう。今度は違う味のTOGドッグも」
「良いですね」
灯里は、少しだけ目を輝かせる。
「整備班向け補給メニュー、シリーズ化できます」
まどかがすぐに言った。
「布教ではなく、補給です」
「分かっています」
「本当に?」
「補給八割、TOGⅡ二割です」
「変わっていません」
五人が笑う。
灯里も、ほんの少しだけ笑った。
戦車道は、戦車に乗る人だけで成り立っているわけではない。
整備する人。
支える人。
補給する人。
見送る人。
それぞれが、自分の場所で動いている。
TOGⅡは長い。
だからきっと、関わる人も多い。
灯里は、もう一度TOGⅡを見上げた。
「また、よろしくお願いします」
それは、TOGⅡへ向けた言葉でもあり。
整備してくれる人たちへ向けた言葉でもあった。
長い車体は、夕方の光を受けて静かにそこにあった。
次の戦いへ向けて。
そして、まだ名前のない未来のチームへ向けて。
大洗女子学園の整備場には、また工具の音が響き始めていた。