今回は風紀委員さん達のお話です!ゴモヨさんは好きな戦車が公式設定でTOGⅡみたいですね…
幕間「風紀委員は見ていた」
マジノ女学院との練習試合から、少し経った日の放課後。
大洗女子学園の廊下に、香ばしい匂いが漂っていた。
焼いたパン。
温めたソーセージ。
少し甘いソース。
それから、給食部専攻の調理スペースで作られたばかりのスープの匂い。
戸郷灯里は、配膳ワゴンの横を歩きながら、真剣な顔でメモを見ていた。
「試合前補給メニュー、試作第二案です」
ワゴンの上には、包み紙に包まれた小さなTOGドッグが並んでいる。
通常のTOGドッグより短く、片手で食べやすい。その横には、練習後用のスープ。さらに、小さな紙箱に入ったTOG型スイーツの改良版。
どれも、戦車道チームの補給を想定したものだった。
「補給は戦力です」
灯里が言うと、火野まどかが隣で頷いた。
「それは正しいです。ただし、廊下で目立ちすぎています」
小走すずは、ワゴンの持ち手を握りながら少しだけ肩をすくめた。
「急がないと、スープ冷めちゃいますよ」
「小走さん」
灯里は真剣な声で言った。
「今のワゴン速度、TOGⅡの旋回より速いです」
「比較対象が遅すぎる」
すずが即答する。
呼子かなえは、注文票のようにメモを確認していた。
「戦車道チーム分、整備班分、試食用。数は合っています」
米倉ちとせは、スープの入った保温容器を確認する。
「こぼれないように気をつけてくださいね」
早見りんも、TOG型スイーツの箱を押さえながら頷いた。
「角を曲がる時は、ゆっくりです。中の砲塔チョコが倒れます」
灯里は深く頷いた。
「TOGⅡも、角を曲がる時は慎重です」
「今はワゴンの話です」
まどかが冷静に返した。
その直後だった。
「廊下を走らない!」
鋭い声が響いた。
全員が足を止める。
廊下の向こうから、三人の生徒が歩いてきた。
風紀委員。
先頭に立つのは、園みどり子。
通称、そど子。
その後ろに、後藤モヨ子。
通称、ゴモヨ。
そして、金春希美。
通称、パゾ美。
みどり子は、腕章をきっちり整え、灯里たちとワゴンを交互に見た。
「廊下で配膳ワゴンを高速走行させるのは禁止です」
灯里は真顔で答えた。
「高速ではありません。TOGⅡ基準では高速ですが、一般基準では小走りです」
「基準をTOGⅡにしない!」
即座に返された。
すずが小声で呟く。
「まともなツッコミだ」
まどかも小さく頷く。
「貴重ですね」
みどり子はさらにワゴンの上を見る。
「それと、これは何ですか」
「試合前補給メニューです」
灯里は胸を張った。
「TOGドッグ軽食版、練習後スープ、戦車道履修者向け栄養補助セット、TOG型スイーツ改良版です」
「増やしすぎです!」
みどり子の声が廊下に響く。
モヨ子は手元のメモに何かを書き込んでいた。
「違反項目、多いね」
希美は、ワゴンの上のTOGドッグをじっと見つめる。
「でも、このTOGドッグ、ちょっと美味しそう……」
「金春さん!」
みどり子が振り返る。
希美は慌てて姿勢を正した。
「い、いえ。風紀委員として確認していただけです」
「食欲で確認しない!」
* * *
廊下の端にワゴンを寄せ、風紀委員による確認が始まった。
みどり子は、周囲の通行量、ワゴンの位置、匂いに集まってきそうな生徒の流れまで見ていた。
「この時間帯は、船舶科の実習帰りの生徒が増えます。ここで販売物を広げると、通路が詰まります」
「販売ではなく、試食と補給です」
「同じです」
みどり子は言い切った。
「食堂前ならまだしも、この廊下は導線が重なります。戦車道履修者、自動車部、給食部専攻、見物に来る生徒。全部がここを通るんです」
かなえが目を瞬かせた。
「かなり正確ですね」
「風紀委員ですから当然です」
みどり子はすぐに返す。
「最近、戦車道関係の人の流れが増えています。TOGドッグ販売、TOG型スイーツの試作、整備班への差し入れ、倉庫前の見学者。全部把握しています」
灯里は静かにみどり子を見た。
「園さん」
「何ですか」
「周囲の動きが、よく見えていますね」
「風紀委員ですから当然です」
「戦車道でも、周囲を見て危険を先に止める役は重要です」
みどり子の眉が動いた。
「……なぜ、戦車道の話になるんですか」
灯里は真面目に答える。
「向いていると思いまして」
「向いていません!」
みどり子は即答した。
「私たちは風紀委員です。戦車道で校内をさらに騒がしくする側には回りません」
モヨ子が小さく呟く。
「でも、みどり子、戦車道の試合結果はいつも確認してるよね」
希美も続ける。
「マジノ戦のあとも、廊下で『戦車の移動経路を決めるべき』って言ってた」
「それは風紀委員として必要な情報管理です!」
みどり子は二人を振り返って言った。
灯里は、少しだけ目を細める。
「やはり、作戦参謀の視点です」
「風紀委員の視点です!」
まどかが横で静かに言う。
「会話が平行線ですね」
すずは小声で言った。
「でも、相性は良さそう」
* * *
みどり子は、ワゴンの位置を壁際へずらすよう指示した。
さらに、配布先までの経路を確認する。
「食堂横の通路を使ってください。ここを直進すると、放課後の教室移動と重なります」
かなえがすぐにメモを取る。
「食堂横通路、了解です」
ちとせは保温容器を持ち直す。
「スープを運ぶなら、揺れが少ない方がいいですね」
りんも頷いた。
「TOG型スイーツも崩れにくいです」
みどり子は、少し呆れたようにため息をついた。
「そもそも、なぜ戦車道の補給にここまでお菓子が必要なんですか」
灯里は即答した。
「士気が上がります」
「真面目な顔で言われると反論しづらいですね」
希美が、こっそりTOG型スイーツの箱を見る。
「これ、どんな味なんですか?」
「金春さん」
みどり子の声が飛ぶ。
希美は少しだけ肩をすくめた。
「確認です。風紀委員として、食品の中身を確認しないと」
モヨ子も小さく笑う。
「じゃあ、私も記録用に」
「後藤さんまで!」
灯里は、すぐに小さな包みを三つ取り出した。
「試食用です」
みどり子が固まる。
「用意がいいですね」
「補給担当なので」
まどかが横から補足した。
「なお、これは買収ではありません。試作品の品質確認です」
「ますます言い方が怪しいです」
みどり子はそう言いながらも、最終的に三人で試食することになった。
TOGドッグ軽食版。
短めのパンに、小さなソーセージ。
こぼれにくいソース。
片手で持てる包み紙。
風紀委員としての表情を保ったまま、みどり子はひと口食べた。
沈黙。
モヨ子が先に言う。
「おいしい」
希美も頷く。
「うん。これ、人気出ると思う」
みどり子は、少しだけ目を逸らした。
「……味は、悪くありません」
灯里の目が輝く。
「では、戦車道補給メニューとして認可を」
「しません」
「なぜ」
「今は風紀確認中です」
みどり子は包み紙をきちんと畳む。
「ただし、通路を塞がず、販売場所と配布時間を守るなら、風紀委員として強く止める理由はありません」
かなえがすぐにメモを取った。
「販売場所、配布時間、導線管理」
みどり子は頷く。
「それと、呼び込みで廊下に人を集めすぎないこと」
「TOGⅡの魅力を語るのは」
「禁止ではありませんが、短く」
灯里は少し難しい顔をした。
「短く語れるでしょうか」
すずが即答する。
「無理ですね」
まどかも頷く。
「無理です」
灯里は真剣に考え込んだ。
「TOGⅡは長いので、説明も長くなります」
「説明まで長くしない!」
みどり子の声がまた廊下に響いた。
* * *
確認が終わる頃には、風紀委員の三人も少しだけ空気が柔らかくなっていた。
ただし、みどり子だけは最後まで姿勢を崩さない。
「とにかく、戦車道が始まってから校内が騒がしくなっています」
みどり子は腕を組んだ。
「倉庫前に人が集まる。廊下で配膳ワゴンが通る。TOGドッグだのTOGスイーツだの、販売物が増える。生徒会も止めない。むしろ乗っている」
灯里は少し考えた。
「生徒会は、大洗の可能性を広げようとしているのだと思います」
「広げすぎです」
みどり子は即答した。
「戦車道をやるなら、まず校内移動経路をきちんと決めるべきです。整備場への通路、食堂前、船舶科の実習区画、全部導線が重なっています」
灯里は静かに頷いた。
「完全に作戦参謀の視点ですね」
「だから、風紀委員の視点です!」
モヨ子が小さく笑う。
「でも、戦車道のルート管理にも使えそうだよね」
希美も頷く。
「危ない場所、みどり子すぐ気づくし」
「二人とも、余計なことを言わない!」
みどり子は慌てて止める。
灯里は、少しだけ真面目な顔になった。
「規則を守らせる人は、危険な場所を見つけるのが上手いです」
みどり子が灯里を見る。
「戦車道では、それはとても大事です」
「褒めても違反は消えません」
「消えなくても、覚えておきます」
「何をですか」
「園さんたちが、戦車道に向いていることを」
「向いていません!」
みどり子は、はっきりと言い切った。
「私たちは風紀委員です。戦車道で校内の騒ぎを増やす側には回りません」
灯里は、ほんの少しだけ笑った。
「では、いつか風紀委員として、戦車道の中から校内の秩序を守る日が来るかもしれませんね」
「来ません!」
即答だった。
モヨ子が小声で言う。
「でも、もし乗るなら、みどり子は車長っぽいね」
希美も頷く。
「すぐ注意できるし」
「あなたたちまで何を言っているの!」
みどり子は顔を赤くして振り返った。
* * *
風紀委員たちは、最終的に通路使用の注意点を書いたメモを灯里たちへ渡した。
配布場所。
通行量の多い時間帯。
匂いで人が集まりやすい場所。
ワゴンを止めてよい位置。
止めてはいけない位置。
かなえは、そのメモを見て感心していた。
「すごいです。ほとんど補給路の管理表です」
みどり子は胸を張る。
「風紀委員ですから」
灯里は丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございます。これで、安全に補給できます」
「安全にしてください」
みどり子は強く言った。
「戦車道が盛り上がるのは結構です。でも、校内の秩序を乱していい理由にはなりません」
「はい」
灯里は素直に頷いた。
「気をつけます」
その反応が意外だったのか、みどり子は少しだけ瞬きをした。
灯里は続ける。
「戦車道は、支える人がいて成り立ちます。補給も、整備も、通路も、校内の秩序も」
一拍。
「全部、必要です」
みどり子は、少しだけ言葉に詰まった。
そして、ふいっと視線を逸らす。
「……分かっているなら結構です」
モヨ子と希美が顔を見合わせ、少しだけ笑った。
みどり子は咳払いをする。
「それでは、私たちは巡回に戻ります」
「ありがとうございました」
灯里たちが頭を下げる。
風紀委員の三人は、廊下を歩いて去っていった。
その背中を見送りながら、すずが言う。
「厳しかったですね」
かなえはメモを見ながら頷いた。
「でも、すごく助かりました。導線、かなり見直せます」
ちとせも保温容器を持ち直す。
「スープをこぼさず運ぶには、大事ですね」
りんはTOGスイーツの箱を確認しながら言った。
「砲塔チョコも守れます」
まどかが灯里を見る。
「戸郷さん」
「はい」
「今の流れで、本当に戦車道に向いていると思ったんですか」
「思いました」
即答だった。
「園さんは周囲の危険を見るのが早いです。後藤さんは記録と整理が丁寧です。金春さんは空気を柔らかくできます」
灯里は、風紀委員たちが去っていった廊下を見る。
「戦車の中でも、必要な力です」
まどかは少しだけ考えた。
「確かに、車内に一人いると助かるかもしれません」
すずが苦笑する。
「でも、今の感じだと絶対乗らないって言ってましたよ」
灯里は静かに頷いた。
「大丈夫です」
「大丈夫なんですか?」
「大洗ですから」
その一言に、五人は妙に納得してしまった。
* * *
一方、少し離れた廊下。
巡回に戻った風紀委員たちは、先ほどのワゴンの匂いがまだ少し残る通路を歩いていた。
みどり子は前を向いたまま、ぼそりと言う。
「まったく……戦車道が始まってから、本当に騒がしい」
モヨ子が横から言った。
「でも、少し楽しそうに見えたよ」
「見えません」
即答。
希美も続ける。
「みどり子、戦車道の話になると、最近けっこう詳しいよね」
「風紀委員として把握しているだけです」
「TOGⅡの旋回が遅いことも?」
「廊下の安全管理に関係する可能性があります」
「関係あるかな」
モヨ子が笑う。
みどり子は少しだけ頬を赤くした。
「とにかく、校内の秩序を守るのが私たちの役目です」
希美が小さく頷く。
「うん」
モヨ子も頷いた。
「でも、もし戦車道の方からも秩序を守れたら、それはそれで風紀委員っぽいかもね」
みどり子は立ち止まった。
そして、ゆっくり振り返る。
「後藤さん」
「はい」
「その発想は危険です」
「そうかな」
「そうです」
みどり子はきっぱりと言い、再び歩き出した。
けれど、その足取りは、さっきより少しだけ迷っているようにも見えた。
校内の廊下。
配膳ワゴン。
戦車道チーム。
TOGドッグ。
そして、戦車道に向いていると言った戸郷灯里の言葉。
みどり子は、小さく首を振った。
「ありえません」
そう呟く。
だが、廊下の窓から見える戦車道倉庫の方へ、ほんの一瞬だけ視線が向いた。
そこには、長いTOGⅡの車体が見えていた。
風紀委員は、今日も校内の秩序を守っている。
けれど、その目はもう、少しだけ戦車道を見始めていた。