サンダース大学付属高校。
全国大会一回戦の相手として、その名前が決まってから、大洗女子学園の戦車道チームには、少しだけ重い空気が漂っていた。
強豪校。
資金力。
大量の戦車。
そして、一回戦は十両まで出場可能。
大洗女子学園の出場車両は、六両。
Ⅳ号戦車D型。
八九式中戦車甲型。
III号突撃砲F型。
M3リー中戦車。
38(t)戦車。
そして、TOGⅡ。
数の差だけでも厳しい。
相手の編成が分からなければ、作戦も立てづらい。
戦車道倉庫前の長机には、サンダースに関する資料が広げられていた。車両数、過去の試合記録、保有戦車の情報、そして大会規定の写し。西住みほは、その紙面に視線を落としながら、少し考え込んでいた。
「相手の編成が分かれば、作戦を立てやすいんだけど……」
その言葉に、秋山優花里の目がきらりと光った。
武部沙織は、資料の端を指で押さえながらため息をつく。
「十両って多いよね。こっちは六両だし」
「しかも、サンダース大学付属高校はシャーマン系列を大量に保有していると聞きます。まさに物量の学校であります!」
「物量……」
五十鈴華が静かに呟いた。
「それだけの数を動かすには、補給や整備も相当なものなのでしょうね」
「はい。車両数、搭乗員、整備設備、食堂、売店、すべてが大規模である可能性が高いであります!」
優花里は、どこか楽しそうだった。
冷泉麻子は、眠そうな目で資料を見ている。
「相手の情報が多いほど、朝練が増えそうだな」
「麻子、そこ!?」
沙織が突っ込む。
その横で、戸郷灯里は優花里の表情を見ていた。
何かを決意した顔。
戦車の情報を前にした時の、優花里特有の目。
視線が資料からサンダースの校章へ移り、指先が鞄の持ち手を探している。
これは、行く顔だ。
「やはり、サンダースですか……」
優花里が小さく呟いた。
灯里は静かに頷く。
「いつ出発しますか?」
優花里が、ぴたりと動きを止めた。
「と、戸郷殿……?」
「私も同行しましょう」
灯里は、落ち着いた声で言った。
優花里は慌てて背筋を伸ばす。
「はっ、申し訳ありません! あまりにも自然な同行宣言だったので、つい聞き返してしまいました!」
「秋山さんだけに、危険な偵察任務を任せるわけにはいきません」
優花里の目が潤んだ。
「戸郷殿……!」
灯里は少しだけ視線を逸らす。
「それに、サンダースの補給能力と運用体制も気になります」
「そちらも偵察対象でありますか?」
「はい。戦車の数だけでは、強さは分かりませんから」
優花里は深く頷いた。
「確かに、その通りであります!」
沙織が不安そうに二人を見る。
「え、ちょっと待って。今、偵察って言った?」
「言ったであります」
「危なくないの!?」
「偵察は戦車道において重要な情報収集活動であります!」
「言い方がもう不安!」
みほも慌てて声をかけた。
「あの、優花里さん、戸郷さん。無理はしないでね」
「はい、西住殿!」
「はい。無理はしません」
灯里は真面目な顔で答える。
「必要な情報を得て、無事に帰還します」
「それ、完全に任務の言い方なんだけど……」
沙織は頭を抱えた。
* * *
翌朝。
優花里と灯里は、大洗の港へ向かって歩いていた。
最初の服装は、コンビニ店員風の制服。
目立たない。
たぶん、目立たない。
少なくとも、戦車道の制服よりは目立たない。
優花里は大きな鞄を背負い、胸元に小型カメラを隠している。鞄の中には、変装用の制服、記録媒体、簡単なメモ帳まで入っていた。
灯里は、なぜか落ち着いた顔で同じような鞄を持っていた。
「戸郷殿、準備はよろしいですか?」
「はい」
「緊張しませんか?」
「少しします」
「そうは見えないであります」
「堂々としていれば、案外怪しまれないものです」
灯里は真顔で言った。
「潜入任務では、自然さが重要です」
「さすがであります!」
優花里は感心していた。
しかし、連絡船に乗り込み、取り寄せていたサンダース大学付属高校の制服へ着替えると、灯里は鏡の前で少しだけ首を傾げた。
聖グロの制服。
大洗の制服。
そして、サンダースの制服。
鏡の中の自分は、どこの学校にも微妙に馴染んでいるようで、どこにも完全には馴染んでいないようにも見えた。
「聖グロ、大洗、サンダース……転校歴が増えた気分です」
「戸郷殿、意外と馴染んでおります!」
「そうでしょうか」
「はい! 堂々としておられます!」
灯里は少しだけ胸元の制服を整えた。
「では、堂々と行きましょう」
優花里も敬礼する。
「偵察任務、開始であります!」
* * *
サンダース大学付属高校の学園艦は、大きかった。
通路が広い。
天井が高い。
掲示板には英語交じりの案内が貼られ、壁には星条旗風の装飾が並んでいる。床のラインも分かりやすく、案内表示は大きく、遠くからでも目的地を確認できた。
行き交う生徒たちは明るく、声も大きい。
「ハーイ!」
「ハーイ!」
すれ違うたびに、普通に挨拶される。
優花里は緊張しながら手を振った。
「は、ハーイであります」
灯里は無表情気味に片手を上げる。
「ハーイ」
サンダース生徒は笑顔で通り過ぎていった。
優花里は小声で言う。
「戸郷殿、自然でありますね」
「戦場では、堂々としていた方が生き残れます」
「これは戦場なのでしょうか……?」
「情報戦です」
優花里は少し考え、真剣に頷いた。
「確かに、情報戦であります!」
しばらく歩くと、大きな食堂が見えてきた。
広い。
とても広い。
カウンターにはハンバーガー、ホットドッグ、山盛りのポテト、巨大なカップに入ったコーラが並んでいる。奥にはサラダバーやデザートコーナーまであり、複数の列が同時に流れていた。
生徒たちはトレーを受け取り、注文し、受け取り、席へ移動していく。
その動きが、速い。
人数は多いのに、列が止まらない。
灯里は足を止めた。
「……補給拠点です」
「食堂であります」
「いえ、これは補給拠点です」
朝から何も食べていなかった二人は、自然な流れで昼食を取ることになった。
大きなハンバーガー。
山盛りポテト。
大きいコーラ。
灯里はハンバーガーを両手で持ち、しばらく眺めた。
「TOGⅡでなくても、大きいものはあるんですね」
「感想の基準がTOGⅡであります!」
「でも、良い補給体制です」
灯里は周囲を見る。
厨房の奥では、調理担当の生徒たちが次々とバンズを焼き、パティを挟み、包み紙へ流している。カウンターの生徒は注文を聞き、別の生徒がトレーへ乗せ、また別の生徒がドリンクを渡す。
「量も速度も、かなりのものです。生徒数が多くても、滞りなく食事が流れています」
「確かに、配膳速度も早いでありますね」
「サンダースの物量は、食堂にも表れています」
「偵察らしくなってきました!」
優花里はカメラを小さく向ける。
「食堂の規模、記録しておきます」
「お願いします」
二人はしっかり食べた。
偵察任務である。
食べることも、きっと偵察の一部だった。
* * *
次に向かったのは、戦車格納庫だった。
大きな扉。
広い格納スペース。
天井から吊られた照明が、整然と並ぶ車体を照らしている。床には整備用のラインが引かれ、工具台、予備部品、弾薬搬送用の台車が区画ごとに置かれていた。
そこにあったのは、数え切れないほどのM4シャーマンだった。
灯里は、しばらく無言で眺めた。
そして、小声で呟く。
「全部同じじゃないですか……」
「違いますよ、戸郷殿!」
優花里が即座に反応した。
声が大きい。
灯里は慌てて手を上げる。
「秋山さん、声量」
「はっ、申し訳ありません!」
優花里は声を落とし、並んだ車体へ指先を向けた。
「あちらはM4A1であります。鋳造車体が特徴的です。そして、こちらはM4無印。さらに奥に見えるのは、砲塔や主砲の違いから――」
「秋山さん」
「はい」
「今は偵察です」
「失礼しました。つい興奮してしまいました」
灯里は改めてシャーマンの列を見る。
砲塔。
車体。
履帯。
主砲。
同じ系統の戦車が、整備しやすい間隔で並べられている。
「TOGⅡと比べると、どれも短いですね」
「比較対象が常にTOGⅡであります」
「でも、これだけ同系統の戦車を揃えられるのは脅威です」
灯里は表情を引き締めた。
「整備部品の共通性、乗員教育、補給、運用。すべてが安定します」
「戸郷殿、かなり重要な視点であります!」
「TOGⅡは一両しかないので、余計にそう思います」
「なるほどであります」
二人は小型カメラで格納庫の様子を記録していく。
大量のシャーマン。
整備設備。
弾薬の搬送ライン。
予備部品。
優花里は楽しそうで、灯里は真面目だった。
ただし、どちらも少し目立っていた。
* * *
格納庫の奥では、サンダースの戦車道部員たちが談笑していた。
優花里は一瞬身構えたが、灯里が小声で言う。
「自然に接触しましょう」
「はい」
二人はファンを装って近づいた。
「一回戦、頑張ってください!」
「応援しています」
サンダースの生徒たちは、明るく笑った。
「サンキュー!」
「大洗戦、楽しみだね!」
「今年の一回戦、けっこう注目されてるよね」
優花里は、目を輝かせながらも平静を装う。
「大洗は、どのような印象でありますか?」
「んー、戦車道を復活させたばかりの学校でしょ?」
「でも、聖グロと練習試合したって聞いたよ」
「あと、長い戦車がいるって」
灯里の眉が少し動いた。
「長い戦車」
「そうそう、トグ? トーグ?」
「TOGⅡです」
灯里が即答した。
サンダース生徒が少し驚く。
「詳しいね」
「少し」
優花里が灯里の袖を軽く引いた。
「戸郷殿、自然に」
「失礼しました」
サンダース生徒たちは特に怪しむ様子もなく、笑いながら去っていく。
灯里は小声で言った。
「サンダース、思ったより距離感が近いですね」
「校風でありますね」
「良い校風です」
優花里は頷く。
「ですが、油断は禁物であります」
* * *
その後、二人は全体ブリーフィング会場へ潜り込んだ。
広い講堂。
大勢の戦車道部員。
正面の壇上には、隊長らしき金髪の少女。
ケイ。
その隣に、鋭い目つきのナオミ。
そして、やや落ち着かない様子で資料を持つアリサ。
優花里は息を呑んだ。
「サンダースの主要メンバーであります……!」
「秋山さん、落ち着いて」
灯里は小声で言う。
壇上で、アリサが資料を開いた。
紙をめくる音が、講堂の前列に小さく響く。
「一回戦の出場車両を発表します」
会場が静かになる。
「ファイアフライ、一両。シャーマンA1、76mm砲搭載型、一両。75mm砲搭載型、八両」
アリサは少し得意げに続ける。
「合計、十両です」
灯里は小さく呟いた。
「全力ですね」
「さすがサンダース、物量が違います……!」
優花里の声は震えていた。
ケイが明るく手を叩く。
「次はフラッグ車を決めるよー! OK?」
部員たちが一斉に声を上げる。
「イェーイ!」
優花里が目を丸くする。
「ノリが良いでありますね」
「元気です」
フラッグ車は、アリサ搭乗の75mm砲シャーマン。
灯里はその情報を頭に刻む。
フラッグ車。
アリサ。
75mm砲シャーマン。
これは重要だ。
大洗にとって、かなり重要な情報だった。
やがて、ナオミが壇上で静かに言った。
「質問は?」
優花里の手が、反射的に上がった。
灯里は、わずかに目を見開く。
秋山さん、かなり踏み込みますね。
「小隊編成は、どのようになっているのでありますか?」
会場の視線が、優花里へ集まる。
灯里は表情を変えないようにした。
ケイは、にっと笑った。
「いい質問ね!」
優花里の顔が輝く。
「三両で一小隊。基本は小隊単位で動くわ。フラッグ車に専属護衛はつけない。数と火力で押す。それがサンダース流よ!」
ケイは腕を広げる。
「大洗には三突もTOGⅡもいるけど、こっちは正面から受けて立つわ!」
灯里は、その言葉に少しだけ反応した。
優花里が聞いた情報は、十分に重要だった。
けれど、灯里にはもう一つだけ確認したいことがあった。
「TOGⅡについては、どう思いますか?」
優花里が固まった。
「戸郷殿!?」
ケイは楽しそうに笑う。
「ビッグで、ロングで、スロー!」
会場の何人かが笑った。
灯里は真剣に聞いている。
ケイは続けた。
「でも、道を塞がれたら厄介ね。ああいう戦車は、強いというより、無視できないところが強いのよ」
灯里は、静かに目を細めた。
「……分かっている人です」
その一言に、ナオミの目が細くなった。
質問そのものではない。
その受け止め方。
その言い方。
まるで、TOGⅡを外から見ているのではなく、内側から見ているようだった。
「今の言い方、大洗側の人間みたいだな」
空気が止まった。
ナオミはまっすぐ二人を見る。
「所属と名前は?」
優花里は一瞬で汗をかいた。
そして、なぜか胸を張った。
「第六機甲師団、オッドボール三等軍曹であります!」
灯里も続いた。
「同じく、ロングドッグ補給兵です」
ナオミは即答した。
「偽物だな」
会場がざわつく。
「偽物?」
「偽物だー!」
「スパイ?」
「偵察?」
優花里は、すぐにカメラへ向き直った。
「これで、レポートを終わります!」
「逃げます」
灯里が言うと同時に、二人は走り出した。
「待ちなさい!」
アリサの声が飛ぶ。
ケイは、なぜか楽しそうに笑っていた。
「アハハ! ガッツあるわねー!」
ナオミは静かに追撃を指示する。
優花里と灯里は、通路を走る。
「戸郷殿、こちらです!」
「サンダースの補給能力は、非常に高いです……!」
「そこを締めにするのでありますか!?」
「重要情報です」
サンダースの生徒たちが追ってくる。
二人は角を曲がり、階段を下り、途中でサンダース制服を脱ぎ、元のコンビニ制服姿へ戻りながら走った。
「変装解除です!」
「了解です」
最後は搬入口から飛び出し、連絡船へ向かって全力で走る。
優花里は息を切らしながらも笑っていた。
「大成功であります!」
「かなり危険でした」
「ですが、情報は取れました!」
「はい」
灯里は振り返る。
遠ざかるサンダース艦。
明るく、巨大で、強い学校。
「良い相手です」
灯里は小さく言った。
* * *
ブリーフィング会場では、まだざわめきが残っていた。
アリサは、顔を真っ赤にして叫んでいる。
「何なのよ、あいつら! 完全に偵察じゃない!」
ケイは楽しそうに肩をすくめた。
「いいじゃない。あれくらい元気な方が、試合は楽しいわ」
「楽しいで済ませないでください!」
ナオミは、二人が消えた通路を見ていた。
オッドボール三等軍曹。
ロングドッグ補給兵。
名前は明らかに偽物。
だが、気になったのはそこではない。
「……TOGⅡのことを、知りすぎていたな」
ナオミの声は小さかった。
ケイが振り返る。
「そう?」
「少なくとも、ただのファンではない」
ナオミは静かに言った。
「特に、補給兵と名乗った方。あれは、TOGⅡの関係者かもしれない」
アリサが目を細める。
「大洗側の偵察……」
その言葉に、ケイはにっと笑った。
「なら、こっちもちゃんと相手してあげないとね」
ナオミは何も言わない。
ただ、灯里の言葉を覚えていた。
分かっている人です。
あれは、相手を見る言葉ではない。
自分たちがどう見られているかを、確かめる言葉だった。
* * *
その頃、大洗では、Aチームの面々が優花里と灯里を探していた。
みほは、灯里の机に置かれていた紙を手にしている。
そこには、几帳面な字でこう書かれていた。
『しばらく留守にします。探さないでください。
ただし、夕方までに戻らなかった場合は秋山さんの家を確認してください』
沙織が紙を覗き込む。
「探してほしいの? ほしくないの?」
「たぶん、何かあった時の保険だと思います」
華が穏やかに言う。
麻子は眠そうに続けた。
「行き先をほぼ書いている」
「じゃあ、優花里さんの家に行ってみようか」
みほがそう言うと、沙織は少し不安そうに頷いた。
「うん。二人とも、無茶してなきゃいいけど……」
優花里なら、ここで偵察は重要でありますと言ったかもしれない。
だが、本人はいない。
代わりに、麻子が短く言った。
「しているだろうな」
* * *
秋山家は、床屋だった。
店先には、くるくる回るサインポール。
中からは、明るい声が聞こえる。
みほたちが中へ入ると、秋山優花里の両親が驚いたように振り向いた。
「あら?」
「おや?」
みほが少し緊張しながら頭を下げる。
「あの、秋山さんのお友達で……」
その一言で、空気が変わった。
優花里の母が、ぱあっと顔を明るくする。
「優花里にお友達が……!」
父も目を潤ませる。
「しかも、こんなにたくさん……!」
沙織が少し戸惑う。
「あ、あの、そんなに喜ばれると……」
「どうぞどうぞ! 上がってください!」
優花里の両親は、全力で歓迎した。
みほたちは、案内されるままに優花里の部屋へ通される。
そこは、優花里そのものの部屋だった。
戦車模型。
ミリタリーポスター。
資料本。
戦車道関連の切り抜き。
歴代戦車の写真。
机の上には、工具と模型塗料。
棚には、丁寧に並べられた戦車の本が詰まっている。壁のポスターは少し古く、けれど大切に貼られていた。
沙織は目を丸くする。
「すごい……」
「秋山さんらしいお部屋ですね」
華が微笑む。
麻子は棚を見て言った。
「寝る場所はあるのか」
「麻子、そこ?」
みほは、机の上に置かれた写真を見つけた。
そこには、戦車の前で嬉しそうに笑う幼い優花里が写っていた。
「優花里さん、本当に戦車が好きなんだね」
みほは、少しだけ優しい顔になった。
* * *
しばらくして、窓の外で物音がした。
ごそごそ。
がたん。
沙織が振り返る。
「今、何か聞こえなかった?」
次の瞬間、窓が開いた。
コンビニ制服姿の優花里が、ひょこっと顔を出す。
「ただいまであります!」
続いて、灯里も無表情気味に現れた。
「帰還しました」
「何してたのー!?」
沙織の叫びが、部屋に響いた。
優花里と灯里は、部屋の中へ入り、鞄から小型カメラと記録媒体を取り出した。
「偵察任務であります!」
「サンダースの出場編成、フラッグ車、小隊運用、補給体制を確認しました」
沙織は頭を抱える。
「本当に行ってたんだ……」
「偵察そのものは、戦車道では珍しくないのであります!」
優花里が胸を張る。
灯里も頷いた。
「少なくとも、情報収集は重要です」
「その言い方、不安なんだけど!」
みほは、映像を受け取って画面を確認した。
大量のシャーマン。
格納庫の整備設備。
ブリーフィング会場。
出場車両。
フラッグ車。
そして、逃げながら撮られたらしい揺れる映像。
「すごい……」
みほは息を呑んだ。
「ありがとう、優花里さん、戸郷さん」
優花里の表情が、ふわっと変わった。
「西住殿……」
「すごく助かるよ」
その言葉に、優花里の目が潤んだ。
「私……友達が家に遊びに来たのは、皆さんが初めてです」
部屋が静かになる。
優花里は、少し照れたように笑った。
「私、戦車が友達でしたので」
灯里が静かに頷いた。
「分かります」
沙織が灯里を見る。
「分かるの?」
「私も、TOGⅡに話しかけていた時期があります」
「二人とも、ちょっと重いよ!」
沙織は少し泣きそうな顔で叫んだ。
華は、優しく微笑む。
「ですが、今は私たちもいます」
みほも頷いた。
「うん。これからは、みんなで一緒に戦おう」
優花里は、こらえきれないように敬礼した。
「はい! 西住殿!」
灯里も、少しだけ表情を緩める。
「TOGⅡも、きっと喜んでいると思います」
「TOGⅡも!?」
「はい」
「もう何でもありだね……」
沙織は苦笑した。
それでも、その空気は温かかった。
* * *
映像を確認したみほは、少しだけ表情を引き締めた。
「サンダースは十両。フラッグ車はアリサさんの75mm砲シャーマン」
優花里が補足する。
「三両一小隊で、フラッグ車に専属護衛はつけないようであります!」
灯里も続けた。
「補給能力、整備体制、食堂の規模もかなり大きいです」
「食堂?」
沙織が首を傾げる。
「はい。量も速度も優秀でした」
「そこも見てきたんだ……」
「サンダースの強さは、戦車の数だけではないと思います」
みほは、小さく頷いた。
そして、映像をもう一度見る。
サンダースは強い。
数もある。
火力もある。
明るく、勢いがあり、堂々としている。
でも、勝たなければならない。
みほは画面を見つめたまま、静かに言った。
「うん。これなら、作戦を考えられる」
優花里が顔を上げる。
「西住殿……!」
「優花里さんが取ってきてくれた情報がある。戸郷さんが見てくれた運用と補給の情報もある」
みほは、少しだけ表情を引き締めた。
「だから、これを大洗の戦い方に変えよう」
沙織が息を呑む。
華は静かに頷いた。
麻子は眠そうな顔のまま、少しだけ背筋を伸ばした。
灯里は、みほを見た。
情報を取るのは優花里。
足りない部分を見るのが、自分。
それを作戦に変えるのが、西住みほ。
その形が、今の大洗には必要だった。
「明日から、朝練をしようと思います」
みほの言葉に、麻子が固まった。
「……朝?」
「麻子、戻ってきて!」
沙織が慌てる。
灯里は真面目に言った。
「TOGⅡも朝は弱いです」
麻子が灯里を見る。
「なら休もう」
「でも、戦車道は待ってくれません」
「敵より朝が怖い」
「分かります」
「分かるなら休もう」
「それとこれとは別です」
麻子は、静かに布団を探すような目をした。
沙織が必死に肩を揺する。
「麻子ー! まだ寝ないでー!」
みほは少し困ったように笑った。
優花里は、映像データを両手で抱えながら胸を張る。
「サンダース戦に向けて、全力であります!」
灯里も頷く。
「はい。相手は強いです」
その声は落ち着いていた。
「だから、情報を使いましょう」
みほは、静かに頷いた。
「うん。みんなで考えよう」
大洗女子学園は、まだ小さい。
戦車の数も少ない。
経験も足りない。
相手のような物量もない。
けれど、考えることはできる。
動くことはできる。
仲間を信じることはできる。
そして、偵察で得た情報は、確かに次の戦いへ繋がっていた。
全国大会一回戦。
相手はサンダース大学付属高校。
大洗女子学園の戦いは、まだ始まったばかりだった。
次回予告
ナレーター:
サンダース大学付属高校の情報を手に入れた大洗女子学園。
優花里:
「偵察任務、大成功であります!」
沙織:
「いや、普通に危なかったからね!?」
灯里:
「サンダースの補給能力は、非常に高いです」
桃:
「そこも報告するのか!?」
みほ:
「でも、これで作戦を考えられるね」
ナレーター:
相手は十両。
大洗は六両。
数も、火力も、経験も、相手が上。
杏:
「じゃあ、こっちはこっちの戦い方をするしかないよねー」
灯里:
「TOGⅡは速くありません。でも、必要な場所に置ければ、意味があります」
ナレーター:
しかし、その前に――
優花里:
「各車両の特性を、実際に体感する必要があるであります!」
沙織:
「え、乗るの!? 全部!?」
灯里:
「乗ってみないと分からない癖があります」
みほ:
「うん。みんなで確認してみよう」
ナレーター:
戦う前に知ること。
それもまた、戦車道。
次回。
第26.5話「乗ってわかる戦車の癖」
TOGⅡで戦車道を……?
まだまだ続きます。