『TOGⅡで戦車道を……?』   作:きのこ大三元

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第26話「偵察任務、二人であります」

 サンダース大学付属高校。

 

 全国大会一回戦の相手として、その名前が決まってから、大洗女子学園の戦車道チームには、少しだけ重い空気が漂っていた。

 

 強豪校。

 

 資金力。

 

 大量の戦車。

 

 そして、一回戦は十両まで出場可能。

 

 大洗女子学園の出場車両は、六両。

 

 Ⅳ号戦車D型。

 八九式中戦車甲型。

 III号突撃砲F型。

 M3リー中戦車。

 38(t)戦車。

 そして、TOGⅡ。

 

 数の差だけでも厳しい。

 

 相手の編成が分からなければ、作戦も立てづらい。

 

 戦車道倉庫前の長机には、サンダースに関する資料が広げられていた。車両数、過去の試合記録、保有戦車の情報、そして大会規定の写し。西住みほは、その紙面に視線を落としながら、少し考え込んでいた。

「相手の編成が分かれば、作戦を立てやすいんだけど……」

 

 その言葉に、秋山優花里の目がきらりと光った。

 

 武部沙織は、資料の端を指で押さえながらため息をつく。

「十両って多いよね。こっちは六両だし」

「しかも、サンダース大学付属高校はシャーマン系列を大量に保有していると聞きます。まさに物量の学校であります!」

「物量……」

 

 五十鈴華が静かに呟いた。

「それだけの数を動かすには、補給や整備も相当なものなのでしょうね」

「はい。車両数、搭乗員、整備設備、食堂、売店、すべてが大規模である可能性が高いであります!」

 

 優花里は、どこか楽しそうだった。

 

 冷泉麻子は、眠そうな目で資料を見ている。

「相手の情報が多いほど、朝練が増えそうだな」

「麻子、そこ!?」

 

 沙織が突っ込む。

 

 その横で、戸郷灯里は優花里の表情を見ていた。

 

 何かを決意した顔。

 

 戦車の情報を前にした時の、優花里特有の目。

 

 視線が資料からサンダースの校章へ移り、指先が鞄の持ち手を探している。

 

 これは、行く顔だ。

「やはり、サンダースですか……」

 

 優花里が小さく呟いた。

 

 灯里は静かに頷く。

「いつ出発しますか?」

 

 優花里が、ぴたりと動きを止めた。

「と、戸郷殿……?」

「私も同行しましょう」

 

 灯里は、落ち着いた声で言った。

 

 優花里は慌てて背筋を伸ばす。

「はっ、申し訳ありません! あまりにも自然な同行宣言だったので、つい聞き返してしまいました!」

「秋山さんだけに、危険な偵察任務を任せるわけにはいきません」

 

 優花里の目が潤んだ。

「戸郷殿……!」

 

 灯里は少しだけ視線を逸らす。

「それに、サンダースの補給能力と運用体制も気になります」

「そちらも偵察対象でありますか?」

「はい。戦車の数だけでは、強さは分かりませんから」

 

 優花里は深く頷いた。

「確かに、その通りであります!」

 

 沙織が不安そうに二人を見る。

「え、ちょっと待って。今、偵察って言った?」

「言ったであります」

「危なくないの!?」

「偵察は戦車道において重要な情報収集活動であります!」

「言い方がもう不安!」

 

 みほも慌てて声をかけた。

「あの、優花里さん、戸郷さん。無理はしないでね」

「はい、西住殿!」

「はい。無理はしません」

 

 灯里は真面目な顔で答える。

「必要な情報を得て、無事に帰還します」

「それ、完全に任務の言い方なんだけど……」

 

 沙織は頭を抱えた。

 

* * *

 

 翌朝。

 

 優花里と灯里は、大洗の港へ向かって歩いていた。

 

 最初の服装は、コンビニ店員風の制服。

 

 目立たない。

 

 たぶん、目立たない。

 

 少なくとも、戦車道の制服よりは目立たない。

 

 優花里は大きな鞄を背負い、胸元に小型カメラを隠している。鞄の中には、変装用の制服、記録媒体、簡単なメモ帳まで入っていた。

 

 灯里は、なぜか落ち着いた顔で同じような鞄を持っていた。

「戸郷殿、準備はよろしいですか?」

「はい」

「緊張しませんか?」

「少しします」

「そうは見えないであります」

「堂々としていれば、案外怪しまれないものです」

 

 灯里は真顔で言った。

「潜入任務では、自然さが重要です」

「さすがであります!」

 

 優花里は感心していた。

 

 しかし、連絡船に乗り込み、取り寄せていたサンダース大学付属高校の制服へ着替えると、灯里は鏡の前で少しだけ首を傾げた。

 

 聖グロの制服。

 

 大洗の制服。

 

 そして、サンダースの制服。

 

 鏡の中の自分は、どこの学校にも微妙に馴染んでいるようで、どこにも完全には馴染んでいないようにも見えた。

「聖グロ、大洗、サンダース……転校歴が増えた気分です」

「戸郷殿、意外と馴染んでおります!」

「そうでしょうか」

「はい! 堂々としておられます!」

 

 灯里は少しだけ胸元の制服を整えた。

「では、堂々と行きましょう」

 

 優花里も敬礼する。

「偵察任務、開始であります!」

 

* * *

 

 サンダース大学付属高校の学園艦は、大きかった。

 

 通路が広い。

 

 天井が高い。

 

 掲示板には英語交じりの案内が貼られ、壁には星条旗風の装飾が並んでいる。床のラインも分かりやすく、案内表示は大きく、遠くからでも目的地を確認できた。

 

 行き交う生徒たちは明るく、声も大きい。

「ハーイ!」

「ハーイ!」

 

 すれ違うたびに、普通に挨拶される。

 

 優花里は緊張しながら手を振った。

「は、ハーイであります」

 

 灯里は無表情気味に片手を上げる。

「ハーイ」

 

 サンダース生徒は笑顔で通り過ぎていった。

 

 優花里は小声で言う。

「戸郷殿、自然でありますね」

「戦場では、堂々としていた方が生き残れます」

「これは戦場なのでしょうか……?」

「情報戦です」

 

 優花里は少し考え、真剣に頷いた。

「確かに、情報戦であります!」

 

 しばらく歩くと、大きな食堂が見えてきた。

 

 広い。

 

 とても広い。

 

 カウンターにはハンバーガー、ホットドッグ、山盛りのポテト、巨大なカップに入ったコーラが並んでいる。奥にはサラダバーやデザートコーナーまであり、複数の列が同時に流れていた。

 

 生徒たちはトレーを受け取り、注文し、受け取り、席へ移動していく。

 

 その動きが、速い。

 

 人数は多いのに、列が止まらない。

 

 灯里は足を止めた。

「……補給拠点です」

「食堂であります」

「いえ、これは補給拠点です」

 

 朝から何も食べていなかった二人は、自然な流れで昼食を取ることになった。

 

 大きなハンバーガー。

 

 山盛りポテト。

 

 大きいコーラ。

 

 灯里はハンバーガーを両手で持ち、しばらく眺めた。

「TOGⅡでなくても、大きいものはあるんですね」

「感想の基準がTOGⅡであります!」

「でも、良い補給体制です」

 

 灯里は周囲を見る。

 

 厨房の奥では、調理担当の生徒たちが次々とバンズを焼き、パティを挟み、包み紙へ流している。カウンターの生徒は注文を聞き、別の生徒がトレーへ乗せ、また別の生徒がドリンクを渡す。

「量も速度も、かなりのものです。生徒数が多くても、滞りなく食事が流れています」

「確かに、配膳速度も早いでありますね」

「サンダースの物量は、食堂にも表れています」

「偵察らしくなってきました!」

 

 優花里はカメラを小さく向ける。

「食堂の規模、記録しておきます」

「お願いします」

 

 二人はしっかり食べた。

 

 偵察任務である。

 

 食べることも、きっと偵察の一部だった。

 

* * *

 

 次に向かったのは、戦車格納庫だった。

 

 大きな扉。

 

 広い格納スペース。

 

 天井から吊られた照明が、整然と並ぶ車体を照らしている。床には整備用のラインが引かれ、工具台、予備部品、弾薬搬送用の台車が区画ごとに置かれていた。

 

 そこにあったのは、数え切れないほどのM4シャーマンだった。

 

 灯里は、しばらく無言で眺めた。

 

 そして、小声で呟く。

「全部同じじゃないですか……」

「違いますよ、戸郷殿!」

 

 優花里が即座に反応した。

 

 声が大きい。

 

 灯里は慌てて手を上げる。

「秋山さん、声量」

「はっ、申し訳ありません!」

 

 優花里は声を落とし、並んだ車体へ指先を向けた。

「あちらはM4A1であります。鋳造車体が特徴的です。そして、こちらはM4無印。さらに奥に見えるのは、砲塔や主砲の違いから――」

「秋山さん」

「はい」

「今は偵察です」

「失礼しました。つい興奮してしまいました」

 

 灯里は改めてシャーマンの列を見る。

 

 砲塔。

 

 車体。

 

 履帯。

 

 主砲。

 

 同じ系統の戦車が、整備しやすい間隔で並べられている。

「TOGⅡと比べると、どれも短いですね」

「比較対象が常にTOGⅡであります」

「でも、これだけ同系統の戦車を揃えられるのは脅威です」

 

 灯里は表情を引き締めた。

「整備部品の共通性、乗員教育、補給、運用。すべてが安定します」

「戸郷殿、かなり重要な視点であります!」

「TOGⅡは一両しかないので、余計にそう思います」

「なるほどであります」

 

 二人は小型カメラで格納庫の様子を記録していく。

 

 大量のシャーマン。

 

 整備設備。

 

 弾薬の搬送ライン。

 

 予備部品。

 

 優花里は楽しそうで、灯里は真面目だった。

 

 ただし、どちらも少し目立っていた。

 

* * *

 

 格納庫の奥では、サンダースの戦車道部員たちが談笑していた。

 

 優花里は一瞬身構えたが、灯里が小声で言う。

「自然に接触しましょう」

「はい」

 

 二人はファンを装って近づいた。

「一回戦、頑張ってください!」

「応援しています」

 

 サンダースの生徒たちは、明るく笑った。

「サンキュー!」

「大洗戦、楽しみだね!」

「今年の一回戦、けっこう注目されてるよね」

 

 優花里は、目を輝かせながらも平静を装う。

「大洗は、どのような印象でありますか?」

「んー、戦車道を復活させたばかりの学校でしょ?」

「でも、聖グロと練習試合したって聞いたよ」

「あと、長い戦車がいるって」

 

 灯里の眉が少し動いた。

「長い戦車」

「そうそう、トグ? トーグ?」

「TOGⅡです」

 

 灯里が即答した。

 

 サンダース生徒が少し驚く。

「詳しいね」

「少し」

 

 優花里が灯里の袖を軽く引いた。

「戸郷殿、自然に」

「失礼しました」

 

 サンダース生徒たちは特に怪しむ様子もなく、笑いながら去っていく。

 

 灯里は小声で言った。

「サンダース、思ったより距離感が近いですね」

「校風でありますね」

「良い校風です」

 

 優花里は頷く。

「ですが、油断は禁物であります」

 

* * *

 

 その後、二人は全体ブリーフィング会場へ潜り込んだ。

 

 広い講堂。

 

 大勢の戦車道部員。

 

 正面の壇上には、隊長らしき金髪の少女。

 

 ケイ。

 

 その隣に、鋭い目つきのナオミ。

 

 そして、やや落ち着かない様子で資料を持つアリサ。

 

 優花里は息を呑んだ。

「サンダースの主要メンバーであります……!」

「秋山さん、落ち着いて」

 

 灯里は小声で言う。

 

 壇上で、アリサが資料を開いた。

 

 紙をめくる音が、講堂の前列に小さく響く。

「一回戦の出場車両を発表します」

 

 会場が静かになる。

「ファイアフライ、一両。シャーマンA1、76mm砲搭載型、一両。75mm砲搭載型、八両」

 

 アリサは少し得意げに続ける。

「合計、十両です」

 

 灯里は小さく呟いた。

「全力ですね」

「さすがサンダース、物量が違います……!」

 

 優花里の声は震えていた。

 

 ケイが明るく手を叩く。

「次はフラッグ車を決めるよー! OK?」

 

 部員たちが一斉に声を上げる。

「イェーイ!」

 

 優花里が目を丸くする。

「ノリが良いでありますね」

「元気です」

 

 フラッグ車は、アリサ搭乗の75mm砲シャーマン。

 

 灯里はその情報を頭に刻む。

 

 フラッグ車。

 

 アリサ。

 

 75mm砲シャーマン。

 

 これは重要だ。

 

 大洗にとって、かなり重要な情報だった。

 

 やがて、ナオミが壇上で静かに言った。

「質問は?」

 

 優花里の手が、反射的に上がった。

 

 灯里は、わずかに目を見開く。

 

 秋山さん、かなり踏み込みますね。

「小隊編成は、どのようになっているのでありますか?」

 

 会場の視線が、優花里へ集まる。

 

 灯里は表情を変えないようにした。

 

 ケイは、にっと笑った。

「いい質問ね!」

 

 優花里の顔が輝く。

「三両で一小隊。基本は小隊単位で動くわ。フラッグ車に専属護衛はつけない。数と火力で押す。それがサンダース流よ!」

 

 ケイは腕を広げる。

「大洗には三突もTOGⅡもいるけど、こっちは正面から受けて立つわ!」

 

 灯里は、その言葉に少しだけ反応した。

 

 優花里が聞いた情報は、十分に重要だった。

 

 けれど、灯里にはもう一つだけ確認したいことがあった。

「TOGⅡについては、どう思いますか?」

 

 優花里が固まった。

「戸郷殿!?」

 

 ケイは楽しそうに笑う。

「ビッグで、ロングで、スロー!」

 

 会場の何人かが笑った。

 

 灯里は真剣に聞いている。

 

 ケイは続けた。

「でも、道を塞がれたら厄介ね。ああいう戦車は、強いというより、無視できないところが強いのよ」

 

 灯里は、静かに目を細めた。

「……分かっている人です」

 

 その一言に、ナオミの目が細くなった。

 

 質問そのものではない。

 

 その受け止め方。

 

 その言い方。

 

 まるで、TOGⅡを外から見ているのではなく、内側から見ているようだった。

「今の言い方、大洗側の人間みたいだな」

 

 空気が止まった。

 

 ナオミはまっすぐ二人を見る。

「所属と名前は?」

 

 優花里は一瞬で汗をかいた。

 

 そして、なぜか胸を張った。

「第六機甲師団、オッドボール三等軍曹であります!」

 

 灯里も続いた。

「同じく、ロングドッグ補給兵です」

 

 ナオミは即答した。

「偽物だな」

 

 会場がざわつく。

「偽物?」

「偽物だー!」

「スパイ?」

「偵察?」

 

 優花里は、すぐにカメラへ向き直った。

「これで、レポートを終わります!」

「逃げます」

 

 灯里が言うと同時に、二人は走り出した。

「待ちなさい!」

 

 アリサの声が飛ぶ。

 

 ケイは、なぜか楽しそうに笑っていた。

「アハハ! ガッツあるわねー!」

 

 ナオミは静かに追撃を指示する。

 

 優花里と灯里は、通路を走る。

「戸郷殿、こちらです!」

「サンダースの補給能力は、非常に高いです……!」

「そこを締めにするのでありますか!?」

「重要情報です」

 

 サンダースの生徒たちが追ってくる。

 

 二人は角を曲がり、階段を下り、途中でサンダース制服を脱ぎ、元のコンビニ制服姿へ戻りながら走った。

「変装解除です!」

「了解です」

 

 最後は搬入口から飛び出し、連絡船へ向かって全力で走る。

 

 優花里は息を切らしながらも笑っていた。

「大成功であります!」

「かなり危険でした」

「ですが、情報は取れました!」

「はい」

 

 灯里は振り返る。

 

 遠ざかるサンダース艦。

 

 明るく、巨大で、強い学校。

「良い相手です」

 

 灯里は小さく言った。

 

* * *

 

 ブリーフィング会場では、まだざわめきが残っていた。

 

 アリサは、顔を真っ赤にして叫んでいる。

「何なのよ、あいつら! 完全に偵察じゃない!」

 

 ケイは楽しそうに肩をすくめた。

「いいじゃない。あれくらい元気な方が、試合は楽しいわ」

「楽しいで済ませないでください!」

 

 ナオミは、二人が消えた通路を見ていた。

 

 オッドボール三等軍曹。

 

 ロングドッグ補給兵。

 

 名前は明らかに偽物。

 

 だが、気になったのはそこではない。

「……TOGⅡのことを、知りすぎていたな」

 

 ナオミの声は小さかった。

 

 ケイが振り返る。

「そう?」

「少なくとも、ただのファンではない」

 

 ナオミは静かに言った。

「特に、補給兵と名乗った方。あれは、TOGⅡの関係者かもしれない」

 

 アリサが目を細める。

「大洗側の偵察……」

 

 その言葉に、ケイはにっと笑った。

「なら、こっちもちゃんと相手してあげないとね」

 

 ナオミは何も言わない。

 

 ただ、灯里の言葉を覚えていた。

 

 分かっている人です。

 

 あれは、相手を見る言葉ではない。

 

 自分たちがどう見られているかを、確かめる言葉だった。

 

* * *

 

 その頃、大洗では、Aチームの面々が優花里と灯里を探していた。

 

 みほは、灯里の机に置かれていた紙を手にしている。

 

 そこには、几帳面な字でこう書かれていた。

 

『しばらく留守にします。探さないでください。

 ただし、夕方までに戻らなかった場合は秋山さんの家を確認してください』

 

 沙織が紙を覗き込む。

「探してほしいの? ほしくないの?」

「たぶん、何かあった時の保険だと思います」

 

 華が穏やかに言う。

 

 麻子は眠そうに続けた。

「行き先をほぼ書いている」

「じゃあ、優花里さんの家に行ってみようか」

 

 みほがそう言うと、沙織は少し不安そうに頷いた。

「うん。二人とも、無茶してなきゃいいけど……」

 

 優花里なら、ここで偵察は重要でありますと言ったかもしれない。

 

 だが、本人はいない。

 

 代わりに、麻子が短く言った。

「しているだろうな」

 

* * *

 

 秋山家は、床屋だった。

 

 店先には、くるくる回るサインポール。

 

 中からは、明るい声が聞こえる。

 

 みほたちが中へ入ると、秋山優花里の両親が驚いたように振り向いた。

「あら?」

「おや?」

 

 みほが少し緊張しながら頭を下げる。

「あの、秋山さんのお友達で……」

 

 その一言で、空気が変わった。

 

 優花里の母が、ぱあっと顔を明るくする。

「優花里にお友達が……!」

 

 父も目を潤ませる。

「しかも、こんなにたくさん……!」

 

 沙織が少し戸惑う。

「あ、あの、そんなに喜ばれると……」

「どうぞどうぞ! 上がってください!」

 

 優花里の両親は、全力で歓迎した。

 

 みほたちは、案内されるままに優花里の部屋へ通される。

 

 そこは、優花里そのものの部屋だった。

 

 戦車模型。

 

 ミリタリーポスター。

 

 資料本。

 

 戦車道関連の切り抜き。

 

 歴代戦車の写真。

 

 机の上には、工具と模型塗料。

 

 棚には、丁寧に並べられた戦車の本が詰まっている。壁のポスターは少し古く、けれど大切に貼られていた。

 

 沙織は目を丸くする。

「すごい……」

「秋山さんらしいお部屋ですね」

 

 華が微笑む。

 

 麻子は棚を見て言った。

「寝る場所はあるのか」

「麻子、そこ?」

 

 みほは、机の上に置かれた写真を見つけた。

 

 そこには、戦車の前で嬉しそうに笑う幼い優花里が写っていた。

「優花里さん、本当に戦車が好きなんだね」

 

 みほは、少しだけ優しい顔になった。

 

* * *

 

 しばらくして、窓の外で物音がした。

 

 ごそごそ。

 

 がたん。

 

 沙織が振り返る。

「今、何か聞こえなかった?」

 

 次の瞬間、窓が開いた。

 

 コンビニ制服姿の優花里が、ひょこっと顔を出す。

「ただいまであります!」

 

 続いて、灯里も無表情気味に現れた。

「帰還しました」

「何してたのー!?」

 

 沙織の叫びが、部屋に響いた。

 

 優花里と灯里は、部屋の中へ入り、鞄から小型カメラと記録媒体を取り出した。

「偵察任務であります!」

「サンダースの出場編成、フラッグ車、小隊運用、補給体制を確認しました」

 

 沙織は頭を抱える。

「本当に行ってたんだ……」

「偵察そのものは、戦車道では珍しくないのであります!」

 

 優花里が胸を張る。

 

 灯里も頷いた。

「少なくとも、情報収集は重要です」

「その言い方、不安なんだけど!」

 

 みほは、映像を受け取って画面を確認した。

 

 大量のシャーマン。

 

 格納庫の整備設備。

 

 ブリーフィング会場。

 

 出場車両。

 

 フラッグ車。

 

 そして、逃げながら撮られたらしい揺れる映像。

「すごい……」

 

 みほは息を呑んだ。

「ありがとう、優花里さん、戸郷さん」

 

 優花里の表情が、ふわっと変わった。

「西住殿……」

「すごく助かるよ」

 

 その言葉に、優花里の目が潤んだ。

「私……友達が家に遊びに来たのは、皆さんが初めてです」

 

 部屋が静かになる。

 

 優花里は、少し照れたように笑った。

「私、戦車が友達でしたので」

 

 灯里が静かに頷いた。

「分かります」

 

 沙織が灯里を見る。

「分かるの?」

「私も、TOGⅡに話しかけていた時期があります」

「二人とも、ちょっと重いよ!」

 

 沙織は少し泣きそうな顔で叫んだ。

 

 華は、優しく微笑む。

「ですが、今は私たちもいます」

 

 みほも頷いた。

「うん。これからは、みんなで一緒に戦おう」

 

 優花里は、こらえきれないように敬礼した。

「はい! 西住殿!」

 

 灯里も、少しだけ表情を緩める。

「TOGⅡも、きっと喜んでいると思います」

「TOGⅡも!?」

「はい」

「もう何でもありだね……」

 

 沙織は苦笑した。

 

 それでも、その空気は温かかった。

 

* * *

 

 映像を確認したみほは、少しだけ表情を引き締めた。

「サンダースは十両。フラッグ車はアリサさんの75mm砲シャーマン」

 

 優花里が補足する。

「三両一小隊で、フラッグ車に専属護衛はつけないようであります!」

 

 灯里も続けた。

「補給能力、整備体制、食堂の規模もかなり大きいです」

「食堂?」

 

 沙織が首を傾げる。

「はい。量も速度も優秀でした」

「そこも見てきたんだ……」

「サンダースの強さは、戦車の数だけではないと思います」

 

 みほは、小さく頷いた。

 

 そして、映像をもう一度見る。

 

 サンダースは強い。

 

 数もある。

 

 火力もある。

 

 明るく、勢いがあり、堂々としている。

 

 でも、勝たなければならない。

 

 みほは画面を見つめたまま、静かに言った。

「うん。これなら、作戦を考えられる」

 

 優花里が顔を上げる。

「西住殿……!」

「優花里さんが取ってきてくれた情報がある。戸郷さんが見てくれた運用と補給の情報もある」

 

 みほは、少しだけ表情を引き締めた。

「だから、これを大洗の戦い方に変えよう」

 

 沙織が息を呑む。

 

 華は静かに頷いた。

 

 麻子は眠そうな顔のまま、少しだけ背筋を伸ばした。

 

 灯里は、みほを見た。

 

 情報を取るのは優花里。

 

 足りない部分を見るのが、自分。

 

 それを作戦に変えるのが、西住みほ。

 

 その形が、今の大洗には必要だった。

「明日から、朝練をしようと思います」

 

 みほの言葉に、麻子が固まった。

「……朝?」

「麻子、戻ってきて!」

 

 沙織が慌てる。

 

 灯里は真面目に言った。

「TOGⅡも朝は弱いです」

 

 麻子が灯里を見る。

「なら休もう」

「でも、戦車道は待ってくれません」

「敵より朝が怖い」

「分かります」

「分かるなら休もう」

「それとこれとは別です」

 

 麻子は、静かに布団を探すような目をした。

 

 沙織が必死に肩を揺する。

「麻子ー! まだ寝ないでー!」

 

 みほは少し困ったように笑った。

 

 優花里は、映像データを両手で抱えながら胸を張る。

「サンダース戦に向けて、全力であります!」

 

 灯里も頷く。

「はい。相手は強いです」

 

 その声は落ち着いていた。

「だから、情報を使いましょう」

 

 みほは、静かに頷いた。

「うん。みんなで考えよう」

 

 大洗女子学園は、まだ小さい。

 

 戦車の数も少ない。

 

 経験も足りない。

 

 相手のような物量もない。

 

 けれど、考えることはできる。

 

 動くことはできる。

 

 仲間を信じることはできる。

 

 そして、偵察で得た情報は、確かに次の戦いへ繋がっていた。

 

 全国大会一回戦。

 

 相手はサンダース大学付属高校。

 

 大洗女子学園の戦いは、まだ始まったばかりだった。




次回予告

ナレーター:
サンダース大学付属高校の情報を手に入れた大洗女子学園。

優花里:
「偵察任務、大成功であります!」

沙織:
「いや、普通に危なかったからね!?」

灯里:
「サンダースの補給能力は、非常に高いです」

桃:
「そこも報告するのか!?」

みほ:
「でも、これで作戦を考えられるね」

ナレーター:
相手は十両。
大洗は六両。
数も、火力も、経験も、相手が上。

杏:
「じゃあ、こっちはこっちの戦い方をするしかないよねー」

灯里:
「TOGⅡは速くありません。でも、必要な場所に置ければ、意味があります」

ナレーター:
しかし、その前に――

優花里:
「各車両の特性を、実際に体感する必要があるであります!」

沙織:
「え、乗るの!? 全部!?」

灯里:
「乗ってみないと分からない癖があります」

みほ:
「うん。みんなで確認してみよう」

ナレーター:
戦う前に知ること。
それもまた、戦車道。

次回。
第26.5話「乗ってわかる戦車の癖」

TOGⅡで戦車道を……?
まだまだ続きます。
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