時間がたりなくて、ssを作る自分、他のssを読む自分、仕事をする自分、他の作業をする自分など…最低4人は欲しいです。
あとは一日、36時間欲しいなと思います笑。
信号弾が空に消えた直後、森の中に戦車のエンジン音が広がった。
全国大会一回戦。
県立大洗女子学園対、サンダース大学付属高校。
フィールドには林道、低い丘、緩やかな稜線、木々の間から見える開けた場所が点在している。隠れられる場所は多いが、動けば枝が揺れ、履帯が土を削り、舞い上がった土煙が位置を知らせる。そんな戦場だった。
サンダース大学付属高校の戦車隊が、整った車列で森へ入っていく。
M4シャーマン。M4シャーマン。また、M4シャーマン。
同じ系列の車両は、いくつかの小隊へ分かれて進んでいた。車両数が多く、無線も活発で、進路変更への反応も速い。
一方、大洗女子学園は六両。
あんこうチームのⅣ号戦車D型。カメさんチームの38(t)戦車。アヒルさんチームの八九式中戦車甲型。カバさんチームのIII号突撃砲F型。ウサギさんチームのM3リー中戦車。そして、いぬさんチームのTOGⅡ。
数では圧倒的に不利だが、もうただの寄せ集めではない。
『全車、森の中を慎重に進んでください』
西住みほの声が、各車の無線機へ届く。
『カメさんチームは中央。あんこうチーム、カバさんチーム、いぬさんチームで周囲を見ながら進みます』
『カメさんチーム、了解だ! 我々がフラッグ車なのだから、全員気を引き締めろ!』
『河嶋が一番、力入ってるねー』
角谷杏ののんびりした声が続いた。
『会長、今は真面目にお願いします!』
車長席のみほは地図へ視線を落とし、さらに指示を送る。
『ウサギさんチームは左側を偵察してください。アヒルさんチームは右側をお願いします』
『ウサギさんチーム、了解です!』
『アヒルさんチーム、了解!』
澤梓と磯辺典子の声が返る。
桃は一瞬、通信の向こうで言葉に詰まった。
『ウサギ、アヒル、カメ……正式名称になった途端、緊張感が減った気がするぞ!』
『分かりやすくていいじゃん』
杏が笑う。
TOGⅡの車内では、灯里が無線を聞きながら真顔で頷いていた。
「いぬさんチームも分かりやすいです」
『貴様は少し黙っていろ!』
桃の声が飛ぶ。
操縦席から、小走すずの小さな笑い声が聞こえた。
「呼び方に慣れるまで大変そうですね」
「すぐ慣れます。いぬさんチームは、正式にいぬさんチームです」
火野まどかは照準器を確認しながら、灯里へ視線を向ける。
「そこは嬉しそうですね」
「はい。TOGⅡも、少し嬉しそうです」
「それは戸郷さんの気持ちです」
呼子かなえの指が無線機のつまみを回し、各チームの通信を聞き分けていく。
* * *
ウサギさんチームのM3リーは、左側の林道へ入っていた。
澤梓は車長席から上半身を出し、双眼鏡で木々の間を確認する。森の中は静かだが、遠くから複数のエンジン音が重なって聞こえていた。
「ゆっくり進んで」
「はい!」
阪口桂利奈が操縦席で返事をする。
M3リーは枝を押し分けながら林道を進み、やがて木々の切れ目から低い丘の稜線が見えてきた。
双眼鏡を覗き込んだ梓の息が止まる。
「シャーマン、三両見えます」
「三両!?」
「こっちには気づいてる?」
「まだ砲塔は向いてないよ」
梓は無線機を取った。
『こちらウサギさんチーム。左側前方、低い丘の向こうにシャーマン三両を確認しました』
『了解です。距離を保って、そのまま監視してください』
みほの声が返る。
後退を指示しようとした、その時。
右側の林の奥から、別のエンジン音が迫ってきた。木々の間を三両のシャーマンが進み、砲塔がM3リーへ向く。
「こっちにも三両!」
「挟まれてる!」
「桂利奈ちゃん、下がって!」
「あいーっ!」
M3リーが急発進する。
直後、砲弾が後方の地面を叩いた。土と木片が跳ね上がり、衝撃が車体を追う。
「右から来る!」
「前、木!」
「次は左!」
「あいーっ!」
桂利奈は操縦桿を握り、木々の間へ車体を滑り込ませる。車体側面を枝が叩き、履帯が湿った地面を削った。
以前なら、恐怖で声も出なかったかもしれない。
けれど、今のウサギさんチームは違う。怖くても確認する。位置を伝える。逃げる方向を決める。
揺れる車内で、梓は無線機を強く握った。
『ウサギさんチーム、左右から攻撃を受けています! 敵は合計六両! 南側の林道へ離脱します!』
『分かりました。あんこうチームとアヒルさんチームで救援に向かいます!』
みほの返事が届き、梓の呼吸が少しだけ戻る。
「みんな、敵の位置を伝えて!」
「右後ろ、二両!」
「左にもまだいる!」
「桂利奈ちゃん、次の分かれ道を右!」
「あいーっ!」
砲弾が木を砕き、M3リーのすぐ横へ落ちた。
白旗は、まだ上がっていない。
* * *
あんこうチームのⅣ号車内へ、ウサギさんチームの報告が飛び込んできた。
「六両って、六両!?」
沙織が無線機の前で顔を青くする。
優花里の指は、すでに地図上の左側へ伸びていた。
「サンダースの主力が、こちらへ回り込んでいる可能性があります!」
華は照準器から目を離さない。
「急がなければ、ウサギさんチームが危険です」
麻子の両手が操縦桿を握り直す。
「行くのか」
「うん」
みほはすぐに決断した。
『あんこうチーム、ウサギさんチームの救援へ向かいます。アヒルさんチームも合流してください』
『アヒルさんチーム、了解! 根性で助けに行くぞ!』
典子の声が返る。
その直後、灯里から通信が入った。
『いぬさんチームです』
「戸郷さん?」
『TOGⅡの速度では、救援には間に合いません。カメさんチームとカバさんチームの周囲を警戒しながら、中央を維持します』
みほの視線が地図へ落ちる。
TOGⅡを無理に救援へ向かわせても、到着する頃には戦況が変わっている。それどころか、大洗のフラッグ車を守る車両が減ってしまう。
「お願いします」
『はい。ここは任せてください』
通信が切れた。
「麻子さん、左の林道へ」
「了解」
Ⅳ号が進路を変え、アヒルさんチームの八九式も別方向から救援へ向かう。
だが、しばらく進んだところで、前方から複数のエンジン音が聞こえてきた。
木々の間から姿を見せる、三両のシャーマン。
「こっちにも来た!」
沙織が叫び、優花里はすぐに双眼鏡を向けた。
「待ち伏せであります!」
アヒルさんチームからも通信が飛び込む。
『こちらにもシャーマン!』
『進路を塞がれた!』
みほの眉が寄った。
早い。あまりにも早い。
ウサギさんチームが包囲された直後に、救援へ向かった二両の進路にも敵がいる。まるで、こちらがどこへ向かうのかを最初から知っていたようだった。
「麻子さん、右の木の間を抜けて」
「了解」
Ⅳ号が車体を右へ振る。後方へ落ちた砲弾が土煙を巻き上げ、そのまま車体を追ってきた。
アヒルさんチームの八九式も別の林道から飛び出し、シャーマンの照準を一瞬だけ引きつける。
『根性で通り抜ける!』
小さな車体が、木々の間を駆け抜けた。
みほは無線機へ声を送る。
『ウサギさんチーム、そのまま南南東へ! 森の出口で合流します!』
『はい!』
梓の声が返る。
三両は、なんとか森の出口近くで合流した。
だが、その先にも二両のシャーマンが回り込んでいる。
「また!? どうして分かるの!?」
沙織の声が裏返った。
前方のシャーマン。手元の無線機。みほの視線が、二つの間を往復する。
包囲された位置。救援の方向。合流地点。
こちらが無線で伝えた場所には、必ずサンダースが先回りしている。
「止まらずに抜けます。麻子さん、そのまま前へ!」
「正面から行くのか」
「撃たれる前に林へ入ります!」
「了解」
Ⅳ号が加速し、八九式とM3リーも後へ続く。
シャーマンの砲塔が回る。
砲声。
砲弾がⅣ号のすぐ横にある木を砕いた。降り注ぐ枝と木片の下を三両が駆け抜け、反対側の林へ滑り込む。
* * *
少し離れた低地に、大洗の六両が集まった。
ウサギさんチームに白旗は上がっていない。あんこうチームとアヒルさんチームにも、目立った損傷はなかった。
中央を維持していたカメさんチーム、カバさんチーム、いぬさんチームも合流する。TOGⅡは最後に低地へ入り、長い車体を木々の陰へ寄せた。
「到着しました」
操縦席のすずが息を吐く。
「TOGⅡ基準では早かったです」
「普通基準では、かなり待ちました」
まどかが冷静に返す。
かなえは無線記録へ目を落とし、各チームの通信を時系列に並べていた。
「全車、行動可能です」
そこで、指が一行の記録で止まる。
「戸郷さん」
「どうしましたか」
「こちらが移動先を無線で伝えた後、毎回サンダースが先に動いています」
灯里が記録を覗き込む。
ウサギさんチームの離脱方向。あんこうチームの救援経路。三両の合流地点。
どれも無線で伝えた直後に、サンダースが先回りしている。
「一致しすぎていますね」
「はい。偶然として処理するには多すぎます」
あんこうチームの車内でも、みほが同じ結論へ近づいていた。
沙織は無線機へ手を置いたまま、不安そうにみほを見る。
「みぽりん……?」
地図上の三か所へ、みほが印をつける。
「ウサギさんチームを救援すると伝えた場所。合流すると伝えた場所。森を抜けると伝えた場所」
優花里が息を呑んだ。
「すべて、無線で位置を伝えた後であります」
華が静かに言う。
「敵が、私たちの通信を聞いているのでしょうか」
車内の空気が変わる。
みほは無線機を見つめた。
「可能性はあります。でも、まだ決めつけられません」
「偵察で動きを読まれているだけかもしれないってこと?」
「うん」
制服のポケットから、みほが携帯電話を取り出す。
「一度、確かめます」
沙織が目を瞬かせた。
「どうやって?」
「動かない場所へ、動くと伝えます」
携帯電話のメール画面が開かれ、カバさんチームへ短い指示が送られる。
――東側の林道を監視してください。無線は使わず、敵が動いたらメールで報告してください。
送信を確認すると、みほは無線機を取った。
『カメさんチームは、東側の林道へ移動してください』
『了解だ! 東側だな!』
桃の大きな返事が無線に響く。
しかし、カメさんチームの38(t)は動かない。林の陰でエンジン音を抑え、カバさんチームも別の稜線から東側の林道を監視していた。
数分後。
みほの携帯電話が震える。
カバさんチームからのメール。
――シャーマン二両、東側林道へ進路変更。
画面を見つめたみほが、静かに息を吐いた。
「やっぱり、聞かれています」
沙織の手が無線機から離れる。
「本当に来たの?」
「うん。カメさんチームが動くと伝えた場所へ、シャーマンが二両向かっています」
優花里の目が見開かれた。
「通信傍受であります!」
「それって反則じゃないの?」
「規則で明確に禁止されているとは限りません。聞ける通信を聞いて、利用しているだけなら……」
優花里は悔しそうに無線機を見る。
「しかし、こちらの指示がすべて知られてしまいます!」
麻子が短く言った。
「無線を止めれば、こちらも動けない」
「うん。だから、止めるだけでは駄目」
みほは携帯電話を握り直す。
「聞かれているなら、逆に利用します」
沙織が瞬きをした。
「逆に?」
「本当の指示は携帯電話のメールで伝えます。無線では、相手に聞いてほしい指示を流します」
優花里の表情が明るくなる。
「聞かれている無線を、敵の誘導に使うのでありますね!」
携帯電話越しに説明を聞いた灯里も、静かに頷いた。
「聞かれていることが分かれば、声も武器になります」
「作戦名は……ないしょ話作戦です」
一拍置いて、沙織が言う。
「名前は可愛いね」
「やることは、かなり意地悪だな」
麻子がぼそりと続けた。
桃の声が無線から入る。
『ないしょ話だと!? 我々には何も聞こえていないぞ!』
『聞かれちゃ駄目だから、ないしょ話なんでしょ』
杏が楽しそうに笑う。
みほの指が携帯電話を操作し、各チームへ本当の作戦を送っていく。
無線では、カメさんチームをジャンクションへ移動させ、周囲の全車でフラッグ車を守ると伝える。
本当の作戦は別だった。
カメさんチームは林の陰に残る。アヒルさんチームが枝や丸太を引きずって土煙を上げ、複数の戦車が移動しているように見せる。
サンダースの一部を、低い丘に囲まれた開けた場所へ誘導。
あんこう、カバ、ウサギ、カメの各チームが、木々の陰から待ち伏せする。
いぬさんチームは先に丘の手前へ移動し、浅い窪地を使って射線と退路を押さえる。
* * *
いぬさんチームのTOGⅡにも、本当の指示が届いた。
かなえが携帯電話の画面を確認する。
「戸郷さん、西住隊長からです。低い丘の手前へ先回り。窪地を使って、敵の退路側を押さえます」
「位置を確認します」
灯里は地図と窓の外の地形を見比べた。
指定地点は近い。
低い丘。その手前に浅い窪地。普通の戦車なら、地形に車体を隠して砲塔だけを出すこともできる。
だが、TOGⅡは長い。
全部は隠れない。
「完全なハルダウンは無理ですね」
すずが操縦席から聞き返す。
「はるだうん?」
「地形で車体を隠して、砲塔と主砲だけを出す形です」
まどかの指が、地図上の等高線をなぞった。
「窪地に前部を入れれば、車体下部は隠せます。ただし、後ろまでは入りません」
「TOGⅡは全部隠れません」
灯里はきっぱりと言う。
「ですが、少しでも隠れれば生存率が上がります。疑似ハルダウンでいきます」
「疑似なんですね」
「現実を見ることも、TOGⅡを扱う上では大切です」
すずが少しだけ苦笑した。
「移動は間に合いますか?」
「今すぐ動けば間に合います。TOGⅡは速く走れません。ですから、早く出ます」
まどかは照準器と砲塔旋回の動きを確認する。
「敵の退路側なら、無理に撃破を狙わず、砲を向けて動きを制限する方法もあります」
「はい。逃げる方向を減らします」
ちとせとりんは砲弾の受け渡し位置についた。
「装填、準備します」
「一発を大切に、ですね」
「お願いします」
かなえの手が、無線機の送信ボタンへ伸びる。
「無線では、ジャンクションへ向かうと伝えます」
「はい。聞いていただきましょう」
灯里は前方を見た。
「いぬさんチーム、移動します。TOGⅡ基準で急ぎましょう」
「了解です」
すずが操縦桿を握る。
履帯が土を噛み、TOGⅡの長い車体が低い丘へ向かって動き始めた。
* * *
無線では、みほの声が流れていた。
『カメさんチームはジャンクションへ移動してください』
『了解だ! 我々がフラッグ車として、敵を引きつける!』
『他チームは、ジャンクションの周囲で待ち伏せします』
その通信は、サンダース側にも届いている。
アリサは受信機へ耳を傾け、地図上のジャンクションへ印をつけた。
「見つけた。大洗のフラッグ車は、ここへ移動するわ」
傍受用の機材は、ケイの車両とは別の場所に置かれていた。
アリサが無線回線を切り替える。
『隊長、大洗のフラッグ車がジャンクション方面へ移動しています。偵察班から報告が入りました』
『オーケー! よく見つけたわね』
ケイの明るい声が返る。
アリサは胸を張った。
「当然です」
近くの別回線から、ナオミの声が入る。
『その情報、確かなのか』
「確かよ。大洗はジャンクションで待ち伏せするつもり」
『ずいぶん詳しい報告だな』
「私の情報網を甘く見ないで」
アリサはすぐに二両のシャーマンへ指示を送った。
「二両、ジャンクション方面へ。フラッグ車の位置を確認して」
シャーマン二両が進路を変える。
その頃、アヒルさんチームの八九式は、車体後部に結びつけた枝と丸太を引きずって走っていた。
「枝、外れてない?」
「大丈夫です!」
「土煙、もっと上げるぞー!」
「おー!」
枝と丸太が地面を削り、八九式の後方に大きな土煙が上がる。木々の隙間から見れば、何両もの車両が急いで移動しているように見えた。
「根性で土煙!」
「根性で前が見えません!」
「それでも走る!」
典子の号令で、八九式は開けた場所の外周を回る。
遠くに上がった土煙を確認し、アリサが口元を上げた。
「やっぱり、あそこね」
だが、それは大洗が見せた偽の動きだった。
* * *
サンダースのシャーマン二両が、木々の間から開けた場所へ入った。
ジャンクションに見せかけた、低い丘の前。
そこにカメさんチームの38(t)はいない。
「フラッグ車がいない?」
先頭車の車長が周囲を確認する。
次の瞬間、木々の陰からあんこうチームのⅣ号が姿を見せた。別方向には、カバさんチームのIII号突撃砲。ウサギさんチームのM3リーとカメさんチームの38(t)も、林の陰から砲を向けている。
アヒルさんチームの八九式は、すでに土煙の外へ抜けていた。
そして、低い丘の手前。
浅い窪地から、いぬさんチームのTOGⅡが砲塔と長い砲身を覗かせている。
完全には隠れていない。
車体下部は窪地に収まったが、長い車体の後部は丘の外へ出ていた。砲身も地面の傾きに合わせて下げきれず、すずが車体の向きを細かく修正している。
「もう少し右です」
「これ以上向けると、後ろが出ます」
「後ろは、すでにかなり出ています」
「分かっています」
すずが操縦桿を少し戻す。
まどかは照準器を覗き、後続のシャーマンへ砲を向けた。
「照準、合わせます」
無線を拾うかなえの耳に、各車の準備完了報告が重なる。
「全車、射撃準備」
ちとせとりんが砲弾を受け渡し、装填位置へ押し込んだ。
「装填、完了」
「次弾、準備します」
キューポラから、灯里は二両のシャーマンを見据える。
先頭車は、Ⅳ号と三突の射線へ入っている。後続車は異変に気づき、後退を始めようとしていた。
「後続車を逃がしません」
TOGⅡの砲身が、後退路へ向く。
長い砲身を避けるように、後続のシャーマンが進路を変えた。林へ戻ろうと車体を振るが、左側にはM3リー、右側には38(t)の射線がある。
逃げられる方向が狭くなる。
みほの声が、全車の無線へ届いた。
『撃て!』
一斉射撃。
Ⅳ号。三突。八九式。M3リー。38(t)。そして、TOGⅡ。
砲声が重なり、森の中に低い音が響く。
先頭のシャーマンへ、Ⅳ号と三突を中心とした砲弾が集中した。
後続車には、進路を変えたところへM3リーと38(t)の砲撃が飛び、TOGⅡの主砲弾がその近くへ着弾する。巻き上がった土煙が進路を塞ぎ、シャーマンの車体が一瞬止まった。
そこへ、八九式とM3リーの次弾が重なる。
先頭車から白旗。
続いて、後続車にも白旗が上がった。
『サンダース大学付属高校、M4シャーマン二両、行動不能!』
審判の声が響く。
一瞬の沈黙。
そして、会場が大きくざわめいた。
「二両、撃破です」
かなえが無線の報告を確認する。
灯里は二本の白旗を見つめ、静かに頷いた。
「疑似ハルダウン、成功です」
「TOGⅡの大部分が見えていましたけどね」
すずが言う。
「通常よりは隠れていました」
「比較対象がTOGⅡだから成立する言葉ですね」
まどかは照準器から目を離さず、周囲へ視線を走らせる。
みほの声が届いた。
『深追いしないでください。サンダースの増援が来る前に移動します』
『各車、撤収!』
桃の号令が続く。
大洗の車両が、一斉に林へ戻っていく。
TOGⅡも窪地から出ようとするが、長い車体を一度では曲げられない。
「左へ出ます」
「後ろ、丘に近いです」
「一度前へ出してから切り返します」
すずが操縦桿を動かし、車体をゆっくりと窪地から引き出す。
撤退にも時間がかかる。
それでも、あらかじめ出口を決めていたため、サンダースの増援が来る前には林へ入ることができた。
* * *
観戦席にも、二両撃破の報告が届いた。
「大洗がサンダースを二両落としたぞ!」
「通信を読まれていたんじゃないのか?」
「逆に誘い込んだんだ!」
サンダース側の大きな観戦席がざわつき、大洗側の少ない観客席からは歓声が上がる。
数は少ない。
けれど、その声は確かに戦場まで届いていた。
黒森峰女学園の観戦席では、逸見エリカがモニターを見つめている。
「サンダース相手に、先に二両……」
画面には、林へ後退する大洗のⅣ号と、窪地から長い車体を引き出しているTOGⅡが映っていた。
「TOGⅡの砲撃だけで倒したわけではありませんね」
西住まほはⅣ号から目を離さず、短く答える。
「撃破だけが役割ではない」
エリカが少しだけ眉を動かした。
モニターの中では、TOGⅡの砲線を避けたシャーマンが進路を変え、別の大洗車両へ側面をさらしている。
「退路を限定したのですか」
「みほが、そう使った」
まほは静かに画面を見つめ続けた。
* * *
サンダース側では、アリサが受信機を見つめていた。
「なんで……?」
大洗は確かに、ジャンクションへ移動すると無線で伝えていた。
だが、そこにフラッグ車はいない。待ち伏せ地点も違い、偵察へ出した二両がまとめて撃破されている。
ケイから通信が入った。
『ワオ! 二両やられたわ。大洗、なかなかやるじゃない!』
その声に怒りはない。むしろ、強い相手を見つけたことを楽しんでいる。
『アリサ、次の偵察情報もお願いね』
「は、はい!」
アリサは返事をし、受信機へ向き直った。
まだ、通信傍受を逆に利用されたとは認めたくない。大洗が偶然進路を変えた可能性もある。土煙を見て、自分が焦って判断しただけかもしれない。
ナオミから通信が入る。
『アリサ』
「なによ」
『先ほどの情報は、どこから得た』
「偵察よ」
『大洗がジャンクションと言ったことまで、偵察で分かるのか』
アリサの手が止まった。
「細かいことはいいでしょ。次は外さないわ」
『……そうか』
ナオミの返事は短い。
通信が切れる。
アリサは再び、大洗の無線へ耳を澄ませた。
今度こそ、正しい情報を拾う。
今度こそ、大洗の先を読む。
その横で、ナオミは静かにモニターを見ていた。
大洗は確かに無線でジャンクションと言った。しかし、実際には別の場所で待っていた。
偶然か。
それとも、聞かせたのか。
ナオミは、まだ口には出さない。
「……少し、妙だな」
『ナオミ?』
ケイが聞き返した。
『いや。まだ分からない』
『じゃあ、次で確かめましょう』
ケイは明るく答える。
サンダースのシャーマン隊が、再び動き始めた。
大洗は先手を取った。通信傍受を逆手に取り、シャーマン二両を撃破した。
だが、サンダースの物量はまだ残っている。
そしてアリサは、もう一度、大洗の声を聞こうとしていた。
聞かれている戦場は、まだ終わらない。
次回予告用あとがき:
ナレーター:
聞かれている無線を逆手に取り、サンダースのシャーマン二両を撃破した大洗女子学園。
沙織:
「ないしょ話作戦、大成功だね!」
優花里:
「しかし、サンダースの戦車はまだ多数残っているであります!」
かなえ:
「相手は、引き続きこちらの無線を聞いています」
灯里:
「では、もう一度、聞きたくなる話をしましょう」
桃:
「また偽の作戦を流すのか!?」
杏:
「聞いてくれるなら、利用しないともったいないよねー」
ナレーター:
一度成功した、通信を使った誘導。
だが、同じ手が何度も通じるとは限らない。
アリサ:
「次は絶対に外さないわ!」
ナオミ:
「相手も、こちらが聞いていることを知っているかもしれない」
ケイ:
「考えるのは大事。でも、まずは前へ進みましょう!」
ナレーター:
サンダースの物量が再び動き始める。
その先で、大洗が用意する次の囮とは。
次回。
第30話「フェアプレイ」
TOGⅡで戦車道を……?
まだまだ続きます。