『TOGⅡで戦車道を……?』   作:きのこ大三元

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定期更新です!
時間がたりなくて、ssを作る自分、他のssを読む自分、仕事をする自分、他の作業をする自分など…最低4人は欲しいです。
あとは一日、36時間欲しいなと思います笑。


第29話「聞かれている戦場」

 信号弾が空に消えた直後、森の中に戦車のエンジン音が広がった。

 

 全国大会一回戦。

 

 県立大洗女子学園対、サンダース大学付属高校。

 

 フィールドには林道、低い丘、緩やかな稜線、木々の間から見える開けた場所が点在している。隠れられる場所は多いが、動けば枝が揺れ、履帯が土を削り、舞い上がった土煙が位置を知らせる。そんな戦場だった。

 

 サンダース大学付属高校の戦車隊が、整った車列で森へ入っていく。

 

 M4シャーマン。M4シャーマン。また、M4シャーマン。

 

 同じ系列の車両は、いくつかの小隊へ分かれて進んでいた。車両数が多く、無線も活発で、進路変更への反応も速い。

 

 一方、大洗女子学園は六両。

 

 あんこうチームのⅣ号戦車D型。カメさんチームの38(t)戦車。アヒルさんチームの八九式中戦車甲型。カバさんチームのIII号突撃砲F型。ウサギさんチームのM3リー中戦車。そして、いぬさんチームのTOGⅡ。

 

 数では圧倒的に不利だが、もうただの寄せ集めではない。

 

『全車、森の中を慎重に進んでください』

 

 西住みほの声が、各車の無線機へ届く。

 

『カメさんチームは中央。あんこうチーム、カバさんチーム、いぬさんチームで周囲を見ながら進みます』

『カメさんチーム、了解だ! 我々がフラッグ車なのだから、全員気を引き締めろ!』

『河嶋が一番、力入ってるねー』

 

 角谷杏ののんびりした声が続いた。

 

『会長、今は真面目にお願いします!』

 

 車長席のみほは地図へ視線を落とし、さらに指示を送る。

 

『ウサギさんチームは左側を偵察してください。アヒルさんチームは右側をお願いします』

『ウサギさんチーム、了解です!』

『アヒルさんチーム、了解!』

 

 澤梓と磯辺典子の声が返る。

 

 桃は一瞬、通信の向こうで言葉に詰まった。

 

『ウサギ、アヒル、カメ……正式名称になった途端、緊張感が減った気がするぞ!』

『分かりやすくていいじゃん』

 

 杏が笑う。

 

 TOGⅡの車内では、灯里が無線を聞きながら真顔で頷いていた。

 

「いぬさんチームも分かりやすいです」

『貴様は少し黙っていろ!』

 

 桃の声が飛ぶ。

 

 操縦席から、小走すずの小さな笑い声が聞こえた。

 

「呼び方に慣れるまで大変そうですね」

「すぐ慣れます。いぬさんチームは、正式にいぬさんチームです」

 

 火野まどかは照準器を確認しながら、灯里へ視線を向ける。

 

「そこは嬉しそうですね」

「はい。TOGⅡも、少し嬉しそうです」

「それは戸郷さんの気持ちです」

 

 呼子かなえの指が無線機のつまみを回し、各チームの通信を聞き分けていく。

 

* * *

 

 ウサギさんチームのM3リーは、左側の林道へ入っていた。

 

 澤梓は車長席から上半身を出し、双眼鏡で木々の間を確認する。森の中は静かだが、遠くから複数のエンジン音が重なって聞こえていた。

 

「ゆっくり進んで」

「はい!」

 

 阪口桂利奈が操縦席で返事をする。

 

 M3リーは枝を押し分けながら林道を進み、やがて木々の切れ目から低い丘の稜線が見えてきた。

 

 双眼鏡を覗き込んだ梓の息が止まる。

 

「シャーマン、三両見えます」

「三両!?」

「こっちには気づいてる?」

「まだ砲塔は向いてないよ」

 

 梓は無線機を取った。

 

『こちらウサギさんチーム。左側前方、低い丘の向こうにシャーマン三両を確認しました』

『了解です。距離を保って、そのまま監視してください』

 

 みほの声が返る。

 

 後退を指示しようとした、その時。

 

 右側の林の奥から、別のエンジン音が迫ってきた。木々の間を三両のシャーマンが進み、砲塔がM3リーへ向く。

 

「こっちにも三両!」

「挟まれてる!」

「桂利奈ちゃん、下がって!」

「あいーっ!」

 

 M3リーが急発進する。

 

 直後、砲弾が後方の地面を叩いた。土と木片が跳ね上がり、衝撃が車体を追う。

 

「右から来る!」

「前、木!」

「次は左!」

「あいーっ!」

 

 桂利奈は操縦桿を握り、木々の間へ車体を滑り込ませる。車体側面を枝が叩き、履帯が湿った地面を削った。

 

 以前なら、恐怖で声も出なかったかもしれない。

 

 けれど、今のウサギさんチームは違う。怖くても確認する。位置を伝える。逃げる方向を決める。

 

 揺れる車内で、梓は無線機を強く握った。

 

『ウサギさんチーム、左右から攻撃を受けています! 敵は合計六両! 南側の林道へ離脱します!』

『分かりました。あんこうチームとアヒルさんチームで救援に向かいます!』

 

 みほの返事が届き、梓の呼吸が少しだけ戻る。

 

「みんな、敵の位置を伝えて!」

「右後ろ、二両!」

「左にもまだいる!」

「桂利奈ちゃん、次の分かれ道を右!」

「あいーっ!」

 

 砲弾が木を砕き、M3リーのすぐ横へ落ちた。

 

 白旗は、まだ上がっていない。

 

* * *

 

 あんこうチームのⅣ号車内へ、ウサギさんチームの報告が飛び込んできた。

 

「六両って、六両!?」

 

 沙織が無線機の前で顔を青くする。

 

 優花里の指は、すでに地図上の左側へ伸びていた。

 

「サンダースの主力が、こちらへ回り込んでいる可能性があります!」

 

 華は照準器から目を離さない。

 

「急がなければ、ウサギさんチームが危険です」

 

 麻子の両手が操縦桿を握り直す。

 

「行くのか」

「うん」

 

 みほはすぐに決断した。

 

『あんこうチーム、ウサギさんチームの救援へ向かいます。アヒルさんチームも合流してください』

『アヒルさんチーム、了解! 根性で助けに行くぞ!』

 

 典子の声が返る。

 

 その直後、灯里から通信が入った。

 

『いぬさんチームです』

「戸郷さん?」

『TOGⅡの速度では、救援には間に合いません。カメさんチームとカバさんチームの周囲を警戒しながら、中央を維持します』

 

 みほの視線が地図へ落ちる。

 

 TOGⅡを無理に救援へ向かわせても、到着する頃には戦況が変わっている。それどころか、大洗のフラッグ車を守る車両が減ってしまう。

 

「お願いします」

『はい。ここは任せてください』

 

 通信が切れた。

 

「麻子さん、左の林道へ」

「了解」

 

 Ⅳ号が進路を変え、アヒルさんチームの八九式も別方向から救援へ向かう。

 

 だが、しばらく進んだところで、前方から複数のエンジン音が聞こえてきた。

 

 木々の間から姿を見せる、三両のシャーマン。

 

「こっちにも来た!」

 

 沙織が叫び、優花里はすぐに双眼鏡を向けた。

 

「待ち伏せであります!」

 

 アヒルさんチームからも通信が飛び込む。

 

『こちらにもシャーマン!』

『進路を塞がれた!』

 

 みほの眉が寄った。

 

 早い。あまりにも早い。

 

 ウサギさんチームが包囲された直後に、救援へ向かった二両の進路にも敵がいる。まるで、こちらがどこへ向かうのかを最初から知っていたようだった。

 

「麻子さん、右の木の間を抜けて」

「了解」

 

 Ⅳ号が車体を右へ振る。後方へ落ちた砲弾が土煙を巻き上げ、そのまま車体を追ってきた。

 

 アヒルさんチームの八九式も別の林道から飛び出し、シャーマンの照準を一瞬だけ引きつける。

 

『根性で通り抜ける!』

 

 小さな車体が、木々の間を駆け抜けた。

 

 みほは無線機へ声を送る。

 

『ウサギさんチーム、そのまま南南東へ! 森の出口で合流します!』

『はい!』

 

 梓の声が返る。

 

 三両は、なんとか森の出口近くで合流した。

 

 だが、その先にも二両のシャーマンが回り込んでいる。

 

「また!? どうして分かるの!?」

 

 沙織の声が裏返った。

 

 前方のシャーマン。手元の無線機。みほの視線が、二つの間を往復する。

 

 包囲された位置。救援の方向。合流地点。

 

 こちらが無線で伝えた場所には、必ずサンダースが先回りしている。

 

「止まらずに抜けます。麻子さん、そのまま前へ!」

「正面から行くのか」

「撃たれる前に林へ入ります!」

「了解」

 

 Ⅳ号が加速し、八九式とM3リーも後へ続く。

 

 シャーマンの砲塔が回る。

 

 砲声。

 

 砲弾がⅣ号のすぐ横にある木を砕いた。降り注ぐ枝と木片の下を三両が駆け抜け、反対側の林へ滑り込む。

 

* * *

 

 少し離れた低地に、大洗の六両が集まった。

 

 ウサギさんチームに白旗は上がっていない。あんこうチームとアヒルさんチームにも、目立った損傷はなかった。

 

 中央を維持していたカメさんチーム、カバさんチーム、いぬさんチームも合流する。TOGⅡは最後に低地へ入り、長い車体を木々の陰へ寄せた。

 

「到着しました」

 

 操縦席のすずが息を吐く。

 

「TOGⅡ基準では早かったです」

「普通基準では、かなり待ちました」

 

 まどかが冷静に返す。

 

 かなえは無線記録へ目を落とし、各チームの通信を時系列に並べていた。

 

「全車、行動可能です」

 

 そこで、指が一行の記録で止まる。

 

「戸郷さん」

「どうしましたか」

「こちらが移動先を無線で伝えた後、毎回サンダースが先に動いています」

 

 灯里が記録を覗き込む。

 

 ウサギさんチームの離脱方向。あんこうチームの救援経路。三両の合流地点。

 

 どれも無線で伝えた直後に、サンダースが先回りしている。

 

「一致しすぎていますね」

「はい。偶然として処理するには多すぎます」

 

 あんこうチームの車内でも、みほが同じ結論へ近づいていた。

 

 沙織は無線機へ手を置いたまま、不安そうにみほを見る。

 

「みぽりん……?」

 

 地図上の三か所へ、みほが印をつける。

 

「ウサギさんチームを救援すると伝えた場所。合流すると伝えた場所。森を抜けると伝えた場所」

 

 優花里が息を呑んだ。

 

「すべて、無線で位置を伝えた後であります」

 

 華が静かに言う。

 

「敵が、私たちの通信を聞いているのでしょうか」

 

 車内の空気が変わる。

 

 みほは無線機を見つめた。

 

「可能性はあります。でも、まだ決めつけられません」

「偵察で動きを読まれているだけかもしれないってこと?」

「うん」

 

 制服のポケットから、みほが携帯電話を取り出す。

 

「一度、確かめます」

 

 沙織が目を瞬かせた。

 

「どうやって?」

「動かない場所へ、動くと伝えます」

 

 携帯電話のメール画面が開かれ、カバさんチームへ短い指示が送られる。

 

 ――東側の林道を監視してください。無線は使わず、敵が動いたらメールで報告してください。

 

 送信を確認すると、みほは無線機を取った。

 

『カメさんチームは、東側の林道へ移動してください』

『了解だ! 東側だな!』

 

 桃の大きな返事が無線に響く。

 

 しかし、カメさんチームの38(t)は動かない。林の陰でエンジン音を抑え、カバさんチームも別の稜線から東側の林道を監視していた。

 

 数分後。

 

 みほの携帯電話が震える。

 

 カバさんチームからのメール。

 

 ――シャーマン二両、東側林道へ進路変更。

 

 画面を見つめたみほが、静かに息を吐いた。

 

「やっぱり、聞かれています」

 

 沙織の手が無線機から離れる。

 

「本当に来たの?」

「うん。カメさんチームが動くと伝えた場所へ、シャーマンが二両向かっています」

 

 優花里の目が見開かれた。

 

「通信傍受であります!」

「それって反則じゃないの?」

「規則で明確に禁止されているとは限りません。聞ける通信を聞いて、利用しているだけなら……」

 

 優花里は悔しそうに無線機を見る。

 

「しかし、こちらの指示がすべて知られてしまいます!」

 

 麻子が短く言った。

 

「無線を止めれば、こちらも動けない」

「うん。だから、止めるだけでは駄目」

 

 みほは携帯電話を握り直す。

 

「聞かれているなら、逆に利用します」

 

 沙織が瞬きをした。

 

「逆に?」

「本当の指示は携帯電話のメールで伝えます。無線では、相手に聞いてほしい指示を流します」

 

 優花里の表情が明るくなる。

 

「聞かれている無線を、敵の誘導に使うのでありますね!」

 

 携帯電話越しに説明を聞いた灯里も、静かに頷いた。

 

「聞かれていることが分かれば、声も武器になります」

「作戦名は……ないしょ話作戦です」

 

 一拍置いて、沙織が言う。

 

「名前は可愛いね」

「やることは、かなり意地悪だな」

 

 麻子がぼそりと続けた。

 

 桃の声が無線から入る。

 

『ないしょ話だと!? 我々には何も聞こえていないぞ!』

『聞かれちゃ駄目だから、ないしょ話なんでしょ』

 

 杏が楽しそうに笑う。

 

 みほの指が携帯電話を操作し、各チームへ本当の作戦を送っていく。

 

 無線では、カメさんチームをジャンクションへ移動させ、周囲の全車でフラッグ車を守ると伝える。

 

 本当の作戦は別だった。

 

 カメさんチームは林の陰に残る。アヒルさんチームが枝や丸太を引きずって土煙を上げ、複数の戦車が移動しているように見せる。

 

 サンダースの一部を、低い丘に囲まれた開けた場所へ誘導。

 

 あんこう、カバ、ウサギ、カメの各チームが、木々の陰から待ち伏せする。

 

 いぬさんチームは先に丘の手前へ移動し、浅い窪地を使って射線と退路を押さえる。

 

* * *

 

 いぬさんチームのTOGⅡにも、本当の指示が届いた。

 

 かなえが携帯電話の画面を確認する。

 

「戸郷さん、西住隊長からです。低い丘の手前へ先回り。窪地を使って、敵の退路側を押さえます」

「位置を確認します」

 

 灯里は地図と窓の外の地形を見比べた。

 

 指定地点は近い。

 

 低い丘。その手前に浅い窪地。普通の戦車なら、地形に車体を隠して砲塔だけを出すこともできる。

 

 だが、TOGⅡは長い。

 

 全部は隠れない。

 

「完全なハルダウンは無理ですね」

 

 すずが操縦席から聞き返す。

 

「はるだうん?」

「地形で車体を隠して、砲塔と主砲だけを出す形です」

 

 まどかの指が、地図上の等高線をなぞった。

 

「窪地に前部を入れれば、車体下部は隠せます。ただし、後ろまでは入りません」

「TOGⅡは全部隠れません」

 

 灯里はきっぱりと言う。

 

「ですが、少しでも隠れれば生存率が上がります。疑似ハルダウンでいきます」

「疑似なんですね」

「現実を見ることも、TOGⅡを扱う上では大切です」

 

 すずが少しだけ苦笑した。

 

「移動は間に合いますか?」

「今すぐ動けば間に合います。TOGⅡは速く走れません。ですから、早く出ます」

 

 まどかは照準器と砲塔旋回の動きを確認する。

 

「敵の退路側なら、無理に撃破を狙わず、砲を向けて動きを制限する方法もあります」

「はい。逃げる方向を減らします」

 

 ちとせとりんは砲弾の受け渡し位置についた。

 

「装填、準備します」

「一発を大切に、ですね」

「お願いします」

 

 かなえの手が、無線機の送信ボタンへ伸びる。

 

「無線では、ジャンクションへ向かうと伝えます」

「はい。聞いていただきましょう」

 

 灯里は前方を見た。

 

「いぬさんチーム、移動します。TOGⅡ基準で急ぎましょう」

「了解です」

 

 すずが操縦桿を握る。

 

 履帯が土を噛み、TOGⅡの長い車体が低い丘へ向かって動き始めた。

 

* * *

 

 無線では、みほの声が流れていた。

 

『カメさんチームはジャンクションへ移動してください』

『了解だ! 我々がフラッグ車として、敵を引きつける!』

『他チームは、ジャンクションの周囲で待ち伏せします』

 

 その通信は、サンダース側にも届いている。

 

 アリサは受信機へ耳を傾け、地図上のジャンクションへ印をつけた。

 

「見つけた。大洗のフラッグ車は、ここへ移動するわ」

 

 傍受用の機材は、ケイの車両とは別の場所に置かれていた。

 

 アリサが無線回線を切り替える。

 

『隊長、大洗のフラッグ車がジャンクション方面へ移動しています。偵察班から報告が入りました』

『オーケー! よく見つけたわね』

 

 ケイの明るい声が返る。

 

 アリサは胸を張った。

 

「当然です」

 

 近くの別回線から、ナオミの声が入る。

 

『その情報、確かなのか』

「確かよ。大洗はジャンクションで待ち伏せするつもり」

『ずいぶん詳しい報告だな』

「私の情報網を甘く見ないで」

 

 アリサはすぐに二両のシャーマンへ指示を送った。

 

「二両、ジャンクション方面へ。フラッグ車の位置を確認して」

 

 シャーマン二両が進路を変える。

 

 その頃、アヒルさんチームの八九式は、車体後部に結びつけた枝と丸太を引きずって走っていた。

 

「枝、外れてない?」

「大丈夫です!」

「土煙、もっと上げるぞー!」

「おー!」

 

 枝と丸太が地面を削り、八九式の後方に大きな土煙が上がる。木々の隙間から見れば、何両もの車両が急いで移動しているように見えた。

 

「根性で土煙!」

「根性で前が見えません!」

「それでも走る!」

 

 典子の号令で、八九式は開けた場所の外周を回る。

 

 遠くに上がった土煙を確認し、アリサが口元を上げた。

 

「やっぱり、あそこね」

 

 だが、それは大洗が見せた偽の動きだった。

 

* * *

 

 サンダースのシャーマン二両が、木々の間から開けた場所へ入った。

 

 ジャンクションに見せかけた、低い丘の前。

 

 そこにカメさんチームの38(t)はいない。

 

「フラッグ車がいない?」

 

 先頭車の車長が周囲を確認する。

 

 次の瞬間、木々の陰からあんこうチームのⅣ号が姿を見せた。別方向には、カバさんチームのIII号突撃砲。ウサギさんチームのM3リーとカメさんチームの38(t)も、林の陰から砲を向けている。

 

 アヒルさんチームの八九式は、すでに土煙の外へ抜けていた。

 

 そして、低い丘の手前。

 

 浅い窪地から、いぬさんチームのTOGⅡが砲塔と長い砲身を覗かせている。

 

 完全には隠れていない。

 

 車体下部は窪地に収まったが、長い車体の後部は丘の外へ出ていた。砲身も地面の傾きに合わせて下げきれず、すずが車体の向きを細かく修正している。

 

「もう少し右です」

「これ以上向けると、後ろが出ます」

「後ろは、すでにかなり出ています」

「分かっています」

 

 すずが操縦桿を少し戻す。

 

 まどかは照準器を覗き、後続のシャーマンへ砲を向けた。

 

「照準、合わせます」

 

 無線を拾うかなえの耳に、各車の準備完了報告が重なる。

 

「全車、射撃準備」

 

 ちとせとりんが砲弾を受け渡し、装填位置へ押し込んだ。

 

「装填、完了」

「次弾、準備します」

 

 キューポラから、灯里は二両のシャーマンを見据える。

 

 先頭車は、Ⅳ号と三突の射線へ入っている。後続車は異変に気づき、後退を始めようとしていた。

 

「後続車を逃がしません」

 

 TOGⅡの砲身が、後退路へ向く。

 

 長い砲身を避けるように、後続のシャーマンが進路を変えた。林へ戻ろうと車体を振るが、左側にはM3リー、右側には38(t)の射線がある。

 

 逃げられる方向が狭くなる。

 

 みほの声が、全車の無線へ届いた。

 

『撃て!』

 

 一斉射撃。

 

 Ⅳ号。三突。八九式。M3リー。38(t)。そして、TOGⅡ。

 

 砲声が重なり、森の中に低い音が響く。

 

 先頭のシャーマンへ、Ⅳ号と三突を中心とした砲弾が集中した。

 

 後続車には、進路を変えたところへM3リーと38(t)の砲撃が飛び、TOGⅡの主砲弾がその近くへ着弾する。巻き上がった土煙が進路を塞ぎ、シャーマンの車体が一瞬止まった。

 

 そこへ、八九式とM3リーの次弾が重なる。

 

 先頭車から白旗。

 

 続いて、後続車にも白旗が上がった。

 

『サンダース大学付属高校、M4シャーマン二両、行動不能!』

 

 審判の声が響く。

 

 一瞬の沈黙。

 

 そして、会場が大きくざわめいた。

 

「二両、撃破です」

 

 かなえが無線の報告を確認する。

 

 灯里は二本の白旗を見つめ、静かに頷いた。

 

「疑似ハルダウン、成功です」

「TOGⅡの大部分が見えていましたけどね」

 

 すずが言う。

 

「通常よりは隠れていました」

「比較対象がTOGⅡだから成立する言葉ですね」

 

 まどかは照準器から目を離さず、周囲へ視線を走らせる。

 

 みほの声が届いた。

 

『深追いしないでください。サンダースの増援が来る前に移動します』

『各車、撤収!』

 

 桃の号令が続く。

 

 大洗の車両が、一斉に林へ戻っていく。

 

 TOGⅡも窪地から出ようとするが、長い車体を一度では曲げられない。

 

「左へ出ます」

「後ろ、丘に近いです」

「一度前へ出してから切り返します」

 

 すずが操縦桿を動かし、車体をゆっくりと窪地から引き出す。

 

 撤退にも時間がかかる。

 

 それでも、あらかじめ出口を決めていたため、サンダースの増援が来る前には林へ入ることができた。

 

* * *

 

 観戦席にも、二両撃破の報告が届いた。

 

「大洗がサンダースを二両落としたぞ!」

「通信を読まれていたんじゃないのか?」

「逆に誘い込んだんだ!」

 

 サンダース側の大きな観戦席がざわつき、大洗側の少ない観客席からは歓声が上がる。

 

 数は少ない。

 

 けれど、その声は確かに戦場まで届いていた。

 

 黒森峰女学園の観戦席では、逸見エリカがモニターを見つめている。

 

「サンダース相手に、先に二両……」

 

 画面には、林へ後退する大洗のⅣ号と、窪地から長い車体を引き出しているTOGⅡが映っていた。

 

「TOGⅡの砲撃だけで倒したわけではありませんね」

 

 西住まほはⅣ号から目を離さず、短く答える。

 

「撃破だけが役割ではない」

 

 エリカが少しだけ眉を動かした。

 

 モニターの中では、TOGⅡの砲線を避けたシャーマンが進路を変え、別の大洗車両へ側面をさらしている。

 

「退路を限定したのですか」

「みほが、そう使った」

 

 まほは静かに画面を見つめ続けた。

 

* * *

 

 サンダース側では、アリサが受信機を見つめていた。

 

「なんで……?」

 

 大洗は確かに、ジャンクションへ移動すると無線で伝えていた。

 

 だが、そこにフラッグ車はいない。待ち伏せ地点も違い、偵察へ出した二両がまとめて撃破されている。

 

 ケイから通信が入った。

 

『ワオ! 二両やられたわ。大洗、なかなかやるじゃない!』

 

 その声に怒りはない。むしろ、強い相手を見つけたことを楽しんでいる。

 

『アリサ、次の偵察情報もお願いね』

「は、はい!」

 

 アリサは返事をし、受信機へ向き直った。

 

 まだ、通信傍受を逆に利用されたとは認めたくない。大洗が偶然進路を変えた可能性もある。土煙を見て、自分が焦って判断しただけかもしれない。

 

 ナオミから通信が入る。

 

『アリサ』

「なによ」

『先ほどの情報は、どこから得た』

「偵察よ」

『大洗がジャンクションと言ったことまで、偵察で分かるのか』

 

 アリサの手が止まった。

 

「細かいことはいいでしょ。次は外さないわ」

『……そうか』

 

 ナオミの返事は短い。

 

 通信が切れる。

 

 アリサは再び、大洗の無線へ耳を澄ませた。

 

 今度こそ、正しい情報を拾う。

 

 今度こそ、大洗の先を読む。

 

 その横で、ナオミは静かにモニターを見ていた。

 

 大洗は確かに無線でジャンクションと言った。しかし、実際には別の場所で待っていた。

 

 偶然か。

 

 それとも、聞かせたのか。

 

 ナオミは、まだ口には出さない。

 

「……少し、妙だな」

『ナオミ?』

 

 ケイが聞き返した。

 

『いや。まだ分からない』

『じゃあ、次で確かめましょう』

 

 ケイは明るく答える。

 

 サンダースのシャーマン隊が、再び動き始めた。

 

 大洗は先手を取った。通信傍受を逆手に取り、シャーマン二両を撃破した。

 

 だが、サンダースの物量はまだ残っている。

 

 そしてアリサは、もう一度、大洗の声を聞こうとしていた。

 

 聞かれている戦場は、まだ終わらない。




次回予告用あとがき:
 
ナレーター:
聞かれている無線を逆手に取り、サンダースのシャーマン二両を撃破した大洗女子学園。
 
沙織:
「ないしょ話作戦、大成功だね!」
 
優花里:
「しかし、サンダースの戦車はまだ多数残っているであります!」
 
かなえ:
「相手は、引き続きこちらの無線を聞いています」
 
灯里:
「では、もう一度、聞きたくなる話をしましょう」
 
桃:
「また偽の作戦を流すのか!?」
 
杏:
「聞いてくれるなら、利用しないともったいないよねー」
 
ナレーター:
一度成功した、通信を使った誘導。
だが、同じ手が何度も通じるとは限らない。
 
アリサ:
「次は絶対に外さないわ!」
 
ナオミ:
「相手も、こちらが聞いていることを知っているかもしれない」
 
ケイ:
「考えるのは大事。でも、まずは前へ進みましょう!」
 
ナレーター:
サンダースの物量が再び動き始める。
その先で、大洗が用意する次の囮とは。
 
次回。
第30話「フェアプレイ」
 
TOGⅡで戦車道を……?
まだまだ続きます。
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