『TOGⅡで戦車道を……?』   作:きのこ大三元

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第30話「フェアプレイと鬼ごっこ」

 二両のシャーマンに白旗が上がった。

 

 ほんの数秒前までサンダース大学付属高校の側にあったはずの余裕が、確かに削り取られていく。観戦席がどよめき、大洗側からは人数こそ少ないものの、はっきりとした歓声が上がった。サンダース側の大きな観客席にも驚きの波が広がっている。

 

 通信傍受を、逆手に取られた。

 

 その事実を最も強く理解していたのは、アリサだった。

 

「二両撃破したからって、いい気にならないでよ……!」

 

 サンダースのフラッグ車の中で、アリサは歯噛みしながら受信機へ耳を澄ませる。ここでやめるわけにはいかない。先ほどは相手が偶然うまく立ち回っただけ。次こそはこちらが通信を利用する番だ。

 

 そう自分へ言い聞かせていると、大洗側の声が聞こえてきた。

 

『こちら、あんこうチーム。これより一〇八高地へ向かいます』

『高地から敵の最大火力、ファイアフライを狙います』

『全車、一〇八高地周辺に集合してください』

 

 アリサの口元がゆっくりと吊り上がる。

 

「ふふ……ふふふ……! ついに大胆な行動に立たわね!」

 

 大洗は焦っている。ナオミのファイアフライを狙うため、全車を高地へ集めるつもりなのだ。

 

「隊長、一〇八高地へ向かってください。敵の全車両が集まります」

『それって本当?』

 

 ケイの声は明るいが、わずかに疑問も混じっていた。

 

「私の情報を信じてください!」

 

 今さら疑われたくない。これ以上、自分の判断に傷をつけられたくなかった。

 

 短い沈黙のあと、ケイの返事が届く。

 

『オーケー! じゃあ、一〇八高地へ向かいましょう!』

 

 ケイのシャーマン、ナオミのファイアフライ、複数のシャーマン隊が一〇八高地へ向けて進路を変える。ただし、アリサのフラッグ車は後方に残った。

 

 フラッグ車を無闇に前へ出す必要はない。

 

 アリサのその判断が、大洗にとっての隙になる。

 

* * *

 

 大洗側では、みほと灯里が地形図を見つめていた。

 

 木々の位置。林道。高地。窪地。そして、サンダースが主力を動かした場合、フラッグ車を残しそうな場所。

 

「サンダースのフラッグ車は、前には出ていないと思います」

 

 みほの指が地図上の一点で止まると、灯里も三つの場所を順に示した。

 

「主力が動くなら、後方の安全な場所にいるはずです。候補は森の奥、林道の分岐、それから、この窪地ですね」

 

「サンダース主力らしき通信は、高地側へ移っています。ただ、フラッグ車からの通信は多くありません」

 

 かなえが無線記録を確認する。

 

「隠しているか、動いていないか。どちらにしても後方にいる可能性が高いですね」

 

 大洗はしばらく前進したが、フラッグ車は見つからない。

 

「一両、囮に出せれば……」

 

 みほの小さな呟きに、灯里が顔を上げた。

 

「私たちが囮になりましょう」

「えっ、いぬさんチームが?」

 

 沙織が目を丸くする。

 

「戸郷さん、TOGⅡで囮を?」

「はい。ただし、逃げる囮ではありません」

 

 灯里は地図上の林道を指した。

 

「TOGⅡは逃げる囮には向きません。ですが、目立つ囮には向いています。長いです。大きいです。目立ちます。敵から見れば、撃ちたくなります」

「自分で言い切りましたね……」

 

 操縦席から、すずの声が漏れる。

 

「つまり、無視できない存在だと思わせることはできます」

「灯里ちゃん、それ自分で言ってて悲しくない?」

「TOGⅡの存在感を褒めています」

 

 即答だった。

 

 みほは少し考え、やがて頷く。

 

「分かりました。指定地点で少しだけ姿を見せてください。ただし、完全には身を出さないで。敵が反応したら、すぐ射線を切ってください」

「了解しました。居座る囮作戦、開始します」

 

 灯里は車内へ指示を出す。

 

「小走さん、指定地点へ。ただし、退避経路を先に確認してください。TOGⅡは、逃げる時に慌てると曲がれません」

「了解です。逃げる準備をしてから、目立ちます」

「良い返答です」

 

 TOGⅡが林道の端へ進み、木々の隙間から長い車体の一部を見せる。完全に身を晒してはいない。それでも、一度視界へ入れば無視できない存在感があった。

 

 大洗の主力がそこにいる。

 

 そう思わせるだけの圧が、TOGⅡにはある。

 

* * *

 

 一〇八高地へ到着したケイたちは、そこで足を止めていた。

 

 聞こえるのは鳥のさえずりと、風に揺れる草の音だけ。大洗の戦車は一両もいない。

 

「……何もないよー!」

「敵影なし」

 

 ナオミが周囲を確認し、短く答える。

 

「アリサ、本当にここで合ってる?」

『そんなはずは……!』

 

 焦りの混じった声が返った。

 

 その頃、主力から離れたアリサのフラッグ車周辺では、守りが薄くなっていた。そして後方の林道へ、一両の小さな戦車が現れる。

 

 アヒルさんチームの八九式だった。

 

 別ルートで偵察を続けていた彼女たちは、少し開けた林道で一両のシャーマンを発見する。最初はただの敵車両だと思ったが、典子が目を細めた。

 

「……あれ、フラッグ車じゃない?」

「えっ」

「フラッグ車?」

「本当に?」

「やばくない?」

 

 向こうもこちらへ気づき、アリサの表情が固まる。

 

「……え?」

 

 一瞬の静止。

 

「返り討ちにしなさい!」

「フラッグ車発見! フラッグ車発見!」

「撤退ー! 根性で逃げるぞー!」

「おー!」

 

 八九式が急発進し、その後ろをアリサのシャーマンが追った。

 

 本来なら、アリサはすぐにケイへ報告するべきだった。フラッグ車が見つかり、主力は離れ、大洗に逆手に取られている。

 

 しかし報告すれば、自分の失敗もすべて明らかになる。一〇八高地へ主力を向かわせたこと。偽通信へ再び引っかかったこと。フラッグ車を孤立させたこと。そして、通信傍受を完全に利用されたこと。

 

 アリサは、それを認められなかった。

 

「八九式一両くらい、ここで仕留めればいいのよ! 報告するまでもないわ!」

 

 シャーマンの砲塔が回る。

 

 砲声。

 

 砲弾が八九式のすぐ近くへ着弾した。

 

「うわー!」

「根性で避けろー!」

「丸山、右!」

「はいっ!」

 

 八九式は小さく、装甲も頼りない。だが、木々が密集する森の中では、その小ささがしぶとさへ変わる。細い林道を抜け、木の陰へ車体を滑り込ませ、シャーマンの照準から外れていった。

 

「なんで当たらないのよ! 八九式でしょ!? 弱そうな戦車でしょ!?」

 

 典子は揺れる車内で無線機を握る。

 

「こちらアヒルさんチーム! サンダースのフラッグ車を発見しました! 追われています!」

 

 その通信が、大洗側の空気を変えた。

 

「アヒルさんチーム、そのままこちらへ引きつけてください。全車、サンダースのフラッグ車を包囲します」

 

 みほが即座に判断し、沙織は携帯端末で各チームへ本当の指示を送っていく。

 

 灯里も地形図へ目を落とした。

 

「TOGⅡは追いつけません。ですが、逃げ道を塞ぐ位置には行けます」

「お願いします、戸郷さん」

「了解しました。いぬさんチーム、先回りします」

 

 無理に追撃の列へ加わっても、すぐに置いていかれる。それならば、敵が通るであろう逃走経路へ先に向かう。

 

「アリサさんが逃げるなら、この林道です」

「出口側ですね」

「はい。車体を斜めに置きます」

「斜めに?」

「完全には塞ぎません。ただ、シャーマンが速度を落とさず通れる幅を消します」

 

 TOGⅡが低い音を立てて進み、長い車体を林道の出口へ斜めに置く。

 

 完全な封鎖ではない。

 

 だが、シャーマンが安心して突っ込める幅ではなくなった。

 

 アヒルさんチームが森を抜け、開けた場所へ飛び出す。枝と丸太が地面を削り、土煙が広がった。

 

 その中へ、アリサのシャーマンも突っ込んでくる。

 

 やがて煙が薄れた。

 

 あんこうチーム。カバさんチーム。ウサギさんチーム。カメさんチーム。

 

 そして、出口側に長い車体を斜めに置いた、いぬさんチームのTOGⅡ。

 

 アリサの顔から血の気が引く。

 

「……え?」

 

「逃走経路、封鎖します」

 

 TOGⅡの主砲が、ゆっくりとアリサのシャーマンへ向いた。

 

「撃たなくても、砲口を向ければ道は塞げます」

 

 アリサは、ここでようやく理解する。

 

 誘導された。

 

 自分が聞いていたはずの通信で。

 

 自分が使っていたはずの手で。

 

「隊長! 救援を! 大洗に囲まれました!」

 

 一〇八高地のケイが目を見開いた。

 

「話が違うじゃない!」

「通信傍受を逆手に取られたんだろう」

 

 ナオミは短く言う。

 

 ケイは一瞬黙り、いつもより低い声でアリサを呼んだ。

 

「アリサ」

『は、はい……』

「それは、サンダースらしくないわ」

 

 アリサは何も答えられない。

 

「勝つための情報戦は悪くない。でも、相手への敬意は忘れちゃ駄目」

 

 サンダースは、まだ数で勝っている。全車両を動かせば、大洗を押し潰すこともできるかもしれない。

 

 だが、それでは戦車道ではない。

 

「大洗の残りに合わせるわ。私とナオミ、あと三両だけついてきて。他は待機」

「了解」

 

 ケイ、ナオミのファイアフライ、そして三両のシャーマンが救援へ向かう。

 

 アリサのフラッグ車を含め、サンダース側は六両。

 

 大洗の残存車両と、数を合わせる形になった。

 

 それでも、サンダースの車両性能は高い。ナオミのファイアフライも健在だった。

 

* * *

 

 大洗はアリサのフラッグ車を追う。

 

 至近弾が地面を叩き、アリサも砲塔を後ろへ向けて撃ち返すが、砲弾は当たらない。

 

「なんで当たらないのよ! さっきまで全部こっちの思い通りだったのに!」

 

 戦車から顔を出して叫ぶ姿は、大洗側からも見えていた。

 

「なんかすごく怒ってる!」

「怒っても砲弾は当たらない」

「落ち着いて撃つことが大切ですね」

 

 沙織、麻子、華の声が続く。

 

 一方、TOGⅡは大洗の後方をなんとか追っていた。

 

「みんな、足が速いです……」

「TOGⅡ基準では、ほぼ高速道路です」

「普通の林道です!」

「では、普通の林道は速いです」

「基準をTOGⅡにしないでください!」

 

 軽いやり取りとは裏腹に、灯里の視線は後方から離れない。サンダース本隊が迫ってくる可能性を警戒していた。

 

 その予感は、すぐに的中する。

 

 後方から、重い砲声。

 

 空気を裂く音。これまでのシャーマンとは違う、重たい一撃。

 

「ファイアフライであります!」

 

 優花里が叫ぶ。

 

「見えるシャーマンは五両……全車ではありません」

 

 みほは後方を確認し、ケイの意図を理解した。大洗と同じ条件に近づけるため、戦う車両の数を合わせてきたのだ。

 

 一方、アリサは勢いを取り戻す。

 

「来たー! これで反撃よ!」

 

 前にはアリサのフラッグ車。後ろにはケイとナオミたち。

 

 大洗は挟まれる形になった。

 

「ウサギさんチーム、アヒルさんチームは後方を牽制してください。あんこうチームとカバさんチームは、引き続きフラッグ車を追います。カメさんチームは安全距離を保ってください。いぬさんチームは、後方からの射線を確認してください」

『了解!』

 

 ウサギさんチームが後方へ砲を向ける。

 

「もう逃げるだけじゃないよ!」

「後ろ、見てるから!」

 

 アヒルさんチームも気合を入れた。

 

「根性で食い止めるぞ!」

 

 カバさんチームはフラッグ車を追う流れを守るように動き、カメさんチームでは桃が砲撃する。

 

「今だ!」

 

 砲弾は外れた。

 

「河嶋ー、いつも通りだねー」

「集中できません! 会長!」

 

 TOGⅡは後方からの射線を確認しつつ、カメさんチームの近くへ寄っていく。

 

「いぬさんチーム、カメさんチームの後方に入ります。撃破は狙いません。射線を塞ぎます」

「ファイアフライに撃たれれば厳しいですね」

「はい。ファイアフライの射線には長く出ません。通常のシャーマン隊には、榴弾で視界を潰します」

 

 ちとせが弾薬庫へ手を伸ばす。

 

「榴弾ですか?」

「はい。撃破ではなく、目隠しです」

 

 主砲が旋回し、装填手二人が弾種を切り替えた。

 

「榴弾、装填します!」

「装填完了!」

「敵車両の手前を狙ってください。直撃ではなく、土煙を上げます」

「照準、完了」

「撃ってください」

 

 TOGⅡの主砲が火を噴いた。

 

 砲弾がシャーマン隊の手前へ着弾し、地面を大きく抉る。土と煙が一気に舞い上がり、敵の視界を塞いだ。

 

「カメさんチーム、今のうちに!」

『助かったぞ、戸郷!』

『いやー、長い戦車って便利だねー』

「長いことは、正義です」

 

 だが、サンダースの追撃は緩まない。

 

 ナオミのファイアフライは土煙の外側から冷静に射線を探し、再び重い砲声を響かせた。

 

 砲弾が八九式の近くへ着弾し、車体を大きく揺らす。

 

「まだまだー!」

「根性ー!」

 

 次の一撃。

 

 白旗。

 

 アヒルさんチーム、行動不能。

 

 続いてウサギさんチームも、後方を牽制しながら動き続ける。

 

「まだ見えてる!」

「右から来ます!」

「撃たれる!」

 

 最後まで報告は途切れなかった。

 

 だが、次の砲撃がM3リーを捉える。

 

 白旗。

 

 ウサギさんチーム、行動不能。

 

 大洗側の無線が、一瞬静かになった。

 

 残るのは、あんこうチーム、カバさんチーム、カメさんチーム、いぬさんチーム。

 

 かなり不利だった。

 

「カメさんチームを守る! ここで抜かせるわけにはいかん!」

 

 カバさんチームが38(t)の後方へ回る。

 

 サンダースの砲撃。

 

 カメさんチームへ向かうはずだった一撃を、III号突撃砲が割り込んで受けた。

 

 白旗。

 

「あとは任せたぜよー!」

 

 おりょうの声が無線へ残る。

 

 灯里は短く息を吸った。

 

「引き継ぎました。いぬさんチーム、カメさんチームの後方へ入ります。長い車体を斜めに置き、TOGⅡを盾にします」

 

 TOGⅡが38(t)の後方へ回り、射線を遮る。

 

 砲弾が周囲へ落ち始め、一発が車体後部を叩いた。衝撃が長い車体を通して車内まで伝わる。

 

「白旗は!?」

「上がっていません!」

「なら、まだ守れます」

 

 さらに一発。

 

 側面へ黒い跡が増え、外装が傷だらけになっていく。

 

「まだいけますか」

「いけます。TOGⅡは、まだ動いています」

 

 灯里の視線は前方から離れない。

 

 あんこうチームが丘へ向かっていた。

 

 その進路を見て、みほの狙いに気づく。

 

「……西住さん」

「戸郷さん?」

「あの丘からなら、サンダースのフラッグ車を狙えます。ただし、撃つためには停止しなければいけません」

「止まれば、ファイアフライに狙われます」

 

 まどかが息を呑む。

 

「はい。一発勝負です。なら、私たちの役目は決まりました」

 

 灯里は後方を確認する。

 

「カメさんチームを守り、あんこうチームが撃つまで後方を持たせます」

「了解です」

「榴弾、もう一発。敵の前方地面へ。視界を塞ぎます」

「榴弾、装填!」

 

 TOGⅡの主砲が再び火を噴く。

 

 土煙が巻き上がり、その隙にカメさんチームが前へ逃げた。

 

『戸郷ちゃん、頼りになるねー』

「頼られるTOGⅡは、良いTOGⅡです」

 

 しかし、ナオミのファイアフライは止まらない。土煙の向こうでも、その狙いは鋭かった。

 

「……あれは止めきれません。でも、全部は通しません」

 

 TOGⅡは傷だらけになりながらも、カメさんチームへの射線を遮り続ける。

 

* * *

 

 一方、あんこうチームは丘へ向かっていた。

 

「冷泉さん、この先にある丘の上へお願いします。そして、一発で決めてみせます」

 

 華の穏やかな声の奥には、確かな覚悟がある。

 

「あの丘の上から狙います。他のチームは、そのままフラッグ車を追ってください」

「みぽりん……」

「大丈夫。フラッグ車に当てれば、まだチャンスはあります」

 

 大洗は、まだ諦めていない。

 

 灯里も無線越しに、その言葉を聞いていた。

 

「どこかで聞いた言葉ですが、諦めたら、そこで全部終わりです」

『灯里ちゃん、今それ言うんだ!?』

「今だからこそです」

 

「急ぐぞ」

 

 麻子の低い声とともに、Ⅳ号が丘を登る。

 

 その後方から、ナオミのファイアフライが照準を合わせていた。

 

 重い砲声。

 

「止まって!」

 

 麻子が即座に反応し、Ⅳ号が急停止する。ファイアフライの砲弾は車体のすぐ前を通過した。

 

「今の、当たってたら……!」

「次の装填までがチャンスです」

 

 Ⅳ号が丘の稜線へ出る。

 

 華の照準器には、遠くを逃げるサンダースのフラッグ車。

 

 アリサのシャーマン。

 

 同時に、ナオミのファイアフライもⅣ号を狙っている。

 

 戦場が、一瞬だけ静かになった。

 

 TOGⅡの車内から、その光景を見つめる灯里。

 

「西住さん。華さん」

 

 短い息。

 

「お願いします」

 

 二発の砲撃音が響いた。

 

 一発は、Ⅳ号に命中する。

 

 あんこうチームに白旗。

 

 もう一発は、サンダースのフラッグ車を捉えた。

 

 アリサのシャーマンにも、白旗が上がる。

 

 一瞬、誰も声を出さなかった。

 

『サンダース大学付属高校、フラッグ車行動不能』

『大洗女子学園の勝利です!』

 

 審判の声が戦場へ響き、沈黙の後、大洗側から歓声が爆発した。

 

「勝った……?」

「勝ったであります!」

「寝る前に勝ててよかった」

「当たりました……」

 

 TOGⅡの車内でも、全員がしばらく声を出せなかった。

 

 灯里は傷だらけになった車体の計器を確認する。

 

 白旗は上がっていない。

 

 エンジンも、まだ動いている。

 

「TOGⅡは、守り切りました」

「はい。守り切りました」

「ボロボロですけどね」

「ボロボロのTOGⅡも、尊いです」

「そこでそれを言いますか」

 

* * *

 

 試合後、撃破されたアヒルさんチームとウサギさんチームも、戦車を牽引されながら集まってきた。カバさんチームもIII号突撃砲から降りてくる。

 

 全員、くたくただった。

 

 それでも、その顔には笑みがある。

 

「河嶋、顔すごいよー」

「う、うるさい……!」

 

 緊張から解放された桃の表情を見て、杏が笑う。

 

 各車の車長たちが観客席の前へ並んだ。

 

 みほ。杏。典子。エルヴィン。梓。灯里。

 

「一同、礼!」

 

 みほの声に合わせ、大洗女子学園の戦車道チームが頭を下げる。観客席から大きな拍手と歓声が起こり、サンダース側からも惜しみない拍手が送られた。

 

 強豪校相手の勝利。

 

 全国大会一回戦突破。

 

 大洗は、勝ったのだ。

 

 その後、ケイがみほの前へやってきた。

 

「あなたがキャプテン?」

「は、はい」

 

 次の瞬間、満面の笑顔でみほを抱きしめる。

 

「エキサイティング!」

「あ、あの……」

 

 ケイは笑いながら腕を離した。

 

「あの……どうして、追ってきた車両が減っていたんですか?」

 

 みほが尋ねると、ケイの表情が少しだけ真面目になる。

 

「これは戦車道だから。戦争じゃないもの」

 

 みほは黙って、その言葉を聞いた。

 

「盗み聞きのことは、ごめんなさい。全車両で行っていたら、あなたたちは負けていたかもしれない。でも、勝ったのはあなたたちよ」

 

 ケイが手を差し出す。

 

「グッドゲーム」

「ありがとうございました」

 

 みほも、その手を握り返した。

 

 少し離れたところで、灯里は二人の姿を見ている。

 

「強い人ですね」

「はい。サンダースの隊長にふさわしい方であります」

 

 優花里の言葉に頷き、灯里はサンダースの車列へ視線を移した。アリサのシャーマンも、白旗を上げたまま戻ってきている。

 

「……アリサさんは、反省会でしょうか」

「たぶん、かなり長い反省会ですね」

「では、試合後に甘いものとTOGドッグが必要かもしれません。反省にも、補給は必要です」

「そこで商売につなげないでください」

 

 遠くから聞きつけた杏が、にやりと笑う。

 

「いいねー、試合後交流。サンダース相手なら、ホットドッグは合うし」

 

 灯里は静かに、しかし力強く頷いた。

 

「TOGドッグ、出番ですね」

 

 傷だらけのTOGⅡの横で、いぬさんチームの面々が顔を見合わせる。

 

 大洗は、サンダースに勝った。

 

 けれど、戦車道は勝って終わりではない。戦った相手と笑い合うこともまた、戦車道なのだ。

 

 夕方の空の下、会場にはまだ、歓声と拍手の余韻が残っていた。

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