『TOGⅡで戦車道を……?』   作:きのこ大三元

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少し短めですが30.5話です。


第30.5話「勝っても負けても、ホットドッグ」

 試合終了のアナウンスが流れてからしばらく経っても、会場には歓声の余韻が残っていた。

 

 大洗女子学園は勝った。

 

 全国大会一回戦。相手は、強豪サンダース大学付属高校。

 

 その事実だけでも、本来なら大事件だった。

 

 興奮が少しずつ落ち着くにつれ、今度は傷だらけの戦車たちが目に入る。牽引される八九式。白旗を上げたⅣ号。黒い着弾跡の残るIII号突撃砲。そして、白旗こそ上がっていないものの、車体のあちこちに煤と擦り傷を残したTOGⅡ。

 

 サンダースの生徒たちは、その長い車体を見て足を止めていた。

 

「なにあれ、まだ白旗上がってないの?」

「長い……」

「すごくボロボロなのに、動いてる……」

 

 その視線を受けながら、戸郷灯里はTOGⅡの側面へそっと手を当てる。

 

「よく頑張りました」

「戸郷さん、完全に戦車を労っていますね」

 

 小走すずが横から言うと、火野まどかは特に驚く様子もなく頷いた。

 

「いつものことです」

 

 灯里は真剣な顔で、傷だらけの車体を見上げる。

 

「TOGⅡは守るための戦車です。今日は、よく耐えてくれました」

「戦車って、褒められて伸びるんですか?」

「伸びます。主に私の中で」

「それ、TOGⅡではなく戸郷さんが伸びていませんか」

 

 そこへ、明るい声が飛んできた。

 

「ビッグでロングでタフ!」

 

 ケイだった。

 

 長い車体を見上げながら、大きく笑っている。

 

「あなたたち、よく最後まで守ったわね!」

「ありがとうございます。TOGⅡは遅いですが、先にいれば守れます」

「いいわね、その考え方! サンダースにも欲しいくらいだわ!」

「TOGⅡをですか?」

「置き場所には困りそうだけどね!」

 

 負けた直後とは思えないほど、その表情は晴れやかだった。ケイの笑い声につられ、大洗側に残っていた緊張も少しずつ解けていく。

 

「せっかくだし、何か一緒に食べましょう! 勝っても負けても、楽しまなきゃね!」

 

 両手を広げるケイに、灯里が静かに反応した。

 

「でしたら、TOGドッグの出番ですね」

「やっぱり出すんだ!?」

 

 沙織が即座に振り向く。

 

「いいねー。サンダース相手なら、ホットドッグはぴったりじゃん」

 

 杏もすぐに乗り、まどかが小さく息を吐いた。

 

「補給と商売の話になると、判断が早いですね」

 

 その間にも、いぬさんチームは動き始めている。かなえが提供できる数を確認し、すずは回収車両の邪魔にならない場所を探す。ちとせとりんも、保温容器と材料箱を運び出してきた。

 

「大洗側とサンダース側、関係者も含めると、小さめに分けた方がよさそうです」

「屋台を置くなら、あそこですね」

「パン、あります!」

「ソーセージも温め直せます!」

 

 灯里は全員の報告を聞き、深く頷く。

 

「いぬさんチーム、TOGドッグ提供準備」

「了解!」

 

 戦闘中よりも、少しだけ明るい返事だった。

 

 TOGⅡの横へ折りたたみ台が置かれ、保温容器、トッピング用の小皿、紙皿、ナプキンが並べられていく。その中心にあるのは、長いパンと長いソーセージ。

 

 戦車の横でホットドッグを作る光景に、サンダースの生徒たちが次々と集まってきた。

 

「ワオ! ロングホットドッグ!」

 

 ケイの目が輝く。

 

「TOGドッグです。長さに意味があります」

「いいわね! ビッグでロング! サンダース向きよ!」

 

 灯里は静かに頷いた。

 

「TOGⅡは、国境を越えますね」

「ホットドッグの話です」

 

 まどかがすぐに訂正する。

 

「ホットドッグもまた、文化です」

「話を大きくしないでください」

 

 サンダースの生徒たちは、ホットドッグの扱いに慣れていた。

 

 ケチャップ、マスタード、刻んだピクルスと玉ねぎ。チーズやチリソースも並び、すぐにトッピングの意見が飛び交い始める。

 

「もっとマスタードを多くしてもいいんじゃない?」

「チリを乗せたいわね」

「チーズも合うよ!」

「ピクルスは細かく刻んだ方が食べやすいわ」

 

「もっと自由でいいのよ! 好きなものを乗せて、楽しく食べるのが一番!」

 

 ケイが楽しそうに言う横で、灯里は真剣な顔でメモを取っていた。

 

「サンダース式TOGドッグ……今後の商品展開に活かせます」

「商品展開、いい響きだねー」

 

 杏がすぐに反応する。

 

「杏会長まで乗ると、止める側が足りません」

 

 まどかの声には、早くも諦めが混じっていた。

 

 少し離れたところでは、ナオミが静かにTOGドッグを見ている。やがて一つ受け取り、ひと口かじった。

 

 ゆっくりと噛み、わずかに目を細める。

 

「……悪くない」

 

 灯里の背筋が少し伸びた。

 

「ありがとうございます。ナオミさんの一言は、かなり重みがあります」

「長さも、味も」

「長さも評価対象ですか」

「ああ」

 

 灯里の表情がわずかに明るくなる。

 

「分かってくださる方が、ここにも」

「戦車と食文化の国際交流でありますね!」

 

 優花里が感動したように頷く。

 

「たぶん、そこまで大げさじゃないと思う」

 

 沙織は苦笑した。

 

* * *

 

 その一方、少し離れた場所では、アリサがケイの前に立っていた。

 

 腕を組み、顔を背けている。

 

 明らかに不機嫌だった。

 

「アリサ」

「……はい」

「情報を集めることは悪くないわ。でも、相手への敬意を忘れるやり方は、サンダースらしくない」

「……分かっています」

「本当に?」

「分かっています!」

 

 返事は強い。

 

 けれど、その強さは普段の自信とは違っていた。

 

 負けたことが悔しい。自分の手を見破られたことも、ケイから正面切って注意されたことも悔しい。

 

 それでも、ケイの言葉が間違っていないことは、アリサ自身にも分かっている。

 

 ナオミが横から短く言った。

 

「次は、正面からやればいい」

 

 アリサは答えず、唇を結ぶ。

 

 そこへ、紙皿を持った灯里が近づいてきた。

 

「反省中、失礼します」

「何よ」

「補給です。反省にも、糖質と塩分は必要です」

「いらないわよ!」

「いいじゃない、アリサ。食べなさい。おいしいわよ」

 

 ケイに促され、アリサは渋々TOGドッグを受け取った。

 

「……長いわね」

「TOGⅡですので」

「ホットドッグでしょ」

「TOGドッグです」

「そこ、違うの?」

「重要です」

 

 不満そうな顔のまま、アリサがひと口かじる。

 

 その表情が、ほんの少しだけ変わった。

 

「……まあ、悪くないじゃない」

「ありがとうございます。反省会用には、マスタードを少し控えめにしました」

「何その気遣い!」

「いいじゃない。反省会にも優しいホットドッグね」

 

 ケイが笑う。

 

 アリサは言い返そうとして口を開き、結局、そのままもう一口食べた。

 

 様子を見ていた優花里が、少し緊張した顔で近づいてくる。

 

「あ、あの……その節は失礼したであります」

 

 ケイの表情が、ぱっと明るくなった。

 

「そういえば、この前の偵察コンビね!」

「そ、その節は本当に……」

 

 優花里が縮こまる横で、灯里も軽く頭を下げる。

 

「サンダースの補給体制、非常に勉強になりました」

「やっぱり、あんたたちがあの時の!」

 

 アリサが目を見開く。

 

「第六機甲師団、オッドボール三等軍曹であります!」

「同じく、ロングドッグ補給兵です」

「まだそれ言う!?」

 

 アリサの声が裏返り、ケイはお腹を抱えて笑った。

 

「いいじゃない! 偵察も戦車道のうちよ。でも次は、ちゃんと遊びに来てね」

「では、次回は正式に食堂を見学したいです」

「戸郷さん、そこですか」

「補給体制は重要です」

「オーケー! 歓迎するわ!」

 

 ケイが親指を立てる。

 

 アリサはまだ何か言いたそうだったが、TOGドッグを食べ終える頃には、少しだけ肩の力が抜けていた。

 

 そこへ、みほが近づいてくる。

 

「今日は、ありがとうございました」

 

 アリサは一瞬だけ目を逸らした。

 

「……次は、こんな負け方しないから」

「はい」

「次は、正面から勝つわ」

 

「その意気よ、アリサ!」

 

 ケイが嬉しそうに笑う。

 

 灯里も小さく頷いた。

 

「正面から来るサンダースは、とても強そうです」

「当たり前でしょ!」

 

 アリサの声に、ようやく普段の調子が戻った。

 

 少し離れた場所では、ナオミが華へ視線を向けている。

 

「次は、もっとよく狙う」

「こちらも、もっとよく狙います」

 

 華は穏やかに微笑んでいるが、その目は真剣だった。

 

 砲手同士の、静かな火花。

 

「なんか、あそこだけ空気が違うね」

 

 沙織が小声でみほに囁く。

 

「うん。でも、いい空気だと思う」

 

 みほも少しだけ苦笑した。

 

 ケイは、大洗とサンダースの面々を見渡す。

 

「勝ったら嬉しい。負けたら悔しい。でも、終わったらこうやって笑える。それが戦車道よね」

「はい」

 

 みほはしっかりと頷いた。

 

 灯里も、TOGドッグの屋台の横から二校の生徒たちを見る。

 

「戦車道は、戦争ではありません。だから、終わったあとに同じものを食べられるんですね」

「その通り!」

 

 ケイが笑顔で指を鳴らす。

 

 すると、杏がすぐに手を挙げた。

 

「じゃあ、もう少し作ろうか」

「会長」

 

 まどかが即座に止める。

 

「補給は大事です」

「戸郷さんまで」

 

 ため息をつくまどかを見て、いぬさんチームの面々が笑った。

 

* * *

 

 夕方が近づいていた。

 

 サンダースとの交流も一段落し、大洗側は帰り支度を始めている。傷だらけのTOGⅡも、ゆっくりと回収の準備へ入っていた。

 

「……本当に、よく動きましたね」

 

 すずが車体に残った傷を見て、ぽつりと言う。

 

「はい。今日のTOGⅡは、とても格好よかったです」

「戸郷さん、少し泣きそうですか?」

「泣いていません」

 

 りんが笑うと、かなえがすぐに指摘した。

 

「泣いていますね」

「これは、勝利と補給の水分です」

「それを涙と言います」

 

 少し離れた場所で、沙織が大きく伸びをする。

 

「今日は勝ったし、何か食べに行きたいね!」

「祝勝会でありますね!」

「皆さんで、ゆっくり食事をするのも良いですね」

「眠い」

「麻子、そこは食べようよ!」

 

 灯里が真面目な顔で口を挟んだ。

 

「TOGドッグの残りならあります」

「それは、さっき食べたから!」

 

 みほはそのやり取りを眺め、柔らかく笑う。

 

「じゃあ、戻ってから考えようか」

 

 大洗の面々は、勝利の余韻を抱えたまま会場を後にする。

 

 この時はまだ、誰も知らない。

 

 間もなく、麻子の携帯電話へ一本の連絡が入ることを。

 

 その着信が、いつもの眠そうな横顔から表情を消してしまうことを。

 

 そして、勝利の余韻に満ちた一日の終わりへ、別の静けさを落とすことを。

 

 楽しかった一日は、まだ完全には終わっていなかった。

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