『TOGⅡで戦車道を……?』   作:きのこ大三元

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31話更新です。
少しだけ灯里の両親についても言及しています。


第31話「おばぁと夜の海」

 夕方の会場には、まだサンダース戦の余韻が残っていた。

 

 砲声はもう聞こえない。白旗を上げた戦車も、試合中の緊張から解かれるように一両ずつ回収されていく。サンダース大学付属高校のシャーマン隊も、夕日を受けながら撤収準備を始めていた。

 

 大洗女子学園は、全国大会一回戦を突破した。

 

 相手は、強豪サンダース大学付属高校。

 

 確かに大きな勝利だった。

 

 だが、興奮が落ち着くにつれ、今度は戦い終えた相手の明るさが目に入ってくる。

 

「サンダースって、負けても明るいね」

「強豪校の余裕でありますね」

 

 遠ざかる車列を眺める沙織の横で、優花里が感心したように頷く。

 

「最後まで、気持ちの良い方々でした」

 

 華も穏やかに微笑んでいる。

 

 灯里はTOGⅡの横に立ち、サンダースの撤収風景へ視線を向けていた。ケイは最後まで笑顔を絶やさず、アリサはまだ少し不満そうで、ナオミは相変わらず静かに周囲を見ている。

 

「勝っても負けても補給が厚い学校は、心も強いのかもしれません」

「補給って、そこに繋がるんだ」

「補給は大事です」

「戸郷さんが言うと、ホットドッグの話に聞こえます」

「今日は、ほぼ合っています」

 

 まどかがいれば、すぐに止められていたかもしれない。

 

 しかし今、灯里の周囲にいるのは、あんこうチームの五人だった。

 

 麻子も、いつもの眠そうな顔で立っている。

 

「よく分からんが、眠い」

「麻子はいつも通りだね」

 

 沙織が、どこか安心したように笑った。

 

 その時、麻子のポケットから猫の鳴き声が響いた。

 

 ニャー、ニャー。

 

 携帯電話の着信音だった。

 

「……可愛いですね」

「麻子の着信音、意外と可愛いよね」

「勝手に設定された」

「誰に?」

「おばぁ」

 

 麻子は眠そうなまま携帯電話を取り出した。

 

 画面を見た瞬間、わずかに眉が動く。

 

「知らない番号だ」

「出た方がいいんじゃない?」

 

 みほの言葉に短く頷き、通話ボタンを押した。

 

「はい」

 

 最初は、いつもの平坦な声だった。

 

 だが、数秒後。

 

 麻子の目から眠気が消えた。

 

「……はい」

 

 顔色が変わり、返事も硬くなる。

 

 みほたちは、すぐに異変へ気づいた。灯里も何も言わず、その横顔を見つめる。

 

 やがて通話が終わった。

 

 麻子の手から、携帯電話が滑り落ちる。

 

「麻子?」

 

 沙織が慌てて拾い上げた。

 

「……なんでもない」

「そんなわけないでしょ!」

 

 いつもなら、面倒だ、眠いと短く返すはずだった。

 

 今は、その言葉さえ出てこない。

 

 麻子は唇を結び、やがて小さく声を絞り出した。

 

「おばぁが……病院に運ばれた」

 

 その場の空気が止まる。

 

「すぐに行きましょう」

 

 華が真っ先に一歩前へ出た。

 

「ですが、ここから大洗までは距離があるであります」

 

 優花里が周囲を見回す。

 

 会場は学園艦の外、陸地側にある。大洗町へ戻るには移動と手続きが必要で、普通の手段ではすぐに病院へ着けない。

 

 灯里も一瞬考えた。

 

「TOGⅡでは海を渡れません」

「そこ考えたの!?」

「仮に渡れたとしても、到着が遅すぎます」

「真面目に検討しないで!」

 

 沙織が叫ぶ。

 

 だが、麻子の耳には届いていなかった。

 

 ふらりと海の方へ歩き出し、靴へ手をかける。

 

「麻子?」

「泳ぐ」

「無理に決まってるでしょ!」

 

 沙織が身体ごと抱き止めた。

 

 麻子は逃れようとするが、腕に力が入っていない。頭では無理だと分かっていても、身体だけが先に動いているようだった。

 

「冷泉さん、落ち着いて」

「落ち着いていられるか」

 

 駆け寄ったみほへ、麻子が震える声を返す。

 

「おばぁが……」

 

 その先は、言葉にならなかった。

 

 灯里も、何を言えばいいのか分からない。

 

 戦車なら射線を塞げる。敵の進路ならTOGⅡで止められる。

 

 けれど、こういう時に何をすればよいのかは、どの教本にも書かれていなかった。

 

 その時、背後から静かな声が届く。

 

「私たちが来たヘリを使うといい」

 

 全員が振り向いた。

 

 黒森峰女学園の制服。

 

 西住まほと逸見エリカが、少し離れた場所に立っていた。

 

「お姉ちゃん……」

 

 みほが小さく呟く。

 

 エリカは驚いたように、まほの横顔を見た。

 

「隊長、この子たちにヘリを使うのですか?」

「ああ」

「ですが――」

「これも戦車道だ」

 

 まほの声に迷いはない。

 

 エリカは納得しきれない表情を見せたものの、それ以上は言わずに口を閉じる。

 

 沙織は麻子の手を握った。

 

「麻子、行こう」

「沙織……」

「私も行くから。一人で行かせるわけないでしょ」

 

 麻子は何かを言いかけ、結局、短く頷いた。

 

「ありがとう、お姉ちゃん」

 

 みほの言葉に、まほはほんの少し目を細める。

 

「急いだ方がいい」

 

 その一言で、全員が動き出した。

 

* * *

 

 黒森峰が観戦に使用していたヘリコプターは、会場近くの広い場所に待機していた。

 

 ローターが回転を始めると、周囲の空気が震え、砂埃が低く舞い上がる。

 

「こ、これはFa223を思わせる双ローター式の――」

「優花里、今は説明短め!」

「はっ、申し訳ありません!」

 

 目を輝かせた優花里は、沙織に止められて慌てて口を閉じた。

 

 麻子と沙織が機内へ乗り込み、座席に身体を固定する。ヘッドセットが渡される頃にはローター音が大きくなり、外からの声はほとんど聞こえなくなっていた。

 

「麻子、大丈夫?」

「……分からない」

「じゃあ、私が大丈夫って言う」

 

 沙織は麻子の手を握り直す。

 

「大丈夫。絶対、間に合うよ」

 

 声は少し震えていた。

 

 それでも、その手は離れなかった。

 

 機体がゆっくり浮き上がる。

 

 みほ、華、優花里、灯里は、夕日の中へ遠ざかるヘリを見送った。まほも何も言わず、その機影を静かに見つめている。

 

「……西住まほさんは、どうやって帰るのでしょうか」

 

 灯里がふと呟く。

 

「そ、そういえば……」

「別の手段があるのではないでしょうか」

 

 優花里が目を瞬かせ、華が落ち着いた声で答えた。

 

 灯里は少し考える。

 

「昔、どこかで見た話を思い出しました」

「何の話?」

「いえ、こちらの話です」

 

 みほの問いを、灯里は真顔で誤魔化した。

 

 まほは聞いていたのか、いなかったのか。

 

 何も言わずに踵を返し、黒森峰の生徒たちが待つ方へ歩き出す。

 

 みほは夕日に伸びる姉の背中を、しばらく見つめていた。

 

* * *

 

 後日。

 

 みほ、華、優花里、灯里は、大洗町の総合病院へ向かっていた。

 

 麻子と沙織はすでに病院にいる。冷泉久子の容体は落ち着いたと連絡を受けていたが、実際に顔を見るまでは安心できなかった。

 

 華の腕には白い花束。

 

 灯里は、小さな包みを抱えている。

 

「戸郷殿、それは?」

「見舞い品です」

「もしかして、TOGドッグでありますか?」

「病院仕様のミニTOGドッグは却下されました」

 

 みほが困ったように笑う。

 

「持ってくるつもりだったんだ……」

「検討だけです。今回は、TOGⅡ型の姿勢補助クッションにしました」

「クッション?」

「長時間寝ている時に、腕や腰を支えられます」

 

 華が包みを見て、柔らかく微笑んだ。

 

「実用的ですね」

「それでもTOGⅡ要素は残すのでありますね」

「最低限です」

 

 病院の廊下は静かだった。

 

 消毒液の匂い。抑えられた足音。白い壁。

 

 戦車道の会場とは違う静けさが、胸の内側へ残る。

 

 部屋番号は一〇二九。

 

 名札には、冷泉久子と書かれていた。

 

 華が扉をノックしようとした、その時。

 

「見舞いなんかいいから、学校に行きな! いつまでも病院に張りついてたって、単位は増えないよ!」

 

 病室の中から、大きな声が響いた。

 

 優花里の肩が跳ねる。

 

「な、なかなか迫力のある方でありますね……」

「入って大丈夫かな……」

 

 みほも少し不安そうだった。

 

 華は一度だけ息を整え、花束を持ち直す。

 

「せっかく来たのですから、ご挨拶しましょう」

「五十鈴さん、覚悟が決まっていますね」

「はい」

 

 華は穏やかに頷き、病室の扉をノックした。

 

「失礼します」

 

 扉を開けると、ベッドの上の久子がこちらを見た。

 

 声の迫力から想像するより、その身体は小さく見える。けれど顔色は悪くなく、起こされた背もたれへ身体を預けながら、こちらをしっかりと見据えていた。

 

「あっ、みんな!」

 

 病室にいた沙織が振り向く。

 

 麻子はベッドの横に座っていた。いつも通り眠そうではあるが、目元には疲れが残っている。

 

「なんだい、あんたたちは」

「戦車道の友達」

 

 麻子が淡々と答えた。

 

「友達?」

「そう」

 

 久子は少しだけ目を細める。

 

「西住みほです。戦車道で、冷泉さんと一緒に活動しています」

「五十鈴華です。お見舞いのお花をお持ちしました」

「秋山優花里であります!」

 

 優花里は病室に合わせて声を抑えているものの、敬礼の勢いはいつも通りだった。

 

 最後に灯里が頭を下げる。

 

「戸郷灯里です。冷泉さんには、戦車道でお世話になっています」

 

 久子の視線が、灯里の上で止まった。

 

「また変わった子がいるね」

「否定はできない」

 

 麻子がすぐに答える。

 

「よく言われます」

「否定しないんだ」

 

 沙織が小さく突っ込んだ。

 

 久子は鼻を鳴らし、麻子へ顔を向ける。

 

「まあ、麻子に友達が増えたなら悪いことじゃないよ」

「おばぁ」

「何だい。本当のことだろ」

 

 言い返しかけた麻子は、途中で口を閉じた。

 

「あんたを心配して来てくれたんだろ。だったら、ちゃんと礼を言いな」

 

 麻子は少し黙り、みほたちへ顔を向ける。

 

「……ありがとう」

「どういたしまして」

 

 沙織がすぐに笑い、みほもほっとしたように表情を緩めた。

 

「今朝までは意識がなかったんだけど、目が覚めてからはずっとこんな感じで……」

「こんな感じとはなんだい」

「元気そうって意味です!」

「元気だよ。ちょっと寝てただけだ」

「病院でか」

 

 麻子の一言に、久子の眉が上がる。

 

「細かいことを言う子だね!」

「誰に似たんだろうな」

「口だけは達者になって」

 

 二人のやり取りは、喧嘩のようにも聞こえた。

 

 けれど灯里には、別のものが見えていた。

 

 久子の声は大きく、言葉も強い。それでも視線は、何度も麻子の顔や手元へ戻っている。

 

 麻子も面倒そうに返しながら、普段よりわずかに身体を久子の側へ向けていた。

 

 怒っているのではない。

 

 互いを心配している。

 

 ただ、それを素直な言葉にすることが苦手なのだ。

 

 華と沙織は花瓶を借りるため、ナースセンターへ向かった。みほも手伝いに出て、病室には麻子、久子、優花里、灯里が残る。

 

 灯里は持ってきた包みを差し出した。

 

「こちら、見舞い品です」

「何だい」

「TOGⅡ型の姿勢補助クッションです」

 

 久子の眉が上がる。

 

「とぐ?」

「TOGⅡです。長いので、腰や腕を支えるのに向いています」

「戦車なのか、枕なのか、はっきりしないね」

「TOGⅡです」

「もっと分からなくなったよ」

「だろうな」

 

 麻子が静かに言い、優花里が小さく笑った。

 

 包みの中から出てきたのは、横に長い緑色のクッションだった。簡略化された履帯と砲塔が刺繍され、可愛いのか、戦車なのか、枕なのか、確かに判別しにくい。

 

 久子は受け取ったクッションを、しばらく眺める。

 

「妙に長いね」

「TOGⅡですので」

「これを抱いて寝ろって?」

「姿勢補助です」

「ものは言いようだね」

 

 そう言いながらも、久子はクッションをベッド脇へ置いた。

 

 受け取ってくれた。

 

 それだけで、灯里は少し安心する。

 

「あんたたちも、こんなところで油を売ってないで、戦車に油を差したらどうだい」

 

 久子の言葉に、灯里の目がわずかに輝いた。

 

「これはうまいですね」

「そこに反応するのか」

「ただし、TOGⅡの手入れは常に完璧です」

「そうかい。なら、その長いのも大事にしな」

 

 そっけない言葉だった。

 

 それでも、灯里には少し嬉しかった。

 

「はい」

 

 短く、はっきりと頷く。

 

 やがて華たちが戻り、花瓶に生けられた白い花が、病室の空気を少しだけ柔らかくした。

 

 帰り際、久子がみほを呼び止める。

 

「あんたが隊長さんかい」

「はい」

 

 みほは背筋を伸ばした。

 

「麻子は朝が弱いし、すぐ面倒くさがるし、放っておくと寝るよ」

「おばぁ、全部言わなくていい」

「でも、やる時はやる子だ」

 

 久子の声が、少しだけ静かになる。

 

 みほは、その目をまっすぐ見返した。

 

「はい。知っています」

「なら、ちゃんと見てやっておくれ」

「はい」

 

 深く頷くみほを確認し、久子は病室にいる全員へ視線を移した。

 

「愛想のない子だけど、よろしく頼むよ」

「おばぁ」

「何だい。本当のことだろ」

 

 麻子はむっとした顔を見せたが、強くは言い返さない。

 

「はい。冷泉さんには、いつも助けられています」

 

 灯里も静かに頷く。

 

「そうかい」

 

 久子はそれだけ言って、窓の方へ視線を逸らした。

 

 麻子は帰る前に、布団の端をそっと直す。続いて、手を伸ばしやすい位置へ湯呑みを移した。

 

 久子は見ていないふりをしている。

 

 けれど、きっと気づいていた。

 

 その不器用なやり取りに、灯里の胸の奥が少しだけ温かくなる。

 

* * *

 

 帰りの電車では、麻子が沙織の膝を枕にして眠っていた。

 

 いつもの居眠りより深いらしく、静かな寝息を立てている。沙織は揺れで頭が落ちないように支えながら、乱れた髪をそっと整えていた。

 

「元気そうでよかったね」

「うん。でも麻子、昨日からずっと気を張ってたんだと思う」

 

 みほの声に、沙織が小さく頷く。

 

「冷泉さんにとって、本当に大切な方なのですね」

「普段の冷泉殿からは、あまり想像できないであります」

 

 華と優花里の声も、いつもより柔らかい。

 

 沙織は眠る麻子を見ながら、さらに声を落とした。

 

「麻子のご両親、小学生の時に事故で亡くなってるの」

 

 車輪の音だけが、急に大きく聞こえた。

 

「今は、おばぁが麻子のたった一人の家族なんだ」

 

 誰も、すぐには言葉を返せない。

 

 灯里は窓の外へ目を向けた。

 

 流れていく町の灯り。眠る麻子。その頭を支える沙織。

 

 久子の大きな声と、病室で布団を直した麻子の手。

 

 麻子が単位を欲しがる理由。

 

 学校へ来なければならない理由。

 

 卒業しなければならない理由。

 

 少しだけ、分かった気がした。

 

 眠そうで、面倒くさそうで、いつも淡々としている冷泉麻子。

 

 その奥にも、帰りたい場所と守りたい人がいる。

 

 試合中には見えにくいものだった。

 

 けれど、確かにそこにあった。

 

* * *

 

 バスを乗り継ぎ、連絡船乗り場へ着く頃には、すっかり夜になっていた。

 

 華は、再び眠ってしまった麻子を背負っている。優花里も疲れているらしく、歩調が少しふらついていた。

 

「秋山さん、大丈夫ですか」

「だ、大丈夫であります。少し、頭の中でFa223の構造と冷泉殿のおばぁ殿の迫力が混ざっているだけであります」

「それは大丈夫ではない気がします」

 

 灯里の指摘に、優花里は小さく笑った。

 

 連絡船へ乗り込むと、麻子、華、優花里はすぐに席で眠ってしまう。麻子は華の肩へ寄りかかり、優花里は鞄を抱えたまま、うとうとしていた。

 

「そこは……M4A1とM4無印の違いであります……」

 

 寝言だった。

 

「夢でも戦車なんだね……」

 

 沙織が苦笑する。

 

 みほ、沙織、灯里の三人は、船の手すり近くへ移動した。

 

 目の前には夜の海が広がり、連絡船は低い振動を残しながら静かに水面を進んでいる。耳に届くのは、波の音と船体が水を分ける音だけだった。

 

「みんな、いろんな事情があるんだね」

 

 みほがぽつりと言う。

 

「華も、優花里も、麻子も……」

 

 沙織は眠っている三人へ目を向け、再び海を見る。

 

「それでも、みんな普通に笑ってるんだよね」

 

 灯里は手すりへ軽く手を置いた。

 

「普通に見えることと、何もないことは違いますから」

 

 沙織の視線が、灯里へ向く。

 

「灯里さんの家族は?」

 

 その問いに、灯里は少しだけ言葉を詰まらせた。

 

 家族はいる。

 

 父と母がいる。

 

 この世界の戸郷灯里が聖グロリアーナへ進む時も、大洗へ移る時も、心配しながら最後には認めてくれた人たち。

 

 けれど、その記憶には薄い膜がかかっていた。

 

 転生前の自分の家族。

 

 この世界の戸郷灯里の家族。

 

 どちらも自分の記憶であるはずなのに、言葉にしようとすると、輪郭がわずかに曖昧になる。

 

「……います」

 

 灯里は海を見たまま答えた。

 

「心配は、されていると思います」

「そっか」

 

 沙織は、それ以上急かさなかった。

 

 その距離がありがたくて、灯里は小さく息を吐く。

 

「戦車道をするために聖グロへ行く時も、大洗へ移る時も、かなり心配されました」

「そうなんだ」

「TOGⅡの話は、あまり理解されませんでしたが」

 

 沙織が少し笑った。

 

「そこは理解されなかったんだ」

「ただ、長い戦車だということは覚えてくれています」

 

 みほも柔らかく笑う。

 

「戸郷さんらしいね」

「はい」

 

 灯里は頷いた。

 

「いつか、ちゃんと顔を出さないといけませんね」

「ご両親、心配してるかもよ?」

 

 明るい声の中に、沙織らしい気遣いが混じっていた。

 

「そうですね」

 

 遠くに、学園艦の灯りが見え始める。

 

「でも今は、大洗にいます。ここでやることがありますから」

 

 みほは、その横顔を見た。

 

 何かを聞きたそうにして、それでも聞かなかった。沙織も同じように、海の向こうへ視線を戻す。

 

 その沈黙が、灯里にはありがたかった。

 

 夜の海の向こうには、学園艦の灯りがある。

 

 そこには、今の自分が帰る場所があった。

 

 勝った後も、負けた後も。

 

 それぞれの事情を抱えたまま、みんな同じ場所へ帰っていく。

 

「大洗は、不思議な場所ですね」

「そう?」

 

 沙織が首を傾げる。

 

「はい。いろんな人が、ここに流れ着いている気がします」

 

 みほは静かに頷いた。

 

「……うん」

 

 連絡船は夜の海を進んでいく。

 

 サンダース戦は終わった。

 

 次の戦いも、きっとすぐに始まる。

 

 けれど今だけは、海風と波音の中で、少しだけ静かな時間が流れていた。

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