『TOGⅡで戦車道を……?』   作:きのこ大三元

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次回から2.5章ですよろしくお願いいたします。


2章番外「号外! 大洗、サンダースに勝利!」

サンダース戦の勝利から、数日が経った。

 

 大洗女子学園の廊下には、いつもと少し違うざわめきがある。朝のホームルーム前、食堂へ向かう通路、購買前の掲示板、船舶科の実習棟へ続く渡り廊下。

 

 そこかしこに、学園新聞の号外が貼り出されていた。

 

『大洗、強豪サンダースに勝利!』

 

『戦車道チーム、全国大会一回戦突破!』

 

『西住隊長、仲間と掴んだ一勝』

 

『長すぎる新戦力TOGⅡ、壁となり勝利を支える』

 

 大きな見出しの前で、生徒たちが足を止めている。

 

「え、勝ったの?」

「サンダースって強いところでしょ?」

「この長い戦車、何?」

「TOGⅡって読むらしいよ」

「いぬさんチームって何?」

 

 昨日まで戦車道に興味のなかった生徒まで、号外を覗き込んでいた。

 

 全国大会。強豪校。一回戦突破。

 

 普段の学園生活から少し遠かった言葉が、掲示板へ貼り出されたことで、急に身近なものへ変わっていく。

 

 大洗女子学園の戦車道チームが、本当に勝った。

 

 その実感が、学園艦の中を走り始めていた。

 

「……すごいことになってるね」

 

 廊下の隅で、沙織が号外を見上げる。隣のみほは、少し困ったように笑っていた。

 

「う、うん。なんだか恥ずかしいね」

「みぽりんは隊長なんだから、もっと堂々としていいんだよ!」

「そ、そうかな」

 

 優花里は紙面へ顔を近づけている。

 

「写真も載っているであります! 勝利後の整列場面ですね。八九式もIII号突撃砲も、しっかり写っています!」

「皆さんの頑張りが、こうして形になるのは嬉しいですね」

 

 華が穏やかに微笑む。

 

 麻子は眠そうに号外を見た。

 

「文字が多い」

「麻子、そこ?」

「読むと眠くなる」

「もう眠そうだよ!」

 

 少し後ろでは、灯里といぬさんチームも紙面を確認していた。

 

 号外の端には、傷だらけのTOGⅡが大きく写っている。長い車体を斜めに置き、カメさんチームへの射線を塞いでいた場面だった。

 

「TOGⅡの長さが、写真でも伝わっています」

「記事の中心は勝利です」

 

 まどかが冷静に返す。

 

「もちろんです」

「でも、最初に見ているのはTOGⅡですね」

「はい」

 

 かなえは記事の分量を確認した。

 

「思ったより扱いが大きいですね」

「長いので」

「紙面上の面積の話ではありません」

 

 すずは写真を見て、少し複雑そうな顔をする。

 

「これ、TOGⅡが曲がり角で詰まりそうに見えませんか」

「実際、その可能性は常にあります」

「そこは否定してください」

 

 ちとせが穏やかに笑い、りんは号外の見出しを指した。

 

「いぬさんチームの名前も出てる!」

「少しずつ知られてきましたね」

 

 灯里は、ほんの少しだけ満足そうに頷いた。

 

 その時、廊下の向こうから足音が近づいてくる。

 

「戦車道チームの皆さん!」

 

 学園新聞の王大河だった。腕にはノート、首からはカメラ。表情には隠しきれない興奮がある。

 

「強豪サンダースを撃破した、大洗戦車道チーム。その勝利の裏側に迫ります!」

「なんか本格的だね」

 

 沙織が少し身を引く一方、優花里は目を輝かせた。

 

「新聞部の取材であります!」

「寝ていいか」

「麻子、取材中!」

 

 王大河はすでにノートを開いている。

 

「号外だけでは足りません。全国大会で強豪校を破ったことは、単なる部活動の結果ではなく、学園全体のニュースです」

 

 みほは少しだけ目を丸くした。

 

 戦車道チームだけの勝利ではない。

 

 大洗女子学園全体のニュース。

 

 そう言われると、胸の奥に少しだけ重さを感じる。

 

 けれど、それは嫌なものではなかった。

 

「まずは、生徒会の皆さんからお話を伺います」

 

 王大河はそう言うと、足早に生徒会室へ向かった。

 

* * *

 

 生徒会室では、杏がいつものように机の上で干し芋を食べていた。柚子は書類を整理し、桃はなぜか最初から姿勢を正している。

 

「いやー、みんな頑張ったねー。これで戦車道も、ちょっとは注目されるかな」

 

「今回の勝利は、生徒会としても大きな意味があると?」

 

 王大河の質問に、杏は干し芋を片手に頷いた。

 

「まあね。大洗の戦車道は、まだまだこれからってことだよ」

 

 のんびりした口調の奥で、その目だけは少し鋭い。

 

 柚子が続ける。

 

「戦車道チームの努力だけでなく、整備班や関係者の協力もあっての勝利です。次の試合へ向けた準備も始めています」

「支援体制を含めた勝利、と」

 

 王大河が素早く書き込む。

 

 桃は待っていたように胸を張った。

 

「つまり、我々生徒会の指導と作戦が――」

「桃ちゃん、作戦立てたっけ?」

 

 杏が首を傾げた。

 

「河嶋さんは、フラッグ車として最後まで頑張りました」

 

 柚子の補足に、桃が勢いよく頷く。

 

「そ、そうだ! 我々カメさんチームが無事だったからこその勝利だ!」

「フラッグ車としての重圧に耐えた河嶋桃副会長、と」

「おお、いい記事になりそうだな!」

 

 桃の表情が明るくなる。

 

「撃った砲弾が当たったとは書いてないけどねー」

「会長!」

 

 生徒会室に、いつもの声が響いた。

 

 王大河は、そのやり取りまできっちり書き留めている。

 

「生徒会の親しみやすい雰囲気も記事にできますね」

「そこは書かなくていい!」

「いいんじゃない? 親しみやすい生徒会ってことで」

 

 杏が楽しそうに笑い、柚子は小さくため息をついた。

 

* * *

 

 次の取材場所は、戦車倉庫前だった。

 

 あんこうチームといぬさんチームのほか、何人かの見物生徒も集まっている。

 

「西住隊長。強豪サンダース撃破の決め手は、何だったのでしょうか」

 

 王大河にマイクを向けられ、みほは少し緊張した顔で考え込む。

 

「私一人の力ではありません」

 

 最初の一言に、沙織が小さく笑った。

 

 みほらしい答えだった。

 

「みんなが、それぞれの役割を最後まで果たしてくれたからです。アヒルさんチームとウサギさんチームは、最後まで諦めずに動いてくれました」

 

 みほは、一つずつ思い出すように言葉を続ける。

 

「カメさんチームはフラッグ車として逃げ切ってくれました。カバさんチームといぬさんチームも、最後まで守ってくれました。華さんの最後の一撃も、みんなが繋いでくれたから撃てたんだと思います」

 

 王大河のペンは止まらない。

 

「かなり謙虚ですね」

「えっ、そ、そうでしょうか」

「みぽりんは、いつもこうなんだよね」

 

 沙織が胸を張る。

 

「そこが西住殿の素晴らしいところであります!」

「みほさんは、皆さんのことをよく見ていらっしゃいますから」

 

 優花里と華も続いた。

 

 麻子は眠そうなまま、短く言う。

 

「隊長だからな」

「麻子、それ褒めてる?」

「褒めてる」

 

 みほは少し照れたように笑った。

 

「今回の勝利は、大洗全体の連携によるものだと?」

「はい。まだ足りない部分はありますけど、みんなで勝てた試合だと思います」

 

 その言葉に、周囲の空気が少し柔らかくなる。

 

 見物していた生徒たちの間から、小さな声が聞こえた。

 

「隊長って、あんな感じなんだ」

「もっと怖い人かと思ってた」

「優しそう」

 

 みほは声に気づき、さらに顔を赤くする。

 

「あ、あまり大きく書かなくても……」

「そこは大きく書いてもらおうよ!」

 

 沙織がすぐに返した。

 

「仲間全体を立てる隊長。興味深いです」

「そ、それも大きく書かなくていいです」

「大きく書きます」

 

 王大河は、きっぱりと言い切った。

 

* * *

 

 最後に、王大河は灯里へ向き直った。

 

 その瞬間、いぬさんチームの空気が少し変わる。

 

 まどかが一歩前へ出て、かなえもメモ帳を構えた。

 

「なぜ二人とも警戒しているのですか」

「戸郷さんが、TOGⅡの話を長くしすぎないためです」

「記事にも文字数制限があります」

 

 二人が淡々と答える。

 

 王大河は、むしろ興味深そうに目を輝かせた。

 

「今回の勝利における、TOGⅡの役割を教えてください」

「一言では足りません」

「興味深いです」

「興味を持たせてはいけません」

 

 まどかがすぐに止める。

 

「では、まずTOGⅡの長さから――」

「役割からお願いします」

 

 かなえが修正した。

 

 灯里は少しだけ残念そうな顔をした後、咳払いする。

 

「TOGⅡは速くありません。しかし、速くないことが、必ずしも弱点になるとは限りません」

 

 王大河のペンが動き始めた。

 

「必要な場所へ間に合わないなら、先にその場所へ向かえばいい。今回の試合では、カメさんチームを守るために後方へ入り、敵の射線を塞ぎました」

 

 見物していた生徒たちも、少し静かになる。

 

「撃破だけが戦車の仕事ではありません。味方が撃つ時間を作ること。味方へ砲弾を届かせないこと。それも戦車の役割です」

 

 いつものTOGⅡ愛だけではない。

 

 サンダース戦で、自分たちが何をしたのか。

 

 灯里は、きちんと理解していた。

 

「長い車体を、味方を守る壁として活用したのですね」

「はい。長いことには、戦術的価値があります」

「最後はいつもの灯里ちゃんだ」

 

 沙織が苦笑する。

 

「しかし、実際に見事な運用でありました!」

 

 優花里が力強く言った。

 

「褒めると長くなります」

「TOGⅡの話は、長いほど良いです」

「記事まで長くなります」

 

 まどかとかなえが、すぐに止める。

 

 王大河はノートへいくつかの見出しを書き込んだ。

 

『長すぎる新戦力、強豪校相手に壁となる』

 

『TOGⅡ、遅さを逆手に大洗を支える』

 

『大洗の長い守護犬、いぬさんチーム奮戦』

 

「守護犬って可愛い!」

 

 沙織が目を輝かせる。

 

「いぬさんチームの宣伝にはなりますね」

 

 かなえは現実的だった。

 

 そこへ、杏がひょいと顔を出す。

 

「ついでに、TOGドッグの広告も載せようか」

「会長、学園新聞に広告枠は……」

 

 柚子が慌てて追ってきた。

 

「勝利記念販売ってことで」

「勝利記念版を検討します」

 

 灯里もすぐに反応する。

 

「また商売の話になりました」

 

 まどかがため息をついた。

 

「戦車道の勝利を、食べ物へ繋げるな!」

 

 桃が腕を組む。

 

「でも河嶋さん、TOGドッグ食べていましたよね」

 

 りんの一言に、桃が詰まった。

 

「そ、それは補給としてだ!」

「補給は大事です」

 

 灯里が真顔で頷く。

 

 桃は、それ以上反論できなかった。

 

* * *

 

 号外が出てから、学園内の反応は少しずつ変わっていった。

 

 食堂では戦車道チームの話をする生徒が増え、廊下では、みほへ直接声をかける者も現れる。戦車倉庫の近くには、TOGⅡを見ようと足を運ぶ生徒もいた。

 

「西住さん、サンダース戦すごかったね!」

「あ、ありがとうございます」

「次も応援してるから!」

「はい。頑張ります」

 

 慣れない様子で頭を下げるみほを、沙織が少し離れた場所から見ていた。

 

「みぽりん、人気者だね」

「そ、そんなことないよ」

「でも、皆さんが応援してくださるのは嬉しいですね」

 

 華が穏やかに言う。

 

「大洗の戦車道が、認められてきた証であります!」

 

 優花里は感激していた。

 

「応援が増えると、寝づらくなる」

「麻子はそこ?」

 

 壁へ寄りかかる麻子へ、沙織が突っ込む。

 

 一方、TOGⅡの前では、灯里が見学に来た生徒へ説明をしていた。

 

「TOGⅡって、本当に長いんですか?」

「はい。見れば分かります」

「今度、近くで見てもいいですか?」

「見学は歓迎します。ただし、TOGⅡへの敬意を持ってください」

「敬意?」

「長さへの敬意です」

 

 困惑する生徒の横から、まどかが口を挟む。

 

「普通に見学して大丈夫です」

「普通でいいんだ」

「はい」

 

 かなえは、すでに希望者の人数を数えていた。

 

「一度に集まると危ないので、時間を分けましょう」

「さすが呼子さんです」

「見学者の整理も、注文整理と似ています」

「似ていますね」

 

 かなえは淡々と答えた。

 

 別の生徒たちは、いぬさんチームの調理担当へ集まっている。

 

「勝利記念TOGドッグって出るの?」

「まだ試作中です」

 

 ちとせが穏やかに答えた。

 

「マスタード増量案があります!」

「辛すぎると苦情が来るので、調整中です」

 

 りんの提案を、かなえがすぐに補足する。

 

「アンツィオ戦前なら、イタリア風も良いかもしれません」

 

 まどかが考える。

 

「トマトソース、チーズ、バジルなら、味はまとまりそうです」

「もう料理研究が始まってる」

 

 沙織が笑った。

 

「試合より先に、屋台の話になっていませんか?」

 

 みほが少し不安そうに言う。

 

「両方やるのが、大洗らしさだよー」

 

 いつの間にか杏が混ざっていた。

 

「会長、また自然に入っていますね」

 

 柚子も後ろから追いつく。

 

 杏は掲示板の号外を見上げ、にやりと笑った。

 

「でもさ、こういうのって大事だよ。戦車道チームだけが勝ったんじゃなくて、学園のみんなが『大洗が勝った』って思えるようになるから」

 

 みほが少しだけ顔を上げた。

 

 号外が学園艦の風に揺れている。

 

 そこには、大洗女子学園の名前が大きく載っていた。

 

 戦車道チームだけではない。

 

 大洗の勝利として。

 

「西住さんの戦車道が、少しずつ大洗の中へ広がっていますね」

 

 灯里の言葉に、みほは首を横へ振る。

 

「私だけじゃないよ。みんなの戦車道だと思う」

 

 少し照れた声だった。

 

「はい」

 

 灯里は静かに頷き、少しだけ真面目な顔になる。

 

「では、TOGⅡもその一部ですね」

「もちろん」

 

 みほは迷わず答えた。

 

 灯里は、満足そうに頷く。

 

 その返事だけで、倉庫の前に停まるTOGⅡの長い車体が、少し誇らしそうに見えた。

 

 もっとも、そう見えているのは灯里だけかもしれない。

 

* * *

 

 放課後になっても、掲示板の前には号外を読む生徒が残っていた。

 

 王大河は続報記事の下書きを抱え、何度も修正した見出しを確認している。

 

『大洗、強豪サンダース撃破!』

 

『西住隊長、仲間と掴んだ一勝』

 

『長すぎる新戦力TOGⅡ、壁となり勝利を支える』

 

 そして、紙面の隅には小さな囲み記事。

 

『いぬさんチーム、勝利記念TOGドッグ試作中?』

 

「結局、載ったんですね」

 

 まどかが額へ手を当てる。

 

「広告ではなく、関連記事です」

 

 かなえが冷静に答えた。

 

「勝利記念という言葉には力があります」

「味は普通においしくしてください」

 

 灯里へ、まどかが釘を刺す。

 

 そこへ、あんこうチームもやってきた。

 

「次の相手、アンツィオだって書いてあるね」

 

 沙織が号外の下部を指す。

 

『次戦の相手はアンツィオ高校』

 

『大洗戦車道チーム、二回戦へ』

 

「アンツィオ高校! イタリア系の学校でありますね!」

 

 優花里の目が輝く。

 

「小型で素早い車両を多数運用しています。サンダースとは、かなり違う相手であります」

「お料理もおいしそうですね」

 

 華が少し楽しそうに微笑んだ。

 

「食べ物の話になった」

 

 麻子が眠そうに呟く。

 

 灯里は腕を組み、少し真面目な顔で号外を見た。

 

「素早い小型車両は、TOGⅡでは追えません」

「珍しく、すぐ戦車の話ですね」

 

 まどかが言う。

 

「ですが、追えないなら、追わなくてもよい場所を選ぶ必要があります」

 

 灯里は記事の横に載るアンツィオ高校の校章を見る。

 

「アンツィオとTOGドッグの相性も研究が必要です」

「やっぱり屋台の話へ戻りました」

 

 まどかが小さく息を吐いた。

 

「アンツィオ相手なら、屋台対決も面白そうだねー」

 

 杏が、どこからともなく現れる。

 

「会長、試合です!」

 

 桃がすかさず突っ込んだ。

 

「分かってるって」

 

 杏は軽く手を振る。

 

 みほは掲示板の号外を見上げた。

 

 風に揺れる紙面。そこへ書かれた、大洗の勝利。それを読み、立ち止まる生徒たち。

 

 まだ、この注目には慣れない。

 

 けれど、嫌ではなかった。

 

「次も、頑張らないとね」

 

 みほが静かに言う。

 

「うん!」

「もちろんであります!」

「皆さんで、また頑張りましょう」

「眠くない時間なら」

 

 麻子の一言に、みんなが笑った。

 

 灯里は、TOGⅡの写真が載った号外へ目を向ける。

 

「大洗は勝ちました」

 

 それは、ただの試合結果ではなかった。

 

 戦車道チームだけの一勝が、大洗女子学園全体のニュースへ変わり始めている。

 

 その紙面の端には、味方を守り抜いた長すぎる戦車が、静かに写っていた。

 

 次の相手は、アンツィオ高校。

 

 速く、小さく、サンダースとはまったく違う戦車たちが待っている。

 

 大洗の全国大会は、まだ始まったばかりだった。

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