きのこ
「TOGⅡを出します」
戸郷灯里がそう言った瞬間、秋山優花里は固まった。
体育館の外は、戦車道説明会を終えた生徒たちでまだざわついている。
誰もが、今聞いたばかりの戦車道という言葉について話していた。
戦車に乗る。
選択科目。
食券百枚。
遅刻見逃し二百日。
その中で、優花里だけは別の言葉に完全に意識を奪われていた。
「TOGⅡを……出す……?」
「はい」
「TOGⅡを、実物で……?」
「はい」
「実働で……?」
「おそらく」
「おそらく!?」
優花里は胸の前で両手を握りしめた。
目がきらきらしている。
灯里はその反応を見て、静かに頷いた。
「秋山さんは、TOGⅡが分かる人ですね」
「分かります! 分かりますとも! あの長大な車体、試作車両ならではの存在感、時代に取り残されたようでいて、しかし確かにロマンの塊であるあの英国戦車を……!」
優花里はそこまで一気に言って、はっとした。
「す、すみません。つい」
「大丈夫です。続けてもいいです」
「よろしいのですか!?」
「はい。ですが、移動しながらでお願いします」
灯里は生徒会の方へ目を向けた。
角谷杏が、にこにこしながらこちらを見ている。
小山柚子は書類を確認し、河嶋桃は腕を組んで厳しい顔をしていた。
「戸郷、くれぐれも校内で事故を起こすなよ」
「大丈夫です。TOGⅡは長いですが、安全運転はできます」
「その“長いですが”が不安なのだ」
「長さは事実ですので」
「そこは否定しないのだな……」
桃は少し頭を抱えた。
杏は気楽に手を振る。
「じゃ、戸郷ちゃん。広場の方は空けておくから、よろしくねー」
「分かりました」
「それと、ホットドッグの方も準備してるから」
灯里は一瞬だけ足を止めた。
「……本当にやるんですね」
「やるよー。せっかくだし」
「TOGⅡは戦車です。屋台ではありません」
「でもホットドッグ出せるんでしょ?」
「出せます」
「じゃ、両方だね」
「否定しきれないのが悔しいです」
灯里は少しだけ目を伏せた。
この世界に来てから、TOGⅡは戦車としてだけではなく、屋台機能付きの何かとして扱われつつある。
それは少し複雑だった。
だが、ホットドッグをきっかけに人が集まるなら。
そして、その人たちがTOGⅡを見てくれるなら。
悪くない。
そう思ってしまう自分もいた。
「秋山さん」
「はい、戸郷殿!」
「行きましょう。TOGⅡを迎えに」
「はい!」
優花里の返事は、今まで聞いた中で一番力強かった。
◇
自宅の地下ガレージへ向かう道中、優花里はずっと質問していた。
「本当にTOGⅡなのですか?」
「はい」
「どの型でしょうか?」
「おそらくTOGⅡです」
「主砲は?」
「資料では二十八ポンド砲相当とありました」
「九十四ミリ級……! す、素晴らしいです!」
「ただし戦車道用に安全調整されています」
「それはもちろんであります!」
「それと、ホットドッグ屋台セットがついています」
「……はい?」
優花里の足が一瞬止まった。
灯里は歩きながら続ける。
「長いパン、長いソーセージ、調理器具、保温ケース、レシピ、営業許可関係の書類らしきものまでありました」
「情報量が多すぎます!」
「私もそう思います」
「TOGⅡにホットドッグ屋台セット……?」
「はい」
「英国戦車とホットドッグ……?」
「はい」
「戸郷殿、それはもう戦車というより移動式伝説では?」
「TOGⅡは戦車です」
「ですが屋台機能が」
「戦車です」
灯里は断言した。
ここは譲れなかった。
だが優花里は、むしろ感動したように頷いている。
「分かりました。戦車であり、ホットドッグも出せる。つまり多用途超重戦車でありますね!」
「……その解釈なら、まだ許容できます」
そんな会話をしているうちに、地下ガレージへ到着した。
灯里はカードキーを取り出す。
扉の前に立つと、優花里の呼吸が少し早くなった。
「秋山さん、大丈夫ですか」
「だ、大丈夫であります。心の準備が、少々」
「長いですよ」
「望むところです」
灯里は頷き、カードキーを通した。
電子音。
重い扉が、ゆっくり開く。
照明が点いた。
その中央に、TOGⅡはいた。
長大な車体。
重く沈む履帯。
大きな砲塔。
無骨で、巨大で、どこか間の抜けた、けれど圧倒的な存在感。
優花里は、言葉を失った。
いつもの勢いも、戦車語りも止まる。
ただ、目を見開いて、そこに立ち尽くしていた。
数秒。
十数秒。
そして、震える声で言った。
「……長いです」
灯里は静かに頷いた。
「長いでしょう」
「本当に……本当にTOGⅡです……」
優花里は一歩、また一歩と近づいた。
「まさか、大洗で実物を拝めるなんて……しかも実働状態で……」
その声は、半分泣きそうだった。
灯里は、その横顔を見て少しだけ胸が温かくなる。
自分以外にも、この長さを見て感動してくれる人がいる。
それだけで、TOGⅡが少し誇らしげに見えた。
「触れてもよろしいでしょうか」
「はい。優しくお願いします」
「もちろんであります」
優花里は装甲にそっと手を触れた。
まるで宝物に触れるような手つきだった。
「冷たい……本物の鋼の感触……」
「本物です」
「戸郷殿」
「はい」
「この出会い、一生忘れません」
「まだ乗ってもいませんよ」
「乗ってよろしいのですか!?」
「はい。仮車長として、上から周囲確認をお願いします」
その瞬間、優花里の表情がさらに輝いた。
「仮車長……! 秋山優花里、一生の誉れであります!」
「一生を使うには少し早いです」
◇
TOGⅡの発進準備は、思っていたよりも順調だった。
整備状態は良好。
燃料、電装、通信機器、安全装置。
灯里が確認する項目は多かったが、どれも異常はない。
この世界に来てまだ日が浅い。
それなのに、灯里の身体は不思議とTOGⅡの操作を覚えているようだった。
いや、正確には違う。
ゲームの感覚。
資料で読んだ知識。
そして、なぜか染み込んでいる戦車道の基礎。
それらが混ざって、手順が自然に浮かんでくる。
灯里は操縦席へ座った。
優花里は上部ハッチから身を乗り出し、周囲を確認する。
「秋山さん、周囲確認をお願いします」
「了解であります! 前方よし! 左右……長いです! とにかく長いです!」
「確認内容が感想になっています」
「申し訳ありません! ですが、長いです!」
「事実なので許可します」
エンジンが唸る。
巨大な車体が、ゆっくりと震えた。
優花里が息を呑む。
「動きました……!」
「まだ震えただけです」
「それでも感動であります!」
灯里は慎重に操作した。
TOGⅡが、ゆっくりと前へ進む。
履帯が床を噛む音。
重い車体が動き出す感覚。
ゲーム画面では決して分からなかった、本物の重量。
灯里の胸が熱くなる。
「発進します」
「はい!」
地下ガレージから、TOGⅡは外へ出た。
日差しの下に、その長すぎる車体が現れる。
すぐに、周囲の生徒たちが足を止めた。
「え、何あれ!?」
「戦車!?」
「長っ!」
「長くない!?」
「いや長いよ!」
灯里は車内で少しだけ口元を緩める。
「見られていますね」
上から優花里が答える。
「発見されております!」
「この場合、第六感がなくても分かります」
「目立ちすぎますからね!」
「そこが良いところです」
TOGⅡは急がない。
急げない、とも言う。
だが、灯里はあえて心の中で訂正する。
急がないのだ。
堂々と。
ゆっくりと。
長い車体を見せつけるように。
TOGⅡは、大洗女子学園の広場へ向かって進んでいった。
◇
広場では、すでに生徒会が待っていた。
角谷杏は干し芋を手に、楽しそうに立っている。
小山柚子は人の流れを確認し、河嶋桃は安全確保のために周囲を見回していた。
TOGⅡが姿を見せると、杏が目を細めた。
「おー、来た来た。長いねー」
「長いです」
灯里は車体を停めてから、ハッチを開けて顔を出した。
桃は腕を組んでTOGⅡを見上げる。
「想像以上に長いな……」
「資料通りです」
「資料で見るのと実物は違う」
「分かります」
柚子は少し安心したように息を吐いた。
「広場を空けておいてよかったね」
「ほんとほんと」
杏が笑う。
その間にも、生徒たちが次々と集まってきていた。
説明会を終えた直後の興奮に、実物の戦車。
しかも、見たこともないほど長い。
注目されないはずがなかった。
「何これ!」
「戦車道で使うの?」
「長すぎない?」
「写真撮っていいのかな?」
「ホットドッグって書いてある箱あるんだけど」
最後の言葉に、灯里は少しだけ目を逸らした。
そこへ、みほたちがやって来た。
武部沙織は、TOGⅡを見るなり声を上げた。
「えっ、なにこれ!? 長っ!」
五十鈴華は、両手を前で揃えて見上げている。
「とても……存在感がありますね」
西住みほは、少し驚いたようにTOGⅡを見ていた。
「こんな戦車が……大洗に……?」
灯里は、ハッチから降りて答えた。
「TOGⅡです」
「トグツー?」
沙織が首を傾げる。
優花里が即座に一歩前へ出た。
「はい! TOGⅡとは、第二次世界大戦初期にイギリスで試作された超重戦車であります! 全長十メートル級という長大な車体、重量八十トン超え、そして圧倒的な存在感を持つ、まさにロマンの結晶で――」
優花里はそこで灯里を見た。
「続けてもよろしいでしょうか?」
灯里は頷いた。
「秋山さん、続けてください」
「よろしいのですか!?」
「はい。TOGⅡの説明は大事です」
沙織が小さく呟いた。
「この二人、もう仲良いね」
華は穏やかに微笑む。
「好きなものが同じというのは、素敵なことですね」
みほは、灯里と優花里を見て、少しだけ表情を緩めた。
◇
杏が手を叩いた。
「はいはい、戦車の説明もいいけど、今日はもうひとつあるからねー」
「もうひとつ?」
沙織が首を傾げる。
その時、広場の端から五人の生徒がやって来た。
全員、同じ学年くらいに見える。
手には道具箱や保温ケース、食材の入った箱を持っていた。
杏が灯里の方を向く。
「紹介するね。船舶経営科、給食部専攻の二年生たち」
五人が順番に頭を下げた。
「火野まどかです」
落ち着いた声の少女が、最初に名乗る。
視線がしっかりしていて、手元のレシピをすでに確認していた。
「小走すずです。配膳と導線なら任せてください」
小柄で動きの軽い少女が、周囲をきょろきょろ見ながら言う。
「呼子かなえです。呼び込みと注文整理、やります」
明るく通る声の少女が、すでに人の流れを見ていた。
「米倉ちとせです。荷物、どこに置けばいいですか?」
穏やかな顔をした少女が、大きな箱を軽々と抱えている。
「早見りんです。盛り付け担当でいいですか?」
手際の良さそうな少女が、すでにトングや容器を並べ始めていた。
灯里は五人を見た。
生徒会から聞いてはいた。
給食部専攻に相談する、と。
だが、実際に来ると圧がある。
杏がにこにこと言う。
「この子たちに、ホットドッグの試食会を手伝ってもらいまーす」
灯里は杏を見た。
「会長。手伝い、ですよね?」
「今はね」
「今は」
嫌な言葉だった。
まどかがTOGⅡを見上げる。
「長いですね」
すずも横から眺める。
「厨房、入りそう」
かなえは人の流れを見ながら言った。
「ホットドッグ売るなら、列はこっちから作った方が詰まらないですね」
ちとせは箱を置きながら、車体の横を見た。
「提供口は横の方がよさそうです」
りんはもうテーブルの位置を考えている。
「保温ケースはこの辺ですか? 動線を塞がないように置きます」
灯里は、少し感動した。
「分かってくれるんですか、この長さを」
まどかは冷静に答えた。
「販売スペースとしては魅力的です」
「戦車としても魅力的です」
「そこは、これから勉強します」
灯里は少し複雑な顔をした。
TOGⅡの魅力を戦車として受け止めてほしい。
でも、販売スペースとして魅力的という評価も、間違ってはいない。
TOGⅡは長い。
長いということは、使い道がある。
たぶん。
◇
TOGドッグの準備は、驚くほど早かった。
TOGⅡに備え付けられていたレシピを確認したまどかが、すぐに指示を出す。
「ソーセージは焼きすぎると割れます。中火でいきましょう。パンは軽く温める程度で」
「了解です」
りんが素早く返事をして、調理台を整える。
すずは配膳台の位置を調整しながら、人の流れを見ていた。
「列はこっちから。受け取りは右側に抜ける感じで。見物の人とぶつからないようにします」
かなえがすぐに声を張る。
「試食はこちらでーす! 一列でお願いします! まだ押さないでくださいねー!」
ちとせは食材の箱を軽々と運んでいた。
「このくらいなら大丈夫です」
灯里は、その動きを見て目を細めた。
段取りがいい。
料理をするための動き。
配膳するための動き。
人の流れを作るための動き。
だが、それはどこか戦車内の連携にも似ていた。
砲弾を渡す。
装填する。
情報を整理する。
車内で役割を分担する。
この人たち、戦車に乗ってもたぶん強い。
灯里は、ふと思った。
そしてすぐに首を振る。
いや、まだ早い。
まだ彼女たちは試食会の手伝いに来ただけだ。
たぶん。
おそらく。
きっと。
「戸郷さん」
まどかが声をかける。
「はい」
「このレシピ、かなり完成度が高いです。誰が作ったんですか?」
「分かりません。置かれていました」
「置かれていた?」
「はい。TOGⅡと一緒に」
まどかは数秒沈黙した。
「……戦車より、そちらの方が少し怖いですね」
「私もそう思います」
やがて、最初のTOGドッグが完成した。
長いパン。
長いソーセージ。
上には丸く絞られたマッシュポテト。
それは小さな砲塔のように見える。
そして、その上に小さな白旗。
沙織が真っ先に声を上げた。
「えっ、可愛い! 白旗立ってる!」
華も目を細める。
「とても丁寧な仕上がりですね」
優花里は感動していた。
「戦車と食が融合しています……!」
灯里は真顔で頷く。
「TOGⅡの長さと愛らしさを表現した一品です」
まどかが冷静に言った。
「レシピにはそう書いてありませんでした」
「今、私がそう定義しました」
「なるほど」
まどかは、それ以上突っ込まなかった。
大人だった。
◇
試食会は、思った以上に盛り上がった。
杏が前に出て、軽い調子で呼びかける。
「戦車道説明会記念、TOGドッグ試食でーす。材料費は生徒会持ちだから、みんな食べてってねー」
桃が慌てて訂正する。
「これは戦車道の宣伝であって、屋台イベントではない!」
杏は干し芋をかじりながら言う。
「両方でいいじゃん」
「よくありません!」
柚子が苦笑しながら、列の整理を手伝っていた。
生徒たちは次々とTOGドッグを受け取っていく。
「おいしい!」
「長い!」
「白旗かわいい」
「あの戦車の名前がTOGなの?」
「TOGドッグって語感いいね」
「戦車道ってこういうのもあるの?」
戦車道の説明会だけでは、ここまで人は集まらなかったかもしれない。
だが、長すぎる戦車と長いホットドッグが並んでいる。
それはあまりにも目を引いた。
灯里はTOGⅡの横に立ち、その光景を見ていた。
自分だけの推しだったTOGⅡ。
ゲーム画面の中で、敵味方から「Tooooooooog!!」と呼ばれていた戦車。
前線に着く前に自走砲で瀕死になっていた、かわいそうで可愛い戦車。
そのTOGⅡが、今は大洗の広場で人を集めている。
少し、不思議だった。
そして、少し嬉しかった。
◇
「はい、どうぞ」
りんが手際よくTOGドッグを渡す。
沙織はそれを受け取り、目を輝かせた。
「うわ、ほんとに長い! いただきます!」
一口食べると、表情が明るくなる。
「おいしい! 普通においしい!」
華も上品に口をつけた。
「パンとソーセージのバランスが良いですね。マッシュポテトも優しい味です」
まどかが少し満足そうに頷く。
「ありがとうございます。レシピの指定が丁寧でしたので」
灯里は華の食べる様子を見た。
ひとつ目が、綺麗に消えていく。
思ったより早い。
そして華は、にこりと微笑んだ。
「とても美味しゅうございます」
灯里はまどかを見た。
まどかも灯里を見た。
何かを察した顔だった。
「試作品のデラックス版、出しますか?」
「お願いします」
華が少し驚いたように目を瞬かせる。
「よろしいのですか?」
「はい。試作ですので」
りんがすぐに動く。
「デラックス一つ入ります」
ちとせがソーセージを追加する。
「増量ですね」
すずが皿を大きいものに替える。
「こぼれないようにこっちで」
かなえが笑顔で言う。
「TOGドッグ・デラックス、試作入りまーす!」
やがて出てきたのは、通常版よりさらに存在感のある一品だった。
ソーセージ増量。
チーズ増量。
マッシュポテト砲塔大盛り。
白旗二本。
沙織が目を丸くする。
「華、それ食べるの!?」
華は嬉しそうに受け取った。
「せっかくですので」
灯里は真剣に頷いた。
「五十鈴さんなら、このデラックス版を正しく評価できると思います」
「光栄です」
「いや、何の評価なの?」
沙織の突っ込みを横に、華は優雅にTOGドッグ・デラックスを食べ始めた。
◇
少し離れた場所で、みほはTOGⅡを見上げていた。
灯里はその隣に立つ。
「大きいですね」
みほがぽつりと言った。
「長いです」
灯里は訂正するように答えた。
みほは少しだけ笑う。
「うん。長いね」
その笑顔は、説明会の時より少し自然だった。
灯里はそれだけで少し安心した。
「戸郷さんって、本当に戦車が好きなんだね」
みほの言葉に、灯里はTOGⅡを見上げる。
「はい。特にこの子は」
「この子?」
「TOGⅡです」
灯里は、装甲にそっと手を触れた。
「遅くて、長くて、目立って、扱いづらいです。でも、そこが好きです」
みほは黙って聞いていた。
「欠点だらけです。でも、欠点があるから嫌いになるわけではありません」
言ってから、灯里は少しだけ口を閉じた。
今の言葉が、戦車の話だけに聞こえなかったからだ。
みほも、何かを感じたように灯里を見ていた。
灯里は慌てて続ける。
「もちろん、TOGⅡの話です」
「うん」
みほは小さく頷いた。
「でも、少し……いいなって思った」
「何がですか?」
「そこまで好きって言えること」
灯里はすぐには答えられなかった。
みほにとって、戦車道はまだ重いものだ。
けれど、その重さの中に、かつて好きだったものが少しでも残っているなら。
それを無理に引き出すのではなく、いつか本人が見つけられればいい。
灯里はそう思った。
「西住さんが、いつかそう思えるものを選べるといいですね」
みほは、ほんの少し目を伏せた。
「……うん」
その返事は小さかった。
でも、拒絶ではなかった。
◇
試食会が一段落した頃、杏がTOGドッグを片手にやって来た。
「いやー、いいねこれ。売れるよ」
「会長、戦車道の宣伝ではなかったのですか」
灯里が聞くと、杏は悪びれずに答える。
「宣伝にもなるし、売れるならなお良し」
「清々しいですね」
「でさ」
杏はTOGドッグの白旗を見ながら言った。
「ホットドッグだし、チーム名はいぬさんチームでよくない?」
灯里は固まった。
「TOGⅡは犬ではありません」
「でもホットドッグ出してるし」
「出せます」
「じゃあ、いぬさんチーム」
「TOGⅡは犬ではありませんが、ホットドッグは出せます。……受け入れます」
沙織が横から笑った。
「何その受け入れ方」
優花里は妙に納得していた。
「ダックスフンドのように長い車体、そしてホットドッグ……確かに、いぬさんチームは理にかなっています!」
「秋山さんまで」
灯里は少しだけ肩を落とした。
そこへ、柚子が紙を持ってきた。
「エンブレムも必要になるかもね」
灯里の目が、すっと真剣になる。
「エンブレム」
「うん。チームごとに分かりやすい方がいいし」
灯里は数秒考えた。
そして、静かに言った。
「ダックス犬がパンに挟まっているデザインが良いと思います」
桃が眉を寄せる。
「即答だな」
「TOGⅡは長いので」
「理由が長さに集約されている……」
杏は楽しそうに笑った。
「いいじゃん。可愛いし」
「可愛いだけではありません。長さ、愛嬌、ホットドッグ要素、TOGⅡらしさを兼ね備えています」
沙織が感心したように言う。
「戸郷さん、こういう時すごく早口になるね」
「TOGⅡに関することなので」
「なるほど?」
杏は紙に何かを書き込んだ。
灯里はそれに気づく。
「会長、今何を書いていますか」
「いぬさんチーム候補」
「候補ですよね?」
「今はね」
「今は」
またその言葉だった。
灯里は、嫌な予感を覚える。
その視線の先では、給食部専攻の五人が後片付けをしていた。
まどかは余った材料の分量を確認し、
すずは配膳台の片付け導線を整え、
かなえはまだ並んでいる生徒へ丁寧に声をかけ、
ちとせは重い箱を軽々と運び、
りんは手早く容器をまとめている。
息が合っていた。
まるで、最初からそういうチームだったかのように。
灯里は、ふと思ってしまった。
この五人なら、TOGⅡの中でも動けるかもしれない。
その考えが浮かんだ瞬間、杏の声が背後から聞こえた。
「ね、戸郷ちゃん」
「……はい」
「あの子たち、いい感じじゃない?」
灯里は振り向いた。
杏は、にこにこ笑っている。
「TOGⅡ、乗員五人足りないんだよね?」
灯里は沈黙した。
否定したい。
まだ早いと言いたい。
彼女たちは試食会の手伝いに来ただけだと言いたい。
けれど、五人の動きを見てしまった。
段取り。
連携。
声かけ。
力仕事。
手際。
それらは、確かにTOGⅡに必要なものだった。
灯里はTOGⅡの長い車体を見た。
そして、給食部専攻の五人を見た。
彼女たちは、まだ知らない。
自分たちが、もう半分ほど、TOGⅡの車内に片足を突っ込んでいることを。
その日の広場には、長すぎる戦車と、長いホットドッグの匂いが残っていた。
そして――。
大洗女子学園に、新しいチームの名前が、静かに書き加えられようとしていた。
作者の個人的なWorld of Tanks Blitzの話ですが…
実況などで本家はあるのを知ってましたが、PCは勿論持ってないのでモバイルで戦車ゲームが遊べないか探していました。すると、たまたま見つけて、2014年から始めてました。
当時はスマホはなかったので、iPod touchで遊んでましたね…懐かしいです。
PLVや…色んなクランがあったり…
茶戦をしたり、本当に懐かしい思い出です笑
全盛期は勝率65%でどらちもスパユニでした。多分…
ハルダウンできるアメリカツリーが好きでしたね。
今は流石に無理です笑。
現在はPCを持っているので、やっと本家を軽く遊んでいます。トークンでTOGⅡを交換しました!
流石に三優等は難しそうです…
皆さんの好きな車輌や思い出があれば教えてください!
私はT34、e25、アハ虎さんですね…