『TOGⅡで戦車道を……?』   作:きのこ大三元

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今日は4話までの投稿となります。かなり勢いで始めましたが、今後も定期的に投稿していけるように頑張ります。モチベーションのためにも、お気に入り、評価、感想お待ちしております!
きのこ


第4話「長すぎる戦車とホットドッグ」

「TOGⅡを出します」

 戸郷灯里がそう言った瞬間、秋山優花里は固まった。

 体育館の外は、戦車道説明会を終えた生徒たちでまだざわついている。

 誰もが、今聞いたばかりの戦車道という言葉について話していた。

 戦車に乗る。

 選択科目。

 食券百枚。

 遅刻見逃し二百日。

 その中で、優花里だけは別の言葉に完全に意識を奪われていた。

「TOGⅡを……出す……?」

「はい」

「TOGⅡを、実物で……?」

「はい」

「実働で……?」

「おそらく」

「おそらく!?」

 優花里は胸の前で両手を握りしめた。

 目がきらきらしている。

 灯里はその反応を見て、静かに頷いた。

「秋山さんは、TOGⅡが分かる人ですね」

「分かります! 分かりますとも! あの長大な車体、試作車両ならではの存在感、時代に取り残されたようでいて、しかし確かにロマンの塊であるあの英国戦車を……!」

 優花里はそこまで一気に言って、はっとした。

「す、すみません。つい」

「大丈夫です。続けてもいいです」

「よろしいのですか!?」

「はい。ですが、移動しながらでお願いします」

 灯里は生徒会の方へ目を向けた。

 角谷杏が、にこにこしながらこちらを見ている。

 小山柚子は書類を確認し、河嶋桃は腕を組んで厳しい顔をしていた。

「戸郷、くれぐれも校内で事故を起こすなよ」

「大丈夫です。TOGⅡは長いですが、安全運転はできます」

「その“長いですが”が不安なのだ」

「長さは事実ですので」

「そこは否定しないのだな……」

 桃は少し頭を抱えた。

 杏は気楽に手を振る。

「じゃ、戸郷ちゃん。広場の方は空けておくから、よろしくねー」

「分かりました」

「それと、ホットドッグの方も準備してるから」

 灯里は一瞬だけ足を止めた。

「……本当にやるんですね」

「やるよー。せっかくだし」

「TOGⅡは戦車です。屋台ではありません」

「でもホットドッグ出せるんでしょ?」

「出せます」

「じゃ、両方だね」

「否定しきれないのが悔しいです」

 灯里は少しだけ目を伏せた。

 この世界に来てから、TOGⅡは戦車としてだけではなく、屋台機能付きの何かとして扱われつつある。

 それは少し複雑だった。

 だが、ホットドッグをきっかけに人が集まるなら。

 そして、その人たちがTOGⅡを見てくれるなら。

 悪くない。

 そう思ってしまう自分もいた。

「秋山さん」

「はい、戸郷殿!」

「行きましょう。TOGⅡを迎えに」

「はい!」

 優花里の返事は、今まで聞いた中で一番力強かった。

     ◇

 自宅の地下ガレージへ向かう道中、優花里はずっと質問していた。

「本当にTOGⅡなのですか?」

「はい」

「どの型でしょうか?」

「おそらくTOGⅡです」

「主砲は?」

「資料では二十八ポンド砲相当とありました」

「九十四ミリ級……! す、素晴らしいです!」

「ただし戦車道用に安全調整されています」

「それはもちろんであります!」

「それと、ホットドッグ屋台セットがついています」

「……はい?」

 優花里の足が一瞬止まった。

 灯里は歩きながら続ける。

「長いパン、長いソーセージ、調理器具、保温ケース、レシピ、営業許可関係の書類らしきものまでありました」

「情報量が多すぎます!」

「私もそう思います」

「TOGⅡにホットドッグ屋台セット……?」

「はい」

「英国戦車とホットドッグ……?」

「はい」

「戸郷殿、それはもう戦車というより移動式伝説では?」

「TOGⅡは戦車です」

「ですが屋台機能が」

「戦車です」

 灯里は断言した。

 ここは譲れなかった。

 だが優花里は、むしろ感動したように頷いている。

「分かりました。戦車であり、ホットドッグも出せる。つまり多用途超重戦車でありますね!」

「……その解釈なら、まだ許容できます」

 そんな会話をしているうちに、地下ガレージへ到着した。

 灯里はカードキーを取り出す。

 扉の前に立つと、優花里の呼吸が少し早くなった。

「秋山さん、大丈夫ですか」

「だ、大丈夫であります。心の準備が、少々」

「長いですよ」

「望むところです」

 灯里は頷き、カードキーを通した。

 電子音。

 重い扉が、ゆっくり開く。

 照明が点いた。

 その中央に、TOGⅡはいた。

 長大な車体。

 重く沈む履帯。

 大きな砲塔。

 無骨で、巨大で、どこか間の抜けた、けれど圧倒的な存在感。

 優花里は、言葉を失った。

 いつもの勢いも、戦車語りも止まる。

 ただ、目を見開いて、そこに立ち尽くしていた。

 数秒。

 十数秒。

 そして、震える声で言った。

「……長いです」

 灯里は静かに頷いた。

「長いでしょう」

「本当に……本当にTOGⅡです……」

 優花里は一歩、また一歩と近づいた。

「まさか、大洗で実物を拝めるなんて……しかも実働状態で……」

 その声は、半分泣きそうだった。

 灯里は、その横顔を見て少しだけ胸が温かくなる。

 自分以外にも、この長さを見て感動してくれる人がいる。

 それだけで、TOGⅡが少し誇らしげに見えた。

「触れてもよろしいでしょうか」

「はい。優しくお願いします」

「もちろんであります」

 優花里は装甲にそっと手を触れた。

 まるで宝物に触れるような手つきだった。

「冷たい……本物の鋼の感触……」

「本物です」

「戸郷殿」

「はい」

「この出会い、一生忘れません」

「まだ乗ってもいませんよ」

「乗ってよろしいのですか!?」

「はい。仮車長として、上から周囲確認をお願いします」

 その瞬間、優花里の表情がさらに輝いた。

「仮車長……! 秋山優花里、一生の誉れであります!」

「一生を使うには少し早いです」

     ◇

 TOGⅡの発進準備は、思っていたよりも順調だった。

 整備状態は良好。

 燃料、電装、通信機器、安全装置。

 灯里が確認する項目は多かったが、どれも異常はない。

 この世界に来てまだ日が浅い。

 それなのに、灯里の身体は不思議とTOGⅡの操作を覚えているようだった。

 いや、正確には違う。

 ゲームの感覚。

 資料で読んだ知識。

 そして、なぜか染み込んでいる戦車道の基礎。

 それらが混ざって、手順が自然に浮かんでくる。

 灯里は操縦席へ座った。

 優花里は上部ハッチから身を乗り出し、周囲を確認する。

「秋山さん、周囲確認をお願いします」

「了解であります! 前方よし! 左右……長いです! とにかく長いです!」

「確認内容が感想になっています」

「申し訳ありません! ですが、長いです!」

「事実なので許可します」

 エンジンが唸る。

 巨大な車体が、ゆっくりと震えた。

 優花里が息を呑む。

「動きました……!」

「まだ震えただけです」

「それでも感動であります!」

 灯里は慎重に操作した。

 TOGⅡが、ゆっくりと前へ進む。

 履帯が床を噛む音。

 重い車体が動き出す感覚。

 ゲーム画面では決して分からなかった、本物の重量。

 灯里の胸が熱くなる。

「発進します」

「はい!」

 地下ガレージから、TOGⅡは外へ出た。

 日差しの下に、その長すぎる車体が現れる。

 すぐに、周囲の生徒たちが足を止めた。

「え、何あれ!?」

「戦車!?」

「長っ!」

「長くない!?」

「いや長いよ!」

 灯里は車内で少しだけ口元を緩める。

「見られていますね」

 上から優花里が答える。

「発見されております!」

「この場合、第六感がなくても分かります」

「目立ちすぎますからね!」

「そこが良いところです」

 TOGⅡは急がない。

 急げない、とも言う。

 だが、灯里はあえて心の中で訂正する。

 急がないのだ。

 堂々と。

 ゆっくりと。

 長い車体を見せつけるように。

 TOGⅡは、大洗女子学園の広場へ向かって進んでいった。

     ◇

 広場では、すでに生徒会が待っていた。

 角谷杏は干し芋を手に、楽しそうに立っている。

 小山柚子は人の流れを確認し、河嶋桃は安全確保のために周囲を見回していた。

 TOGⅡが姿を見せると、杏が目を細めた。

「おー、来た来た。長いねー」

「長いです」

 灯里は車体を停めてから、ハッチを開けて顔を出した。

 桃は腕を組んでTOGⅡを見上げる。

「想像以上に長いな……」

「資料通りです」

「資料で見るのと実物は違う」

「分かります」

 柚子は少し安心したように息を吐いた。

「広場を空けておいてよかったね」

「ほんとほんと」

 杏が笑う。

 その間にも、生徒たちが次々と集まってきていた。

 説明会を終えた直後の興奮に、実物の戦車。

 しかも、見たこともないほど長い。

 注目されないはずがなかった。

「何これ!」

「戦車道で使うの?」

「長すぎない?」

「写真撮っていいのかな?」

「ホットドッグって書いてある箱あるんだけど」

 最後の言葉に、灯里は少しだけ目を逸らした。

 そこへ、みほたちがやって来た。

 武部沙織は、TOGⅡを見るなり声を上げた。

「えっ、なにこれ!? 長っ!」

 五十鈴華は、両手を前で揃えて見上げている。

「とても……存在感がありますね」

 西住みほは、少し驚いたようにTOGⅡを見ていた。

「こんな戦車が……大洗に……?」

 灯里は、ハッチから降りて答えた。

「TOGⅡです」

「トグツー?」

 沙織が首を傾げる。

 優花里が即座に一歩前へ出た。

「はい! TOGⅡとは、第二次世界大戦初期にイギリスで試作された超重戦車であります! 全長十メートル級という長大な車体、重量八十トン超え、そして圧倒的な存在感を持つ、まさにロマンの結晶で――」

 優花里はそこで灯里を見た。

「続けてもよろしいでしょうか?」

 灯里は頷いた。

「秋山さん、続けてください」

「よろしいのですか!?」

「はい。TOGⅡの説明は大事です」

 沙織が小さく呟いた。

「この二人、もう仲良いね」

 華は穏やかに微笑む。

「好きなものが同じというのは、素敵なことですね」

 みほは、灯里と優花里を見て、少しだけ表情を緩めた。

     ◇

 杏が手を叩いた。

「はいはい、戦車の説明もいいけど、今日はもうひとつあるからねー」

「もうひとつ?」

 沙織が首を傾げる。

 その時、広場の端から五人の生徒がやって来た。

 全員、同じ学年くらいに見える。

 手には道具箱や保温ケース、食材の入った箱を持っていた。

 杏が灯里の方を向く。

「紹介するね。船舶経営科、給食部専攻の二年生たち」

 五人が順番に頭を下げた。

「火野まどかです」

 落ち着いた声の少女が、最初に名乗る。

 視線がしっかりしていて、手元のレシピをすでに確認していた。

「小走すずです。配膳と導線なら任せてください」

 小柄で動きの軽い少女が、周囲をきょろきょろ見ながら言う。

「呼子かなえです。呼び込みと注文整理、やります」

 明るく通る声の少女が、すでに人の流れを見ていた。

「米倉ちとせです。荷物、どこに置けばいいですか?」

 穏やかな顔をした少女が、大きな箱を軽々と抱えている。

「早見りんです。盛り付け担当でいいですか?」

 手際の良さそうな少女が、すでにトングや容器を並べ始めていた。

 灯里は五人を見た。

 生徒会から聞いてはいた。

 給食部専攻に相談する、と。

 だが、実際に来ると圧がある。

 杏がにこにこと言う。

「この子たちに、ホットドッグの試食会を手伝ってもらいまーす」

 灯里は杏を見た。

「会長。手伝い、ですよね?」

「今はね」

「今は」

 嫌な言葉だった。

 まどかがTOGⅡを見上げる。

「長いですね」

 すずも横から眺める。

「厨房、入りそう」

 かなえは人の流れを見ながら言った。

「ホットドッグ売るなら、列はこっちから作った方が詰まらないですね」

 ちとせは箱を置きながら、車体の横を見た。

「提供口は横の方がよさそうです」

 りんはもうテーブルの位置を考えている。

「保温ケースはこの辺ですか? 動線を塞がないように置きます」

 灯里は、少し感動した。

「分かってくれるんですか、この長さを」

 まどかは冷静に答えた。

「販売スペースとしては魅力的です」

「戦車としても魅力的です」

「そこは、これから勉強します」

 灯里は少し複雑な顔をした。

 TOGⅡの魅力を戦車として受け止めてほしい。

 でも、販売スペースとして魅力的という評価も、間違ってはいない。

 TOGⅡは長い。

 長いということは、使い道がある。

 たぶん。

     ◇

 TOGドッグの準備は、驚くほど早かった。

 TOGⅡに備え付けられていたレシピを確認したまどかが、すぐに指示を出す。

「ソーセージは焼きすぎると割れます。中火でいきましょう。パンは軽く温める程度で」

「了解です」

 りんが素早く返事をして、調理台を整える。

 すずは配膳台の位置を調整しながら、人の流れを見ていた。

「列はこっちから。受け取りは右側に抜ける感じで。見物の人とぶつからないようにします」

 かなえがすぐに声を張る。

「試食はこちらでーす! 一列でお願いします! まだ押さないでくださいねー!」

 ちとせは食材の箱を軽々と運んでいた。

「このくらいなら大丈夫です」

 灯里は、その動きを見て目を細めた。

 段取りがいい。

 料理をするための動き。

 配膳するための動き。

 人の流れを作るための動き。

 だが、それはどこか戦車内の連携にも似ていた。

 砲弾を渡す。

 装填する。

 情報を整理する。

 車内で役割を分担する。

 この人たち、戦車に乗ってもたぶん強い。

 灯里は、ふと思った。

 そしてすぐに首を振る。

 いや、まだ早い。

 まだ彼女たちは試食会の手伝いに来ただけだ。

 たぶん。

 おそらく。

 きっと。

「戸郷さん」

 まどかが声をかける。

「はい」

「このレシピ、かなり完成度が高いです。誰が作ったんですか?」

「分かりません。置かれていました」

「置かれていた?」

「はい。TOGⅡと一緒に」

 まどかは数秒沈黙した。

「……戦車より、そちらの方が少し怖いですね」

「私もそう思います」

 やがて、最初のTOGドッグが完成した。

 長いパン。

 長いソーセージ。

 上には丸く絞られたマッシュポテト。

 それは小さな砲塔のように見える。

 そして、その上に小さな白旗。

 沙織が真っ先に声を上げた。

「えっ、可愛い! 白旗立ってる!」

 華も目を細める。

「とても丁寧な仕上がりですね」

 優花里は感動していた。

「戦車と食が融合しています……!」

 灯里は真顔で頷く。

「TOGⅡの長さと愛らしさを表現した一品です」

 まどかが冷静に言った。

「レシピにはそう書いてありませんでした」

「今、私がそう定義しました」

「なるほど」

 まどかは、それ以上突っ込まなかった。

 大人だった。

     ◇

 試食会は、思った以上に盛り上がった。

 杏が前に出て、軽い調子で呼びかける。

「戦車道説明会記念、TOGドッグ試食でーす。材料費は生徒会持ちだから、みんな食べてってねー」

 桃が慌てて訂正する。

「これは戦車道の宣伝であって、屋台イベントではない!」

 杏は干し芋をかじりながら言う。

「両方でいいじゃん」

「よくありません!」

 柚子が苦笑しながら、列の整理を手伝っていた。

 生徒たちは次々とTOGドッグを受け取っていく。

「おいしい!」

「長い!」

「白旗かわいい」

「あの戦車の名前がTOGなの?」

「TOGドッグって語感いいね」

「戦車道ってこういうのもあるの?」

 戦車道の説明会だけでは、ここまで人は集まらなかったかもしれない。

 だが、長すぎる戦車と長いホットドッグが並んでいる。

 それはあまりにも目を引いた。

 灯里はTOGⅡの横に立ち、その光景を見ていた。

 自分だけの推しだったTOGⅡ。

 ゲーム画面の中で、敵味方から「Tooooooooog!!」と呼ばれていた戦車。

 前線に着く前に自走砲で瀕死になっていた、かわいそうで可愛い戦車。

 そのTOGⅡが、今は大洗の広場で人を集めている。

 少し、不思議だった。

 そして、少し嬉しかった。

     ◇

「はい、どうぞ」

 りんが手際よくTOGドッグを渡す。

 沙織はそれを受け取り、目を輝かせた。

「うわ、ほんとに長い! いただきます!」

 一口食べると、表情が明るくなる。

「おいしい! 普通においしい!」

 華も上品に口をつけた。

「パンとソーセージのバランスが良いですね。マッシュポテトも優しい味です」

 まどかが少し満足そうに頷く。

「ありがとうございます。レシピの指定が丁寧でしたので」

 灯里は華の食べる様子を見た。

 ひとつ目が、綺麗に消えていく。

 思ったより早い。

 そして華は、にこりと微笑んだ。

「とても美味しゅうございます」

 灯里はまどかを見た。

 まどかも灯里を見た。

 何かを察した顔だった。

「試作品のデラックス版、出しますか?」

「お願いします」

 華が少し驚いたように目を瞬かせる。

「よろしいのですか?」

「はい。試作ですので」

 りんがすぐに動く。

「デラックス一つ入ります」

 ちとせがソーセージを追加する。

「増量ですね」

 すずが皿を大きいものに替える。

「こぼれないようにこっちで」

 かなえが笑顔で言う。

「TOGドッグ・デラックス、試作入りまーす!」

 やがて出てきたのは、通常版よりさらに存在感のある一品だった。

 ソーセージ増量。

 チーズ増量。

 マッシュポテト砲塔大盛り。

 白旗二本。

 沙織が目を丸くする。

「華、それ食べるの!?」

 華は嬉しそうに受け取った。

「せっかくですので」

 灯里は真剣に頷いた。

「五十鈴さんなら、このデラックス版を正しく評価できると思います」

「光栄です」

「いや、何の評価なの?」

 沙織の突っ込みを横に、華は優雅にTOGドッグ・デラックスを食べ始めた。

     ◇

 少し離れた場所で、みほはTOGⅡを見上げていた。

 灯里はその隣に立つ。

「大きいですね」

 みほがぽつりと言った。

「長いです」

 灯里は訂正するように答えた。

 みほは少しだけ笑う。

「うん。長いね」

 その笑顔は、説明会の時より少し自然だった。

 灯里はそれだけで少し安心した。

「戸郷さんって、本当に戦車が好きなんだね」

 みほの言葉に、灯里はTOGⅡを見上げる。

「はい。特にこの子は」

「この子?」

「TOGⅡです」

 灯里は、装甲にそっと手を触れた。

「遅くて、長くて、目立って、扱いづらいです。でも、そこが好きです」

 みほは黙って聞いていた。

「欠点だらけです。でも、欠点があるから嫌いになるわけではありません」

 言ってから、灯里は少しだけ口を閉じた。

 今の言葉が、戦車の話だけに聞こえなかったからだ。

 みほも、何かを感じたように灯里を見ていた。

 灯里は慌てて続ける。

「もちろん、TOGⅡの話です」

「うん」

 みほは小さく頷いた。

「でも、少し……いいなって思った」

「何がですか?」

「そこまで好きって言えること」

 灯里はすぐには答えられなかった。

 みほにとって、戦車道はまだ重いものだ。

 けれど、その重さの中に、かつて好きだったものが少しでも残っているなら。

 それを無理に引き出すのではなく、いつか本人が見つけられればいい。

 灯里はそう思った。

「西住さんが、いつかそう思えるものを選べるといいですね」

 みほは、ほんの少し目を伏せた。

「……うん」

 その返事は小さかった。

 でも、拒絶ではなかった。

     ◇

 試食会が一段落した頃、杏がTOGドッグを片手にやって来た。

「いやー、いいねこれ。売れるよ」

「会長、戦車道の宣伝ではなかったのですか」

 灯里が聞くと、杏は悪びれずに答える。

「宣伝にもなるし、売れるならなお良し」

「清々しいですね」

「でさ」

 杏はTOGドッグの白旗を見ながら言った。

「ホットドッグだし、チーム名はいぬさんチームでよくない?」

 灯里は固まった。

「TOGⅡは犬ではありません」

「でもホットドッグ出してるし」

「出せます」

「じゃあ、いぬさんチーム」

「TOGⅡは犬ではありませんが、ホットドッグは出せます。……受け入れます」

 沙織が横から笑った。

「何その受け入れ方」

 優花里は妙に納得していた。

「ダックスフンドのように長い車体、そしてホットドッグ……確かに、いぬさんチームは理にかなっています!」

「秋山さんまで」

 灯里は少しだけ肩を落とした。

 そこへ、柚子が紙を持ってきた。

「エンブレムも必要になるかもね」

 灯里の目が、すっと真剣になる。

「エンブレム」

「うん。チームごとに分かりやすい方がいいし」

 灯里は数秒考えた。

 そして、静かに言った。

「ダックス犬がパンに挟まっているデザインが良いと思います」

 桃が眉を寄せる。

「即答だな」

「TOGⅡは長いので」

「理由が長さに集約されている……」

 杏は楽しそうに笑った。

「いいじゃん。可愛いし」

「可愛いだけではありません。長さ、愛嬌、ホットドッグ要素、TOGⅡらしさを兼ね備えています」

 沙織が感心したように言う。

「戸郷さん、こういう時すごく早口になるね」

「TOGⅡに関することなので」

「なるほど?」

 杏は紙に何かを書き込んだ。

 灯里はそれに気づく。

「会長、今何を書いていますか」

「いぬさんチーム候補」

「候補ですよね?」

「今はね」

「今は」

 またその言葉だった。

 灯里は、嫌な予感を覚える。

 その視線の先では、給食部専攻の五人が後片付けをしていた。

 まどかは余った材料の分量を確認し、

 すずは配膳台の片付け導線を整え、

 かなえはまだ並んでいる生徒へ丁寧に声をかけ、

 ちとせは重い箱を軽々と運び、

 りんは手早く容器をまとめている。

 息が合っていた。

 まるで、最初からそういうチームだったかのように。

 灯里は、ふと思ってしまった。

 この五人なら、TOGⅡの中でも動けるかもしれない。

 その考えが浮かんだ瞬間、杏の声が背後から聞こえた。

「ね、戸郷ちゃん」

「……はい」

「あの子たち、いい感じじゃない?」

 灯里は振り向いた。

 杏は、にこにこ笑っている。

「TOGⅡ、乗員五人足りないんだよね?」

 灯里は沈黙した。

 否定したい。

 まだ早いと言いたい。

 彼女たちは試食会の手伝いに来ただけだと言いたい。

 けれど、五人の動きを見てしまった。

 段取り。

 連携。

 声かけ。

 力仕事。

 手際。

 それらは、確かにTOGⅡに必要なものだった。

 灯里はTOGⅡの長い車体を見た。

 そして、給食部専攻の五人を見た。

 彼女たちは、まだ知らない。

 自分たちが、もう半分ほど、TOGⅡの車内に片足を突っ込んでいることを。

 その日の広場には、長すぎる戦車と、長いホットドッグの匂いが残っていた。

 そして――。

 大洗女子学園に、新しいチームの名前が、静かに書き加えられようとしていた。

 

 




作者の個人的なWorld of Tanks Blitzの話ですが…
実況などで本家はあるのを知ってましたが、PCは勿論持ってないのでモバイルで戦車ゲームが遊べないか探していました。すると、たまたま見つけて、2014年から始めてました。
当時はスマホはなかったので、iPod touchで遊んでましたね…懐かしいです。
PLVや…色んなクランがあったり…
茶戦をしたり、本当に懐かしい思い出です笑

全盛期は勝率65%でどらちもスパユニでした。多分…
ハルダウンできるアメリカツリーが好きでしたね。
今は流石に無理です笑。
現在はPCを持っているので、やっと本家を軽く遊んでいます。トークンでTOGⅡを交換しました!
流石に三優等は難しそうです…

皆さんの好きな車輌や思い出があれば教えてください!
私はT34、e25、アハ虎さんですね…
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