今後とも定期的に投稿していきたいです!
サンダース戦の勝利から、少し時間が経った。
大洗女子学園の掲示板には、まだ学園新聞の号外が貼られている。廊下や食堂で戦車道チームの話をする生徒も増え、強豪校を破ったという実感は、戦車道チームの外へ少しずつ広がっていた。
だが、全国大会は始まったばかり。
勝利の余韻だけに浸っている時間は長くなかった。
「次の相手は、アンツィオ高校です」
練習場の端で、みほが資料を広げる。
周囲には、あんこう、カメ、アヒル、カバ、ウサギ、いぬの各チームが集まっていた。
「アンツィオ高校は、サンダースさんとはかなり違う相手です。車両は小型で軽く、動きも速いと思います」
「CV33快速戦車を中心とした、軽快な機動戦が予想されるであります!」
優花里がさっそく目を輝かせる。
「小さくて速いって、TOGⅡとは真逆だね」
沙織が呟くと、灯里は迷わず頷いた。
「はい。相性は悪いです」
「即答ですね」
まどかが淡々と返す。
「TOGⅡで追跡することはできません」
「そこも即答なんだ」
「追えないものは追えません」
すずも操縦手として同意する。
「曲がっている間に、相手が別の道へ行きます」
「現実は、時々TOGⅡに厳しいですね」
「TOGⅡが道路に厳しい時もあります」
かなえがメモを取りながら付け足した。
みほは少し困ったように笑い、資料へ視線を戻す。
「全部の車両を追いかけるのではなく、相手がどこを通るかを考える必要があります」
「追えないなら、進路を読む」
麻子が眠そうにまとめた。
「うん。そのために、今日は普段とは少し違う訓練をします」
みほの言葉に、全員が顔を上げた。
* * *
「はいはい、今日は面白いお知らせがありまーす」
練習場へ現れた杏は、いつも通り軽い調子だった。
隣では桃が資料を抱え、柚子が書類の内容を確認している。
「会長、面白いで済ませる内容ではありません!」
「でも、面白いでしょ?」
「それは否定しませんが!」
桃が言い返しきれない横で、柚子が資料を開いた。
「戦車道連盟から、加盟校向けの訓練支援制度について案内が届いています」
「訓練支援制度でありますか?」
優花里が即座に反応する。
「簡単に言うと、レンタル戦車だね」
杏の説明に、全員が一瞬黙った。
「レンタル戦車!?」
「そ、そんな夢のような制度が!」
沙織と優花里の声が重なる。
灯里も静かに目を見開いていた。
「普段乗れない戦車へ、合法的に試乗できる制度……」
「灯里ちゃん、言い方が少し危ないよ」
「戦車を知るには、実際に触れることが一番です」
灯里は真面目だった。
「TOGⅡも、外から見るだけでは分かりません」
「乗っても、よく分からない部分がありますけど」
すずがすぐに補足する。
柚子は苦笑しながら説明を続けた。
「連盟が保管している戦車道仕様車両を、加盟校の講習や試乗、訓練へ短期間貸し出す制度です。公式戦には使用できません」
「つまり、借りた戦車で大会へ出ることはできん!」
桃が胸を張る。
「練習と教育支援専用です」
柚子が短くまとめた。
「それでも素晴らしい制度であります!」
優花里はすでに感動している。
その時、練習場の入口から明るい声が響いた。
「みんな、こんにちはー!」
蝶野亜美教官だった。
連盟のスタッフとともに、車両輸送用のトレーラーが練習場へ入ってくる。その荷台には、カバーを掛けられた一両の戦車が載っていた。
「今日は、連盟から借りた車両で、普段とは違う戦車の動きを体験してもらいます!」
「蝶野教官、説明が早いです!」
桃が叫ぶ。
「戦車は動かして覚えるものよ! でも、安全確認と説明はちゃんと聞くこと!」
「体験重視ですが、手順は守る講習ですね」
かなえが冷静にまとめた。
「その通り! グッジョブ!」
蝶野が親指を立てる。
「蝶野教官の説明を、一度で整理したであります……」
優花里が感心していた。
トレーラーが停止し、連盟スタッフが周囲の安全を確認する。
カバーの下から現れたのは、丸みを帯びた、どこか愛嬌のある戦車だった。
「……丸い」
沙織が率直に言う。
「可愛らしい形ですね」
「眠そうな顔だ」
華が微笑み、麻子がぼそりと続けた。
優花里はすでに前のめりになっている。
「AMX40であります! フランスで計画された試作戦車で、この独特の丸みを帯びた外観が――」
「なんか、アヒルっぽくない?」
典子の一言で、説明が止まった。
アヒルさんチームの四人が、揃ってAMX40を見る。
「確かに、丸いです」
「前が、くちばしっぽく見えるかも」
「アヒルさんチーム向き?」
あけび、忍、妙子が順番に感想を口にする。
灯里は真剣に頷いた。
「元祖アヒル、来航です」
「元祖なの!?」
典子が叫ぶ。
「戸郷殿、AMX40は元祖というより、外観から愛称的に――」
「秋山さん、説明が長くなりそうです」
「はっ、申し訳ありません!」
まどかに止められ、優花里は姿勢を正した。
杏はAMX40とアヒルさんチームを見比べる。
「じゃあ、最初の試乗はアヒルさんチームでいこうか」
「会長、外見だけで決めていませんか?」
「それもあるけど、八九式との違いが分かりやすそうだからね」
桃は反論しようとして、AMX40を見る。
丸く、重そうで、八九式とはまったく違う。
「……比較訓練としては、悪くないかもしれん」
珍しく納得した。
典子は拳を握る。
「よーし! アヒルさんチーム、アヒルっぽい戦車でいくぞ!」
「おー!」
四人の声が揃った。
* * *
試乗は、蝶野教官と連盟スタッフによる安全説明から始まった。
「普段の戦車とは、操作感も視界も違います。無理に速度を出さない。違和感があればすぐ止まる。変な姿勢で停止させない。オーケー?」
「はい!」
典子が元気よく返事をする。
「良い返事! でも、返事の勢いで突っ込まない!」
「はい!」
「そこも良い返事!」
蝶野は笑った。
アヒルさんチームが車内へ乗り込む。
座席の位置、視界、車体の重さ、エンジン音。どれも八九式とは違っていた。
『こちらアヒルさんチーム、乗車完了!』
「では、ゆっくり前進してください」
みほの指示で、AMX40が動き出す。
最初の一歩から、八九式とは違った。
『……あれ?』
無線越しに、典子の声が少し揺れる。
『思ったより重い!』
『八九式みたいに動きません!』
『丸いのに軽くないです!』
『でも、守られてる感じはあります!』
車内から次々と感想が届いた。
「いいわね! 戦車は、外から見ただけでは分からないのよ!」
蝶野が満足そうに頷く。
「丸いことと、軽いことは同じではありません」
「灯里ちゃん、すごく真面目に言うね」
「重要です」
AMX40は練習場をゆっくりと進む。
八九式よりも重く、視界も小回りの感覚も違う。いつもの勢いで前へ出ようとしても、車体が思った通りについてこない。
『右へ曲がります!』
AMX40がゆっくり向きを変える。
『あっ、遅い!』
『思ったより曲がりません!』
『でも、車体は安定しています!』
その動きを見ていたみほは、地図へ目を落とした。
「八九式のように動き続けるより、場所を選んで待つ方が使いやすそうです」
「待つ方?」
沙織が首を傾げる。
「重くて動きの鈍い車両は、相手を追いかけるより、相手が通る場所を先に押さえる方が良いと思います」
灯里が深く頷いた。
「間に合わないなら、最初からそこにいる」
「TOGⅡ理論だ」
「今回は、かなり正しいです」
まどかが認めると、灯里が少しだけ誇らしそうな顔になる。
「TOGⅡ理論は、実戦的です」
「常に実戦的とは限りません」
かなえがメモを取りながら訂正した。
みほは練習場の簡易コースを指す。
「まずは、相手の進路を追わずに守る訓練をしてみましょう」
* * *
簡易模擬訓練では、AMX40が曲がり角を守る役になった。
あんこうチームとウサギさんチームが周囲を動き、アヒルさんチームは指定された位置から、通過しようとする車両へ砲塔を向ける。
八九式なら、勢いよく前へ出て追いかけていただろう。
だが、AMX40では同じように動けない。
『追いたくなる!』
典子の声が響く。
「追うな」
麻子が即答した。
「冷泉さん、眠そうなのに的確です」
「追うと疲れる」
「理由は冷泉さんらしいですね」
みほは地図とM3リーの位置を見比べる。
「アヒルさんチーム、今は動かず待ってください。ウサギさんチームが右から抜けます」
『了解! 根性で待ちます!』
AMX40が停止する。
動いている時には鈍く見えた丸い車体も、曲がり角に置かれると予想以上の存在感があった。
「梓さん、右側へ」
『はい!』
M3リーが進路を変え、曲がり角へ入ろうとする。
その瞬間、AMX40の砲塔が右へ向いた。
『見えた! 撃つ……ではなく、照準だけ!』
「はい。照準確認です」
M3リーが停止し、連盟スタッフが判定旗を振る。
「ナイス! 追わずに待ったから、砲を向けられたわね!」
蝶野の声に、アヒルさんチームが沸く。
『待つ根性、成功!』
『AMX40、意外と守れます!』
『でも、動かすのは難しいです!』
「いつものアヒルさんチームとは、かなり違う動きですね」
華が静かに微笑む。
「違う戦車へ乗ると、普段自然にやっていたことが見えてくると思います」
みほも頷いた。
次は、あんこうチームのⅣ号が相手となる。
「右へ行くと見せて、左へ」
「了解」
麻子が進路を変える。
AMX40の砲塔が右へ向きかけたところで、Ⅳ号は左へ切り返した。
『あっ、追いつかない! 車体も動かします!』
焦ったアヒルさんチームがAMX40を発進させる。
だが、動き出しが重い。
車体と砲塔を動かしている間に、Ⅳ号は別の角度へ抜けた。
「はい、そこまで!」
蝶野が手を上げる。
『今のは、追いかけたら駄目でした!』
典子が悔しそうに言った。
「うん。最初の位置を、もう少し左へ寄せていたら止めやすかったと思います」
みほはAMX40の位置と進路を指で示す。
「速く動けない車両は、動き始める前の位置が大事です」
『最初の位置……』
「敵がどこへ行くのかを見てから追うのではなく、行きそうな場所を予測して待つんです」
アヒルさんチームは、無線の向こうで少し黙った。
灯里も静かに頷く。
「アンツィオ戦では、大切になると思います」
今回はTOGⅡの話から入らず、地図へ視線を向けている。
「速い車両を追っても追いつけません。なら、相手が通りたい場所を先に押さえる。TOGⅡなら、長さで進路を狭めることもできます」
「TOGⅡの場合は、本当に塞げますからね」
まどかが言う。
「はい。長いことは、進路制限に向いています」
「今日は、かなりまともなTOGⅡ語りです」
「いつもまともです」
灯里は即答した。
すずとかなえが、同時に首を横へ振った。
* * *
訓練が終わる頃には、アヒルさんチームの四人はすっかり汗をかいていた。
AMX40から降りた典子は、試乗前より少し落ち着いた顔で車体を振り返る。
「AMX40も悪くないけど……」
「やっぱり、八九式の方が動かしやすいですね」
妙子が頷く。
「装甲は頼りないけど、軽いからすぐ動けます」
「曲がる時も、八九式の方が素直です」
忍とあけびも、自分たちの戦車との違いを口にした。
典子は少し考え、両手を握る。
「八九式の軽さって、私たちの武器だったんだな」
三人が典子を見る。
「もちろん装甲も火力も足りない。でも、すぐ動ける。曲がれる。小さい場所へ入れる」
それは、AMX40へ乗ったからこそ見えた八九式の長所だった。
「よし! アヒルさんチームは、八九式で根性だ!」
「おー!」
いつもの声が戻る。
「他の戦車を知ることで、自分たちの戦車も分かるんだと思います」
みほは、四人の様子を見て微笑んだ。
「AMX40にはAMX40の良さがあります。八九式には八九式の良さがあります」
灯里も二両を見比べる。
「TOGⅡには?」
沙織が尋ねた。
灯里は少し考え、真顔で答える。
「長さがあります」
「最後だけ長さなんだ」
「長さは、個性の中心です」
沙織が笑った。
蝶野がアヒルさんチームの前へ歩いてくる。
「良い体験になった?」
「はい! AMX40へ乗って、八九式のありがたみが分かりました!」
「グッジョブ! それが大事なのよ」
蝶野は親指を立てる。
「別の戦車を動かすと、自分の戦車の癖も見えてくる。普段何に助けられているのか、何を無理にやっていたのか。それを次の試合へ活かしなさい」
「はい!」
典子たちの返事が揃った。
「相手は速いんでしょう? 全部追いかけようとしないこと」
蝶野の言葉に、みほの表情が引き締まる。
「はい」
灯里は、AMX40の前へ立っていた。
「遅くて、丸くて、愛嬌があります」
「そして、扱いづらいです」
近づいてきたまどかが補足する。
「戸郷さん、褒めていますか?」
「もちろんです。TOGⅡにも通じるものを感じます」
「また魂の話になりました」
すずが言う。
「試作車両には、独特のロマンがあるであります!」
優花里も加わった。
「優花里も乗った」
沙織が笑う。
遠くから見ていた杏は、のんびりと呟く。
「大洗、変わった戦車に好かれてるねー」
「変わった戦車ではありません」
灯里がすぐに訂正する。
「個性が長い戦車と、個性が丸い戦車です」
「それ、ほとんど同じ意味じゃない?」
「違います」
灯里は真剣だった。
* * *
訓練後、生徒会は連盟から届いた資料を改めて確認していた。
「レンタル料は安くありませんが、教育支援枠なら、今後も何度か利用できそうです」
柚子が費用欄を指す。
「大洗は車両数が少ないし、使えるものは使いたいよね」
杏は気軽に言う。
「壊した場合は修理費が発生する! 貴様ら、丁寧に扱え!」
桃が声を張った。
「広報が撃つより安全だ」
「冷泉!」
「事実だ」
「事実でも、言っていいことと悪いことがある!」
杏が楽しそうに笑い、柚子は困った顔で桃をなだめる。
みほは資料に目を通した。
「必要に応じて、また利用させてもらいましょう。戦車を知ることは、相手の戦い方を考えることにも繋がると思います」
「今日のアヒルさんチームも、良い経験になったようですね」
華が頷く。
「別の車両へ乗ることで、八九式の特徴を再確認できたであります!」
優花里も嬉しそうだった。
灯里は少し考える。
「次は、長い車両を借りたいですね」
「TOGⅡより長いの、ある?」
杏が尋ねた。
「探します」
「探さないでください」
まどかが即座に止める。
「練習場へ入らなくなる可能性があります」
かなえも現実的だった。
「TOGⅡだけでも、曲がる場所を選びます」
すずが続ける。
「長さは計画的に扱うべきですね」
灯里は残念そうに頷いた。
「では、今回は保留にします」
「今回は?」
沙織が聞き返したが、灯里は聞こえないふりをした。
* * *
夕方の練習場には、少し涼しい風が吹いていた。
AMX40は連盟スタッフの点検を受け、アヒルさんチームは自分たちの八九式を囲んでいる。
「八九式、やっぱりいいな!」
「軽いって大事ですね」
「すぐ動けるのは、私たちの強みです」
「待つ戦いも、勉強になりました」
典子が八九式の車体を軽く叩く。
「次も頼むぞ、八九式!」
その声に、みほは少し嬉しそうに笑った。
灯里はTOGⅡの横へ戻っていた。
長い車体。遅い足。重い旋回。
扱いやすい戦車ではない。
けれど、どの戦車にも得意なことと苦手なことがある。重要なのは、それを理解し、癖ごと戦い方へ変えることだった。
みほは資料を閉じる。
「次戦、アンツィオ高校」
「小型で軽快な車両を、多数運用する学校であります」
優花里が続けた。
みほは練習場に並ぶ戦車を見渡す。
「今日の訓練を活かしましょう。追えない相手には、追わない戦い方を考えます」
灯里も頷いた。
「TOGⅡは追いません」
沙織が続きを待つ。
「待ちます。塞ぎます。そこにいます」
「それ、ほとんど止まってるよね?」
「止まることも、戦車道です」
灯里は真顔だった。
「眠ることも戦車道ならいいのに」
「それは少し違うと思います」
麻子へ、華がやんわりと返す。
皆の笑い声が、夕方の練習場へ広がった。
次の相手は、速く、小さく、賑やかなアンツィオ高校。
TOGⅡでは追えない。八九式も、正面からの撃ち合いには向いていない。
だからこそ、考える。
追うのではなく、進路を読む。
追いつくのではなく、相手が通る場所を押さえる。
大洗女子学園の二回戦へ向けた準備は、もう始まっていた。