『TOGⅡで戦車道を……?』   作:きのこ大三元

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久しぶりにストックを切らしてしまって、少し間隔が空きました…
帰省も終わったのでまた更新していきます!


第36話「夏の日と、知らない戦車」

 優花里が持ち帰った映像が止まってからも、会議スペースのホワイトボードには四種類の車輌名が残っていた。P40。セモヴェンテM41 da 75/18。CV33。そして、Semovente L40 da 47/32。

 

 第2回戦から最大十二輌。アンツィオ高校がその枠をすべて使うなら、大洗が相手にする車輌は一回戦より増える。それだけでも厄介なのに、P40と二輌のL40は、これまでのアンツィオにはなかった戦力だった。

 

 みほは優花里が撮影したP40の映像を一度止め、机の上に広げられた資料へ目を落とした。写真と簡単な諸元はある。しかし、欲しいのはそこから先だった。

 

「P40について、もう少し詳しい資料が欲しいね」

「はい。手持ちの資料にも載ってはいるのでありますが……」

 

 優花里が鞄から何冊かの戦車資料を取り出す。ページをめくれば写真も数値も出てくる。ただ、今回がアンツィオでの初投入なら、戦車道で実際にどう使われるのかという記録はほとんどない。

 

「今回が初出場なら、戦車道での運用記録は少なそうですね」

 

 華が言う。

 

「そうだね。車輌そのものが分かっても、アンチョビさんがどう使うかは別だから」

 

 みほは映像を見直した。静止した画面の中で、アンチョビがP40の上に立っている。その周りには歓声を上げる生徒たち。数字には表れない部分だったが、あの車輌がアンツィオにとってどれだけ大きな存在なのかは十分伝わってくる。

 

 その横で、灯里も腕を組んでいた。

 

「私もP40自体は知っています」

 

 桃が振り向く。

 

「なら話が早いじゃないか。知っていることを全部言え」

「知識の中心はゲームです」

「ゲーム?」

 

 灯里は頷いた。

 

「装甲や火力、機動力の傾向は分かります。どこが厚くて、どういう砲を持っていて、どの程度動けるのか。ただし、それはゲーム上で整理された性能です。実際に戦車道用として整備された車輌を、同じものとして扱うのは危険です」

 

 灯里は手元のメモに項目を書き足していく。

 

「整備状態。使用する弾種。戦車道仕様での安全対策。アンツィオ側の独自調整。乗員の練度。そして、一番大きいのは、アンチョビさんがどう使うのかです」

「なるほどな……」

 

 桃が少し不満そうながらも頷いた。

 

「じゃあ戸郷ちゃんでも、見ただけで全部分かるわけじゃないんだねー」

 

 杏が干し芋を口に運ぶ。

 

「はい。TOGⅡなら、かなり分かります」

「そこは聞いてないよー」

 

 みほは少し笑った。

 

「でも、ゲームで知っているからこそ、実際の資料と比べることはできそうだね」

「それなら可能です。違うところが見つかれば、その違いも情報になります」

 

 知識があるから答えが分かるのではない。知識があるから、何が分からないのかを見つけられる。少なくとも今の灯里には、そのくらいの距離感がちょうどよかった。

 

 そこで杏が、ぽんと手を叩いた。

 

「歴女ちゃんたちの家なら、何かあるんじゃない?」

「確か、古い軍事資料をかなり集めていましたね」

 

 柚子が思い出したように頷き、書類の横から一枚の紙を取り出した。そこには、手描きの道と目印らしきものが並んでいる。

 

「これ、住所を聞いて地図にしてみました」

 

 灯里は受け取って眺める。大通りから曲がる位置、自動販売機、犬の置物。妙に生活感のある目印ばかりだった。

 

「手描きなんですね」

「はい。たぶん、これで着けると思います」

「たぶん?」

 

 みほが少し不安そうに聞く。

 

「大丈夫大丈夫。隊長と補佐で調査よろしくねー」

「たぶんで行かせるな!」

 

 桃の声が会議スペースに響いた。

 

 結局、次の休日に、みほと灯里が歴女チームの家を訪ねることになった。

 

 * * *

 

 休日の学園艦は、朝から夏の日差しに焼かれていた。

 

 雲は少なく、頭上には青空が広がっている。道路の向こうでは景色がわずかに揺らぎ、街路樹では蝉が途切れることなく鳴き続けていた。海の上にいるはずなのに、潮風よりも先に熱気が肌へまとわりつき、制服の布地まで少し重く感じる。

 

 待ち合わせ場所へ着いた灯里は、制服の襟元を指で少し引いた。

 

「最近、本当に暑いですね……」

「そうかな?」

 

 隣に立つみほは、思ったより平然としていた。同じ大洗女子学園の制服姿で、日差しを受けている条件もほとんど変わらない。それなのに、灯里ほど暑そうには見えない。

 

「西住さん、平気なんですか?」

「暑いとは思うけど、これくらいなら」

 

 灯里は少し感心した。

 

「さすが熊本県育ちですね」

「え? そういうものなのかな……」

「少なくとも私は負けています」

「勝負だったの?」

 

 灯里は答える代わりに、肩から下げていた長いダッフルバッグを地面へ置いた。

 

「なので、対策を用意しました」

「対策?」

 

 鞄の中から最初に出てきたのは、折り畳まれた日傘だった。

 

 灯里が広げる。

 

 横に長い。

 

「……大きいね」

「TOGⅡ型日傘です」

「TOGⅡ型?」

「長いので、二人でも使えます」

 

 実際、横に並んで入っても十分に余裕があった。二人の肩までしっかり日陰に入り、頭上から降っていた熱が一段遠くなる。

 

 みほは傘の端から端まで眺めた。

 

「日傘って、長さで勝負するものだったかな……」

「サイズと携帯性には難があります」

「そこ大事じゃない?」

「ですが、二人入れます」

「それはちょっと便利かも」

 

 灯里の表情が、ほんの少しだけ明るくなった。

 

「ありがとうございます」

「褒めたつもりでは……まあ、いいか」

 

 次に灯里が取り出したのは、小型のハンディファンだった。もちろん、横に長い。

 

「こちらはTOGⅡ型ハンディファンです」

「まだあるんだ」

「ペルチェ素子付きです。首元へ当てると冷えます」

 

 みほが恐る恐る受け取り、冷却部分を首へ当てる。

 

「……本当に冷たい」

「最近は熱中症対策が必須ですから。戦車内でも使えます」

「これは普通に欲しいかも」

「量産を検討します」

「誰が?」

 

 その問いには答えず、灯里はさらにバッグを漁った。

 

「TOGⅡロングタオルです。一番自然なのは、これかもしれません」

「うん。これは普通に便利そう」

「ありがとうございます」

 

 また少し嬉しそうだった。

 

 しかし、それで終わらない。

 

「TOGⅡ型クールネックリングです」

「長いね」

「TOGⅡ型浮き輪です」

「今使わないよね?」

「大洗各戦車型塩分補給タブレットです」

「それは普通だね」

「TOGⅡ味もあります」

「TOGⅡって何味?」

「塩味です」

「全部そうじゃないかな……」

 

 冷感シートまで出てきたところで、みほは灯里の首元にぶら下がっているクールネックリングへ目を向けた。

 

「そのクールネックリング、TOGⅡの形である必要ある?」

「あります」

 

 即答だった。

 

 みほはそれ以上聞くのをやめた。季節ものでも、TOGⅡの侵略は止まらないらしい。

 

 そして、もう一つ気になる。

 

 日傘。ハンディファン。タオル。クールネックリング。浮き輪。塩分タブレット。冷感シート。

 

 そもそも、この長いダッフルバッグのどこに全部入っていたんだろう。

 

「西住さん?」

「ううん。なんでもない」

 

 聞けば、また別の説明が始まりそうだった。

 

 二人はTOGⅡ型日傘の下に並び、柚子から渡された手描き地図を頼りに歩き始めた。

 

 * * *

 

 目的地へ向かうにつれて、住宅の間隔が少しずつ広くなっていった。学園艦の中心部にあった商店や人の声も減り、代わりに蝉の声と、時折遠くを走る車の音が目立つようになる。

 

「次の角を右……かな」

 

 みほが地図を見る。

 

「その次に、赤い自動販売機と犬の置物」

「自動販売機はありますね」

「犬の置物は……」

 

 二人で周囲を見回す。

 

 塀の上に、武将の兜を被った犬の置物があった。

 

「たぶん、これだね」

「かなり特徴的です」

「目印としては優秀だね」

「柚子先輩の地図も、かなり正確なのかもしれません」

「たぶん、がなければ安心できるんだけど」

 

 さらに進むと、遠くから甲高い音が聞こえた。

 

 カンッ。

 

 少し間を置いて、ガコンッ。

 

 二人が足を止める。

 

「今の音……」

 

 みほが耳を澄ます。

 

「砲弾の装填音に近いですね」

 

 灯里も周囲を見る。また、カンッ、と音がした。金属同士がぶつかる乾いた音は、住宅街にはあまり似合わない。

 

「休日だよね?」

「はい」

「家だよね?」

「住所上は」

 

 歩くほどに音は大きくなる。

 

 三の十五番地。

 

 やがて、二人の前に少し大きめの一軒家が現れた。高い塀に囲まれ、玄関脇には古びた木製の表札がかかっている。

 

 みほと灯里は、その表札を見た。

 

 達筆な筆文字で『おりょう』『左衛門佐』。

 

 そして、その下には筆記体で『CAESAR』『ERWIN』。

 

「……間違いなさそうですね」

「表札だけで分かるね……」

 

 さらに家の奥から、ガコンッ、とまた金属音が聞こえた。

 

 みほは少し迷ってから、玄関前で声を上げる。

 

「ごめんくださーい!」

 

 少しすると、扉が開いた。

 

「待ってたぜよー」

 

 最初に顔を出したのは、おりょうだった。

 

 休日なので制服ではない。ただし、私服になっても幕末っぽさはあまり減っていない。その後ろから、和風の上着を着た左衛門佐、ミリタリー色の強い服装のエルヴィン、そしてローマ風の意匠が入ったシャツ姿のカエサルも現れる。

 

 私服になっても、誰が誰なのか一切迷わない。

 

「会長から話は聞いている」

 

 カエサルが言う。

 

「アンツィオの戦車を調べたいんだろう?」

 

 エルヴィンも続けた。

 

「はい。P40と、追加されたL40について調べたくて」

 

 みほが答える。

 

「助かります」

 

 灯里も頭を下げた。

 

「入るぜよ。外は暑いき」

 

 おりょうに案内され、二人は家の中へ入った。

 

 家の中も、歴女チームらしかった。

 

 廊下には古地図の複製が飾られ、棚には歴史書と軍事資料がぎっしり並んでいる。部屋の隅には何に使うのか分からない兜、その向かいには欧州の古いポスター、その下には時代も国籍もばらばらの戦車模型。さらに奥では、さっき聞こえた金属音の正体らしい装填練習用の器具が置かれていた。

 

 四人分の趣味が一軒の家に詰め込まれ、それぞれ違う方向を向いているのに、不思議と一つの部屋として成立している。

 

「家でも練習してるんだね」

 

 みほが感心する。

 

「日々の鍛錬は重要だ」

 

 エルヴィンが当然のように答える。

 

「近所から苦情は来ないのですか?」

 

 灯里が尋ねる。

 

「昼間だけにしている」

 

 左衛門佐が真面目に言った。

 

「配慮されているんですね」

 

 居間へ案内されると、おりょうがお茶を用意し、その間にエルヴィンとカエサルが奥へ消えた。

 

 少しして戻ってくる。

 

 ドサッ。

 

 机の上に資料が積まれる。

 

「こんなにあるんだ……」

 

 みほが目を丸くする。

 

「イタリア関係だけでこのくらいだ」

 

 エルヴィンが答えた。

 

 さらにカエサルが別の束を持ってきて、机の空いていた部分へ置く。

 

 ドサッ。

 

 灯里は資料の山と床を交互に見る。

 

「かなりありますね」

「まだあるぞ」

「床は大丈夫でしょうか」

 

 左衛門佐が少し考える。

 

「まだ耐えている」

「まだ……」

 

 みほが小さく繰り返した。

 

 おりょうがお茶を置く。

 

「前に一回、棚が負けたぜよ」

「棚は負けたんですね」

「戦とは時に無情だ」

 

 灯里は、せめて今日だけは床が勝ち続けることを静かに祈った。

 

 * * *

 

 調査は、思ったより早く壁にぶつかった。

 

 みほが一冊目を開く。

 

「……」

 

 灯里も横から見る。

 

「……」

 

 文章はイタリア語だった。

 

 別の資料を開く。

 

 これもイタリア語。

 

 さらに別の資料。

 

 やはりイタリア語。

 

「読めないぜよ」

 

 おりょうがあっさり言った。

 

「資料はあるのに」

 

 みほが困ったように笑う。

 

「スマートフォンの翻訳機能を使いましょう」

 

 灯里が端末を取り出した。カメラ翻訳を起動し、ページへ向ける。画面上に日本語が重なり、『戦闘重量』『装甲』『車輌』『武装』といった単語が断片的に浮かび上がった。

 

「大まかには読めます」

「細かい部分がちょっと怪しいね」

「はい。重要部分を機械翻訳だけに任せるのは危険です」

 

 すると、横からカエサルが資料を覗き込んだ。

 

「ここは戦闘重量と装甲について書いてある。その次は武装だな。こっちは機関系についてだ」

 

 みほが顔を上げる。

 

「読めるの?」

「イタリア語とラテン語なら多少な」

 

 何でもないことのように答える。

 

 灯里は素直に感心した。

 

「流石です」

「カエサルだからな」

 

 エルヴィンが頷く。

 

「理由になってるのかな……」

 

 みほは少し首を傾げた。

 

 それでも、調査は一気に進み始めた。

 

 文章全体はスマートフォンで翻訳し、意味の取りづらい部分や重要な数値はカエサルが原文を確認する。灯里は自分の知っているゲーム上のP40と照らし合わせ、みほは諸元そのものではなく、それをアンツィオがどう戦術へ変えるかを考えていく。

 

 数字を知ることが目的ではない。

 

 必要なのは、アンツィオが何をしてくるかだった。

 

「少なくとも、CV33とは全然違うね」

 

 みほは資料に付箋を貼った。

 

「はい。アンツィオにとっては、正面から圧力をかけられる貴重な車輌です。今までみたいに小さい車輌だけを基準に考えると、危険ですね」

 

 P40が一輌加わるだけで、アンツィオの戦い方は変わる。CV33で動き回り、相手の意識を散らしたところへP40やセモヴェンテを押し込む。逆に大洗がP40だけを警戒すれば、その周囲を走る小型車輌に陣形を崩されるかもしれない。

 

 重い一輌と、軽い多数。

 

 どちらか一方だけを見れば、もう一方が自由になる。

 

「P40を中心にして、その周囲をCV33が動く形かな」

「その可能性が高いと思います」

 

 みほはしばらく資料を見て、それから灯里へ視線を向けた。

 

「TOGⅡなら、P40を止められる?」

 

 灯里はすぐには答えなかった。

 

 ゲームなら、装甲値と貫通力を比べればいい。どの距離なら抜ける。どこを狙えばいい。そういう答えが数字で出る。

 

 でも、今考えなければならないのは、数字の中のP40ではない。

 

 アンチョビが乗せ、アンツィオが整備し、戦場で動かすP40だった。

 

「受け止めることはできます」

 

 灯里は慎重に答えた。

 

「ですが、P40だけを見ていると危険です」

 

 みほもすぐに察する。

 

「L40……」

「はい」

 

 資料の山から、今度は小型自走砲のページが開かれた。

 

 Semovente L40 da 47/32。

 

 小さい。低い。火力そのものは、P40ほどではない。けれど、その小ささは隠れやすさになり、機動の自由にもなる。山岳と荒地が混ざる次の試合会場なら、車体を隠せる場所も少なくない。

 

「待ち伏せには向いていそうだね」

 

 みほが地形図を思い出しながら言う。

 

「はい。TOGⅡから完全に見えない場所へ入られる可能性もあります」

「側面にも回りやすそう」

「こちらがP40へ意識を向けている間なら、なおさらです」

 

 灯里は自分のメモに、大きく『履帯』と書いた。

 

「TOGⅡにとっては、こちらも厄介です」

「履帯を切られたら、通路を塞ぐ場所まで動けなくなるね」

「はい。TOGⅡは遅いですが、動けないわけではありません。完全に止められるのは困ります」

 

 みほが少し笑う。

 

「昨日も言ってたね」

「重要なので」

「遅いのと、動けないのは違う?」

「はい」

 

 灯里は真剣だった。

 

 TOGⅡが遅いことは最初から分かっている。だから先に位置を決め、敵が来る場所を読み、必要な場所へ置いておくことができる。それは欠点を前提にした使い方だ。

 

 しかし履帯を切られれば、その前提ごと崩れる。

 

 遅さは戦術に組み込める。

 

 停止は、予定外だった。

 

「じゃあ、P40を受ける時も、横を見てくれる車輌が必要だね」

「はい。一人でP40と向き合う形は避けたいです。P40を止めながらL40を警戒し、CV33まで全部見るのは無理です」

「いぬさんチームだけで全部やろうとしない?」

「しません」

 

 灯里は少し間を置いた。

 

「できませんので」

 

 みほは、少し安心したように笑った。

 

 灯里自身も、以前ならもう少し「TOGⅡなら」と考えていたかもしれない。けれど、いぬさんチームで何度も動かすうちに分かってきた。長い車体も、重い装甲も、大きな砲も、それだけでは戦術にならない。

 

 誰かが敵を見つける。

 

 誰かが退路を作る。

 

 その中の一か所に、TOGⅡを置く。

 

 それでいい。

 

 * * *

 

 資料を一通り整理した頃には、机の上のお茶もすっかり冷めていた。

 

 付箋のついた資料。翻訳した文章。みほの作戦メモ。灯里のゲーム知識との比較表。最初に積まれた山の大きさから考えれば読めた量はわずかだったが、それでも必要な輪郭は見えてきている。

 

「ありがとう。本当に助かったよ」

 

 みほが歴女チームへ頭を下げた。

 

「ありがとうございました」

 

 灯里も続く。

 

「役に立ったなら何よりだ」

 

 エルヴィンが答える。

 

 カエサルは資料を閉じながら、何気なく言った。

 

「本当なら、アンツィオに直接聞けばもっと早いんだけどな」

 

 みほが首を傾げる。

 

「知り合いがいるの?」

「ああ。小学校の頃の同級生だ。昔から戦車道をやっていてな」

 

 灯里は、黙ってその様子を見る。

 

 アンツィオ。

 

 カエサル。

 

 小学校時代の同級生。

 

 もしかして……。

 

 頭に浮かんだ人物はいた。

 

 けれど、灯里は口にしなかった。

 

 知っているからといって、先に答えを言う必要はない。その二人が再び顔を合わせる時が来るなら、それは自分が横から名前を出して始めるものではなかった。

 

「でも、今は対戦相手ですからね」

 

 灯里は、それだけを言った。

 

「直接聞くのは難しそうです」

「敵に秘密兵器の性能を教えてくれとは言えないぜよ」

 

 おりょうが笑う。

 

「それができたら偵察はいらないな」

 

 エルヴィンも頷いた。

 

「まあ、そういうことだ」

 

 カエサルは少しだけ笑って、資料を元の束へ戻した。

 

 * * *

 

「今日はありがとう!」

 

 玄関先で、みほがもう一度頭を下げる。

 

「助かりました」

「また来るといいぜよー」

 

 おりょうが手を振った。

 

「今度はもっと古い資料もあるぞ」

 

 エルヴィンが言う。

 

「もっとあるんだ……」

 

 みほは家の奥を見た。

 

「別の棚にある」

「床は?」

 

 灯里が聞く。

 

「まだ耐えている」

 

 左衛門佐が答えた。

 

「安心しました」

 

 たぶん安心してはいけない。

 

 二人が歴女宅を後にすると、夕方が近づいているとはいえ、夏の熱気はまだ道路に残っていた。蝉の声も止まず、斜めになった日差しが家々の壁と道路を橙色に照らしている。

 

 灯里は何も言わず、ダッフルバッグからTOGⅡ型日傘を取り出した。

 

 ぱっと開く。

 

 横に長い日陰ができる。

 

 今度は、みほも何も言わずにその下へ入った。

 

 灯里がちらりと横を見る。

 

「慣れました?」

「……便利なのは分かったから」

「ありがとうございます」

「でも、TOGⅡ型である必要はまだ分からない」

「そこは今後です」

「分かる日が来るんだ……」

 

 二人で並んで歩く。

 

 朝には奇妙に見えた長い日傘も、暑い帰り道では少しありがたかった。二人で入っても肩が日差しから出ない。灯里の言っていた通り携帯性にはかなり難があるが、使っている間だけなら、妙に合理的でもある。

 

 みほは歩きながら、今日まとめたメモへ目を落とした。

 

 P40。CV33。L40。

 

 それぞれ大きさも、火力も、役割も違う。だからこそ、アンツィオを一つの戦い方だけで考えてはいけない。

 

「明日から、これを想定して練習しよう」

「はい」

 

 灯里が頷いた。

 

 風が吹き、TOGⅡ型日傘の端が少し揺れる。蝉の声、遠くの店から聞こえる音、熱を持った道路。休日の学園艦には、戦車道の試合とは違う時間が流れていた。

 

 灯里は、自分の手にある資料を見る。

 

 P40は知っていた。

 

 アンツィオも知っていた。

 

 けれど、自分の知っている物語とは、もう少しずつ違っている。第2回戦からの十二輌制。追加された二輌のL40。そして、戦車道用として実際に動くP40。

 

 ゲームなら数値がある。原作なら展開を知っている。

 

 けれど、今ここにある戦車は、数字でも映像でもない。整備する人がいて、乗る人がいて、考える隊長がいる。アンチョビが何を考えるかも、L40がどこから現れるかも、ゲーム画面には書かれていない。

 

 知っていることは役に立つ。

 

 でも、知っているつもりで戦う方が、危険なのかもしれません。

 

 灯里は横を歩くみほを見る。みほは資料を読みながら、もう次の練習を考えているようだった。

 

 だからこそ、調べる。

 

 そして、実際に確かめる。

 

 次に必要なのは、訓練だった。

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