『TOGⅡで戦車道を……?』   作:きのこ大三元

56 / 64
少し間が空きましたが、また少しずつ更新していきます。
ほんと1週間あっという間ですね…


第37話「ねぇ、どんな気持ち?」

アンツィオ高校について、分かっていることは増えた。

 

 優花里と灯里が実際に学園艦へ入り、P40と二輌のSemovente L40 da 47/32を確認した。歴女チームの家では資料を漁り、ゲーム上の知識と実車の情報を照らし合わせた。第2回戦から最大十二輌という新しい条件も含めれば、少なくとも「何が出てくるか」については、以前よりずっと見えている。

 

 けれど、分かったのはそこまでだった。

 

 P40がどう動くのか。

 CV33が何輌で、どこから回り込んでくるのか。

 L40が本当に履帯を狙ってくるのか。

 

 資料を何冊読んでも、そこに答えは書かれていない。

 

 だから、大洗女子学園戦車道チームは、実際にやってみることにした。

 

 戦車倉庫前には朝から各チームの車長たちが集まり、ホワイトボードの前に半円を作っていた。中央にはみほ、その横に灯里と優花里。少し離れた場所では杏がいつものようにのんびりと立ち、桃は腕を組んで全員を睨むように見渡している。

 

 ホワイトボードには、四種類の車輌名が並んでいた。

 

 P40。

 CV33。

 セモヴェンテM41 da 75/18。

 Semovente L40 da 47/32。

 

「今日は、アンツィオ高校の車輌を想定した模擬戦をしてみたいと思います」

 

 みほが全員を見渡した。

 

「実際の車輌とは性能が違うので、あくまで動き方の確認です。小型車に回り込まれた時、P40のような正面火力のある車輌がいる時、それぞれどう対応するかを見てみたいです」

「いよいよ実戦形式か」

 

 桃が満足そうに頷く。

 

 優花里は資料を持ち上げた。

 

「P40の火力と装甲を考えますと、大洗側ではⅢ突とTOGⅡが比較的対抗しやすいと思われます!」

「正面からなら、TOGⅡにも役割があります」

 

 灯里も続ける。

 

「ですが、今回確認したいのはP40そのものより、周囲にいる小型車輌です。TOGⅡは正面を塞ぐのは得意ですが、複数方向から回り込まれるのは苦手です」

「そこまで自信満々に弱点を言うやつも珍しいな」

 

 桃が言う。

 

「知っている弱点は、対策できますので」

 

 灯里は真顔だった。

 

 みほはホワイトボードへ簡単な編成を書き込んだ。

 

「仮想アンツィオ側は、Ⅳ号、八九式、38(t)。対する側は、TOGⅡ、Ⅲ突、M3リーでいきます」

「Ⅳ号がP40役?」

 

 沙織が聞く。

 

「うん。性能は全然違うけど、今回は正面から圧力をかける役として」

「じゃあP40だから……」

 

 杏が少し考える。

 

「“ぴよぴよ”でいいんじゃない?」

「ぴよぴよ……?」

 

 みほが目を瞬かせた。

 

「会長、真面目に!」

 

 桃が声を上げる。

 

「覚えやすいじゃん。ぴよぴよ一輌、小さいの二輌」

「もう少し威厳のある仮称をですね……!」

「じゃ、ぴよぴよで決定」

「決定するんですか!?」

 

 沙織が笑いをこらえる横で、みほは困ったようにホワイトボードへ『P40役=Ⅳ号』とだけ書き直した。

 

「名前はともかく……八九式はCV33役として、機動力で相手を引っ張ってください。38(t)はL40役。なるべく地形を使って、側面から撃つことを意識してください」

「根性で走ります!」

 

 典子が拳を握る。

 

「会長、我々は隠れて待ち伏せということですね」

 

 柚子が確認する。

 

「そだねー」

「よし! 小型車輌の機動力でTOGⅡを翻弄するぞ!」

 

 桃が張り切った。

 

 杏が横を見る。

 

「桃ちゃんは砲手だけどね」

「分かっています!」

 

 その声を聞きながら、灯里はTOGⅡを見上げた。

 

 長い。

 大きい。

 重い。

 

 普段なら、それはだいたい長所として言い換えられる。

 

 今日は、その全部が少し怪しかった。

 

 * * *

 

 模擬戦開始の合図と同時に、Ⅳ号が正面方向へ進み始めた。

 

 みほたちのⅣ号は速度を抑えながら中央を進み、あえて目立つ進路を選んでいる。一方、その後ろにいた八九式と38(t)は途中で左右へ分かれ、丘の陰と林の端を使って別方向へ移動した。

 

 TOGⅡの車長席からその動きを見ていた灯里は、双眼鏡を少し下げた。

 

「分散しましたね」

『こちらカバさんチーム。P40役を追う!』

 

 無線からエルヴィンの声が飛ぶ。

 

 Ⅲ突がⅣ号の進路へ向かった。

 

「では、こちらは小型車輌役を警戒します」

 

 灯里は周囲を確認する。

 

「ウサギさんチーム、TOGⅡの側面支援をお願いします」

『了解です!』

 

 梓の返事が返ってきた。

 

「小走さん、前進。八九式を追います」

「了解です」

 

 TOGⅡが動き始める。

 

 目の前では、八九式が坂を下りながら軽快に進んでいた。

 

 距離は縮まらない。

 

 むしろ、少しずつ離れていく。

 

「分かってはいましたが、やはり速いですね」

「追いつけません!」

 

 すずが操縦席から即答した。

 

「想定内です」

「便利な言葉ですね」

 

 まどかが砲手席から返す。

 

「想定しているので」

「想定していても追いつけないものは追いつけません」

「その通りです」

 

 八九式は一度こちらを振り返るように砲塔を動かし、そのまま進路を変えた。

 

 砲声。

 

 模擬弾がTOGⅡの手前に落ちる。

 

「撃ってきました」

 

 かなえが報告する。

 

「命中はしていません」

「小さい車輌が逃げながら撃つと、想像以上に面倒ですね」

 

 灯里は落ち着いていたが、相手との距離は相変わらず縮まらない。

 

 その少し先では、38(t)が丘の陰から顔を出した。

 

『当たれー!』

 

 桃の声と同時に砲声が響く。

 

 弾はTOGⅡのかなり手前へ落ちた。

 

『なぜ当たらん!』

『桃ちゃん、止まって撃った方が……!』

 

 柚子の声が続く。

 

『あははー、仮想L40なら、もうちょっと隠れた方がそれっぽいんじゃない?』

『今それを言わないでください!』

 

 無線越しに聞こえるやり取りに、りんが思わず笑った。

 

「位置、完全に分かりましたね」

「仮想待ち伏せ車輌としては失格です」

 

 かなえが冷静に評価する。

 

「ですが、桃先輩なので次も撃ってくると思います」

 

 灯里の予想通り、また砲声がした。

 

 今度も外れた。

 

「かなり積極的です」

「命中率以外は」

 

 まどかが淡々と付け加えた。

 

 その間にも八九式は先へ進んでいく。

 

 TOGⅡが向きを変えれば38(t)が距離を取り、38(t)へ砲塔を向ければ八九式が動く。一輌一輌なら大きな脅威ではない。それでも二方向へ分かれるだけで、灯里たちが見なければならない範囲は一気に広がった。

 

 やがて追跡の末、TOGⅡは丘と林に挟まれた開けた場所へ出た。

 

 八九式が止まっている。

 

 少し離れた反対側には38(t)。

 

 灯里は後方を確認した。

 

 いるはずのM3リーがいない。

 

「……ウサギさんチームは?」

 

 かなえがすぐ無線を確認する。

 

「通信は入っていますが、距離があります。『右の丘を回っている』とのことです」

「私たちが来たのは左側です」

 

 すずが言う。

 

「逸れたんでしょうか」

「またですか」

 

 灯里は小さく息を吐いた。

 

 M3リーがいなくなったこと自体は、今までのウサギさんチームを考えれば驚くほどではない。

 

 けれど、今回は困る。

 

 TOGⅡの左右には、二輌の仮想小型車輌がいた。

 

 その一方、38(t)では桃がこちらを見ていた。

 

『よし、今だ!』

 

 無線が開いたままだった。

 

『数では向こうが一輌だ! TOGⅡは鈍い! 機動力で撹乱して撃破を狙うぞ!』

『了解! 根性で回ります!』

 

 典子の声が返る。

 

 灯里は少し間を置いた。

 

「嫌な宣言が聞こえました」

「聞かせるつもりではなかったんでしょうね」

 

 まどかが言った。

 

 次の瞬間、八九式と38(t)が左右へ分かれた。

 

「来ます」

 

 右から八九式。

 

 左から38(t)。

 

 二輌はTOGⅡへ正面から近づかず、その周囲を大きく弧を描くように走り始めた。

 

「小走さん、右へ! 装甲の薄い面をなるべく晒さないでください!」

「右ですね!」

 

 すずが操縦桿を操作する。

 

 重い車体がゆっくりと旋回を始める。

 

「火野さん、八九式を追ってください」

「了解です」

 

 砲塔が右へ向く。

 

 だが、その間に38(t)が左後方へ回り込んだ。

 

「左、38(t)!」

 

 かなえの声が飛ぶ。

 

「どっち向けばいいんですかー!?」

 

 すずが叫ぶ。

 

「右を優先――」

 

 砲声。

 

 模擬弾がTOGⅡの側面近くへ落ちた。

 

「左から来ました!」

 

 りんが声を上げる。

 

「では左――」

「八九式、右側面へ移動しています!」

 

 かなえの報告が重なる。

 

 灯里は双眼鏡を右へ振る。

 

 八九式がいる。

 

 左へ向ける。

 

 38(t)もいる。

 

 右へ車体を向けると左が空き、左へ向けば右を抜かれる。

 

「目が回りそうですね……」

 

 まどかが砲塔を動かしながら言った。

 

「こっちは砲弾持ってるので、もっと怖いです!」

 

 ちとせが弾薬を支えながら返す。

 

「揺れるー!」

 

 りんも壁へ手をつく。

 

「左右から報告が来ています! 待ってください、順番に……右が八九式、左が38(t)、八九式が後方へ――」

 

 かなえの情報整理も、普段より明らかに忙しい。

 

 TOGⅡの中が、久しぶりに分かりやすく混乱していた。

 

 強い砲もある。

 

 長い車体もある。

 

 それでも、砲塔が追いつかなければ撃てない。

 

 車体が向かなければ、守りたい面を守れない。

 

 相手が一方向から来てくれるとは限らない。

 

 灯里はしばらく二輌の動きを追った。

 

 八九式が右を通り抜ける。

 

 38(t)がその逆から回り込む。

 

 また八九式が後方へ。

 

 砲塔が追いつきかけると、相手はもう射線から外れている。

 

 どこかで見た。

 

 いや。

 

 何度も見たことがある。

 

 灯里の脳裏に、昔のゲーム画面が浮かんだ。

 

「……NDKですね」

 

 まどかが一瞬、照準器から目を離した。

 

「NDK?」

「何ですか、それ」

 

 すずも聞き返す。

 

「『ねぇ、どんな気持ち?』の略です」

 

 一同が黙った。

 

「……?」

 

 灯里は真面目に続ける。

 

「戦車ゲームでは、機動性の低い戦車の周囲を高速車輌が回り、砲塔や車体の旋回速度を上回るように動くことがあります」

 

 右から八九式が通る。

 

「撃とうとすると逃げる」

 

 左から38(t)。

 

「反対へ向くと、もう一輌が来る」

 

 また右。

 

「おそらく今、あの二輌はTOGⅡに対して――」

 

 灯里は少しだけ間を置いた。

 

「『ねぇ? どんな気持ち?』と、言っているようなものです」

 

 まどかの目が細くなった。

 

「腹が立ちますね」

「急に倒したくなってきました!」

 

 すずの声にも力が入る。

 

「士気が上がりました」

 

 かなえが淡々と報告した。

 

「説明として正しいのでしょうか」

 

 ちとせが疑問を口にする。

 

「感情的には正しいです!」

 

 りんが答えた。

 

 灯里は少しだけ笑い、それから前を見る。

 

「ただし、腹を立てて追いかけるのが一番よくありません」

「じゃあ、どうするんですか?」

 

 すずが聞く。

 

「まず、両方を同時に追わないことです」

 

 灯里は八九式へ視線を固定した。

 

「狙う車輌を一輌に決めます。八九式です」

「38(t)は?」

「今は無視します」

「撃たれますよ?」

「そこは装甲と位置で耐えます。ただし、履帯を狙われる本番なら長くはできません」

 

 灯里は車体の向きを確認した。

 

「小走さん、右旋回を継続。火野さんも砲塔を同じ方向へ」

「両方とも右ですか?」

「はい。車体旋回と砲塔旋回を重ねます。TOGⅡ単体の砲塔だけで追うよりは追従できます」

「了解です」

 

 ギギギギ、と重い音を立てながらTOGⅡが回る。

 

 砲塔も同じ方向へ動く。

 

 八九式がその外側を走っていた。

 

「まだ追いつきません!」

 

 すずが言う。

 

「分かっています。撃破まで狙わなくて構いません」

 

 灯里は双眼鏡の中で八九式の進路を見る。

 

「進路か履帯。まず、相手の動きを止めます」

「止まれば、こちらの火力を当てられますね」

 

 まどかが照準を調整する。

 

「はい」

「では、もう一輌は?」

 

 かなえが聞く。

 

 灯里は即答した。

 

「味方に任せます」

 

 一瞬、車内が静かになる。

 

 灯里は続けた。

 

「TOGⅡ一輌で、右も左も全部倒そうとする必要はありません。むしろ、それをやろうとしたから今こうなっています」

「納得しました」

 

 すずが答える。

 

「でも、味方がいません!」

「そこが今日のもう一つの反省点です」

 

 ちょうどその時、遠くから砲声が聞こえた。

 

『当たれー!』

 

 桃だった。

 

 38(t)から放たれた模擬弾は、TOGⅡの後ろを大きく外れて飛んでいく。

 

『なぜだ!』

『桃ちゃん、走りながら撃ちすぎだよー』

『会長、今は黙っていてください!』

『だから仮想L40なら隠れた方がいいってー』

『私はTOGⅡを翻弄しているんです!』

 

 灯里は少しだけ考えた。

 

「実戦なら、あのL40役はもっと嫌ですね」

「今は目立ちすぎです」

 

 まどかが言う。

 

「河嶋先輩で助かっています」

「本人には聞かせない方がいいと思います」

 

 かなえが通信音量を下げた。

 

 一方、八九式はまだ走り続けていた。

 

『根性ー!』

 

 典子の声まで聞こえる。

 

「かなり回っていますね」

 

 りんが言う。

 

「こちらもかなり回されています!」

 

 すずが返す。

 

 TOGⅡの車体がじわじわと角度を変え、砲塔が八九式を追う。

 

 あと少し。

 

 八九式が射線へ入りかける。

 

「もう少し……」

 

 灯里が呟く。

 

「照準、寄せます」

 

 まどかが息を整える。

 

 だが典子もTOGⅡの砲塔の動きを見ている。射線へ入りかけた瞬間、八九式がさらに外側へ進路を変えた。

 

「外れました」

「速いです!」

「CV33なら、もっと小さくて動きますね」

 

 かなえの言葉に、車内が少しだけ静かになった。

 

「言わないでください」

 

 灯里が答える。

 

 その頃。

 

 丘の反対側では、一台のM3リーがようやく姿を現していた。

 

「あ、いた!」

 

 車長席から梓が声を上げる。

 

「先輩たち……」

 

 あやも外を見る。

 

 その先では、TOGⅡが大きな円を描くようにゆっくり旋回し、その周囲を八九式がぐるぐる走っている。反対側には38(t)。時折砲声が鳴るものの、なかなか誰にも当たらない。

 

 ウサギさんチームはしばらくその光景を眺めた。

 

「……何やってるんだろう」

 

 誰かが言った。

 

 少し間が空く。

 

「訓練……だよね?」

 

 梓が自分に言い聞かせるように答える。

 

「たぶん……」

 

 あやが頷いた。

 

「と、とにかく行こう! 私たち、遅れてるし!」

「はい!」

 

 M3リーが前進を始める。

 

 かなえが最初に気づいた。

 

「ウサギさんチーム、来ました!」

「やっとですか」

 

 灯里は小さく息を吐く。

 

『すみませーん! 道、間違えました!』

 

 梓の声が無線から入った。

 

「分かっています。38(t)をお願いします」

『了解です!』

 

 M3リーが38(t)へ向かう。

 

 それだけで、状況が変わった。

 

 38(t)はTOGⅡの周囲を自由に回れなくなり、M3リーへ意識を向けなければならない。TOGⅡが見るべき相手は八九式だけになる。

 

「楽になりました」

 

 かなえが言う。

 

「情報量が半分です」

「こっちも向く方向が一つになりました!」

 

 すずも声を上げる。

 

「照準、追いつきます」

 

 まどかが静かに言った。

 

 TOGⅡの砲塔が八九式へ向く。

 

 八九式はまだ走っている。

 

 しかし、先ほどとは違う。

 

 こちらは右だけを見ればいい。

 

 車体と砲塔を同じ方向へ回し続ければいい。

 

 灯里は八九式の進行方向を見る。

 

「火野さん、車体ではなく、その少し前を」

「進路を撃ちます」

「はい」

 

 照準が止まる。

 

「撃てるなら、今です」

 

 まどかが引き金を引いた。

 

 砲声。

 

 模擬弾は八九式そのものではなく、そのすぐ前方へ着弾した。

 

『うわっ!?』

 

 典子が反射的に進路を変える。

 

 八九式の速度が落ちた。

 

「止まりました」

 

 灯里が言う。

 

「完全ではありませんが、十分です」

 

 ここで、みほから終了の無線が入った。

 

『そこまで! 訓練終了です!』

 

 TOGⅡの車内で、全員が一斉に息を吐いた。

 

「疲れました……」

 

 すずが操縦席へ少し沈む。

 

「普通に撃ち合うより疲れた気がします」

 

 ちとせが言う。

 

「ぐるぐるしすぎです」

 

 りんも同意する。

 

 灯里は外を見る。

 

 遠くでは八九式が止まり、典子たちがこちらへ手を振っている。反対側では38(t)とM3リーも並んで止まっていた。

 

 本物のCV33なら、もっと小さい。

 

 本物のL40なら、桃のように派手に撃ちながら走ってはくれないだろう。

 

 つまり、今より難しい。

 

 その事実だけは、嫌になるほどよく分かった。

 

 * * *

 

 夕方。

 

 模擬戦を終えた各車輌が、順番に戦車倉庫へ戻されていった。

 

「本日の訓練はここまで! 各自、今日の反省点を確認しておけ!」

 

 桃の声に、

 

「お疲れさまでしたー!」

 

 という返事が重なる。

 

 戦車倉庫前では、各チームの代表がもう一度集まっていた。みほは練習中に取ったメモを見ながら、一つずつ確認していく。

 

「今日は、追いかけるだけだと駄目だって分かったね」

「はい」

 

 灯里が頷く。

 

「TOGⅡは小型車輌を追えません」

「知ってはいたけど、実際にやるとかなり大変だったね」

「想像以上でした」

 

 みほは八九式と38(t)の動きを簡単に図へ書いた。

 

「二方向へ分かれられた時、一番困ったのは?」

「両方を同時に見ようとしたことです。右へ向けば左、左へ向けば右。TOGⅡの旋回では追いつきません」

 

 灯里は図の中央へTOGⅡを書き、その横に一本の線を引く。

 

「本番では、追わずに通路を塞ぐ。どうしても回り込まれたら、狙う相手を一輌に絞る。撃破ではなく、履帯や進路を狙って動きを止める」

「もう一輌は?」

「味方に任せます」

 

 みほが頷いた。

 

「それが一番大事かもしれないね」

 

 少し離れた場所で、梓たちが気まずそうに立っている。

 

「それから……」

 

 みほがそちらを見る。

 

 ウサギさんチーム全員が背筋を伸ばした。

 

「TOGⅡを支援するチームが途中でいなくならないこと」

「すみませんでした!」

 

 梓が頭を下げる。

 

「あの丘、右から回るのか左から回るのか分からなくなって……」

「報告はしていましたけど、距離が離れすぎていましたね」

 

 優花里が言う。

 

「でも、戻ってきてからはかなり楽になりました」

 

 灯里がフォローする。

 

「本番では、最初からTOGⅡを孤立させないようにしよう」

「はい!」

 

 梓が力強く返事をした。

 

「結局、一輌で全部やろうとするのが一番駄目なんだね」

 

 沙織が言う。

 

「そうだと思う」

 

 みほは小さく笑った。

 

 灯里もTOGⅡを見る。

 

「長いので、つい全部塞げそうな気がしますが」

「気のせいだ」

 

 麻子が即答した。

 

「はい」

 

 灯里も素直に認めた。

 

 * * *

 

 車庫の中では、いぬさんチームも今日の反省を続けていた。

 

 TOGⅡの長い車体の横に六人が集まり、かなえが手元のメモへ気づいたことを書き込んでいる。まだ熱の残る車体からは、金属と油の匂いがした。

 

「二輌に回られると、どうしていいか分からなくなりますね」

 

 すずが最初に言った。

 

「右を向いたと思ったら、すぐ左でした」

「狙う相手を一輌に決めてからは、かなり楽でした」

 

 まどかが答える。

 

「照準する対象が一つなら、追うことはできます。撃破できるかは別ですが」

「通信も同じです」

 

 かなえがメモを見る。

 

「右、左、後方と全部を同時に処理しようとした時が一番混乱しました。味方が一方向を担当してくれれば、必要な情報も減ります」

「ウサギさんチームがいなくなった時は、かなり困りましたね」

 

 ちとせが言う。

 

「次は迷子にならないでほしいです!」

 

 りんが元気よく続けた。

 

「はい」

 

 灯里は全員を見渡した。

 

「今日、一番大事だったのはそこだと思います」

 

 すずが首を傾げる。

 

「迷子ですか?」

「違います」

 

 灯里はTOGⅡの側面へ手を触れた。

 

「TOGⅡは、一輌で全方向を守れる戦車ではありません」

 

 長い車体。

 

 大きな砲。

 

 重い装甲。

 

 それでも、後ろにも横にも同時には向けない。

 

「だから、味方と一緒に戦う必要があります。こちらが正面を塞いでいる間に側面を見てもらう。こちらが一輌を止めている間に、もう一輌を任せる。その方がTOGⅡは強くなります」

「戸郷さんが珍しく、TOGⅡだけで何とかすると言いませんでした」

 

 まどかが言う。

 

「私も成長しています」

「TOGⅡではなく?」

「両方です」

「TOGⅡは成長しません」

「概念的には」

「物理的にはしません」

 

 いつもの調子へ戻った会話に、りんが笑った。

 

 かなえは最後に、メモへ一行を書き加える。

 

『単独行動しない』

 

 灯里はそれを見て頷いた。

 

 かなり単純だった。

 

 でも、今日一日ぐるぐる回された結果としては、それで十分だった。

 

 * * *

 

 戦車倉庫の外へ出る頃には、日が大きく傾いていた。

 

 昼間の暑さはまだ地面に残っているが、吹いてくる風には少しだけ夕方の涼しさが混ざっている。格納庫の前には、整備を終えた戦車が並んでいた。

 

 アンツィオについて、調べた。

 

 実際に見た。

 

 資料も読んだ。

 

 そして、想定して動いてみた。

 

 それでも、まだ本物とは戦っていない。

 

 灯里はTOGⅡを見上げた。

 

 本物のCV33は、今日の八九式よりずっと小さい。

 

 P40が実際にどこへ出てくるのかは分からない。

 

 L40も、桃の38(t)のように「当たれー!」と叫びながら位置を教えてくれるわけではない。

 

 予想通りになる保証は、どこにもなかった。

 

 けれど、一つだけ確かなことがある。

 

 追いつけないなら、追わなければいい。

 

 一人で全部を相手にせず、味方と戦えばいい。

 

「灯里さん」

 

 声に振り向くと、みほが立っていた。

 

 その手には、今日の訓練で使ったメモがある。

 

「次は、本番だね」

「はい」

 

 灯里も頷いた。

 

 調べる段階は終わった。

 

 練習もした。

 

 あとは、実際の相手がどう動くかを見るしかない。

 

「アンツィオ戦です」

 

 夏の夕暮れの中、長いTOGⅡの影が戦車倉庫の前へ伸びていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。