試合開始の信号弾が上がってから、アンツィオ高校の動きは早かった。
P40を中心とした本隊が正面方向へ進む一方、六輌のCV33と三輌のセモヴェンテ、二輌のL40は地形へ紛れるように散っていく。森林と丘陵が入り交じる今回の会場は、小型車輌にとって動きやすく、大洗にとっては相手の全体像を掴みにくい地形だった。
そのさらに前、大洗が通りそうな二ヶ所には、すでにアンツィオ側の準備が終わっていた。
「よーし! これで完璧っす!」
木々の間で、ペパロニが満足そうに腰へ手を当てる。
その目の前には、遠目からなら戦車に見えなくもない板張りの偽装車輌が並んでいた。塗装も施され、茂みや木陰から半分だけ見えるように置かれている。
いわゆる、マカロニ作戦。
大洗に偽の戦車を発見させ、そちらへ注意を向けたところを別方向から本物の車輌で挟み込む。単純ではあるが、地形と小型車輌の機動力を生かすアンツィオらしい罠だった。
「こっちに五個。向こうにも五個。あと予備が……」
ペパロニは残っていた偽装車輌へ目を向ける。
「まあ、置けるだけ置いた方が安心っすよね!」
予備まで全部並べた結果、当初の予定よりかなり多くなっていた。それでも本人は満足そうに頷く。
「よし! 完璧!」
この時点では、アンチョビはまだその事実を知らなかった。
* * *
大洗側も、最初からまとまって動いてはいなかった。本隊の前方と左右へ偵察を出し、アヒルさんチームとウサギさんチームがそれぞれ別方向を確認している。その後方をⅣ号、Ⅲ突、38(t)、TOGⅡが距離を保ちながら進んでいた。
TOGⅡは相変わらず速くない。けれど、今日の灯里はそれを気にしていなかった。
「小走さん、今の速度を維持してください」
「はい。このくらいなら周りにも合わせられます」
「無理に前へ出なくていいです。偵察組の報告を待ちます」
車長席から周囲を見ながら、灯里は無線へ耳を傾ける。林が深く、見通しの悪い場所ではCV33どころかL40の低い車体も簡単に消える。第37話の訓練で、動く小型車を追うことがどれだけ無駄かは十分思い知らされていた。
だから今日は探し回らない。見つけた側が報告し、本隊が位置を把握する。それが最初の約束だった。
『こちらアヒルさんチーム! 敵戦車発見! 左前方、林の奥です!』
典子の声が無線へ飛び込んできた。みほがすぐに地図へ印をつける。
「数は分かりますか?」
『木の陰で全部は見えません! でも複数います!』
その直後、別の通信が重なった。
『こちらウサギさんチーム! こっちにも敵がいます!』
梓だった。
「位置をお願いします」
『右側の丘の下です! こっちも何輌か……かなりいます!』
みほがもう一つ印を書き込み、優花里も横から地図を覗き込む。
「左右両方に展開しているのでありますな」
「うん……」
みほは返事をしながら、ペン先を止めた。灯里もその様子を見る。
アヒルさんチームとウサギさんチーム、それぞれの推定数はまだ正確ではない。それでも、妙だった。
「……おかしい」
「どうしました、西住殿?」
優花里が聞く。
みほは地図から目を離さずに答えた。
「数が合わない」
灯里も地図へ目を落とす。偵察組が見つけた車輌らしき影をそのまま全部数えると、アンツィオが今回投入している十二輌を簡単に超えそうだった。しかも、本隊らしきまとまった動きはまだ見えていない。
「増えていますね」
「うん。しかも本隊がまだ見えてない」
みほは少し考えた。
灯里にも何となく答えは見えていた。アンツィオ、この地形、数の合わない敵影。原作の記憶をたどれば、かなり近いところまで来ている。
けれど、灯里は口を閉じた。みほがすでに違和感へ気づいているなら、ここで自分が答えを先に言う必要はない。
少しして、みほが無線を取る。
「ウサギさんチーム」
『はい!』
「確認のため、その敵へ遠距離から一発撃ってみてください。近づかなくていいです」
『撃っていいんですか?』
「うん。反応を見るだけで大丈夫」
『了解です!』
少し間が空き、遠くから砲声が響いた。
ドン――!
M3リーの砲弾が、丘の下に見えていた車輌らしき影の近くへ着弾する。
『……動きません』
梓の声。
「もう一発だけ」
『はい!』
二発目はもう少し近くへ落ち、着弾の衝撃で茂みの奥にあった影がぐらりと傾いた。
『あっ! 倒れました!』
『戦車じゃない!』
『板です! 偽物です!』
優花里の目が輝く。
「デコイであります!」
みほはすぐにアヒルさんチームへ切り替えた。
「アヒルさんチーム、そちらの敵も本物か確認してください。近づきすぎないように」
『了解!』
しばらくして、左側からも報告が来る。
『こっちも偽物です!』
『根性で立ってるだけです!』
「根性ではないと思います」
華が小さく言った。
「でも、これで数が合うね」
沙織が地図を見る。
「じゃあ、なんでわざわざ偽物を……」
みほは地図の左右へ置かれた二つの印を見た。その間には大洗本隊が進むはずだった経路があり、ちょうど挟み込める位置関係になっている。
「私たちを、ここへ引きつけるため」
みほが言った。
「偽物を見つけた私たちが左右へ戦力を割いたところを、本物が別方向から挟むつもりなんだと思う」
優花里が頷く。
「なるほど! 偽の敵影に注意を向けさせ、その間に本隊で包囲するのでありますな!」
「マカロニですね」
灯里がぽつりと言った。
「マカロニ?」
沙織が聞き返す。
「いえ。アンツィオらしい作戦だと思っただけです」
これ以上は説明しなかった。
みほはすぐに無線を開く。
「アヒルさんチーム。そのまま左側を警戒してください」
『了解!』
「ウサギさんチームは右側。本物の車輌が出てくるはずです。見つけても無理に追わず、位置と進行方向を知らせてください」
『分かりました!』
第37話で何度も確認した「無理に追わない」という方針が、そのまま実戦へ持ち込まれている。
「本隊は?」
杏が聞く。
みほは地図の中央へ視線を移した。
「私たちはP40を探します」
灯里も頷く。P40はアンツィオにとって、最も正面から圧力をかけられる車輌だ。小型車に気を取られている間に自由に動かされる方が厄介だった。
「TOGⅡも本隊に残ります」
「うん。お願いします」
大洗側は、アヒルさんチームを左、ウサギさんチームを右へ残し、本隊は中央を維持する。偽物を追うのではなく、本物が出てくる場所を待つ形へ切り替えた。
* * *
一方、アンツィオ本隊では、アンチョビがP40の車長席から双眼鏡を覗いていた。
「そろそろ引っかかった頃だな!」
隣の車輌からペパロニの声が返る。
『ばっちりっす! マカロニもいっぱい置いといたっす!』
「いっぱい?」
『予備も全部!』
アンチョビの動きが止まった。
「全部?」
『はい!』
「ペパロニ……」
『なんすか?』
「予定の数より増やしてどうする!」
一拍置いて、ペパロニが自信満々に返す。
『その方がいっぱい騙せるかと!』
「数が合わなくなったら怪しまれるだろうがーっ!」
P40の上からアンチョビの声が森へ響いた。しかし、もう遅い。
『で、でも大丈夫っす! こっから本物で挟めば!』
「それは最初からその予定だ!」
アンチョビは頭を抱えかけたが、すぐに気を取り直す。
「まあいい! 作戦は続行だ! 各隊、予定位置へ!」
『了解っす!』
『了解です、ドゥーチェ』
マカロニ作戦自体が崩れたわけではない。偽物を見破られても、アンツィオの車輌はすでに大洗の左右と前方へ回っている。
「見破ったくらいで終わりだと思うなよ、大洗! ここからが本番だ!」
アンチョビは双眼鏡を構え直した。
* * *
左側では、八九式が林の手前で速度を落としていた。
「さっきまで偽物がいた場所、この先ですね! 本物が来るなら、そろそろです!」
典子が前を見る。
林の奥から、軽いエンジン音が聞こえてくる。高い回転音が木々の間を縫うように近づき、典子が双眼鏡を上げた瞬間、小さな車体が木々の隙間から飛び出した。
「CV33!」
一輌、その後ろからさらにもう一輌。小さな車体が地形を滑るように走り抜ける。
『こちらアヒルさんチーム! 本物のCV33を確認!』
通信が本隊へ飛び、みほが地図へ印をつける。
「左側、本物確認」
ほぼ同時に、右側のウサギさんチームからも通信が入った。
『こちらウサギさんチーム! 敵車輌!』
「何が見えますか?」
『セモヴェンテです! 一輌……いえ、二輌います!』
M3リーの前方、丘の陰から二輌のセモヴェンテが姿を見せ、砲身をこちらへ向けていた。
『こっち見てる!』
『梓ちゃん、どうする!?』
「落ち着いて! 距離を取りながら位置を報告するよ!」
前回なら、そのまま慌てて追ったり逃げたりしていたかもしれない。けれど今は、みほの指示を思い出して動ける。
『右側、セモヴェンテ二輌確認! こちらへ接近中です!』
「了解。無理に撃ち合わなくていい。位置を維持してください」
みほは地図へもう一つ印を加えた。左にCV33、右にセモヴェンテ。
「西住さん」
灯里が前方を見る。
木々の切れ目。遠くの丘の向こうから、これまでの小型車とは明らかに違う大きなシルエットが姿を見せ始めていた。
優花里もすぐ双眼鏡を向ける。
「……来ました! P40であります!」
低く響くエンジン音。大きな砲塔。アンツィオの三色旗を付けた車体が、ゆっくりと前へ出てくる。
みほは正面を見た。
左右には、すでに本物のアンツィオ車輌。正面にはP40。マカロニ作戦そのものは見破ったが、罠を見破ったからといって敵が消えるわけではない。むしろ本物は、もうそこまで来ていた。
「各車、警戒してください。ここからが本番です」
みほが無線へ告げる。
灯里も双眼鏡の中でP40を見る。資料で調べ、映像でも見た。それでも、実際にこちらへ向かってくる車体は、紙の上で見たものよりずっと大きく感じた。
左にはCV33、右にはセモヴェンテ、そして正面にはP40。
アンツィオの本物の部隊が、三方向から姿を現した。
2026年9月6日 更新です。
昨日はガルパン劇場版10周年のシネマティックコンサートにお邪魔しました…!
生演奏と音響の迫力が最高でした…!