マカロニ作戦を見破ったからといって、アンツィオの攻撃そのものが止まったわけではなかった。
偽装戦車へ向いていた注意が本物へ切り替わったことで、戦場はむしろ一気に三つへ分かれている。左ではアヒルさんチームがCV33と接触し、右ではウサギさんチームが二輌のセモヴェンテと対峙する。中央ではみほたち本隊がP40の位置を捉え、その少し後方を進むTOGⅡも、各戦線から入る無線を拾いながら支援位置を探していた。
六輌しかいない大洗にとって、戦力が三方向へ散るのは楽な状況ではない。それでも偵察組が敵を引き受けている間なら、本隊はアンツィオ最大の戦力であるP40へ意識を向けられる。
問題は、まだ位置の分からない車輌が残っていることだった。
◇
「小さい! あっ、また消えた!」
八九式の車内で、典子の声が響く。
目の前を走っていたCV33が木立の陰へ滑り込み、ほんの数秒で視界から消えた。八九式も大洗の中では軽快な部類だが、相手はさらに小さく、低い車体の半分ほどが茂みに隠れるだけでも見失いやすい。しかもアンツィオ側は地形を把握しているのか、太い木や起伏を使って射線を切りながら、八九式の周囲を縫うように走り続けていた。
「右です、右!」
「回り込まれます!」
「追います! 根性!」
八九式が履帯で落ち葉を巻き上げながら林へ入り、CV33の後を追う。
ただし、以前のアヒルさんチームとは少し違う。勢いのまま奥まで突っ込まず、敵影を見失えば一度速度を落とし、進行方向を確認してから再び追跡する。みほから言われた「無理に追わない」という指示も、典子なりに守っていた。
根性はそのまま。
使い方だけが、少しだけ賢くなっている。
「前、出ます!」
木立の隙間からCV33が飛び出した。
「今です!」
八九式の砲が火を噴き、土煙の向こうで小さな車体が大きく揺れた。
「当たった!」
「やった!」
しかし、白旗は出ない。
「……あれ?」
CV33は一度動きを止めかけたものの、すぐにエンジン音を上げて再び走り始めた。
「まだ走る!?」
「根性ありますね!」
「相手も根性だ!」
典子の目が燃える。
追跡はそのまま続き、八九式の砲撃も何度かCV33の近くへ落ちた。一度は完全に止まったように見えた車輌が木陰からまた顔を出し、別の一輌も地面の起伏を使ってしぶとく距離を取り直す。軽く、小さく、装甲も薄いはずなのに、妙にしつこい。
「また来た!」
「さっきのですよね!?」
「たぶん!」
「何回戻ってくるんですか!」
「止まるまで撃ちます!」
「はい!」
根性対根性。
少なくとも、この戦線だけは非常に分かりやすかった。
◇
右側では、M3リーが二輌のセモヴェンテを相手に距離を取り続けていた。
敵は左右へ分かれて進み、固定戦闘室の砲をこちらへ向けようと車体ごと角度を変える。一年生ばかりのウサギさんチームにとって二対一は厳しいが、M3リーには車体右側の75mm砲と砲塔の37mm砲があり、車体の向きさえ合わせられれば二方向へ牽制を入れられる。
「右、一輌!」
「見えてる!」
「左も来てるよ!」
「梓ちゃん、どうする!?」
セモヴェンテの砲弾がM3リーの近くへ落ち、飛び散った土が車体側面を叩いた。
「そのまま下がって! 撃ち合わなくていいから、距離を取る!」
梓は無線を握ったまま指示を返す。
サンダース戦の頃なら、敵を見つけただけでも車内の会話がばらばらになっていた。第37話の訓練でも本隊から離れすぎ、結果としてTOGⅡを孤立させている。けれど今回は、自分たちがここで何をするべきなのかを理解していた。
撃破することが最優先ではない。
敵の位置を報告し、中央へ抜けさせないこと。
『こちらウサギさんチーム! セモヴェンテ二輌、右側の丘沿いをこちらへ接近中です!』
『了解。無理に決着をつけなくていいよ』
みほの返答がすぐに届く。
「よし、このまま行こう!」
M3リーが後退しながら車体を少し左へ振り、砲塔の37mm砲で一輌を牽制する。車体砲はもう一輌が進んでくる方向へ向け、両方を完全に止められなくても、好き勝手に前へ出させないよう射線を作った。
「今の惜しい!」
「次は当てる!」
「でも追いかけないよ!」
「分かってる!」
射撃精度も判断も、まだ安定しているとは言えない。それでも一年生たちは、相手を見つけたら騒ぐだけではなく、報告し、位置を確認し、危険なら距離を取るところまで自分たちで判断し始めていた。
◇
TOGⅡは本隊から少し距離を置き、右側の戦線へ支援に回れる位置を進んでいた。
『ウサギさんチーム、セモヴェンテ二輌と交戦継続中。現在位置、右前方約四百』
かなえが無線から必要な報告だけを拾い、灯里へ渡す。
「西住さんたちは?」
『P40を確認。カメさんチーム、カバさんチームと中央を維持しています』
「なら、少しだけ右へ寄りましょう。ウサギさんチームが押し込まれた時の退路を作ります」
「了解です」
すずが操縦桿を切り、TOGⅡの長い車体を緩やかに右へ向ける。林と荒地の境目には、右側へ抜ける細い道と本隊へ戻れる広めの経路が交わる場所があり、そこへ入ればM3リーの退路を邪魔せず援護できる。
灯里はハッチから周囲を確認した。右前方には低い茂み、その奥には木立。左側は少し開けているが、地面の起伏が多く、低い車輌なら十分身を隠せる。
敵影はない。
かなえの無線にも、まだ新しい報告は入っていなかった。
その瞬間。
灯里の頭の中で、黄色い電球が点いた。
「……!」
視界に何かが浮かんだわけではない。
頭の中に直接、見慣れた形が表示される。
電球。
戦車ゲームで、何百回も見てきた表示だった。
――第六感。
こちらから敵は見えていない。それでも、相手側から自分たちが発見された時だけ点灯する警告。
「小走さん、そのまま止まらないでください」
「え?」
「どこかから見られています」
まどかが照準器を左右へ振る。
「敵影ありません」
「無線にも報告なしです」
かなえも即座に答えた。
「分かっています。ですが、見つかりました」
「……何にですか?」
「それは分かりません」
分かるのは、発見されたという事実だけ。
方向も距離も車種も表示されない。
WoTと同じ。
便利なようで、肝心なところは自分で考えろという仕様だった。
「念のため右側警戒――」
ガンッ――!
言い切る前に、車体右側へ鋭い衝撃が走った。
「被弾!」
「右からです!」
すずの声と同時に、まどかが砲塔を右へ回す。灯里も先ほど確認した茂みへ双眼鏡を向け、射撃後に車体を引こうとする低いシルエットを捉えた。
「L40……!」
アンツィオが今回追加してきたSemovente L40 da 47/32。
茂みから半分だけ車体を出し、正面をTOGⅡへ向けている。灯里たちが敵を見つけるより先に向こうがTOGⅡを発見し、射撃位置へ入っていたらしい。
「右、一輌確認!」
かなえが報告を整理する。
「まどかさん、砲塔を右へ――」
その時、一度消えかけていた灯里の頭の電球が、もう一度はっきり点いた。
「また……!」
右側のL40はもう見えている。
なら、今の警告は。
「左も警戒してください!」
ガンッ!
反対側から飛んできた砲弾がTOGⅡの側面を叩いた。
「左にもいます!」
「二輌ですか」
灯里が双眼鏡を左へ振ると、木立の陰からもう一輌のL40が車体を引くところだった。二輌は最初から左右へ分かれ、長いTOGⅡを挟み込む位置を取っていたらしい。
「また回られています!」
まどかが照準器を左右へ振る。
「……本番のNDKですね」
「嬉しくない実戦投入です」
かなえの返答は冷静だった。
「右を追えば左から撃たれます!」
すずが車体をわずかに右へ向ける。砲塔もそれに合わせて回り始めるが、その間に左側のL40は木立の奥へ移動し、次の射撃位置を探している。
第37話の訓練とよく似た状況だった。八九式と38(t)に左右から回り込まれ、一輌で両方へ対応しようとした結果、砲塔も車体も中途半端になって何もできなくなった。
けれど、今回は相手が違う。
灯里は双眼鏡の中で、右側を移動するL40の動きを追った。
低い。
小さい。
ただし、砲塔がない。
「……撃つ時は、車体を向けます」
「え?」
すずが聞き返す。
「L40は固定戦闘室です。砲をこちらへ向けるなら、履帯を使って車体そのものを旋回させる必要があります」
CV33のような小型車より火力はある。しかし移動方向と射撃方向を完全に別々にはできない。走り続けている間は狙えず、こちらを撃つためには一度進路を変え、車体正面をTOGⅡへ向ける必要がある。
そこなら読める。
「二輌同時には追いません。右を狙います。左は無視してください」
「了解!」
「左から撃たれたら?」
すずが聞く。
「耐えます」
「それ、作戦ですか!?」
「今は作戦です」
まどかが照準器へ顔を寄せた。
「右、移動継続中です」
「砲塔はそのまま。小走さん、車体も右へ」
「はい!」
TOGⅡの履帯が土を削り、長い車体がゆっくり角度を変える。砲塔も同じ方向へ回し、車体旋回と砲塔旋回を重ねることで少しでも追従速度を稼いだ。
右側のL40は、その動きを見てさらに外側へ回り込む。
灯里は追わせない。
走っている間なら、撃たない。
こちらを狙うなら、必ず止まるか速度を落とし、車体を向け直す。
L40の履帯が土を噛んだ。
車体が旋回する。
「正面、こちらへ向きます!」
すずの声。
「今です!」
「発砲!」
まどかが引き金を引く。
94mm砲の発射音が車内を満たし、長い車体が反動を受け止めた。砲弾はL40の車体中央をわずかに外れたものの、右側の履帯付近へ着弾し、土と金属片を大きく跳ね上げる。
「履帯!」
「切れました!」
外れた履帯が地面へ落ち、L40の車体がその場で斜めに止まる。白旗は出ていないが、少なくとも左右から二輌に動き回られる状況は崩れた。
「一輌、走行不能!」
かなえがすぐに無線へ報告する。
「次、左へ――」
まどかが砲塔を戻そうとした、その瞬間だった。
残ったL40が木立の間から砲を向ける。
ガンッ――!
今度の衝撃は低い位置から入り、床板を通じて嫌な振動が車内へ伝わった。
「履帯周辺に被弾!」
すずが操縦席の計器を確認する。
「走れますか?」
「動かしてみます!」
すずが慎重にアクセルを入れると、TOGⅡは再び前へ進んだ。ただし右側の履帯からは、これまでになかった金属音と細かな振動が混じっている。完全に切れてはいないが、転輪か履帯周辺に損傷が入ったらしい。
「走行可能です。でも速度、さらに落ちます!」
灯里は足元から伝わる振動を確かめた。
「元から遅いところへ追加されましたね」
「笑えません!」
残ったL40は追撃を続けず、停止した僚車を残して木立の奥へ下がっていった。
「追いません。この位置を維持します」
「了解です」
第37話の訓練は役に立った。二輌を同時に追わず、狙いを一輌へ絞り、L40が固定戦闘室であることから射撃姿勢へ入る瞬間を読んだ結果、少なくとも一輌の足を止めることはできた。
そして、第六感も警告してくれた。
けれど、それだけで攻撃を避けられたわけではない。敵の位置が分からなければ砲撃そのものは防げず、実戦では相手もこちらの弱点を狙ってくる。
TOGⅡの足回りに残った損傷が、その違いを嫌でも教えていた。
◇
中央では、Ⅳ号、38(t)、Ⅲ号突撃砲が丘陵の手前で速度を落としていた。
正面にはP40。その周囲にはアンツィオの車輌がいくつか残り、カルパッチョのセモヴェンテもP40の近くを維持している。さらにCV33が周辺を走り回り、本隊へ近づこうとする大洗車輌の進路を探っていた。
「護衛がいるねー」
杏が双眼鏡を覗く。
「はい。P40だけを狙うのは難しそうです」
みほは前方と地図を交互に確認しながら、左右から届く報告も聞いていた。アヒルさんチームはCV33と交戦継続、ウサギさんチームは二輌のセモヴェンテを引き受け、TOGⅡからはL40一輌の走行不能と、自車の足回り損傷が伝えられている。
『TOGⅡ、走行可能です。ただし、さらに速度が低下しました』
灯里の声が無線に流れた。
「分かりました。無理にこちらへ追いつかなくて大丈夫です」
『はい。元々追いつく予定ではありません』
沙織が無線機の横で小さく笑う。
「灯里ちゃん、こんな時でもそこは変わらないね」
「でも、無理に来てもらわない方がいい」
みほはすぐ前方へ視線を戻した。
P40を中心にしたアンツィオ本隊も、こちらの動きを窺っている。
そして、そのP40の車長席では、アンチョビが各戦線から飛び込んでくる報告へ眉を寄せていた。
『左、CV隊交戦中っす!』
『右側、セモヴェンテ二輌がM3リーと接触しています!』
『L40一輌、履帯損傷! もう一輌は離脱中!』
「くっ……作戦が予定より早くバレたか……!」
マカロニ作戦は、大洗を完全には騙せなかった。それでも戦場を三方向へ分けるところまでは成功したが、その結果としてアンツィオ側の車輌も散らばり、数の優位を十分に生かせなくなっている。
アンチョビは地図へ視線を落とした。
CV33も、セモヴェンテも、L40も、それぞれ得意な役割はある。しかし単独で戦い続ければ、大洗側に一輌ずつ対応されるだけだ。
なら、もう一度まとめればいい。
アンチョビは無線機を取った。
「全隊、聞け! マカロニ作戦はここまでだ! 無理に戦闘を続けるな!」
林の中を走るCV33、M3リーから距離を取るセモヴェンテ、TOGⅡを離れたL40。それぞれの車内へ、アンチョビの声が届く。
「全隊、本隊へ集結! ここからは、まとめて叩くぞ!」
散らばっていたアンツィオの車輌が、一斉に進路を変え始めた。
小さな戦車たちは、止まらない。
けれど今度は、逃げるためではない。
P40のもとへ集まるために、戦場を走り始めていた。
初期設定の第六感初めて活用しました…