『TOGⅡで戦車道を……?』   作:きのこ大三元

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来週にはもう、劇場公開日ですね…あっという間な気がします…


第3章:準決勝・プラウダ高校編
第43話「風紀委員、戦車に乗る」


 アンツィオ戦を終え、大洗女子学園が全国大会準決勝へ進出した数日後。戦車倉庫の一角には、それまで大洗の戦列にはいなかった車輌が一輌加わっていた。

 

 以前の戦車捜索で発見され、自動車部が少しずつ整備を進めてきたフランス製重戦車、ルノーB1 bis。細かな調整はまだ残っているものの、エンジンと足回りは動き、基礎的な走行と射撃訓練なら始められる状態まで仕上がっている。そのB1 bisを前に、三人の生徒が並んでいた。

 

「……ついに、この日が来てしまったわ」

 

 園みどり子――そど子が重々しく呟く。左右には後藤モヨ子と金春希美。ゴモヨとパゾ美も大きな車体を見上げていたが、そど子ほど悲壮感はない。

 

「本当に乗ることになったんだね」

「会長、本気だったんだ」

「当たり前でしょう! 生徒会長が一度出した命令を、冗談だったことにされても困ります!」

 

 そう言い切ったそど子の手には、『誰でもできる戦車道マニュアル』と書かれた冊子が握られていた。ただし新品だった頃の面影はほとんどなく、ページの端には大量の付箋、重要箇所には線、余白には細かな補足までびっしりと書き込まれている。

 

 ゴモヨが横から覗き込んだ。

 

「そど子、結構やる気じゃない?」

「違います! 担当する以上、事前準備を怠らないのは風紀委員として当然です!」

「付箋、すごい数だけど」

「必要箇所を分類しただけよ!」

「昨日も読んでたよね」

「必要だからよ!」

 

 パゾ美とゴモヨが顔を見合わせる。

 

「やる気じゃない?」

「やる気だね」

「違うと言ってるでしょう!」

 

 少し離れた場所で見ていた灯里が、隣のみほへ視線を向けた。

 

「かなり読み込んでいますね」

「うん。たぶん、一番準備してきてる」

 

 みほも少しだけ笑っていた。

 

◇

 

 訓練は、いきなりB1 bisを走らせるところからは始まらなかった。

 

「まずは三人の役割から確認します」

 

 車輌の横で、みほが簡単な資料を開く。

 

 そど子は車長として全体の判断と無線を担当し、砲塔側の47mm砲では照準、射撃、装填まで受け持つ。ゴモヨは操縦手で、B1 bisを走らせるだけでなく、車体75mm砲を撃つ時には車体そのものを狙う方向へ向ける役になる。そしてパゾ美は、その75mm砲の砲手兼装填手。ゴモヨが作った車体の向きへ照準を合わせ、射撃まで担当する。

 

「つまり、私が全体を見て、無線を使って、こっちの砲塔も担当するのね」

 

 そど子が確認する。

 

「うん。ただ、全部を自分でやろうとしなくていいからね」

「当然です。役割分担は理解しています」

 

 返事だけは完璧だった。

 

 ゴモヨはB1 bisの正面にある75mm砲を見る。

 

「私はこれを撃つわけじゃないけど、向きを作るの?」

「そう。75mm砲は大きく左右へ振れないから、パゾ美さんが狙いやすい方向へ車体ごと向けることになるよ」

「……それ、二人で合わせないと駄目じゃない?」

「うん」

 

 みほは素直に頷いた。パゾ美も砲の位置を確認しながら、自分の担当を頭の中で整理する。

 

「私は弾を込めて、狙って、撃つ。でも向き自体はゴモヨ頼みなんだ」

「そうなるね」

「思ったより大変そう」

 

 そこでそど子が胸を張った。

 

「だから私が指示を出します!」

 

 ゴモヨとパゾ美が同時にそど子を見る。

 

「……全部?」

「必要なことを全部よ!」

 

 少し離れた場所で、灯里がそっとみほを見る。

 

「すでに少し危険な気配がしますね」

「うん」

 

 みほも苦笑した。

 

 その後は乗降、無線、周囲確認、非常停止、異常時の対応といった基礎事項へ移った。そど子は一項目説明されるたびに鉛筆を動かし、質問を挟み、さらに余白へ書き足していく。一方でゴモヨとパゾ美は実際に車内へ入り、座席や装置へ触れながら確認していた。

 

「質問! 非常停止の場合は、最初に車内へ知らせてから停止ですか? それとも停止を優先?」

「危険が迫っているなら停止を優先。その時に声も出せれば一番いいかな」

「了解しました」

 

 そど子がすぐに書き込む横で、二人は車内を覗き込む。

 

「思ったより狭い」

「ここで三人動くの大変そう」

「二人とも! 説明中よ!」

「聞いてるよ」

「触った方が分かりやすいだけ」

「説明は説明、確認は確認! 一つずつ順番にやりなさい!」

 

 灯里が腕時計を見る。まだ走り出していない。

 

「最初だから」

 

 みほが小さく言う。

 

「はい」

 

 灯里もそれ以上は口を出さなかった。

 

 やがて三人は車内へ入り、それぞれの位置についた。そど子はマニュアルを膝の上に置き、大量の付箋をもう一度確認してから息を吸う。

 

「では、第一手順から始めます!」

 

◇

 

「周囲確認!」

「前方よし」

「後方よし」

「左右確認!」

「右よし」

「左よし」

「計器類!」

「たぶん、よし」

「『たぶん』は禁止!」

「じゃあ、よし」

「返事を変えればいいという話じゃないわ!」

 

 エンジンを始動させるだけで、かなり時間がかかった。そど子はマニュアルの項目を一つも飛ばさず、ゴモヨとパゾ美にも逐一復唱させるため、安全確認そのものは間違っていなくても、必要な情報とそうでないものが同じ重さで積み上がっていく。

 

 ようやくB1 bisのエンジンが動き出した頃、灯里が腕時計を二度見した。

 

「……始動しましたね」

「したね」

 

 車内では、そど子がさらにマニュアルを確認していた。

 

「それでは発進します! 速度注意! 前方確認! 右側確認! 左側確認! 進路を乱さない! 急操作禁止! 周囲にも注意――」

「そど子」

「何!?」

「情報多い」

 

 ゴモヨが操縦席から言う。

 

「全部必要なことよ!」

「でも今、どれからやればいいの?」

 

 パゾ美も困った声を出す。

 

「全部よ!」

「全部は無理じゃない?」

「無理ではありません! マニュアルにも――」

「そど子、動いてる」

「え?」

「前」

「前方確認!」

「だから多いって」

 

 B1 bisはようやく、三人の手だけで戦車倉庫の前を進み始めた。まっすぐ走るだけなら大きな問題はないが、問題はその先だった。

 

◇

 

 練習場にはカラーコーンで簡単な走行コースが作られていた。直進し、ポールの手前で右へ回り、そのまま元の位置へ戻るだけの基礎練習である。

 

「右側へ寄りすぎない! コース中央を維持! そのまま真っ直ぐ!」

「真っ直ぐ行ってるよ」

「少し左へ寄ってるわ!」

「これくらいよくない?」

「良くありません! 決められた進路を正確に走るの!」

 

 ゴモヨは言われた通り修正しようとするが、B1 bisは普通の自動車のようには曲がらない。右折地点へ入ると、そど子の理想より大きく外側へ膨らみ、カラーコーンの近くを通過していった。

 

「もっと内側!」

「急に言われても無理!」

「戦車でも秩序ある走行は可能です!」

「戦車だし!」

 

 パゾ美も周囲を確認しながら口を挟む。

 

「そど子、右ばっかり見てる。左は空いてるよ」

「分かってるわ!」

「分かってるなら今は黙っててもいいんじゃない?」

「それとこれとは別です!」

 

 少し離れたところで見守っていた灯里が、みほへ顔を寄せた。

 

「戦車へ交通規則を求めていますね……」

「そど子さんらしいね」

「そのうち制限速度の標識を立てそうです」

 

 みほがとうとう吹き出した。

 

 B1 bisはコーンへ接触することなく曲がり終えたものの、予定していた線からは少し外れている。事故でもなければ走行に支障もない。それでも、そど子は前方を見ながら眉を寄せた。

 

「……美しくないわ」

「戦車の運転にそこまで求める?」

「風紀は見た目からよ!」

「そうかなぁ」

 

◇

 

 走行練習を何度か繰り返した後、次は75mm砲の射撃練習へ移った。練習場の先には大きな標的が一枚置かれており、そど子はそれを見て少しだけ安心した。

 

「今度は簡単ね」

「そう?」

「標的へ砲を向けて撃つ。やることは明確です」

 

 ゴモヨとパゾ美も標的を見る。

 

「さっきより分かりやすそう」

「私は撃つ方だね」

 

 みほは何も言わず、灯里も黙っている。三人はそのままB1 bisを射撃位置へ進めた。

 

「標的確認! ゴモヨ、車体を右へ!」

「右ね」

 

 B1 bisの車体が動く。

 

「パゾ美、どう?」

「まだ右」

「もう少し右!」

 

 ゴモヨがさらに操縦桿を切ったところで、パゾ美の声が飛ぶ。

 

「あ、行きすぎ!」

「戻す?」

「戻して!」

 

 車体が反対へ向く。

 

「戻しすぎ!」

「どっち!?」

「今度は左!」

「さっき右って言ったじゃない!」

「だから行きすぎたの!」

 

 パゾ美が照準を覗いたまま声を上げる。

 

「ちょっと待って! 今、私の照準より二人の声の方が多い!」

 

 一度止めても、標的はまだ照準の外だった。

 

「そど子、私が見てるから、右とか左とか全部言わなくてもいいよ」

「でも私が車長よ!」

「分かってるけど、狙ってるのは私」

 

 ゴモヨも操縦席から続ける。

 

「私もそど子とパゾ美の両方聞いてるから、どっち優先すればいいか分からない」

 

 そど子は黙ったものの、それでも再開する。

 

「……少し右」

 

 ゴモヨが車体を動かし、パゾ美が照準器から「もう少し」と返す。

 

「停止!」

 

 そど子が叫び、車体が止まる。

 

「まだちょっと左」

「え?」

「もう少し右」

「今停止って言ったわよ!」

「でもまだ合ってない」

 

 三人の声が重なり、B1 bisは右へ左へと細かく車体を振った。どうにか納得できる位置へ止まると、パゾ美が装填を確認する。

 

「装填完了」

「照準は?」

「たぶん入ってる」

「『たぶん』は禁止!」

「今はそこ?」

 

 そど子は標的を見る。

 

「撃って!」

 

 砲声が練習場へ響き、土煙が上がったのは標的の少し横だった。

 

 三人とも黙る。

 

 そど子はゆっくりマニュアルへ視線を落とした。

 

「……おかしいわ」

「手順は間違ってなかったと思う」

 

 ゴモヨが言う。

 

「うん。でも、三人とも別々に動いてたかも」

 

 パゾ美の一言に、そど子の手が止まった。

 

◇

 

 三人がB1 bisから降りると、みほと灯里は少し離れた場所で待っていた。

 

「西住さん」

「うん」

「今の射撃、どこが間違っていました?」

 

 答えを求められたみほはすぐには口を開かず、三人を見た。

 

「三人では、どうだったと思う?」

「どうって……」

「手順は守ってた。でも、誰の指示を聞けばいいか途中から分からなかった」

 

 ゴモヨに続き、パゾ美も頷く。

 

「私も。狙ってる途中で声が重なってた」

 

 みほはそこで初めて頷いた。

 

 そど子は今度は灯里を見る。

 

「戸郷さんは?」

 

 灯里もB1 bisへ視線を向ける。

 

「戦車は、一人で操作するものではありませんから」

「それだけ?」

「はい」

「もっと具体的な助言はないんですか?」

「あります。でも、今は三人で考えた方がいいと思います」

 

 灯里はそこで口を閉じた。

 

 TOGⅡでも、灯里一人で全てを動かしているわけではない。敵を見つける者がいて、車体を動かす者がいて、照準する者がいて、砲弾を送り、情報を整理する者がいる。戦車について知っていることと、一輌をチームとして動かせることは別だった。

 

 そど子は少し不満そうな顔をしたあと、ゴモヨとパゾ美へ向き直った。

 

「……分かったわ。三人で考えるわよ」

 

◇

 

 三人はB1 bisの横へ座り込み、そど子はマニュアルを開いて先ほどの手順を最初から見直した。

 

「発進確認、周囲確認、照準確認。どれも必要よ」

「必要なのは分かるけど、そど子が全部言うより、必要なことだけでよくない?」

 

 ゴモヨが口を挟む。

 

「必要だから言っているのよ」

「でも操縦してる時に、前、右、左、速度って一気に言われたら何から直すか分からない」

 

 そど子が黙ると、パゾ美も続けた。

 

「75mm砲を狙う時も、私が照準を見てるんだから、細かい左右は私が言った方がいいと思う」

「でも車長は私よ」

「車長だから全部言うんじゃなくて、誰が言うか決めればいいんじゃない?」

 

 今度はそど子もすぐには反論しなかった。

 

「例えば?」

「走ってる時はそど子。75mm砲を狙う時は私がゴモヨに言う。『大きく右』『少し右』『大きく左』『少し左』なら、ゴモヨも分かるでしょ?」

「それなら分かる」

 

 ゴモヨも頷いた。

 

「分からなくなったら?」

「一回止める」

 

 パゾ美は即答する。

 

「停止すると遅れるわ」

「でも、さっきは止まらないで何回も行きすぎたよ」

 

 そこまで言われると、そど子にも返せない。マニュアルには安全な手順も基本的な役割も書かれているが、そど子、ゴモヨ、パゾ美の三人がどんな言葉で話せば一番分かりやすいかまでは書かれていなかった。

 

「……分かったわ」

 

 そど子は鉛筆を取り、新しいページを開く。

 

「私たち用の規則を決めます」

「規則?」

「そうよ。何の決まりもないから混乱するの。だったら、分かりやすいように決めればいい」

 

 そど子は一つずつ書き込んでいく。

 

「走行中の指示は私。75mm砲の照準調整はパゾ美。発進と停止は短く言う。進路変更には『大きく』『少し』を付ける。分からなくなったら一度停止」

「最後も採用?」

「採用です」

 

 ゴモヨが笑う。

 

「そど子が止まるの認めた」

「安全確保のためよ!」

「はいはい」

「返事は一回!」

 

 そこまで言って、そど子自身も少しだけ笑った。

 

◇

 

 二回目の走行では、B1 bisの車内が最初より明らかに静かになった。

 

「発進」

「了解」

 

 車体がゆっくり動き出す。そど子はマニュアルを持っているが、一項目ずつ声には出さない。

 

「ポール手前。少し右」

「少し右」

 

 ゴモヨが操縦桿を切り、パゾ美も必要な時だけ周囲の情報を入れる。

 

「後ろ、余裕あるよ」

「了解。そのまま」

 

 B1 bisは一回目より小さな軌道でポールを回った。停止位置は少し過ぎたが、そど子が「止まって」と一言だけ告げると車体が止まり、ゴモヨの「少し戻す?」に「うん、少しだけ」と返すだけで修正できた。

 

「ここ」

 

 停止。

 

「……できた」

 

 ゴモヨが呟く。

 

「まだ途中よ」

 

 そど子はそう返したものの、声は少しだけ軽い。

 

 遠くで見ていた灯里が口を開いた。

 

「先ほどより、かなり良いですね」

「うん」

 

 みほも頷く。

 

 曲がり方はまだぎこちなく、停止位置も一度では決まらない。それでも三人の声は、もう互いを邪魔していなかった。

 

◇

 

 もう一度、75mm砲の射撃位置へ入る。

 

「標的確認」

「確認」

 

 そど子が全体を見てから、短く告げる。

 

「ここから照準調整。パゾ美」

「了解」

 

 役割が切り替わり、パゾ美が照準器を覗き、ゴモヨは操縦桿へ手を置いた。

 

「少し右」

「少し右」

 

 B1 bisの車体がわずかに向きを変える。

 

「そのまま……停止」

 

 パゾ美が照準を確認し、今度は少しだけ反対を示す。

 

「少し左」

「少し左」

 

 ほんのわずかに戻す。

 

「停止」

 

 車体が静かになる。

 

 そど子は口を開きかけて、やめた。

 

 今はパゾ美の担当だ。

 

「照準、入った。装填も完了」

「ゴモヨ、車体そのまま」

「了解」

 

 そど子が標的を見る。

 

「撃って」

 

 砲声が響き、少し間を置いて標的の端が弾けた。

 

「当たった!」

 

 最初に声を上げたのはゴモヨで、パゾ美も照準器から顔を離して笑う。そど子も一瞬だけ嬉しそうな表情を見せたが、すぐに標的を見て眉を寄せた。

 

「中心からずれているわ!」

「そこなの?」

「当たったんだよ?」

「命中は命中。でも中心ではありません!」

 

 言っていることはいつものそど子だったが、マニュアルを握る手は少しだけ軽かった。

 

◇

 

「じゃあ、最後に一つだけやってみようか」

 

 みほが用意した課題は試合形式ではなく、指定地点まで移動し、そこで停止。標的へ車体を向け、射撃できる状態まで準備して、最後に無線で完了を報告するだけのものだった。

 

「今度は私たちは手伝わないから、三人だけでやってみて」

「分かりました」

 

 そど子が答え、灯里も少し離れた場所へ下がる。

 

「頑張ってください」

「言われなくてもやります!」

 

 B1 bisのハッチが閉じ、エンジンが動き出した。

 

「発進」

「了解」

 

 途中の曲がり角では少し膨らんだが、そど子の「大きく左」でゴモヨが修正する。停止位置をわずかに通り過ぎた時も、一度止まり、少しだけ後退して位置を合わせた。

 

 標的は少し右。

 

「照準調整、パゾ美」

「了解。ゴモヨ、少し右」

「少し右」

 

 車体が動く。

 

「停止。……少し左」

「了解」

 

 ほんのわずかに戻す。

 

「ここ」

 

 三人で確認する。

 

「私はいいと思う」

「私も」

 

 そど子は照準位置と周囲を見てから無線を取った。マニュアルは膝の上にあるが、今は開いていない。

 

『こちら風紀委員三名。指定地点へ到着。射撃準備完了しました』

 

 練習場の端で、みほが無線を受け取る。

 

「了解です」

 

 予定より少し時間はかかった。停止位置も一度直し、車体の角度も一発では決まっていない。それでも、みほと灯里が口を挟む場面は一度もなかった。

 

 三人だけで最後までやった。

 

◇

 

 訓練終了後、B1 bisから降りてきた三人は揃って少し疲れた顔をしていた。

 

「戦車って、こんなに疲れるんだ」

「ずっと気を使うね」

「課題が多すぎるわ」

 

 ゴモヨが肩を回し、パゾ美が息を吐く横で、そど子はそう言いながらすでにマニュアルを開いている。今日決めた指示、走行中に分かりにくかったところ、75mm砲の照準へ入る時の役割切り替えを、余白へ一つずつ書き加えていった。

 

 ゴモヨが横から覗き込む。

 

「そど子」

「何?」

「次もやるの?」

 

 鉛筆が一度止まった。

 

 そど子はB1 bisを見上げる。今日一日だけでも、上手くできなかったことはいくらでもある。曲がり方も停止位置も射撃も、まだまだ練習が必要だった。

 

 少しだけ間を置いて、鼻を鳴らす。

 

「当然よ。途中で投げ出すなんて、風紀委員として許されません! 一度任された以上、最後まで責任を持ちます!」

 

 パゾ美がゴモヨを見る。

 

「ちょっとやる気になってるね」

「なってる」

「聞こえてるわよ!」

 

 そど子は怒鳴りながらもマニュアルを閉じず、三人はそのまま今日の反省を話しながら戦車倉庫を離れていった。

 

 その背中を、みほと灯里が見送る。

 

「大丈夫そうかな」

 

 みほが言う。

 

 灯里は少し考えてから、B1 bisへ視線を戻した。

 

「まだまだですね。曲がり方も、撃ち方も、三人の連携も」

「うん」

 

 それでも。

 

「でも、三人なら大丈夫だと思います」

「私も」

 

 二人が戦車倉庫を出た後も、B1 bisは静かにそこへ残っていた。

 

 今日は決められた場所まで走り、止まり、標的へ砲を向けただけ。まだ一輌の戦力と呼ぶには早い。

 

 けれど、そど子のマニュアルには今日までなかった新しいページが増えていた。

 

 そこに書かれているのは、誰かが用意した手順ではない。

 

 三人で決めた、三人のためのやり方だった。

 

 次にこの戦車が外へ出る時、それが同じ練習場とは限らなかった。

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