合同訓練から数日後、灯里はいつものように戦車倉庫へ顔を出していた。
TOGⅡの整備状況を確認し、必要ならいぬさんチームにも連絡する。その程度のつもりだったのだが、倉庫の奥へ近づいたところで、金属同士がぶつかる鈍い音が響いた。
ガンッ。
少し間を置いて、何かが軋む。
ギィィィ……。
さらに、バチッ、と何かが弾ける音。
灯里は足を止めた。
「……まだやっていますね」
音の正体は、考えるまでもなかった。
整備区画の奥では、回収されたポルシェティーガーを囲むように自動車部の四人が動き回っていた。車体の一部はすでに清掃され、外見だけなら発見時よりずっと戦車らしさを取り戻している。だが、中身は別だった。
長く放置されていた機関、足回り、電装、配線、駆動系。戦車道競技用の安全装置まで含めれば、確認すべき箇所はいくらでもある。一ヶ所を直せば終わり、ではなく、その先でまた別の不具合が見つかる。
要するに、とても面倒な戦車だった。
「そこ、もう一回見てみよう」
「配線こっちじゃない?」
「その前に外さないと無理だよ」
「じゃあ持ち上げる?」
疲れているはずなのに、自動車部の四人は妙に楽しそうだった。
灯里はしばらくその様子を眺め、少し首を傾げる。
「……楽しそうですね」
ナカジマが振り返った。
「いやー、面白いねこれ」
「面白い……ですか?」
「普通の戦車と違うところ多いし」
スズキも工具を持ったまま頷く。
「直して動いたら気持ちよさそう」
ホシノがそう言うと、ツチヤは車体の下から顔を出した。
「問題が一個直ると、また別の問題出るけどね」
「それでも、面白いんですね」
「それがいいんじゃない?」
灯里は少しだけ考えた。
TOGⅡも十分に整備泣かせだと思っていた。けれど自動車部にとっては、壊れていることすら遊び場の一部なのかもしれない。
「TOGⅡより大変かもね」
ナカジマの一言に、灯里がすぐ反応する。
「TOGⅡは素直なところもあります」
四人が揃って灯里を見る。
「そうかなあ?」
「あります」
少し間を置いて、灯里はもう一度言った。
「あります」
誰も強く否定しなかった。
◇
もっとも、ポルシェティーガーはまだ走らせられる状態ではない。
「とりあえず動くようにするところまでは行きたいんだけどね」
ナカジマは車体を見上げながら言う。
「そこから実際に走らせて、また問題出ると思う」
「走って初めて分かるところも多いし」
「止まるかもしれないしね」
灯里も頷いた。
「直して終わりではないんですね」
「そうそう」
直して、動かして、不具合を見つけたらまた直す。しばらくは、その繰り返しになる。
準決勝までに実戦投入するのは、どう考えても現実的ではなかった。
灯里はポルシェティーガーを見上げたまま、ふと尋ねる。
「修理が終わったら、誰が乗るのでしょう」
四人が少しだけ黙った。
その中で、ナカジマが先に口を開く。
「私たちがいいな」
灯里が顔を上げる。
「自動車部が?」
「ここまで直してるし」
スズキが車体を軽く叩いた。
「自分たちで動かしてみたいよね」
「どんな癖あるかも気になるし」
「ここまで来たら乗りたい」
理由は単純だった。
戦車道そのものに入りたいからではない。自分たちで直した機械を、自分たちで動かしてみたい。ただ、それだけだった。
けれど、その動機は自動車部らしくて、十分だった。
「そうですか」
灯里は少しだけ笑う。
「似合うと思います」
「本当?」
「はい。かなり」
◇
そこへ、整備状況を確認しにみほもやってきた。
「こんにちは」
「西住さん」
ナカジマたちは簡単に今の状態を説明し、その流れで、自分たちが乗ってみたいという話まで伝えた。
みほは少し驚いたあと、すぐに笑う。
「自動車部のみんなが乗ってくれるなら、心強いと思う」
「じゃあ、次の試合から?」
ツチヤが冗談めかして聞く。
みほは首を振った。
「まずはちゃんと動くようにして、それから練習かな」
「だよねー」
誰も残念そうにはしなかった。むしろ四人とも、すでに次に直す場所へ視線を戻している。
まだ正式なチームではないし、戦える状態でもない。それでも、乗る人だけは決まり始めていた。
灯里は少し離れた場所に置かれているTOGⅡへ目を向ける。
TOGⅡだって、最初から今のように動いたわけではない。修理と調整を繰り返し、乗員が集まり、失敗も重ねながら、少しずついぬさんチームの戦車になっていった。
ポルシェティーガーも、きっと同じなのだろう。
ただし、そこには時間が必要だった。
◇
整備場を離れたところで、灯里のスマートフォンが震えた。
画面に表示された名前は、猫田舞。
ねこにゃーだった。
『ネットの友達に話してみたにゃ』
その下に、もう一件。
『いつも小隊組んでる二人に声かけたら、ちょっと興味あるみたいにゃ』
灯里は立ち止まった。
そうなる未来を知っていた。いつか、ねこにゃーが仲間を連れてくることも。
けれど、知っていることと、実際に本人が自分から動き始めるところを見るのは、少し違う。
灯里は短く返信した。
『良かったですね』
少し考えて、もう一文。
『興味があるなら、まず見学に来てもらうのも良いと思います』
すぐに返事が来た。
『でも二人ともネットでしか会ったことないにゃ』
『どこの学校かも知らないにゃ』
灯里は画面を見ながら、ゆっくり文字を打つ。
『焦らなくて大丈夫です』
数秒後。
『分かったにゃ』
さらに続く。
『その間に筋トレするにゃ!』
灯里は少し目を細めた。その直後、もう一件届く。
『昨日三回で筋肉痛になったにゃ』
「……少しずつで大丈夫です」
今度は声に出してから、そのまま同じ文章を送った。
◇
戦車倉庫の奥からは、まだ金属音が聞こえていた。
ガンッ。
ギィィ……。
ポルシェティーガーは修理の途中。少し離れた練習場では、風紀委員の三人がB1 bisを使って基礎訓練を続けている。そしてスマートフォンの画面には、ねこにゃーから届いたメッセージが残っていた。
どれも、大洗の新しい戦力になろうとしている。
ただし、その進み方は全部違う。
すでに実車訓練へ入った三人。戦車を直しながら、自分たちで乗りたいと思い始めた四人。そして、まだ仲間へ声を掛けたばかりの一人。
戦車を見つければ、それだけで戦力が増えるわけではない。乗る人が必要で、練習が必要で、整備が必要で、何より時間が必要だった。
少し前まで、あれだけ人が足りなかったのに。
今は少しずつ、人が増えている。
けれど、まだ全員が戦えるわけではない。
灯里はスマートフォンをしまい、もう一度戦車倉庫を振り返った。
準決勝に間に合いそうなのは、今のところB1 bisと風紀委員の三人くらい。
ポルシェティーガーも、猫田さんたちも、もう少し先。
それでも、確実に動き始めていた。