『TOGⅡで戦車道を……?』   作:きのこ大三元

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第44話「次は、プラウダです!」

 アンツィオ戦を終え、大洗女子学園が全国大会ベスト4へ進出してから、校内の空気は変わり始めていた。

 

 これまでは「戦車道をやっているらしい」という程度だった生徒たちが、廊下ですれ違えば足を止めるようになった。サンダースに勝ち、アンツィオにも勝った。その二つの結果が積み重なり、戦車道部はいつの間にか、学校の中でも無視できない存在になっている。

 

「おめでとう!」

「次も頑張って!」

「準決勝も見るからねー!」

 

 廊下を歩いていたあんこうチームと灯里へ、あちこちから声が飛んできた。

 

「ありがとうございます!」

 

 沙織はすぐに手を振る。

 

「応援してくださる方が、本当に増えましたね」

 

 華も嬉しそうに周囲を見回し、優花里も照れながら口元を緩めている。

 

「ありがたいことであります!」

 

 その後ろを歩いていた灯里の耳にも、別の声が届いた。

 

「あ、TOGⅡの人だ」

 

 灯里が足を止める。

 

「戸郷です」

 

 一応、訂正した。

 

「長い戦車の人!」

「それも間違ってはいません」

 

 沙織が吹き出す。

 

「そこは否定しないんだ」

「長いことは事実ですので」

 

 みほも思わず笑っていた。

 

 戦車道部にこれほど関心を向ける生徒は、少し前まで多くなかった。それが今では、廊下を歩くだけで声を掛けられる。

 

 ここまで来たなら、もしかしたら――そんな期待が学校全体へ広がり始めているのだろう。灯里も、それ自体は嬉しかった。

 

 ただ、次の相手の名前を聞けば、その空気も少し変わることになる。

 

 ◇

 

 放課後、戦車倉庫には各チームの車長を中心に主要メンバーが集められていた。ホワイトボードの前には杏、その横に桃と柚子。みほ、灯里、優花里たちも並び、B1 bisで訓練を始めた風紀委員の三人も後ろの方にいる。

 

「じゃあ、次の相手発表しまーす」

 

 杏はいつもの軽い調子で言いながら、ホワイトボードへ一枚の紙を貼った。

 

 準決勝。

 

 大洗女子学園 対 プラウダ高校。

 

 一瞬で、部屋の空気が変わる。

 

「プラウダ高校……!」

 

 優花里の声が一段上がった。

 

「前年の全国大会優勝校であります!」

 

 そど子の表情が固まり、ゴモヨも隣で目を瞬く。

 

「前年……優勝?」

「私たち、初戦なんだけど」

 

 パゾ美が対戦表を見たまま呟いた。

 

「相手、いきなり王者なんだ……」

 

 杏は肩をすくめる。

 

「ま、トーナメントだからねー。勝ち上がれば、そういうこともあるよ」

「軽く言わないでください!」

 

 桃がすぐに反応した。その間にも、優花里の説明は止まらない。

 

「プラウダ高校はソ連系車輌を主力とする強豪校です! 機動力の高いT-34系列に加えて、KV系列のような重装甲車輌も運用しています。車輌の性能だけでなく、チーム全体の練度も非常に高い学校であります!」

 

 みほはその説明を聞きながら、ホワイトボードの文字をじっと見ていた。プラウダはただの強豪校ではなく、みほ自身がすでに戦ったことのある相手だった。

 

「私も去年、黒森峰にいた時に戦ったことがあるの。決勝戦で」

 

 その一言で、周囲が静かになる。

 

 沙織がみほを見る。

 

「……去年の?」

「うん」

 

 みほは一度だけ視線を落とした。

 

「とても強いチームだよ。戦車の性能だけじゃなくて、相手を囲んで逃げ道をなくしたり、こちらが動きにくい場所へ追い込んだりするのも上手い」

 

 それ以上、去年の決勝について詳しく話す必要はなかった。みほがそこで何を経験したのかは、仲間たちも知っている。

 

 灯里は横からみほを見た。

 

 西住さんにとっては、ただの準決勝相手ではありませんね。

 

 前年は黒森峰の一員として敗れた相手と、今度は大洗の隊長として戦うことになる。

 

 ◇

 

 それでも、大洗の全員が前年王者の名前だけで萎縮したわけではなかった。

 

「でもさ」

 

 沙織が空気を変えるように声を上げる。

 

「私たちだって、サンダースに勝ったんだよ?」

「アンツィオにも勝ったし!」

 

 ウサギさんチームからも声が飛んだ。

 

「そうそう!」

「最初から負けるって決まったわけじゃないよ!」

 

 杏も頷く。

 

「ま、やってみないと分かんないよねー」

「会長、それでいいんですか!?」

 

 桃がまた食いついた。

 

「いいんじゃない? ここまでだって、毎回似たようなこと言われてたし」

 

 実際、その通りだった。大洗は強豪校ではなく、車輌は寄せ集めで経験も足りない。それでもサンダースとアンツィオを相手に、一戦ずつ勝ち上がってきた。

 

 強い相手を前にしても、勝つ方法を探せる。その経験が、大洗の中には確かに積み重なり始めている。

 

 灯里もそれを否定するつもりはない。自信があることと油断することは別で、その線だけを越えなければいい。

 

 ◇

 

 そして、大洗側にも新しい材料があった。

 

「西住殿! こちらであります!」

 

 優花里に引っ張られるようにして、一同は自動車部の整備区画へ移動した。

 

 そこに置かれていたⅣ号戦車を見て、沙織が真っ先に声を上げる。

 

「長っ!」

「長砲身になったであります!」

 

 優花里は自分のことのように嬉しそうだった。

 

 以前に発見されていた長砲身へ換装されたⅣ号は、見た目の印象からして大きく変わっている。砲塔から前へ伸びた砲身はこれまでより明らかに長く、華も横からじっくり眺めていた。

 

「ずいぶん印象が変わりますね」

「なんか前より強そう!」

 

 沙織の感想は単純だったが、間違ってはいない。みほも新しい砲身を見上げる。

 

「これなら今までより、できることが増えると思う」

 

 灯里も頷いた。

 

「正面から対応できる相手は増えますね」

「やっぱり強くなったんだ!」

「はい。ただし、だからといってプラウダの全車輌と真正面から撃ち合えるわけではありません」

「そこはちゃんと現実的なんだね」

「戦車の性能は大事ですから」

 

 優花里も力強く頷いた。

 

「その通りであります!」

 

 強化されたから勝てる、というほど単純な話ではない。それでも、これまで選べなかった手段を選べるようになったことは確かだった。

 

 ◇

 

 離れた練習場では、B1 bisも動いていた。

 

「右、少し!」

「了解!」

 

 そど子の指示に合わせてゴモヨが操縦する。

 

「そのまま……止めるよ!」

 

 パゾ美が照準を確認しながら声を掛け、B1 bisが停止した。以前のように三人の声が重なることは減っている。まだ動きにはぎこちなさも無駄も残っているが、三人なりのやり方は形になり始めていた。

 

「だいぶ慣れてきたね」

 

 みほが声を掛ける。

 

「当然です!」

 

 そど子は胸を張ったが、その勢いのまま何かを聞こうとして、ほんの一瞬だけ口ごもる。

 

「……本当に私たちも、次の試合に出るんですよね?」

 

 ゴモヨとパゾ美も黙ってそど子を見る。みほは三人の顔を順番に見た。

 

「無理なことはお願いしないよ」

「でも、出る可能性はある?」

「うん」

 

 正直な答えだった。

 

「だから、それまでにできることを増やそう」

 

 そど子はマニュアルを握り直す。

 

「分かりました!」

 

 ゴモヨが横を見る。

 

「やるんだ」

「当然よ!」

「さっきちょっと怖そうだったけど」

「気のせいです!」

 

 パゾ美が小さく笑った。

 

 ◇

 

 TOGⅡの周りでも、いぬさんチームが点検を続けていた。

 

「次、優勝校なんですよね」

 

 すずが足回りを確認しながら言う。

 

「はい」

「また大変そうですね」

 

 まどかは砲周りを見ながら、いつも通り淡々としていた。かなえは手元のメモへ視線を落としたまま尋ねる。

 

「プラウダ戦で、特に注意することはありますか?」

 

 灯里の頭に、雪、包囲、T-34、KV――原作で知っている光景がいくつも浮かぶ。けれど、サンダース戦もアンツィオ戦もすでに知っていた通りには進んでおらず、自分とTOGⅡがいる以上、今回も同じとは限らない。

 

「まずは、相手の数と機動力ですね。こちらより速い車輌が多いです。TOGⅡで追いかけるのは、やめておきましょう」

「追えません」

「はい」

 

 すずの即答に、まどかも続く。

 

「いつものことですね」

「TOGⅡは追わない戦車です」

 

 ちとせが苦笑した。

 

「言い切りましたね」

「先にいる方が効率的です」

 

 灯里は真顔だった。冗談のようでいて、今回もそこは変わらない。速い相手ほどTOGⅡは追わず、どこへ置き、何を塞ぐかを考える。追いつくより、相手が来る場所へ先に置いておく方が、この長くて遅い戦車には向いていた。

 

 ◇

 

 一方、プラウダ高校でも準決勝の組み合わせが確認されていた。

 

 カチューシャは渡された資料へ目を落とし、そこに書かれた校名を見て首を傾げる。

 

「次は大洗なの?」

「はい」

 

 ノンナが静かに答える。

 

「大洗女子学園。サンダース大学付属高校、アンツィオ高校を破って準決勝へ進出しています」

「サンダースには勝ったみたいだけど、まぐれじゃないの?」

 

 カチューシャは資料を軽く振った。

 

「アンツィオにも勝ったって言っても、もともと全国大会で名前を聞く学校じゃないでしょ?」

「ですが、二試合続けて勝利しています」

「二回まぐれが続いただけかもしれないじゃない!」

 

 ノンナは否定せず、ただ事実を述べただけだった。

 

 そのやり取りを、離れたところでダージリンがジャムと紅茶を楽しみながら聞いていた。カチューシャがそちらを見る。

 

「あなた、大洗と戦ったんでしょ?」

「ええ」

「強かった?」

 

 ダージリンは一拍置く。

 

「そうとも限らないわ」

 

 カチューシャがすぐに笑った。

 

「じゃあ、やっぱり大したこと――」

「でも」

 

 ダージリンがカップを置いた。

 

「小さな一撃も、重なれば大きな樫の木を倒す」

 

 カチューシャが眉を寄せる。

 

「……何よ、それ」

 

 ダージリンは説明せず、紅茶へ目を落とした。

 

「二度続いた勝利を、すべてまぐれで片づけるのは早いのではなくて?」

 

 カチューシャは黙ったが、それで自信を失うほど素直ではない。

 

「ところで、大洗の隊長って誰なの?」

「西住みほさんよ。西住流の娘ね」

「西住流?」

 

 そこでカチューシャが顔を上げる。

 

「ああ、去年の決勝にいた子ね」

 

 前年の黒森峰。その敗北に関わった人物として、ようやく記憶がつながったらしい。

 

「でも今度は黒森峰じゃなくて、寄せ集めの大洗でしょ?」

 

 ダージリンは答えず、紅茶へ口をつける。

 

「他には?」

「TOGⅡがいるわ」

 

 資料の中から一枚の写真が出され、カチューシャが覗き込む。

 

「……長っ!」

 

 ノンナも写真へ目を向けた。

 

「でも遅いんでしょ?」

「とても」

 

 ダージリンは即答した。

 

「じゃあ大したことないじゃない!」

「そうとも限らないわ」

 

 カチューシャがまた眉を寄せる。

 

「追いかけてくる戦車ではないわ。でも、そこに居座られると厄介なの」

 

 それは実際にTOGⅡと戦った者の言葉だった。長い車体で進路を塞ぎ、撃たれても簡単には退かない。速さで相手を振り回す戦車ではないが、置かれる場所次第では無視できない。

 

「だったら動けなくしてあげればいいじゃない!」

 

 カチューシャはあっさり言った。

 

「西住流だろうが、長い戦車だろうが、プラウダの敵じゃないわ! まとめて雪の中に埋めてあげる!」

「カチューシャなら勝てます」

 

 ノンナがいつもの調子で答える。

 

「当然よ!」

 

 カチューシャはすっかり上機嫌になり、ダージリンは何も言わず、もう一度紅茶を飲んだ。

 

 ◇

 

 その日の放課後。

 

「西住ちゃん、ちょっといい?」

 

 杏に呼び止められたのは、みほだけだった。

 

「はい」

 

 みほが生徒会室へ向かうのを、灯里は廊下から見送った。理由は聞かない。

 

 ……そろそろ、西住さんにも話すのでしょうか。

 

 大洗女子学園が抱えている本当の問題――全国大会で優勝できなければ、学校がなくなるかもしれないこと。本来なら生徒会の三人だけが抱えていた秘密を、今は灯里も知っているが、みほにはまだ知らされていない。

 

 灯里は追いかけなかった。これは、自分から話すことではない。

 

 ◇

 

 生徒会室では、あんこう鍋が湯気を立てていた。

 

「さ、食べて食べてー」

 

 杏がいつもの調子で、みほへ取り皿を渡す。

 

「ありがとうございます」

 

 みほは戸惑いながらも席についた。桃と柚子も向かい側にいる。

 

「ここまで本当によくやってくれた」

 

 桃が言う。

 

「サンダース、アンツィオと勝って、ついに準決勝ですからね」

 

 柚子も笑った。

 

「みんなが頑張ったからです。私一人じゃ、ここまで来られませんでした」

 

 みほが鍋から具材を取りながら答えると、杏の箸が止まった。

 

「西住ちゃん」

「はい?」

 

 杏はみほを見る。本当は、そのために呼んだのだ。学校のことも、大会へ出た本当の理由も、そろそろ言わなければならない。

 

 けれど、みほはそんな杏の迷いには気づかず、鍋を見ながら笑った。

 

「大洗に来て、みんなと戦車道ができてよかったです」

 

 杏の言葉が止まった。桃も何か言おうとして口を閉じ、柚子は二人の顔を見るだけだった。

 

「次も、頑張ります」

 

 みほはそう言って、また鍋へ箸を伸ばす。

 

「……そっか」

 

 杏は小さく答えた。

 

 結局、その夜も廃校のことはみほへ伝えられなかった。

 

 ◇

 

 みほが生徒会室を出たあと、三人だけになった部屋には、さっきまでとは違う沈黙が残った。

 

「……言えませんでしたね」

 

 桃の言葉に柚子が小さく頷く。杏は何も答えず、まだ湯気の残る鍋を見ていた。

 

「難しいねー」

 

 いつもの言い方だったが、その声にいつもの軽さはなかった。

 

 ◇

 

「お話は終わりましたか?」

 

 生徒会室から戻ってきたみほへ、灯里が声を掛ける。

 

「うん。生徒会のみんなに、あんこう鍋をごちそうになったんだ」

「……そうですか」

 

 灯里はみほの顔を見た。いつも通りで、少なくともあの事実を突然聞かされた人の顔には見えない。

 

 おそらく、話していない。

 

 一瞬だけ「何か言われませんでしたか」と聞きそうになったが、やめた。

 

 みほは今、大洗の隊長として準決勝へ向かっている。各チームのこと、新しく戦列へ加わろうとしている風紀委員のこと、前年王者プラウダ、そして去年黒森峰で戦った相手との再戦。すでに背負っているものは多い。

 

 廃校のことも、いつかは話さなければならない。それでも、今ここで灯里が口を挟むべきことではなかった。

 

「お鍋は美味しかったですか?」

 

 灯里は、まったく別のことを聞いた。

 

 みほが笑う。

 

「うん。すごく美味しかったよ」

「それは良かったです」

 

 二人は並んで歩き出す。

 

「明日から、プラウダ対策だね」

「はい」

 

 長砲身になったⅣ号、実戦へ向けて練習を続けるB1 bis、そしてTOGⅡ。サンダースとアンツィオを越え、大洗は確実に強くなっている。

 

 それでも、次に待っているのは前年優勝校――プラウダ高校。

 

 灯里は隣を歩くみほを見た。まだ彼女の知らないものが一つだけある。

 

 けれど今は、目の前の準決勝だけを見ていてほしかった。




夜分の投稿失礼します……!

ついに今日から『ガールズ&パンツァー 最終章』第5話が公開ですね!

半年前、この作品を書き始めた頃は、ここまで続けられるとは自分でもあまり思っていませんでした。

ガルパンを知っていて読んでくださった方、WoTなどの戦車ゲームから来てくださった方、途中から追いかけてくださっている方。
ここまで読んでくださっている皆様、本当にありがとうございますm(_ _)m

本当は最終章第5話の公開までに、こちらの物語ももっと先まで進められたらと思っていましたが、さすがに現行の最終章まで追いつくのは難しかったです……!

それでも、ここから先も焦らず、完結を目指してTOGⅡと戸郷灯里の物語を最後まで描いていきたいと思います。投稿を始めてからはあっという間の日々でした…

映画を楽しみに待っていた頃の気持ちも含めて、この作品を書き続けていければと思っています。

これからも『TOGⅡで戦車道を……?』をよろしくお願いします!

ガルパンはいいぞ……!
そしてTOGⅡもいいぞ……!
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