『TOGⅡで戦車道を……?』   作:きのこ大三元

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第44.5話「冬支度、始めます!」

 プラウダ高校との準決勝が決まってから、数日。

 

 大洗女子学園の戦車道チームへ、大会本部から試合会場に関する追加情報が届いた。

 

 戦車倉庫の一角では、その資料を囲むようにみほ、杏、優花里、灯里たちが集まっている。紙面には開催地の地図と気象情報が並び、そこに記された数字を見た優花里がすぐに声を上げた。

 

「かなり冷え込む地域であります!」

 

 沙織が横から覗き込む。

 

「どれくらい?」

「試合当日は氷点下まで下がる可能性もありますね。さらに――」

 

 優花里が週間予報を指差す。そこには、いくつもの雪だるまのマークが並んでいた。

 

「積雪状態での試合になる可能性も高いであります!」

「雪!?」

 

 沙織の反応は大きかった。

 

「綺麗でしょうね」

 

 華はどこか楽しそうだったが、麻子だけは即答する。

 

「寒いのは嫌だ」

 

 後ろでは、初めての公式戦を控えた風紀委員三人も資料を覗き込んでいた。

 

「雪中戦……」

 

 ゴモヨが呟く。

 

「私たち、初戦なんだけど」

 

 パゾ美の声にも不安が混じる一方、そど子はすでにマニュアルを開いていた。

 

「ならば防寒対策も含めて事前準備です!」

「まだ雪見てもないよ」

「見る前に準備するの!」

 

 杏がそんな三人を眺めながら笑う。

 

「頼もしいねー」

「当然です!」

 

 そど子は胸を張った。

 

 ◇

 

「みんな、寒い場所での試合になるから、普段より準備をしっかりしておこう」

 

 みほは各チームへ向けて必要なものを確認していった。

 

 防寒着、防水性のある手袋、滑りにくい靴、カイロ、温かい飲み物。待機中の車内で使う毛布や湯たんぽ、着替えに加えて、視察装置や眼鏡が曇らないよう曇り止めも用意しておいた方がいい。

 

 ただし、着込めば着込むほど良いというわけでもない。

 

「戦車の中は狭いから、動きにくくならない程度にしてね」

 

 優花里も頷く。

 

「特に操縦手や装填手は、腕や足が動かしにくくなると大変であります!」

 

 灯里はそこでTOGⅡへ視線を向けた。

 

「いぬさんチームには、多少余裕がありますね」

 

 みほも長い車体を見る。

 

「そこはTOGⅡの長所なんだね」

「はい。広いことは、良いことです」

 

 返事は妙に誇らしげだった。

 

 沙織が苦笑する。

 

「そのために大きくしたわけじゃないと思うけど」

「結果的に役立っています」

 

 灯里は真面目だった。

 

 ◇

 

 防寒用品の買い出しには、あんこうチームと灯里が一緒に出ることになった。

 

 店内の冬物売り場へ入ると、選び方にも性格が出る。沙織は手袋やマフラーの色を見比べ、華は使いやすさを優先。優花里は防水性や保温性能の表示を細かく確認し、麻子はしばらく棚を眺めた末、一番分厚そうな手袋を手に取った。

 

「暖かければ何でもいい」

「麻子らしいね」

 

 みほは自分の分だけでなく、他のチームに不足が出ないかまで気にしている。

 

 そんな中、灯里だけはほとんど商品を籠へ入れていなかった。

 

「戸郷さんは何か買う?」

 

 みほに聞かれ、灯里は首を傾げる。

 

「私ですか?」

「うん。TOGⅡの中、広いって言っても寒いでしょ?」

「大丈夫です」

「もう買ってあるの?」

「はい」

 

 灯里は一拍置いた。

 

「試作品もあります」

 

 みほの表情がわずかに固まる。

 

「……試作品?」

 

 沙織も振り返った。

 

「なんか嫌な予感する」

 

 灯里は何も言わず、持ってきていた大きめのバッグを開ける。最初に出てきたのは、やたらと長い布だった。

 

「……マフラー?」

 

 みほが首を傾げる。

 

「TOGⅡ型ロングマフラーです」

 

 灯里が広げる。

 

 長い。普通のマフラーより、明らかに長い。

 

 端から端までTOGⅡのシルエットと履帯模様が続き、どう見ても一人用の寸法ではなかった。

 

「長っ!」

 

 沙織が声を上げる。

 

「複数人でも使えます」

「マフラーって複数人で使うものなの?」

「TOGⅡですので」

「夏もそれ聞いた!」

 

 灯里は構わずバッグへ手を入れ、今度は横に長い湯たんぽを取り出した。

 

「こちらはTOGⅡ型湯たんぽです」

 

 その瞬間、麻子が初めて明確な興味を示した。

 

「……これは欲しい」

 

 全員が麻子を見る。

 

「麻子が食いついた」

「待機中に足元へ置けば、複数人で使えます」

 

 灯里が説明すると、みほも形を確かめた。

 

「……これは普通に便利かも」

 

 灯里の表情が明らかに明るくなる。

 

「ありがとうございます」

 

 沙織は見逃さなかった。

 

「今ちょっと嬉しかったでしょ」

「かなり」

 

 ◇

 

 それだけでは終わらなかった。

 

 いぬさんチーム用には、TOGⅡの側面をそのまま印刷したような長尺ブランケットまで用意されていた。

 

「これ、一枚で全員いけません?」

 

 まどかが広げながら言う。

 

「その想定です」

 

 灯里が頷く。

 

 すずは反対側まで目で追った。

 

「車内で取り合いになりそうですが」

「長いから大丈夫では?」

 

 かなえが端を持ち、ちとせも反対側を持ち上げる。

 

「TOGⅡに初めて感謝しました」

 

 灯里が即座に振り向いた。

 

「普段からしてください」

 

 りんはブランケットへ潜り込みながら笑う。

 

「これ、かなり暖かいです!」

「まだあります」

 

 灯里はさらに、TOGⅡ柄の腹巻きと携帯カイロケース、履帯模様の滑り止め靴下、耳当て、ネックウォーマー、手袋を机へ並べ、最後には砲身を模した細長い保温ボトルまで取り出した。

 

「まだあるの……?」

 

 みほが引き気味に尋ねる。

 

「冬は装備が多いですから」

 

 沙織が一つ手に取った。

 

「これ、TOGⅡにする必要ないのも混ざってない?」

「あります」

 

 灯里は即答した。

 

「認めるんだ」

 

 ◇

 

 どうやら風紀委員の三人も同じ店を選んだらしく、少し離れた防寒用品売り場では、こちらはこちらで真剣な買い物が続いていた。

 

「これは予備」

 

 そど子が手袋を籠へ入れ、さらにもう一組取る。

 

 ゴモヨが数えた。

 

「そど子、手袋三つも買うの?」

「予備は必要よ!」

「一組なくしても、まだ二組あるね」

「そういうことです!」

 

 パゾ美がマフラーを持ったまま笑う。

 

「一番準備楽しんでない?」

「違います! 準備不足が嫌なだけです!」

 

 その声を聞いていた灯里が近づいた。

 

「初戦ですし、不安ですよね」

 

 そど子がぴたりと止まる。

 

「不安ではありません!」

 

 即座に否定したものの、少し間を置いてから同じ言葉を繰り返した。

 

「……準備不足が嫌なだけです」

「はい」

 

 灯里はそれ以上聞かなかった。

 

 ゴモヨが小さく笑う。

 

「やっぱりちょっと不安なんじゃない?」

「違うと言ってるでしょう!」

 

 パゾ美も笑った。

 

 三人のやり取りは、戦車へ乗り始めた頃よりずっと自然になっていた。

 

 ◇

 

 人間側の冬支度と並行して、戦車側の準備も進んでいた。

 

 戦車倉庫では、自動車部が各車輌を順番に確認している。冷却系、バッテリー、潤滑油、エンジン始動、履帯、凍結、結露、視察装置の曇り。項目はいくらでもあり、寒さが効くのは乗員だけではない。

 

「寒いと、いつもと同じようにはいかないからね」

 

 ナカジマが工具を持ったまま言う。

 

「エンジンもそうだし、油もそう。朝一番の始動とかは特に気をつけた方がいいよ」

 

 スズキは別の車輌を確認し、ホシノは履帯周りを覗き込んでいる。ツチヤも視察装置の曇り止めについて何か相談していた。

 

 その横では、カバさんチームがⅢ号突撃砲の足回りを囲んでいた。

 

「雪中戦となれば、こちらも冬季装備を考える必要があるな」

 

 エルヴィンが履帯を見下ろす。

 

「ヴィンターケッテでありますな!」

 

 いつの間にか優花里まで加わっていた。

 

「通常の履帯より外側へ幅を広げて、雪上や軟らかい地面での走破性を高める冬季用履帯であります! Ⅲ号戦車やⅢ号突撃砲でも使用されていました!」

 

「東部戦線仕様というわけだ」

 

 カエサルが腕を組む。

 

「雪原を進むⅢ突……実に似合う」

「見た目だけで決めないでね」

 

 ナカジマがすぐ横から釘を刺した。

 

「実際に使うなら交換と調整が必要だから。ちょうど使えるものがあるけど、明日の試合に間に合わせるなら今からやらないと」

 

 その一言で、エルヴィンの目が輝く。

 

「あるのか!?」

「あるよ。だからそんな顔しない」

 

 優花里も身を乗り出した。

 

「装着するのでありますか!?」

「明日の雪次第だけどね。使える状態にはしておこう」

 

 結局、自動車部とカバさんチームはそのまま作業へ入り、しばらくしてⅢ突の足元には幅の広いヴィンターケッテが収まった。

 

 普段より張り出した履帯を前に、エルヴィンが満足そうに頷く。

 

「これで冬将軍も恐れるに足らず」

「戦う相手はプラウダですけどね」

 

 灯里が横から言う。

 

「似たようなものだ」

「たぶん違います」

 

 優花里はしゃがみ込み、履帯を眺めたまま嬉しそうにしている。

 

「こうして見ると、車輌ごとに冬季装備も違うのでありますなあ」

 

 その言葉に、灯里はⅢ突から自分のTOGⅡへ視線を移した。

 

 Ⅲ突にはヴィンターケッテがある。

 

 一方、TOGⅡに都合よく専用の冬季履帯が用意されているわけではない。今ある履帯と、今の車体で雪にどう対応するかを確かめるしかなかった。

 

「戸郷さん、TOGⅡも寒いところは初めてだよね?」

 

 ナカジマに声を掛けられ、灯里は頷く。

 

「はい」

 

 これまで雨や暑さは経験してきたが、雪と氷点下は別だ。TOGⅡは車内が広く、人が動くには助かる反面、寒い環境でどう感じるかは実際に経験してみなければ分からない。

 

「人間用の装備だけでは足りなそうですね」

「そうだね。止まってる時間が長いと冷えるし、エンジンも普段より気をつけよう」

 

 灯里はTOGⅡを見上げた。

 

 冬用グッズを揃えて満足しかけていたが、肝心の戦車が動かなければ意味がない。

 

 ◇

 

 そこへみほも加わり、今度は視界の話になった。

 

「窓や照準器が曇るのも怖いね」

 

 みほが言う。

 

「雪や結露で見えにくくなる可能性があります!」

 

 優花里も頷いた。

 

 灯里は視察装置へ目を向ける。

 

「見えなくなれば、動けても意味がありませんね」

 

 かなえもメモを取りながら確認する。

 

「無線と観測も、普段より重要になりそうですね」

「はい」

 

 いぬさんチームも、今度はグッズではなく本気の装備確認へ切り替わった。すずは操縦席周り、まどかは照準器、かなえは無線。ちとせとりんは装填位置や滑りやすそうな足元を、それぞれ確かめていく。

 

 冬支度とは、ただ暖かくすることではない。試合が始まった時に、普段と同じように動ける状態を作ることだった。

 

 ◇

 

 その後の戦車倉庫には、チームごとの性格がよく表れていた。

 

 あんこうチームは、みほを中心に持ち物を一つずつ確認。

 

 アヒルさんチームからは、

 

「寒さも根性です!」

 

 という声が聞こえたが、その直後には普通にカイロを大量に用意していた。

 

 カバさんチームは装着したヴィンターケッテを眺めながら雪中戦や東部戦線の話で盛り上がり、いつの間にか歴史講義が始まっている。ウサギさんチームは防寒具より先に、お菓子と温かい飲み物を大量に確保していた。

 

 そしてカモさんチームでは、そど子による持ち物検査が始まっている。

 

「ゴモヨ、予備の手袋は?」

「あるよ」

「パゾ美、カイロ!」

「持った」

「着替え!」

「入れた」

「よし!」

 

 灯里が横を通りながら呟く。

 

「完全に風紀委員ですね」

「当然です!」

 

 一方、いぬさんチームの荷物は、明らかに他チームより長いものが多かった。ブランケット、マフラー、湯たんぽ。どれも普通に作ればもっと小さくなるはずなのに、TOGⅡを模した結果だけは一目で分かる。

 

「戸郷さん」

 

 すずが荷物を見下ろした。

 

「これ、本当に全部持っていくんですか?」

「はい」

「荷物増えすぎでは?」

「冬ですので」

「TOGⅡではなく?」

「両方です」

 

 まどかが小さく息を吐いた。

 

「強い」

 

 ◇

 

 準備が一通り終わる頃には、外もすっかり暗くなっていた。倉庫の中にはまとめられた荷物と、整備を終えた戦車が並んでいる。

 

「こうして見ると、本当に遠征って感じするね」

 

 沙織が荷物を眺めながら言う。

 

「うん」

 

 みほも頷いた。

 

「雪、楽しみですね」

 

 華は相変わらず楽しそうで、麻子は間髪入れずに返す。

 

「寒い」

「雪中戦であります!」

 

 優花里だけは最後まで目を輝かせていた。

 

 楽しみにしている者もいれば、緊張している者もいる。寒さそのものを嫌がっている者もいるが、それぞれなりに準決勝へ向かう準備は整いつつあった。

 

 灯里は最後に、TOGⅡの長い車体を見上げた。

 

 人間の防寒も、車輌の点検も、できる準備は一通り済ませた。Ⅲ突のように冬季用の履帯を用意できる車輌もあれば、TOGⅡのように今あるものを使って雪へ出るしかない車輌もある。

 

 そして灯里には、雪の上でTOGⅡを走らせた経験だけがなかった。

 

 ゲームなら経験がある。知識もある。

 

 けれど、実物の八十トンは、きっと画面の中ほど素直ではない。

 

 灯里は長い履帯へ目を落とし、少し考えてから車体へ手を触れた。

 

「……まあ、走ってみれば分かりますね」

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